ラブ鎧武!   作:グラニ

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絶望の中でこそ、


笑って不安を吹き飛ばそう!



48話:火花散らして ~救世主と公爵~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インベスの暴走により、観光に訪れていた者達は軒並み避難シェルターに押し込まれるように誘導された。

 

島を管理しているユグドラシルの方も混乱しており、かなり不足かつ最悪な事態である事はただの観光客である人々にも自然と伝わった。

 

避難シェルターに押し込められて、1日が経った。

 

ここには数え切れないほどの人数が避難させられた。人種、性別はもちろんこと、家族と離れ離れになった者達だっている。

 

細々と耳を立てれば帰りたい、や家族の名前を呟く声が聞こえてくる。

 

そんな声を聴きながら、ずっと蹲っている男がいる。男も家族と一緒にこの島に観光でやって来たのだ。

 

妻と息子はショッピングに出かけ、一緒に行こうと誘われたのだが疲れもあって男は断った。しかし、いざ1人になってみるとそれはそれで寂しい気持ちになり、合流しようと街へ出たのだ。

 

そこでインベス騒ぎに巻き込まれ、家族と離れ離れで避難シェルターに押し込まれた訳である。

 

いつまで続くのだろうか。この島にはアーマードライダー部隊が滞在しており、こういった有事の際には速やかに動いて解決するのが役目のはずではないのか。

 

そんな憤りを感じている時だ。

 

轟音と共にシェルターが揺れ、悲鳴が上がる。

 

そして、男が顔を上げると、封鎖されていた入口が破壊され、複数のインベスは侵入してきていた。そのいずれもが敵意や殺気を漲らせ、こちらを良き隣人としてではなく狩るべく家畜程度の認識しか持っていないという事は誰にでもわかった。

 

「そんな…………!」

 

絶句と共にシェルター内を恐怖が支配する。

 

倒れる、押し込むも関係なしに我先にと奥へ詰め寄るが、元々収容制限一杯の人数がいたのだ。すぐにすし詰め状態となり、逃げ場のない状況となってしまった。

 

じりじりと、インベスが迫ってくる。爪を振り上げながら、いつでも人間を狩れると言わんばかりに。

 

 

Ladies and gentlemen(紳士淑女の皆さま)!』

 

 

突然、シェルター内に場違いなアナウンスを報せる音と共に声が響く。それは年若い少女のもので、流暢な英語だったが普段から使っているのではなく、例えば日本人が喋る英語のようだった。

 

何事だ、と誰もが顔を上げると備え付けられたモニターに映像が映し出されていた。ピンク色の飛行機が飛行場をゆっくりと歩く映像だが、外装は正式なものではないと一目でわかった。外装にはハートなどの可愛らしい模様で彩られており、何かのラッピングである事は明白だ。

 

目の前にインベスに迫られているというのに、場違いすぎる映像に男だけでなく誰しもが目を奪われていた。

 

 

『Please enjoy a song of μ 's which blows anxiety and the grief《不安や悲しみを吹き飛ばすようなμ'sの曲をお楽しみください》!』

 

 

そして映像が切り替わり、飛行場に設置されたステージのような場所が映し出される。

 

そこに立つ9人の少女。鳥をイメージしたような羽根飾りに水色のスカーフを巻き付けて、白い衣装に身を包みこんだ少女達。どこにでもいそうなただの少女達の佇まいは、まるでアイドルのようだった。

 

そして、曲が流れ始める。その有り様はまさしくアイドルのライブだ。

 

「………………μ's」

 

誰となく呟く。誰、と名も知らぬ誰かが尋ねる。

 

「スクールアイドルって日本で人気の女の子達さ。その中でも注目されてる新星………こんな所でお目に掛かれるなんてな」

 

スクールアイドル。男は聞いた事なかったが、その名の通りアイドルという認識は間違いないのだろう。

 

流れ出す曲はアップテンポな上に、日本語が主に使われたものだ。日本文化に疎い男にはどんな歌詞なのかもわからなかった。

 

だが、見てるだけで少女達の動きは可愛らしく、まるで励まされているような気持になった。

 

場違いだったが、男だけでなくその場にいた誰もが釘付けになっていた。

 

「……………?」

 

不意に男は違和感に気付く。暴走したインベスがいたはずなのに、どうしたのか。

 

目を向けると、そこには男達と同じようにモニターに釘づけになり、楽しそうに身体を揺らしているインベスがいた。

 

「どういう、事だ…………?」

 

暴走していたインベスには敵意はなく、まるでライブを楽しんでいるようだ。

 

「い、今の内に…………!」

 

誰が言い出したのかわからないが、インベスがモニターに気を取られているうちに別のシェルターへ避難すべく走り出した。

 

9人の少女達のおかげで、男達は命を救われた。

 

μ's。神話の歌の女神のごとく、その9人の少女は本物の女神のように男には思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

##########

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歌が響く。楽し気で明るい、それでいて不安や緊張が見え隠れしている歌が。

 

それを聞いて啼臥アキトは、アーマードライダーデュークは仮面の下で細く笑む。

 

死亡フラグ満々で別れたのでちゃんとライブが出来るか不安だったが、どうやら立ち直ってくれたようで何度の息を漏らす。

 

ユグドラシルイーヴィングル支部ロビー。

 

μ'sを見送り、変身したデュークに暴走インベス達は殺到したが、その結果は殲滅の2文字と言ってもいい。デュークの性能は従来のアーマードライダーのそれを上回っているのだから、数だけで押されたとしても負ける道理はない。

 

「……………さて」

 

ソニックアローを杖のようについて弄びながら、デュークは足音を聞きつけて顔を上げる。

 

入口に、1人の男の姿を認めた。

 

「……………まさか、君がそのドライバーの持ち主だったとはね」

 

狗道クガイ。

 

黒の菩提樹の党首が、相変わらずテクスチャを貼ったような無表情で佇んでいた。

 

「やはり、君は私の世界を理解してくれないか」

 

「あぁ、あの時言った通りだ。アンタの理想なんかクソ喰らえだ」

 

あの時のようなおちょくる訳でも、力説する訳でも、何でもないように告げる。まるで世間話をするかのような感覚だが、デュークが熱に浮かされる事はない。

 

ゆっくりと歩み寄りながら、上を見上げた。

 

「まさか、あの子の他にインベスに影響を及ぼす声を持つ者がいたとは、誤算だった」

 

μ'sの事を指しているであろう。この場にいた暴走インベスは全て倒してしまったから確認のしようがなかったが、外ではインベス達が沈静化していっているらしい。

 

友人の目論見が相成った事に笑みを浮かべていると、狗道は1人で納得したように言った。

 

「なるほど、()()の因子を持つ9人…………つまりは、彼女達がこの世界の()()()という訳だ」

 

瞬間。

 

アキトの胸奥が一気に冷え切る。μ'sのファンとして立つつもりでいたのに、半ば強制的に役割に引き戻され仮面の下で目を細める。

 

「……………お前、それをどこで?」

 

冷え上がるような声色で告げも、狗道はにやりと意味ありげな笑みを浮かべるだけだ。

 

「我々にもそれ用の情報提供者がいる」

 

「……………余計な手間が1つ増えた」

 

抑制のない声色で告げながらソニックアローを拾い上げて構えると、深呼吸を整える。ここで乱されてはいけない。乱されれば容易に役目に逃げ込もうとしてしまう。

 

デュークの葛藤の前で、狗道もまたロックシードを取り出す。

 

赤い、鮮血のような錠前。

 

「君も導いてあげるよ。私の理想の世界に、ね」

 

 

『ザクロ!』

 

 

『ブラッドオレンジ!』

 

 

あの時と同じように、通常とは異なる戦極ドライバーに2つのロックシードをはめ込みカッティングブレードをスラッシュした。

 

「変身」

 

 

『ソイヤッ! ブラッドザクロアームズ! 狂い咲きサクリファイス!! ブラッドオレンジアームズ! 邪ノ道オンステージ!!』

 

 

怨念の如き、重苦しい響きと共に狗道の身が変質し、アーマードライダーへと姿を変える。

 

アーマードライダーセイヴァー。

 

2日前、アキトを負かした偽りの救世主。

 

だが、今は2日前とは違う。

 

デュークが半ば半身になってソニックアローにいつでも手に掛けられるように構えると、セイヴァーもまたセイヴァーアローを構える。

 

一瞬、沈黙が降り立った。

 

「……………っ!」

 

動き出したのはセイヴァーが先だった。

 

掲げたセイヴァーアローからエネルギーの矢が打ち出され、デュークへと向かって投擲される。

 

身を翻しながら矢を避けたデュークはソニックアローを即座にセイヴァーへ打ち出す。セイヴァーも同じように身を動かして避けると、即座に撃ち返してきた。

 

デュークとセイヴァーの攻撃方法はほぼ同じだった。腕前も互いに同じで、矢を放っては避けて放つ。

 

そもそも、このロビーには互いに隠れるような物もなく、また広大だ。互いに矢を武器としているのならば、まず遠距離での攻防戦では拉致が明かないのは明白だった。

 

数十回ほどの撃ち合いの果てに、痺れを切らしたようにデュークが舌打ちと共にソニックアローの持ち方を変える。左手から右手へと握り直すと、一気にセイヴァーへ向けて肉薄した。

 

弓矢での勝負で決着が付かないのであれば、直接斬りかかるしかない。

 

そもそも、アキト自身に武芸の才はない。戦士としては未熟過ぎるアキトが戦いに勝つ為には、ゲネシスドライバーにより持たされる武器の性能差に頼るしかなかった。

 

セイヴァーは突然の行動に対しても動揺する素振りを見せず、矢先をしかkりとデュークへと向けて放つ。それを避けようとして肩の装甲に命中し、とてつもない痛みが走って一瞬で意識が飛びかけた。

 

「ぐっ……………!」

 

仮面の下で歯を食いしばって意識を繋ぎとめ、デュークは止めた足を再び前に突き出す。

 

眼前には、その一瞬だけで生み出されたセイヴァーが放った矢の幕が迫ってきていた。受ければ再び身体は止まり、的のように狙い撃ちされてしまう。

 

直線で向かうのは愚の骨頂。狙って撃ってください、と言っているようなものだ。

 

そんな簡単な事、アキトでもわかる。

 

だけど。

 

「関係、あるかっ…………!」

 

地面を蹴る。

 

撃ち合いではゴールが見えない。拮抗だけでは、目の前の敵を倒す事は出来ない。

 

拮抗していれば、いずれは終わる。友か、教師か、はたまた科学者か、傍観者か、強者か、先導者か。

 

その誰かが終わらせてくれる。

 

アキトはそれを眺めていればいい。スタジアムで行われている試合をホップコーンとジュースを持って観戦でもしているかのような高みの見物を決め込んで。それでゲームバランスが崩れそうになったのならば、整えるように手を加えて、また高みの見物。

 

それが今までのアキトだ。

 

けれども、それはもうやめた。

 

本当なら、もっと前に決めたはずだ。

 

役目ではない。

 

啼臥アキトとして、この世界で嘲笑う側ではなく足掻く側に立つと。

 

だから、ここで身を削らない戦いなどしたら、彼女達と。彼らと一緒に足掻く資格を投げ捨てるのと同じだ。

 

「っ……………!」

 

目前に迫る矢の幕。

 

否。

 

もはや矢の壁と呼ぶに相応しい弾幕に、半ばデュークは反射的にその行動を取った。

 

つまり、ソニックアローを投擲。ブーメランのように回転させて投げ付けたのだ。

 

エネルギーの矢の壁を崩すほどの力はなく、ほぼぶつかってどこかへ弾け飛ぶに終わった。

 

けれども、それは穴をあける程度には役目を果たした。

 

それでいい。穿つ点があれば、後はデュークの力次第。

 

「ぅぉぉぉぉおおおおおおおおおっっっ!!」

 

咆哮。

 

生まれてここまで声を荒上げた事はなかったかもしれない。

 

強く拳を握りしめて、一歩を踏み出す。

 

そして、その穿つべき点に向かって、拳を突き出した。

 

全身に矢が襲い掛かる。それはまさしく破壊の波。火花と痛みで視界は明暗し、悲鳴が身体から上がる。

 

だが、デュークは決して膝をついていない。立ち止まっていない。そのまま走り出し、再び拳を振り上げる。

 

そこでようやく、セイヴァーに驚愕の色が浮かんだ。

 

「おおおおおおおおおおおおっ!!」

 

熾烈な叫びと共にデュークの拳がセイヴァーの顔面に突き刺さる。茫然としていたのかセイヴァーは避ける事も防御もする事なく受け止め、そのまま吹き飛んで壁に激突した。

 

痛みで悲鳴が上がり、肩を上下させながら呼吸を荒くする。しかし、視線は決してセイヴァーが起こした砂埃から外さない。

 

「……………憐れな」

 

冷え冷えとした声が響き、セイヴァーが現れる。その手にはセイヴァーアローだけでなく、ブラッドオレンジのアームズウェポン、紅い大橙丸も握られていた。

 

「この世界に、そうまでして守る価値などあるのか」

 

「その価値を決めるのは、お前じゃない」

 

狗道クガイは言った。

 

インベスによりもたらされた悲劇は正しいのかと。

 

インベスがいなければ、起きなかったはずの未来があったはずだ。

 

そんなもの人によって異なるに決まっている。インベスによって悲劇を受けた人もいれば、同じように喜びを受けた人もいる。

 

同じなのだ。インベスがいようとも、世界にはその他にも理由のない悪意は多数に潜んでいる。

 

そして、それらは同じように牙を剥く。

 

「この世界には、懸命に生きている人々がいる。それぞれの価値に従って、今この瞬間をな。お前はその輝きを無碍にしようとしている。もしも、なんて幻想に今を潰そうとしているお前を…………」

 

デュークは睨み付け、震える拳を突きつける。

 

今、アキトが感じている感情を。

 

「俺は絶対に許さない!」

 

「……………ようやく」

 

セイヴァーの仮面の下で、にやりと狗道が笑った気がした。

 

「君も導こう。神の世界へ…………いや」

 

言葉を止めて、セイヴァーが構える。

 

「すでに君は、その領域に片足を踏み入れているのだったね」

 

「…………どこまで……!」

 

呻くように歯を食いしばりながら、デュークは駆けだした。ソニックアローは手元にない。探す暇もないし、探そうと視線を動かしただけで襲い掛かってくるだろう。

 

だから、デュークには真っ向からぶつかる他、術はない。

 

突き出した拳を受け流し、デュークの胸部をセイヴァーアローと大橙丸が斬り付ける。火花が散ってよろめくが、立て直す暇もなく連撃が襲ってくる。

 

ゲネシスドライバーによって生まれるアームズはソニックアローのみで、今のデュークは丸腰と同じだ。いかに基本的なポテンシャルに差で優位に立てたとしても、武器のあるなしは戦いにおいて大きかった。

 

「くっ…………」

 

「どうした。その程度か」

 

言葉の端々に強い敵意が滲んできている。デクスチャーのような無感情だった言葉に、どんどんと色が滲んでいた。

 

まるでュークを追い詰めている事に、嬉々としているようだ。

 

「……………舐めるなよ」

 

膝をついて見上げながら、デュークは嘯く。

 

「コウタさん達が来るまで………短い時間だけど、秋葉の街を守っていたのは俺だったって事をさ!」

 

 

『ソーダ! レモンネナジー・スカッシュ!!』

 

 

シーボルコンプレッサーを1回押し込んで、エナジーロックシードのエネルギーを解放する。それはセイヴァーを倒す為の破壊のものではなく、まったく異なったものだ。

 

瞬間、デュークの額に備わっている赤い水晶、ゲネティックシグナルが輝く。

 

直後、目の前に5つの影が現れる。それは映像のように揺らいで、人型となる。

 

全てが、アーマードライダーデュークの姿となったのだ。

 

「分身体か…………」

 

どこか感心したような声色でセイヴァーが呟く。

 

このような芸当が出来るのもデュークだけだろう。元々、これにはデータを収集、分析する機能は備わっていたのだ。それを応用したのが、この分身体の正体である。

 

「そんなもので…………」

 

「そんなものかどうか、味わってみろよ」

 

デュークの指示で分身体達がソニックアローを構えて、セイヴァーに斬りかかる。それは時折ザッピングしたように姿がぶれて、見るからにただの映像だと誰でも判別出来る。

 

映像ならば物理的な脅威はない。所詮、ホログラムの類なのだから。知能のないインベス相手ならば、目くらましには充分だが知能のある人間相手では意味はない。

 

そう安心しきっているセイヴァーは防御態勢を取る必要もないと言わんばかりに挑発の身を取る。

 

そんなセイヴヴァーに、分身体がソニックアローを振り下ろした。

 

にやり、とデュークが仮面下で笑う。

 

「……………何っ!?」

 

セイヴァーの呻きと共に火花が散った。ただの映像と思っていた分身体が振り下ろしたソニックアローはセイヴァーの胸部装甲を切り裂き、物理的なダメージを与えてきたのだ。

 

迎え撃つ構えをしていなかったセイヴァーに、次々とデューク分身体が斬りかかり確実にダメージを与えていく。

 

「馬鹿な………実態のある分身体だと!?」

 

「おたくら宗教が大好きな秘術ってやつだよ」

 

その隙にソニックアローを拾い上げたデュークは、バナナロックシードを取り出すと取り付ける。

 

 

『ロックオン』

 

 

弓の構えをして、エネルギーが集まっていく。

 

 

『バナナ・チャージ!!』

 

 

放たれた矢がセイヴァーを捉えると、いくつものバナナを思わせる黄金色のエネルギーが床から生え出て拘束するの檻となって押し込んだ。

 

「ぐっ……………!」

 

脱出しようとセイヴァーが足掻いて見せるが、それを許すつもりは毛頭ない。時間を賭ければすぐに拘束は弾け飛んで自由の身となってしまうだろう。

 

それよりも早く、ゲネシスドライバーのシーボルコンプレッサーを2回押し込んで全エネルギーを解放した。

 

 

『レモンエナジー・スパーキング!!』

 

 

全エネルギーが右足へと集まっていき、デュークは高く跳躍する。そのまま右足を突き出しキックの体勢に入ると、全身に黄金の輝きを纏わせて突撃した。

 

「セイヤァァァァァァァッ!!」

 

ライダーキック。全てのライダーに等しく存在する、正義の矢が身動きの取れないセイヴァーを貫いた。

 

それは拮抗する事なくセイヴァーの肉体を過ぎ、床に火花と轍を残してデュークは止まる。

 

「………………」

 

そして、背後で爆発が上がりセイヴァーの存在はこの世界から消え去った。

 

大きく息を吐いてデュークは立ち上がり振り返す。床に残る火の手を見つめながら、思わず手に目を落とした。

 

「……………妙だ」

 

静かに呟いて、火の手を凝視する。手ごたえはあった。確実に倒したと確信をもって頷ける。

 

それでもどこか納得がいかないのは、ライダーキックが直撃する寸前で狗道クガイが笑った気がしたのだ。それと散り際が呆気ない事にも解せない。

 

「…………とにかく、凛達に黒の菩提樹達が近づかないように………………」

 

「その必要はないさ」

 

言葉が響いて瞠目して振り返る。

 

しかし、行動を起こすより先に振り抜かれた剣に切り裂かれ、デュークの視界を炎が埋め尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

襲い掛かってくるインベス達を大橙丸で薙ぎ払いながら、アーマードライダー鎧武は無双セイバーのバレットスライドを引いて弾丸を装填すると、襲い掛かろうとしてきたインベスに向かって速射した。

 

よろめく隙をついて大橙丸と無双セイバーを連結させて無双セイバーナギナタモードを構えると、乱雑に周囲を切り裂く。

 

「だぁぁっ、もうどんだけいるんだよ!?」

 

「話しを聞いていただろう」

 

喚き散らす鎧武をしり目に、アーマードライダーバロンはバナスピアーを振るう。しかし、その内での心底も同じくうんざりとした感じだった。神田でも多くのインベスと戦ってきたが、まるでゲームのようなザコ駆除戦闘はした事がなかった。

 

今はまだ余裕でも、どちらも病み上がりの身体ではある。普段のような調子で戦っていたら、すぐに体力の限界が訪れるだろう。

 

「話しは聞いたって掻い摘んでだったし、ぶっちゃけ今でも取りあえず戦ってるだけだよ!」

 

「まったく…………」

 

切り払いながらバロンは息をついて自分なりにかみ砕いた話しをしてやろうとした矢先、別の気配を感じた。

 

それは海の方から滲み出るように感じ取れ、思わずそちらを凝視してしまう。

 

そこにいたのはイカンイベスの他にも上級インベス達がゆらりと何かに腕を伸ばしている。

 

それは、ヘルヘイムの果実だ。見れば小さくクラックが開いており、偶然というか都合がいいというか、間が悪い事にヘルヘイムの植物が伸びてこちらの世界に出てきていた。

 

「葛葉!」

 

「あっ、やばっ………………!」

 

バロンの声にはっとなった鎧武が振り向き、焦ったような声が轟く。しかし、すでにインベス達は果実を手にして、むしゃぶりついていた。

 

ほどなく、翡翠色の閃光が弾ける。それは巨大化していき、光が止んだ時にそこにいたのはシカインベスにセイリュウインベス、ライオンインベス、コウモリインベスといった上級インベス達のさらにその先の進化態へと成り果てていた。

 

「ちぃっ、面倒な……………!」

 

はっきりとした舌打ちと共に襲ってきた初級インベスを払い、シカインベスが巨大な拳を振り下ろした事に気付きその場から飛びのく。

 

轟音と共に地面が割れるが、振り下ろした腕に飛び乗るとそのままシカインベスの顔面をバナスピアーで突き出す。

 

つんざくような声が上がり、嫌がる様にシカインベスが震えバロンは飛び上がって逃げた。

 

それを見た鎧武はふと、少し離れた所にヘルヘイムの果実が落ちている事に気付いた。それを奪おうとインベス達がゆっくりと歩み寄っているのも確認して、地を蹴る。

 

「させるかよ!」

 

インベス達を背後から斬りつけて蹴り飛ばし、鎧武はヘルヘイムの果実を2つむしり取る。

 

戦極ドライバーを装着した状態でヘルヘイムの果実を手にすると、それはロックシードへ変質する。戦闘中の切羽詰った現状でもそれは変わらず、果実は錠前へと変化する。

 

「これは…………!」

 

どのロックシードになるかは誰にもわからない。クジを引くような形で、レアなものが出れば普通のが出るときもある。確率は当然、ランクの高いものの方が低かった。

 

そして、鎧武は引き当てたロックシードを見やってから、シカインベスに苦戦しているバロンを見やった。

 

散々戦ってきた相手だからか、バロンは余裕な体裁きで攻撃を避けると、シカインベスの巨大な身体にバナスピアーを突き刺す。

 

「おぉっ…………!」

 

そして、あろうことに片腕だけで巨大な進化態であるシカインベスを持ち上げたのだ。

 

そして、空いた片方の腕でカッティングブレードを1回スラッシュして、エネルギーを開放する。

 

 

『カモンッ! バナナ・スカッシュ!』

 

 

突き刺さったシカインベスを串刺しにするように、巨大なバナナを模したエネルギー刃が発生する。当然、内部からそれを受けたシカインベスは一瞬にして無残な肉塊へと変貌し、塵と消えた。

 

「…………馬鹿力」

 

「なんだ?」

 

「これ使え!」

 

ぼそりと呟いた言葉が聞こえていたらしく、ばつが悪そうにしながらも鎧武はロックシードの1つを投げ渡す。

 

それを受け取ったバロンはロックシードを見やり、鼻で上機嫌に笑った。

 

「いいのを引き当てたな」

 

「なんか、こういう所で無駄な運を使った気がする」

 

そう言いつつも、この場でこれを引き当てられた事は幸運だ。一度きりの使い捨てではあるが、頼もしいものはない。

 

2人の戦士は同時に錠前を解錠し、今使用しているものと交換した。

 

 

『『スイカ!』』

 

 

頭上に巨大なクラックが出現し、アーマーパーツが現れる。

 

それはオープンキャンパス字に見せた通常とは異なるアーマーパーツだ。

 

 

『ソイヤッ!』

 

 

『カモンッ!』

 

 

カッティングブレードをスラッシュすると同時に、インベス達が本能で危険なものだと察したのか襲い掛かる。

 

鎧武は後ろに落下したスイカアーマーパーツに乗り移る様にバク転しながら入り込み、バロンも落下してゴロゴロと転がりながらインベス達を引き倒していくアーマーパーツに飛び込むように装着する。

 

 

『『スイカアームズ! 大玉ビックバン!!』』

 

 

スイカロックシードにより纏ったスイカアームズは、通常のアームズとは異なり巨大だ。動きは緩慢になってしまうが、それを補って余るほどのパワ^と耐久性を誇り、その力は進化態と戦うには充分な力になってくれるものだった。

 

「行くぜ!」

 

「フン…………」

 

 

『ヨロイモード!』

 

 

『ジャイロモード!』

 

 

鎧武が空中戦に適応したジャイロモードに変形させて飛ぶと、高く舞い上がりながら砲撃を開始する。

 

その隣ではバロンが戦闘に対応する為にヨロイモードへと移行させ、手元にスイカを切り取ったようなスピアを召喚するとインベス達を薙ぎ払い始めた。

 

「やっぱいつ見てもそれ、スイカバーだよな……………」

 

「黙っていろ!」

 

鎧武に叱責を入れて、スピアを振るう。

 

そうしているうちに響いて来る歌声を聞きつけて、そっと仮面の下で笑みを零す強者だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凄まじい痛みとともにデュークは蹲り、信じられないように顔を上げる。

 

「なんで…………!?」

 

確かに手応えはあった。

 

撃破したはずだった。

 

なのに、どうしてそこにいる。

 

「信じられないか?」

 

セイヴァーアローを振り上げたアーマードライダーセイヴァーはそう笑みをこぼしながら、カッティングブレードを1回スラッシュした。

 

 

『ブラッドザクロ・スカッシュ!! ブラッドオレンジ・スカッシュ!!』

 

 

セイヴァーアローの刃に赤い闇がまとわりつき、それは無情にも切り裂かれる。

 

その一撃を疲弊したデュークに受け止める力はなく、禍々しい光と共に吹き飛んだ。

 

「ぐ、ぁぁぁぁぁぁぁっっ!」

 

絶叫。

 

今まで受けた事のないほどの痛みがアキトの全身を駆け巡り、床を無様に転げのたまわる。

 

それでも辛うじて意識を切らすまいと必死に意識を集中させ、震える瞳をセイヴァーへと向けた。

 

「なん、で…………」

 

先ほどからそれがアキトを支配していた。確かにたった今倒したはずの相手が、再び立っている。上手く避けた、とは考えられない。それが出来るような状況でもなかったし、逃げれたとしても無傷でいられるはずはない。

 

謎の塊であるはずのアキトが、理解出来ないものに襲われる。何とも滑稽な図が出来上がってしまっているが、アキトには歯噛みする事しか出来ない。

 

「理解出来ないか? 当然だな。世界を理解しようとしない者は世界に捨て置かれる」

 

「お前…………!」

 

「言葉を論じている暇はないのでね。さようならだ、啼臥アキト君」

 

セイヴァーはゆっくりと歩み寄ってきて、セイヴァーアローを振り上げる。アキトにはもはや動けるのほどの力は残されていない。元々、無茶な身体をラブカストーンの力で補っていたのだから、すでに身体は死に体だった。

 

眼前まで迫った偽りの救世主が刃を振り下ろす。

 

「へぇー、それがエナジーロックシードを使って変身するゲネシスドライバーか………名称は仮称だし、まだ設計段階のものだけど私が考えるのとうり二つだね」

 

刃が寸前で止まる。

 

セイヴァーアローを引いて変身を解いた狗道クガイは、ゆっくりと声のした方へと振り向いた。

 

アキトも身体を起こしてその人物を視界に入れた瞬間、瞠目してしまう。

 

「なっ…………」

 

「やぁ、アキト君。大丈夫かい?」

 

変身解除で吹き飛んだレモンエナジーロックシードを拾い上げながら、相変わらず無邪気な笑みを浮かべた戦極リョウマがビルの窓際に立っていた。窓の外には上から吊り下げたロープらしきものが揺れており、そこから降りてきたらしい。

 

「どう、やって…………!?」

 

リョウマはμ's達のライブサポートをする為に上へと上がったはずだ。それもかなりの高さがある上層階からロープを使って降りてくるなどほぼ不可能のはずである。

 

「学生時代、ヨウコに山へ連れて行かれる事が多くてね。タカトラやシドと一緒について行ったら自然と出来るようになったよ」

 

まぁ、もちろん4階くらいまでエレベーターで降りてからだけどね、と付け加えるリョウマ。いや、だったら最初からエレベーターで降りろよ、という力なく突っ込みたい衝動に駆られるも体力の無駄なのでやめておく。どうせ面白そうから、という理由に決まっている。

 

アキトの表情から察して説明をしたリョウマは、くるくると指先でレモンエナジーロックシードを弄びながらようやく黒の菩提樹党首にして元同僚へと目を向けた。

 

「狗道クガイ…………」

 

「久しぶりだな。戦極リョウマ」

 

はっきりと、狗道の表情に感情が宿る。

 

それは歓喜だ。まるで熱に浮かされたように頬に生気が宿り、口が饒舌に動く。

 

「また会えて嬉しいよ。貴方の研究は世界に貢献しているようで何より。流石は戦極リョウマだ」

 

「何故、再び私の前に現れた。こんなものまで送りつけてきて」

 

そう言ってリョウマがポケットから取り出したのは、ロックシードの残骸だ。赤いキャストパットに何かの意匠が施されたようだが、もはや元が何なのかわからなかった。

 

「これは私が最初に作ったロックシード。その残骸だ…………もっとも、使い物にはならない失敗作だけれどね」

 

アキトの表情を完全に読み取った上で、説明するように喋るリョウマ。それはさながら、舞台を眺めている観客のオーディエンスに答える役者、または語り部のようだった。

 

「これが、μ'sに仕事を依頼する前……つまり、夏の前に私の元に届いた。それだけで、狗道クガイが私に接触を持ちかけようとしているとわかった」

 

「……………待て。どうしてμ'sが出てくる?」

 

「音ノ木坂学院の強襲に失敗した志木が黒の菩提樹に身を寄せた、という情報は耳に入っていたからね。大方、μ'sを襲撃しろ、とでも言われたんだろう。資金援助の見返りに」

 

突然の言葉に、アキトは瞠目する。志木が黒の菩提樹に絡んでいた、というのは昨日錠前ディーラーシドからもたらされた情報であり、誰も事前に知らなかったはずだ。

 

「まさか、それを知ってμ'sをこの島に!?」

 

「この島は閉鎖空間だ。活動している範囲が狭い上に、アーマードライダー達が密集している。防衛にはうってつけだと思ったんだ。まっ、結果的に追い詰められている以上、それは私の敗北だ」

 

この島に在住しているアーマードライダーの数は膨大で、確実に神田よりも多い。一か所にとどまっている、という環境を考えれば守りは確かに易々と崩されるようなものではない。

 

無論、リョウマが言うように現状で崩されている以上、その判断は失態だった訳だが、こうなるなど誰が予想出来ようか。

 

「もちろん、μ'sはついでだ。彼女達の声には非常に興味深いものを覚えたが、今はさほど好奇心は擽られないよ」

 

そう告げて、狗道はアキトから離れてリョウマへと手を差し出す。

 

「私は貴方を導きに来た。神へと至る世界へと」

 

「………………何?」

 

リョウマが眉を潜めると、うっそりとしたように狗道の口元に笑みが浮かぶ。

 

「これまでの数々の研究………素晴らしい。あの頃の私は、非人道的だのと論理に急かされて目を曇らせていた。だが今ならわかる。世界を救うには貴方の力が必要なのだ」

 

言っている事がちぐはぐだ。そもそも、会話を聞いている限りでは、リョウマの研究に狗道は反対していたが、それは間違いだったと謝っているというのか。

 

「おい、俺は外野かよ………」

 

「そもそも、狗道クガイという人間は今や存在しない。初めてのロックシードを使った実験で肉体もろとも消滅したはずだからね」

 

ロックシードの残骸を弄びながら、軽々しくとんでもない事を言い出すプロフェッサーにアキトは虚を突かれたように固まる。

 

だが、それは1つの仮定をアキトにもたらす事になる。

 

「まさか…………!?」

 

「どうして消滅したはずの君がここにいるのかわからないが、君は非常に不愉快な存在だ。初めて会った時から、ずっとね」

 

愕然としたアキトの呟きは聞こえなかったのか、リョウマは強く怒りの籠った瞳で狗道を睨み付ける。その視線すらも嬉しいように不気味な笑みを崩さずに、その姿を赤い霧のようにして掻き消す。

 

人間をも超える所業に、さしものリョウマも驚く。

 

「戦極リョウマ、貴女が導いたのだ。私をさらなる世界へと」

 

声の返答は、少し離れた場所からあった。

 

見れば赤い霧が集まり人の形となり、狗道となった。

 

「…………!?」

 

「………………やっぱ、そういう事かよ」

 

1人で納得したように呟きながら、アキトが立ち上がる。リョウマからどういう事だ、という目を向けられたアキトは、憶測を交えながら話した。

 

「こいつは、すでに死んでいる。人間ではなく、もっと上の次元の存在となったんだ」

 

手応えがあったのに、再び狗道クガイは姿を現した。それは間違いで、倒してなどいなかったのだ。

 

アキトが瞠目したのは、リョウマが実験で人を殺した、という点ではない。肉体が消滅した、という点だ。

 

肉体とは人間をこの世に留めておく為のいわば器だ。そこに魂、といったものが入っていてこそ人間はこの世界に存在し続けられる。

 

実験に失敗して肉体が消滅する。木っ端微塵となって肉塊と化すのではなく、跡形も消え去るという事はこの世界からはじき出されたという事。

 

別世界か、それとも人が認識できるこの次元よちさらなる高い地点へと昇華したか。狗道クガイは後者だった訳だ。

 

「アキト君の言う通りだ。呉島アマギ氏の命により、ロックシードの起動実験に参加した私は、あの日に死んだ。少なくとも、人間としては」

 

再び姿が消え、今度は2階の突き抜けのホールに現れ、アキトとリョウマを見下す。

 

「肉体を失った私は、より高位な存在へと生まれ変わった」

 

しゅん、と音もなく消えて、今度はアキトとリョウマと三角形になるような場所に背を向けて現れ、ゆっくりと振り向く。

 

「私の目的は復讐ではない。私は貴方を試したのだ」

 

試す、という言葉にアキトは思いつく。この地獄を、この惨劇を。

 

「一見してμ'sを巻き込むようにして起こっている事件が、本当はプロフェッサーに与えた試練だと………」

 

「無論、黒の菩提樹としての目的もある。あくまでこれは私の個人的な目的だ」

 

アキトの嘯きに、顔だけ向けて答えてくる。

 

「君には言った。インベスの完全なる世界………ありえたかもしれない悲劇を防ぐ、というのは人々を従わせる為の方便といった所か。神には供物が必要であり、また人望も必要だ」

 

アキトは胸中で思い返す。ヘルヘイムの森で遭遇したグリドン達が語った悲劇を。

 

世界に反旗を翻すにはちっぽけな理由。他者をも思わない自分勝手な復讐心。

 

けれども、それでも彼らに降りかかった悲劇は紛うことない本当の悲劇で、心の底から悲しんでいた。

 

そんな彼らに救いの手を差し伸べたのが、目の前の男だ。

 

だが、それはまやかし、偽りの救いだった。

 

アキトの胸奥で、不必要に心臓が跳ね上がる。拳が無意識のうちに握られ、身体の芯が巻をくべられたかのように熱くなる。

 

「お前……………!」

 

「私の与えてきた試練を、貴方はことごとく乗り越えた。そして、確信した」

 

アキトの怒りを無視するようにリョウマへと視線を向け、そっと手を差し伸べる。まるで、共に歩もうとする同胞を迎えるように。

 

「私と共に来い。戦極リョウマ」

 

神へと至る道は険しく、決して1人では辿り着けるものではない。それには供物以外にも、力を携えてくれる仲間の存在が必要だ。

 

狗道クガイの目的はそれだった。戦極リョウマの研究という力を取り込み、自らを神へと昇りつめてインベス、そして人類を支配する。

 

自らが支配した世界。それこそが救済。

 

自分勝手で、宗教の党首らしいつまらない目的。

 

「私は神となり、世界を救済する。その為には貴方の力が必要だ」

 

狗道の言葉を受けて、リョウマはなるほどと思案する。

 

今度は、アキトの方へと手を伸ばしてきた。

 

「アキト君。君も一緒に歩もうじゃないか。同じ仲間が増える………独りぼっちは寂しいものだろう?」

 

「……………独りぼっち、ね」

 

答える訳でなく、そう嘯きながら鼻を鳴らす。

 

「貴方の目的は神を生み出す事だ。私ならそれが叶える事が出来る………呉島タカトラには無理な話だ」

 

確信を持ったような、甘い甘い導きの言葉。

 

だけど。

 

「冗談はよしてくれ。三流の分際で」

 

リョウマの一言が、それを打ち砕く。

 

「アキト君。今の勧誘を聞いて、共に歩こうと思ったかい?」

 

「はっ………んな安い誘いに乗るかよ」

 

自然とアキトは足をリョウマへと向ける。まるで、2人と狗道の間には決して超えられない巨大な溝がある、とでもいうかのように。

 

「独りぼっちは寂しい、だと? 勝手に俺を独りだなんて決めつけてんじゃねよ」

 

アキトは今まで、一度たりとも独りなどと思った事はない。役目を引き受けたが故に、確かに誰にも言えないような秘密を多く抱えてしまい、それに悩む事はある。今回の事件では、それが最たるものだった。

 

けれども、一人であると思った事はあっても、決して独りだとは思ったことはない。

 

独りとは孤高だ。誰にも理解されず、誰も理解しようとはしない。まさしく狗道クガイのように。

 

だが、アキトは独りではなく一人だ。自分の失敗で手を放してしまったが、運命は再び巡りその手を掴めた。そう信じていたから、あの猫娘の手を掴む事が出来たのだ。

 

「俺には凛が、かよちんが、ミッチが、真姫が…………μ'sやチーム鎧武のみんながいる。お前のように差し伸べられた手を突っぱねるだけの、コミュ障とは違うんだよ」

 

ぶっ、と隣でリョウマが噴き出した。その言い方がつぼに入ったのか肩を震わせるが、アキトとしてはなかなか重要な事を言ったはずなのに、何故笑うとジト目を向けた。

 

「流石はアキト君だ。だが、馬が合うね………同意見だよ」

 

しきりに肩を治めると、狗道を睨み付ける。

 

「タカトラの事は残念だよ。彼は私の理解者ではなかった………今となってはただの邪魔者でしかない」

 

そう告げて、作った表情に、アキトは心底驚いた。今日は何度も驚愕し、瞠目し、驚いたがこれは最大級だ。

 

口元を優しく緩め、微笑みを作っているリョウマは言う。

 

「と、言ってただろうね。以前の私なら」

 

今度こそ、アキトは心臓が止まるのではないかと思うほどに驚いている。何せ、あの変人狂人外道衆という言葉がピッタリなマッドサイエンティスト、プロフェッサーリョウマが他者をいつくしむよう優しい笑みをしているのだ。

 

作っているのはなく、心の底からの感情であるというのは、おそらく誰でもわかるほどに。

 

「確かに私は神に至る道を探していた。戦極ドライバーも、ロックシードも、ヘルヘイムの森もその過程の研究成果でしかない」

 

だがね、と区切って、

 

「完全な存在や全知全能の神になったとして、何の意味がある?」

 

狗道クガイの表情が驚愕から真摯に受け止めている顔つきになる。それは党首ではなく一人の科学者としての顔なのだとわかり、アキトは口を挟まずに無言を貫く。

 

「いいかい? 世界には完璧な物など存在しない。陳腐な言い回しになるが、それは事実だ。だけど人々は完璧に憧れ、それを求める」

 

完璧なものなどない。漫画などでも有り触れた台詞だ。完璧な存在である私にかなうはずがないとわかるだろう? いいや、わかっていることは1つ。この世界に絶対なんてないってことだ。と言った風に激励して反撃し、悪を見事に打ち砕く荒唐無稽な言葉。

 

「けどね、思うんだけど完璧に何の意味があるだい? 完璧って何も無いんだよ? 何も、何一つとして。完璧であれば、それ以上は無い。そこに創造の余地は無く、それは知恵も才能も立ち入る隙がないと言う事だからね」

 

改良の余地がない、という事は進化する必要がない。これ以上は何もないというゴール地点。ある意味での終着駅であり、エンディングを意味する言葉。

 

「解るかい? 我々科学者にとって、完璧とは絶望なんだよ。今まで存在した何物よりも素晴しくあれ、だが、決して完璧であるなかれ…………科学者とは常にその二律背反に苦しみ続け、更にそこに快楽を見出す生物でなければならない」

 

だから、とリョウマは拳を強く握り締めて叫ぶ。

 

「私は完璧が大っ嫌いだよ。それほどまでにつまらなくて、面白味のない世界なんてね」

 

感情が迸る。それはリョウマの科学者としての矜持だ。どれほどの犠牲を払っても成し得たい、けれども手に入れてはならないという矛盾の詰まった言葉。

 

「……………それを教えてくれたのは、μ'sだった」

 

「なん……………!?」

 

予想外の言葉に、狗道は瞠目する。

 

「あんな小娘どのも歌に誑かされたか!」

 

「……………彼女達は不完全だ。歌も、踊りも、何かもが完璧からはほど遠く、だからこそ未来には無限の可能性がある」

 

アキトはまじまじと隣の男を見やってしまう。

 

これは誰だ。

 

戦極リョウマとは自身の研究以外に興味を向ける事はなく、μ'sの歌も研究対象として好奇心を向けているだけのはずだ。そして、それ以外には一切合切の興味や感情は持つことがなく、淡々として野心を燃やす男。

 

それがプロフェッサーリョウマのはずだ。

 

アキトの視線に気付いて、少し恥ずかし気に口音を緩めたリョウマは、持っていたレモンエナジーロックシードを投げ渡して戦極ドライバーを見せてくる。

 

「さぁ、行こうかアキト君」

 

「………………わかったよ」

 

アキトは聞いている。リョウマはアーマードライダーに変身してはならない。身体がヘルヘイムの毒素を受け付けない体質であるが故に、ヘルヘイムは通常よりも強い猛毒となってしまうのだ。

 

だが、その瞳には決して譲れない矜持が見え、アキトには止められそうになかった。

 

「終わってからゲネシスドライバー(これ)を奪おうだなんて考えるなよ?」

 

「当然。それはいずれ、私自らの手で作り出してみせるさ」

 

「愚かな………愚かだぞ、戦極リョウマ!」

 

鼻で笑い合う2人を毒づき、狗道が唸る。

 

「それと、言葉にするのは憚れるけどタカトラは私が認めた唯一の友………だが、君は違う。君には何も可能性を感じない」

 

戦極ドライバーを腰に装着し、獰猛な笑みを浮かべた。

 

「そんな君が神なんて、笑わせる!」

 

「…………戦極リョウマァァァァァァァァァァァァッ!!」

 

 

『ザクロ!』

 

 

『ブラッドオレンジ!』

 

 

叫び、2つの紅の錠前を出してくる黒の菩提樹党首に、アキトとリョウマは同じ黄色い錠前を構えた。

 

「変身!」

 

「変身」

 

 

『レモンエナジー!』

 

 

『レモン!』

 

 

頭上にそれぞれの似たようなアーマーパーツが召喚され、ドライバーにセットして掛け金を押し込んだ。

 

3人同時に変身プロセスを始め、エネルギーが弾ける。

 

 

『ロックオン。ソイヤッ!』

 

 

『ロックオン。ソーダ!』

 

 

『ロックオン。カモンッ!』

 

 

アーマーパーツが落ちて、2人の身を青いライドウェアが包み込む。

 

そして、現れたアーマードライダーは奇しくもまったく同じ戦士だった。

 

 

『ブラッドザクロアームズ! 狂い咲きサクリファイス!! ブラッドオレンジアームズ! 邪ノ道オンステージ!!』

 

 

『レモンエナジーアームズ! ファイトパワー! ファイトパワー! ファイファイファイファイファファファファファイト!!』

 

 

『レモンアームズ! インクレディブル・リョーマ!!』

 

 

アーマードライダーデュークとアーマードライダーデューク。

 

2人の侯爵が降り立った。

 

「……………アンタもデューク………」

 

「と、言うより元々は私のものだ。まぁ気にしてないけどね」

 

何でもないように告げて、リョウマは召喚したアームズ、レモンピアを構えてセイヴァーを見据える。

 

アキトもまた、ソニックアローを握り締めて対峙しながらも思考を走らせる。

 

奴は人間ではない。その存在の大元はこの世にあらず、異なった場所にある。

 

そんな相手をどう倒せばいいのか。

 

「アキト君。まさか奴は不死身、だとか言わないよね」

 

「まさか。けど、一度奴は倒したけど復活したのも事実。闇雲にただ戦うってだけじゃこっちが消耗するだけだ」

 

公爵の名を冠する戦士同士の会話を聞きつけて、にやりと笑い挑発するかのごとくセイヴァーが左手を掲げてくる。

 

「さぁ、かかってこい」

 

「じゃ、遠慮なく」

 

言葉と同時に戦極デュークが肉薄した。加速と共にレモンピアを突き出し、狙いは狂う事なくセイヴァーの顔面に。だが、それは簡単に躱され、セイヴァーアローが襲いかかる。

 

それを防ぐようにソニックアローで弾いたゲネシスデュークがさらに打撃を打ち込んだ。すでにボロボロの身ではあるが泣き言を言っている暇などなく、時間が経てば経つほど不利なのだから自身を叱咤させて戦うしかない。

 

「ぬっ………!」

 

「はぁっ!」

 

蹴りを腕で防いだもののよろめきながら下がるセイヴァーに、戦極デュークのレモンピアが再び襲いかかった。今度は単調な突きではなく、フェンシングのような重心を乗せだ上にアーマードライダーとしての能力を活用した連続突きだ。

 

セイヴァーアローと大橙丸で防御し、弾いていたセイヴァーだが咄嗟に顔を上げる。

 

その視線の先にはソニックアローのノッキングドローワを引き絞りながら跳躍し、こちらへと狙いを定めているゲネシスデュークの姿が。

 

「ちぃっ!」

 

「小癪な!」

 

舌打ちが交錯し、ゲネシスデュークが矢を放つがセイヴァーは飛び退いて避ける。ギリギリ戦極デュークに当たってしまうところだったが、寸前で止まったので嫌な展開にはならなかった。

 

なかなか、どうして。こちらは2人だというのに決め手に欠けるような気がする。純粋に使っている武器の差ではなく、個人の差のようにも思えた。

 

「2つのロックシードを使うシステム………上手くいかなかったから封印したはずなんだけど、これほど厄介なものとはね。実験をし直さねば………」

 

「こんな時に呑気に研究してんじゃねぇよ!」

 

マイペースを崩さない戦極デュークに苛立つように、ゲネシスデュークが接近を担当するように駆ける。ソニックアローとセイヴァーアローと大橙丸の斬撃。その応酬は苛烈で激しく火花を起こし、衝撃波を撒き散らした。

 

だが、その結果は再びゲネシスデュークの、アキトの敗北だった。隙をついた一撃にゲネシスデュークの装甲が火花を散らして、大きなダメージとなる。

 

「とことんアキト君は相性が悪いねぇ」

 

もはや傍観に回っている戦極デュークをジト目で睨みつけるが、仮面越しではそれは伝わらない。

 

しかし、僅かではあるが劣勢なのはデューク組なのは明白だ。数はあっても、やはり研究者と素人では上手くいかないと言う事か。

 

「くそっ………あいつはこの次元とは異なる別の存在になった。けど、この世界に干渉している以上、どこかしらにこの世界に存在を確立させる為の器があるはずなんだけど…………!」

 

次元は違うという事は認識も近くも出来なくなるという事を意味しており、こうして対面する事も力を振るう事も出来ないはずなのだ。

 

しかし、存在をアキト達が認識している以上、狗道クガイをこの場に留めておく為の何かがあるはず。それを破壊すれば狗道を破壊する事と同意義なのだが、それがわからなければ意味はない。

 

すると、セイヴァーの攻撃を避けながら、戦極デュークが何かに気付いたように顔を上げる。

 

「なるほど、そういう事か」

 

「は?」

 

意味がわからず疑問の声を上げると、戦極デュークはレモンピアをある一点に掲げる。

 

「簡単な問題じゃないか。小難しい数式よりも簡単過ぎて欠伸が出てしまう」

 

侮辱とも呆れともとれる言葉にゲネシスデュークもセイヴァーも何も言えなくなる。

 

「奴の身体には1つだけ、奇妙な点がある。おそらくそれが器という奴だ」

 

奇妙な点、という事にゲネシスデュークは目を細めるが、すぐにはっとなる。確かにある。奇妙なこの世界に似つかわしくないものが。

 

その意味を理解した瞬間、言葉も交わさずに2人は動き出す。一気に肉薄し、刃を交える。

 

「何をしようと、無駄な事だ!」

 

「それはどうかな!」

 

セイヴァーが振り下ろした大橙丸の刃をレモンピアの護拳付き柄(スウェプトヒルト)で受け止めると、手首を回して高く遠くへと弾き飛ばす。

 

「っ!?」

 

 

『カモンッ! レモン・スカッシュ!!』

 

 

戦極ドライバーから咆哮が唸り、黄金色にも似た閃光を拳に纏い、戦極デュークは突き出す。

 

その先はセイヴァーの腰。

 

否。

 

狗道クガイが持つ奇妙な戦極ドライバーだ。

 

「なっ…………………!?」

 

拳がドライバーに突き刺さり、火花が散る。よろめき、セイヴァーの全身がダメージを受けたように震え出した。

 

「そのシステムは不完全過ぎてね。この世に出回らなかったものだ………つまり、この世に存在しないもの。君と同じように」

 

仮面の下でリョウマが笑みを浮かべる。

 

「つまり、この世界に留まる為の器にするにはもってこいという訳だ」

 

この世に存在しない狗道クガイが、この世に存在する為に選んだ器。

 

今はまだないシステムを使った戦極ドライバー。

 

器がわかれば、あとは簡単だ。

 

「だから、その奇妙なドライバーを壊せば君をこの世界に留めておくものはなくなる」

 

「戦極、リョウマァァァァァァァァァァァァッ!!」

 

セイヴァーが叫ぶ。

 

戦極デュークの後ろで、ゲネシスデュークがソニックアローにレモンエナジーロックシードをセットしているのが見えたからだ。

 

 

『ロックオン』

 

 

逃げようとするも身体に受けたダメージが今までの比にならないほどに強烈なものだったのか、素振りは見せるも行動にはならなそうだ。

 

当たり前である。セイヴァーのドライバーは狗道クガイの本体と言ってもいい。それにダメージを受け損傷したのだから、アーマードライダーを攻撃していた今までとは段違いのダメージだった。

 

「啼臥、アキト…………! 貴様とて…………!」

 

 

『レモンエナジー!!』

 

 

ノッキングドローワを引き絞り、狙いを定めて、言葉を掻き消す様に矢を放つ。それは迷いなくセイヴァーのドライバーを貫き、身体を壁へと打ち付ける。

 

まるで囚人のように壁に張りつけとなったセイヴァーに、暴れるようにエネルギーが迸った。

 

「君は空っぽだ。何もなく、何も感じない」

 

それを目の当たりにしながら、リョウマは告げる。

 

「そんな君が作った世界なんて微塵も興味はない。別次元だろうが異次元だろうが、元の居場所へ引き返したまえ!」

 

それがとどめとなったのかはわからない。

 

だが、セイヴァーの身体は光に包み込まれ、やがて爆発と共に消え去った。

 

エネルギーが波動となってビルを揺らす。

 

それは閃光となってアキトの視界を埋め尽くす。

 

その白い世界で、耳朶を打つ言葉があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

—————世界の救済は僅かばかり遠のいた。

 

 

—————だが、それは決して遠い未来ではない。

 

 

—————救済は訪れる。

 

 

—————迷える世界を、救いたまえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

啼臥アキトが所持するロックシード

 

・レモンエナジー

・バナナ

 

 

 

 

次回のラブ鎧武!は……………

 

 

 

 

「尊敬している師だからこそ、バカげた事をしている彼が気に入らないのさ」

 

狂人の中にある、常人としての矜持。

 

 

 

「ミッチ達が………アーマードライダー達が頑張ってるんだから、私達も頑張らないと!」

 

奮闘する戦士達の為に、決して諦めない女神達。

 

 

 

「私は瀬賀様の操り人形…………かつて、呉島タカトラの後釜となるべく育てられた貴方と………」

 

ついに、龍と怪人の最終決戦が始まる!

 

 

 

「俺は自分で間違った道を進んでる。けどな、それでもアンタは俺を正しい道を歩むよう教えてくれた………そのアンタが間違っている事をしてるのが、たまらなく気に入らねぇ。そんだけだ」

 

恩師と教え子。2つの想いの激突の果てに待っている未来とは。

 

 

 

 

 

次回、ラブ鎧武!

 

49話:STAY GOLD ~さらに闘う者たち~

 

 

 

 


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