ラブ鎧武!   作:グラニ

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最期の一撃は、

切ない。


50話:STAY GOLD ~そして終わる者たち~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ソイヤッ! パイン・オーレ!!』

 

 

「パインパインにしてやるぜ!」

 

投げ付けたパインアイアンを引き戻し、その衝撃で呼び込んだインベス達に無双セイバーの連撃を叩き込む。黄色い剣閃と共にインベス達が爆散し、それを見届けたアーマードライダー鎧武は背後へと振り向いた。

 

 

『カモンッ! マンゴー・オーレ!!』

 

 

そこではアーマードライダーバロンがマンゴーアムズへと換装し、マンゴーパニッシャーを振り回し、楕円形のエネルギーブロックをまき散らしインベス達を一掃していた。

 

粗方片付いたかと思ったが眼前に群がっているインベス達の姿を認め、流石に仮面の下で息を荒くしてしまう。

 

「くそっ…………そろそろきついってのに……………!」

 

「なんだ、もうへばったか」

 

「誰が!」

 

売り言葉に買い言葉とはまさしくこの事だが、そう言ったバロンもまた疲弊を隠せぬ様子だ。互いを鼓舞し合ってはいるが、すぐに限界がきてしまうだろう。

 

鎧武とバロンが背中を合わせて構え、迎え撃とうとする。

 

その瞬間。

 

「………………?」

 

変化を感じて鎧武が構えを解く。背後のバロンでも同様に困惑の気配が感じられた。

 

突然、インベス達から敵意が消え戦闘態勢を解いたのだ。どうしてこの場にいるのだろうか、と戸惑っている様子すら見られ、鎧武とバロンは顔を見合わせて変身を解いた。

 

「これって………もしかして…………」

 

「あぁ。どうやら、そのようだ」

 

葛葉コウタに同意するよう頷く九紋カイト。

 

コウタ達がこうして戦っていたのは、インベス達の暴走を止めるべくライブをしていたμ'sを護る為だ。そのインベス達が鎮まったという事は、ライブが成功した事を意味していた。

 

「みんな、やりやがった………!」

 

コウタは安堵の息を吐いた途端、身体が脱力してその場に座り込んだ。ずっと気がかりだった事が解決したとわかって、緊張の糸が切れたのだ。

 

「まったく……」

 

「ははは………わ、悪ぃ……でも、これで………っ!?」

 

呆れながらも伸ばしてくれたカイトの手を掴んでコウタは立ち上がると、もう一度息をついてμ'sが向かったであろうユグドラシル支部へと目を向ける。

 

そこに広がっている景色を見て、瞠目した。

 

空が黒く染まっている。まるで闇が広がっているような感じに、無意識のうちにコウタの背中を冷たいものがなぞり落ちた。

 

「あれは………!?」

 

「……………行くぞ」

 

「お、おう!」

 

天をも作り変えてしまう力に何かを感じたのはカイトも同じらしい。

 

カイトがロックビークルを取り出したのを見てコウタも解錠して、サクラハリケーンに跨ると暗闇の広がる世界へと走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

##########

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雷鳴が啼く。まるで世界が泣きじゃくっているかのように激しく。

 

その昏い世界で、呉島ミツザネが変身したアーマードライダー龍玄は向かってくる斬撃を歯噛みしながら避ける。

 

この場にいては避け切れないと判断した龍玄は、足に装着しているベゴニレックを起動させて遠くのビルへと跳躍した。

 

しかし、真横から強烈な殺気と共に襲ってきた衝撃に、龍玄は近くのビルへと吹き飛ばされる。

 

壁を突き抜け使われていたオフィスに突っ込み、書類の束が花びらのように舞う中で立ち上がり、龍玄は睨み付けた。

 

崩れた壁に立ち、こちらを睥睨している白い怪人。

 

アネモネがヘルヘイムの果実を食べ、さらに醜悪となった魔人だ。その手に握られているのは剃り刃に伸びた身の丈ほどある太刀で、それから放たれる斬撃波に龍玄は苦戦を強いられていた。

 

「アネモネ……………!」

 

「ふっ……………!」

 

アネモネが走る。その衝撃を殺し切れずに吹き飛んだ龍玄は、オフィス内にある支柱を足蹴にすると逃れる度に間髪入れずに飛び跳ねた。

 

それを追いかけるようにアネモネが飛び、白刀を振るう。ブドウ龍砲の銃身と激突し、その際に発生した衝撃で龍玄の身体はさらに地面から追いやられる。

 

重力はきちんと機能している。決してここは宇宙だのという無重力空間ではない。なのに身体が、足が床に付かないのは攻撃による衝撃で浮かび上がってしまい、床に着く前に追加攻撃を繰り返しているのだ。

 

「ぐっ…………!」

 

「はぁぁっ!」

 

気合いと共に放たれた兜割りの斬撃を咄嗟に避けて、アネモネの側面を捉える。遠慮なくブドウ龍砲のトリガーを引いて紫色の弾丸を放つが、寸の所で避けられてしまった。

 

白刀が龍玄を襲う。それを全力で受け止め、視線が交錯した。

 

「本当に強いですね。どうやってその力を手に入れたんですか?」

 

「……………自分の存在を証明する為に、だ!」

 

力をさらに込めて、推し放して回り蹴りを放つ。ベゴニレックによって強化された脚力は従来よりも何倍もの威力を生み出し、アネモネをビルの外へと追いやった。

 

瓦礫をまるでトンネルのようにしながら外で吹き飛んでいく様を見て、龍玄はすぐんい追撃する。

 

ビルを抜けて外に出たと同時に、頭の遥か上で何かが崩れる音がした。振り向くよりも先に飛びのくと、龍玄がいた場所に巨大な瓦礫が落下し押し潰していた。

 

「よく避けれましたね!」

 

「っ!」

 

声と共にブドウ龍砲を反射的に構えて、斬撃を防ぐ。背後から攻めてきたアネモネに対して体術を織り交ぜながら反撃するも、まるで吸い込まれるかのように防がれる。

 

やがて。

 

「疲れからですかね。単調になってますよ」

 

「っ、しまっ……………!」

 

大きく放った蹴りを掴まれ、龍玄が失態を呻くより先に振り回され投げ飛ばされる。さらに追撃してきたアネモネにより胸部装甲が大きく開かれ、痛みと火花がダメージとなって龍玄を襲った。

 

「がっ……………!」

 

吹き飛ばされた龍玄はビルの壁に叩き付けられ、力なく落下しそうになる。辛うじて意識を繋ぎとめていたからか、無意識のうちに出っ張っていたコンクリートから突き出ていた鉄柱を掴んで蟾蜍のようになる未来は回避した。

 

龍玄が顔を上げると、アネモネはそビルの上でこちらを見下していた。怪人となったその顔には表情はなく、どんな感情を浮かべているのか判断は出来ない。

 

だが、不思議とその顔は、冷酷さを保とうとして泣いているようにも思えた。

 

「……………絶望してください」

 

そっと白刀を掲げ、アネモネが呟く。

 

「貴方のしている事は間違っていると、懺悔しなさい!」

 

言葉と共に頭上になったビルの外壁が崩れ落ち始める。アネモネの手によって切り崩されたのであろうそれらは、ベゴニレックをもってしても安全圏までは逃げられそうにない。

 

「……………だったら!」

 

 

『キウイ!』

 

 

鉄棒で身体を回す要領で鉄柱の上に立つと、龍玄は戦極ドライバーのロックシードを変える。あれだけの数を銃で撃ちおとすには、ブドウ龍砲では火力不足だ。

 

 

『ロックオン』

 

 

だから、切り裂く他ない。持っているロックシードで斬撃の攻撃があるのは、キウイアームズだけだ。

 

 

『ハイィーッ! キウイアームズ! 撃輪、セイ、ヤッ、ハァッ!!』

 

 

カッティングブレードをスラッシュすると同時に飛び上がり、ブドウアームズが消え変わりに現れたキウイアームズを纏う龍玄。

 

ほぼギリギリのタイミングで落ちてくる瓦礫を、召喚したキウイ撃輪で切り裂く。本来は投擲武器として使うものだが、扱い辛いが刃物としても使えなくはない。

 

龍玄が瓦礫を切り裂いていくと、そこからアネモネが突撃してくる。

 

白刀と撃輪が激突き火花を散らす。落下しているはずなのに浮遊感を感じる暇はなく、剣閃を捌くだけで精一杯だった。

 

幾重にもよる攻撃の応酬。

 

「…………くっ」

 

龍玄は足場にしていた瓦礫から飛び上がり、壁を切り裂きながら跳躍してアネモネから離れた。

 

戦場から離脱した龍玄が辿りついた場所ははヘリポートだ。他の場所と同じようにインベス達が暴れたのかあちらこちらに亀裂が生じたり崩れたりしているが、崩壊する事はないだろう。

 

それを確認して、龍玄は膝をついた。度重なる戦闘。特にアネモネが変化してからと戦闘は1つ1つの行動が凄まじく、今だかつてないほどの消耗を強いていた。

 

だが、息をつく暇もなく、強大な殺意の塊が襲ってくる。

 

瓦礫が巻き起こした灰色の砂塵を突き抜け、アネモネが肉薄してくる。全てを切り裂く白刀をキウイ撃輪で防ぐも、ブドウ龍砲と比べて大型であり扱いにくい武器であるがために、数度の攻防で容易に弾かれ手放してしまった。

 

そして。

 

「さようならです」

 

無情の一撃が龍玄を捉えた。

 

視界が白で埋め尽くされ、恐らく斬りつけられたのだろうと判断出来る程度の認識を何とか拾い上げ、龍玄の身体は瓦礫へと突っ込んだ。

 

「かはっ………!」

 

身体から酸素が抜けていく。力という力全てが失われていくような感覚と共にライドウェアが消滅し、変身が解かれた。

 

生身となったミツザネは、まるでぼろ雑巾のように崩れ落ちて倒れ込んだ。

 

身体が鉛をつけたように重い。もう何をするにも力を全力で振り絞らなければならないような状態で、気力という気力が霧散していく。

 

緩慢な動きで顔を上げると、すぐそばに転がったキウイロックシードが目に入る。

 

ろくに働かない頭で、半ば無意識でロックシードに手を伸ばす。

 

しかし、それを阻むように強烈な痛みが伸ばした右手に走り、視界が暗転した。

 

「…………もう、いいじゃないですか」

 

「……………!!」

 

痛みによってはっきりと現実に引き戻され、ミツザネが見ると右手の甲を白刀が貫いていた。

 

痛みで言葉は発せず、視線をもう少し上に向けると、怪人ではなく少女の姿のアネモネが白刀の柄を掴んで瞳を震わせて見下ろしている。

 

そして、そっとしゃがみ込んだアネモネが手を差し伸べ、そっとミツザネの頬を撫でる。

 

「ミツ君は、こんな間違った世界の為に頑張った………十分過ぎるほどに、頑張りました…………」

 

まるで駄々をこねる子供をあやすように、そっと語りかけてくる。

 

「ここまで頑張った貴方を、誰も責めたりはしません。μ'sのみなさんも、きっとわかってくれます」

 

「…………いや」

 

しかし、間髪を入れずにミツザネは否定を打ち出した。

 

「こんな所で諦められませんよ」

 

「どうして? 誰も………」

 

「ここで諦めれば、明日の僕が今日の僕を責める」

 

この世界を守る。

 

そんな高尚なもにではなく、ただ目の前にある日常に帰る為に。

 

また、てんやわんやと笑い合うあの日に戻る為に。

 

アネモネが笑っていける世界にする為に。

「アネモネ、さん………」

 

ミツザネは告げる。

 

「僕は貴女が好きです」

 

「っ………!?」

 

アネモネの瞳に瞠目が映る。このような状況での告白などロマンチストの欠片もない。

 

それでもミツザネは続ける。

 

想いを言葉にする。

 

「最初は操られていた感情かもしれない。その為に、そういう感情を植え付けたのかもしれない………」

 

仲間達からも、それは幻だと言われた。偽りで本当の想いではない、と。

 

だけど、この湧き出てくる想いが偽りなのだとしたら、どうしてずっと心の奥で彼女の存在が燃えているのだ。

 

どうして、彼女の本当の笑顔が見たい、と強く思うのだ。

 

「だけど、解き放たれた今だからこの想いは本物なんだって言い張れるんです。ずっと、君の本当の笑顔を見たいって思えるから」

 

「ミツ、君………」

 

アネモネの瞳が揺れる。こんな時の吐露など、彼女にとっても困惑するしかないだろう。

 

だけど、この想いだけは伝えたかった。

 

例え、アネモネの笑顔が二度と見れなくなったとしても。

 

「だから………!」

 

「っ……!」

 

ミツザネは左手で白刀の刀身を迷うことなく掴みあげると、右手から引抜いて身体を起こすと同時にアネモネほ足払いを放つ。

 

反射的に飛び退いたアネモネと距離が空いて、視線が交錯した。

 

「僕が止める……! この世界を破壊したとして、貴女の本当の笑顔なんて見れるはずがないから………!」

 

そして、そんな彼女を見たくないという、酷く単純な自分の我儘の為に。

 

どこにそんな力が残されているのだろうか、というくらいに立ち上がったミツザネはロックシードを構え、叫ぶ。

 

自身を変える為の魔法の言葉を。

 

「変身!!」

 

 

『キウイ!』

 

 

頭上にクラックが開いて、再びキウイアーマーパーツが召喚される。

 

ロックシードを前に突き出してから戦極ドライバーにはめ込み、スライドシャックルを押し込んでカッティングブレードを切った。

 

 

『ロックオン。ハイィーッ! キウイアームズ! 撃輪、セイ、ヤッ、ハァッ!!』

 

 

再びこの世に舞い降りた龍の戦士、アーマードライダー龍玄。

 

対して、アネモネは一度だけ表情を暗くしてから翡翠色の閃光を放って異形へと姿を変える。

 

変身はしたが、限界はとっくのとうに突き抜けている。何をするにしても、次の一撃が最後となるだろう。

 

両手に握るキウイ撃輪をゆらりと構え、同時にアネモネも白刀を掲げる。構えこそ出鱈目の素人感丸出しだが、それを補ってあまるほどの力を有しているのだ。

 

互いの動きが止まる。どちらかが先に動けば、始まるという手前で。

 

理由は簡単だ。龍玄にしてみればアネモネの一撃は苛烈に尽きて、今はまともに受ければ死に直結している。

 

対して、アネモネは力こそあるが戦いに関しては無知だ。でなければ、最初もそうだが体術だけで龍玄が圧倒出来るはずがない。だからこそ、龍玄がどのような行動を起こすのか想像出来ないのだろう。

 

互いが互いに、一撃を間に受ければ無事では済まないとわかっているからこそ、動くにも動けない。

 

剣の達人の間合いを『剣の結界』と称する漫画を読んだ事がある。自分にそれほどの強さがあるとは思えないが、今の状況はそれにピッタリと当てはまる気がした。

 

沈黙という時間が降り注ぐ。

 

どちらも小さく呼吸はするも、気が緩む事はない。緩めば途端に攻め入り、均衡は崩れてしまうから。

 

「……………どうして、そこまで頑張るんですか」

 

先に沈黙を破ったのはアネモネだった。それでも気は緩めておらず、龍玄も神経を尖らせながら答えた。

 

「これ以上、貴方が間違いを犯すのを見てられないんです」

 

「私の想いは無視ですか」

 

「そんなものですよ、人間なんて」

 

どこか落胆したような、諦めたように龍玄は続ける。

 

「誰もかれもが好き勝手言うんです。あれやこれやと、勝手な願望を無責任に」

 

それはどうしようもないくらい人間という生き物の本質なのかもしれない。インベスという悪意に染まっているとか、理由のない悪意といったものとは関係のないところで作られた欲望。

 

「だから、僕も勝手な欲望を押し付けます」

 

「…………意外と強引なんですね」

 

くすり、とアネモネが笑う。そこには敵意はない、優しい声色だ。昨日一昨日何度も聞いたはずなのに遠い昔のように思えて、ミツザネも思わず口元を緩める。

 

「僕でも驚きです」

 

「だけど」

 

言葉と同時に張りつめていた糸が切れたように、空気が爆発する。

 

次の瞬間、眼前に白刀の刃が龍玄の顔面を捉えていた。いかにアーマードライダーといえど、顔面に攻撃を受けるのは得策ではない。しかもこの一撃は、防御してもすさまじい衝撃が貫いてくるのだ。

 

「私にとって、この世界には大切なものなんて何もない!」

 

「っっ!」

 

息が詰まる。

 

それほどにとった行動はミツザネにとっても無意識に行ったことで、予想だにしなかったものだ。

 

迫ってくる刀の剣閃に合わせるように上半身を引いて、そのままバク転するように翻った。数年前、外国映画で銃弾をスローモーションで避けるシーンがよぎりそうになったが、それよりも先に振り上げた蹴りが怪人となったアネモネの顎を打ち抜こうとする。

 

その寸前でアネモネが急速転換し、上空へと逃げる。

 

「アネモネさん、貴女は思い違いをしている」

 

 

『ハイィーッ! キウイ・オーレ!!』

 

 

態勢を戻した瞬間、ロックシードのエネルギーを開放して黄緑色の閃光を纏ったキウイ撃輪を放った。2つの大輪が軌跡を残しながら、宙へ逃げたアネモネを追撃する。

 

「この世界に、大切じゃないものなんてない!」

 

その円盤をアネモネは白刀で弾く。それは龍玄にとって予測していたもので、即座に戦極ドライバーのカッティングブレードを1回スラッシュした。

 

 

『ハイィーッ! キウイ・スカッシュ!!』

 

 

連続でのエネルギーの開放に、ロックシードが悲鳴を上げたような気がしたが構わずに龍玄は跳び上がった。強化された脚力で行った跳躍は、アネモネへと突撃する。

 

「ハァァァァッ!」

 

「くっ……………!」

 

気合いと共に撃ち出されたミサイルの如く、龍玄のキックが重力に逆らうようにアネモネへと激突した。

 

閃光が火花のように弾け、白刀とほんの数秒だけ拮抗する。

 

だが。

 

「…………ぁぁやぁっ!!」

 

白刀が振り抜かれる。弾かれた龍玄が体勢を崩して、アネモネから離れた。

 

凌いだ!

 

アネモネはそう思っただろう。だからこそ、歓喜したように白刀を構え、反撃に出ようとした。

 

しかし、それが実行される事はない。

 

「何っ……………!?」

 

アネモネが驚嘆で呻く。

 

龍玄は弾かれて、そのまま無様に落下したのではない。

 

落下した先に、最初に投擲したキウイ撃輪が弧を描くように飛来してくる。それは吹き飛んだ龍玄が宙で体勢を整えるとタイミングよく足場になるように、予期していたかのように動く。

 

「おぉぉぉっ!」

 

キウイ撃輪を見事、足蹴にして再び跳躍力を得た龍玄がアネモネへと突撃する。再び白刀と蹴りが激突するが、今度は拮抗するまでもなく、まるでボールを打ち返されるかのように弾き飛ばされる。

 

もちろん、その先にも先回りしたキウイ撃輪とタイミングを合わせて、再び蹴り出す。

 

弾かれては跳ね返り、打ち返されては跳ね返る。

 

まるでピンボールのように攻防を繰り返す龍玄とアネモネの様は、いつの間にか球体の中でやりとりをしているようだった。

 

龍玄のキックは少しずつ、跳ね返る事に強さを増していく。跳躍力のみならず、アネモネが打ち返すのに使う衝撃も力として換算されているのだ。

 

「まさ、か…………! これも全部……………!」

 

「えぇ! 全部計算通りですよ!」

 

捌きながら苦痛の声を漏らすアネモネに、龍玄が攻撃を与えながら叫ぶ。

 

最初にキウイ撃輪を投擲した時から、この状況を狙っていた。純粋なパワーで勝てないのならば、龍玄に残された戦術は意外性を突くだけだ。

 

アネモネがもし、多少なりとも戦闘のイロハを教わっていたのなら、この状況から脱せられたかもしれない。しかし、ドが付くほどの素人ならば、堂々と誘導しても気付かれはしない。

 

アネモネがその事に気付いたのは、ついに白刀が衝撃に耐え切れずに砕け散った時だった。

 

「貴女は世界を斜めから見過ぎなんですよ」

 

高く飛び上がり、身を翻す。

 

「見方を変えればどんな事だって大切に思える………眩しいくらいに輝く、大切なものに出来るんだ!」

 

呉島家の後釜。その予備として育てられ、変哲の無い毎日。

 

それを変えたのは、ビートライダーズ。踊りを教えてくれた仲間達。

 

けれども、その一歩を踏み込んだのは紛れもない自分だ。未知の世界へ足を向けた、自分の勇気だ。

 

全てを、何かを変えるのも自分でなくてはならない。

 

自分が変われば、世界は変わるのだ。

 

「ハァァァァァァァッ!!」

 

気合いと共に龍玄が防御の出来なくなったアネモネを襲う。

 

ライダーキック。

 

アーマードライダーなら誰しもが自然と出来るようになる技。

 

昔、兄貴分達と軽い会話で生まれた技の名前がある。ただ単調にライダーキックと呼称するのは味気ないと、誰かが言い出して。

 

龍玄のライダーキックは、龍玄脚。何とも簡単で、即興で作ったものだ。

 

しかし、今この技に敢えて名を付けるのならば。

 

 

—————龍玄脚・大輪

 

 

「ハァァァァァァァッ!!」

 

龍玄の全身が翡翠色のエネルギーを纒い、アネモネを貫いた。

 

衝撃が龍の如く天を駆けのぼり、世界に冥がりを落としていた暗雲を吹き飛ばして青空を広げる。太陽が世界を照らし、瓦礫が埋もれていた世界に光が差した。

 

瓦礫に着地した龍玄は、立ち上がると同時にふらつくもなんとか耐える。

 

「…………………世界はいつだって、自分を中心に回ってるんです。だから、アネモネさんが思えば世界なんて簡単に変えられたんですよ」

 

「……………そっか」

 

小さく、か細い返答が背中に降りかかる。

 

酷く寂しそうで、悲しそうな声色で。

 

「……………なぁんだ」

 

その名のように、儚い希望のように。

 

「そんなに、簡単だったんだ」

 

咲き散るように、轟音が響いて衝撃が世界を埋め尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミッチ!!」

 

画面に映った爆発に、西木野真姫が絶句したように叫ぶ。他のメンバー達も驚愕に目を見開き、その中で唯一アーマードライダーデュークのみが腕を組んだまま姿勢を動かしていない。

 

画像の全てが爆炎で埋め尽くされており、どんな決着になったのか判断が付かない。ここからでは何が起こっているのかまったくわかりそうになかった。

 

「い、行きましょう!」

 

「行くって…………どうやって!?」

 

園田海未の言葉に絢瀬絵里が叫び返す。龍玄とアネモネの戦闘は苛烈さを帯びて激しい移動を繰り返しながら行っていたのだ。あの爆発がどこで起きたのはずっと眺めていたのだからわかるが、あの場所は徒歩で行けるような生易しい場所ではない。

 

「登るんです! 登山と一緒です!」

 

「山登りと一緒に出来る訳ないじゃない!」

 

「デュークさん。どうにか出来ませんか?」

 

矢澤にこの咆哮にもあーでもないこーでもないと言い合うμ'sの中で、小泉花陽と星空凛がデュークに近寄って尋ねてくる。

 

だが、その返答に対する答えなど、決まっていた。

 

「無理に決まってるだろ」

 

デュークに出来るのは戦闘までだ。それ以上の事など出来やしないし、今はなるべくミツザネの元へは向かいたくない。

 

「………じゃあ、真姫ちゃんだけでも行ったらいいんじゃないかな」

 

「わ、私!?」

 

高坂穂乃果の提案に、真姫が驚く。

 

「そっか。真姫ちゃんのバディインベスはライオンインベスに進化したんだから………」

 

「真姫ちゃんくらいなら抱えて跳んで行けそうやね」

 

南ことりと東條希も合点がいったのか納得の意を示すと、全員の視線が真姫へと注がれた。

 

「真姫ちゃん!」

 

「ゔぇええっ……」

 

花陽に詰め寄られて、真姫が呻く。

 

ライオンインベスはインベスの中でも上位に位置しているインベスであり、能力はそれなりに高い。自力で真姫の呼び声に応える事を考えれば、少女1人を抱きかかえて跳ぶなど造作もないだろう。

 

それに聡い子なので、もし万が一アネモネがいたとしても、倒れたミツザネも回収して逃げる事も出来るはずだ。

 

最も、そんな最悪なパターンはゴメンだが。

 

「わ、わかったわよ!」

 

一刻も早く結末を知りたいメンバー達に泣きつかれ、真姫はロックシードを取り出してライオンインベスことアルフを召喚した。

 

それを見て、デュークは誰にも気付かれないようそっと身を引いて部屋から出た。

 

デュークもデュークで結末を知る為に、行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

変身が解けたミツザネは踵を返すと、横たわっている少女に歩み寄る。

 

「…………強いなぁ」

 

小さく口にした言葉は、何度も呟いてきたものだ。だが、今までのには呆れが入り交じっていたのに、今度のは羨望の色があった。

 

「冗談抜きで、本当にミツ君だけでこの島の全戦力と渡り合えるんじゃないかな………」

 

「まさか」

 

ミツザネが笑って返すと、少女も心なしか笑う。そこにはもう、偽りの仮面はなく、心からの笑顔のような気がした。

 

「………もしも、ミツ君の言う通り私が変わっていたら、世界は違って見えたのかな」

 

「………さぁ、どうだろう」

もっと気の利いた言葉を返せばいいのに、こんな時にボキャブラリーの少ない自分に再び落胆を覚える。

 

もしもは仮定の話し。口にした時点で後悔となり、また過去となってしまう。

 

けれども、後悔とは今を悔いる事だ。自分の行いに対して、もしくは罪に対して。

 

「ミツ君……私はね、自分のやったことに後悔なんてしてないよ」

 

少女が口にしたのは懺悔などではなく、覚悟だった。

 

「世界が、インベスが憎い。復習の心に嘘偽りなんてないんだから」

 

悪びれもなく強い瞳を向けて告る少女に、ミツザネは抱き上げながら軽く笑みを浮かべた。

 

「まったく懲りてないね」

 

「でもね、悔しいって思うのも本当」

 

思わず凝視するが、向けてくる瞳に変化はない。それもまた、彼女の本心なのだろう。

 

「…………もし、ミツ君に………μ'sの皆さんに出会っていたら、違った自分になっていたのかな」

 

それは懺悔ではなく、もっと軽い感じでの思い付きだった。まるでクラスで昼休みの時に、ふと会話に途切れたから話題に上げてみた、くらいのニュアンスだ。

 

少女の言葉に、ミツザネは表情を落とす。

 

もしも、本当にこんな場所ではなく、例えば音ノ木坂学院に転入してきて。

 

もしも、穂乃果の目に止まってスクールアイドルをやろうという事になっていたら。

 

もしも。

 

もしも。

 

考えた所で、ミツザネは首を横に振った。

 

「さぁ………仮定の話しをするのは苦手なんだ………」

 

兄が現実主義者であるが故に、ミツザネもそう考えてしまう節がある。意味がない、とは言いたくはないがそのように思えてしまい、ただの徒労のように思えてしまうのだ。

 

そんな淡泊な返しに、それでも彼女は嬉しそうに口元を緩めた。

 

「………………そうだね。もしも、なんて話しても意味ないね」

 

ふと、ミツザネは俯いて見つめていたから気付いた。

 

彼女の手がパリパリ、と音を立てて乾燥していっている。

 

「っ、それは…………」

 

「………………言ったでしょう。私はインベス、もう人間の身ではない」

 

それを皮切りに、少女の全身から生気が抜けていくように頬が微かに窶れていく。

 

「アネ……………!」

 

名前を呼びかけた瞬間、指で口を抑えられ言葉を噤む。

 

「違うの………アンモネは、あの日……瀬賀様が私に名付けてくれた名前その花言葉のように、薄く、闇の中で咲く小さい夢という意味を持たしてくれた……………」

 

アネモネの花言葉は、『儚い夢』。

 

インベスという世界を埋め尽くしている細菌に対して、この少女は瀬賀にしてみれば唯一無二の残された希望となったのだ。

 

この少女は人の領域から逸脱した存在となった。この身の傷みは代償だ。運命と戦い、敗れた敗戦者の末路。

 

っ、とミツザネは息を呑む。

 

その意味を理解してしまったからだ。

 

「私の本当の名前はね………」

 

「……………はい」

 

無意識のうちにミツザネは拳を握りしめていた。

 

そして、少女が告げた本当の名前を胸に刻み込んで、ミツザネは震えながら頬を撫でてくる少女の手を包み込む。

 

口にした想いを聞いたミツザネは、そっと少女の頬を雫で濡らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青空が広がっていく様を見届け、タカトラは安堵したように息をつく。

 

「やったな、ミツザネ」

 

「意外とお坊ちゃまはしぶといね」

 

戦極リョウマが呟いた直後、砂利を踏みしめる音が聞こえる。2人が背後を振り向くと、シドが踵を返してこちらに背を向けていた。

 

「シド」

 

「勘違いすんな。今回はたまたま利害が一致しただけだ。次に会った瞬間から、俺達の関係は元に戻るのは当然だろう」

 

タカトラはユグドラシルのアーマードライダーであり、シドは錠前ディーラー。本来ならば水と油のように決して交わる事のない間柄なのだ。

 

「……………そうだな」

 

タカトラは引き留める気はさらさらない。シドの力がなければ恩師の暴走を止める事は出来なかったし、現状どちらも疲労困憊でこれ以上の戦闘は得策ではない。

 

「シド」

 

再び適敵となった事を踏まえて、タカトラはもう一度名前を呼んで止める。

 

「…………たまにはあいつの墓前に花を添えてやれ。寂しがってるぞ」

 

「…………フン」

 

シドは鼻を鳴らして帽子を被り直すと、そのまま茂みの中へと消えて行った。

 

「…………やっと終わったのね」

 

「あぁ。μ'sやミツザネにとっては、な」

 

湊ヨウコに返したタカトラは息をつくと、そそくさと逃げようとしているリョウマの首根っこを掴んだ。

 

「逃がさんぞ。我々大人にはやらねばならない仕事がある」

 

「えー、それはタカトラの役目で………」

 

「そもそも、お前がμ'sを巻き込んだりせず、私に相談なりすれば良かった話しなんだが?」

 

そう言いつつも、そんな事はしなかっただろうという確信があるタカトラではあるが。

 

大きな問題は終わったが、それで全て良しという訳にはいかない。

 

後始末という面倒な事も引き受けてやらなければならないのが、仕事というものなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

アルフに背負われて真姫がその場に辿り着いた時、ミツザネの姿のみだった。

 

ミツザネはごうごうと燃あがる炎の前にで立ち尽くし、ただそれを見つめている。

 

その炎は何なのか、正体は聞き出す前に鼻腔が教えてくれた。

 

「っ…………!」

 

普通なら滅多に嗅ぐことのない、嫌な臭い。

 

肉が焼ける臭い。

 

動物ではなく、もっともっと近しいものが燃え盛る臭い。

 

不意にミツザネの真横にクラックが開き、彼のバディインベスであるドラゴンインベスが出てくる。

 

その手には、黒塗りの帽子が。

 

アネモネとのデートで買ったという、思い出の品。

 

それを受け取ったミツザネは、間髪入れずに炎の中に投げ入れた。

 

「ミッ………!」

 

「いいんです」

 

振り向かずにミツザネは答える。何も言わないで欲しい、という意味を込めて。

 

「僕なりのけじめです」

 

「………そう」

 

そう言われてしまっては何も言えなくなるではないか。

 

真姫はミツザネへ近寄る事も、言葉も発さずに。

 

同じように、炎が消えて無くなる様をずっと見届けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にかデュークがいなくなっていた。

 

真姫を見送った直後に気付いた穂乃果達は、今にも飛び出しそうな凛を抑えるのも限界だったので、管制室を出る事にした。

 

黒の菩提樹の人間がまだ残っていた可能性もあったが、彼の安否を確認したいという想いは8人が全員同じだったのだから、致し方ない。

 

素人なりの最大限の警戒をしながらエレベーターに乗り込み、いつでもインベスを召喚して応戦出来るよう構えながら1階へと降り立った。

 

「なっ…………!」

 

降り立って真っ先に広がってきた光景に、穂乃果は絶句を漏らす。

 

それは戦闘の跡地だ。言葉にすれば簡単で、穂乃果達も何度か目にした事がある。

 

だが、その酷さは今までに例を見ないほどだ。破壊された施設を見ただけで、どれだせ壮絶な戦いが繰り広げられていたのか容易に想像出来るほどに。

 

「これは………」

 

「アキト……!」

 

凄まじい光景に海未が瞠目するが、その隣で駆け出そうとする凛を希が抱きとめた。

 

凛と花陽の幼馴染みにして、μ'sの仲間である啼臥アキトが暴走インベスを惹き付ける為にわざと残った。デュークの話しでは無事に避難したというが、それでも元気な姿を確認するまでは安心は出来ない。

 

「アキト、どこ………!」

 

「凛ちゃん、落ち着いて!」

 

拘束を振りほどいて走り出しそうな凛をことりが宥める。

 

しかし、同じ幼馴染みでも花陽は慌てることなく、静かに周囲を見回していた。

 

「花陽?」

 

「…………アキト君って体力ないし、太ってるよね」

 

「……………う、うん?」

 

突然、毒を吐き出し始めた花陽に全員が目を丸くする。

 

「それは、まぁ……」

 

一昨日のテストの先ほどの移動でのやりとりを思い出したのか、海未が頷く。

 

「で、来た地下トンネルはインベスには気付かれてないと思うんだ。もし、そこに攻め入ってたらあのドアが綺麗なままなんてありえないし」

 

そう言ってびしっ、と花陽が指さしたのは穂乃果達がこのビルへ忍び込むのに使用した地下トンネルの出入口だ。来た時は気にする余裕もなかったのだが、今見るとキィキィと音を立てて開放されていた。

 

「アキト君の事だから、どうせ遠くまでいけないから同じ場所に留まってると思う。で、連日の疲れからか黒塗りの高級車にはぶつからずに寝ちゃうはず」

 

「花陽、何を言っているの……?」

 

「かよちん、アキトの事になるとテンションが可笑しくなるからひとまず聞こう」

 

絵里の言葉に焦りを出していた凛も落ち着いて口添えすると、取り敢えず全員が耳を傾けた。

 

「あの扉が音を立てて動いてるって事は、きっと私達が降りてきた前に起きて、どうせなら驚かせてやろうってあの芝生の裏に隠れてる」

 

花陽が扉から近くの芝生に指を移すと、がさりと不自然に揺れた。

 

「………………………………」

 

まさかの的中か。

 

穂乃果達が言葉を失っていると、花陽は正面ゲートを指示す。

 

「で、今指摘されて、覗かれたら困るから気配を殺しながら移動をする。例えば、そう……後ろの開いた窓から外を回って動かなくなった正面ゲートくらいに」

 

すると、正面ゲートからギクッという気配が響いた。

 

なんというか、わかっているならもういっそのこと出てくるように促してしまえば、お涙頂戴の感動的な再会になるのではないか。というか、もう感動もへたっくれもないので、先ほどまでの慌ててた時間と汗を返してほしい気分だ。

 

半目になりながら穂乃果が振り向いてみると、海未とことりも同じことを思っていたのか呆れた風のため息が吐き出された。

 

「で、向こうは負けたくないからゲートから離れて反対の窓から侵入しようとしてる」

 

ガタッ、と焦ったように立っていた植木が倒れ、いよいよ穂乃果達はため息をついてしまう。

 

「は、花陽ちゃんってアキト君には本当に辛辣だね………」

 

「アキトのコントロールに関してはかよちんの右に出る者はいないにゃ」

 

「怒ってるもん」

 

淡々とした言葉に、穂乃果はまじまじと花陽を見た。その瞳は大きく震え、言葉を発さない以外は口が一文字に強く結ばれている。

 

強く結ばなければ、きっと感情が放流するように流れ出してしまうから。

 

「私だって、凛ちゃんと同じくらい心配して、ハラハラして、怒ってるもん」

 

それは紛れもない心の吐露だった。ずっとずっと、凛が表立っていてそちらに目が行っていたが、花陽だって心配だったのだ。

 

心配じゃないはずがない。花陽もまた、アキトの幼馴染で大切な友達なのだ。

 

それっきり、花陽は何も言わずに俯いて肩を震わせてしまう。

 

「かよちん………」

 

凛は居た堪れなくなったように、親友の肩を抱いた。

 

「……………で」

 

にこは息をついて、しんみりとした空気に遠慮なく言い放った。

 

「あのバカを引きずり出さないことにはどうにもならないんだけど?」

 

「凛ちゃん!」

 

「任せるにゃ!」

 

俯いていた花陽がばっと顔を上げると、凛が瞳を輝かせて駆け出した。

 

同時に正面ゲートからばっとアキトが飛び出す。その走る姿に怪我をしたという様子はなく、元気な姿は文字通り無事そのものだ。

 

「……………なんだか」

 

「うん…………?」

 

ぎゃーぎゃーと走り回る犬少年と猫少女を苦笑を浮かべて眺めながら、ふと穂乃果の呟きに海未が首を傾げる。

 

「秋葉に戻ったみたいだね」

 

「……………そうだね」

 

練習の合間によく見る風景。

 

アキトが煽って、凛が追いかけて、真姫に叱られて、花陽が優しく見守る。

 

時折それが違うメンバーになる。コウタが煽って、穂乃果が追いかけて、海未に叱られて、ことりが優しく見守る。

 

そして、希が煽って、にこが追いかけて、絵里に叱られて、本人は否定するだろうがカイトが優しく見守る。

 

そんなほんの1週間前まであったはずの光景が目の前にあって、それをとても懐かしいと思うのはそれほどまでに濃密な時間をこの場所で過ごしたからだろう。

 

かつての生活が霞んでしまいそうになるのも、思い返してみれば仕方のないことだ。生まれて体験してきた中で、本当に何度も死にそうになったのだから。

 

その時、正面ゲートの方からエンジン音が聞こえてきて、全員が注視する。

 

入ってきたのは2台のバイク。

 

サクラハリケーンとローズアタッカー。

 

それを操るのは、

 

「あ……………」

 

「えっと、なんつーか普通にピンピンしてるのな」

 

「どこでも騒がしい奴らだ……………」

 

ヘルメットを外して顔を見せたコウタとカイト。

 

呆れた風の2人を見た途端に、穂乃果の視界が歪む。

 

怪我などではない。原因はわかっている。

 

「コウ、タ君………」

 

「カイト……………」

 

2人がどんな表情をしているのか、穂乃果にはわからない。

 

涙で歪んでしまった視界は、その顔を正確には映してくれない。

 

「みんな!」

 

さらに頭上から、声が響く。

 

涙を拭って顔を上げると、3階のエントランスからミツザネと真姫が手を振っているのが見えた。

 

それは全てが終わった事を意味し、元に戻った事を示してるように思えた。

 

だから。

 

「……………おかえり!」

 

精一杯の笑顔と言葉で、穂乃果達は戻ってきた日常を迎え入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い長いライブが終わった。

 

明かされない傷を抱えたまま、

 

それは陽を見ることない未来へと突き進むことになる。

 

 

 

 

 


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