ラブ鎧武!   作:グラニ

65 / 68
























51話

 

 

 

 

 

 

葛葉コウタは頭上に登る太陽の日差しを手で防ぎながら、溜息をついた。

 

ぱしゃり、と湯船が打つ音が響いて、隣にいる高坂穂乃果も同じように息をつく。

 

「こんな真昼間からお風呂に入れるなんて幸せだねー」

 

「だねー」

 

穂乃果の言葉に同意するように、隣にいる南ことりも頷く。

 

「は、破廉恥です!」

 

そこへ背後から園田海未の声が響く。3人が見やると、入口の扉から顔だけを出して羞恥で真っ赤になって唸っていた。

 

「海未ちゃんも来なよー!」

 

「気持ちいいよ!」

 

「い、いくらコウタといえど…………殿方に柔肌を晒すなんて、破廉恥ですよ! 穂乃果! ことり!」

 

現在、2年生組は貸別荘にある露天風呂で疲れた身体を労わっていた。最初は穂乃果達女子組で楽しんで後から入る、と言ったのだが穂乃果がどうしても4人で入りたいと聞かない為、水着を用いての混浴となったのである。

 

が、案の定というか予定通りというか、予想を裏切らない海未は入るのを渋っているのだ。

 

「って言っても、ちゃんと水着着てるし。初日のPV撮影の時だって水着で遊んだじゃんか」

 

コウタが呆れた風に立ち上がってズボンタイプの水着を指さして言う。この島に到着した初日、昼過ぎだった為に猛烈な練習は厳しい(というか海未のメニューがやばかった)為に海でのPV撮影になり、その時は全員が水着で遊んだのだ。

 

海未も最初は異性の前に肌を晒すという事がうんぬんかんぬんと抵抗していたのだが、結局は穂乃果達に押し切られるように遊んで、いつの間にか抵抗はなくなったと思っていたが、そうでもなかったらしい。

 

ちなみに穂乃果は黄色いビキニ水着で、ことりは緑のチューブトップの水着、海未は白いタンキニ水着である。

 

それにしても、と。

 

自分で言っておいて、つい耽ってしまう。

 

あの遊んでいた時、まさか怒涛の合宿になるなんて誰が予想出来ただろうか。

 

激動の日の翌日。

 

街に避難していた人々は、ひとまず争いがなくなった事に喜び互いの無事に安堵した。

 

ホテルや住宅が密集していた居住区は被害が思いの外少なく、ほとんどの人が祖国へ帰れそうだという。

 

もちろん、全てが円満に終わった訳ではない。

 

大勢の人達が亡くなった。そこらの問題などの具体的な事はコウタ達には知らされていない。それはユグドラシルの問題であって、子供達が気にする事ではない、というものなのだろう。

 

終わったばかりの翌日では動きもままならないはずなのに、タカトラはμ'sとチーム鎧武のメンバーを先に本土へ帰してくれるようにしてくれた。

 

元々あった滞在日数も過ぎている上に外部との連絡を絶たれていたのだから、親御さんの心労を鑑みての事だ。

 

ちなみに、今朝電波が復旧したのでメンバー達はそれぞれ家族と連絡を取って無事を伝えていた。コウタも姉に連絡したらどうかと促されたが、彼女もユグドラシルの社員なのだし報せはすぐに届いているだろうから、メールだけ飛ばしておいた。

 

「本当、あの時はこんな風になるなんて思わなかったよね」

 

コウタの顔色からか察したのか、穂乃果が言う。

 

「まさか私達のライブで、この島に起きた騒動を止められるなんて思いませんでした」

 

観念したようにコウタの隣に入って来た海未の呟きに、3人は頷く。

 

「凄い5日間だったねぇ」

 

「っても、俺はほとんど寝てたからなぁ」

 

コウタの残っている記憶はアネモネの音楽が流れ、暴走するインベスを鎮めようと戦っている途中で途切れている。聞けばその時、アネモネに操られた呉島ミツザネが変身したアーマードライダー龍玄に撃たれ、その衝撃で意識を失ってしまったらしい。

 

弟分であるミツザネに撃たれた、という事はコウタにとっても衝撃的だったが、コウタにしてみればそれは一瞬だった。全てが終わって対面してその重々しい面差しに、コウタは軽く言ってのけた。

 

『じゃ、まだ終わってない夏休みの宿題よろしくな』

 

もちろん、直後に海未に張り倒された。

 

けれども、それでミツザネにも仲間達にも笑顔が戻ったのだから、それ以上の言葉は不要だった。

 

次に覚えているのはすでにμ's達は動き出した後で、説明を受けたコウタはその作戦に尽力する為に行動を開始したのだ。後は合流してからで、思い出すほどでもない。

 

「…………みんな、凄く頑張ったな」

 

「えへへ……………」

 

つい、穂乃果の頭が撫でやすい位置があったので触ってみた。だらしなく破顔して気持ち良さそうにしている穂乃果を見ていると、不思議とコウタも笑みが零れた。

 

「…………ご、ごほん」

 

ふと、反対側の方からわざとらしい咳き込みが聞こえた。

 

見れば海未が頬を赤くして顔を顰めている。頬が赤いのは湯船だけのせいではないような気がした。

 

「い、いくらなんでも未婚の殿方が婦女子に気安く触るのは如何なものと思います」

 

「とか言って、海未ちゃん羨ましいんでしょ!」

 

穂乃果の指摘に言葉を詰まらせた海未が、うがーっと襲いかかる。

 

水しぶきが掛かってくるがなんのそこ。元気に遊ぶ穂乃果と海未に、いつもの日常が戻ってきたような気がしてコウタに笑みが籠る。

 

「コウタ君もお疲れ様」

 

近付いてきたことりが肩を揉んでくれる。

 

そんな彼女にコウタはブイサインで元気をアピールした。

 

「あぁー! ことりちゃん抜け駆けずるい!」

 

「ぴぃっ!?」

 

それに気付いた穂乃果がことりに飛びつこうとして、それから逃げる為に大きく湯船が揺れる。

 

お湯を何度も被って咳き込みながら、コウタはそれでも笑顔を絶やさなかった。

 

「やっぱいいよな、こういうの」

 

何せこの時間をまた迎える為に、コウタは戦っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どさどさ、と山積みになっていく荷物を見て九紋カイトは確実に顔を顰めていった。

 

「どれだけ持って帰る気だ」

 

「決まってるでしょ。持ち帰れるだけよ」

 

きっぱりと返してくる矢澤にこは、今度はフライパンを買い物カゴの中に入れる。本来、買い物カゴからしてはならない音が響き、流石の絢瀬絵里も冷や汗をかきながらにこに言う。

 

「にこ、これ持って帰れるの………?」

 

「持って帰るの! こんなチャンス、滅多にないんだから…………!」

 

カイトだけしか知らない事だぎ、矢澤家は母子家庭だ。母親だけが働き口で、にこだけでなく下に3人も控えているのだ。このご時世で女手でよく育てていると素直に賞賛出来る。

 

そんな矢澤家は、当然家計もギリギリのラインで生活を維持しており、正直な所とても裕福とは呼べない。

 

なので家具や調理器具は古めかしい物を使っており、どれもこれもが騙し騙しで繋いでいるようなものだ。

 

そこへ舞い込んできたユグドラシルの謝礼。今回の騒動を解決に導いてくれた事と、撮ったCM動画のデータが消失してベゴニレックの発売も白紙になったので大元がなくなって撮影自体の話しがお流れになった事に対してのものだ。

 

今回の騒動で、イーヴィングルは閉鎖。まずは社会的信用を回復させる事を優先させる為らしく、この島に出されていた店は撤退。その中には新品同様でも回収するより廃棄した方が早いものも多く、欲しいものがあれば遠慮なく持って帰って構わないというお達しが来たので、にことカイトが目を輝かせて出向いた訳である。

 

が、そこでにこの欲が出てしまった以下略。

 

「あ、このポット可愛いー」

 

「ちょっと希! 貴女もにこを止めてよ!」

 

そっちのけで廃棄品の山からゾウ型のティーポットを掲げている希に、絵里が少し憤慨したように言う。しかし、その返しは希らしいのんびりとしたものだった。

 

「って言っても、にこっちは言い出したら聞かんやろ? 荷物ならカイトが持てばえぇんやないかな。コウタ君達もいるし」

 

「…………………………………勝手にオレを頼るな」

 

自分の与り知らない所で荷物持ちに認定されたカイトは、廃品の山を眺めながら切り返す。残念ながらカイトとてこの中からいくつか目ぼしい物が見つかったので、他者の物まで運ぶ余裕はない。

 

「何言ってるの。今回、アンタほとんど役に立ってないんだからここで役に立たなかったら、何の為にこの合宿に着いてきたのよ」

 

にこの言葉は手厳しいが、確かにその通りである。当初はアーマードライダーとしての能力を高める為に、戦闘訓練を予定していた。だが、2日目から始まったインベスの暴動によってそれどころではなくなってしまい、CM撮影自体は無事に終わったが、大きな事件にμ'sは巻き込まれてしまった。本来ならば巻き込まれる前にアーマードライダーが未然に防ぐべきだったが、それを成す前に事は始まってしまったのだ。

 

カイトは途中で気絶してしまい、起きたのは最後の方だ。説明を受けて覚悟を聞いて裏方に回ったのだが、にこ達からしてみれば最後まで寝ていて何もしなかった、と思われても仕方はない。

 

「にこ、その言い方はやめて。カイトが倒れたのは私達を守ってくれたからなのよ」

 

瞬間、絵里がにこの肩を掴んで振り向かせる。厳しい碧眼の瞳がにこを射抜き、驚いたように見つめ返す。

 

絵里が突然怒りを露わにした事にカイトは驚いた。確かに真面目な性格をしている絵里だが、仲間であるにこに対して下手をしたら敵意になりかねない威圧を向けている事に。

 

「訂正して…………!」

 

「絵里…………?」

 

「訂正しなさい!」

 

回りには4人以外誰もいないからこそ、絵里の痛烈な声が響く。

 

一瞬、誰もが何も言えなかった。

 

「………………絵里」

 

少しだけ半目になり、にこが言う。

 

「冗談に決まってるでしょ。こいつがこの程度で傷つく玉じゃないってのは今までの付き合いでわかってるし」

 

「え………じょ、冗談……?」

 

そうよ、と言ってにこはカイトを見やってくる。

 

「傷ついたなら謝る。ごめん」

 

「くだらん。その程度で折れるような柔に見えるのか、オレが」

 

実際、にこの言葉によるショックなどない。普段の会話でよくやる小言の沿線上に過ぎないのだから。

 

「エリチ、どうしたん?」

 

「ご、ごめんなさい……………」

 

はっと我に返ったように絵里がにこの肩を離して、頭を下げた。

 

「……………ま、気持ちはわかるわ」

 

「……………ありがとう」

 

「……………………………………??」

 

喧嘩したかと思えば、すぐに仲直り。

 

3人だけが共有する謎の絆。

 

正直、カイトは訳がわからず首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

貸別荘の1室で、西木野真姫は自由気ままに過ごしていた。

 

より正確には、お嬢様である真姫にしては珍しく、ぐーたらな時間を過ごしていた。

 

「にゃー」

 

真姫の頭上で星空凛が相変わらず猫の鳴きまねをしている。ダブルベッドに凛と小泉花陽とで寝そべっているのだ。丁度、3人が3方向に足を投げ出して頭を突き合うように。

 

激動の翌日、帰るまで各々自由時間となっていた。3年生組みは廃品漁りに、2年生は貸別荘に備え付けられている温泉に水着で混浴中。

 

なので3人はどこにも行かず、たまにはベッドでぐでーとしているのも悪くはないと真姫が提案したのだ。

 

「なんだか、昨日までの日々が嘘みたいだね」

 

「うん。やっぱり平和が一番だよ」

 

花陽の呟きに凛が頷く。真姫も返答はしないが、まったくだと微かに頷いて見せる。

 

「真姫ちゃんの作戦様様にゃ」

 

「本当に奇跡だけどね。μ'sのみんないてくれたから出来たのよ」

 

普段なら奇跡などという言葉を真姫が使う事は滅多にないが、言わざる得ないほとの出来事だった。

 

砂漠に落ちたダイヤモンドを探し出した。それほどの事を9人は体現したのだ。

 

「だから、ありがとう」

 

「ふふっ………」

 

感謝の言葉を述べると、花陽が可笑しそうに笑った。

 

「素直な真姫ちゃん、素敵だね」

 

「凛はそっちの真姫ちゃんが好きだにゃー」

 

なっ、とベタ褒めの双方攻撃に真姫の顔が赤くなる。ついでに凛がじゃれてくるように飛びついてきて、あろうことか花陽まで抱きついてきた。

 

「は、花陽まで!?」

 

「えへへ、真姫ちゃん!」

 

何に感極まったのかわからないが、両方から抱き着かれる真姫。冷房の効いた部屋とはいえ真夏である事に違いはなく、暑苦しい事この上ない。

 

けれども、こんな風に笑い合うのがとても懐かしくて、離せばいいのに離せない真姫だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほれ」

 

「っ」

 

呉島ミツザネが頬に冷たい感触を受けて振り向くと、啼臥アキトが酒瓶を差し出していた。日本でも市販されていて、ミツザネもよく口にしていたものだ。

 

貸別荘の屋上で海をぼうっと眺めたいたミツザネは、翌日経っても心ここにあらずといった感じだった。

 

確かにあの子を手にかけた。だが、まるでそれは夢での出来事で、もしかしたらひょっこりとまた会えるのでは。それか、そもそもあの子と過ごした時間そのものが夢だったのではないか。

 

今が現実であるとわかっているはずなのに、またしても情が頑なに拒んで仕方ないのだ。

 

「アキト………凛さんと一緒にいなくていいの?」

 

「何だよ。せっかく傷心の身であるダチのフォローに来てやったのに」

 

隣に腰を下ろして酒瓶の蓋を開けたアキトが、こちらへ差し出してくる。自然とミツザネも蓋を開けていたので、瓶をかちんとぶつけ合って飲み始める。

 

「もやっとした時は酒だ。とりあえず忘れさせてくれる」

 

「僕達、未成年だけど……」

 

そう返しながらも今更だな、とミツザネは苦笑する。何度も親の都合でパーティーに出席しては軽く酒を飲んでいるし、秋葉でもμ'sには隠れて飲んだりもしているのだ。

 

「っはぁーっ! まっ、互いに頑張ったんだ。凛達も大目に見てくれるさ」

 

「……………これでよかったのかな」

 

ふと、親友と肩を並べて酒も入ったからか漏れた言葉だ。

 

後悔していないと言えば、嘘になる。

 

一目惚れで一緒にいた時間など、コウタ達やアキト、真姫達と比べればほんの僅かではあるが、それでも好きだった。

 

そんな相手を自分の手で討ったのだ。後悔が生まれないはずがない。

 

後悔が生まれれば、やがてそれは疑念となる。今ある世界は正しいのか、と。

 

「さぁな」

 

大掛かりな言葉を期待していた訳ではないが、アキトの返しは何とも無責任なものだった。

 

「今ある世界が正しいなんて、わかる訳ないだろ。世界の価値なんて誰にも決められるもんじゃないしな」

 

こちらを見ずに、同じように海を眺めながら淡々と言ってのける友に、思わずミツザネは尋ねた。

「どうして君はそこまで強くなれるんだい?」

 

アキトは至って普通の少年だ。ミツザネのようにアーマードライダーとして戦っている訳でもなく、男手1つで育てられたという少し変わった家庭環境であるものの、それだけのはず。

 

しかし、それに大しての答えも淡白なものだった。

 

「俺はミッチみたいにあれやこれや、なんて考えたりしないから。色んな角度から見れば確かに見方は増えるけど、それはつまり選択肢も増えるって事。生憎と俺の腕は手狭でな」

 

そう言って、どこか気恥ずかしげに笑って人差し指を立てる。

 

「俺にあるのはこれだけ」

 

そして、その指で下を差す。何を意味しているのか、言葉にしなくてもわかる。

 

「あいつが悲しむのが嫌だ。それだけだ」

 

「……そうだったね」

 

単純明快な理由。

 

シンプルイズベスト。

 

だが、それ故に揺れる事のない確固たる意志。

 

だから、アキトはいつだって強くいられる。

 

「って、あぁぁっ!?」

 

ミツザネが感心していると、突然アキトが叫ぶ。

 

「な、何……?」

 

「カメラ、ユグドラシルに預けたままだ………!」

 

そういえば、とミツザネも今になって思い出した。

 

アキトのトレードマークの1つでもあるに二眼レフカメラだが、ユグドラシル支部に赴いた時に機密保持の為に受付に預けたのだ。その日はそのままベゴニレックのテストとしてヘルヘイムの森へ行き、黒の菩提樹と交戦してからずっと動いていたので、誰もかれもがすっかり忘れてた。

 

「取りに行ってくる! バイク!」

 

「あ、あぁ………でも、もうすぐ出発のバス来ちゃうよ?」

 

ローズアタッカーを渡しながらミツザネが言う。もう間もなくして、空港へ行く為のバスがやってくるのだ。途中で3年生を拾って行く手筈になっている。

 

「直接向かうから、悪いけど俺の荷物よろしく!」

 

一方的に告げて、アキトはローズアタッカーを解錠しながら部屋を飛び降りる。普段ならそんなアグレッシブな事はしないが、よほど焦っているのか空中でローズアタッカーに乗り込むとそのまま発進して行った。

 

「………なんていうか」

 

走り去って行くバイクを見届けて、ミツザネは思わず呟いた。

 

「バイクで颯爽なんて、まるでライダー(僕ら)みたいだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白鳥が泣く。

 

イーヴィングルの端になる整備されていない崖に、2つの石が設置された。名前も刻まれていない、少し大きめな石を乱雑に固定したものだ。

 

その前で、3人は頭を下げていた。

 

「…………もうちょっとちゃんとした物にした方がいいんじゃない?」

 

「一応、2人は犯罪者だ。ユグドラシルに身を置いている以上、派手な事は出来ないさ」

 

「そもそも、2人の遺体はここにはないんだ。これ自体が無駄に思えるけど」

 

湊ヨウコの隣で、頭を上げた呉島タカトラと戦極リョウマが答える。だったらこんな事をしなければいいのに、と苦笑を浮かべる。もっとも、2人の心内はわかっているのでそれ以上は言わないが。

 

この石は墓石だ。瀬賀長信とアネモネの。2人の遺体はタカトラとミツザネがそれぞれ燃やしてしまったから、この下には何もない、本当に形だけの。

 

2人はある意味で、世界の犠牲者と言ってもいい。世界がインベスを受け入れているからこそ、生まれてしまった悲劇の体現者。

 

「そういえば」

 

ふとヨウコは思い出して懐から白い封筒を取り出した。

 

「それは?」

 

「先生の言っていた贈り物の中に入ってたのよ。アネモネがミツザネに書いたラブレター、みたいな物じゃないかしら」

 

戦いが終わって、事後処理がひと段落してからヨウコは空港ロッカーを調べた。その中にはイーヴィングルで扱っていた幼児向けグッズの数々だ。その中にこの封筒と、アキトがユグドラシルに預けたカメラがあった。

 

封筒にはミツザネとアネモネの名前があったのだから、誰宛てのものかなど想像するに容易い。

 

「渡しといてくれる? 中身は見てないから、見るんじゃないわよ」

 

「俺とて、そこまで無粋じゃない」

 

タカトラは封筒をスーツの内ポケットに忍ばせると、ふと腕時計を見て焦りの色を見せた。

 

「まずい! 飛行機の時間が…………!」

 

「何してるのよ…………」

 

本来ならば、しばらくは調整の為に外部への行き来は関係者以外のみなのだが、今回の事件の解決はμ'sとチーム鎧武によるものだ。μ'sは夏合宿としてこの島へ来ているのだから、彼女達だけは特例として先の帰宅を許されたのである。

 

相変わらず肝心な所が抜けている元クラスメートに、元クラス委員長は苦笑を禁じえない。

 

「タカトラ。後は私と湊君でやっておくから、君は行きな」

 

「すまない。みんなを見送り次第戻る!」

 

意外にも面倒そうにしていたリョウマが進言すると、タカトラは踵を返してロックビークルで去って行った。

 

「変わらないわね。あいつも」

 

「タカトラが変わったら、それこそ大変だ」

 

昔からそうだった。呉島という高名な家系に生まれつつも、その姿勢は見下すのではなく共に肩を並べて歩こうというもので、いつもタカトラの周りには人で溢れ返っていた。

 

それもすべては、瀬賀と出会ってからだという事をヨウコもリョウマも知っている。

 

瀬賀長信は、本当にヨウコ達の今を作り上げる上で、欠かせない人物だったのだ。

 

「で」

 

一言区切り、ヨウコは尋ねる。

 

「どうしてアンタはカメラを渡さなかったの?」

 

「これかい?」

 

ずっと白衣の下に隠していたらしいシアン色の二眼レフカメラを取り出して、リョウマは笑う。

 

手紙と一緒に入っていたカメラがアキトの物だと知るや否や、リョウマは喜々として持ち帰ったのだ。あまり見ないタイプなので壊さないよう見てからタカトラに渡して返しすのかと思っていたが、違ったらしい。

 

「隠しカメラとか付けたんじゃないでしょうね?」

 

「そんなすぐ気付かれるような事はしないさ。バレで取り外されるのがオチだ」

 

そう話すリョウマの顔は楽しげだ。

 

μ'sの夏合宿が始まるより前、啼臥アキトという少年の存在を知ってからリョウマは気持ち悪いくらいに歓喜していた。

 

謎、というのは目の前にあるだけで明かさずにはいられないのが科学者のようで、その塊にも等しいアキトの存在はご馳走のようの映っているのだろう。

 

「彼には凛ちゃんがいるんだから、ストーカーもほどほどにしなさいよ」

 

「湊君、何か勘違いしていないかい?」

 

憤慨したように言って、リョウマはカメラを見つめる。

 

「これを持ってれば、彼に会えるだろうからね」

 

「あぁ、そう。凛ちゃんが泣かない程度にしておきなさい」

 

「君ほまずその腐った路線から離れようか」

 

その時、バイクが走る音が聞こえてきて、2人は振り向く。

 

2人の前にローズアタッカーが滑り込んでくるように停車し、ヘルメットを取った搭乗者はカメラを見つけると批難の目を向けてきた。

 

「プロフェッサー、勝手に俺のカメラ持ち出すなよ」

 

「これを持っていれば、君に会えると思っていたからね」

 

怒気を孕ませていたアキトだが、言葉を聞いた瞬間にびくぅっと肩を震わせて離れる。

 

「お、俺はちっぱいとでかっちが好きな至ってノーマルだ!」

 

ほら、とヨウコが半目になってリョウマを見やると、何とも複雑な顔をしていた。

 

それを見てから、ヨウコはしみじみと思う。

 

よくもまぁ、あれほどまでに人間性が崩壊したというか消滅したというか、もはや人体構成は科学的な意味では同一でも、その実インベスよりも遥かに奇妙な得体の知れないというより知らない方が世のため人のためになるに違いない存在であるこの男に、人間らしさを与える少年だ。

 

μ'sに出会ってかれ戦極リョウマは確かに変わったが、それは丸くなったという意味でだ。根本的な部分は今でも変わらないが、それでもここまで事件の解決の為に自身に負担をしようとはしなかった。

 

もっと言えば、まるで同類を見つけたかのような感覚だ。

 

戦極リョウマとはそれなりには長い付き合いだ。知り合ったのは学生時代ではあるが、幼馴染みとまでいかなくともそれに近い関係ではあると思う。

 

それでもヨウコを始めとして、タカトラもシドもリョウマには得体の知れないものを感じている。

 

それは天才であるが故の孤高だ。天才は孤高だからどこまでも高く飛べる。誰かと歩幅を合わせる必要もないから。

 

だから、リョウマはヨウコとタカトラをはっきりとモルモットと提言している。μ'sもチーム鎧武も、研究の為の材料程度にしか思っていないのは確かだ。

 

もちろん、本意のところはヨウコの預かり知らぬことなのだから、本当の所はわからない。これはヨウコから見ての見解だ。

 

最近になって、ヨウコ達を含めて周りを見る目が柔らかくなった。それはμ'sのおかげなのも間違いない。

 

だが、はっきりとした変化がこの数日にはあった。

 

それは、リョウマがアキトと接する時、その眼差しには確かに人間らしさがある事だ。

 

まるでカイトがコウタと接する時のように。

 

唯一無二の友を見つけたような。

 

「湊君?」

 

「何をじっと俺達を見つめてるんですか……? ま、まさかどっちが攻めでどっちが受けとか考えていごふっ………すみません」

 

思考を取りやめて、わざとらしく咳き込んでからヨウコはリョウマを見やった。

 

「リョウマ、さっさと用件を済ませなさい。アキト君も飛行機の時間があるんだから」

 

「そうだった、そうだった」

 

シアンカラーのカメラをアキトに渡すと、さらに懐から少し大きめの封筒を取り出した。

 

「これは入っていたフィルムの現像写真だ」

 

「いいのか?」

 

カメラと封筒を受け取り、中身を確認しながらアキトが尋ねる。

 

「君には大変世話になった。おかげで私の研究はかなり進むし、あれの完成にも近づくだろう。その礼さ」

 

「いやいや、俺はそんな大した事なんて………」

 

「あら、謙遜しなくていいのよ」

 

照れて狼狽するアキトに、ヨウコも言葉をかける。

 

「ごめんなさい、貴方を弱者だなんて言って。侮っていたわ、カイトの言う通りアキト君は紛れもない強者よ」

 

今回の事件では、アキトが万が一にと変身して戦ってくれたかこそだ。傍に他のアーマードライダーはおらず、むしろ友でもあるミツザネが敵に回ったのに戦ってくれた。

 

それもまた、今こうして自分達がここにいられる要員の1つであるのは明白だ。

 

すると、アキトは心底困ったように頬をかきながら、カメラの裏蓋を外して中に何か隠されていないか確認する。

 

「君も心外だね」

 

「戦極リョウマだからな」

 

何もないと確信が持てたのか頷き、どこか安心したように息をついた。

 

「はぁー、良かった。思った通り、アンタが持っててくれて。会う口実が出来た」

 

「? 私達に何か用かな?」

 

リョウマが首を傾げて尋ねると、アキトは笑いかけてくる。

 

不意に、うすら寒い予感がヨウコの背筋をなぞる。意味のない、理解の出来ないそれは直感とも言うべきもので、反射的に身体が動こうとする。

 

「あぁ、やり残した事があってさ」

 

「リョ…………!」

 

ヨウコの言葉は続かない。

 

胸に強く、焼かれたような熱さが貫き、口からごぼりと何かがせせり上がってきたからだ。

 

「………………!」

 

ヨウコが視線を自身の胸に向けると、そこから腕が生えている。

 

否。

 

わかっている。

 

背後から何者かに貫かれているのだ。

 

「な、に……………!?」

 

緩慢に首を動かし、背後の存在を視認する。

 

見た事がある。対面した事こそないが、アーマードライダーシャドゥ。シドが所属している敵対組織、ニトクリスに属するアーマードライダーだと記憶しているが、それよりもヨウコの驚かせるものがあった。

 

シャドゥの背後に、微かに見える血塗れの黒いハット帽。

 

「ばか、な…………!?」

 

「世界が滅ぶんだ」

 

何てことのないように、アキトが告げる。パカパカと、カメラの蓋を外す付けるを繰り返す姿はまるで児戯のようだ。

 

「穂乃果さん達がコウタさん達に想いを寄せて、それを打ち明けようとする…………」

 

それはつまり、告白という事だ。

 

想いを告げる事の何が悪い。彼女達はスクールアイドルとアーマードライダーという間柄ではあるが、思春期真っ盛りの高校生だ。恋愛に何の問題があるというのだ。

 

それを揺れる瞳で訴え、察したのかアキトは歌うように答える。

 

「困るんですよ。スクールアイドル………特にμ'sがよりにもよって葛葉コウタ達に想いを持ってもらっちゃ」

 

強く、昏く、どんよりとした闇が包み込んでいるような気がした。

 

目の前にいる少年はただの少年ではない。何か得体の知れない、それこそリョウマをも上回る狂気を内包しているような気がした。

 

「この世界は人懐っこくて情熱的だが、その分子供っぽくて流されやすい。癇癪起こして嫉妬の炎で世界が焼かれるなんてゴメンなんでね、手を打っておかないと」

 

「お前は、一体……………!?」

 

何者なんだ、という言葉は出なかった。

 

その前に腕を引き抜かれて血が身体が抜けていき、身体が地面に倒れて意識も海に沈むように消えていく。

 

「世界の裏側を押し付けられた道化………白***より生み出されたいくつもある貌の1つ…………」

 

ザッピングが響く。耳にではなく、世界そのものに検閲が入ったような感覚だが、それをヨウコが確かめる術はない。

 

「アンタ達がこの世界をそんなに好いてるとは思えないけど、これからやる事に比べてはいい踏み込み台にはなってくれたよ。じゃ、新しい世界で縁があったら、また会いましょう」

 

意味を理解する間もなく、隣の倒れたリョウマがどうなっているのかもわからず、

 

湊ヨウコの輝きはここで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

微睡から目覚めたミツザネは、座った状態ながら軽く身を捩って除圧してから周囲を見渡した。

 

小さいエンジン音が響いている以外、聞こえてくるのは微かな寝息のみだ。μ'sもチーム鎧武も誰もかれもが眠っていた。

 

ミツザネがいるのはユグドラシル本社から飛ばされてきた小型の旅客機だ。今から羽田空港に向かって、秋葉原に戻る途中である。

 

激動の5日間を過ごしたからこそ、誰もかれもが疲労に耐え切れずに眠りこけていた。それはミツザネも同じで仕方ない事なので、息をついてシートに身を沈めた。

 

不意に思い出した。出発する際にタカトラから受け取った少女からの手紙があった事を。秋葉原に帰ってから読もうと思っていたが、誰もかれもが寝ている今でも問題はないだろう。

 

座席に備え付けられているライトを点けてから、足元の鞄から封筒を取り出す。

 

表に丸みを帯びた字で『呉島ミツザネ』の文字に、裏にはアネモネとある。その他は一切何も書かれていない、何の変哲もない封筒だ。

 

丁寧に封を切って中身を見ると、当然入っているのは手紙だ。2つ折りになった紙を取り出して、広げる。3枚ほどになっている、なんてことない普通の紙。

 

その手紙は、こんな風に始まっていた。

 

『この手紙を読んでいるのは、理想通り呉島ミツザネでしょうか。そうだったらいいな、と思いながらこの手紙を書きます。貴方がこれを読んでいる、という事は黒の菩提樹の事件は失敗に終わって、私も瀬賀様もこの世にはいないのでしょう』

 

その文面は丁寧ながらも、まるでこうなる事を予期していたようなものだった。

 

『私達を討ったのは、きっとミツ君であると思います。ただ単純に、そうあって欲しいという私の願望です。

この手紙は、決して恨み辛みを書いたものじゃありません。世界に反旗を翻す事がどういう事なのか、瀬賀様も私もよくわかっているつもりですから。

知ってほしいのです。どうして、私達が世界を変えようとしたのか』

 

その文にミツザネは怪訝そうに眉を顰める。その理由は瀬賀がインベスに生徒を殺されて、世界は間違っているとしたからではないのか。

 

その答えは次にあった。

 

『より正確には、どうして私が瀬賀様に賛同したのか、ですね。

黒の菩提樹に入る少し前、瀬賀様は私に選択を与えてくれた。世界に隠された真実の断片、それを知った上で選んで欲しい、と』

 

ぎりっ、と無意識の内に唇を噛んでいた。彼女は自分の意志で瀬賀についていたのだ。人形のように振舞ってでも、その理想に共感したのだ。

 

『隠された真実、と書きましたけど、私的には世界への疑問だと思います』

 

世界への疑問、という単語にミツザネは目を細める。

 

世界がどう作られたかなど、人類がわかっているはずもない。ただ太古から存在して、世代工大を繰り返して生きていたくらいしかわからないのだ。

 

なのに、そんな事に疑問を浮かべるなんて、と思ったミツザネを彼女はどうやら見透かしていたらしい。

 

『おそらくミツ君の事だから、どうしてそんな哲学というか答えの出なさそうな事に疑問を、なんて思っているでしょう』

 

「うぐっ…………」

 

『ですが、そうではないのです。私が、私達が感じた世界の疑問』

 

丁度、そこで不格好になると思ったのか文章は途切れており、2枚目へと続いていた。

 

重なっていた2枚目へと捲り、そして。

 

『それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というものです』

 

その文章を読んだ途端、ミツザネの胸奥で何かが不用意に跳ね上がった。それは止まりを見せず、繰り返し繰り返しミツザネの触れてはいけない部分を逆撫でする。

 

『ミツ君はかつての戦乱、沢芽シティでの戦いで誰よりも先にヘルヘイムと触れる事になった。そんな貴方は知っているはずですよね。どうして人類がインベスと共存するようになったのかを』

 

「それ、は……………!」

 

どくん、どくんと鼓動が跳ねる音がうるさいほどに耳朶を打つ。

 

インベスと人類が共存している本当の理由。

 

ミツザネは気付いてしまった。

 

人類がインベスと共存している理由は、誰も知らない。コウタやカイト達と戦乱を生き抜いたミツザネ達でさえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「どう、いう……………!?」

 

手紙を握る手が震え、瞳も揺れる。定まらない眼で、それでも先を読まなければならないような気がして次の文字を読んだ。

 

『それも気になる疑問ではありますが、もう1つ。インベスは今でこそ世界に浸透し、人々は良き隣人として受け入れている…………。

でも、それってどうやって受け入られたんですか?

愛を糧に生きている。愛情を注げば共存って、命令されれば人を襲う事も躊躇いはしない。直接手を下せなくても、その恐怖心は拭えぬものではない。

そして何より、インベスは生物です。スマートフォンやお笑い芸のような技術の進歩でも人間ではない、異形の存在がたった10年で人々の心に何の蟠りもなく受け入られているのは何故ですか?』

 

答える意味などない。これは手紙で向こうの彼女は過去の存在で、会話など出来ないのだから。

 

なのに、もしも対面していたとしたら、言葉を紡げただろうか。

 

『その疑問は、最初は私達も浮かびませんでした。常識、とか非常識とかそういうものじゃなくて思いもしなかったんです。

変でしょう? 普通なら、信じる信じない以前に思い浮かびそうなものなのに……………』

 

「…………まるで、検閲を掛けられてるみたいだ」

 

検閲とは公権力が表現行為ないし表現物を調査し、不適当だと判断した場合に公表を中止する事を指す。

 

その疑問を浮かべるという行為が、されたくない事に該当するとしたら。

 

『私達がそれを疑問に思うようになったのは、ある少女から指摘されてからでした』

 

少女という言葉に、イーヴィングルへやってきた日を思い出す。

 

彼女と一緒に現れた、燃えるような双眸の銀髪少女。

 

『その子が言っていました。世界には知られたくない真実があり、それを誰にも調べられないように秘密にしている者がいるって』

 

そこで再び、次の手紙へと続いていた。

 

自分を鎮めるようにゆっくり、ゆっくりと捲る。

 

3枚目には、それほど文字はない。

 

たった2行しか書いていなかった。

 

『気を付けてください。な

 

読み終わる前に、それは奪われた。

 

けれども、そのたった2行は一瞬目に入ってしまえば焼き付いてしまうほど衝撃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ、本当に余計な事してくれるよな…………おかげでかなり捻じ曲がってる。修正が必要だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

穂乃果はおぼろげに顔を上げると、不思議な空間にいた。

 

まるで御伽噺に出てくるような、昔読んだ絵本に出てきた花園。

 

穂乃果はそこにいた。穂乃果だけではない。周りを見ればμ'sのメンバー達がいて、どうしてこの場所にいるのかわからない風だ。

 

声を出そうとしたが、不思議と口は動いても音が漏れる事はない。

 

だが、それに対して不快感はなく、夢のような心地よさがある。

 

ふと、風が優しく薙ぐ。

 

振り返ると、大きな大木の下で、本を読んでいる少女がいる。

 

幼げで、何かを待っているのかそわそわとしている。

 

その少女の名前を穂乃果は知っている。

 

花言葉は『儚い夢』。

 

誰かが花道を踏みしめる。

 

初老の男性が、優し気な笑みを浮かべて近付いていた。

 

それに気付いて、少女は立ち上がって大きく手を振る。

 

あぁ、そっか。と後ろにいる誰かが嘯いた気がした。

 

これは夢だ。現実ではあんな結末になってしまった2人だが、こんな風景だってあったかもしれないのだ。

 

男性に抱き付いた少女は、まるで父と娘だ。

 

少女が穂乃果達に気付く。

 

優しく手を振る彼女に、穂乃果達も優しく笑んで手を振り返した。

 

ここは何者にも侵されない優しい世界。

 

悲劇もなにもない、贅沢でちっぽけでつまらない世界。

 

けれども、あの2人にはここが一番落ち着くのだろうと、穂乃果は瞳を閉じる。

 

そして。

 

世界が劫火に埋め尽くされる。

 

「………………………………………………………え」

 

2人の姿はない。花畑もごうごうと燃え盛り、そして。

 

「穂乃果っ!!」

 

声が聞こえる。

 

それは自分達の街に戻ったら、想いを告げようと決意した大好きな少年の声だった。

 

そこで穂乃果の意識は、強い力に引っ張られるように流転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果!」

 

「穂乃果っ!」

 

「穂乃果ちゃぁん!」

 

絵里と海未、ことりの呼びかけに穂乃果の瞼が震える。

 

ゆっくりと開かれていく瞳にコウタは安堵の息を漏らすと、改めて周囲を見回す。

 

おそらくだが羽田空港の発着場だろう。予測でしか語れないのは、この世界が本当に現実の世界なのか信じ切れないからだ。

 

「な、何が……………」

 

穂乃果も広がる光景が信じ切れないのか、瞠目している。

 

空が赤黒く染まり、そのせいか視界もどんよりとして暗い。それは夜だからとか、靄がかかっているとかではなく、色彩に純粋な黒が入り混じっているようだ。

 

「アキト……………!」

 

そして。

 

チーム鎧武とμ'sが混乱して固まっているのに対して、少し離れた所でこちらに背を向け、アキトは空を見上げていた。

 

その気配に言いようのない何かを感じて、コウタは身を強張らせる。

 

「アキト…………一体が起こってるの………?」

 

近付こうとした凛の手をミツザネのが掴んで止める。

 

「……………始まりだよ」

 

アキトが答える。

 

「始まりって…………」

 

「最終回だよ」

 

「えっ…………」

 

愕然とした様子で、凛は幼馴染に聞き返す。

 

「最終回だよ、最終回。所謂バッドエンドってやつ」

 

そう告げて振り返ったアキトの手には。

 

この世界には存在するはずのないゲネシスドライバーが握られていた。

 

「っ、それは……………!」

 

「ゲネシスドライバー!?」

 

にこと希が目を見開いて驚く。

 

この世界でゲネシスドライバーはまだ完成していない。

 

けれども、例外として存在している事が確認されている。

 

「お前が、アーマードライダーデュークだったのか……………!」

 

コウタが呻く。

 

アーマードライダーデューク。

 

コウタ達が秋葉原に来るより前から存在して、人々を暴走インベスから守って来た正体不明の孤高の戦士。

 

その正体がアキトだったという事も衝撃だが、それ以上に驚くべき点は向けられている敵意だ。その凄まじさはコウタの肌を痺れさせ、震えるほどに強い。

 

「…………これはお前がやったのか」

 

カイトもそれを感じているのか、訪ねながらも身構えている。

 

それに対して、アキトはゲネシスドライバーを装着して答えた。

 

「どうして………どうしてこんな事を!?」

 

真姫の慟哭が上がる。そこにはどうやってこの状況を、というよりも何故という理由を問い質す意味の方が強い。

 

アキトは仲間だった。だからこそ、この夏合宿にも付いてきてくれたのだし、あの騒乱の中諦めずに立ち上がってくれたのだ。

 

そこに一点の疑いはない。

 

だけども、こうして敵対してしまっている。

 

「………………アキト……」

 

「それは」

 

駆け寄りそうな凛を抑えながら、ミツザネが告げた。

 

「アキトが全ての元凶だからです」

 

その言葉に、全員の視線がミツザネに注がれる。

 

「ま………アネモネさんの書いた手紙にありました。この世界は何故、インベスと共存するようになったのか、その理由や経緯を知る者はいない。それを思い浮かべて不審に思う事すらなかった……それに検閲を掛けている存在がいる」

 

「それが………」

 

花陽が苦虫を潰したような顔でアキトを見やる。

 

それを受けて、アキトはつまらなそうに口を開く。

 

「このままだと世界が壊れるんだ。だから、月並みな言葉で申し訳ないけど、貴女達μ'sには生贄になってもらう」

 

「っ………!」

 

普段、仲間として接していた少年から叩きつけられた敵意に、9人の顔が愕然としたものになる。

 

それを阻むように4人が前に出た。

 

「って、タカトラさん!?」

 

「兄さん、いたの………!?」

 

「まったく会話に口を挟まなかっただけで………」

 

そう言いつつも、タカトラの視線はアキトから外れない。

 

「アキト、それがお前の本性か」

 

「本性かどうかはさておき、これが俺のやるべき事なんでね」

 

レモンエナジーロックシードを取り出すアキトに、4人もそれぞれロックシードを握る。

 

「あ、アキトと戦うなんて………」

 

「ミッチ! 貴方、手が………!」

 

真姫の言葉にコウタはミツザネを見やる。ミツザネは騒動の時に負傷しており、傷が開いたのか包帯に血が滲み出ている。

 

しかし、ミツザネは気遣い無用と言わんばかりに笑った。

 

それでけでコウタからは何も言うことはない。

 

そして、敵を見据える。

 

「アキト………!」

 

「…………速攻で倒して洗いざらい吐いて貰うぜ」

 

震える声で幼馴染みの名を呟く凛に心が痛み、コウタはオレンジロックシードを握り締める。

 

そして。

 

「変身!」

 

 

『オレンジ!』

 

 

『バナナ!』

 

 

『ブドウ!』

 

 

『メロン!』

 

 

『レモンエナジー!』

 

 

それぞれのロックシードが解錠され、頭上にクラックが裂けてアーマーパーツが召喚される。

 

それぞれのドライバーにセットし、そのエネルギーを解放した。

 

 

『ソイヤッ! オレンジアームズ! 花道オンステージ!!』

 

 

『かモンッ! バナナアームズ! ナイトオブスピアー !!』

 

 

『ハイィーッ! ブドウアームズ! 龍砲、ハッ、ハッ、ハァッ!!』

 

 

『ソイヤッ! メロンアームズ! 天、下、御、免!!』

 

『ソーダ! レモンエナジーアームズ! ファイトパワー! ファイトパワー! ファイファイファイファイファファファファファイト!』

 

 

アーマーパーツが戦士達に落下して、その身を変えていく。

 

本来ならばインベスから人々を守る為に剣を振るうアーマードライダーへと。

 

アーマードライダー鎧武達の前でアキトは変身し、その姿は秋葉原で何度も目にしてきたアーマードライダーデュークに相違なかった。

 

「どこでゲネシスドライバーを手に入れた?」

 

無双セイバーを抜いて構えながらアーマードライダー斬月が聞くが、デュークは言葉では返さずにソニックアローを一振りした。

 

それを見てアーマードライダーバロンは鼻で笑って腰を落としていつでも動けるように戦闘態勢に入る。

 

「その方がわかりやすくて助かる」

 

「カイト…………!」

 

喜々とした様子のバロンに、絵里が驚愕の声を漏らす。

 

「ほ、本当に戦うのですか!?」

 

「向こうほやる気満々だぜ」

 

海未の叫びに鎧武は視線を逸らさず、腰を落として大橙丸を肩に担ぐ。

 

デュークは均等に4人のアーマードライダーに視線を向けている。その能力の高さは未知数であり、鎧武達は神経を尖らせていく。

 

闘気や戦意が上がっていき、空気が張り詰めていく。

 

その中で、不意に龍玄が嘯く。

 

「……………君は、彼女が何者だったのか知っていたのか?」

 

その彼女というのが、誰を指しているのか鎧武は何となく察しが付くが、口を挟む事は出来ない。今回の一件で鎧武はほぼ関わっていないのだから。

 

それに対して、デュークは肩を竦めた。

 

「いや、俺もまだ知らない」

 

「そう…………まだ、ね!」

 

直後。

 

ブドウ龍砲を掲げた龍玄が引き鉄を引いて、紫色の弾丸が吐き出されてデュークを襲う。

 

 

 

しかし、デュークは慌てる事なく弾丸をソニックアローで防御しながら、間合いを詰めてくる。迎え撃つように駆け出した斬月の無双セイバーと切り結び、数撃火花を散らす。

 

「不意打ちかよ…………!」

 

毒づきながらソニックアローを強く弾いて斬月を吹き飛ばして間合いを開けたところへ、鎧武が大橙丸と無双セイバーを振り上げて肉薄する。デュークは振り向くと同時にノッキングドローワーを引き絞り矢を放ってきて、それを弾くも次に放たれた矢には対応できず、鎧武の装甲を傷つけた。

 

「がっ……………!」

 

胸を突かれたような衝撃に鎧武は息が一瞬出来なくなって倒れ込む。しかし、無意識のうちに無双セイバーのバレットスライドを引いて弾丸を装填し、ムソウマズルをデュークに向けるとブライトリガーを引いた。

 

マズルフラッシュと共に放たれた弾丸がデュークを襲うが、龍玄のブドウ龍砲と比べて威力は低く、公爵をよろめかせる程度にしか至らない。

 

その直後、バロンが肉薄してバナスピアーを突き出す。槍と刃の舞踏を見ながら、咳き込んで鎧武はデュークを睨み付ける。

 

音ノ木坂に転校して間もない頃、一度だけデュークと軽い戦闘になり、ソニックアローの矢を受けた事がある。あの時よりも強烈かつ的確に狙ってくる攻撃に、確実にデュークの強さが上がっていると感じる鎧武。

 

その強さは妙実なものとなっており、あのバロンと互角に渡り合っているのを見て、それは確かなものだというのがわかる。

 

「どうしてだ、アキト……………!」

 

デュークに変身しているのは、一同がよく知るアキトだ。ただの少年であるはずなのに、どこか異質を秘めていた存在。それは薄々ではあるが、コウタ達とて理解していたが、まるで目にしたくないように背けていた。

 

解せない。

 

アキトは何故、アーマードライダーとして戦うようになったのか、どこで存在しないはずのゲネシスドライバーを手に入れたのか。

 

「アキト、お前は凛を守るんじゃなかったのか!?」

 

叫びながら鎧武は立ち上がり、パインロックシードを取り出す。

 

 

「くっ…………」

 

ロックシードを解錠しようとした鎧武の前で、舌打ちをしながらバロンがマンゴーロックシードを取り出す。

 

見れば斬月も龍玄も新たな力を得ようと、持っているロックシードを取り出す。

 

それは状況を変えるには最適な刺激ではあるものの、デュークにとっても大きな隙を与えてしまったのも確かだ。

 

「させるか!」

 

デュークはソニックアローを頭上へと向けて矢を放つ。それは大きなレモン型の球体になったかと思うと、爆発したように弾けて鎧武達へと矢の雨を降り注がせた。

 

「うわっ!?」

 

アームズチェンジしようとしていた矢先の攻撃に、アーマードライダー達は慌てて飛び退く。そのせいで直撃は避けられたものの、ロックシードを手放してしまう。

 

放されたロックシードはそれぞれが放物線を描いて、あろう事か別々の戦士の手元に辿り着いた。

 

「えっ、俺これ使った事ねぇけど………!?」

 

 

『ドリアン!』

 

 

「いいだろう………使ってやる!」

 

 

『キウイ!』

 

 

「僕にだって!」

 

 

『パイン!』

 

 

「仕方ない……イチゴやブドウよりかはマシか!」

 

 

『マンゴー!』

 

 

それぞれに行き届いた普段使わないロックシードを解錠し、頭上にアーマーパーツが出現する。

 

「何っ!?」

 

「アームズの交換………!?」

 

初めて目にする光景に、デュークだけでなくμ'sの面々も驚くように固まっている。

 

システム上、問題はなかったが1つのアームズを使いこなすのにはそれなりの特訓が必要だ。ただでさえ喧嘩の域を出なかった鎧武達に全てのロックシードを使いこなすのは、土台無理な話しだったのだ。

 

だが、今はそうも言っていられない。

 

それぞれがカッティングブレードをスラッシュしてエネルギーを解放する。装着しているアーマーパーツが粒子となって吹き飛び、新たなアーマーパーツが装着されて展開した。

 

 

『ソイヤッ! ドリアンアームズ! ネバーギブアップ!!』

 

 

『カモンッ! キウイアームズ! 擊輪、セイ、ヤッ、ハァッ!!』

 

 

『ハイィーッ! パインアームズ! 粉砕デストロイ!!』

 

 

『ソイヤッ! マンゴーアームズ! ファイトオブハンマー!!』

 

 

4つのエネルギーが同時に解放され、デュークをよろめかせる。

 

そして、アームズチェンジが終わった瞬間、そこに立っていたのは普段とは異なった姿の鎧武達だった。

 

「す、凄い………!」

 

「みんな、見た事のない姿に!」

 

「くっ………コケ脅しだろJK!」

 

かつてない光景に穂乃果とことりが感嘆の声をあげて、それを振り払うようにデュークがソニックアローを構えて接近してくる。

 

「うぅおっしゃあ! 使った事ないけど、二刀流ならお手のモンだぜ!」

 

4人の中で、それほと従来と変わらないのは鎧武だ。大橙丸と無双セイバーによる二刀流のスタイルは、ドリアンアームズの基本ともなるべくものだ。

 

振り下ろせてきたソニックアローを片方のドリノコで防ぎ、もう片方のドリノコでデュークの胸部を切り裂いた。

 

「ぐっ…………このっ」

 

負けじとデュークがソニックアローを振るうも、鎧武はそれを弾いて猛連撃を繰り出す。

 

火花が散って耐えきれなくなり、デュークが転がり倒れる。

 

立ち上がって体勢を立て直したのもつかの間、今度は2対の圏が飛来した。

 

反射的にデュークはそれを転がって避けると、圏がこ弧を描きながら戻っていく。

 

「くっ………こんなものをよく使う気になれる………!」

 

毒づきながら戻ってきたキウイ擊輪を掴み取ったバロンが、そのままデュークへと切りかかる。本来の使用者であゆ龍玄はそれなりに形になるように扱っていたが、バロンはまるで振り回されるかのように四苦八苦しながら振るっていた。

 

「っ、逆に予測が出来ない………!?」

 

しかし、それが返って不規則な攻撃となり、デュークはやりづらそうに捌いていた。

 

やがて。

 

「……セイィィッ!!」

 

使いづらさにストレスが加速したらしく、キウイ擊輪を放り投げたバロンが徒手空拳で攻め始める。

 

「ちょ………!」

 

突然、何の前触れもなしに凄まじくなった攻撃にデュークが大きく後ろへと飛び退いて間合いを開ける。

 

そこへ龍が墜落し、大きくデュークを吹き飛ばした。

 

「!?」

 

目を向けると、パインアイアンを引き戻した龍玄が余裕綽々という風に構えていた。

 

「ミツザネ………!」

 

「相手はコウタさんやカイトさんだけじゃないよ」

 

遠心力を使ってパインアイアンを投擲する姿は、まさしく鎧武が使う時とまったく同じだ。むしろ、美しい軌跡を描いて突撃するそれは、まるで龍が顎で砕こうとしているようなものだった。

 

一撃が重く、デュークはそれを弾くのではなく紙一重で回避していった。

 

「避けてばかりじゃ話しにならないよ?」

 

「うるせぇ……!」

 

どこか龍玄の口調は楽しげだが、不意にパインアイアンを手に持つとデュークの後方を指さした。

 

「ところで、誰か忘れてないかな?」

 

「何…………うわっ!」

 

一瞬だけ呆けたデュークを背後から迫った斬月が引き摺るようにしていたマンゴーパニッシャーを振り下ろす。ゴリゴリと地面を削る音で気付き、咄嗟に避けたが凄まじい衝撃が空気を揺らした。

 

「フン!」

 

地面にめり込んだマンゴーパニッシャーを蹴り上げて上段で構えると、それを振り下ろしては振り上げ、振り下ろしては振り上げる。一見して単調のような攻撃力だが、デュークは避けられるギリギリのタイミングを狙っており、これが鎧武であっても避けるのは大変なものだ。

 

「ちょ、タカトラさん随分と手慣れてません!?」

 

「これでも一応、それなりに訓練はしているのでな!」

 

思わず普段の口調に戻りながら喚くデュークに、斬月はマンゴーパニッシャーを突き出す。そのままデュークの装甲に引っ掛けると、大きく振るって背負い投げのように飛ばした。

 

「がっ…………このぉっ!!」

 

吹き飛ばされて体勢を立て直したデュークはゲネシスドライバーからレモンエナジーロックシードを取り外し、ソニックアローへとセットする。

 

それは何度も目にしてきた必殺の一撃である事は重々わかっている事。

 

だからこそ、4人の行動は言葉もなく自然と決まった。

 

「兄さん!」

 

「ミツザネ!」

互いを呼びあった呉島兄弟はカッティングブレードに手を伸ばし、ロックシードの力を解放する。

 

 

『ハイィーッ! パイン・スカッシュ!!』

 

 

『ソイヤッ! マンゴー・オーレ!!』

 

 

『レモンエナジー!!』

 

 

咆哮が重なり、デュークから巨大な矢が放たれる。

 

それに対して、斬月はハンマー投げのように遠心力を使って回転し始め、龍玄はパインアイアンを頭上へと放り投げて追いかけるように飛び上がった。

 

目前と迫る力に、2人が取った行動は鎧武とバロンの模倣だ。だが、この場では適切な攻撃と言えよう。

 

「はっ!」

 

「むぅん!」

 

龍玄がパインアイアンを蹴り飛ばし、斬月がマンゴーパニッシャーを投げ出す。放たれた2つの黄金は重なり合うと大きな輝きを放ち、デュークの放った矢と同等のものとなる。

 

黄金と黄色が激突して、凄まじい衝撃が走る。

 

「くっ……」

 

舌打ちしながらデュークが第2波を打つべく、ノッキングドローワを握った。

 

だが。

 

『ソイヤッ! ドリアン・スカッシュ!!』

 

 

『カモンッ! キウイ・スカッシュ!!』

 

 

鎧武とバロンが繰り出すライダーキックの方が明らかに速かった。

 

「何っ…………!?」

 

2人のアーマードライダーの足に閃光が輝き、同時に跳び上がる。そして、ようやく体勢を立て直したデュークに突撃した。

 

「セイハァァァァァァァァッ!!」

 

「セイィィィィィィィィィッ!!」

 

気合いと共に放たれた一撃は、デュークを見事吹き飛ばし、閃光に包ませる。激しいフラッシュの後に、デュークが地面を転がり、閃光と共に弾けて変身が解けたアキトが倒れ伏せた。

 

「くっ……………!」

 

苦悶の表情を浮かべながらアキトは転がったレモンエナジーロックシードを掴み上げ、睨んでくる。

 

「呆気ないな」

 

構えを解いたバロンがどこか落胆したように嘯く。

 

元々、アーマードライダーデュークの力は本人よりもゲネシスドライバーの性能差の意味合いが強い。それも変身者がアキトであるならば納得だ。アキトは戦闘に関しては素人なのだから。

 

鎧武も息ついて戦意を抜くと、その横から斬月が前に出てマンゴーパニッシャーの先端をアキトに向ける。

 

「さぁ、吐いてもらおうか。どこでゲネシスドライバーを手に入れたのかを」

 

離れた場所で誰かが息を呑む声が聞こえる。しかし、斬月は引く気はまったくなく、アキトもそれを感じているのかその仮面を睨み付けている。

 

直後。

 

「っ、離れて!」

 

突然、花陽が叫ぶ。それを聞いて鎧武とバロンが反射的に離れるが、斬月は無双セイバーを向けたまま振り向く。

 

瞬間、突然目の前にクラックが3つ裂け、そこから植物の蔦が飛び出て斬月を吹き飛ばした。

 

「っ!?」

 

「兄さん!」

吹き飛んだ斬月を追撃せんと蔦が伸びるが、それを龍玄の射撃で撃ち落とす。

 

「何だ………!?」

 

予期せぬ襲撃に鎧武とバロンが再び構えるも、クラックから漏れだした何かが場を支配する。

 

それは威圧だ。一瞬にして鎧武達を言いようよ無い圧迫感が襲い、空気をまったく異なる物へと変質させていった。

 

そして、それは現れた。

 

クラックから出てきた3体の異質な存在。

 

1つは白い法衣のような外見と、フードのようなものを被り、そこからイカ足のような物が数本垂れ下がっている。

 

その隣に立つのは緑色の存在だ。セイリュウインベスのような中華風の紋様が刻まれてた軽鎧にヘルヘイムの果実が垂れ下がった錫杖のような得物。

 

そして最後のは赤銅の鎧を纏った戦士風の存在。全身から放たれる威圧は凄まじく、殺意の混じった感覚に肌が寒気立つ。

 

「インベス………!?」

 

その存在を認めて海未が名を呟く。だが、これほどまでに異質なインベスは見た事がない。イーヴィングルで対面したアネモネに操られた暴走インベス達もそれなりに違和感はあったが、これは比にならないほどに強かった。

 

「オーバーロード………」

 

「えっ………」

 

花陽が漏らした言葉に凛が驚く。その口ぶりはこの存在達を知っているようだったが、それを追求する間もなく泣き叫んだ。

 

「どうして!? どうして彼らが!?」

 

「この世界がダメになるかもしれない瀬戸際なんだ。そりゃ、代理とはいえ王が出張らない訳にはいかないだろ」

 

花陽にアキトもまた、わかっているかのように答える。

 

花陽とアキト。凛と同じ幼馴染みであるはずなのに、そこにあるものはその程度の言葉では現せないほどの何かを秘めているような気がした。

 

「か、かよちんもアキトも何を言っているの………!?」

 

自分の知らない幼馴染み達の姿に、凛は動揺を隠しきれないように狼狽する。

 

そんな凛に花陽はばつが悪そうにしながらも、アキトを睨み続ける。その瞳には普段、花陽からは感じられないような強い怒りが込められていた。

 

それを遮るように、翡翠のオーバーロードが得物で音を立てる。

 

「…………あぁ、わかってるよ」

 

アキトはどこか遠くを見るように、まるで思考を停止してしまったかのように投げやりに返す。

 

「やってくれ」

 

たった一言で、全てが動いた。

 

まず白衣のオーバーロードの姿が蜃気楼のように消えたかと思った直後、斬月の眼前にて身の丈ほどある大太刀を振り上げていた。

 

「なっ………」

 

「にっ…………」

 

龍玄がフォローに回ろうとするより先に、翡翠のオーバーロードが放った翡翠色の斬撃波が襲う。

 

そして鎧武は、コウタは眼に刻んでしまう。

 

斬月がマンゴーパニッシャーを掲げて大太刀を防ぐが、それはまるで飴細工のように切り裂かれ真っ二つに割れた。

 

斬撃波に飲み込まれた龍玄の装甲が、破壊されて砕け散った。

 

「ミッチッッ!!」

 

「タカトラ先生!!」

 

遠くの方で真姫と海未の悲鳴にも近い声が上がる。

 

アームズウェポンやアーマーパーツが破損する事など滅多にない。それを成してしまうほどの力をあのオーバーロードには力があるという事だ。

 

それは今まで相対してきた敵よりも脅威であり、かつての戦いで対面した事のない命の危険に晒されているという事だ。

 

「がっ…………!」

 

「カイト!!」

 

一瞬の思考の間に、目を向ければ赤銅のオーバーロードの振るった一撃をバロンがキウイ擊輪で受け止める。が、まるでCDを割るかのように武器は粉々に砕け散り、その衝撃はカイト自身の意識をも吹き飛ばしたのか倒れてから微動だにしない。

 

絵里が悲鳴を上げて近寄ろうとするのを、青い顔をしながらも希が抱き止めた。

 

「な、んなのよ………何なのよこれは!?」

 

愕然となったように、絶望の光景を見たにこが声を荒上げる。

 

目の前で広がっている光景は、コウタとしても信じられないものだ。何度もμ'sや秋葉原の街を守って来たアーマードライダー。無敵と言うつもりはないが、それでも確かな強さを持っていると自負していた。

 

なのに、その強さが通用しない。まるで赤子の手を捻るかのように、希望が簡単に砕かれていく。

 

「だから言ったでしょう。最終回だ、って」

 

その光景を眺めながら、何でもないようにアキトが答える。

 

「どうして…………私達なの……………?」

 

凄惨な敗北を目にしても、決して逸らさずに、けれども声を震わせながら穂乃果がアキトに尋ねる。

 

「ただの、女子高生の………」

 

「ただのじゃない」

 

間を置かずにアキトは続けた。

 

「貴女はスクールアイドルだ」

 

「スクールアイドルなんて他にもいるでしょう!?」

 

「貴女達は特別なんだ」

 

真姫の言葉をアキトは切り捨てる。

 

「この世界において特異点と言うべきか…………もちろん、スクールアイドル自体もそうだが、()()()()()()()()()なんだ」

 

言っている意味がわからない。

 

鎧武が立ち上がった直後、鈍い音と共に衝撃が背後を襲った。苛烈な痛みが身体を襲い、戦極ドライバーからドリアンロックシードが火花を散らすと粉々に砕けて、アーマーパーツ諸共ライドウェアも消滅した。

 

「ぐぉぉっ…………!」

 

「コウタ君!」

 

倒れながら変身が解けたコウタが振り向くと、そこにはバロンを倒した赤銅のオーバーロードが睥睨している。

 

「っ……………まだだ!」

 

一瞬、放たれた殺気に身を貫かれそうになる。それは今まで受けた中でも比べものにもならないものであり、なおかつ彼らの力は絶大である。アーマードライダーとしての防御機能はないに等しく、一撃一撃が生死を分ける死神の鎌なのだ。

 

だとしても。

 

一瞬だけ、コウタは目を向ける。

 

倒れる龍玄に斬月、バロン。

 

残ったアーマードライダーは鎧武だけ。

 

μ'sを守れるのは、鎧武だけなのだ。

 

だとしたら、どれだけ希望がなかったとしても。

 

「諦める訳にはいかないんだ…………!」

 

「コウタ君…………!」

 

決意と共に身体を叱咤し、立ち上がってオレンジロックシードを再度握りしめる。

 

それを見て、アキトは僅かばかりの嬉しさの入り混じった悲しみに満ちた表情を向けてきた。

 

「…………本当に諦めないんだな。知ってる、この程度の絶望じゃ()()()()()()()()()()()()って」

 

その言葉の先は、コウタを通して誰かに投げたような言葉だった。

 

尊敬、憧憬。

 

そんな言葉が当てはまりそうな瞳も、一瞬で敵意に満ちた燃えるような赤い色に変質する。

 

「やってくれ」

 

再びアキトがオーバーロードに頼むと、白衣のオーバーロードが大太刀を握っていない方の手を掲げ、そこから翡翠色の波動が走る。

 

直後、瑞々しい輝きを誇っていたオレンジロックシードが、死んだように錆び付いた。

 

「なっ…………!?」

 

「ロックシードが!?」

 

愕然となるのはコウタだけでなく、自分のロックシードを取り出したことりも同じだ。

 

慌ててイチゴロックシードを取り出すも、同じように輝きは失われ、解錠しようと指を掛けても微動だにしない。

 

「どうして!?」

 

「ロックシードはヘルヘイムの果実から出来ている。だったら、王が命じたらその力が失われるのは当然だろう?」

 

 

『レモンエナジー!』

 

 

そう語るアキトは、まるで見せつけるかのようにレモンエナジーロックシードを解錠し、アーマーパーツを出現させる。

 

「どうしてアキトのロックシードだけ!?」

 

「エナジーロックシードはヘルヘイムの果実から抽出したエネルギーを元に開発された。ヘルヘイムの果実からは作られていないから、影響はない」

 

 

『ロックオン』

 

 

ゲネシスドライバーにレモンエナジーロックシードをセットし、重々しい咆哮が響く。

 

 

『ソーダ! レモンエナジーアームズ! ファイトパワー! ファイトパワー! ファイファイファイファイファファファファファイト!!』

 

 

再びシーボルコンプレッサーを押し込んで、アキトの姿がアーマードライダーデュークとなり、左手にソニックアローを握ると、右手からロックシードを取り出した。

 

それはアキトが愛用しているバナナロックシードではない。

 

歪な線で描かれているのは五芒星の印。いや、むしろ星と言ってもいいだろう。

 

ロックシードは本来、果実を模した物が通例だ。あのような歪で禍々しいモノが世界に浸透しているはずがない。

「っ、待て、よ…………!」

 

放たれる異質な空気に、コウタは叫ぶ。

 

「お前は、それをみんなに…………凛に射つ気なのかよ!?」

 

その力は確実によくないものだ。

 

それをただの少女達であるμ'sに、ましてや凛に放つなど。

 

「お前は凛が……!」

 

「俺には!」

 

コウタの言葉を遮り、迷いを払うかのようにデュークはそのロックシードをソニックアローにはめ込む。

 

「それよりも、やらなきゃいけない事があるんだ」

 

強く弓を握り締めている様は、何かに耐えているようだった。

 

何故、アキトがこんな事をしなければならないのか。その理由を、コウタは当たり前のように知らない。

 

その理由は、きっと凛も知らないのだろう。知っていれば、今のような愕然とした表情はしていないはずだ。

 

「……………わかったよ」

 

それを告げたのは、穂乃果だった。仲間達を見やって、どうしようもないくらい柔らかい笑みで頷きあって、全てを受け入れるように。

 

「アキト君が、それでいいなら」

 

「っ、待っ………!」

 

声を荒上げようとした瞬間、いつの間にか近付いてきていた赤銅のオーバーロードに胸ぐら捕まれ、投げ飛ばされる。

 

咳き込みながら身体を起こし、見た時にはもうデュークはソニックアローを構えていた。

 

「………………ごめんなさい」

 

「やっ…………!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

謝罪と共に放たれた矢は、

 

 

 

九つの頭となり龍となり、

 

 

 

その顎を開き、

 

 

 

九人の女神を喰らった。

 

 

 

少年は手を伸ばすも、当たり前のようにそれは閃光に掻き消される。

 

 

 

ただ、ただ。

 

 

 

無力感だけが、支配する。

 

 

 

守れなかった。

 

 

 

約束したのに。

 

 

 

絶対に守るから。

 

 

 

なのに。

 

 

 

届かない。

 

 

 

この手も、

 

 

 

握る刃も、

 

 

 

秘めている想いも、

 

 

 

全てが灰燼に帰す。

 

 

 

 

 

「——————————!!!」

 

 

 

 

 

 

 

少年の慟哭が響く。

 

何もない世界に。

 

しかし、それは誰にも聞かれる事はない。

 

少年に、白衣の王から断罪が下る。

 

そして、世界に幕は下りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強く窓を打ち付ける雨音が耳朶を貫く。

 

昔、よく遊び場として使っていた星空藍の部屋は、今では凛の部屋となっていた。

 

大きくなってから凛の家で遊んだ事はなかったので、、少しだけその部屋を探すのに苦労したが何とかベッドに横たわらせる事が出来た。

 

アキトは疲れたように息をついてから、そっと気配を殺しながら部屋を出ようと踵を返した。が、服の裾を寝ているはずの凛に掴まれ、びくっと肩を震わせて見やった。

 

「にゃー………猫ちゃん離さない…………」

 

「………………驚かせやがって」

 

猫アレルギーのせいで猫に触れられない体質だからか、夢の中で遊んでいるらしい。現実では望みが叶わないのだから、せめて夢くらいは楽しいものを見て欲しいものだ。

 

「ラーメンの具にするにゃー」

 

「いや、それSAN値直葬だろ。何、お前実は不定だか一時的だかの狂気入ってんの?」

 

思わず突っ込んでしまったが、頭を振りかぶってそっと掴んでいる手を放してやる。

 

部屋を後にして、家の人を起こさないよう忍び足で外に出る。鍵の隠し場所は知っているので、そこに戻してからビニール傘を片手に歩き出した。

 

目指す所は決まっている。迷う事なくそこへ足を向け、ただ動かす。

 

時間は深夜。夏特有の豪雨というのも相まって人の気配はなく、車も走っている音もしない。

 

やがて、階段を上って目の前にそびえる校舎に、アキトは目を細める。

 

廃校が検討されている音ノ木坂学院。その運命は今だに回避はされていない学び舎であり、凛達がその行く末を握っていると言っても過言ではない。

 

最も、今はその問題よりも遥かに深刻で、根本を見直さなければならない事態だったが。

 

息をついて閉じられている校門を飛び越え、慣れたように中庭へと向かう。

 

そこにあるのは大きな木だ。話では穂乃果達2年生組がここで昼食を食べているらしく、いつもの場所になっているらしい。

 

「皮肉、と言うべきか」

 

前まで歩いて大樹を見上げて、アキトは手を掲げる。

 

すると、縦にクラックが開き、向こうのヘルヘイムの森が覗いていた。

 

本来ならば、立ち入る事の出来ない禁じられた領域であるが、アキトは問答無用で足を踏み入れる。

 

「って、雨かよ」

 

ヘルヘイムの森も生憎の雨模様だった。森と現実世界において、天候の関係はアキトもよくわかっていない。しかし、今は不思議とこの雨が相応しいと感じていた。

 

再度、ビニール傘を開いて足を進める。生い茂っている森林はどこも同じような光景が広がっており、迷ってしまいそうだ。

 

やがて、遺跡のような石造りの山へと踏み入れる。イーヴィングルでヘルヘイムの森に入った時、似たような場所に連れて来られたが、一応は別の場所である。

 

そこを通り抜けて、再び外へ出る。さらに突き進むと、今度は自然公園のように開けた場所に出た。

 

空気が一変する。澄んだ、苛烈でひときわ広い空間に、アキトの背筋が自然と伸びる。まるで神々しい神域に踏み入れたようなプレッシャーは、何度体験しても慣れないものだ。

 

中央に、大きな樹がある。音ノ木坂学院の中庭よりも遥かに大きく、樹齢を重ねたであろうと想像出来る、まさしく御神木と呼ぶに相応しい存在だ。

 

注連縄のある御神木の前に3人の姿がある。

 

サガラと妙齢の男と、イーヴィングルでμ'sのネットCM作成に携わった女性、中山だ。

 

「よぉ、生憎の雨だな」

 

「どうにかしろよ。靴がびしょびしょなんだけど」

 

邂逅一番憎みを含めた言葉を叩きつけながら、3人と並び立って御神木を見上げる。

 

その木の枝には、輝く眉がある。黄金色に強く、淡く、雨を寄せ付けないように弾いている。

 

その中に、微かに人の影が見えた。姿を見る事は出来ないが、アキトはそれが誰なのか知っている。

 

その横にはもう1人分のスペースがあるが、そこにいるべき存在はいない。魔王に喰われ、もうそこに誰かが居座る事はないのだ。

 

悲しくて惨めで、寂しい玉座がこの大樹の存在理由だった。

 

「今回は些か苦労したな」

 

「些かってレベルじゃないだろ。本当に世界が消える瀬戸際だったぞ」

 

他人事のように語るサガラに苛立ちを覚えて、アキトは避難の瞳を向ける。もちろん、実際に他人事であるとわかってはいるものの、それでも足掻いた側からしてみれば憤りを覚えるな、というのが無理な話しだ。

 

「まぁまぁ、終わり良ければ全て良し、じゃないですか」

 

「……………お前、その姿だとキャラ貫くの?」

 

宥めてくる中山に思う所があったので聞いてみると、きょとんとした感じで小首を傾げられた。

 

「ちょっと何言っているのかわからないですね」

 

「…………いや、なりきってるならいいんだけど」

 

すっとぼける中山にそれ以上は触れず、アキトはもう一度サガラを見やる。

 

ここに来たのは森の様子を確認する為と、もう1つ。

 

「ナール」

 

「はいはいー」

 

アキトが呼びかけると、返答は木の上からあった。

 

黒に白の幾何学模様の入ったワンピースを着て、白い三角帯が見えようど気にしない風に銀髪の少女が枝に腰を掛けていた。

 

ナール。おそらく、本当の元凶はこれだ。

 

「まぁ来るとは思ってましたよ? 今回の一連の出来事、全てを知っている貴方からしたらヒヤヒヤものでしたでしょうしね」

 

「やっぱり、黒幕はテメェかよ」

 

ミツザネはアキトが黒幕だと言っていた。それはあの少女から渡された手紙に書いてあったのを見た直後、アキトには黒幕が見えた。

 

確かにアキトは全ての裏側を知っている。それは押し付けられたと言ってもいいし、いくつかの出来事をそうなるよう誘導した事があるのも確かだ。

 

だが、今回に限っては不測の事態だった。

 

外部からの敵、人のオーバーロード化、そしてインベスの操る詩の立証。

 

「謎解きの答え合わせだ」

 

この場所に来たのは、一連の出来事でアキトにとっで解せない部分を解き明かす為。

 

足掻く側に立っておりながら、唯一裏方を知っているからこそ把握しておかなければならない事だ。

 

「ディナーの後じゃダメですか?」

 

「何故、ショッカーがこの世界に現れた? 現実の存在である奴らにとって、ここは掴めるはずのない場所のはずだ」

 

「さぁ?」

 

巫山戯たナールに質問を投げるも、返ってきたのは予想通りの曖昧なものだった。

 

「それに関しては私は門外ですよ。世界干渉は父母方の分野なんで」

 

足をばたつかせながら、まぁでも、と前置きをして続けた。

 

「以前、破壊者はこの世界を訪れた。彼の通った道を辿ってきたんじゃないんですかね」

 

何とも適当な言い分に不満がない訳ではないが、つまりはそういう事なのだろう。はぐらかすという事は知らせるつもりはなく、知りたければ自分で真実にたどり着け、という事だ。

 

「なら、狗道クガイに特異点の事を告げたのは?」

 

「それは俺だ」

 

返答は上ではなく、横からだった。

「サガラかよ」

 

「理由はもちろん、その方が面白そうだからだ」

 

仰々しく両腕を掲げ、蛇は告げる。

 

「俺にはもう、そのくらいしか楽しみがないからな。奴はずっと、楽しい楽しい夢の世界から出るつもりはない。奴が手放すつもりがないのなら、次なる人類を試す為の試練を化す事も出来ない」

 

「……………そうだな」

 

アキトはもう一度、黄金の眉を見つめた。

 

「それがわかっているから、きっとあの人は夢から醒めないんだろうな」

 

醒めれば世界が終わってしまうとわかっているからこそ、創造と破壊しか生み出す事を知らないサガラにやっと第3の選択肢を見せれたというのに、再び混沌へと戻る事を是とするはずがない。

 

「だが、今回の騒動のおかげでラブカストーンも充分に与えられた。これで当分は、持つだろう」

 

サガラのいつまでも他人事な言葉に、アキトは目を細める。

 

そもそもの話しだ。

 

何故、世界はインベスと共存出来ているのか。

 

あの少女はそれを疑問に思っていた。そして、指摘した通り、この世界の住人には疑問を持つ事のないよう検閲が掛かっている。

 

インベス、延いてはヘルヘイムの森の概念は侵略にある。生命を脅かし、次の段階へと進む為の試練。

 

だから、本来ならば共存など出来るはずはない。言わば敵、なのだから。

 

けれども、かの男は共存の道を示した。

 

侵略しか知らない森に、教えたのだ。

 

1つの人間が、生命が作り出せる強い想い。

 

「やはり、凄いものだな。森を、試練を試練という意味を無くしてしまうとは」

 

その想いの名は、『愛』と言う。

 

インベスは人間の愛を栄養として生きている。世界の常識であり、誰もが尊重している事。

 

それはそのまま、ヘルヘイムの森を食い止め、共存の道を歩む事が出来ている最大の要員だ。

 

ラブカストーンとは、愛を具現化し結晶としたものだ。

 

ことりのコウタへの想い。

 

凛のアキトへの想い。

 

μ'sの、鎧武者達への強い想い。

 

それらは純粋だからこそ、世界を保てるほどの愛を持っていた。それほどの想いは、ある技術を使い結晶化させる事が出来る。それは人に与えれば活力を与え、森に与えれば当然栄養となる。

 

だから、アキトはそれを森に与えてきた。それが役割であるから。

 

「ある意味で」

 

ずっと黙っていた男が、そこで口を開いた。

 

「あの場にμ'sがいたのは僥倖だった、のかもしれないな」

 

「そりゃあ、そうなるように仕組みましたから」

 

一瞬だけ、場の空気が固まった。

 

呆気なくとんでもない事を告げたナールは、枝から飛び降りてアキトに抱き付きながら、嬉々として語り続ける。

 

「大変だったんですよー。凛ちゃんと花陽ちゃんはすでにフラグが立っていたからよかったものの、真姫ちゃんを焚き付ける為にへっぽこ御曹司を差し向けた。まぁ、これは貴方が終わらせてしまったのだけれども」

 

残念そうに耳元で言葉を紡ぐ女の片腹、アキトの脳裏にはオープンキャンパスが終わった直後の事件を思い返していた。

 

西木野総合病院の娘である真姫を、資産家の息子が狙った。その結末はインベス化し、アキトが処理したのだが、やはりそれは仕組まれた事だったらしい。

 

「2年生組みの想いに気付かせる為に、面倒な仮面舞踏会とか作ったり。にこにーの妹さん達を利用して九紋カイトへの感情を根付かせたり、と。いやぁ、大変でした」

 

アキトは思わず息をつく。全て仕組まれていた、と聞いてもアキトは驚きはしない。薄々はそんな気がしたのだから。

 

「そこまでする必要があったのか?」

 

「でなければば、彼は目覚めて世界が終ってました」

 

男の質問に中山が答える。

 

インベスと共存していく世界を保っていく為には、人々はインベスに愛を与える必要がある。だが、当然ながら人々はその事を知らない。だから、中にはインベスを蔑ろにしてしまうような者達も出てきてしまう。

 

愛が枯渇すれば、インベスは犯行する。餌を与えられないというのなら、付き従う意味などないのだから。

 

インベスに反逆を許さない為にも、人類は定期的に愛という栄養を供給しなければならない。だから、ラブカストーンを搾取し、与える役割が必要だ。

 

それが、アキトがずっと隠してきた、課せられた役目だった。

 

世界でただ1人、世界の裏側を知っている身として安寧の為に深淵に身を晒しながら、孤独に道を突き進む。

 

「度重なる人類の非道により、ヘルヘイムの疲弊は抑えきれるギリギリの所まで来ていた。それを回避するには、スクールアイドルから生まれるラブカストーンが必要だった」

 

「いくつもあるスクールアイドルの中でも、ライダーと密接な関係を作っているのはμ'sのみ。それだけに、適任は他にはいなかった」

 

「スクールアイドルとアーマードライダー………この二間には阻む事の出来ない関係があるからな」

 

サガラ、中山、男の言葉にアキトは渋い顔をしてしまう。確かにその通りではあるし、一番適した解決策だったとは思う。

 

それでも仲間と、凛と敵対する事に痛みを感じないはずがない。やりたいはずがなかった。

 

「アネモネはどうしてインベスを操る事が出来た?」

 

あの少女の声は、インベスに大きな影響を与えていた。アキトやコウタ、カイトの中にある僅かばかりの果実の残滓にすら揺るがせるような力を持っていたのは確かである。

 

「その答えは、これだ」

 

鬱憤を払うようにアキトが質問の続きを投げ付けると、サガラが一枚の書類を取り出す。それは履歴書であり、持ち主の写真が貼られていた。

 

それを受け取った瞬間、アキトは瞠目した。

 

あの名前は、見るからに偽名だった。すでに人ではなくなった身なのだかた、異なる名を持つのは当然の事なのだが、この衝撃は予想だしなかった事だ。

 

だが、冷静に考えれば有り得ない事ではないのかもしれない。この世界にはコウタも、カイトも、ミツザネも、タカトラもいるのだ。

 

ならば、()()がいたとしても不思議ではない。

 

そこにある名前を、震える声で呟いた。

 

「………………高司、舞…………」

 

それは、失われた王の伴侶。

 

魔王に喰われた姫君。

 

「同姓同名の、そっくりさんだ」

 

間髪入れなかったはずなのに、それがアキトの耳に届くには幾分か時間がかかった。

 

「………………本当か?」

 

「あぁ、でなければ俺達もこうして意気揚々となんてしてられないだろ」

 

アネモネと呼ばれていた少女の履歴書をアキトの手から取り上げて、サガラが目を細める。

 

「運命か偶然か、それはわからん。だが、彼女はスクールアイドルではないのにも関わらず、インベスを従える声を持っていた。もしかしたら、スクールアイドルをやるはずだったのかもしれないな」

 

スクールアイドルにはインベスを操れる力がある。それはもっとわかりやすく言えば、ヘルヘイムの森を従える力がある。

 

何故ならば、ヘルヘイムとの均衡を保つ為にスクールアイドルが生まれたのだから。

 

「王妃は喰われる寸前に、自分の力を世界へと散らばせた。フラグメントとして、いつでも自分の役目を誰かが担えるように、もしくは戻ってくるまでの代役………その役目を担ったのが刹那の輝きを見せる者(スクールアイドル)…………」

 

つまり、スクールアイドルとは王妃の力の残滓を持つ存在。

 

この世界にとって、すでにある神の片翼となるべく資格を持った特異点。

 

「ならば、この子は………?」

 

「さてな。悪いがそれ以上は調べる気はない」

 

サガラの言葉にアキトはため息をつく。すでに亡き人となった今、彼女の事を調べても意味はないだろう。

 

「狗道クガイはまた現れるのか」

 

「現れるだろうな。惜しむらくも、奴は同じ道を辿った」

 

思い浮かぶのはあの男を倒した直後の言葉。

 

どう考えても、あのまま消える気はないものだ。

 

アキトは大きくため息をついて、脳の酸素を入れ変える。これ以上の質問を投げた所で、返ってくる答えは期待に添えそうなものではなさそうだ。

 

「それより、お前はこれからどうするかを考えるべきじゃないのか?」

 

「これから?」

 

サガラの物言いに珍しさを感じて、アキトは目を丸くした。この存在は基本的に煽るか見守るかくらいの事しかせず、心配などとは程遠い所にあるはずだ。

 

「どういう風の吹き回しだ?」

 

「そのままの意味だ。これから、恐らく今までとは違う世界がお前の前に広がるはずだ。その世界で………」

 

「未来がどんなか、なんて誰にもわかりはしないだろ」

 

未来は誰にもわからない。いい意味でも悪い意味でも、わからないから足掻いて生きていくしかないのだ。

 

「やる事は変わんないよ」

 

「……………そうか。お前がそう言うのなら、そうなんだろうな」

 

アキトの言葉に満足したのか、サガラは何も言わず大樹を見上げた。

 

それ以上の会話はなく、アキトは踵を返して腕をかかげてクラックを開く。

 

向こう側には眩い光が満ちており、まるでこの先が見えない未来を現しているようだ。

 

それでもアキトは突き進む。

 

例えもう、あの子がこちらを見なくても、

 

想いを込めて名前を呼ばれなくても、

 

全て承知の上で、矢を放ったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前は1つ、間違えている。

 

確かに未来は誰にもわからない。

 

けれども、今から未来に何が起こるのか予測をし、備える事は出来る。

 

お前に足りないのは、それだよ。

 

まぁ、そんなお前が新たな世界でどう足掻くのか、楽しみにしてるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

53話

 

 

Hello World

 

 

 

 

 

 

 

 






ドーモ=視聴者サン!

グラニです。

ついにラブ鎧武!夏合宿編が終りました。

掛かった時間1年、書いた総文字数466444!?


はっは、すげぇもんだ。我ながらよく書けたものだと、悪く言えばもっとまとまるように考えてから書けと。

本当に、まさか1年も書くだなんて。それも1つの作品を、ではなく1つの章を…………。

前に話したかどうかわかりませんが、実は自分ここまで長続きする作品書いたの初めてなんですよ。アリアWも停止しちゃってるし。
なので、正直2年も書き続けて、しかもまだまだこの先を見れている事に驚いてます。

さてさて、夏合宿編は如何でしたでしょうか。ここでのみの伏線を織り交ぜたりして、と初めての事に挑んでみたり、と。

色んな事に挑戦もしましたが、それが出来たのも期待してくれている方々、全部読んでくださっている読者様の応援のおかげであります。というか、本当に長引いた作品を読んでくださってくれた事が嬉しいです。まさしく強者だ…………。

そもそも、夏合宿はここまで広がる予定ではありませんでした。適当に、と言ってはアレですが、そこまで深く考えずにアネモネのような歌声でインベスを操る相手にμ'sが歌声で対抗する。

それを妨害しようとしてくるアーマードライダーをチーム鎧武達が守る、というありきたりな構図を予想していました。なので、敵もオリジナルの反ユグドラシル組織を出すつもりでした。

けれども、書いている途中で鎧武外伝デュークがお披露目になり、そこで黒の菩提樹という組織が出てきたので利用する事に。それに伴い狗道クガイ=アーマードライダーセイヴァーも出す事にしました。

原作狗道もそれなりに謎に満ちたキャラだったので、本作の謎キャラであるアキトとぶつかり合う構図もそれで思いつき、どうせならリョウマも戦極デュークに変身してデュークが2人並ぶという熱い展開に。

この世界のでデュークはアキトがなっている以上、リョウマにホイホイと変身されては困る。なのでヘルヘイムの毒素が身体が受け付けない、という独自設定を加えて抑制を図りました。この先もこれはいい方向に転んでくれそうです。

ちなみに武神鎧武がタカトラの恩師、というのも真っ先に浮かびました。この夏合宿でのメインはミツザネのつもりで書いていたので、(その割にはアキトもかなり出張ってましたが)側面でタカトラ達が戦うような図を作りたかったのですが、いつの間にかフルスロットルのごとく呉島兄弟の戦いに。これはこれで悪くはない。

なので、都度都度感想などでも言われていたコウタとカイトは、今回本当に裏方です。ここで主人公たちの出番はないので、昏睡させるという手を取りました。

戦闘面でもいろんな作品から参考にしました。

斬月VS武神鎧武はVSイドゥンとフルスロットルデューク。ミツザネは全編通して、FF7ACのセフィロス戦を。トドメは最後の超究武神破斬とドライブサプライズフューチャーのラストライダーキック。

他にもいろいろとモチーフがあったりします。


そして、最期の最後のどんでん返し。ハッピーエンドで終わると思いました?

世界には知らなくていい事が多く存在するのですよ。

もちろん、アキトもアキトで調子に乗った報いをこの後受けるでしょう。


何かを失ったμ'sが、アーマードライダー達が辿る未来をぜひともご覧あれ……………!



さて、夏合宿編が終ってラブ鎧武は一度歩みを止めたいと思います。コラボとの兼ね合わせはもちろんと、これからに伏線などを織り交ぜたいので…………あれ、また1年かかる!?
掛からないためにも、ちゃんと整理して書きたいのです!

なので、楽しみにして頂いている方々にはしばらくの辛抱を。

これからも応援、よろしくお願いします!




感想、評価随時受け付けておりますのでよろしくお願いします!

Twitterやってます
話しのネタバレなどやってるかもしれませんので、良ければどうぞ!

https://twitter.com/seedhack1231?s=09






▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。