-131:14:03
冬木市市外より、直線距離にして西に三十キロ余り。
そこには外観的にも実質的にも人を寄せ付けない深い森がある。正式名称『アインツベルンの森』その森の結界の奥にはセイバー陣営の拠点である巨大な城があった。
× × ×
憂鬱顔のアイリスフィールが溜息を我慢していた。
現在、城のサロンでは切嗣と弟子である久宇舞弥、そして自分とセイバーとで会議をしていた。だが切嗣は頑としてセイバーを拒絶し、セイバーも言葉にはしないものの傍から見て実に不服そうしていた。
会議の内容は魔術的地理と現状の確認だが、空気を換える意味も込めてアイリスフィールは今後の事に話を進めようとした。
「これからのことだけど・・・最優先すべきランサーを倒しにいくのは色々な意味でリスクが高いし、万全の状態を整えるためにも、やはり監督役の言うとおりにしばらく事態を静観したほうが良いじゃないかしら?」
妻の正論に切嗣は己が見解を述べた。
「アイリ、全てのマスターが監督役の勧告を守るとは限らない。いや確実に動く輩が出て来るのは、ほぼ間違いない」
「それって今回の犯人?けど監督役の提示した罰則はかなりのものよ。最悪、五対一になるかも知れないのに、それでも動くなんて馬鹿な真似するかしら?」
「証拠を残さず、尻尾も掴ませなければ成立しないよ。実際に僕も独自のルートから犯人探しをしてみたが、何一つ成果が上がらなかった。犯人は間違いなく情報戦のプロだ、更に戦略にも精通している。もう動いているかもしれない」
確信めいた口調で言った後、切嗣は昨夜の事を思い出していた。
セイバーの呪いを解くため、ケイネスを拠点ごと葬り去ろうと爆薬を準備しホテルに向かったが、既に先客が仕掛けを施していたようで舞弥からも傍受した警察無線から不穏な動きがあると聞いて即座に撤退し様子見に徹していたのだが、あの結果は予想外だった。
仕掛けに直に加担した者達は簡単に分かったが、そこから背後を探っていくと魔術的操作を受けた者の他に何人もの人間を介し、果ては海外のメールサーバから経由して指示を受けていた者もいた。それでも少し時間を掛ければ割り出しは可能だろうが、今はその時間が無く、仮に割り出せたとしてもダミーである可能性が高く効率的観点から別の方向から探ることにした。
「ライダーのマスター、ウェイバー・ベルベットの追加調査で得たものも含め、現行分かっているマスターのプロファイリングに犯人と合致する人物はいない。となると残るはキャスターのマスターとなるが、確たる証拠も無く素性そのものも掴めない。手掛かりを一つも与えない辺り、かなりの切れ者だと考えた方がいい」
ここまでにアイリスフィールもセイバーも異論を挟まなかった。
残る四人のマスター、被害者であるケイネスや港でのウェイバーの有様、何の戦略も無くバーサーカーを投入した間桐、遠坂にしても穴熊を決め込んでいる中であれだけの事を気付かれずにやるのは無理がある。何より切嗣から逃れられる者が只者であるはずが無い。
「今、他のマスター達の警戒は緩くなっている筈だ。その隙を突くか、揺さぶりを掛けて潰し合わせるか。とにかく何かが起こるはず、この城に居たら僕らが標的にされても不思議じゃない。早急に放棄して拠点を移そう」
「深山町に用意した新しい拠点ね」
アイリスフィールの声が弾む。個人的な期待があるようだと察し、セイバーは呆れた。少し注意しようと声を掛けようとした時、アイリスフィールの顔が強張った。
「―――――もう来たのかい?」
「ええ、森の結界から警報が届いたわ」
切嗣の問いに皆が戦闘態勢に入った。
× × ×
遠見の水晶玉を用意し侵入者の姿を映し出す。
赤いスーツにルビーの柄が付いたステッキを持つあご髭の男が堂々と歩いていた。
「遠坂時臣、なんでこの男が?」
ずっと沈黙を守ってきた者が、休戦状態であるこのタイミングで敵陣に来るなど実に不可解である。しかも水晶越しでも怒っているのが明白に分かる。その怒りを含んだ声を高々に響かせたからだ。
『遠坂家現頭首、冬木市の
我が娘、凛をすみやかに解放し、魔術師の誇りを汚すものを差し出せ。そして古の矜持に従い聖杯戦争を継続すると盟約を立てるなら、監督役の顔を立てて事を荒立てんと誓おう。これを無視すると言うのなら相応の覚悟をもって貰う』
「切嗣、彼は一体何を言っているのか分かる?」
妻の問いに切嗣は首を横に振る。
「まさか、さっぱりだよ。だが言っていた事を吟味すれば大体の検討は付く。どうやら既に先手を打たれていたようだ」
娘を誘拐され犯人を切嗣だと考え乗り込んできたのだろう。無論、切嗣には全く身に覚えが無い。真犯人はキャスターのマスターと見て間違いない。
ここまで大胆な行動に出てきたと言うことは―――――――事前に切嗣の情報を持っていたかはともかく―――――――真犯人にそう誘導されるような何かをされたと言う事になる。
遠坂時臣は宣言した後、真っ直ぐに城に向かって歩いて来ている。当然、背後にはアーチャーが付いているだろう。
ならばここは大人しく招き入れて誤解を解き、情報を得るために共闘を旨とした交渉をするのが順当だろうが、上手くいくとは限らないし直観がこの男とは組めないと告げている。何より、これほど早く仕掛けてくる真の敵に対し消極的に取り組んでいては、敵はガンガン攻めて来るだろう。
そして、時臣の今の状態は切嗣にとっては『好都合』でもある。考えを纏めた切嗣は意を決し指示を出した。
「アイリ、エリア・エフェクトを発動させ遠坂とアーチャーを分断、セイバーを足止めに向わせてくれ、遠坂はこの城で僕が迎え撃つ。舞弥はアイリを連れて城から逃げてくれ。新手には十分気をつけて」
セイバーには直接声を掛けず拒絶を崩さない指示に本人は憤りが沸くが、今はそんな事を言っている場合ではない。頭を切り替え、すみやかに武装し戦場に向った。
一方、港でアサシンの真実を知っていた舞弥は切嗣の意図を理解し、逃走ルートを二番目、三番目に使用することを考えていた。
そして案の定、言峰綺礼が一番目の逃走ルートから向ってくることを感知していたアイリスフィールは、彼を危険視する切嗣を思い出し、ある決意を固め、城を出たら舞弥に切り出そうと決めた。
-130:46:01
遠坂時臣がアインツベルンの城を目指す中、突如森がざわめき出し、辺り一面の景色が歪んでいく。森に施されていた幻惑魔術が倍増した、つまりは相手側も戦闘を受けるつもりなのだろう。背後のサーヴァントの気配は無く、これ見よがしに出口らしきモノも見える。
「時臣、セイバーが近づいてくるぞ。さっさと用向きを済ませてこい」
どこからかアーチャーの声が響き、この激励に最大限の敬意で返礼する。
「ご武運を」
礼装の杖を握りしめ、時臣は迷うことなく駆けて行った。
「これまでずっと退屈させてきたのだ。少しは我を愉しませる見所を見せろよ」
幻惑を消し去り、邪悪な笑みで見送った後、疾風のごとくやって来たセイバーに
一方、セイバーは宝具を使えない上に敵の得体の知れなさも合わさり、こちらからは攻め込まず守りに徹する構えを取った。
睨み合いが続く張り詰めた空気の中、アーチャーは戦意も覇気も無く余裕で城を視界に収め、セイバーは全く余裕の無い焦りすら感じる中で敵の意図を測りかねていた。
そして、緊張がピークに達した時、アーチャーが出現させていた宝具を四廷投擲した。しかし、よそ見しながら放ったような攻撃がセイバーに通じる筈も無く、あっさりかわされて、その勢いのまま斬りかかってくるが、間合いに入る前に再び投擲した宝具に阻まれ、また睨み合いが続く、このループが何度も何度も繰り返される。
-130:36:55
視界を阻む木々と幻惑の術を抜け、時臣の眼前に古城が現れる。娘が監禁されている可能性も考慮に居れ、破壊は極力避けようと決め正面の扉を炎の魔術で破壊する。
城内に入るとシャンデリアが輝く広いホールが外界との空気を一変させる。だが時臣は感慨に耽ることなく気を引き締める。
(相手は手段を選ばない外道だ。セオリー通り魔術のみで戦うわけが無い)
魔術感知と同時に通常兵器の警戒も必要と熱探知の応用で怪しい所を探す。するとやはりホールの四隅にある花瓶に不自然なものがあるのが分かった。
すかさず炎の魔術で吹き飛ばし無力化する。他に怪しい所はなかったのが警戒を解くことなく足を進める。
× × ×
ホールの小型カメラから一部始終を見ていた切嗣は時臣を冷静に分析していた。
事の経緯は不明だが敵は自分の事をそれなりに調べ上げている。魔術の腕も噂どおり一流であり、それなりに用心深くもあるようだ。そう、それなりに―――――――これまで集めた情報と今目にした事を重ね合わせるとマニュアル通りに動く、戦闘経験の乏しい御し易い
最悪、他の新手が来た場合も含め、かなりの難敵なら城ごと爆破することも考慮にいれていたが、杞憂に終わりそうだ。ならば確実に仕留めるべく〝狩り〟のプランを検証し始めた。
そうして考えが纏まったとき、サロンのドアが静かに吹っ飛び、遠坂時臣が怒りのオーラをまとい踏み込んできた。
「散れ」
もはや問答無用と切嗣に向かい火球を放つ。
「固有時制御――二倍速」
しかし、切嗣も既に魔術を発動させる準備を済ませていたので、目にも留まらぬ速さで火球をかわし、時臣の背後を通り廊下へと躍り出た。
「ぬぅう」
予想範囲内とは言え、魔術を収めた者があんな外道に堕ちた事実は、魔道の誇りを尊ぶ者として許せるものではなかった。
より一層の殺意を強め、その後を追いかけた。
切嗣は頭に叩き込んだ城の見取り図を検討し、待ち伏せに最適な場所に息を潜めながら魔術の反動による苦痛に耐えていた。だが、そんな事はお構い無しに警戒を高めて反撃のタイミングを窺う。
時臣の攻撃魔術、索敵、行動はオーソドックスなもので一流ではあるが至極読み易い。いくら魔術以外のものも警戒していると言っても自分の『切り札』までは知らないはず、陽動と挑発を繰り返し我慢の限界を超えさせれば確実に狩れる。
そして、敵の気配を察知しリモコンで罠を起動させる。時臣は炎陣を展開し防御、注意が逸れた一瞬を突き左手のマシンガンを連射する。
それでも時臣はしっかり対応し、弾丸が止んだ瞬間に火球を放とうとするが、カウンターを合わせるように右手のコンテンダーを発砲し脇腹を抉った。
致命傷には至らなかったものの悲鳴を押し殺し苦悶の表情を浮かべる時臣に目も暮れず切嗣は踵を返し逃走、追ってくる気配は無いので物陰に隠れコンテンダーの薬莢を抜いて
-130:21:37
冬木市新都――――――――
繁華街に近いアパートに一室で魔王は
一つはサーヴァント戦、アーチャーは牽制のみ終始しセイバーをまともに相手するつもりは無いようだ。興味は完全に城の方にあるがマスターを案じている様には見えず、もう見限っているのかもしれない。――――――そうなると新しいマスターの宛てがあるのか?
次にマスター戦、遠坂時臣は止血した脇腹を押さえながらも正々堂々と行った感じで戦っているが、衛宮切嗣は死角からのヒット・アンド・ウェイを繰り返し、明らかに何か狙っている。右手にある銃を使おうとしないのに、その何かを感じる。
最後に森の西側で行われているセイバー陣営の協力者である二人の女性とアサシンのマスター言峰綺礼との戦闘、それ自体は予想内だが、わざわざ侵入者に鉢合わせるように出向くとは意外だった。綺礼が先に行くために交渉をしようとしたが二人は頑として聞き入れず戦闘が始まった。そして、そのやり取りで魔王はある確信に至った。
(やはり、この男の
戦闘自体はあっさりと決着がついた。銃器と魔術を駆使した女二人を黒鍵と拳法の体技だけで倒した。
だがここで完全な予想外が起こる。満身創痍の二人を差し置き先に行くかと思いきや銀髪の女に近づき、髪を掴み上げて『誰の意思で戦ったのか?』詰問した。その表情は至極真剣であった。
(何故、捨て駒をそこまで気にかける?いや、捨て駒にすること自体が解せないと言う口振りだったな)
キャスターに拠れば銀髪の女は人間でなく
「キャスター、予定変更だ。今すぐに森の西側に向ってあの男を追っ払え、他に見られても構わん。そのあと女達に今から言う処置をしろ」
-130:12:09
煮えたぎる怒りと焦りが時臣の中で沸きあがり、沸騰しそうな血液がどんどん頭に上っていく。敵は上の階に逃げ行き一見すれば追い詰めているようだが、そこに凛が居て盾にでもされたら、いよいよ魔術師の責任と遠坂の家訓に従い最悪を覚悟しなければならない。
そうならない為にも早急に決着を付けなければならない。時臣は次の一撃に全てをかけると決め、少々強引な手段を取る事にした。
三階の廊下を曲がろうとした時、炎の壁に阻まれ敵もいよいよ勝負に出たと切嗣は、ほくそ笑んだ。時臣はすぐそこまで来ている、ならば座して待ちこちらも最後の仕上げをするまでだ。
程なくして対面する二人、語る言葉は一切無いと出会い頭に最大限の魔力を込めた火球いや炎弾を放つ時臣、それにワンテンポ遅れて切嗣の右手のコンテンダーから魔弾が放たれる。互いに最強の攻撃がぶつかった瞬間、戦いに終止符が打たれた。
× × ×
いかな単独スキルのあるアーチャーと言え、マスターが絶命しかかっているとなれば察することは出来る。まして今のアーチャーは目の前のセイバーなどお構い無しに城に灯った火の手や轟音に想像を巡らせていた。そして、その結果がダイレクトに伝わって来た時、満悦に微笑んだ。それはこの場に居ない誰かに向けられたものだった―――――お前の狙いは、お見通しだ――――――と。
これで用件は済んだとばかりに消えていくアーチャー、その様子に足止めされ居ていたのは自分の方なのだったのかとセイバーは歯痒い疑問に囚われる。
× × ×
切嗣の切り札である魔弾、『起源弾』それは魔術回路を電子回路に置き換えると水滴のような役割を果たす。つまり迸る電流の如く魔力をより発揮させ魔術回路を行使するほど、その魔術師は自らの魔力で破壊される。
時臣は魔術回路が暴走し、神経系と臓器が破壊され大量の吐血と共に床に倒れた。放った炎弾は切嗣に到達する前に霧散し、炎の壁も魔力が途絶え瞬く間に消失した。窓はおろか壁まで壊れていたので風通しがよく酸素には困らないが、熱気と煙による息苦しさはまだ少し残るだろう。
しかし、その程度の事気にする切嗣でもなく確実に止めを刺すために左手のマシンガンを単射に切り替え近づいていくと、背後から奇妙な気配を感じた。
振り替える間もなく煙から紫色の骨の兵士―――竜牙兵―――が現れ、令呪のある時臣の右手を切り落とした。そのまま右腕を持って去っていく竜牙兵に照準を合わせ発砲するが、届く前に空間が捩れ文字通りに消えた。
空間転移なんてものは始めて見るが、今感じているのは驚きでなく納得であった。
こんな芸当は魔道の英霊であるキャスター以外は不可能、つまり一連の真犯人はキャスターのマスターであると言う確信を得られたのだ。そして、キャスターなら奪った令呪でアーチャーを始末することも可能だろう。虫の息である時臣はそのまま絶命するのを待つ方が良いようだ。丁度よさそうな瓦礫に腰掛けながら切嗣は煙草を口に咥え火をつけた。
いいように利用され勝利を横取りされたことに何の感慨も無い。寧ろ此れだけのことを仕組んだマスターとそれに進んで協力しているキャスターに感嘆する。セイバーに同じ事を課せば溝が深まる所か決裂しても可笑しくない。―――――自分が組むサーヴァントはおろか立ち位置まで向こう側の方がずっと自分好みだと深い溜息と共に紫煙を吐き出した。
遠坂時臣、脱落です。