ラブ鎧武!   作:グラニ

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闇夜に灯る小さな炎

それが善だろうと悪だろうとも

世界を照らす灯りとなる



40話:泪目 ~炎が照らす理由~

 

 

 

 

 

「……………っ」

 

ゆっくりと瞼が開かれ、幽かな光が目に入っただけなのに強い刺激が襲ってくる。反射的に目を閉じて、落ち着いてからようやく目を開けた。

 

「別荘…………?」

 

そこはイーヴィングル滞在中に使っている貸別荘の部屋だった。

 

呉島ミツザネが身体を起こすと一瞬だけ痛みが走り顔を強ばらせるが、それよりもそこに広がっていた光景に思わず息を詰まらせる。

 

そこにあったのはミツザネが横たわっていたベッドと同じタイプのものが3つ。そこに横になっている3人。兄貴分の葛葉コウタに九紋カイト、そして親友である啼臥アキト。

 

一体何が、と自身の記憶を思い返そうとした瞬間。凄まじい痛みがミツザネを襲う。

 

同時に脳内をシェイクするかのように映像が流れ出し、認識出来るはずないのにそれはビデオを見ているかのように頭に入ってきた。

 

それらは思ったほど長くならず、ほぼ一瞬のような感覚だった。パンクしてしまいそうになるのを堪えて、大きく息を吐いて心を入れ替える。

 

そして、溜まらず額に手を当てて項垂れた。

 

「…………そんな……………………」

 

流れてきたのは、今まで自分がやってきた事。()宿()()()()()()()()()()()()()()()の事だった。

 

 

 

 

 

空港に到着し、ミツザネは用を足す為に一同から離れた。

 

その戻り道。

 

『っ…………す、みません』

 

『いえ…………』

 

丁度、曲がり角に差し掛かった時にぶつかってしまう。

 

相手は少女だった。純白のワンピースに真珠のように白い肌。純粋無垢を現すような少女だ。

 

可愛らしい少女だとは思う。しかし、それ以上に目を引いたのはその瞳だ。白いキャンパスとして例えるなら、そこだけに冥くらがりがある。何か得体の知れない闇を感じ、初対面だというのに知らないうちにミツザネの背に冷たいものがなぞり落ちた。

 

『お怪我はありませんか?』

 

『えっ………あ、はい……』

 

頷いてから、『そちらは…………』と伺おうとした瞬間、いつの間にか背後に気配を感じて振り返ろうとした。しかし、その前に首筋裏に強烈な痛みを感じ、振り払うように背後へ向き直る。

 

そこにいたのは、アホ毛の銀髪が印象的な少女だ。白いシャツに黒いエプロンのようなワンピースと黒と白のチェック柄のリボンとスカート。

 

そして、一番目を引くのは紅い双眸だ。まるで燃えているような、全てを焼き尽くさんとする赤い眼。

 

『いやぁー、やっぱり単純ですねぇ。チョロインの仲間入り出来ると思いますよ?』

 

そう嘯く銀髪の少女に、敵意を込めた視線を送るもミツザネは膝をついてしまう。周囲には人々の往来があるというのに、それらの目が向く事はない。

 

まるでこの場所だけが世界から切り離されたように。

 

『……………本当にこれで?』

 

『えぇ。あとはインベス達を操作するように馴染ませていけば、あら不思議! 貴女お気に入りの人形の出来上がりですよー』

 

『……どうして協力してくれるんですか?』

 

『そんなの決まってるじゃないですか』

 

キャピキャピした口調で、銀髪の少女は告げる。

 

『そうした方が面白いからですよ』

 

ミツザネの意識は掠れて落ちていく。

 

最期に、嫌にその言葉が頭に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

提示されたデータを眺めながら、アネモネは若干困惑した表情を浮かべていた。

 

それが妙に可愛らしくて、ミツザネは破顔してもう1度出来る限りわかりやすいように説明する。

 

『えっと、つまり………』

 

『いえ、言っている事はわかるんです。つまりは直接防衛センタービルに乗り込んで、キル・プロセスプログラムを起動する、という事ですよね………ミツ君はそれがどれだけ無茶な事かわかってますか?』

 

人々が往来しているストリートのオープンカフェで、堂々と防衛タワーの見取り図を間に挟みながら侵入の作戦を立てるミツザネとアネモネ。

 

『…………あの。何度も聞いて申し訳ないんですけど、こんなに堂々と侵入の話しをしていて大丈夫なんですか?』

 

『使っている言語が日本語ですからね。仮に隣の席で英語や中国語でカップルが下の話しをしていても、それがわからなければどうとも思わないでしょう?』

 

ましてやこの島は多数の国から観光で訪れる人種は様々だ。仕事目的ならば研究施設へ足を向けているだろうし、それに加えてこの雑踏だ。理解出来る者がいたとしても聞き取るのは難しいだろう。

 

『ニコニコと笑いって、談笑するようにしていれば恋人同士の会話にしか聞こえませんよ』

 

瞬間、かぁっとアネモネの頬が赤くなる。

 

『こ、恋人…………』

 

『……………あ、すみません』

 

流石に言い過ぎた、と失言に頭を下げると、アネモネは話題を逸らす様に咳き込んでから身を乗り出してきた。

 

『それで、どうするんです?』

 

『作戦開始の前。それが肝ですね』

 

きらりと瞳の奥に燃え上がる、間違った光を煌めかせながらミツザネが呟いた。

 

 

 

 

 

 

倒れ伏せる黒影を睥睨し、龍玄はつまらなそうに息を吐く。

 

装飾されたショッピングモールの屋根から逃げ惑う人々を見下しながら、ふとある一角で抵抗している戦力を認めた。

 

狙撃できるポジションを即座に見つけ、龍玄は跳ぶ。見ると青いアーマードライダーがイチゴアームズを纏ってインベス達を迎撃していた。

 

『コウタ!』

 

『大丈夫だ!』

 

仲間らしい少女の呼びかけにアーマードライダーが安心させるように答える。その強さは苛烈の一言で、あっという間にインベスを一掃させてしまった。

 

あれは、あの子の脅威になる。

 

そう直感した瞬間、自然とブドウ龍砲を握る手が上がる。狙うは青いアーマードライダーの背中。

 

こちらには完全に気付いておらず、丁度アームズチェンジをする為かライドウェアの背中ががら空きだ。

 

そして。

 

何の躊躇いもなく引き金を引き、銃口から紫の銃弾を吐き出す。それは龍玄の狙いに違わず青いアーマードライダーの背中を撃ち抜いた。

 

『がっ………』

 

『コウタ君!!』

 

撃ち抜かれ変身が解かれていく仲間に、オレンジ髪の少女が駆け寄る。

 

そして、もう1人の青い髪の少女がこちらを振り向き、愕然とした表情を浮かべる。

 

『何者で………す、か……………』

 

『えっ…………』

 

『そんなっ……………!?』

 

他の少女も愕然とした顔を向けてくる。まるでどうして青いアーマードライダーを撃った事が信じられないといった顔だ。

 

『……………何故ですか』

 

それは心の底から湧き出た言葉のように、絞り出た。

 

『どうして貴方がコウタを…………! …………ミツザネェッ!!』

 

その叫びが龍玄に届く頃には、すでに踵を返して去っていった。

 

 

 

 

 

 

友と対峙している。

 

絶望の表情をしている少女達の前で、アキトは悲しそうな顔を向けてくる。しかし、敵意がある事は確実であり、それは彼女の道を阻む事と同義だった。

 

『……………アネモネさんの邪魔をするな』

 

『一応、自我はあるのかよ。厄介だな』

 

『邪魔を、するなよ』

 

『はっ…………何をされたかわかんねぇけど、こんな事になるなんてな』

 

警告の為にもう一度言い放つ。アキトは戦った事のない素人であり、勝負にすらならないのはわかっているはずなのに。

 

しかし、敵意を緩める事なくアキトは戦極ドライバーを装着する。ミツザネが与えた、疑似的な力。

 

それは、こんな事をさせる為に持たせた訳ではないのだ。

 

『僕の邪魔をさせる為に、君に戦極ドライバーを渡した訳じゃない』

 

『俺もだよ』

 

短く答えて、アキトは取り出す。

 

ウォータメロンロックシードの代わりに受け取ったバナナロックシードではなく、戦士の顔が刻まれた見た事のないロックシードだ。

 

『お前のこんなバカげた事を止める為に、ベルトを受け取った訳じゃない』

 

未知の力。

 

アキトの背後に確かに見た。

 

それは、得体の知れない温かい、灼熱の羽ばたきを。

 

 

 

 

 

 

そこから思い出されるのは、彼女の為に暗躍し仲間達を裏切って来た記憶だ。

 

「……………僕は……………っ!」

 

何て事をしてしまったのだろうか。

 

顔を両手で覆いながら、ミツザネは呻く。

 

仲間達の事を思っているように動きながら、ミツザネがやったのはこの島に災厄を齎した。戦極ドライバーの自爆プログラム、街の破壊、そしてコウタやアキトを。

 

「コウタさん……………! アキト…………!」

 

咄嗟に顔を上げてコウタとアキトを見やる。横になっている友2人は眠ったままだが、離れていてもはっきりとわかるくらいに深呼吸をしている。

 

そっと安堵したのもつかの間、ミツザネは顔を上げて周囲を見渡す。龍玄のフェイスプレートがセットされた、自身の戦極ドライバーはすぐに見つかった。傍には愛用のブドウロックシードとキウイロックシードも置かれており、ベッドから飛び出て掴む。

 

立ち上がった瞬間に立ちくらみが襲ってくるが、それを無視するように飛び出そうとする。

 

「……………いや」

 

しかし、ふと立ち止まる。このまま出入り口から出てしまえば一同に見つかり、拘束されるのは目に見えている。やってしまった事を考えれば、今のミツザネは裏切り者であり、μ'sのメンバーに銃口を向けてしまったのだ。もはや弁明のしようがない。

 

操られていた、などの理由は通用しない。それらを飛び越えて裁くのが呉島タカトラである事は弟であるミツザネが一番よく知っている。

 

裁かれる事に言い訳はしない。しかし、まだそれを受け入れる訳にはいかない。

 

ミツザネには、確認しなければならない事がある。

 

「んっ…………」

 

その時、アキトが寝返りを打って何かが落ちた。目を向けるとアキトが持っているロックビークル、ローズアタッカーだ。ミツザネが所持しているロックビークルはいつの間にか失くしてしまったのか手元にはない。

 

「……………ごめん、アキト」

 

それを拾い上げたミツザネは、放り投げられたように置かれた上着をつかみ取る。夏の島だからこそ暗い時間での風は冷たく、ただでさえ消耗している身体に鞭を打ってしまってはいざという時に動けない。

 

ミツザネは出入り口ではなく窓の方へ向かって走ると、躊躇いなく飛び降りる。着地と同時に転がって上手く衝撃を殺すと、誰にも見つからないよう細心の注意を払いながら走った。

 

向かう場所は決まっている。

 

あの子の、アネモネのいる防衛タワーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりスクールアイドルとは言え女の子だね、美味い美味い」

 

「えへへー、ありがとうございます」

 

戦極リョウマに褒められた高坂穂乃果は照れたようにはにかみ、隣では幼馴染みの南ことりが「良かったね、穂乃果ちゃん」と同じように喜び、反対側に座る園田海未からは「本当にそう思っているのですか……?」と疑わしそうな目を向けている。

 

しかし、矢澤にこの提案でμ'sによる作ったカレーは高評価らしく、食べたスタッフ達から口々に「美味い」や「いい気分転換になった」といった言葉が出てきて、目論見は成功と言えよう。

 

しかし。

 

「…………」

 

「凛ちゃん、少しは食べないと……」

 

ちらりと西木野真姫が隣を見やると、星空凛は一向にスプーンを持たず、食が進まないようだ。親友の小泉花陽もご飯とカレーは別にしなければ説教が待っているはずなのに、それに気付いているのか気付いていないのか凛ばかりを気にしている。

 

無理はない、と思う。素人ながら友を守る為に戦い、幼馴染みは倒れた。その安否を思うと喉を通らないという気持ちもわからなくはない。

 

「凛、少しでもいいから食べておいた方がいいわ。アキト君が起きた時に凛が倒れたりでもしたら、きっと悲しむわ」

 

「………………………わかってる、けど……」

 

絢瀬絵里の子供を叱るような言葉に、凛は濁して返す。それでも顔を上げようとしない様子に痺れを切らし、にこが口を開こうとする。それを東條希が手を上げて制止し、代わりに口を開いた。

 

「凛ちゃん、お粥でも作ろうか?」

 

こってりなカレーライスよりお粥の方が確かに喉の通りはいい。

 

諭すような希望の言葉に、凛はようやく頷く。希は立ち上がって台所の方へと向かっていった。

 

「そういえば」

 

ふと、海未がメンバーを見回してからタカトラを見やった。

 

「ヨウコさんの姿が見えないのですが……」

 

湊ヨウコ。旧姓、九紋であり、カイトのずぼらな姉だ。海未達がこうして無事に夕飯にありつけるのも彼女やその部下達のおかげであった。

 

「一応、声は掛けたんだけど…………」

 

スタッフに声を掛けたことりが言うには、「私は要らないわ」と断られ姿も見せてくれなかったらしい。

 

すると、タカトラの手が一瞬だけ止まり、リョウマは淡々とした風に返した。

 

「2人の部下を見捨てる判断をしたからね。消沈してるのさ」

 

「リョウマ!」

 

タカトラが毎度の事咎めるよう怒鳴ったのは、ヨウコの心情を思ったからではない。

 

その言葉を聞いて、絵里が顔を絶望に染めたからだ。

 

花陽から聞いたのだが、カイトと行動を共にしていた絵里と凛、花陽はタカトラの恩師である瀬賀長信が変身したアーマードライダー武神鎧武に襲われた。

 

その苛烈な強さにカイトは手も足も出ずに敗退し、アーマードライダーマリカとなったヨウコが駆け付けるも適わず、彼女の部下が時間を稼いでくれたおかげで逃げれたという。

 

つまり、その部下達は犠牲になったという事だ。

 

その事を、絵里が気にしないはずはない。廃校問題ですら心を痛め、コウタ達が傷付く事では涙を流してしまうほどなのだ。

 

責任感の塊のような絵里が、それが仕事とはいえ誰かが犠牲にならなければならないような世界を許せるはずがなかった。

 

しかし、それを見抜いた上でリョウマは面倒そうにスプーンでカレーをかき集める。

 

「気にする事はない。君達は一般人で彼らはそれを守る戦士。彼らはその仕事を全うしたに過ぎない」

 

「…………だけど……」

 

「自国が責められて戦う事が仕事の兵士に戦うな、と君は言うのかい?」

 

良心や常識とか、責任とかの問題ではない。

 

これが彼らの仕事。仮に命を落とす結果になったとして、それも承知の上でアーマードライダーとなっているはずだ。

 

「…………エリチ」

 

「わかってる。わかってるわ………」

 

言い聞かせるように絵里は答え、顔を俯かせる。

 

「…………しょーがないわねー」

 

「何、その棒読み」

 

にこが食べ終わった皿を持ち上げて告げるので、思わず真姫はジト目を向ける。

 

「消沈してるなら、アイドルの出番よ。この宇宙一ナンバーワンアイドルのラブリーにこにーが励ましてくるにこ!」

 

いつものポーズでびしっと決めたにこに、にやぁとリョウマが告げる。

 

「いいね。彼女は矢澤君が推しメンだから、きっと喜ぶよ」

 

「本当にこ? よかったにこー」

 

喜ぶにこを他所に、他のメンバー達は思う。

 

な に を 企 ん で い る。

 

もうリョウマがにこを見る目は完全に玩具を見るものだ。確か弄り対象を見つけた時のミツザネが同じような目をしていたの思い出した。

 

「では、さっそく行ってくるにこ!」

 

「い、いってらっしゃーい」

 

剣幕に押されて台所に食器を置いてから駆けていくにこに、ことりが手を振って送り届ける。

 

「……バカみたい」

 

「さーて、じゃあ行こうか」

 

突然、リョウマに腕を掴まれ、真姫は目を点にする。

 

「…………は?」

 

「君は思わないのかい? 心底可愛い好きなヨウコが矢澤君を目の前にして、誰もいない空間で、何もしないと?」

 

何を言っているのだ、と若干小馬鹿にしていた真姫だが、その言葉に手を止める。

 

確かに。初邂逅で突然ことりに抱き着いたヨウコの挙動は真姫達を驚かせるには充分だった。

 

そのヨウコが、閉鎖空間でにこと2人っきり。

 

嫌な予感しかしなかった。

 

「……………仕方無いわね」

 

何だかんだで憎まれ口を叩くほどの関係は自負している真姫である。何かされる、とはリョウマの妄想に近いだろうが、直感が放っていてはいけないと告げているのだ。

 

にこだって、辛いはずだ。目の前でアネモネに希望が砕ける様を見せつけられて、カイトが倒れる姿を見て、観光地は地獄へ早変わりした。

 

連続した悲劇は一同に同等の衝撃を与え、心を疲弊させた。多少の荒事には慣れたように思えたが、やはり自分達はただの女子高生なのだと痛感した。

 

にこはただ、どこぞの誰かのように強がっているだけだ。本当は凛のように項垂れて、我が儘を振り回したいだろうに。

 

しかし、それは出来ない。何故ならにこは3年生でアイドル研究部の部長で、アイドルなのだから。

 

アイドルは人を笑顔にする。それは日頃から言っている事で、それを実践するような努力をずっとしてきた。

 

たとえこんな非常事態でも、そのスタンスが崩れる事はない。それはにこの強さであり、素直に尊敬出来る部分でもあった。

 

そんなにこが誰かの為に笑顔にさせようと頑張るのならば、一体誰が彼女に手を掴むというのだろうか。

 

答えなどわかりきっていた。

 

「あれ、真姫ちゃん?」

 

「にこちゃん1人だと何されるかわからないから様子を見てくるわ」

 

立ち上がった時、声を掛けてきた穂乃果にそう答えると、絵里がぽんと手を叩いた。

 

「なら、お風呂とかの準備しないとね」

 

「では、私はコウタ達の所に戻ってもいいでしょうか?」

 

意外な所で名乗りを上げた海未に、「海未ちゃんが行くなら私も!」と穂乃果が抱き付きながら抗議を上げ、「お、大勢で押しかけるのは迷惑です!」と狼狽える。

 

そのやりとりをしり目に真姫は皿を台所のシンクに沈めると、ヨウコがいるらしい部屋の探索を始める。リョウマの姿が見当たらないが、どうせどこかで聞いたりしているのだろう。

 

登った先でいくつかの部屋が見え、どの部屋なのだろうと首を傾げる。

 

その時、一番奥の部屋ががちゃりと閉じる音がする。

 

真姫はその扉の前に立ってドアノブに手を賭けようとして、巻き込まれた時の不安感を覚え、ひとまず様子を見る為にドアに耳を付けて中の会話を伺った。

 

以下、会話のみによる喜劇。

 

「……………用があるならどうぞ。あまり人と話したい気分じゃ…………」

 

「にっこにっこにー! あなたのハートににこにこにー! 宇宙一ナンバーワンアイドルのにこにーが落ち込んでいるヨウコお姉さんの為にとーじょーだよー! 驚いた? 驚いたー?↑ 驚いたにこー? …………ヨウコお姉さん、顔がめっちゃ面白いにこー。なんか口元から垂れてる………」

 

「……………………………………っ、ごめんなさい。欲望が身体の端から滲み出てしまったようね…………………………しかし、これか()天の霹靂………千載一遇のチャンスかしら……………」

 

「なにそれ、もしかして何かやってたにこー?」

 

「それは、これからの事よ」

 

「…………………ところで、さっきから気になってたんだけど、この周りにゲームの箱が山のように積み重なっていて、ポスターもわんさか揃ってる………え、何なのこれ」

 

「どうかしたかしら?」

 

「ねぇねぇ、ヨウコおねえーさーん。すっごいにこー。この箱に描かれてる女の子達、みんな裸にこ。これ、もしかしってやってるにこー?」

 

「えぇ、やっているわ」(がしっ、と抱き付いた音)

 

「にごっ!? なっ、何を!?」

 

「貴女を後ろから抱き締めているのよ…………」

 

「や、やばいっ!? なんか冗談抜きでやばいわっ!?」

 

「何を今さら………貴女とでにこ真姫やらのぞにことか言われ慣れているのだから、状況は万事理解しているはずよ」

 

「や、やっばいにこー! それ!」

 

「その使い慣れない口調も、元に戻して大丈夫よ。どうであろうと私が貴女を愛する気持ちに微塵の変化はないわ!」

 

「どういう了見よ、それぇっ!?」(ばっと抜け出て離れる音)

 

「ふふっ………逢瀬の時はもう終わりかしら?」

 

「ど、どういう事!? 落ち込んでたんじゃないの!?」

 

「確かに消沈していたわ。けど、こうして目の前ににこちゃんという天使が舞い降りた………ならば、顔を俯かせている場合ではないわ。そう、目の前に可愛い子がいるのなら立ち上がれる…………」

 

「に、にこっ!?」

 

「そう! 私は心からの百合女! μ'sという美しい幼い花に、心奪われた存在よ! そうよ、私は求める………果てしないほどに!!」(飛び掛かる音)

 

「な、何をするのよ!? は、離しなさい!」

 

「出来ない相談だわ………」

 

「どうして!?」

 

「求めてる読者()がいるのよ!」

 

「そんなの、私はやってないわ!」

 

「ならば、今から始めようじゃないの…………そう、これが私達のry」

 

ドッタンバッタンという音が扉の向こう側で響き、会話だけを聞いていた真姫の顔が怪訝な表情となる。

 

「にこちゃんとヨウコさんは何をしているのかしら…………?」

 

「君も深淵に落ちてみるかい?」

 

「ヴぇぇええっ!?」

 

会話を聞き取る事に夢中になっていたらしい。背後にリョウマが立っている事に気付かず、思わず尻もちをついて身を引く。

 

イヤホンを装備したリョウマがにっこりと笑顔を浮かべて、楽しそうに頷いている。

 

「いいじゃないか、いいじゃないか。にこ真姫がこの目で見られると言うのなら本望だよ!」

 

「何それ!? 意味わかんない!」

 

「おぉっ、リアル意味わかんないを聞けるなんて僥倖だね…………! さぁ、もっと聞かせてk」

 

「うっさいわよ! リョウマァッ!!」

 

リョウマが詰め寄ってきた瞬間、ドアが開け放たれてヨウコの剛脚が飛ぶ。真姫の目の前を衝撃が走り、それはリョウマの頬を狙い撃ち、その長身の体躯を吹き飛ばした。

 

目を向けると、足を振り抜いたヨウコとビクビクち涙目になりながら震えているにこが見える。なんというか、一体何をされていたのか真姫には理解出来なかったが、碌な事ではなかったのだろう。

 

「だいたいアンタは…………あら、真姫ちゃんじゃない。にこ真姫劇場を見せにきてくれたの?」

 

「もうついけいけない……………」

 

心底疲れ切ったように息を吐いて立ち上がった時だ。ドタドタ、と音が響いて4人はそちらへ顔を向ける。

 

そこには階段を慌てて下って来た穂乃果と海未がやって来て、その表情は顔を青くさせていた。

 

「た、大変ですっ!」

 

「み、ミッチが……………!」

 

息絶え絶えで言葉を詰まらせたが、穂乃果の言葉に真姫は胸奥で何かが跳ね上がる。

 

「ミッチがいなくなってる!」

 

「っ、そんな……………!」

 

予感が的中した真姫は愕然とし、リョウマはふむ、と顎に手を添えた。

 

「意識が回復して黒の菩提樹に戻った……………と見るべきか?」

 

「どちらかというと落とし前を付けに行ったんじゃないかしら」

 

「落とし前…………? まさか……………!?」

 

ヨウコの意味を、正しく理解出来たのは真姫だけだろう。穂乃果と海未は顔を見合わせて首を傾げ、リョウマはやはりといった感じで息をつくいた。

 

「一応、タカトラに教えよう」

 

「そんな、ミッチは1人でアネモネの所へ…………!?」

 

リョウマの言葉に確信を持った真姫の呟きに、事態を把握した穂乃果と海未の顔がさらに青くなる。

 

ミツザネの容態は外傷はなくとも、不可思議な技術で洗脳をされたようなものだ。通常の身体であるはずがなく、また1人で敵陣に突撃するなど正気の沙汰ではなかった。

 

しかし、意外な事にミツザネは頑固な所がある。自身の過失で事態がややこしくなり、最悪な展開へ転がっているのならば1人であってもどうにかしようと動いたとして不思議ではない。

 

焦る真姫に、リョウマが告げる。

 

「ともかく、この件は僕らに任せて。君達は休む事………いいね?」

 

「…………はい」

 

有無を言わせない口調に、真姫は押されて頷く。

 

それを確認する間もなく踵を返して、リョウマは歩き出す。それに付いて行くようにヨウコも続き、この場には困惑しているにこと顔を青くさせている穂乃果と海未、そして真姫だけが残った。

 

真姫は近くにある窓から外を覗く。ほぼインベスにより支配された外は文字通りの地獄で、さらに陽が落ちてからは闇がより1層深くなっている。

 

その中を、1人で進んだとしたのなら。

 

どこか遠い、手の届かない所に行ってしまったような気がして、不安げな気持ちを隠せず、真姫は夜空を見上げた。

 

すでに星々が煌めき始める時間になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆音が鳴り響くのも構わず、ミツザネが変身したアーマードライダー龍玄はローズアタッカーを走らせる。海沿いの海道を通り抜けて、街の道を突き進む。

 

崩れ落ちては今だに燃え上がっている瓦礫などで埋め尽くされている街並みには、炎の臭いとは別に鼻孔を刺激する強烈なものがあった。一瞬、顔を顰めるもすぐにそれは多く放置された死体の死臭だと気付き、罪悪感などに襲われるも振り切るようにアクセルを回して加速する。

 

そして。

 

「っ……!」

 

目の前の瓦礫から、飛び上がる様に数体の初級インベスが現れる。インベスにも休む、寝るといった概念は当然あり、さしずめ寝ていたのだがローズアタッカーの爆音で起こされて怒り心頭といったところか。

 

こちらへ明確な殺意を向けてくるインベスに対して、片手でローズアタッカーを操りながら龍玄はブドウ龍砲を召喚すると、引き鉄を引く。夜の帳が広がっているが燃え盛っている炎のおかげで存外に明るく、何よりアーマードライダーになっていればそれなりのサポートのおかげで闇の中でも視界は問題ない。

 

ブドウ龍砲から放たれた弾丸は飛び上がったインベスの羽根の付け根に当たり、初級インベス達は落下した。反撃と言わんばかりに降り注いでくる弾幕を、龍玄は巧に走行して回避していく。

 

しかし、今はインベス達に構っている暇はない。龍玄が目指すべきは島の中央、この先に位置しているタワーだ。

 

弾幕を潜り抜けると、先にわらわらと群がる様に集まってるインベスの集団が見えた。そこは防衛タワーへ続く道であり、迂回する道もない。通らなければならない場所だった。

 

「邪魔だっ!」

 

 

『ハイィーッ! ブドウ・スカッシュ!!』

 

 

ロックシードが咆哮を上げ、ブドウ龍砲を上空へ向けて弾丸を放つ。それは葡萄の塊となって弾け、集まっているインベス達に向かって弾幕となって降り注いだ。

 

炎に飲み込まれ吹き飛んでいくインベス達の手前で、ローズアタッカーの前輪を思い切り持ち上げてウィリー走行に持ち込む。そのまま瓦礫に後輪を乗っけて高々と車体を宙へ飛びあげた。

 

直後、背後から殺気を感じて龍玄は咄嗟にローズアタッカーをシードモードに戻すと、体勢を崩しながらそちらへブドウ龍砲を向ける。

 

マズルフラッシュと同時に目の前に迫っていたエネルギー弾が爆発し、その衝撃は龍玄の身体を吹き飛ばす。

 

「がっ…………!」

 

苦悶の声を漏らしながら龍玄は転がり、衝撃で変身が解ける。これはミツザネ自身の身体が疲労や痛みなどのダメージにより、限界である事を示していた。

 

「く、っそ……………!」

 

痛みで苦しみの感情しか出せない状態だが、それを何とか抑え込んで立ち上がろうと、片膝をつく。

 

すると、目の前でじゃりっと立つ人物に気付き、顔を上げた。そこに立っていたのな、ミツザネが最も会いたくて、話したかった純粋無垢な少女だった。

 

「……………アネモネさん」

 

「ミツ君…………」

 

ミツザネの言葉に、アネモネは悲しみが含まれた声で呟く。

 

アネモネは変わらず白いワンピースを着て、変わらず可愛らしい風貌にミツザネの胸はもはやときめかない。それだけであの感情は偽りのものだった、と自覚させられたようで脳裏に痛みが走る。

 

「……………何しに来たの?」

 

「……………話しを、しに来ました」

 

疲労で身体が警鐘を知らせるかのように、息が途切れる。それでも話しをしようと言葉を発して、真っ直ぐに見つめる。

 

対して、アネモネは目を逸らしてきた。まるで、ミツザネとの対話を拒絶するかのように。

 

「………最初から、この事態を引き起こす為に、僕に………僕達に近付いてきたんですか?」

 

μ'sとチーム鎧武がイーヴィングルで合宿をする、という事は音ノ木坂学院のホームページにも、μ'sのブログにも記載している事で、誰でも得られる情報だ。そして、呉島ミツザネがそれをバックアップするチーム鎧武の一員である事は周知の事実で、呉島がユグドラシルにおいて重役である事も同じく誰でも得られる情報でもある。

 

以前は、沢芽シティにいた頃は、幼い頃からそういった輩がいるから不用意に近付いて来る人間は疑って掛かれ、と父や兄からも口酸っぱく言われていた。しかし、ここ最近はそれはなくなった事と、自身がアーマードライダーという力を得た事による安心感から警戒を怠ってしまっていた。

 

曲がり角で偶然(のように演技して)近付いてきた相手に、それを警戒しろというのは酷な話しだろう、と嘆きたくなったが、それでも油断していた事には変わりはない。そして、その油断があの死体の数々や、この惨劇を生み出す結果となってしまったのだから、ミツザネには言い訳をする事が出来なかった。

 

アネモネは息を吐いて肩を竦めると、表情を変える。まるで残念がるような、見下すような顔だ。

 

「えぇ、最初から貴方が呉島ミツザネだから近付いたんです」

 

「……………っ!」

 

想像していた答えとはいえ、ミツザネの心の痛みが走る。

 

「元々、この島に滞在しているアーマードライダー達が使う戦極ドライバーには自爆プログラムが組み込まれている、という情報は得ていました。あとはそれを起動させるにはどうしたらいいか、でした。防衛拠点にそれを起動する為のスイッチがあるのは容易に想像出来ましたし、問題はどうやって潜入するか」

 

「……………それで僕を使った、と」

 

「正直、潜入させさせてくれれば十分だったんですけどね。まさかそこにいた兵士全員を倒してしまうなんて、予想外でした。貴方だけでこの島の全戦力と渡り合えるんじゃないですか?」

 

クスクス、と面白おかしそうに語るアネモネは、ちらりとミツザネの背後に目をやる。さきほど一網打尽で撃破したインベス達の肉塊が燃え上がって焦げ臭い臭いを放っていた。

 

「……………この島のアーマードライダーを無力化させ、ユグドラシルの社会的地位を貶める。それが貴女の狙い………」

 

「いえ、残念ながら」

 

アネモネは首を横に振り、顔を上げる。夜空ではなく、まるで遠い何かを見ているようだ。

 

「……………大元の原因、というかきっかけは数年前の交通事故でした」

 

「えっ……………?」

 

「ある学校が郊外授業で、バスを使って移動していました。しかし、そこへ野良インベスが偶然にも襲撃………引率者の教師とたった1人の生徒を残し、他の子供達や運転手は全員が死亡してしまいました」

 

その教師が誰で、その生徒が誰か、などと問わなくてもわかる事だった。

 

アネモネは息を吐いて、過去に想いを馳せるように続ける。

 

「それからです。2人が理由なき悪意(インベス)に対しての憎しみが募り始めたのは。世間では当たり前のようにインベスが起こした事件や事故が起きますが、それでも世界はインベスとの共存の道を突き進む。まるで麻薬によって毒されたかのように、インベスという怪物から目を逸らすように」

 

その憎しみは、完全に意識が落ちる前に聞いた言葉だ。インベスは敵であり、滅ぼさなければならない存在。共存など到底不可能であり、文字通りの怪物でしかない。

 

「インベスと共存出来るか。その問いの答えがあれです」

 

アネモネが指差した先を見ると、崩壊した街並みがある。アネモネの声により意図的な暴走状態にさせられ、その牙を振るった結果だ。

 

「あんな力を持った怪人と…………私の過去を、全てを奪った敵と共存なんて………!」

 

アネモネの言葉には怨嗟がこもる。

 

それに対して、ミツザネは何も答える事が出来なかった。

 

世界では、ミツザネが知らない所で多くのインベスによる事件が起きている。彼らが望む望まないとしても、齎してしまっている悲劇は、ミツザネ()()の言葉で慰められるようなものではない。

 

インベス。ひいてはヘルヘイムの森は、そこにあるだけで様々な影響を齎す。

 

インベスが暴れれば、多くの人々に被害が出る。アーマードライダーでなければ鎮圧する事は不可能で、自前のインベスを戦わせようと言う気はまず起きない。

 

ヘルヘイムの果実が滅多にこちらの世界に出現する事はないが、食せば人間だろうと動物だろうと生物である以上、細胞をインベスへと変質させてしまう。テレビなどの情報媒体で常時、注意喚起をしていても果実には生物の食欲を促進させる効果がある。

 

そこにあるだけで、悲劇を振りまく。

 

それが、今共存している相手の意義だ。

 

それに対して、かつて大きな戦いに身を投じていたミツザネだからこそ、勝ち取った世界とはいえ。

 

容易に、ヘルヘイムの森の被害者たるアネモネに否定の言葉を紡げなかった。

 

「……………ミツ君はアーマードライダーとして、何度もインベスと戦ってきたよね」

 

瞳が罅割れてしまいそうになるくらいに瞠目するミツザネに、アネモネは優しく呟く。その声はまるで、迷える子羊を導く女神のようだ。

 

「ミツ君ならわかるよね? そのせいで、どれだけの人が傷ついたか………どれだけの人が恐怖し、悲しんだか…………」

 

恐怖した。

 

その言葉に、ミツザネの脳裏に真姫の姿が過った。オープンキャンパスの時に襲われてからというものの、真姫の中にはインベスに対して根強い恐怖心が植え付けられてしまった。今では初級インベスならば堪えられるようになったが、それでも上級インベスのような個体のインベスを前にすると四肢が固まるようだ。特にシカインベス、コウモリインベス、セイリュウインベスを前にすると顕著に現れる。

 

彼女がそうなってしまったのも、インベスがいるからだ。インベスがいなければトラウマを感じる事も、そもそもトラウマになる事も無くなる。

 

インベスさえいなくなれば、この世にもたらされたいくつかの悲劇はなかったはずだ。それはこれから起きるかもしれない悲劇も、なくなる事を意味している。

 

「……………馬鹿な」

 

口の中で呟き、自分に言い聞かせる。

 

「そんな、ことをしても………世界はすでに、インベスと共に………!」

 

アネモネや瀬賀に降りかかった悲劇は、決して可哀想などという言葉では癒せぬものだ。心を抉り、文字通り世界を壊そうとしてしまうほどの憎しみを募らせた。

 

しかし、世界はすでにインベスと共存の道を歩んでいる。それはもうどうしようもないくらいの当たり前で、同時にどうしようのない不変のものだ。

 

歪む事のない、歪められない、歪めてはならない世界を作り出す絶対的な条件。

 

この世界で太陽と地球と月の距離が奇蹟的に拮抗している事。

 

海と光で酸素が満ち溢れていて人間が生きていくのに適している事と同意義だ。

 

「簡単ですよ。すごく、簡単」

 

それを、何でもないかのように。

 

アネモネはミツザネの言葉を翻す様に嘯く。

 

「この島と同じ事をすればいい」

 

瞬間、ミツザネの鼓動が大きく跳ね上がる。思考が動くのを放り投げそうになるのを本能で掴んで、意識を繋げる。

 

それほどの衝撃を与えるほど、アネモネが告げた言葉は絵空事も甚だしい。バカげた妄想、空想、通常なら異常者として笑いとばれても不思議ではない言動だ。

 

通常、ならば。今、この島は通常ではなく異常で満ち溢れている。

 

そして、その異常を引き起こしたのは。

 

「………な……にを……っ」

 

衝撃から立ち直れず、上手く言葉を紡ぐ事が出来ない。しかし、アネモネはふっと口元を緩めており、ミツザネの言わんとしている事は察しているはずだ。

 

ごほっ、と喉奥からせり上がってくる異物感に咽込む。思えばいつから食事や水分を取っていないのかわからないが、口の中から唾液が出なくなるほど乾燥しているようだった。これでは思うように言葉を発せない訳である。

 

さらには背後で轟々と燃え上がっている炎から吐き出される煙に侵され、ミツザネの身体はさらなるダメージを受ける。ここまで何とか来れたのはアーマードライダーという加護があったからこそだ。

 

「……………本気、なんです、か…………!」

 

ミツザネは叫ぶ。そんなバカげた事を、世界を滅ぼす引き鉄を引くのかと()()為にではない。

 

アネモネがその選択をするという()()の為に。

 

「えぇ………瀬賀様が望んでいる。黒の菩提樹? インベスの完全なる支配? くだらない、どうでもいい…………!」

 

強く、強く。

 

怨嗟のように呟く。まるで呪い歌のように島に声が響く。今や彼女の声はインベスの本能に問い掛ける童歌だ。難しくない、簡単で、それでいてダイレクトに意味を伝える。

 

アネモネに呼応するかのように、わらわらと闇の奥からずんむりとした怪人達があふれ出てくる。声に引き寄せられた初級インベス達だ。

 

「この世から理由なき悪意(インベス)がいなくなるなら、何もかもを利用してやる…………!」

 

少女の代わりに咆哮を上げる。

 

ミツザネは、悔し気に歯を食いしばった。

 

正直な話し、身体も思考も、心も限界を超えていた。

 

迷いは消えていない。ミツザネには真正面から否定出来る為の言葉が思いつかない。

 

けれども、わかっている事がある。

 

アネモネは、世界を滅ぼそうとしている。瀬賀が望んでいるから、自分が望んでいるから。

 

そして、それは無関係な人々を巻き込む事になる。

 

そんな大それた理由は要らない。

 

ただ、μ'sが踊れなくなる。

 

世界が滅べば、μ'sの踊りを見る人もいなくなる。

 

世界がなくなれば、μ'sも消えてなくなる。

 

素直じゃない、赤髪の少女も。

 

「…………………な、ら」

 

絞り出すように呟き、ミツザネは強く握り締める。

 

世界に新たなヘルヘイム(知識)を与えたロックシード(果実)

 

「貴女は、僕の敵だ…………!」

 

 

『ブドウ!』

 

 

力一杯、身体を動かし立ち上がり、ブドウロックシードの解錠ボタンを押し込む。スライドシャックルが跳ね上がると同時に、ミツザネの決意をくみ取ったかのようにロックシードが咆哮を上げる。

 

ブドウロックシードを腰の戦極ドライバーにはめ込み、震える手を動かして掛け金を閉じる。

 

 

『ロックオン』

 

 

歌が流れ出す。開発者の趣味によって備え付けられた機構が、まるで震える身体を叱咤するための激励にように響き渡る。

 

希望の凱歌。

 

それを全身で受け、闇夜の世界に響き渡らせながら叫びながら切る。

 

「変身…………!」

 

 

『ハイィーッ! ブドウアームズ! 龍砲、ハッ、ハッ、ハァッ!!』

 

 

異界の力が解き放たれ、ミツザネを覆う。

 

再び龍玄へと変身したのと同時に、インベス達が奇声を上げて飛び掛かってくる。

 

初級インベスの動きは緩慢だ。素人でも恐怖に屈せず立ち向かうほんの少しの勇気があれば、攻撃を避けて逃げる事は出来る。

 

それがアーマードライダーともなれば、撃破するのも簡単である。

 

召喚したブドウ龍砲で弾幕をばら撒きながら接敵し、咄嗟にトンファー持ちに変えて打撃を与え始める。アーマードライダーの戦闘は主にアームズを用いたものがほとんどだが、もしも素手になってしまった事も想定するように立ち回るべきだ。

 

トンファーだけでなく、打撃、殴り、蹴り。様々な攻撃を織り交ぜながらダメージを与えていくと、初級インベス達は次々と倒れていく。

 

しかし、如何せん数が多い。これでは消耗戦で、長引けば長引くほど龍玄が不利だ。

 

「っ、なら…………!」

 

ブドウアームズは複数の相手をするのに適していない。代わりに、多数の敵と戦うのに適したアームズを龍玄は所持している。

 

そのためにアームズチェンジを使用とキウイロックシードを取り出した瞬間、一気に力が抜けて片膝を着く。

 

何をされた訳ではない。ミツザネの身体が限界なだけだ。

 

「っ、あぁぁっ!」

 

 

『ハイィーッ! ブドウ・スカッシュ!!』

 

 

振り絞る様に気合いを入れ、カッティングブレードを1回だけスラッシュする。ロックシードから解放されたエネルギーはブドウ龍砲の銃身に集まり、横薙ぎするように回転する。

 

周囲に群がっていたインベス達が紫色の閃光に包まれて倒れ伏せていくが、龍玄の想像よりも範囲は狭い。槍や太刀ではなくあくまでも打撃なのだから仕方ないとはいえ、これほどまでに範囲が狭まったのはミツザネ自身の身体が限界を超えてしまっている事を意味していた。

 

解放し終わった龍玄が荒々しく息を吐いて、両膝を着く。それでも倒れ込まなかったのは、今度こそ立ち上がれないとわかっているからだ。倒れてしまえば、インベスに総攻撃を仕掛けられてしまい、ミツザネの命はここで終わる。

 

ふらつきながら立ち上がる。眩暈が強く響き、身体が休みを欲して悲鳴を上げているが、それに従う訳にはいかない。ここまで動けているのは、ひとえに強靭な精神力の賜物だ。

 

それらは全部、沢芽シティで起きた戦いで培ったものだと考えると、ここまで極限に疲労したのも初めてで、よく動けるものだと自分を褒めてやりたくなって場違いな笑みが零れた。

 

「笑える余裕があるんですね」

 

零れた笑みを聞き取ったのか、心底驚きと呆れが入り混じった顔でアネモネが告げる。確かに傍から見れば余裕を持て余しているように見えるかもしれないが、これは余裕の笑みではなく限界を超えて壊れた笑みだ。カラオケオールしてそのまま学校に向かい、一睡もしないで練習をすると不思議と笑いが込み上げてくるのと同じアレである。

 

「…………なら」

 

それに気付いていないアネモネは告げる。その声色に暗がりが広がるのを感じて、無意識のうちに龍玄の四肢が固まる。

 

あれは、やばい。本能がそう告げていた。

 

しかし、その警鐘もむなしくアネモネは両手を広げる。風が吹き始め、髪が靡き、炎が揺れる。

 

それが自然の風ではなく、アネモネから発せられる威圧によって空気が震えているのだと気付くには、そう時間はかからなかった。

 

そして。

 

「私が貴方に絶望を与えます。終焉という名前の、絶望をね」

 

変化は一瞬だった。

 

 

 

 

 

 

ミツザネは、人間がインベスに変質する瞬間を見た事がある。初めてヘルヘイムの森と接触した日、コウタは目の前で親友がインベスに成り果てる様を見ており、ミツザネもそれを記録データ越しではあるが見た。

 

その変わりようを言葉にするなら、『変身』だった。

 

アーマードライダー達は変身、という言葉を用いる。それは最初のアーマードライダー鎧武になる時に、コウタが無意識に発したからそういう習わしが自然と出来たのだ。

 

変身とは、決意の表れであり、魔法の言葉だ。インベスという脅威に立ち向かう為に、自身を戦士へと変える為に用いる境界を示す言葉。

 

それは善悪を超えて、意味は適用される。

 

だから、人間がインベスになるのも変身なのだ。

 

 

 

 

 

 

アネモネが変身した。

 

全身を蔦が包み込み、翡翠色の閃光が走った。

 

アネモネがいた場所に立っていたのは、白い()()だった。

 

白い体躯に左右の肩に音響パイプを備えており、ところどころにヘルヘイムの森に生えている蔦を纏っている怪人。

 

「……………そん、な………」

 

心が音を立てて罅割れる。それでもなんとかかき集めて意識が遠のくのを堪えようとするが、もはや精神が持ちそうになかった。

 

愕然とした声を漏らす龍玄に、アネモネは面白そうに肩を揺らす。

 

そして、両肩の音響パイプから音が流れ出す。それはよく知るインベスを操るもので、周囲の闇から再びインベスが現れる。今度は初級だけでなく、上級インベス達の姿も見えた。

 

どれもこれも敵意を滲ませている。人間態の時よりも音の効果が増幅されているようだった。

 

歯を食いしばる様にして、龍玄はアネモネへと駆けだす。上級インベス達が反応してエネルギー弾を吐き出してくるが、闇夜だからか狙いは曖昧で逸れる。行く先々で爆発が上がるが、龍玄は構わず突撃する。

 

「うおおぉぉぉぉっ!」

 

龍玄にしては珍しく雄たけびを上げて、ついにアネモネと肉薄する。

 

そして、その顔に向かって拳を突き出し、

 

「……………っ!」

 

寸前の所で、拳を止めてしまった。

 

アネモネを、殴る。攻撃する。

 

アネモネは倒さなければならない敵だ。倒さなければ、世界を滅ぼす引き鉄を引いてしまう。

 

しかし。

 

アネモネを、倒す。

 

その事に、躊躇いが生じた。理屈ではわかっている、理由は明確化されている。

 

しかし、情がそれを許さない。

 

龍玄の、ミツザネの心はアネモネを傷つける事を拒絶していた。

 

確かに操られていた。アネモネの傀儡となり、この島を破滅へと追い込んだ。

 

しかし。

 

けれども。

 

この、心の中に湧き出た想いは。

 

「…………つぁ!」

 

攻撃出来ないとわかったアネモネが、龍玄を突き飛ばし音響パイプから衝撃波を放つ。龍玄の身体が火花を散らしながら吹き飛び、地面を転がる。

 

肺の中の空気を吐き出し、気付けば包み込んでいたライドウェアが散って変身が解けていた。近くにブドウロックシードが弾かれたように落ちているのに気付いて、辛うじて手を伸ばして掴み取る。

 

「終わりですね」

 

再び翡翠色の閃光と共に人間の姿に戻ったアネモネが、見下す様に告げてくる。

 

「さようなら、呉島ミツザネ」

 

「待…………て……………!」

 

視界は明暗し、意識がちらつく。身体はとうに動かず、立ち上がる気力も体力もない。

 

意識はやがて、闇へと沈んでいく。最後に見たのは、こちらへジリジリと距離を詰めてくるインベスの群れ。

 

ここまでか、と悔やむ暇も思い返す時もないまま、ミツザネは意識を手放す。

 

最期に耳朶を叩いたのは、何かを引き摺る音。

 

例えば、キャリーケースを引き摺るような音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呉島ミツザネが所有するロックシード

 

 

・ブドウ

・キウイ

・ヒマワリ

・サクラハリケーン

 

 

 

 

 

次回のラブ鎧武!は……………

 

 

「弟を見殺しにして、いいんですか!?」

 

ミツザネへの救援を許可しないタカトラ。

 

 

 

「ってぇー………おいおい、普通陶器を投げるか…………? 当たり所が悪かったら死ぬぞ」

 

μ'sの前に現れる錠前ディーラー、シド。

 

 

 

「元々、奴らの計画に戦極ドライバーを無力化させる、というのはなかった。それを齎すよう、俺に指示した奴がいる」

 

明かされる、この事件を促している道化の存在。

 

 

 

「…………情は時に、諸刃の剣となる」

 

それは、人として当たり前の感情。

 

 

 

次回、ラブ鎧武!

 

41話:泪月 ~情で霞む道~

 

 

 

 

 






何度も投稿ミスが続く。

どうも、グラニです


ほぼ、1か月ぶりの投稿となりました。

この話しでミツザネに何があったのか、という事を明かせました。
考えなしで広げると風呂敷たたむのも大変ですね、ほんと…………

ヨウにこ。すみません、ドラマCD聞いた瞬間からヨウコさんにはこれをやらせたかったんです。
このネタ、後日にも持ち越せたらいいなぁ………

どんよりとした空気が続く。早く反撃にうつらせたいものです

ある程度は書けているので、きっと次話は早く投稿出来ると思いますのでお待ちください!

感想、評価随時受け付けておりますのでよろしくお願いします!

Twitterやってます
話しのネタバレなどやってるかもしれませんので、良ければどうぞ!

https://twitter.com/seedhack1231?s=09







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