心を取り戻すのは、
友か、
少女か
時はアーマードライダー龍玄と啼臥アキトが変身した謎のアーマードライダーが飛び上がった所まで戻る。
「あーあー、行っちゃいましたね」
「アネモネ…………!」
他人事のように述べるアネモネに、矢澤にこは怒りを覚えたように叫ぶ。
「アンタ……こんな事をしていいと思っているの!?」
「こんな事、とは?」
「ミッチを操っている事や!」
隣で東條希を吠える。普段は温厚で一歩引いた所でみんなを見守ってくれている希も、この状況では黙っていられなかったようだ。
しかし、それでもアネモネは何の事、と言わんばかりに首を傾げている。
「ミツ君は自分から手伝ってくれているんですよ?」
「嘘! アンタはさっき言ったわ。目的は果たしたかろ、彼は返すって言ったじゃない!」
「えぇ。ですから、ミツくんは自主的に手伝ってくれているんです」
あぁ言えばこう言う、とはこの事を言うのだろう。明らかにこちらを苛ただせるような発言をするアネモネに、西木野真姫は一度大きく息を吐いて脳の酸素を入れ替える。
ここで恐怖や相手のペースに飲ま込まれてはいけない。今、真姫がしなければならない事は悲しみや絶望に負けて泣き喚く事ではなく、ミツザネ達と共に仲間と合流する事だ。
真姫の、μ'sの仲間には特別な位置に立つアーマードライダーが4人もいる。それこそ、本物の戦士達からも一目置かれるほどの猛者が。
それにはミツザネも含まれているが、彼らに協力を頼めば必ずどうにかしてくれる。
彼らならば、この絶望的な状況を。
「あぁ、アーマードライダー鎧武とバロン………葛葉さんと九紋さんは今頃、瀬賀様によって無力化されていると思いますよ?」
しかし、真姫の希望はアネモネの絶望的な言葉によって打ち砕かれた。
3人の瞳が罅割れてしまいそうなくらい見開かれ、絶望に震える。瀬賀の強さは真姫と希が知っている。襲ってきたインベスの大軍を短時間で退けるほどの強さを持ち、直接見て助けて貰った2人には鎧武よりも強いと感じるほどだ。
「そんな……………!?」
「嘘、でしょ……………!?」
愕然とした声を漏らす希とにこ。特に2人は九紋カイトと同学年で一緒にいる時間が他の誰よりも長かったのだから、信じたくない話しだ。
しかし、それでも真姫は思考を掻き乱されえるのを堪えようと息を吐き、平坦な声色で告げた。
「アンタ達の目的は何? インベスを暴走させて、ユグドラシルの信用を落として何をしようというの?」
「それに対する答えは私は持ち合わせていませんよ」
「……………ふざけないでよ」
小さくもしっかりとした強さを込めた言葉をにこが漏らす。
「私達は、ただ合宿に来ただけよ。スクールアイドルとして、新たなステージに上る為に、実力を高める為に。ラブライブに出る為に!」
それはずっと溜まっていた苛立ちの言葉だった。μ'sの中でも一番スクールアイドルへの情熱が、何よりもラブイライブへ駆ける情熱が強いにこが理不尽の塊に爆発したのだ。
「もう、アンタ達のせいで台無しよ! 私達が何をしたというの!?」
「さぁ?」
激昂するにこに対して、アネモネの言葉は単純で簡単で冷淡なものだった。まるで興味うんぬんよりも視界にすら入っていない様子で告げたアネモネは不意に顔を上げて踵を返す。
「私にもやる事がありますので。そろそろ頃合いでしょうしね」
「っ、待ちなさい!」
「にこちゃん!」
どこへ向かうのかわからないが、立ち去るアネモネを追うためににこが駆け出す。真姫もそれを慌てて追いかけようとするが、戦闘の余波か建物が目の前に崩れ瓦礫を作り出した。
「ダメや! にこっち、戻って!」
この状況で1人で動く事が危険すぎる事は誰にでもわかる明確な事で、希も制止の声を上げる。
「大丈夫よ! 真姫と希はミッチとアキトをお願い!」
「にこちゃん!」
「にこっち!」
瓦礫の向こう側で走る音が響く。おそらくアネモネを追って行ってしまったのだろう。咄嗟にロックシードを取り出して追いかけるようインベスに指示を出そうとするが、そもそも音が原因でインベスが暴走してしまっているのならば、おそらく真姫達のバディインベスであっても例外ではないだろう。
悔し気にロックシードを握り締めると、希がどうやってか瓦礫の隙間から入れないから試す。
が。
「……………アカン。胸がつっかえる」
希のバストはμ'sの化け物染みたスタイル集団の中でも群を抜いている。
試しに真姫も挑んでみるが。
「………………ダメ。お尻が…………」
互いに沈黙して、顔を見合わせ。
「……………アキトを追いかけましょう」
「そうやね」
にこの事は心配であるが、今2人が真っ先に出来る事はアキトを追いかける事。
そう決めた2人は戦闘音を頼りにして駆け出す。建物の崩れた瓦礫を怪我をしないように気を付けながら登っていき、外へと出た2人は音を聞きつける。
『ハイィーッ! キウイ・スパーキング!!』
『オーズ・スパーキング!!』
それはロックシードの咆哮だ。
不意に顔を上げると、龍玄とアキトが互いに閃光を纏ってキックを繰り出そうと飛び上がっていた。
「ミッチ!!」
「アッキー!!」
真姫と希がそれぞれ名前を叫ぶが、それはキックがぶつかり合った瞬間の閃光と共に掻き消される。
咄嗟に伏せた2人を凄まじい衝撃が襲い、身体は吹き飛んでいないのに感覚がぐちゃぐちゃに乱される。
これほどのエネルギーを受けて無事でいられるはずがない。そう思って無事を確認したくても目を開ける事すらままならず、ようやく収まって顔を上げた時。
2人の戦士はいた。互いに背を向け合って、ボロボロな身体で。
違うのは、龍玄は悠然と立ち尽くしているのに、アキトは力尽きたように膝を着いている点だ。
「アキト…………!」
「………………っ。やっぱ、紛い物じゃこれが限界か…………」
自嘲するように呟いた戦士は今度こそ倒れ伏せる。仰向けになった戦士に、龍玄はゆっくりと振り返って歩み寄る。
そして、見下ろせるまで近づくと、サークル状の胸部装甲を踏み砕くように足を振り下ろした。
「がっ……………!」
「ミッチ!!」
もはや死に体である親友に容赦ない追撃。それはもはや、真姫が知っているミツザネではなかった。
ミツザネにとってアキトは親友だ。初めて出来た同い年で気兼ねなく話せる大切な友。
ずっとずっと欲しかった。兄貴分でも、可愛がってもらう先輩でもない。一緒に笑って、泣いて、時には喧嘩して。
そんな、対等の相手。
そう言って嬉しそうにはにかんでいたミツザネの顔を思い浮かた瞬間、自然と真姫の足は龍玄へと向かっていた。
希が停めようと手を伸ばしてくるが、それを振り払いながら、真姫は龍玄に抱きついた。
「もう止めて!」
「真、姫…………」
逃げろ、という言葉は掠れて聞こえなかったが、アキトの意味は察せた。しかし、ここで引く訳にはいかなかった。
「ミッチ、こんな事が貴方のしたかった事なの!? こんな、誰かに操られて親友を傷つけて………そんな肩書きで世界に名を刻んだって、貴方の名前はただの暴徒として刻まれるだけよ!」
ミツザネはかつて、タカトラの右腕となるべくして育てられた。
ただの後継、後釜、予備。
そう認知されるのが嫌で立ち上がり、戦った。いや、戦い続けている。自分がここにいるという証明を刻む為に。
だけど、これでは暴徒だ。友を、仲間を傷付け、こんな事件片棒を担いでしまった犯罪者。
「お願い、お願いだから………」
真姫は知っている。似たような境遇で育ったから、どれだけアキトやμ'sの仲間達が救いになっているか。
真姫は聞いている。ミツザネにとって、この場所は心地が良くて、気恥ずかしくなってしまうほどだと。
そんな場所を、自分の意思ではなく自分で壊してしまう事は、とても残酷な事だった。
もし、それが真姫だったら、と思うと涙が溢れてきた。
そんな事はしてはいけない。させてはいけない。
だから。
「元の、ミッチに戻って………!」
涙声で掠れてしまった言葉。
けれども。
「…………真姫、さん……」
掠れた声。まるで夢の中にいるような、世界を認識していないようなふわふわとした声。
直後、
「あ、あぁぁぁぁぁぁっ!!」
金縛りにあったようなミツザネの慟哭が響き渡り、バチバチとエネルギーが荒れ狂う。
真姫を引き剥がして離れた龍玄は頭を押さえながら膝を着き、真姫は透かず戦極ドライバーのロックシードを掴んで離した。
エネルギー源を失い、さらには変身者の意識が乱れたからか弾けるようにアーマーパーツとライドウェアが消えてミツザネの姿が顕になる。
「ミッチ………!」
顔を両手で抑えながら蹲るミツザネに駆け寄った真姫は気付く。首裏に蔦のような植物が組み付いており、ミツザネの肌に直接食い込んでいるようだ。
医者の娘として、素人が不用意に触れていいものであるはずがない。そもそも、西木野家は普通の医者であり、ヘルヘイム関連ではむしろ戦極リョウマのようなプロフェッサーといった科学者の分野である。
しかし、そんな細かい事などふっ飛ばして、真姫は蔦を引き抜く。ミツザネの首に直接埋め込まれていたのだから、当然血が流れ出すが不思議と少し垂れる程度で、顔を青くしてしまうほどのものではなかった。
「これは…………」
真姫が改めて蔦に目をやると、先端は地面から引っこ抜いたように枝分かれをしており、やがて色を失って塵と消えた。
ミツザネを見やると電源が切れたかのように力が抜け、一瞬慌てるも呼吸をしている事に安堵の息を漏らして膝の上に乗せた。
「……………無茶するなぁ」
そこでようやく、倒れ込んだアキトが言葉を漏らす。希に支えられるようにして起き上がり、片膝を立てて息を吐いた。
「それがもし、ミッチの骨や何かに繋がってたら大怪我だぜ」
「……………わかってるわよ」
ようやく気持ちが落ち着いたらしく、真姫がツンとした小言を漏らすとアキトは肩を揺らしながら立ち上がる。
当然、真姫と希の目が向くのは戦極ドライバーのロックシードだ。
オーズ、と発したそれは当然、真姫の知らないロックシードだ。全てを知っている訳ではないが、基本的にロックシードは現実に存在している果物をモチーフになっている。あのようなアーマードライダーの顔をしたアーマーパーツなど見た事も聞いた事もない。
「………………まぁ、気になるよな」
視線に気付いたアキトは仮面の頬を指かく。変身を解いていないが、きっとその表情は珍しく困り顔だろう。変身を解いていないのが聊か残念である。
「えっと、皆には…………」
「………………言わないよ」
そう答えたのはアキトの少し後ろに控えてる希だ。優しく微笑みながら、気遣うように頷く。
「アッキーが話したくなったら、話したらいいと思う。皆も、凛ちゃんもきっと待ってくれる」
「……………そうだといいっすね」
少し俯いてから、アキトは空を見上げる。
釣られて見上げると、変わらず泣き出しそうな雲が広がり、嫌な予感を覚えて膝の上で目を閉じている少年の髪を撫でた。
不安を払拭するように、ゆっくりと。
#########
再び、時はほんの僅か戻る。
アネモネを追いかけて走ったにこは、立ち塞がる瓦礫の合間を縫うように潜り抜けて進む。
やがて、気付いた時にはどこかの施設に入り込んでいた。
「………やばい、迷ったにこ…………」
この島にある以上、ユグドラシル所有の施設である事に間違いはない。が、ここがどういった施設なのかは民間人であるにこにわかるはずがなかった。
まずい、と直感が告げる。今、この島に存在するインベスはほぼ全てが暴走している。そして、この島ではインベスによる人間代行の実験が行われていたのだ。
つまり、関連施設には必ずインベスがいる事になる。
「…………戻った方がいいかもね」
そう呟いて踵を返した瞬間、にこが来た道の出入り口に瓦礫が積もり出す。
戻れなくなった事に顔を青くしてしまうが、ここで折れるにこではない。入って来た道が塞がったのならば、別の出口を探すまでだ。
あの男なら絶対にそうするはずだから。
「挫けちゃダメよ。宇宙一ナンバーワンアイドルはここで諦めないにこ!」
いつものポーズを決めてみるも、虚勢からの強がりでしかなかった。
その時、遠くの方で音が響く。何かが倒れたような音に、もしかしたら残っている人がいるのではと淡い期待を抱いてにこは足を向ける。
すぐにT字路に差し掛かったので、念のために抜き足差し足忍び足で近付いて顔を覗かせる。しかし、その先には小奇麗な廊下が続いているだけで、特に目につくものはなかった。
「…………気のせいかしら」
そうぼやいた矢先、反対側の通路先で何かが動いた気配がして振り向く。そこには何も映っていないが、確かに何かが通ったような気がしたのだ。
ごくりと喉を鳴らしてそちらへと歩を進める。ほぼ無音の廊下を歩くのは流石に肝が冷えるが、音を出してしまえば逆に暴走インベスを引き寄せかねない。
結局、息を殺す様にしてにこは進み、やがてドアが解放された部屋が目に飛び込んできた。
入口に張り込んでそっと顔を覗かせると、どうやら管理室のようで多くのモニターと機材が溢れた部屋だった。
その中央のコンピュータを叩いているアネモネの姿を認めた瞬間、かっと沸騰したように頭に血が上り、今までの努力を無駄にするように叫んだ。
「アンタッ!」
その声に緩慢な動きで振り向いたアネモネは、先ほどと同じように興味ないと言わんばかりにモニターへと向き直った。
「追いかけてきたんですか。殺されるかもしれないのに」
「うっ………」
言葉に詰まるにこに、まぁいいですけど、と構わずキーボードを叩く。
そして。
「そうですね。いいタイミングかもしれません」
「……………何ですって?」
怪訝そうに身構えながらにこが尋ねると、アネモネは笑顔で振り返ってキーボードに寄りかかりながら告げた。
「貴女達が希望と寄りそっているものが崩れ落ちる様を、見るといいです」
その言葉に、にこは気付く。
数あるモニター全てが、アーマードライダーを映していた。
避難誘導をするアーマードライダー。
暴走インベスを鎮圧しているアーマードライダー。
暴走インベスに暴虐を振るわれているアーマードライダー。
力尽きて無残に倒れているアーマードライダー。
そして、にこもよく知る倒れているミツザネを介抱している真姫と、立っているアキトが変身した謎のアーマードライダー。
仲間達が無事である事に安堵の息を漏らすにこを見て、無情にも告げる。
「キル・プロセス」
それは、終わりを告げる言葉。
「っ…………!?」
「アッキー?」
突然、アキトがよろめき希が怪訝そうな顔をする。
「どうし…………」
「来るな!」
アキトは腰の戦極ドライバーに触れると愕然とした足取りで離れ、心配になって近付こうとした希を怒鳴って制止する。
そこで真姫は気付いた。アキトが装着している戦極ドライバーから火花が散らし始めたのだ。まるで故障したかのように、それも爆発しそうなくらいに。
「くっそ…………あんの……………………!」
アキトの言葉は、爆発によって遮られた。
真姫の目の前で、アキトの戦極ドライバーが爆発したのだ。装着していた謎のロックシードもその衝撃で弾け飛んで砕け散る。アーマーパーツ、ライドウェアその全てが爆炎に飲み込まれる。
同時に、至る場所から爆発の音が響き渡る。愕然としている真姫達が反射的に振り向き見ると、戦っていたアーマードライダー達から火の手が上がった。
否。
「戦極ドライバーが、爆発した……………!?」
「そんな…………!?」
何が起きたのかまったくわからず困惑、混乱する真姫達の後ろで、どさりと倒れ込む音がする。振り向けば、全身に炎をぶちまけられたかのように火傷を負ったアキトが倒れていた。
「アッキー!?」
駆け寄る希に、はっとなって真姫はミツザネが装着している戦極ドライバーを見やるが、それは爆発せずに鎮座していた。
ほっ、と安堵するのもつかの間、アキトを見やる。ミツザネを寝かしている為に動けないが、離れた位置での見た限りでは程度はわからないが火傷はかなりの広範囲に渡っているようだ。
「ダメよ、希! 下手に動かしたら危険だわ!」
「けど……………!」
アキトを抱き上げようとした手を止め、希は周囲を見回す。
すると、まるで今の爆発を狙っていたかのように羽の生えたインベス達が囲むように降り立ってくる。
唯一戦えた戦力を失った真姫と希に、この場を切り抜ける力などない。持っているインベスも召喚すればたちまち暴走し、逆にこちらに襲い掛かってくるかもしれない。
どうする事も出来ない絶体絶命の時に、真姫は瞳を震わす。
これで、最期なのだろうか。
漠然と思う暇もなくインベス達が襲いかかり、真姫はミツザネに覆いかぶさる。
瞬間。
突風と共にインベス達が吹き飛んだ。
真姫と希が顔を上げると青い閃光が駆け抜け、インベス達は瞬く間に爆散していく。
真姫達の前に降り立ったのは、青いインベスだ。ライオンインベスを彷彿とさせる姿をしているがまったくの別物で、初級や上級といった通常のインベスとは異なった威圧感を纏っていた。
青いインベスは両腕を広げると、そこから3枚のブレードが展開する。そして、背部にあるパイプのような部分から火が上がり、まるでブースターのようだと思った時にはインベスの群れへと突撃していた。
一瞬にしてインベス達を撃退した青いインベスは再び真姫達の前に降り立つと、こちらへとゆっくり向き直る。
びくっ、と真姫が肩を震わしてミツザネを抱き寄せると、青いインベスはこちらへ近付いてくる。しかし、そこには不思議と敵意はなく、やがて片手で真姫とミツザネを持ち上げた。
「ちょ………!?」
インベスに持ち上げられた事に驚くが、構わず今度は倒れているアキトをもう片方の腕で抱え込むと希を見やった。
「…………掴まれ、って事?」
希の言葉にこくりと頷き、ひとまず腕に抱き着く。
それを確認した青いインベスはフレアを撒き散らしながらゆっくりと飛び始め、先程のような高速ではなくゆっくりと飛行し始める。
その方向は真姫達が利用している別荘。
「……………助けて、くれるの……?」
真姫の嘯きに青いインベスが答える事はない。しかし、それを肯定するかのようにフレアを強く撒き散らして空を駆けた。
モニター越しでもわかるくらい。否、わかってしまうほどの異常事態ににこはアネモネを睨みつけつた。
「何をしたの!?」
「キル・プロセス。以前、この島で社員達の反逆があったそうです。以降、そういった事態になった際、早急に無力化出来るようこの島の戦極ドライバーには自戒プログラムが組み込まれているそうです……仲間からの裏切りを前提としたシステムってどうなんでしょうかね」
アネモネのどうでもよさげながらも丁寧な説明に、にこは顔を青くさせる。
だから、次々とアーマードライダー達のドライバーが破損し、倒れ伏せたのだ。そのダメージは外部からではなく内部からのものであるならば、強固な守りの加護はないに等しい。
さらに言えば、この島で起きている事件の解決にアーマードライダーの力は絶対であり、それが失われた今、この地獄は永久に終わらない事を意味していた。
まさしく寄り添っていた希望が崩された。
「どうです? 貴女の希望が崩された気分は?」
まるでにこの絶望した顔を見たい、とでも言うアネモネ。そこには出会った時のような純粋無垢さを保ったままで、まるで興味があるといった感じで醜悪を晒しているようだ。
しかし。
「ふざけんじゃないわよ」
その襲いかかる絶望を、にこは一瞬で切り捨てる。
「アンタ、私を何だと思ってる訳? 宇宙一ナンバーワンアイドルのにこちゃんよ?」
それはお巫山戯ても、虚言でも何でもない。
アイドルとは人々を笑顔にするのが仕事だ。ファンを、お客さんに夢のような楽しい時間をプレゼントする、笑顔の魔法使い達。
例えどれだけ絶望に満ちた状況であっても、それを忘れない限りにこが折れるはずはない。
それを目撃するまでは。
「…………そうですか。でも、これを見てもそう言えますか?」
再びアネモネが操作をし、消えていたモニターに1つの映像が映し出された。
それは血塗れになった少年を担ぎ、トラックへと乗り込む少女達。
絢瀬絵里と星空凛に小泉花嫁。
そして、血塗れになっているのは九紋カイト。
「カイト…………!」
瞠目してにこか嘯く。
先程、アネモネは言っていた。カイトは瀬賀が抑えている、と。瀬賀とはアネモネの保護者にて呉島タカトラの恩師、瀬賀長信の事だ。
瀬賀がアーマードライダーだという事を真姫と希は知っていたようだが、まさか敵側だったとは思わなかった。
それも、カイトを打ち負かすほどの強さを持っていたとは。
ゾソゾッ、と意味のわからにい悪寒がにこの底から湧き上がってきた。それが恐怖であると理解した瞬間、身体が拘縮したように固まり、嫌な汗がぶわっと溢れ出る。
「アネモネ………!」
「まぁ、私にとってはどうでもいいですけど。どうせ、貴女はここで終わる」
アネモネが指を鳴らすと、唸り声と共に複数の初級インベスが管理室に入ってきた。それらは真っ直ぐににこへと歩を向け、理性など微塵も感じられない雰囲気を纏っている。
「待ちなさい!」
にこの怒号も虚しく。アネモネは入れ違いになるように踵を返して出ていってしまう。当然、追いかけようとするもインベス達に立ち塞がれてしまい、それは成らなかった。
にこはただの女の子だ。スクールアイドルであろうと宇宙一ナンバーワンアイドルであろうと、そこは変わらない。
インベスの爪で引き裂かれたら、にこの華奢な身体はたちまち赤い命を撒き散らしながらその役目を終えるのだろう。それこそ呆気なく、テレビの電源を切るかのように。
それは抗いようのない運命のように思われた。
この部屋は広くない。出入り口は1つしかなく、そこにはインベス達が殺到してしまっている。あっという間に部屋はインベス達で埋め尽くされ、後ずさりすもすぐに背中は壁にぶつかり、もはや距離は目前まで迫っていた。
「っ、ここ………までなの…………!?」
呟いたにこの脳裏に浮かぶ家族、仲間達。
そして。
ずっと頼ってきてしまっていた、1人の少年の後ろ姿。
「…………カイト」
絞る様に嘯いた声と同時に、インベスが爪を振り上げる。
刹那。
壁をぶち壊す様にして白い影が部屋へと入ってきて、にこへ爪を振り上げていたインベス達を一太刀で斬り伏せる。
その姿を、にこは何度も目にした事がある。頼れる、知る限りでの最強の戦士だ。
「タカトラ先生!」
「無事か、矢澤!」
にこ達が所属するアイドル研究部顧問兼、ユグドラシル主任であり、ミツザネの兄という複数の肩書きを持ったタカトラ。その人が変身した最強との呼び声の高いアーマードライダー斬月である。
斬月はにこを一瞥してから無事である事を確認し安堵の息を漏らして、それを隙と判断したのか飛び掛かってきた初級インベスを斬り飛ばした。
やはり、安全地帯があるとこうも違うのか。にこの心情はつい先ほどと打って変わり、絶望が希望に変わったような気分だ。目の前で群がっていたインベス達は瞬く間に倒れていき、残りは入口に殺到していたインベス達だけだ。
『ソイヤッ! メロン・オーレ!!』
戦極ドライバーのカッティングブレードを2回スラッシュし、無双セイバーに翡翠色の輝きを纏わせる。
「ハァッ!」
気合いと共に振り抜かれた斬撃が波となってインベス達に襲い掛かり、壁ごと切り裂いて爆散させた。
敵勢力がいない事を確認し、一息ついた斬月は戦極ドライバーに手を伸ばして変身を解除した。
「矢澤、怪我はないか?」
「はい、大丈夫です」
再度、身を案じてくれるタカトラに返してから、にこはしゅんとなって頭をさげた。
「ごめんなさい! 実験施設には近付かないよう言われてたのに…………」
アネモネを追いかけるので必死だったが、どう考えてもこの場所は機密施設だ。キル・プロセスという島にある戦極ドライバー全てに働きかける事が出来るという事は、最高峰の機密と言っても過言ではないくらい馬鹿なにこでもわかる。
機密に触れてしまった場合、例え未成年であっても犯罪に問われてしまうかもしれない。最悪、スクールアイドルμ'sの悪評に繋がりかねなかった。
しかし、タカトラの表情は優しいものだった。
「気にするな。こんな非常事態だ。無事でいてくれただけでもありがたい」
「…………あの、タカトラ先生」
にこは、少し言いにくそうに言う。タカトラにとって瀬賀は恩師であると聞く。思い出話を聞いただけでもうれしそうな顔をするのだから、心の底から尊敬しているのだろう。
その恩師がユグドラシルと敵対している黒の菩提樹で、弟を操りカイト達を倒したと聞いて、平常心でいられるとは思わなかった。
しかし、それでも告げなければならない。この事態の根本に瀬賀が関わっているのは紛れの無い事実であり、もはや犯罪者になってしまっている。タカトラ達との激突は避けられないだろう。
「言いにくい事なのですが…………」
「どうした?」
首を傾げるタカトラに、覚悟を決めてにこは告げた。
「今回のインベスの暴走。それを引き起こしているのは、アネモネです。私と希、真姫は襲撃にあって、アキトが変身して戦ってくれましたが…………」
「…………………そうか」
タカトラはそれだけ言うと、さきほどあねもねが操作していたキーボードを操作する。すると、パッとついたモニターに明かりが灯って映像が流れ出した。
それは記録映像であり、アネモネと対峙しているにこの姿が映り出された。角度から感じたにこは見上げると、角に球体タイプのカメラがあった。
「監視カメラ…………」
「本当のようだな」
コンソールを叩いて映像を切ると、にこを見やってくる。そこには怒りなどなく、子供のような困った風の笑みだ。
「ありがとう」
「えっ…………?」
「瀬賀先生は私の恩師だ。だから、言いにくかったのだろう? 気遣ってくれて感謝する」
キーボードから手を放してタカトラは顔を上げ、どこか遠くを見つめるように言った。
「昨日、飲んだ時には…………もしかしたら、とは思ったんだ」
「瀬賀先生が、黒の菩提樹だと?」
「流石にそこまでは予想出来なかった。ただ、インベスに対しての恨みがひしひしと感じられたからな。もしかしたら、いずれ対立する事になるかもしれない、とは思っていたからな」
そう言ってにこに背を向けるタカトラ。その仕草は気にしていないという風に感じられたが、ショックを受けているのはにこでもわかった。
「…………別荘に戻ろう。湊達も負傷した九紋や絢瀬達を回収して向かっているそうだ」
「っ、待ってください! アキト達が…………」
その時、タカトラの胸ポケットから無機質な音が響く。それはトランシーバーだったようで、タカトラは慣れた手つきで取り出して耳に当てる。
「私だ………そうか。矢澤なら私と一緒にいる。安心するよう伝えてくれ。別荘の地下に簡易医療設備が整っている。リョウマなら使えるだろう。頼んだぞ」
そう言って切ったタカトラは、にこへと振り合える。
「湊からだ。西木野に東條、ミツザネとアキトと合流したそうだ」
その吉報ににこの顔が輝く。
「我々も向かおう。状況は最悪だが、このまま成すがままにされている訳にはいかない」
「………………はい」
歩き出すタカトラに頷き、にこも歩き出す。
確かに状況は最悪で、覆せないものかもしれない。
それでも、まだにこは生きている。ならば、足掻かなければならない。
足掻く事を止めてしまったら、それは死んでいる事と同意義だからだ。
負傷したカイトを連れながら、絵里は停車していたトラックに乗り込んで揺れながら抱きしめる。大怪我人を動かす事は非常に危険な事で、刺激を与えるのも禁止である事も重々承知しているが、こうでもしてないと心が恐怖に負けてしまいそうだった。
少し離れた所では、花陽と凛が抱き寄せて震えている。寒さなどではなく恐怖に耐えようとして、互いを励まし合っているのだ。本当ならば、絵里と同じように抱きしめたい相手がいるのだが、その少年は今この場にはいない。
次いで目をやったのは、トラックに備えられた小窓から外を様子を伺い、いつでも発砲出来るよう大型のライフルを握り締めているユグドラシルの実働部隊の男性。その隣には横たわっている男性がいるが、すでに手遅れでさきほど生命活動を停止させたばっかりだ。
そして。
もう1つの片隅に山積みになっているのは、見覚えのある鉄塊。突如暴発した戦極ドライバーの残骸だ。
情報が錯そうしているが、どうやらこの島で作られた戦極ドライバーが一斉に爆破されたようだ。カイトの所持しているものは無事なのを見ると、この島で作られたもの限定らしい。
それは、この島に滞在していたアーマードライダー部隊が文字通り全滅した、と言っても過言ではなかった。
「……………っ! 止まるわ!」
運転席の方から湊ヨウコの声が上がり、トラックが急停車する。何事かと顔を上げてみると、小窓から見えたのは目の前でこちらへと駆けてくる4人の姿。
「穂乃果! 海未! ことり! コウタ!?」
それはμ's2年生、ほのことうみだ。穂乃果と海未に担がれているのはコウタであり、外傷は見当たらないものの、意識がないのは一目瞭然である。
絵里の言葉に顔を上げた花陽と凛が、頷き合って扉を開けて外に飛び出る。カイトを静かに降ろして絵里も外へ飛び出すと、運転席からもヨウコが飛び出してくる。
「みんな…………!」
「穂乃果! 海未も、ことりも…………無事でよかった………!」
思わず感極まった絵里は、コウタを担いでいるのにもかかわらず穂乃果を抱きしめる。順次、海未とことりも抱きしめ、無事である事を再確認した。
「絵里ちゃん達も…………」
「そうだ! 大変なの、ミッチが……………」
穂乃果達の方でも無事に安堵しかけた時、背後から奇声が上がる。
全員が振り向くと初級インベスが十数体、こちらへ明確な敵意を持って迫ってきていた。
「っ、呑気に無事を祝っている場合じゃないみたいね。撃ち方用意!」
ヨウコの指示で3人の迷彩服を着た実働部隊の男性がライフルを構える。それには対インベス用に作られた特殊弾であり、初級インベスなら殺傷出来る威力を秘めた弾丸が備わっている。オープンキャンパス時、雇われ傭兵が使用していたものは横領されたものらしい。
しかし、弾丸が発射される前に、異変は起きる。初級インベス達を蹴散らしながら、奥から3体の異なったインベスが前へと躍り出た。
コウモリインベスにシカインベス。そして、セイリュウインベスだった。
「上級インベス!?」
「厄介ね。こいつらにはこの弾丸では…………」
「湊さん、変身しないんですか!?」
再び現れたズッコケ3人組にヨウコは焦りの声を漏らす。
アーマードライダーであるヨウコなら即座に変身して蹴散らしていよう。穂乃果の言葉に苦虫を潰したような顔をして、ヨウコは答える。
「私の戦極ドライバーもお釈迦になってね。カイトもたおれてコウタもこの調子。最悪なパターンだわ」
「そんな、カイトさんまでも………!?」
カイトも倒れているという事に、ことりが驚きの声を上げる。それはつまり、今この場には戦えるアーマードライダーがいないという事だ。
改めて見やると、3体の上級インベス達は共食いをするように初級インベス達を襲っている。今はこちらに気付いていないようだが、それも時間の問題だろう。
「……………今のうちに迂回する?」
「迂回するとなると、倍の時間が掛かります。燃料も少ないし、ここを突破するしかないと思いますよ」
ヨウコの提案に銃を構えたまま男性が告げる。と、問答しているうちに初級インベス達が爆散し、ズッコケ3人組がこちらに気付く。
「気付かれたわね」
「…………俺が引き付けます。その間に行ってください」
「そんな…………!」
1人の男性が一歩前に出て言うと、ヨウコが顔を顰める。それはつまり、命を賭してこの場に留まるという事で、完全な囮という事だ。
それをすぐに察したからこそ、海未が顔を青くさせて呻く。それはヨウコもわかっており、だからこそ顔を顰めているのだろう。
しかし。
「……………わかったわ。みんな、乗って」
「待ってください! 囮にするなんて……………!」
海未はとても正義感の強い少女である。そんな彼女だからこそ、囮などという手段を認めるはずがない。常識や倫理、良心から考えれば絶対にとってはならない選択である。
「…………私達にはね、貴女達を無事に送り届けなきゃならない責任があるのよ。わかってちょうだい」
「でも……………!」
「なぁに、大丈夫だよお嬢ちゃん」
まるで恐怖を抱いていないかのように、死地に赴くとは思わせないで。
「一度言ってみたかったんだ。ここは俺に任せて先に行け、ってな」
「それもの凄い死亡フラグですよ!?」
思わず穂乃果が突っ込んでしまうも、フッと笑って男は改めて銃を構える。
「絵里ちゃん!」
「っ、けど…………!」
ヨウコに急かされる絵里だが、海未と同じように犠牲など望みはしない。例え名前の知らない相手であっても、責任がったとしても、見捨てて平然としていられるはずがなかった。
3体の上級インベス達が奇声を上げ、駆け出してくる。それを見てヨウコが腕を掴んできた。
「早く!」
「っ、ごめんなさい!」
「気にしなさんな!」
絵里は瞳を揺らしながら車に駆け込もうとする。
その瞬間、突然目の前に現れた初級インベスに絵里の思考が真っ白になる。反射的に転がって振り下ろされた爪を避け周りを見ると、すでに大勢のインベス達に囲まれていた。
「絵里ちゃん!」
悲鳴に近い声を凛が上げるが、同じようにインベスに迫られてしまっている。完全な絶体絶命、詰み。
そして、今度こそ逃れられない爪が振り上げられ。
「っっ…………!」
息を飲んで目を閉じた直後、風が走る。そして、凄まじい衝撃が起こり轟音が上がる。
「えっ…………」
目を開けた絵里が見た光景は、群がっていたインベス達が倒れ、その前に立つ青いインベスの姿だった。
ライオンインベスを思わせるような風貌だが、節々の姿が完全に異なっており、両腕に展開しているブレードからは切り裂いたインベスの血液が滴り落ちている。
「い、インベス……………!?」
「あの子……………!」
助けられた凛がそのインベスを見て声を上げる。その隣では花陽も口を抑えて驚いていた。
「知ってるの!?」
「前に私達を助けてくれた…………」
「凛! 花陽!」
その時、聞き覚えのある声がして振り向くと、緑の芝生から真姫と希が出てきた。それぞれ気を失っているのかぐったりとしたミツザネとアキトを抱えており、それを見た凛と花陽が顔を青くさせながら駆け寄った。
「アキト!」
「希! よかった、無事だったのね…………」
希からアキトを受け取り抱きしめる凛の隣で、絵里が親友へと駆け寄る。
「エリチ達も無事でよかった………ウチら、あの青いインベスに助けられたんよ」
「えっ!?」
聞いていた全員が驚いて振り向くと、青いインベスは加速したように姿を消してインベス達を蹂躙していく。それは抵抗させる間もなく、反撃を許さずの一方的な虐待だった。
さきほどまで群がっていたインベス達は影もなくなり、一度こちらを顧みる。それに伴い男性達が銃口を向けるが、射撃はしない。
助けてくれた事は事実であり、そしてこの音が鳴り響いている中で明確な意思を持って行動している事。それらを
踏まえても特殊なインベスである事に変わりはなく、そもそも敵対していいものなのかヨウコが判断に困っているのだろう。
やがて、その青いインベスは展開していたブレードを収納すると、青い粒子をまき散らして飛び上がる。その速度は銃の先を向ける事を良しとしないほどに早く、青い閃光を残しながら飛び去って行った。
「…………………助かった、のかしらね」
しばしの静寂の後、ヨウコの呟きに伴い男性達は力を抜いて銃を降ろす。警戒の素振りは解かないものの、とりあえずの危機は去ったようだ。
安堵の息を漏らしつつ、絵里は気絶しているミツザネを見やる。その腰には戦極ドライバーが装着されており、一応は使えるようだ。しかし、変身者がこの様子では戦闘など不可能だろう。
「アキト! アキト!」
「り、凛ちゃん!」
突然の絶叫。絵里がミツザネから目を離して見やると、地面に横たえたアキトを凛が力一杯に揺さぶっていた。それを止めようと花陽が声を掛けるも、半ば反乱狂になっているらしく耳に入っていないようだ。
「り、凛ちゃん! 下手に刺激を与えたら危ないよ!」
「凛! 落ち着いて下さい!」
コウタを穂乃果に任せた海未とことりが腕を掴んで無理やり引き剥がそうとするが、凛はそれを振り払い同じ事を繰り返す。
当然だ。凛にとってアキトは口にはしないが、それこそ単なる幼馴染という枠ではなく、家族に近い存在なのだ。もしかしたら、それ以上かもしれない。
常識ではわかっていても、もしも絵里の妹が同じ状況に合ったのならば、果たして冷静でいられたであろうか。
そんな自身に重ねてしまい、絵里は止める事が出来なかった。
「絵里、お願い」
不意に絵里はミツザネを押し付けられ、反射的に倒さまいと抱きしめる。
そして、パァン、と乾いた音が響く。誰もが驚く中で、凛はどさりとアキトを落としてしまう。
「……………真姫、ちゃん…………?」
真姫に頬を叩かれた凛は、茫然としながら向き直って名前を嘯く。遅れて痛みがやってきたのか赤くなった頬を手で抑え、ようやく焦点が合う。
「……………落ち着いた?」
静かに、しかし放たれた声色は普段のようなツンとしたものでも、高飛車な色もない。
込められていたのは怒りだった。それも、これ以上にないほどの。
「…………………凛にとって、アキトがどれほどの存在なのかは私達には図りきれない。だから、心配なのもわかる」
けどね、と区切って。
「今、この場にはアキトだけじゃない。コウタやカイトさんも、他にも………亡くなった人もいるわ」
その言葉に、凛だけでなく合流してきた穂乃果達2年生組も絶句する。しかし、それはトラックに乗り込めばわかる事で、真姫と希はここへ来る途中で目撃したのだろう。
「アンタだけの我儘で、この場に留まる訳にはいかないの。またインベスが現れるともわからない。こんな所で時間を食えば食うほど、アキト達の手当てが遅れるのよ」
「……………っ」
茫然から絶句。自分のせいで大切な少年が手遅れになるかもしれない。それは凛にとって体験した事のない恐怖だ。
そして、ようやく事態を把握したのか瞳を震わせ、立ち上がって頭を下げた。
「ごめんなさい…………」
「凛ちゃん………」
親友が元に戻った事に花陽が安堵の息を漏らし、μ'sメンバーにも笑みが浮かぶ。
それを少し離れた所で、若干「やっと終わった」と呆れ具合の顔をしたヨウコが男性に指示を飛ばす。
「怪我人を収容しましょう。特にアキト君とカイトは重体だから、身長にね」
「了解」
いくら高校生といえど、男子高校生の体格はそれなりに重い。男性達は凛達に離れるよう指示を飛ばし、離れた所で絵里は真姫に声を掛けた。
「真姫。ごめなさい…………貴女に辛い役目をさせてしまった」
「…………………別に。医者志望としても許せなかっただけ」
気にしていないわ、と言っているがその表情は明らかに傷ついており、苦虫を潰したように顰めている。
「真姫ちゃん…………」
そこへ、凛が歩み寄ってくる。一瞬、びくりと肩が震えて赤い髪が揺れるが、凛は今にも泣き出しそうなくらい顔をしわくちゃにさせて頭を下げてきた。
「ごめんなさい………」
「……………いいわ。それより」
凛の顔を上げさせて、真姫はそっと赤くなった頬に優しく触れる。
「私の方こそごめんなさい。痛かったわよね?」
「……………うん」
あ、そこは素直に白状するんだ。端から見ていた絵里が一瞬だけずっこけそうになるも、凛は続ける。
「でも、目が覚めた…………ねぇ」
「うん?」
不安で消え入りそうな声で、尋ねる。
「アキト、大丈夫だよね? また起きて、凛の事……見てくれるよね?」
「……………当たり前じゃない」
破顔。優しく笑んだ真姫はそっと凛を抱きしめて、頭を優しくなでる。
「昨日、コウタが言った事忘れた?」
昨日、ヘルヘイムの森で遭難して不安定になったμ'sに、コウタが言ってくれた言葉。
「アキトが凛や花陽を、私達を悲しませるような事、するはずないじゃない」
「………………うん!」
その言葉に、凛は笑顔になる。ようやくはっきりとして笑顔が見れて、絵里の中にも暖かいものが広がる。
「主任、鼻血鼻血」
「おっと、失礼」
その声で振り向くと、何やらこちらに背を向けているヨウコ。何をしているかわからないが、それは一瞬で終わりこちらへ向き直った。
「……………行きましょう。対策を立てないと」
「待って! にこちゃんは…………」
言われてよやく、絵里ははっとなった。同じ3年生で、メンバーの中でも一番アイドルに情熱を注ぐ友達の存在を、今の今まで思考の外へ追いやっていた事に自分を殴りたくなった。
しかし、ヨウコは微笑んでトランシーバーを見せつけてきた。
「大丈夫よ。今連絡したら、タカトラと合流したって。別荘に向かうそうよ」
「よかった…………」
その吉報に真姫と絵里は安堵して、μ'sメンバー達の元へと知らせる。
「さぁ、行きましょう」
ヨウコに促されるように、全員トラックの荷台へと入り込む。
その最中で、一瞬だけ絵里は空を見上げる。今にも泣き出しそうなどんよりとした空模様は、遠くの方で雷鳴が轟いているようだ。
その音が、まるで望みは断たれた地獄に叩き付けられたような気分になり、胸の奥から気持ち悪い何かが込み上げてきて顔を顰めつつ絵里はトラックに乗り込むと、カイトの頭を膝に乗せて髪を梳く。
そうしていると、この不安が和らぐような気がしたが、結局は不安な気持ちからは逃れられずトラックは走り出した。
啼臥アキトが所持するロックシード
・レモンエナジー
・ローズアタッカー
次回のラブ鎧武!は……………
「……………これからどうなるんだろう」
「………わかりません」
9人の女神が集うも、行き先に不安が隠し切れず暗雲が募る。
「……………許せないねぇ。私の研究を勝手に使い、しかも未知のロックシードなんて…………」
垣間見るプロフェッサーリョウマの闇。
「そんな不安そうな顔しないで下さいー。せっかくの可愛い顔が台無しですよー」
アネモネと瀬賀を気遣う銀髪アホ毛の少女、ナールとは。
「もしかしてあれか、これが髭が本体ってやつか」
ミツザネに帽子を奢った男が動く。
次回、ラブ鎧武!
39話:真実の行方 ~沸き立つ絶望~
オッスオッス
1か月ぶりの投稿でございます、
どーも、グラニです
夏が近づいてきましたねぇ、暑い暑い。
ラブ鎧武を書き始めてリアルで2回目の夏です、もう2回もきてるんですね。
なのにアニメではまだ3、4話分くらいしか経っていない進み具合。最近ではこういうもんだ、と割り切って書いてます。
さて、必殺キック不発王選手権は見事、キウイ龍玄脚の勝利で終わりました。本編でタトバキックが敵を撃破したことないのなら、ここでも習わないと。
そも、アキトの実力ではミツザネには及ばないので勝てるはずないんですね。善戦したのはアキトの言う通り、ミツザネがアネモネに操られていたり、オーズの力に翻弄されたりしたからです。
と、言うことでオーズロックシード破壊に伴いオーズ退場でげす。ほんの少しの間でも好きなライダー書けて嬉しかったです。
そして、ついに発動したキル・プロセス。でも残念、使ったのはプロフェッサーではなくアネモネちゃんでした!
これにより、チーム鎧武以外の戦極ドライバーが使用不可に。
絶望的な状況がさらに絶望的な状況になった訳です。なに、映画じゃよくある事(本編中です)
しかし、仕方ないとはいえにこも真姫も希も何度も死にそうな場面になってるのにへこたれないな………
やっぱ女の子強い…………
そんなこんなで、次回もお楽しみに!
何気に1年前に投稿したのって件回っていうことに驚愕してます
感想、評価随時受け付けておりますのでよろしくお願いします!
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話しのネタバレなどやってるかもしれませんので、良ければどうぞ!
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