―97:03:18
言峰綺礼は後悔していた。
アサシンを通じて観たキャスター陣営によるランサー陣営の謀殺劇は鮮明に脳裏に焼き付いている。また、時臣を嵌めたのもキャスター達である言質も取れた。
ならば事後処理を終え休んでいる父に今すぐ報告して、自分も含め全てのマスターをキャスター討伐に向わせるのが急務だ。だが、その後の会話にあった一言が綺礼にブレーキをかけていた。
(衛宮切嗣に勝つカード)
キャスターのマスターは衛宮切嗣と何らかの関わりがあり、生き残っている者の中にあの男を倒せる者が居ないと言っていた。
彼等と自分の利害は、これ以上ないほど一致している。しかし、アインツベルンの森でキャスターと接触したにも関わらず、自分の名前が挙がらなかったのはアサシンを失ったものだと思われていると考えるのが妥当だろう。必勝を期した時臣の策が裏目に出てしまった。
時臣の部下の役目を放棄し、逆に彼を使い捨てる形でアインツベルンに挑んでいったのだが、こんな事ならもっと慎重に事を運んで接触を試み、手を組むよう交渉するのが一番良かったのだ。結果論とは言え綺礼は後悔していた。
だが、いつまでも無意味な事に耽ってはいられない。自ら動くことなく時臣とケイネス、二人のマスターを謀殺してみせた。このままいけば残りのマスターも餌食になるのは目に見えている。
彼の者は衛宮切嗣を障害と言いながらも武器として使おうとしているのは解り切っている。次はライダーをぶつけると言っていたが、同時に切嗣に潰させようともしている。
最悪を考えると、その前にどうにか自分も売り込み決戦の場を整えて貰うのがいいが、空間転移でマスターはおろかサーヴァントの現在位置も特定できない上、主導権も向こう側にあったままでは埒が明かない。
少なくとも彼等の計画、ライダーとセイバーの一戦を遅らせる必要はある。その為に綺礼はもう一人生贄を出すことにした。
× × ×
「それは本当なのか!?綺礼」
教会の執務室で第四次聖杯戦争監督役、言峰璃正は狼狽を隠し切れず息子の話を聞いていた。
「はい、昨夜の内にランサーはマスター共々討ち果たされました。下手人はキャスターとそのマスターで、しかもこの者達、先のホテル騒動の下手人でもあると示唆することも言っていました」
相手が相手だけに一筋縄では行かず、多額の献金と相手側も納得できる形での隠蔽工作をすることで疲弊きわまる交渉がやっと纏まり、漸く一息つけた矢先に最も聞きたくない報告である。
「再開の合図はまだ出していない。とことん嘗めた真似をしてくれるな」
怒りが混じった声を聞きながら綺礼は淡々と続けた。
「父上、お怒りは御もっともですが、彼らは何の隠蔽工作もすることなく去っていきました。直ぐに発見されることはないでしょうが、万が一を考えて早急に現場に向ったほうがいいかと。お疲れなら私が指揮を取り-----」
「お前は表向き保護されている身だ。運用可能なスタッフを連れて私が直接出向く」
そして戻ってきたら予定通り聖杯戦争を再開し、警告通りにキャスターに全勢力を傾けるつもりなのだろう。
しかし、それをする前にキャスターの罠が発動し、言峰璃正は帰らぬ人となるだろう。今生の別れとなるのは理解しているのに綺礼は何一つ言葉をかけず、時臣同様切り捨てる形で父を死地に送り込むことに奇妙な感覚を覚えながら見送った。
-94:37:26
郊外の廃工場に車を止めた時、璃正は死の気配を察知した。
年老いているが代行者であった感覚はそこまで衰えていない。疲労は抜けていないが、それでも慎重に足を運び二つの死体を発見する。かなり時間が経っているが血臭はまだ残っている。そして近くにはバラバラになった人形と壊れた車椅子があり、笑顔を浮かべた仮面を付けた首がこちらを向いていた。
そして、璃正と顔を合わせた瞬間、仮面の目が見開き瞬く間に強烈な閃光が辺り一体を包んだ。
-86:51:09
礼拝堂の前で綺礼は、今日一日の中で何か見落としはないか?これから何かが起こる兆しはないかと自問自答していた。
朝方、廃工場が爆発し父と隠蔽工作のスタッフ数名は命を落とした。アサシンを通じて確認した後、休息中のスタッフを伴い現場に急行、爆発を偶発的事故として情報工作し、そこにあった死体と人形を回収した。他の痕跡はまとめて吹き飛んでくれたので取り立てて難しくない作業であり、父の右腕に蓄積されていた過去の令呪も共に回収することが出来た。
しかし、綺礼にとって重要なのはここからであり、回収された人形から手掛かりを求め調べてみると仮面の付いた頭部に簡易魔術の形跡と腹部辺りに爆弾が仕掛けられた形跡があった。爆弾自体は魔術的痕跡が一切なく、キャスターの魔術は発動と隠蔽のみに留めていたのだろう。ならば爆弾の入手経路からマスターを辿ろうとしたが結局徒労に終わった。
アサシン達に監視させている他のマスターもライダーとバーサーカーは相変わらず変化なし、セイバーも拠点を森の城から深山町の古い武家屋敷に移っただけで肝心の衛宮切嗣は捉えられず進展はない。
キャスター達とて監督役の死亡は把握しているはず、今夜の再開の合図はないと察し計画の修正をするなら何か動きがあるはずだ。
それとも自分は過大評価でもしていたのか。若干の苛立ちを感じ始めた時、礼拝堂の扉が勢いよく開いた。振り返ると長方形の大きな箱を抱えた顔面蒼白の遠坂葵がそこに居た。
「言峰さん・・・・あ、あ、あの人が・・・・り、凛が・・・・」
その様子は半狂乱に近くまともに話を出来る状態ではない。とりあえず治癒魔術の応用で落ち着かせ、箱の中身を見ると人間の右腕が入っており、遠坂の魔術刻印と令呪の痕跡があったことから遠坂時臣のもので間違いない。中には携帯電話と手紙が同封されており―――――――身代金を三億に値上げする。今度無視したら娘の一部を送る――――――と書かれていた。
全く予想外の所から来たアプローチに、綺礼は今度こそ
-75:29:39
冬木市新都――――――――
駅前にある安ホテルの一室で、衛宮切嗣はハンバーガーを片手に集めた情報を並べ聖杯戦争の現状を把握しようとしていた。
アーチャー、マスターである遠坂時臣の死体は処理し、あれだけ狡猾に立ち回るキャスター達が令呪を腕ごと持ち去って行ったのだから脱落は間違いないだろう。
アサシン、遠坂の斥候役を務めていると睨んでいるが、主を失った現在は教会に仕掛けたフェイクの監視を潰し穴熊を決め込んでいる。何を考えているのか解らない『異物』なだけに警戒は怠らないほうが良いだろう。
ランサー、一昨日の夜にセイバーの呪いが突然解けたことから、既に殺られているか、
キャスター、手掛かりなし。あらゆる方法で調べても調べても何一つ確かなことが解らない。
ライダー、同じく手掛かりなし。豪放そうに振る舞うも追跡不可能な移動手段を活用する隙のない難敵だ。
バーサーカー、間桐邸を出入りするマスターらしき無防備な人影を使い魔が確認したが、キャスター達が遠坂同様に
アーチャーとランサー、後者は推測にすぎないがキャスターとそのマスターが
己に繋がる証拠を一切与えない切れ者であり、他人をどんなに上手く操って策略を巡らそうと、その全てが破られれば無理をしてミスを誘うことは可能なはずだ。敵が同じく戦闘のプロであっても敵の狙いを把握し弱点を突く〝相手の裏を掻く〟と言う己の戦術は変わらない。その時の為に万全のコンディションを維持する、獲物を狩る為に情報を集めることも必要なら待つことも必要だ。大局を見失わず反撃の機を掴むのだ。
そうして食事を終えた切嗣は夢も観ない眠りに付いた。
-62:11:39
アインツベルンの森に、雷鳴を迸りながら駆ける
「なんだこの森は?見晴らしが悪い上に迷子になりそうで不便極まりない」
辛気くさい顔で辺りを見回すライダーにウェイバーがマントを揺すりながら訴えた。
「だったら早く帰ろう!!こんな所、もし監督役に見つかって変な誤解されたら・・・・・」
聖杯戦争休止から三日、部屋でゴロゴロしているのも昼の街を散策するのも飽きたと言って、セイバーと酒盛りをしようと言い出し、ウェイバーは言った傍から大反対していた。
しかしライダーは『これは戦闘でも懐柔でもなく一献交わしながら互いの格を問う、いわば問答、何の問題も無い』と一蹴しここまで来たが、面倒になって森の結界を破壊でもしようものなら、何と言い繕えばいいのか考えただけで胃が痛くなる。
そんなウェイバーを他所に森を観ていたライダーは辛気くさい顔から一転、澄ました顔で予想する中での最悪の事態が起きていた事を推察していた。
「坊主、誤解ではなくそのままの意味で先駆けした者がいるようだぞ」
そう言って森の東側に戦車を進める。そこには広範囲によって破壊された木や抉られた地面、それらは新しく、つい最近戦闘があった痕跡があった。
「もしかしたら此度より前の聖杯戦争の名残かと思ったが、そうではないらしいな」
戦車から降りて木や地面を確かめながら語るライダーにウェイバーも遅れてはならないと御者台から降りて手掛かりを探そうとした。
「この攻撃範囲と傷痕からすると、おそらくアーチャーだな」
「足跡の形からするとあと二人いたみたいだぞ」
ライダーの考察にウェイバーも負けじと張り合う。
「うち一つはセイバーだろうな。襲ってきた賊に対し正々堂々と迎え撃ったと言った感じだな」
「だったらもう一つはアーチャーのマスターか?」
「そうなるだろうな。セイバーが来る前にこの場を離脱、行き先は――――――坊主、戦車に戻れ」
立ち上がり遠くを見据えるライダー、今宵来たそもそもの目的地がそこにあるのだろう。ウェイバーも固唾を呑んでそれに従った。
綻びた森の結界を抜けアインツベルンの城の前に出る二人、予想通り正門は破壊されており、外側から見える壁や窓も同じような箇所が少なくなかった。
意を決しホールに足を進め、更に戦闘の痕跡を辿っていくと今度は予想外の光景があった。二階の廊下に飛び散った血飛沫と機関銃の薬莢が転がっていた。
「扉の破壊具合や傷跡の一部から見て炎の魔術の使い手が居たのは間違いないが、そやつの相手は魔術でなく現代の武器を使用しているようだな」
この前まで見ていた兵器ビデオの知識と合致することから、ライダーの口調は確信めいていた。
「ちょっと待て、その相手ってアインツベルンだろ。魔道の名門がそんな手段を使うなんて------」
「ああ、セイバーの後ろに居た銀髪の女ではないだろうから傭兵でも雇ったのだろう」
ライダーの妥当な見解もウェイバーは未だに信じられないといった顔だ。
それでも進んでいくと終着点の三階の廊下まで辿り付く。そこには血の匂いが残っており、大量の血痕がぶちまけられていた。そこらか数メートル先は床、壁、天井に焦げ痕があった。
「なるほど、城の傭兵がアーチャーのマスターの放つ炎の魔術をかわし、逃げながらも応戦するがここに来て追い詰められた」
ウェイバーはライダーの説明を聞きながら興奮しているのか恐縮しているのか判らない感覚が身を包む。
「傭兵の前に炎の壁を造り逃げ道を塞ぐ、そして止めを刺そうと渾身の一撃を放つが、予期せぬ何かが起こりアーチャーのマスターは敗れた。まぁ、戦況はこんなところかのう」
「じゃあ、アーチャーも聖杯戦争から脱落したのか?」
ウェイバーの順当な結論に、されどライダーは納得がいかないとばかりに唸りながら考え込んでいた。
その直ぐ後である。三日前にも感じたドン、という魔力のパルスが東の空に上がる。その意味は聖堂教会から聖杯戦争再開の合図がでたのだ。
「合図が出たって事は・・・・・」
ケイネスが釈放され聖杯戦争に再起したと言うことである。マスター達の中で唯一、ウェイバーと縁故はあるだけに複雑な心境であったが、ライダーがいかつい手でぐりぐりと掴み撫でたため憮然と振り払う。何だか色々台無しにされた気分である。
「解らんことをうだうだ考えていても仕方あるまい。戦を続ければ、いずれ答えは出るというもの」
そう言ってライダーは酒樽を豪快に呑む。あまりの酒臭さに気分が悪くなるウェイバーだがサーヴァントに弱みを見せまいと威勢を張り、これから起こる戦いに思いを馳せた。
聖杯問答、未開催