ラブ鎧武!   作:グラニ

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吹き荒れる絶望

光は閉ざされれば、闇は広がるばかり———




39話:真実の行方 ~沸き立つ絶望~

  

 

 

 

 

 

一同が別荘に辿り着いた頃には、曇り空でもわかるくらいに陽が落ち始めて夜の帳が広がりつつあった。

 

到着して早々、まずは全身火傷を負ったような状態の啼臥アキトが担ぎ込まれた。知らなかった事だが、地下には簡単に手術が出来るほどの医療施設が用意されており、緊急事態ではこの別荘が作戦本部になったりするそうだ。

 

西木野真姫達が到着するより先に別荘にいたのは、戦極ドライバーの産みの親でもある戦極リョウマを始めとして20人ほどのスタッフ達だ。

 

「まずはアキト君。それからコウタとカイトを」

 

リョウマの指示で白衣を着た医療チームが担架に乗せて怪我人を地下へと運んでいく。病院のように待合室はないので、リビングで待つように言われたμ's達は各々ソファーだったり壁にもたれかかったりして休む事になった。

 

「………………」

 

かれこれ2時間ほど経ったような気がして、真姫が壁に掛かっている時計を見やるとものの30分ほどしか針は進んでいない。これほどまでに時間が長く感じるとは、と顔を顰めて溜息をつく。

 

仮に1時間であろうと10分であろうと、誰も言葉を発さないのは変わらなかっただろう。

 

一番の重体であるアキトの幼馴染である星空凛と小泉花陽は、ソファーの端で身体を寄せ合い抱きしめ合っている。合流してからアキトの重体を知り、反乱狂になっていた凛を真姫が精神分析(物理)で落ち着かせたが、やはりいざ治療の場となれば冷静ではいられない。

 

その時、リビングの扉が開かれてガラガラっと複数の機材が運ばれてくる。

 

リョウマは顔を上げたμ'sの面々に告げる。

 

「みんなには悪いんだけど、今からこのリビングを作戦司令本部として使わせてもらうよ。すまないけど、各自の部屋で待機していてもらえるかい?」

 

「プロフェッサー! アキトは!? アキトは!?」

 

ばっと立ち上がった凛がリョウマに詰め寄ると、にかっと笑顔が返って来た。

 

「大丈夫。治療は終わったよ。アキト君、意外にもそれほどじゃなくてね。命に別状はないだろう」

 

「コウタ君は!?」

 

「カイトはどうなん!?」

 

アキトの知らせを受けて凛と花陽は輝かしい笑顔を見せて抱き合う。それに伴って高坂穂乃果と東條希も詰め寄ると、リョウマは玄関入口を示す。そこいには移動式のベッドに横たわったコウタ達がおり、2階の部屋へと送り届けられている所であった。

 

「どちらも無事。カイトはともかく、コウタはライドウェア越しに攻撃を受けたという事は衝撃で気絶しているだけ。ミツザネも現状、おかしな点は見つからないよ」

 

「よかった…………」

 

「もうじき、タカトラと一緒に矢澤君も帰ってくるだろう。部屋で4人を頼んだよ」

 

そう告げてリョウマはリビングへと入って行く。

 

それを見届けて4人は医療チームスタッフからベッドを借り受け、2階へと移動させる。なんとこの別荘、偉く階段が広いとは感じていたのだが、専用のベッドと接続して簡単なエスカレーターのように自動でベッドな物資などの移動を可能にする機能が備わっていたのだ。

 

通路はベッドがやっと通れるくらいの広さなので、慎重に2人1組で移動して、とりあえずそれぞれの部屋にベッドを固定させた。

 

「……………これからどうなるんだろう」

 

「………わかりません」

 

穂乃果の呟きに、園田海未が答える。その様は普段の大和撫子のような振る舞いはなく、心底疲れ切っているようだった。

 

「……………帰れるのかな。私達」

 

呟いた南ことりの疑問は、誰もが思っている事で誰にも答えられないものだ。もはや、スクールアイドルうんぬん以前に、ただの女子高生が口を挟めるような事態を超えてしまっている。戦うアーマードライダー達を見守る、などという優しい言葉が通用せず、もはや出来る事はこの事態が無事に収まるよう祈ってガタガタ脅えるくらいだ。

 

「……………何もないのかな、本当に」

 

「穂乃果…………」

 

事態は深く、大事になってしまっている。神田でも見たことのないくらいに、今頃世間ではビッグニュースになっているだろう。

 

それほどまでに大きな事件であっても、コウタやカイトは戦いに赴くのだろう。音ノ木坂学園の為とかμ'sの為とか、言い訳などをすっ飛ばしてそういう人達だから。

 

そんな彼らに対して、出来る事は本当にないのだろうか。

 

「……………穂乃果の言いたい事もわかるわ。でも、今回ばかりは今までとは規模が違いすぎる」

 

そう言ったのは絢瀬絵里。生徒会長という肩書きがあるが故に、暴走しそうな穂乃果を諌める意味も込めて言った。

 

「私達に出来る事は、きっと………」

 

「待つ事も、戦う事」

 

絵里の濁した言葉をやんわりと遮るように、希が続ける。

 

「今回は、それがウチらの戦いだと思うんよ」

 

「待つ事も、戦い………」

 

希の言葉を繰り返す様に呟く穂乃果。まるで言い聞かせるように、自身に浸透させるように。

 

しかし、それでもどこか無気力な感覚は拭えない。今まで、コウタ達は真姫達のすぐ目の前で戦っていた。巻き込まれる危険だとかそういう事ではなく、勝ってすぐにこちらに振り返ってくれる。

 

そして、ありがとう、と言ってくれるのだ。何もしていないのに、ただ見守っているだけなのに。

 

アキトが言う分には「美少女が見守ってくれるだけで力になるんじゃね?」などと適当な事を言って凛に殴られていたが、ともかく傍にいるだけで力になれると実感していた。

 

今までは手を伸ばせば、すぐ届く範囲にいてくれた。

 

それが、今回はきっと遠い所に行ってしまうのだろう。それを思うと、やはり彼らと生きる世界が違うような気がして、無力感が強く根付いてきた。

 

「なーに、辛気臭い顔してるのよ」

 

開けっ放しの扉から声が飛び、全員が一斉に振り向く。

 

「にこちゃん!」

 

「みんな、無事みたいだな」

 

「タカトラ先生!」

 

入口に立っていたのはμ's最後のメンバー、矢澤にこと顧問兼ユグドラシルの主任、呉島タカトラだ。

 

「にこちゃーん!」

 

「だあぁぁぁっ! 引っ付くんじゃないわよ! 夏なのよ暑苦しい!」

 

穂乃果に抱き付かれて喚くにこは、ふとカイトを見て目を細める。次いでアキトとミツザネに見やって、瞳を震わせる。

 

「………………無茶して」

 

「うん、本当に…………」

 

穂乃果が離れたにこは、そっとアキトの髪を撫でる。

 

「……………あの、タカトラ先生」

 

「矢澤から詳細は聞いた。大事になってしまったが、みんなは必ず神田町に無事に返す。心配するな、と言って説得力はないだろうが、ここにいてくれ」

 

タカトラの強い瞳に返され、穂乃果は何も言えなくなる。その言葉の裏には、安全の為に口を出さないで大人しくしていると釘を刺しているようだ。

 

「……………タカトラ先生。ヨウコさんって料理出来るんですか?」

 

ふと、何を思ったのかにこがタカトラに問い掛ける。その意味がわからず顧問は怪訝な顔をし、真姫達も顔を顰めて顔を見合わせる。

 

「学生時代は暗黒物質を作り出しては、よく俺とリョウマの胃を破壊してくれたな」

 

「カイトも家事出来ない言ってたし、得意じゃないんじゃない?」

 

絵里の言葉にそうね、と頷いたにこは壁に掛かっている時計を指さした。

 

「丁度、夕飯の時だし。私達でスタッフの人達の分も作りましょ? 食材は幸いにもアキトが買い込んでくれてるし、何もしないでじっとしてるとうじうじ考え事しちゃいそうだしね」

 

ちらりとにこが穂乃果を一瞥して、周りが確かにと同意を示した。

 

「そうね。お腹いっぱいになったら、何か良い案が浮かぶかもしれないし」

 

「ご飯の匂いで、コウタ達も起きるかもしれませんしね」

 

海未の珍しい冗談に、それはないよーと穂乃果の突っ込みが入って笑いが上がる。

 

その中で、おずおずと凛が手を上げた。

 

「ごめん。凛はアキトの傍にいたいよ。すぐに起きるかもしれないし………」

 

「凛ちゃん………」

 

この場の雰囲気を壊したくないからか、申し訳なさそうな凛ににこは頷いた。

 

「もちろん、無理強いはしないわ。凛の言う通りアキト達が起きた時、すぐ連絡する役割も必要だしね」

 

そう言ってにこは他のメンバーを見回す。

 

「アンタ達も休みたい人がいたら休んだ方がいいと思う。これからどうなるか、皆目検討が付かないんだし」

 

「それはにこも同じだと思うけど……」

 

「アイドルは人を笑顔にするのが仕事なのよ……………まぁ正直、辛いけど何かしてないと落ち着かないから」

 

結局のところ、何か手を動かして集中していた方が余計な事を考えないで済むのだ。でなければ仲間達の事や島の事で悩んでしまい、雁字搦めになってしまうだろう。

 

その提案をありがたく引き受けて、μ'sは料理を作る事になった。

 

しかし、真姫は同時に理解していた。

 

そういった当たり前の事でさえ言葉にして、行動をはっきりさせなければならないほとに非日常の中にいるという事を。

 

一歩間違えれば、真姫達もその地獄に放り投げられるという事から、ただ目を背けているという事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

##########

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこからは話しがとんとんと進んでいき、凛と海未、希となり、他のメンバーで台所に立った訳だが。

 

「ちょっ、なんで包丁逆手持ちしてるの!?」

 

「えっ、包丁ってこうやって持つんじゃ………」

 

「どこ情報なのよ、それ」

 

「料亭で見たマグロの解体ショーよ」

 

「は、ハラショー………」

 

「絵里ちゃん、感動してる場合じゃないよ!」

 

「危ないよ!」

 

野菜を切ろうとした所で真姫が包丁を握った瞬間、にこ、穂乃果、絵里、ことり、花陽に止められた真姫。

 

可笑しい、確かにこうやって職人は捌いていたはずだが、と真姫は割と本気で腕を組んで悩んでいると、もう邪魔だから皿の準備しといて、とにこに命じられ為、渋々と引き下がって隣の部屋で人数を数えて皿を用意する。

 

「ほぉ! いいね。スクールアイドルが作る料理……ファンが聞いたら泣いて喜びそうだ」

 

皿を並べていると、そんな事を言いながらリョウマが入って来る。相変わらずこのような事態だというのににこにこと楽しげな笑みを浮かべており、真姫は嫌悪感が隠せきれていない目を向ける。

 

真姫は今だにこの戦極リョウマという男を信じきれていない。メンバーの中でもおそらく単純の穂乃果や凛は信じきっているかもしれないが、その他だってどこか胡散臭さは感じているだろう。

 

タカトラの親友で、同じ仲間だとしてもこの男には得体の知れない何かがある。それは頭が良いと言われる真姫ですら知る事の出来ない、言わば社会の闇とも言うべきか。

 

それはきっと、まだ真姫が知るべき事ではない。いずれ知る事になるかもだが、今は不要な部分。

 

それを隠す事なく堂々と見せつけてくるのだから、この男に不信感を抱かずにはいられないのかもしれない。

 

たとえμ'sのファンだと聞いても。

 

「アンタ………こんなトコで油を売ってていいの?」

 

「もちろん、私の部下は優秀だからね」

 

サボりを公言したリョウマはさて、と手を叩く。まるでぞんざいな態度を取る真姫の意識を集中させるように。

 

「ところで西木野君。君はご実家が総合病院だったが故に………実際に医療現場に立ち会った事は?」

 

「…………ないわ。いくら娘でも命のやりとりをする場所に素人を入れるはずないでしょ」

 

質問の意図がわからない以上、真姫は素直に答える。最も、小さい頃にはよく遊びに来ていた、というのを古株の看護師から聞い事があるが、どの道真姫は覚えていなかった。

 

「それもそうか。なら、全身火傷の人間を見た事は?」

 

「実際にはない………けど、参考書とかのイラストで見たくらい。だからアキトを全身火傷かと思ったんだけど、違った?」

 

遠目で見たあとに直接見たが、やはりアキトのそれは火傷だったと判断出来る。全身が焼けただれて熱を持ち、衣類で多少隠されていたがそれはもう酷い具合だった。

 

それを聞いたリョウマはふむ、と腕を組む。

 

「あのー」

 

そこへキッチンへの出入口からひょいっと顔を覗かせたことりと花陽に、真姫は怪訝な顔を浮かべる。

 

「花陽に、ことり?」

 

「私が呼んだ」

 

ぬっ、と反対側の扉から入っきたでたろうタカトラの姿に真姫は言いようのない嫌な予感を覚える。

 

「そう構える事はない。ただ話して欲しいだけだ」

 

「君達が何に巻き込まれ、何を見たか。特に西木野君、君は実際にアネモネと接触した。そして、アキト君がオーズロックシードという見知らぬロックシードを使った事も矢澤君から聞いている」

 

それを聞いて真姫は思わず舌打ちしそうになる。あの件を秘密にしようと結託したのは真姫と希であり、にこはどこか抜けている所もあるのでオーズロックシードが未知の存在だと気付かなかったのだろう。

 

何の話しだろう、とことりと花陽が顔を合わせる中、タカトラはギロっとリョウマを睨む。

 

「おぉ、怖い怖い。仕方ないだろう、私の知らない未知のロックシードが存在するとなれば、気にならずにはいられないよ」

 

「だからと言って、私の生徒を脅すようなマネはやめろ」

 

タカトラは息を吐いて、真姫を見やる。

 

「…………話せ、と言われても多分、話せるような事はにこちゃんが話した通りだと思います。私の推測も混じるけど、インベスが暴走いている原因はあのスピーカーから流れている音、だと思う。アキトは歌だって言ってたけど」

 

「アキト君も?」

 

そこでようやく、ことりと花陽が口を挟んでくる。浮かべているのは共学の表情で、互いに子tp葉が重なった事に対しても驚いているようだ。

 

「も、という事は?」

 

タカトラが聞くと、花陽がことりを先にと促す。

 

「戦いに入る前、コウタ君も「何だ、この歌は!?」って唸り出したんです。でも、私達が声を掛けたらすぐに収まって…………」

 

「カイトさんも唸ったりはしなかったけど、どこか変で………音の事を歌って言ってました…………」

 

2人の言葉に真姫は顎に手を当てて耽る。真姫達には音としか聞こえないこれを、アキト、コウタ、カイトの3人は歌と捉えた。3人に共通する項目が思いつかない。

 

「タカトラは音、としか聞こえないよね?」

 

「あぁ。仮にその違いをアーマードライダーに変身した数、などで詳細してもアキトもそうである、という所に疑問を抱く。よしんばそうだったとして、3人以上に変身している俺が音としか感じない事に矛盾が生じるからな」

 

「……………高校生。未成年でアーマードライダー、だからというのは?」

 

真姫の呟きになるほど、とリョウマが素直に共感の声を漏らす。タカトラとアキト達の違いを上げるとしたら、もうそこくらいしか思いつかなかった。

 

「確かに違いと言えばそこしかないかもしれんが…………」

 

「ミツザネが起きていたらどう反応するか、で決まるけど、目覚めない以上話しにならないね」

 

可能性の話しが進まないのなら、それ以上の話しは意味がない。

 

「あの音の元凶がアネモネ、というのは?」

 

「それは間違いないです。アネモネの歌声に反応してアキトが苦しんでいたから」

 

「音でも危ないかもしれないのに、声を直接聞いたら…………」

 

惨状を思い浮かべて花陽の顔が青くなる。真姫は花陽が秘めている感情を知っているからこそ、その痛みは想像を絶するものだと言う事だけはわかった。

 

「………やはり、アネモネを叩く以外に解決策はないか」

 

「そんな……………! アネモネちゃんはただの女の子なのに……………!」

 

例えこの現状を引き起こしているとはいえ、タカトラの言っている意味は文字通り物理的に無力化するという事だ。それには当然、殺害も含まれており、仲良くしようとしていたことりは呻く。

 

それがおそらく、自分達がこの地獄で異端である事の証明。正気と狂気という認識の違いなのだろ。

 

「南、気持ちはわかる。だが、彼女をどうにかしなければ我々がこの島から無事に抜け出す事は出来ない」

 

「話し合う、とかいう甘ったるい選択肢はないよ? すでに彼女のせいで我々の同胞だけでなく、民間人にも被害が出ている」

 

そう。

 

アネモネが、黒の菩提樹が引き起こしたこの事件ですでに何人もの死傷者が出ている。アキトは見せないようにしていて、希やにこは気付かなかったようだが、真姫は確かに瓦礫に潰されていく人々を見た。

 

目の前で直接見る断末魔や悲鳴。そして命が失われていく様は、医者の道を志している身とはいえ来るものがあった。しかし、素人でただ1人の男の子というだけで強がっているアキトの姿を見て、込み上げてきた不快感を気合いで押し込んで真姫は耐えたのだ。

 

「でも…………」

 

「……………言うのは簡単。実際にはそう上手くいかないと思います」

 

「………………どういう意味だ?」

 

ことりのなおも引き下がらないという態度を遮るように、真姫は言葉を紡ごうとする。

 

しかし、それを遮ったのは花陽だった。いつものオドオドしたような瞳はなく、強い力を込めた双眸がタカトラとリョウマを射抜く。

 

「アネモネには………あちら側には特殊なアーマードライダーが2人います」

 

「1人は狗道クガイだとして……………まさか………………」

 

狗道クガイ。黒の菩提樹の党首であり、今回の件を引き起こした首謀者と言っても過言ではないだろう。昨日、ヘルヘイムの森で遭難したアキトはアーマードライダーとなり、戦闘の末に敗北したと聞く。おそらく、その時はウォーターメロンロックシードを使っていたが、あのオーズというライダーとなって戦い、それでも負けたのだろう。

 

アーマードライダー龍玄と互角に渡り合ったオーズを抑えたのだから、狗道クガイもまた尋常ではない強さを持っていると見た方がいい。

 

そして、もう1人は。

 

「タカトラ先生の恩師、瀬賀長信さんです。私達は直接戦闘する所を見て、カイトさんとヨウコさんを打ち負かしていました」

 

その言葉に、真姫とことりは絶句する。カイトの強さを2人はもちろんの如く知っており、それ以上にヨウコには命を助けられたのだから、その強さも直に感じている。

 

初日に出会った際に鎧武達と同程度かもしれないと思っていたが、聞いた話しではそれ以上にも感じる。

 

ずっしりと伸し掛かってきた絶望に、真姫は重々しく息を吐く。

 

現状、戦えるアーマードライダーはタカトラの斬月のみだ。もちろん、最高のシチュエーションはコウタとカイト、ミツザネも起きて解決の望むという形だ。それでも戦力差は絶望的であるが、最高の形である事に変わりはない。

 

しかし、現実はそう甘くはない。実際、このまま進めば斬月のみで全ての敵を相手にしなければならない事になる。せめて、インベスだけでも無力化しなければ勝機は微塵にも感じられなかった。

 

「それほどか………」

 

「カイトさんが精神的に不安定だった、というのもあったのかもしれませんけど…………」

 

「ふむ、ちなみに使用しているロックシードは?」

 

「ブラッドオレンジよ。鎧武の橙色を血のように真っ赤にした感じの、ね」

 

花陽の代わりに真姫が答えると、タカトラから知っているのか、という目を向けられる。

 

「…………実は初日のあの日、私達がインベスに襲われている2人を助けたって話したけど、本当は逆なんです。海を見ていたアネモネと出会って、インベスに襲われたんです。ミッチでも手が付けられないほどの大軍で、危ない所を……………」

 

「瀬賀先生に助けられた、という事か」

 

嘘を付かれていた、という事に不満そうな顔を浮かべるタカトラだが、真姫はそれよりも刻々と神妙そうかつ怒りの色を滲ませてくリョウマに目がいく。

 

「……………許せないねぇ」

 

「リョウマ」

 

釘を刺すような親友の言葉も聞こえていないのか、リョウマは呪怨のように嘯く。

 

「私の研究を勝手に使い、しかも未知のロックシードなんて…………」

 

それはつまり、ブラッドオレンジロックシードも正規で開発されていないロックシードという事になる。オーズロックシード同様の、存在しないはずの果実。

 

「そもそも、ロックシードってどうやって作ってるんですか?」

 

「戦極ドライバーでヘルヘイムの果実を取ると変化する、というのは周知の事実ですけど、その選定方法は………?」

 

つい気になったのかことりと花陽が尋ねると、歪んでいたリョウマの顔が一転して輝く。研究を自慢できる。それもμ'sに、という点で怒りは吹っ飛んだらしい。

 

「戦極ドライバーにはロックシードのデータ………簡単に言えばレシピみたいのが組み込まれていてね。ヘルヘイムの果実を取った瞬間、その果実に含まれているエネルギーでレシピの中から変質出来そうなロックシードをランダムで選んで作り出す、っていうシステムさ」

 

「な、何でランダムなんですか…………」

 

どうせ取るならランクが高いロックシードの方がいいに決まっている。

 

そう思って花陽が聞くと、正直わかりきった答えが返って来た。

 

「その方が面白いじゃないか」

 

「……………いずれ、戦極ドライバーの設計図は闇ルートにバラまれる事は予想出来たからな。そうでもしなければ、高ランクのロックシードばかりが犯罪者などに渡る事になるからな、敢えてランダム性にしたんだ」

 

「あ、ちゃんと理由あるんだ…………」

 

ぽろっと心の声を漏らす花陽に、ことりが安堵の意味を込めた苦笑を浮かべる。今や戦極ドライバーはこの世界にはあってはならないシステムで、インベスとの共存を保つのになくてはならない物だ。

 

それをいくら開発者だからとはいえ、1人の科学者の気まぐれで物事を決められては大変な事である。

 

ちなみに余談であるが、それは最初から闇市場などの裏世界に流出するであろうという事を織り込んだ上だという事は、この2人の男しか知らない事だった。

 

「と、なると必然的にミツザネの回復を待つ事になるが………」

 

「どうかな。彼が味方という前提で話しを進めるのもどうかと思うけどね」

 

「っ、どういう意味よ?」

 

リョウマの言葉に真姫は敵意を滲ませる。

 

「彼はアネモネの隣に立ち、君達を倒す為に行動を起こした。おそらく、戦極ドライバーの自爆プログラムをアネモネに話したのも彼だろう。そんな彼を味方だと信じ切って話しを進める、というのは愚かしいと思わないかい?」

 

「それは………」

 

リョウマの言っている事は正しい。真姫は実際に銃口を向けられ、アキトは彼と戦ったのだから。

 

花陽とことりも信じ難いが事実と認識しているのか、何も言えないでいる。そして、少し絞り出すように。

 

「尋問、とか………」

 

「余裕があればそうしてるけど、今はないからね」

 

リョウマはそう告げて、瞳が剣呑に輝く。それが射抜くのは真姫ではなく、タカトラだ。

 

それに答えるように、小さく息を吐いて。

 

「…………もしも、ミツザネが自らの意思で向こう側に付くというのなら、俺が斬る」

 

それはユグドラシル主任として、兄として弟の暴挙を止める。そういった意味が含まれているように感じられた。

 

「…………ならいいけど」

 

そうリョウマが区切った所で、ガチャリとドアが無遠慮に開けられた。

 

「あっ、タカトラ先生もプロフェッサーもこんな所にいた!」

 

「穂乃果ちゃん?」

 

ひょいっと顔を出してきた穂乃果に続いて、にこも顔を出してくる。

 

「夕飯、出来たわよ。後は盛り付けるだけなんだけど………」

 

「あ、あぁ。ごめんなさい。すぐに食器を並べるわ」

 

少し込み入った、仲間を疑うような話しをしていた、とは言えずに真姫は食器を並べ始める。さきほどのような話しは今仲間達にするべきではない。ただでさえ情緒不安定な均衡を、さらなる問題で裂け目を入れる必要はなかった。

 

「せっかくだ。夕飯にするとしよう」

 

「スクールアイドルの手料理………楽しみだね」

 

その事を察してくれたのか、先程までの空気を消し、タカトラとリョウマが言うと花陽が手を上げた。

 

「じゃあ、凛ちゃん達を呼んできますね」

 

「なら、私はスタッフの人達に声を掛けてきます」

 

花陽とことりもそそくさと動き始め、真姫も意識を切り替えるように食器を並べる作業に戻る。

 

まるで子供の手伝いみたいだ、と思いつつも、いくら成績優秀でもスクールアイドルでも子供でしかないと痛感して真姫は自嘲気味に薄く笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ねっとりと浮かんできた汗を拭い、アネモネは重々しく息を吐いてソファーに倒れ込んだ。

 

「………………っはぁ………」

 

もう一度大きく息を吐くと、疲労感が襲ってくる。横になって回復するかと思ったが、なったらなったらで逆に疲労感をダイレクトに感じてしまう。それでも早く回復するには横になるのが手っ取り早いので、何度も何度も呼吸を整えるしかなかった。

 

本当ならちゃんとしたベッドで横になりたいのだが、防衛タワーと呼ばれている戦闘時の拠点を想定された場所にそのようなものはない。こうして横になれる物が見つかっただけでもありがたいと思うべきであろう。

 

「ご苦労だったな、アネモネ」

 

「瀬賀様」

 

息をついていた所で声を掛けられ、顔を上げると部屋の入口に立っていたのは瀬賀長信。黒の菩提樹に客員として参加している革命児で、アネモネの保護者だ。自身がアーマードライダーであるが故に彼も駆り出され、ユグdpラシルのアーマードライダー達を駆逐していた。

 

「ご無事でしたか」

 

「あぁ、いい。そのままで」

 

身体を起こそうとしたが、瀬賀は破顔して手を上げて止める。それを見てアネモネは再びソファーに身を沈め、失礼だと思いながらも顔を向けた。

 

「そちらは如何でしたか?」

 

「噂には聞いていたが、思っていた以上だ。アーマードライダーバロン、九紋カイト………あれで高校生とは末恐ろしい…………」

 

そう話しながら瀬賀はアネモネの反対側の椅子に座る。その際に一瞬、顔を歪めたかと思ったら左腕を抑えた。

 

「瀬賀様!?」

 

「大事ない。ただの掠り傷だ」

 

そう告げる瀬賀は、どこか嬉しそうだ。しかし、同時に悲しさを孕んでおり、アネモネは首を傾げる。

 

「……………何。命の散り際というのは強く輝き、そして仲間の為にあそこまで自分を捨てられる。そういう男達に巡り合えて嬉しかった、というだけだ」

 

アネモネの表情を察したのか、瀬賀はそう言ってジャケットを脱いで乱雑に椅子の肩にかける。

 

それを見てアネモネはむっ、と顔を強張らせる。

 

「……………瀬賀様」

 

「わかった、わかった。そう睨むな」

 

瀬賀は意外にもずぼらだ。私生活では最低限の事しか出来ず、衣類など大半が放り投げて終わりだ。それではいけない。せっかく立派な衣類を持っているのに、皺などが出来てしまったら見栄えが悪くなる。

 

アネモネの視線に気付いて、苦笑を浮かべながら瀬賀は立ち上がってジャケットをハンガーに掛ける。それを見て心の中でよし、とガッツポーズを決めてアネモネはゆっくりと起き上がる。

 

「そのままでいいと言ったろう」

 

「瀬賀様がいるのに、横になどなっていられません」

 

「一番疲弊しているのはお前だという自覚はあるか?」

 

「あります。ありますけど、私は瀬賀様にいなければ生きてたかどうかさえも危うい存在ですから」

 

こう言えばあぁ言いやがって、と不満そうに顔を膨らませる。これは決して失礼な態度などではない。主が主らしくしてもらうように進言しているだけだ。

 

瀬賀もそれはわかっているので、それに対しての怒りの孕んだ言葉は向けない。むしろそうしたこじゃれた応対を楽しんでいるようにも見える。

 

「あまり根を詰めたらイカンですよー。お2人とも大切な大切な存在なんですから、御身を大切にしてください」

 

瞬間。

 

アネモネと瀬賀しかいないはずのこの部屋に、まったく異なった声が響いた。

 

2人が顔を向けると、奥の大きな社長が据わるような椅子に、銀髪の少女が座っていた。両膝を抱えてこちらを向いている為に女性の聖域が丸見えになってしまっているが、本人にそれを気にいしている風はない。アネモネも同性で微塵も感じないし、瀬賀もくだらなそうな顔をしてスルーしている。

 

銀髪の少女はこちらの反応に「つまらないですねー」と足を降ろして立ち上がり、びゅんっと飛び上がる。とても人間とは思えぬ軽やかな跳躍は、ソファー前にあるテーブルに着地して見事なポージングで終わった。

 

「ナール…………」

 

「そんな不安そうな顔しないで下さいー。せっかくの可愛い顔が台無しですよー」

 

そう言いながらナールはアネモネの隣に座り込んで、すりすりと胸に頬擦りしてくる。それを鬱陶し気に払うも、抱き付いて来る事を止めない。

 

この少女はナール。年は高校2年生ほどだが、純正な日本人ではないのでその憶測が正しいとは限らない。正確な年齢はアネモネは知らなかった。

 

ナールと知り合ったのは、今回の作戦の開始時。黒の菩提樹を通じて紹介され、度々と協力関係を築いている。

 

目的や詳細は知らない。何故、協力してくれるのかと問うと決まって「その方が面白そうだからですよー」と楽し気に答えてくる。

 

何者なのだろうか、と思うも敵ではない事は確かだ。こうして抱き付いたりしてくるのも、親愛の証と言えばそうなのだろう。

 

「ナール、何故ここにいる?」

 

「あぁ、そうでしたそうでした。ミスターセンゴク、ミスター狗道クガイが呼んでましたよ」

 

その言葉に何故、普通に話さないのか。と批難に近い目を向けるが、ナールはすでにアネモネにしか見ていない。

 

戦闘とは異なった疲労感を纏わせながら、瀬賀は部屋を出て行く。

 

それを見届けてから、アネモネは重く息を吐いてナールを睨み付けた。

 

「いい加減にしてください」

 

「あらぁー、百合はお嫌いですかー? だがっ、それがいいっ!」

 

「……………貴女がミツ君に植えた果実の種、真姫さんが簡単に引き抜いたようですけど大丈夫なんですか?」

 

映像越しで見た光景。錯乱していたのか、それとも確固たる考えがあったのかわからないが、真姫がミツザネの首元から生えていた植物を抜き取った。

 

あれのおかげでミツザネの行動や記憶を操作していたのだから、今頃怒っている事だろう。

 

騙していた。それは元から立てていた計画の1つで、目的を達する為には必須事項だった。最初からそのつもりで接近した。

 

なのに。

 

どうして、心が痛い。

 

どうして、心が苦しいのだ。

 

「おやおやぁ?」

 

にんまり、という言葉が似合うような笑顔でナールが詰め寄ってくる。ただし、今度は抱きついて来るのでなく、燃えるような赤い双眸を近付けてくるだけだ。

 

「何ですか………」

 

「いえいえ、その憂いを帯びた顔はもしかしてもしかして、呉島ミツザネを騙した事に罪悪感を感じてますー?」

 

「……………まさか」

 

図星だったが為に、返答に間が空いてしまった。

 

にやにや、と下品の笑みを絶えず向けてくるので、アネモネは面倒そうに息を吐いて答える。

 

「あれただけ無垢な目を向けられて、騙しているのだから罪悪感を覚えるのは当たり前です」

 

「じゃあ、後悔してます?」

 

「いいえ。私にはそれ以上に覚悟があります」

 

罪悪感があるのは認めよう。良心が痛むのも認めよう。

 

だが、それ以上に覚悟がある。この間違った世界を正そうとする、その覚悟が。

 

「そうですかね?」

 

しかし、まるでその覚悟を崩すかのように、わからないなぁとでも言うかのように頬に指を当ててナールは首を傾げる。心なしかアホ毛までもがハテナマークを作っているようにも思えた。

 

「………何か?」

 

「いえ、確かに覚悟はあるんでしょうけど、自覚ないですかね?」

 

一体何を言っているのか、アネモネは目を細める。

 

「アネモネさん。呉島ミツザネの話しをすると、瞳が綺麗に輝いていますよ?」

 

それは、まるで心を穿たれたような強い衝撃を与えた。歓喜や苛立ちといった理解不能な感情の奔流が襲い、アネモネの思考を描き回す。

 

その様子を見て、ナールは呟く。

 

「春ですねぇ………それもこの世界において、いいスパイスになるなら一興」

 

心を掻き乱されたアネモネは気付かない。

 

楽しそうなナールの呟きも。

 

まるで映画のようにスクリーンの向こう側を眺めている観客のような笑みも。

 

見つめる双眸が、焔のように怪しく揺らめくのも。

 

闇が、嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜が支配しつつある世界で至る箇所で噴煙が上がり、建物などが燃え上がる。その様はまさしく地獄絵図で、今この瞬間もどこかで誰かが断末魔を上げ、恐怖に脅えている。

 

その様を高い山際の崖から眺める男がいた。ハット帽子を被り、黒いベストに白いスラックス姿でキャリーケースを引く男。

 

ミツザネを半人前だと諭しながらも、その将来に期待するという意味で帽子を奢った男だ。

 

もっとも、向こうはこちらの正体に気付いていないだろうが。

 

その隣にはひと昔に開発された自立飛行機、ドローンが滞空しており内臓式カメラを通じて空いてもこの地獄を眺めている事だろう。

 

「……………悪趣味だねぇ。インベスの暴走を呼び起こし、人間に襲わせる」

 

『今までインベスを愛すべき隣人だと信じ切っているこの世界の人間には、最良の毒だろは思わんかね?』

 

初老の男の声が響く。どこかで聞いたことのあるような声だが、生憎と政に興味はなかった。

 

「けど、アンタにとってこの地獄の本来の目的は世界に対しての報復でも何でもない。いや、報復する相手が違う、と言った方が正しいか」

 

『言ってくれるな。ヤクザどもにも散々笑われたよ』

 

そりゃ、笑われるだろう、と男は突っ込む。

 

「この惨状も、μ'sを絶望させるだけに用意した大舞台なんて聞いたらな」

 

『失敬だな。この地獄を組みたてたのは黒の菩提樹で、私はμ'sをこの地獄に巻き込むよう進言しただけだ』

 

「今回の事件を起こす為に、多額の資金援助をしておいてよく言うぜ」

 

鼻で笑った時、背後でバキリと木の枝を踏む音が響く。

 

振り向くと、おそらく人間の匂いを嗅ぎつけてインベスが殺気を漲らせながら5体ほど群がって来ていた。

 

『しっかりと、彼女達が苦しむ姿を撮影しておいてくれよ?』

 

「そのくだらねぇ事の為に、わざわざ俺を変装までさせて侵入させたんだ。末恐ろしい執念だよ、アンタのμ'sとチーム鎧武への憎しみはな」

 

『あのクソガキどものせいで儂は破滅へと追いやられた。これでも生温いくらいだ』

 

「……………ハッ」

 

本当に外道という言葉が似合う存在だ、と心の中で呟きながら男は戦極ドライバーを取り出し装着する。

 

「ここからは俺の好きなようにやらせてもらう。老害は黙って高みの見物でもしているんだな。志木元議員さんよ」

 

『……………今の発言は流そう、シド』

 

それっきり通信が切れ、ドローンはプロペラを回転させて飛び上がって行った。

 

男は、シドは面倒そうに息をついて暴走するインベス達を睥睨しながら愛用しているチェリーロックシードを構え、空いた方の手でトレードマークの髭を剃った顎を摩る。

 

「……………どいつこいつも髭とハットを変えただけで俺をシドだと思わねぇ。もしかしてあれか、これが髭が本体ってやつか」

 

などと拉致のあかない事を呟いていると、インベスが痺れを切らしたように奇声を上げてきた。

 

「まぁいい…………変身」

 

 

『チェリー! ロックオン』

 

 

頭上にクラックが開き、チェリーアーマーパーツが降りてくる。チェリーロックシードを戦極ドライバーにセットし、スライドシャックルを押し込むとファンファーレが鳴り上がる。

 

そして、カッティングブレードをスラッシュしエネルギーを解放した。

 

 

『カモンッ! チェリーアームズ! ドドンとパフォーマンス!!』

 

 

アーマーパーツが落下し、ライドウェアが身体を包み込む。

 

アーマードライダーシグルド。北欧神話における英雄の名を冠した姿だが、それが世間的に犯罪組織に所属しているというのは皮肉なものである。

 

専用アームズである双紅臥を指先で弄ぶように回し、だらりとした風にゆっくりと歩む寄る。構えがない事が構え、それがシグルドのスタンスだ。

 

飛び掛かって来たインベスの顔面に双紅臥を叩き込み、波動が広がって粉砕の力が送り込まれる。まるで超音波を直接受けたような振動にインベスが震え、それは一瞬にして全身に回った。

 

通り過ぎ去った直後、まるで時代劇の殺人のようにくるくると回転しながら倒れ爆炎を上げる。

 

それが引き鉄になったように続々と闇の中から両目を敵意で輝かせながらインベス達が現れてくる。

 

暴走したインベスは通常のインベスと比べて凶暴であり、ユグドラシルのアーマードライダー部隊でも苦戦は強いられるほどだ。

 

だが、シグルドにとってはさほど脅威になりはしない。この程度、朝飯前である。

 

「フンッ……………!」

 

シグルドは飛び上がるとインベスに組み付くと、その頭部に目掛けて双紅臥を振り下ろす。一撃、一撃が振動となってインベスの内部を震え上がらせ、先ほどのように爆炎を上げて砕け散った。

 

その風圧を利用して飛び出し、転がり立ち上がったと同時に別のインベスに次々と双紅臥をぶち込む。双紅臥は剣ではなく、太鼓を叩く棒のようなものだ。斬るというよりも振るった威力でより強い衝撃を与える。そこに無駄な力を込める必要はなく、力よりも振るう速さがキモである。

 

3体ほどのインベスが背中から羽根を生やし飛び上がると、口からエネルギー弾を放ってくる。それを後ろへと強く跳び下がって回避し、面倒そうに息を吐いた。

 

「やれやれ、援助者の願いを叶えるのも組織運営に必要な事だとはわかってるが、それほどにやりたくない仕事はねぇもんだな」

 

 

『カモンッ! チェリー・オーレ!!』

 

 

そう嘯いてカッティングブレードを2回スラッシュし、エネルギーを解放すると双紅臥に炎が宿る。

 

「オラッ!」

 

気合いと共にそれを地面に叩き付けると、爆炎の波となって走り、眼前を埋め尽くすインベス達を一瞬にして焼き払った。それはインベスのみにとどまらず背後にあった山の一面を灰燼と吹き飛ばし、辺りを焦げた臭いが充満する。

 

シグルドが使うロックシードは自前の改造が施されており、通常以上のエネルギーを放出出来るようになっている。暴走のリスクは以前、神田でμ's達と邂逅した時の戦いで嫌というほど思い知らされたが、かといって自分のスタンスを曲げる気はなかった。

 

炎がちらつく中で、シグルドは気だるげに戦極ドライバーのロックシードに手を伸ばしてキャストパットを閉じて変身を解いた。

 

戦闘でずれたハットを直しながら、ふともう一度顎に手を添える。

 

ロックシードの非合法な売買を主にしている組織、ニトクリス。シドが所属している組織に資金援助者に最近加わったのは、音ノ木坂学園を手の物にしようと企てるもアーマードライダー鎧武達によって政治界を追われた老害。

 

その志木はニトクリスだけでなく、黒の菩提樹というテロ組織にも出金していたらしい。計画は又聞きした程度でしかないのだが、今回の作戦に音ノ木坂学園スクールアイドルμ'sを巻き込むよう提案し、指示したのは志木だという。

 

シドがユグドラシルを抜け出した事件がこのイーヴィングルが舞台である事は組織の中では有名であり、それをきかっけに戦極ドライバーに自爆プログラムを組み込まれている事も調べればすぐにわかることだ。

 

それはともかくとして、この惨劇にスクールアイドルという肩書きがあるとしてただの高校生を放り込むという思考は狂っているとしか思えなかった。

 

だが、それもシドにしてみればすこぶるどうでもいい事だ。今、彼の興味はある事柄に注がれている。

 

「……………先生」

 

黒の菩提樹に瀬賀が所属している事は噂で聞いていた。黒の菩提樹は反インベス団体で、ニトクリスはロックシード売買組織。元から敵対関係であり、情報の正確さはこの目で見なければわからなかった。

 

シドは見た。ユグドラシルのアーマードライダー達を相手に無双する恩師の姿を。

 

阿修羅をも凌駕しそうか苛烈な鬼神を。

 

その姿を見て、あの噂は本当だったのか、と再確認した。

 

「…………アンタに復讐鬼なんて似合わねぇよ」

 

シドがこの島にやってきたのは、それを確かめる為もあった。その為にアイデンティティーとも言うべき髭を投げ捨ててまで潜入したのだ。

 

瀬賀長信は学生時代。まだタカトラ達と袂を絶つ前に世話になった男であり、こんな犯罪まみれになった今でも恩師と断言出来る存在だ。

 

それが、ある事をキッカケで教師業を引退したという。それは、ある意味でシド達も無関係ではなく、結果は最悪なものだった。

 

シドにとってμ'sなど興味の範疇にすらにい小娘の集団で、チーム鎧武は完全に敵と言いきれる小僧どもだ。

 

だが、それを助ける結果になったとしても。

 

それでも譲れないものが、微かにだがシドにもあった。

 

「…………情は捨てて、やりたいようにやらせてもらう」

 

シドは踵を返してその場を去る。そこには恩師に対する悲しさや、敵を助けなければならない不合理さも、仲間意識も忠義もない。

 

仕事に私情は挟まない。

 

何故なら、シドは1人前の大人なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

開け放たれた窓から風が入り込み、カーテンが強い音を立てて靡く。

 

傷つき倒れた4人の戦士。

 

しかし、4人が横たわっているはずのベッドには1人分の影が足りない。

 

その行く先を知る者は誰もいない。

 

ただ、風のみがその先を知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呉島タカトラが所有するロックシード

 

 

・メロン

・ドリアン

・ヒマワリ

 

 

 

 

次回のラブ鎧武!は…………

 

 

 

「……………僕は……………っ!」

 

脳裏に過る、自身がやった事。

 

 

 

「……………大元の原因、というかきっかけは数年前の交通事故でした」

 

語られる、少女が世界を憎む理由。

 

 

 

「貴女は、僕の敵だ…………!」

 

世界を救うべく、少女の暴走を止めるべく、龍が吠える。

 

 

 

次回、ラブ鎧武!

 

40話:泪月(おぼろ) ~炎が照らす理由~

 

 

 






翔太郎だと思った?

残念、シドでした!


どうも、グラニです


最新話、手早く投稿出来ました。

担ぎ込まれたライダー達。意外にも軽傷のようで、その分なら早く復帰しますかな?

何も出来ないμ's。その苛立ちや無力さを少しでも現せれたらなぁ、と思いながら書きましたが、どうですかね。

そして、ほんの少し触れるアネモネサイド。新たに出てきた銀髪の少女、一体何者なんだ(何番目)


さらにさらに、まさかのハット帽はハーフボイルドではなくシドだったとさ!
意外と好きなんです、シドさん



さて、今日で劇場版ラブライブから1年が経ちましたな。
あんなに劇場に通っていた事が1年前というのが、なんというかもうずいぶん前だった事のように感じます。あぁ、何もかも懐かしい…………
というか、もうすぐで2016年が半分終わるという点にびっくりですわ。今年、何も進展してねぇ…………

1年ということでTwitterでちょろっと書きましたが、地元で開催された絶叫イベントに参加してきました。
1年という月日が経ってもなお、これだけラブライバー達が集まるというのはやはり凄いなぁ、と思いましたね。
来月からはサンシャインも始まりますし、目が離せませんな!




感想、評価随時受け付けておりますのでよろしくお願いします!

Twitterやってます
話しのネタバレなどやってるかもしれませんので、良ければどうぞ!

https://twitter.com/seedhack1231?s=09





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