ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線-   作:緑餅 +上新粉

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 二人とも隠している事が結構多いので、会話内容が少し制約されますね。

 ま、それでも十分漫才できますが。


09.談合

「......あの、ドクター」

 

「む?何だ」

 

 

 口からフォークの先端を取り出しながらこちらを向いた日本最高の頭脳を誇る天才は、白いベッドへ横たわる俺の顔を見下ろして咀嚼を続ける。

 片手に注射器を持ち、もう片方の手で得体の知れない食べ物(?)を持つ彼女は、誰から見ても狂気のソレだ。信頼は勿論しているが、命を預けている身としてはもう少し体裁というものを気にして欲しい訳で.....

 

 

「治療中はせめて、その手に持っている悪魔の食いモノを置いてくれまモゴッ」

 

「失礼だぞ樹万くん。私が食しているのは、真っ当な熱量と内容物を含む人間の食べ物だ」

 

「あががっがががおごごごごご!」

 

「ほれみろ。普通過ぎてリアクションに困るだろう?」

 

 

 舌と喉に強酸を擦り込まれたような感覚で目を白黒させているうちに、圧力注射器の中身が投与される。....ドクター、貴女は手足を痙攣させながら白目を向く反応を普通だというのか。

 

 

「....ふむ。ウイルス投与による血液の流れ、心拍数共に異常なし」

 

 

 ドクターはパイプ椅子に座り、機器のモニターを見て紙にチェックをつけながら、今さっき俺を三途の川へ派遣したダークマターを口内へ数個一気に放り込んだ。

 やはり長年付き合ってきた俺でも、未だに彼女の味覚に関してはさっぱりである。

 

 

「.....うむ。体内組成にも異常は無し。要所の目立った変化も皆無だ。良かったな、英雄くん」

 

「その呼び方止めて下さいって」

 

「はっはっは」

 

 

 身体を起こしながら文句を言うが、ドクターは高笑いするのみだ。この人は性格に多少難はあるが、行く当てのない俺を置いてくれるくらいには基本いい人だ。見返りは人体実験の被験者役かなぁ....

 

 

「っ!...とと」

 

「おっと、大丈夫かい?」

 

 

 喉が渇いたので水を飲みに行こうとしたのだが、踏んばった足が(もつ)れて倒れそうになった。辛うじて先生に支えて貰い、ひっくり返る事だけは回避する。

 

 

「まだ筋組織の修復が不完全なんだろうな。松葉杖を使うかね?」

 

「いや、大丈夫ですよ。スミマセン」

 

「..............」

 

 

 何かを言いたそうなドクターに笑いかけてから歩みを再開させ、仕切られたカーテンをスライドさせて外に出る。多少足を引き摺ってしまうが、地面は浅いタイル張りなのでさした問題もない。

 

 

「えーと、水水.....」

 

 

 よくわからないモノでごった返している台所の前に立ち、無装飾の透明なコップを探し当てると、水道水を注いで飲み干す。...どうやら、自分が思っていた以上に身体は水分を欲していたようで、一息で目一杯汲んだ水を流し込んでしまった。

 続けて二杯目を拝借しようと栓へ手を掛けたとき。背後から、普段は滅多に聞かない研究室の戸が開閉する音が響いた。

 

 

「先生―?どこだ.....」

 

 

 扉を開けて入って来たのは、制服姿の少年だった。

 水道は出入り口の割と近くにあるので、彼とばっちり目が合う。そして、二人ほぼ同時に叫んだ。

 

 

『あのドクター(先生)に客だと!?』

 

 

 信じられないものを見たような顔で仰け反った少年は、勢い余って今し方開けた扉に頭を打ち付ける。

 

 

「~~~~~~~~」

 

「....大丈夫か?少し落ち着け」

 

「あ、あぁ」

 

 

 俺もコップを落としそうになったが、取りあえずは頭を押さえて屈む彼の下へ近寄り、素早く観察してみる。

 ボサボサの髪に、人類代表と自信を持って誇れるほどの不幸顔。そして、かなり鍛えられた四肢と腰の拳銃。...最初の二つは除外して、導き出される答えは、

 

 

「お前、民警か?」

 

「ん?なんだ、よく分かったな。アンタ」

 

 

 微量の驚愕を湛えた表情で後頭部を擦りながら立ち上がった少年は、俺の発言に束の間痛みを忘れて目を見開く。

 そして、己の素性を言い当てられた意趣返しか、観察の意図を多分に含む視線で俺を眺め始めた。が、その直後に何故か唸りだす。

 

 

「あぁー、そういうアンタは、只者じゃなさそうだな」

 

「....俺は普通さ」

 

「嘘だ。先生の研究室に来る人間が普通な訳がない」

 

「ははは!言うなぁ、お前」

 

 

 少年もつられて吹き出すと、片手で頬を掻きながら手を差し出してきた。

 

 

「俺は里見蓮太郎。天童民間警備会社に所属してる」

 

 

 聞かない会社名だったが、俺は特に気にする事なく握手を受ける。

 

 

「俺は美ヶ月樹万。ドクターには野暮用で会いに来てる」

 

「美ヶ月...?」

 

「?どうした」

 

「い、いや、なんでもねぇ.....うおっ!?」

 

 

 俺の名前に歯切れ悪く反応したところで、気配を消して近づいた先生が蓮太郎の肩にのしかかった。彼女は実に面白そうな顔で俺たちの顔を見回すと、唐突に毒を吐いてくる。

 

 

「いやぁ、君たち二人が集まると空気が澱むねぇ」

 

『そんなことねぇ(ないです)!』

 

 

 

 

          ****

 

 

 

 ドクターはパソコンが置いてあるデスクの椅子に座ると、腕を組みながら蓮太郎へ視線を投げた。

 

 

「で、蓮太郎くん。君は何をしにココへ来たのかね?まさか、タダの雑談が目的では無かろう」

 

「当たり前だ。.....先生、延珠が倒したあのガストレアは感染源じゃなかった」

 

「ああ、知っているよ。しっかり解剖(バラ)させて貰ったからね」

 

「昨日の夜中ずっと哄笑を響かせながら腐臭のする肉を弄ってたのは、それだったんですか」

 

「そうだとも。生物の肉体は未知の宝庫だ。弄り回さずして研究者など名乗れまい?そもそも、ガストレアなど未知の最たるもので───」

 

 

 ドクターが寝てる俺を何度も起こし、一つ一つの臓器や筋肉の一部を解説付きでぶら下げられたのは記憶に新しい。今日の俺が悪夢にうなされる羽目になった要因は十中八九これだ。

 ともかく。遠まわしにガストレアを解剖する必要性に対し疑問を呈したからか、彼女の研究者としての価値観に触れてしまったようだ。

 そこからガストレアの進化に関する講義へ移り始めようとしていたところ、本格的に火がつき始める寸前で蓮太郎のストップが入った。 

 

 

「先生―?話に戻らせてくれ」

 

「おっと、そうだったな....で、君は感染源ガストレアを追っている、と」

 

 

 解剖中に聞いた(聞かされたともいう)話では、確かステージⅠ、モデル・スパイダーの単因子だったはず。そして、あのガストレアは感染者であり、感染源のガストレアは見つかっていないと。

 記憶の引き出しを漁っていると、蓮太郎が表情を苦々しいものへ変えながら言った。

 

 

「そうなんだが、当のガストレアは殲滅どころか、目撃報告すら未だにされていない。何処かに潜伏している可能性が高いんだ。....先生、何か分からないか?」

 

「そうだねぇ。東京エリアがガストレアを野放しにする筈がないし、身を隠す上で最適な能力を持ちうる。というのが最も妥当なところではないかね?」

 

「地中に潜っているとか、人間に擬態するとか、透明化しているとか....ですかね」

 

 

 節操なしに挙げてみるが、ドクターは肘をついた手の甲に顎を乗せてフッと鼻で笑う。

 次に、蓮太郎が地面を指さしながらこちらを向いた。

 

 

「地中に潜ってるとしたら、掘削時の穴が必ず残る筈だ。ガストレアはステージⅠからⅢでも十分体長が大きいから、一日もしないうちに発見される」

 

「んー......じゃあ、下水道とかはどうだ?」

 

 

 この方法なら、穴を開けなくても周りから身を隠す事は可能だろう。だが、蓮太郎は首を横に振った。

 

 

「地下水道とかには全部監視カメラが取り付けられてる。そこにいるんだったら直ぐに見つかってるぜ」

 

「それとだ、他の二つも無いだろうね。そんな能力を有しているんだとしたら、今日にも感染爆発(パンデミック)で東京エリアは滅ぶよ」

 

 

 次々と論破されてしまい、俺の手元には切るカードが無くなった。しかし、俺が挙げたものは、ほぼ最悪の結末へと直結する。寧ろ否定されて安心できた。

 椅子に背を深く預けながら肩を竦め、俺はささやかな反撃として蓮太郎へ嫌味を言うことにする。

 

 

「ま、ならそのうち見つかるだろ?そちらさんには、優秀な民警諸君がいるんだからよ」

 

「お、俺はその優秀な民警だぜ?」

 

「蓮太郎くん、君は序列十二万なんちゃらだろう。そういう事は、あと一ケタ飛ばして四捨五入したくらいの数字になってから言うんだね」

 

「あぐ」

 

 

 蓮太郎は頭に金ダライでも喰らったかのように勢いよく項垂れるが、溜息を一つ吐いて立ち上がった。

 

 

「色々スマン。先生、樹万。ここまで関わったからには、俺と延珠でこの件を片付けて見せるぜ」

 

「ん。延珠ちゃんの足を引っ張らないようにな」

 

「うっかり死ぬなよ」

 

「二人とも随分辛辣な助言をしますねぇ」

 

 

 俺たちに言いたい放題された蓮太郎は悄然と肩を落としてから、何処か板についた苦笑いを残して帰って行った。...多少危なっかしい所はありそうだが、アイツなら大丈夫かもな。

 そう思考を区切った所で、俺は蓮太郎が出て行った研究室を戸を眺めながら、ドクターへ声を掛ける。

 

 

「あの、ドクター」

 

「どうした、今度こそガストレアの素敵な死体講習を受ける気になったか?」

 

「素敵じゃないし、今日も今後も受ける予定はありません。蓮太郎が言っていた延珠という名前は、彼のイニシエーターですよね?」

 

「ああ、藍原延珠。モデル・ラビットのイニシエーターだ」

 

 

 俺の問に首肯しながら答えた先生は、それがどうかしたのかとでも言いたそうにこちらを見る。

 

 

「いえ、聞いてみただけですよ。...あと、俺の事を蓮太郎に黙っていてくれて、ありがとうございます」

 

「はは、...お安い御用だよ」

 

 

 しかし、言葉とは裏腹に、その時のドクターの顔は少し曇っていた。

 




 原作からまぁまぁ様変わりしました。

 ちなみにこの作品では、先生の毒舌が控えめになっていると思います。ですが、「こんなの先生じゃねぇ!」と思った方は遠慮なく言ってください。
...できるかぎり頑張りますので!

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