運命上の魔王   作:a0o

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 先に言いますが、これは魔王にとって行き当たりバッタリの云わばギャンブルみたいなものです。


誇りとは・・・・?(下)

-144:09:25

 

 

  一夜の騒動が明け、東の空に黎明が差す。騒ぎが本格的な山に差し掛かるだろうが、今頃は父を始めとする聖堂教会のスタッフたちが隠蔽やケイネスの釈放、その事後処理に追われているはずだ。言峰綺礼は、表向きには聖杯戦争の敗退者として保護されている身、教会にあてがわれた私室に戻り、昨夜の空振りの反省とこれからどの様に衛宮切嗣に接触しようかを思案するつもりでいた。

 

 しかし、ドアを開けた途端にその考えは霧散した。何故なら部屋は華やいだ雅な気配を醸しだし、その源であるアーチャーが我が物顔でくつろいでいたからだ。更によく見ると極上の美酒と聞いて購入したワインがずらりと飲み散らかっていた。

 無論、このような酔漢に対して上機嫌で振舞えるはずもなく。

 

「一体、何のようだ?」

 

 感情を押し殺し、されど歓迎してないとニュアンスを込めて問うた。

 

「なにやら一際賑やかな祭りがあった様子だったのでな」

 

「祭り?」

 

 まず昨夜のホテルでの騒動だろう。そしてこの英霊、昨夜の綺礼がその現場に居たことを知っている。

 

「あのつまらん男の差配に退屈を持て余していたが、なにやら面白そうな予感が沸いてくる」

 

 一つ間違えれば聖杯戦争が根底から瓦解すると言うのに、ほとほと愉快そうに口にするアーチャーに呆れつつ綺礼はその存在を容認しかかっていた。

 

「・・・・それは英霊としての勘か?」

 

「この世の全て贅と快楽を貪り尽くした王としての見解だ」

 

 アーチャーは不適に笑ってグラスを空にし、話を続けた。

 

「此度の犯人は聖杯には興味がない。でなければあの祭りの盛り上げ方に説明が付かん。時臣あたりはアサシンより性質の悪い毒蜘蛛の仕業と考えるだろうが、我の見立てではそれよりも魔術に縁遠い部外者だ。そして求めているのは愉悦や興だろう」

 

 グラスに新しい酒を注ぎながら綺礼を見る。それを疑いと受け取り憮然と反論する。

 

「確かに私は部外者であり、聖杯に託すような理想も悲願も持ち合わせていない。だが神に仕える者として、愉悦などと言う罪深い堕落に手を染めるなどありえない!」

 

 綺礼の声を荒げた様子にアーチャーは底意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「愉悦が罪とぬかすとは――――――言峰綺礼、お前はお前で中々に面白そうな男だな」

 

「・・・どういう意味だ?」

 

「大した意味はない。それよりも綺礼、お前は他の五人のマスターに間諜を放つのが役目なのだろう?」

 

「その通りだが」

 

「であれば、今回の件の犯人探しも当て嵌まるな。ならば連中の動機についても調べ上げるのだ。そうすれば誰が犯人かは直ぐ解るだろう。そして我に語り聞かせよ。上手くいけば疑いを晴らすと同時に我に一矢報いることが出来るかも知れんぞ」

 

 とりあえず理に適っているようだが、根底にあるのは娯楽、つまりは面白がっているだけなのが見え見えである。そんな物にわざわざ応じてやる義理もないが、断るだけの理由もない。機嫌を取るような形になるのは癪だが、この奔放なサーヴァントに影響力を与えるかもしれない事を考慮すれば少なくとも損にはならない提案である。

 

「・・・・・まだ捕捉出来てないマスターもいる。相応に時間はかかるがそれでも構わないか?」

 

「ああ、別に急ぐ訳でもない。それで十分だ」

 

 再びグラスを空にし、許諾を得られもしたので席を立つアーチャー。部屋を後にしようとドアに近づいた所で綺礼の方に振り向いた。

 

「ちなみに、捕捉出来てない()とは誰のことだ?」

 

 この問いに衛宮切嗣が頭に浮かんだが、それをあえて表に出さず綺礼は仏頂面のまま答えた。

 

「キャスターの陣営だ」

 

 この答えにアーチャーは満悦な笑みを浮かべながら去っていく。

 

 ようやく独りになれた綺礼だが、何やら心の奥底を見透かされたような感覚が付きまとって来る。真偽は確かめようがないし、仮にそうだったとしても絶対に立ち入らせるつもりはない。

 そう誓いながらアーチャーが飲み散らかした酒瓶を片付けに入った。

 

 

 

-142:28:33

 

 

 テレビでは全チャンネルがあらゆる新聞の一面では、昨夜のホテルの事件を大々的に報道している。その勢いはキャスターのガス漏れや昏睡の扱いの比ではない。足が付かないよう魔王が何重ものコネを介し、裏で糸を引いたのである。

 

 そして当の魔王は、次の仕掛けを打つべく二人の男『遠坂時臣』と『言峰綺礼』の資料に目を通していた。まぁ、資料と言っても一晩で集めた簡略的なもので、表向きの経歴と簡単な家族構成が記載された物である。

 

 遠坂時臣は表向き不動産や土地運用を主とした個人投資家で、彼と取引した企業は必ず成功すると言う風評もあり、かなりの財を稼いでいる〝やり手〟に見えるが、その風評の元の根底に魔術的要素があるなら(表現は適切ではないかもしれないが)イカサマで稼いでいることになる。それを自らの実力と思っている自信家もしくはケイネスや初めて会った時のキャスター同様に一般人を見下すエリート気質を持っている可能性は高い。宝石商との取引もあるとの事だが、ビジネス関連ではなさそうで、その先は自分ではおそらく与り知れないだろう。

 家族は妻と小学生の娘が一人いて、現在は冬木市の親戚の家にいる。聖杯戦争に備えて非難させたと考えるのが妥当だろう。

 これらの情報と先の狂言も考慮してみると頭の良いバカ、つまりは自惚れ屋のイメージが伺え、戦闘に関しては事前の準備はよくやるが所詮は二流(アマチュア)であると思われる。

 言峰綺礼は外国の神学校を卒業し以降、神父として世界中を渡り歩いている。渡航記録からすると、かなり物騒な処に行った事もあり、殺し合い(こんなこと)に参加している事を考えると寧ろそちらの方が多いと推察でき、実際は―――自分や『ある男』と同様に―――表に出せない仕事に手を染めていたと思われる。

 家族は父親が冬木教会におり、監督役共々グルである疑惑が一つ補強されたことになる。

 

 無論、これらは心象であり確証はない。故に魔王はこれらの裏付けと昨夜、浮かんだ仮説を検証するための策を組み立てキャスター(・・・・・)に実行させる為に指示を出した。

 

「キャスター、アーチャーのマスターである遠坂の娘を誘拐しろ。時間は下校途中に周囲の目撃者は勿論、アサシンにも十分警戒するのを怠るな。監禁場所は第三アジト、間違ってもここに戻ってくるなよ。それから終わったら母親の方も監視しろ、俺はしばらく仮眠するので指示があるまでは待機していろ」

 

 返事も待たずに通信を切り、ベッドに横たわりそのまま眠りに付く。

 

 

 

×    ×    ×

 

 

 一方キャスターは無言のまま、目標を捕らえ水晶に映し出していた。幸い情報は即座に共有していたので現住所や容姿は簡単に確認できたが、それでもこのまま黙って従うのはやはり面白くない。指定された時間まで猶予もあるので、やり方はマスターに倣って迂遠な方法でも用いようかと思案し始めた。

 

 

 

-135:06:52

 

 

 遠坂凛には覚悟があった。

 父親を尊敬し、その跡を継ぎたいと常に願い、そうでありたいと覚悟だけは人一倍と自負していた。

 だから、小学校の教室まで波及した昨夜の大ニュースやここ最近の冬木市で起きている出来事についてもそれなりに知っていた。

 今この街の夜に怪異が犇く戦争をしていることもその当事者の一人に父親がいることも。

 面白半分で噂話をしている者もいれば、友達のコトネのように不安に苛まれている者もいる。両親からは邪魔をしてはいけないと厳命されているものの、せめて自分の手の届く者達だけでも何とか出来ないかと凛の心は幼い責任感に苛まれていた。

 

 そんな事を考えながら現在身を寄せている禅城の家に帰宅しよう駅に向かっていた時、それを見た。

 まだ夕刻にも関わらず夢遊病の様な足取りで自宅とは全く違う方向に向かうコトネの姿を、この時凛は直感した友達が『戦争』に巻き込まれようとしていると、両親の言に従えば深追いせずに父に報告するのが筋であろう。しかしコトネを助けるのは何時だって自分であり、誇り高き遠坂の一員として『常に余裕を持って優雅たれ』を実践している身、一分にも満たない葛藤の末、遠坂凛は家訓に則り禁を破った。

 

 言うまでもなく、この時の凛は子供だった。周りが不自然なくらいに普通過ぎる出来すぎた状況の中に自分がいることも友達を助けると言う大儀の前に気が付かなかった。

 

 

 流石に駅前の人通りの多い場所で魔術を使うわけにはいかないので、様子見の意味も含めて尾行を開始した。少し歩くと人気は少なくなっていき、裏道に入る路地にコトネが入った所で見失わないように走って自分も路地に入ったがそこにコトネの姿はなく、焦燥に駆られそうになった時、凛の意識は闇に落ちていった。

 

 

 

×    ×    ×

 

 

 意識を失った凛を抱え、キャスターはゆるやかに魔術を解いていく、餌に使った少女も三十分もすれば解放され帰路に着く。本当はその三十分間、凛が右往左往するのを見ていたかった。子供とは言え魔術の恩恵を受けていたのは一目見て解っていたし、少しは張りがあると期待したのだが、はっきり言って拍子抜けである。

 そんな事を思っていた時、どん、と言う魔力のパルスを感じた。方角は冬木教会、昨夜マスターの言っていたこと思い出し、どうやら策が効果を表したようだ。

 

 やはり心理的要素で人を操るのは魔王(マスター)の方が上、と言ってもその片鱗しかまだ見ていない。ならばと、これからの展開を期待しながら監禁場所に向かった。

 

 

 

-133:44:37

 

 

 マスターの召集信号から一時間、息子とケイネス以外の使い魔五体が揃ったのを確認して老神父、言峰璃正は語り始めた。

 

「時間がないので単刀直入に言う。昨夜の騒動は皆知っていると思うが、その際に事件の当事者として二人の少年が死んだ。そして、その少年達はこの国の政治家と官僚の隠し子であることが分かった」

 

 神父として、いつものように説法じみた口調だが、そこには焦りと疲れが感じられた。

 

「そして彼らは魔術とは一切無関係な立場にあるため、このスキャンダルを我々の意図とは真逆の方法で揉み消そうとしている」

 

 つまりは事の責任と世間の矛先をケイネスに向けさせようと工作しているのだろう。老神父の疲れの色やこの様な招集を掛けたのを考えれば相当高い地位にいる者達を相手にしているのは想像に難しくない。

 

「勿論、これで聖杯戦争を躓かせる様なことにはしないし、聖堂教会として彼らとは納得の行く形で折り合いをつける。

 だが聖杯戦争を続けながら、それをすることはかなり厳しい。よって監督役の権限として聖杯戦争の一時休戦を勧告する。すべてのマスターは直ちに戦闘行為、間諜などの工作を中断せよ。コレに違反した者は、更なる監督権限で残るマスター全てに討伐を厳命する」

 

 言っている事は職権乱用のようだが厳しさと真剣さは伝わってくる。おそらく今回の下手人に向けて言っているのだろう。名指ししないのは確証がないからか、もしかしたら手掛かりすら掴めていないのかも知れない。

 

「では私はこれより対応の検討に戻られねばならない。諸君らにも質問があるかもしれないが、この重大事項の処理を誤ればどんな結果になるかは説明するまでもあるまい」

 

 使い魔を通じて聞いているマスター達もまとも(・・・)な魔術師なら理解できるだろう。

 

「諸君らの悲願に至る聖杯戦争とその大儀を思い出し、どうか自重してくれ、事態が収束したら改めて正常な聖杯戦争を再開する」

 

 そう宣言し教会を後にしようとする。

 この一件の黒幕、裏切り者については気掛かりだが、ここには自慢の息子が残る。息子なら最悪が起きても上手くやるだろう。そう信じ自分も父親として、聖堂教会の者として、亡き友との約束の為、この予期せぬ出来事を必ず収束させると決意するのであった。

 

 

 

―132:50:07

 

 

 父が教会を後にして一時間も経たないうちから、言峰綺礼は重苦しい雰囲気の中にいた。目の前には魔道通信機があり向こう側には師であり、共犯者である遠坂時臣がいる。

 

「それで凛が誘拐されたと言うのは間違いないのですか?」

 

『ああ、〝一億円をダイヤに換えて用意しろ〟とう脅迫状と一緒に髪が同封されていた。魔術で調べてみたら凛と一致した。葵の方にも帰ってこないと確認が取れた』

 

「奥様のほうは?」

 

『かなり動揺していたが心配するなと言い含めておいた。あれは出来た妻だ、学校への対応は任せて問題ないだろう』

 

「脅迫状そのものや送られ方には魔術的なものは無かったのですよね?」

 

『ああ、一切無い。だからと言ってこんな偶然がある筈も無い。先のホテルの一件といい子供を誘拐するなどと言う下劣な手段を用いることと言い、この様な魔術師としての誇りを辱める輩は一人しか思いつかない』

 

 間違いなく衛宮切嗣の事を言っている。しかし彼を騙った第三者、消去法から言うとキャスターのマスターが犯人である可能性も無きにしも非ず、であるのだが時臣はその可能性を端から観ていない。と言うよりも他にこんなことをする輩が参加しているなど信じたくないのだろう。

 

(いや、私もアーチャーと話さなければ時臣師の考えに乗って、この可能性を考えなかっただろうな)

 

 顔が観えないこといいことに綺礼は堂々と苦笑した。その間にも時臣の話は続く。

 

『私は魔術の秘匿に責任を持つものとして、この様な事は断じて赦せない。心情的には直ぐにでも討伐に出向きたいが、璃正神父からは自重しろと厳命されたばかり、遠坂の悲願のために協力してくれている方に泥を塗るようなこともまた恥』

 

 どうやら板挟みになって寸での所で冷静さを保っているようである。ならばこのまま軽はずみな行動は避けさせるように説得する。それでなくてもこの人物は楽観的で足元を見ない癖がある。そういう部分に気を配るのが自分の役目だと綺礼は考えていたので、声を上げて言った。

 

 

 

「我らは今すぐに討って出るべきです!」

 

 考えていたことと正反対なことを言いながらも綺礼の言葉に淀みは無かった。

 

「そもそもルール違反を犯したのは向こう側、ましてやこのような外道に屈するなど誇りの意義を履き違えていると言うもの!」

 

『!!』

 

 通信機越しでも時臣が瞠目したのが伝わって来る。

 

「魔道の誇りを尊ぶ導師なら答えは明白なはず。凛もまたその道を歩むことを志しています。ならば何れの背中を見せることが真の魔術師でありましょうか!」

 

 数秒のとても深い沈黙の後、通信機から小さな笑い声が響いた。

 

『ふっふふ、これは一本取られたようだ綺礼』

 

 どうやら時臣の腹は決まったようである。同時に綺礼も立ち上がり覚悟を決めていた。

 

(任務や父の信頼に反することは解っている。だが神が与えてくれたかのようなこのチャンス、逃すことなど出来ん!)

 

 もとより綺礼の聖杯戦争参加の意義は衛宮切嗣である。その強い目的意識の前には、代行者としての責任もお門違いな信頼も全て霞む。故にこの決断に一片の悔いは無かった。

 

 

 

 




 今回は言峰綺礼の回ですかね・・・・

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