運命上の魔王   作:a0o

8 / 11
 今回(一応)王と王の会話があります。


哀ゆえに(上)

 

 

―47:01:55

 

 

 冬木大橋新都方面―――――――

 明朝にも関わらず遠坂葵の顔は憔悴していた。聖堂教会の力も借り、三億の身代金をダイヤに換えて用意するのは一日で出来た。その直後に犯人から連絡あり、この場所まで来た。指定されたのは午前中、明確な時間が分からず葵の心中は言表せないほどの恐怖と娘への心配で一杯だった。

 

 そこにピロピロと携帯電話の着信音が鳴った。慌てふためながらも通話ボタンを押し耳に当てる。

 

「もしもし・・・・?」

 

『良き母親だな、貴方は』

 

「え?」

 

『午前中と指定しただけで、夜明け前からそこで待っていた』

 

 その言葉が理解できなかった、ただ一人残った娘の命が掛かっているのだ。当たり前の事だろう。

 

『では、そこから歩いて駅に向って貰おう。電車に乗って今から言う駅のロッカーにダイヤのケースを入れろ』

 

 指定された行き先は隣の県との県境にある駅だった。駅まで行く時間を考えても急いで二時間は掛かる。葵は通話状態のままダッシュで走り出そうとした。

 

『ああ、言っておくが先程のように慌てながらの素振りは目立つから控えるように、あくまで自然にゆっくりと行け。駅に着いたら連絡する』

 

 解り切っていた事だがこちらの様子は筒抜けのようだ。不安、焦り、恐怖、怒り、様々な感情が沸き起こり激しい動悸が襲ってくるが、娘を助けたい、その一心で気持ちを持ち直し駅に向った。

 

 

 

 

-45:55:24

 

 冬木市新都――――――――

 魔王は隠れ家から電車に乗って移動する遠坂葵を見ながら、同時に仕掛けの進行が順調に行っているか、イレギュラーは起こっていないかを確かめていた。

 

 ライダーは予定通りに未遠川で水汲みをし、バーサーカーのマスターは常に位置を把握している。セイバーは昼間出歩くつもりがないのか新たな拠点に居るが、マスターである衛宮切嗣の所在はつかめない。それさえ判れば葵を県境ではなく隣の県まで行かせるのだが、自分達が掴めていないと言う事はアサシンも掴めていないと見ていいだろう。

 

 そうであるなら平行して準備した仕掛けも作動するはず、それが成れば今の仕掛けの為に連れてきた(誘拐した)お嬢ちゃんに会いに行くのもいいかもしれない。

 

 

 

―43:03:14

 

 

 指定された駅のロッカーにケースを居れ、葵は改札の近くに居た。犯人の言う通りに落ち着いた雰囲気を装うとしていたが、内心は言表せないほど乱れ、よく見ると冷や汗が出ていた。

 

 もう一時間近く待たされている。駅の職員からは『大丈夫ですかと?』と声を掛けられたが待ち合わせをしていると言って何とか誤魔化した。しかしこのままでは警察に連絡されることはないかもしれないが、悪目立ち過ぎる。負のイメージばかりが頭を回る中で突然、携帯電話が鳴った。

 

「もしもし!」

 

 はち切れんばかりの勢いで電話に出て叫ぶが、相手は不機嫌な声で返してきた。

 

『・・・・騒がしいぞ、大声を出すな』

 

「す、すみません・・・・それで、この後どうすれば・・・?」

 

『予定変更だ。戻ってこい』

 

「え?」

 

『ロッカーからケースを取り出して戻ってこい』

 

「それは・・・どうして・・・・?」

 

『聞き返すな。とにかく冬木に戻って来たらタクシーに乗って今から指定する場所に向え』

 

 葵は反論もせず犯人から指定された場所を頭の中で反復しながら手首に書き留めた。

 

『何度も言うが目立たないよう慌てずにな』

 

「そこに行けば凛を返してもらえるんですね?」

 

『それは貴女しだいだ』

 

 必死に不安を押し殺しながらの声に犯人は嘲笑うように言った。

 

『もし、返さなかったら?』

 

「許さない!!」

 

 その荒々しい返答に、犯人は静かに呆れたように言った。

 

『その気迫、もっと別の事に向ければ遥かに有意義なのだろうにな』

 

 その言葉の意味は不明だが通話はもう切れていた。

 

 叫んだことで周囲から些か注目を浴びたが気に留める余裕など無く、改めて切符を買って電車に乗り込んだ。

 

 

 

-38:11:52

 

 

「AAAALaLaLaLaLaLae!!」

 

 未遠川からの術式残留の調査により手掛かりを掴み、ライダーとウェイバーは下水管のトンネルを駆けていった。行く先には竜牙兵が立ちはだかるが、雷を放つ戦車の前に蹂躙される。

 しかし数だけ揃えてある雑兵は道案内でもするかのように配置されており、ライダーは拍子抜けを通り越して疑念が沸きがっていた。

 

「なぁ坊主、魔術師の工房攻めとはこんなものなのか?なんだか妙ではないか?」

 

「明らかに変だって。無防備に廃棄物を垂れ流して事といい、やっぱり罠だと考えるほうが自然だ」

 

「フッ、面白い。ではその罠ごと蹂躙するとしようかの」

 

 ウェイバーは引き返して慎重を期するべきと主張したかったが、その前にトンネルは終着点を向え、広い空間に踊りでる。光源の無い暗闇の中、暗視の術を発動させ罠に気を配ろうと辺りを見回す。

 

「貯水槽か何かか?ん、あれは・・・・」

 

 閉ざされた狭い空間の中、静かで殺風景が当たり前そうな場所に『それ』はひたすら目を引いた。

 

「なんだ、アレが罠か?」

 

 ライダーの怪訝そうな声にウェイバーも反応に困っていた。『それ』は安物のテーブルの上に見付けて下さいと言わんばかりに無造作に置いてある現代では差して珍しくも無い『携帯電話』だった。魔術的な偽装やトラップの気配は全く無く、しかし他に目ぼしい物も無く手ぶらでは帰れないと近づこうとした瞬間、ピピピピピピと大音量で携帯の電子音が鳴った。閉鎖空間の為の反響もあって相当にうるさい。

 

「・・・・・坊主、とりあえず出てみたらどうだ」

 

 不快感をあらわに急かすライダーに憮然としながらも着信ボタンを押し耳に当てる。

 

「もしもし?」

 

『ライダーのマスター、ウェイバー・ベルベットだな』

 

「いや、あの・・・」

 

『とりあえずライダーにも自己紹介するからスピーカー音にして電話をテーブルの上に置け』

 

 若くそれでいながら自信に満ちた声にウェイバーは少し狼狽しながらも言う通りにし、気を取り直して問い返した。

 

「それでアンタは一体誰なんだ?」

 

『キャスターのマスター、魔王だ』

 

「ほう、ここに来てまた新たな王が出てくるとは。しかも魔王とな」

 

 不快感から一転、顎に手をやり上機嫌で声を発すライダーにウェイバーは怒りと呆れの入り交ざった視線を向ける。

 

「しかし王を名乗るなら姿をさらし堂々と名乗りを上げたらどうだ」

 

『魔王だからな。悪の権化たる者、その様な方法は取れん』

 

 ライダーの安い挑発をサラッとかわす。そのやり取りを観てすっかり毒気が抜けてしまいウェイバーは気安い口調で話しに入った。

 

「お前、こんな事がしたくて、あんな回りくどいやり方でボク等をここに誘い込んだのか?」

 

『無論、違う。聖杯戦争に必勝を期すために来てもらったのだ』

 

「なんだ、余と同盟でも結びたいのか?」

 

『まさか。ギブ・アンド・テイク、そちら求めるものを与える代わりにこちらの要望を聞いて貰いたい』

 

「要望?魔王だけに魂でも所望か?しかし例え万の魂があっても生粋の魂喰らい(ソウルイーター)である余は他にくれてやるマネは出来んぞ」

 

『それも悪くないが、今回は止しておこう。ライダー、君はセイバーにご執心のようだな。昨夜も郊外の城に酒を持って出向いたほどだ』

 

 この時、ライダーは魔王の意図を悟った。

 

「成る程な。罠は罠でもそういう罠か、王たる余を使おうとは」

 

『されど悪くは無かろう。お誂え向きにランサーは既に始末したからセイバーとは十全の状態で戦える。征服王の沽券も障りあるまい』

 

 さりげなく言った魔王の発言はウェイバーの予想を超えていた。事実なら再開から一日も立たずケイネスは敗退したという事になる。どんなに嫌いでも実力の確かさを知っている身としては信じられなかった。

 

「その話、信じる証拠はあるのか?」

 

『ないな、死体も綺麗に処理したからな』

 

 ウェイバーの問いに即答したのにライダーは眉をひそめた。

 

「解せぬな。何故己に不利になる発言をする?貴様の誘いに乗らずセイバーと共闘し貴様の首を獲りにいく場合もあるのだぞ」

 

『もとより信ずるに足る身ではないからな。それに若干、勘違いがあるようだが私の要望は君達にセイバーの元に行って貰いたいだけだ』

 

「余とセイバーが戦うかどうかは二の次だと申すか。しかし行ったら何があると言うのだ?」

 

『それを今話すのは面白くないな。行ってからのお楽しみでどうだ』

 

 魔王のちゃらけた台詞にライダーは目を閉じて検討していた。

 昨夜の城で見たものや魔王の言葉から戦いは中盤どころか終盤に入っている可能性は低くない。ここで手を拱いていては、また魔王は迂遠な策で自分たちを絡めとろうとして来るだろう、それは面白くない。逆に誘いに乗ればセイバーの情報が手に入り、油断を誘発し付け入る隙があるのかもしれない。また、罠だとしても食い破れる切り札はある。

 

「面白い。行こうではないか!」

 

「ちょっとまて!ライダー――――――」

 

『では住所を伝える。戦いたいなら急いだほうがいいぞ』

 

 ウェイバーを無視して話を進める二人、伝えられた住所は現在位置から一時間も掛からない所にあり、ライダーの戦車なら遥か短時間で着くだろう。必要なことを伝え携帯電話の通話が切れる。

 

「一体、何考えてんだよ!この馬鹿はああ!!これ、どう見ても罠だろ、セイバーとお前を潰し合わせて漁夫の利を得ようって魂胆が見え見えじゃないか―――――――って聞いてんのかライダー!!」

 

「いやなぁ、今はそれ所でないわい。なんせ余のマスターが殺されかかっとるんだからな」

 

 腰の鞘からキュプリオトの剣を抜きウェイバーを庇うように構えを取る。

 それで奇襲は無理だと悟ったのか、闇の中から髑髏の仮面が次々と多種多様なアサシン達が中に居る二人を包囲するように姿を現した。

 

 ライダーの監視役に配されたアサシンの一人は彼らの行動を逐一、綺礼に報告していた。今回も綺礼の指示に照らせば何もしないのが正しいが、自分好みの環境に獲物が飛び込んでいった魅力的な状況を前にして欲に取り憑かれていた。

 そんな歯痒い心境の中、マスターである綺礼から『全力でライダーに勝利せよ』と令呪を持って命令が下された。これはアサシンにとって願ったり適ったりの展開、ここでライダーを倒しキャスターの策略に相乗りすれば、残るのは自分とキャスターのみ、最弱のサーヴァント相手ならマスターが謀略に優れていようとも勝機は十分にある。聖杯を手にして願いが成就する可能性が見えてきた事でアサシン達全員の戦意は高まっていた。

 

「無茶苦茶だ。なんでこんなアサシンばっかり・・・・・」

 

「なんでもへったくれもなかろう。坊主、少し落ち着け」

 

 ライダーの態度にウェイバーが逆上しそうになるが、余裕を崩さない様に口を噤む。

 

「どうやら相当の覚悟いや勝算を持って出てきたようだが、やはり余の与り知らぬ所で何かが起きているのか?」

 

 ライダーの問いに答えずアサシン達はクスクスと忍び笑いを漏らすだけ。

 

「まぁ、お主らが全力でくるならこちらも相応のモノで向えなくてはいかんな」

 

 次の瞬間、狭く薄暗い空間が一変し、容赦なく照りつける太陽と延々と続く砂漠が現れる。包囲していたアサシンも一群となってライダーと対峙する位置に追いやられる。

 

「固有結界って・・・なんで魔術師でもないお前が?」

 

 狼狽するウェイバーにライダーは誇らしげな笑みを浮かべる。

 

「それはこれが我ら(・・)全員の心象だからだ」

 

 その言葉に呼応するように後ろから多くの足音が聞こえてくる。振り返るとそこには辺りを覆いつくす軍勢がやってきた。ウェイバーはマスターの透視力で軍勢の全てがサーヴァントであると見抜いた。

 

「時空を超え我が召還に応じるかつて余と轡を並べた勇者達、彼らとの絆こそ至高の宝、我が最強宝具、『王の軍勢(アイオニオン・ヘタエロイ)』なり!!」

 

 もはや多勢に無勢どころの話ではない、アサシン達は令呪も夢見た勝利も忘れ立ち尽くし、逃走し烏合の衆へと成り果てた。

 

 

「色々と話したいこともあったが、如何せん時間が無さそうなのでな。早々に決めさせてもらうぞ」

 

 乗り手の居なかった黒馬に跨り号令を出すライダー、戦いとも掃除とも呼べない一方的な展開にアサシン達は成す術も無く消えていった。

 しかしライダーは勝ち鬨の声も上げずに結界を解除して、戦車へと乗り込んだ。

 

「坊主、あの小さな機械は持っているな。さっさと乗り込め」

 

「お、おい。何そんなに慌ててるんだよ?」

 

 ウェイバーも慌てて後に乗り込み、瞬く間に出発する。

 

「当然よ。早く行かねば、もう終わっているかも知れんからな」

 

「終わっているって、魔王はお前とセイバーを戦わせよと―――――――」

 

「いや、奴の狙いは余に〝行く〟と言わせることだ。実際、そう言った際にアサシン達の殺気が漏れ出したからな」

 

「アサシンの事を気付いていて始末させるのが目的だって言うのか!?」

 

 そうだとしたら恐ろしいにも程がある、ケイネスを倒したというのも信憑性が増す。

 

「そう考えるのが妥当だろう。となればセイバーの方にも何か仕掛けている可能性は高い。踊らされているようで癪だが、これ以上後手に回らないためにも現状の全てを把握する必要がある。魔王の策が成就する前にな」

 

 そう言って手綱を握りしめ速度を上げていくライダーにウェイバーも負けじと自らを奮い立たせた。

 

 

 




 アサシンは短い夢見て、逝きました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。