ラブ鎧武!   作:グラニ

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ヒナギクの花言葉


『乙女の無邪気』

『平和』

『明朗』

『希望』



『あなたと同じ気持ちです』




あの日のヒナギクにさようなら

古傷というものは厄介極まりない。

 

昔に付けられて大分経つのだから、と思っていてもしばらくしてからまた痛み出す。

 

治ったと思っていても、意外な形で蘇る事などままある事だ。

 

それは例えば、『再会』など。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強い日差しのある日。

 

園田海未は照らしつける日差しを日傘で遮りながら、秋葉原の街を歩いていた。

 

例年に比べて今年は気温が低く、3月間近だというのに防寒具はまだ手放せないというニュースを思い出し、風も吹いていないのに寒さを感じて、首のマフラーをそっと蒔き直す。

 

日射しは強いのだから日傘などささなければ暖を取れるのだが、もう紫外線を無視出来ない年齢になってしまった海未は、年を取ったなぁと嫌そうに息を吐く。

 

音ノ木坂学院を卒業して10年の月日が経った。かつてのメンバー達同様に海未も自分の道を歩み始め、今では実家の日舞の跡継ぎとして時に舞い、時に子供達に教える先生として活動していた。

 

10年という月日は当然、海未を少女から立派な女性へと成長させた。出る所も出るようになり(それでも当時のスピリチュアル巫女には勝てない。くっ)、歩けば誰もが振り返るほどの美しさを手に入れた。

 

まさしく現代に蘇った振り返り美人。そんな称号をつけられている事など、当の本人が知るはずもなく、相も変わらず道行く人々の視線を釘付けにして海未はある目的の場所へと歩いていく。

 

どんどん人通りが少なくなっていき、とある場所で足を止めて周囲をそれとなく見回す。こちらを付けているような人影も気配もない事を確認してから、闇の回廊のように伸びている路地へと突き進んだ。

 

そして、途中の地点で海未は足を止めた。

 

「……………よぉ、また来たかい」

 

「こんにちわ」

 

椅子に座って新聞紙を広げてた初老の男性は海未の姿を認めると、にかっと笑った。

 

そこは少しこじんまりとした路地の中にある薄汚れた店だ。昼間だというのにビルとビルの間に構えているからか日差しが届いておらず、薄暗い電球がもたらす弱い光源のみである。

 

「例の物を受け取りに来ました」

 

「あぁ………手に入れるのに苦労したがね」

 

そう言って男は後ろに積み上げられているダンボール箱から1つの包装された箱を差し出してくる。海未もそれに倣って持っていたハンドバックから茶封筒を取り出して差し出す。

 

男性はそれを受け取ると確認し始め、こくりと頷いた。

 

「…………確かに」

 

「…………………あの」

 

いつもと同じやりとりなのだが、海未は困惑した表情で初老の男性に返す。しかし、彼はもう用はないと言わんばかりに新聞紙を広めてしまい、返答はない。

 

このやりとりも何度もやった事なので、海未は気にした風もなくお辞儀をしてから来た道を引き返した。

 

何やら不穏なやりとりだったが、あの茶封筒に入っていたのは100円相当の図書券や買い物券の束だ。どうもあの男性が密売的なやり取りの形でしか応じてくれないのだ。

 

もちろん、受け取った品も卑猥なものでも危険物もでない。

 

路地を歩きながら丁寧に包装を解いて、覗かせた物に足を止める。

 

そして。

 

「………………うぇへへへ」

 

10年前、人前で歌う事に恥じらいを感じていたあの子なのだろうか。と、当時のメンバーがいたら疑いそうになるくらい破顔させて、海未はそれを見つめる。

 

「ついに、ついに手に入れました…………!」

 

そう、これを手に入れる為に苦労した。何せ今や市場には出回っていない、貴重は一品なのだから。

 

「S.H.Figuartsの仮面ライダー鎧武ジンバーメロンアームズ!!」

 

くわっ、と顔を上げて箱を抱きしめるそこには、振り返り美人の要素はほとんどなかった。

 

S.H.Figuartsとは5年ほど前からユグドラシルが販売しているフィギュアシリーズであり、実在しているアーマードライダー達をモデルに本物顔負けの造形美を駆使して作成した一品たちの事である。

 

つまりは、大きい友達向けの玩具だ。

 

大きくなっていくにつれて、海未はそういったフィギュアを集めるのが趣味となっていた。元々、昔からスーパーヒーローといった番組が放送されていれば自然と目が向いていた事あり、今では携帯などでネットチャンネルで特撮物を観るほどの没頭している。

 

かつての仲間には今では世界レベルで有名になったアーマードライダー達がいた事を考えるとサインでも貰っておけば良かったと後悔したりするのだが、やはり当時を振り返っても自分にそんな事を言い出せる勇気があるはずもなく、こうして仲間にも秘密で趣味に走る毎日を過ごしていた。

 

先ほどの店は少し前の特撮玩具を取り扱っている所で、このフィギュアが入ったらキープして欲しいと頼んでいたのだ。

 

このアーマードライダー鎧武ジンバーメロンアームズは、システム上実現出来たが実際に陽を当たる事はなかった形態である。特に難しい理由はなく、ただ単に鎧武が所持していたエナジーロックシードがレモンエナジーロックシードだけだったのと近くにいた先生がメロンエナジーを使用していたというだけなのだが、それにしても箱越しだというのに伝わってくるカッコよさは海未を感動させるには充分だった。

 

「はぁ、なんてかっこいい………どうしてコウタはこれに変身しなかたったのでしょうか」

 

うっとりしながら箱を持っていたハンドバックにしまい込み、再び路地を歩き出す。

 

ずっと薄暗い空間にいたから路地を出て、差し込んできた太陽の眩しさに一瞬だけ目が眩む。

 

「…………今日は稽古もありませんし、久々に穂むらにでも………」

 

この後の日程を思い浮かべた瞬間、遠くの方で爆音と共に人々の悲鳴が上がる。咄嗟に目を向けると駐車していたであろうトラックが爆炎を上げ、周囲に灰燼をまき散らしていた。

 

平和な日常の一コマが戦場のような炎に飲み込まれ、人々が我先にと逃げ出す。

 

海未はそれに習わず、むしろ歯向かうように人込みの流れを掻き分けてトラックへと走った。

 

10年前。それなりに狙われやすい立場だったのと、傍にアーマードライダーがいた事で戦いに遭遇しやすかった事。そして何より、海未自身が正義感の強い性格だからか今でも何かあればそこへ走り出す行動は変わっていなかった。

 

海未が駆けつけると、炎上トラックの目の前にある銀行も火の手が上がっており、その中から初級インベスが4体とコウモリインベスが散らかすように暴れていた。どうやらこのインベス達が銀行を襲撃し、その余波でトラックが吹き飛んだらしい。

 

燃え盛る残骸が周囲の空気を熱して海未に襲いかかる。一瞬、近付くのを躊躇って足を止めてしまうが、もしかしたら怪我人がいるかもしれないし、何より目の前の悪事を見過ごす事など出来なかった。

 

海未はロックシードを取り出し開錠すると、後ろに一文字にクラックが裂けてインベスが躍り出る。それは初級インベスではなく、長年の付き合いの果てに進化したスサノオインベスだ。

 

「お願いします!」

 

海未の言葉に咆哮で答えたスサノオインベスは鋏のような両腕を振り上げながらトラックに近付き、初級インベス達とコウモリインベスを薙ぎ払う。そして、トラックの運転席のドアを引きはがすと中に腕を突っ込み、運転手を持ち上げてトラックから離れた安全な場所に横たえた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

海未が駆け寄って確認すると苦悶の声が返ってくる。怪我はしているが生きている事に安堵して、目をスサノオインベスに向ける。

 

スサノオインベスはコウモリインベスが放つエネルギー弾を両腕の鋏を盾にするように構えて防いでいる。スサノオインベスはコウモリインベスよりも上位の進化態に位置するインベスであり、さらには重ねている鋏は絶大な防御力を誇る。並のインベスがそれを貫く事はほぼ不可能だった。

 

「スーサ、時間を稼いでください!」

 

この男性は致命傷こそ負っていないが、かと言って放置していては状態は確実に悪化してしまう。早急に病院へ搬送する必要がある。

 

海未の指令に「合点だぜ、ご主人!」と言わんばかりに咆哮を上げて、飛び掛かってくるインベス達を薙ぎ払う。

 

スサノオインベスなら救急車までの時間を稼ぐ事など容易な事だ。倒れた男性を引き摺るような形で海未は道脇に避難すると、携帯電話を取り出して緊急搬送の番号を押そうとして。

 

轟音と共に吹き飛ばされたスサノオインベスに振り返る。

 

「スーサ!?」

 

「あぁ、あぁ。ったく、進化態なんてレアなインベス持ってんじゃねーか。ドライバー使うハメになるなんてな」

 

億劫そうに声を荒上げながら、トラックに立つ影を認める。それは10年前、大きな戦乱の中心地にいた海未にとっては見慣れた、世界にとっても親しまれた戦士。

 

「アーマードライダー黒影………!」

 

「おぉっ? よく見たら超別嬪じゃねぇか。こいつも掻っ攫えばいい金になりそうじゃねぇか」

 

インベスに対して人間が太刀打ち出来る唯一の戦士、アーマードライダー。それを使うのは人間なのだから、全員が正義のヒーローという訳ではない。

 

こういった私欲の為に使われる事もあり、そういった場面を海未は何度も見てきた。

 

しかし、状況はかなり悪い事に海未は舌打ちをする。如何にインベス内で強い力を持つスサノオインベスとて、相手がアーマードライダーでは殺され兼ねない。

 

こういう時の為の武装組織はあるが、その場に駆けつけられなければ意味はない。少なくともこの場を切り抜けるには海未自身がどうにかしなければならないのだ。

 

「アーマードライダーの力を何てことに使うのですか」

 

「あ? せっかく拾った力なんだ、使わなきゃ勿体ないだろう 」

 

その口振りからして、その戦極ドライバーを手に入れたのは偶然のようだ。他の場所で起きた事件で落ちていた物を拾ったのだろう。杜撰な管理に文句を言いたくなるが、今はそれを口にしている場合ではない。

 

「それをもっと正しい事に使えばいいものを………」

 

「この力は俺のもんだ。だったら、どう使おうが俺の勝手だろう」

 

悪びれた態度もなく告げる黒影は鼻で笑い飛ばすと、影松の矛先を海未へと向けてくる。

 

それに貫かれば海未は簡単に死ねる。インベスの強靭な皮膚を切り避けるという事は、人間の柔肌など紙切れにも等しいものなのだから。

 

しかし、それに海未が畏怖を抱く事はない。確かに凶刃である事に違いはないが、海未にとってそれは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「じゃあ、あんたも一緒に来てもらおうか。金になりそうだ」

 

仮面越しでもはっきりと伝わってくる下品な視線に冷たい瞳を向けながら、海未は嫌悪感を隠す事なく身構える。

 

その直後。

 

 

『レモンエナジー!!』

 

 

聞き覚えのある咆哮と共に閃光が弾け、黒影が吹っ飛んだ。たった一瞬だというのに黒影のアーマーが戦極ドライバー諸共砕け散り、包んでいたライドウェアも弾き飛んで変身が解除される。

 

ぐえっ、とヒキガエルのような呻き声と共に主犯は倒れ、その眼前に1人の戦士が降り立つ。青いライドウェアに羽織のようなアーマー、そして右手には赤い弓、ゲネシスシステムの共通アームズであるソニックアローが握られている。

 

その戦士が再び閃光に包まれると、全身の鎧が粒子のように消えていく。

 

現れたのは1人の青年だった。黒いスーツを着こなし、厳格な雰囲気を纏った海未の知人。

 

「インベスによる犯罪、及び戦極ドライバーの無断使用。諸々の罪で御用だ」

 

「ゆ、ユグドラシル………!」

 

起き上がった主犯は男の姿を認め、諦めたかのように倒れ込んだ。

 

後ろから連れてきたであろう正規の黒影トルーパー部隊が主犯に駆け寄り、その両手に手錠をかける。

 

それを認めた男は安堵したように振り返って海未を見やり、どこか呆れたように肩を竦めた。

 

「…………ったく、無理するなぁ」

 

「……………見過ごす事など出来ませんから」

 

そう言って海未は立ち上がって破顔させる。

 

この男こそ、10年前の戦いにおいて中心となって奮起した戦士。

 

葛葉コウタ。

 

かつては海未が組していたスクールアイドル、μ'sの護衛役兼ダンスコーチ。

 

そして、海未の初恋の相手にして振った男だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当時、コウタは元々人気者だった。

 

人付き合いが良く、頼めばどんな事も手伝ってくれる。運動神経も抜群で、料理に関しては壊滅的という弱点もギャップという意味でプラス要素にもなっていた。そして、何よりもイケメンという事もあって、3人しかいなかった男子の中で人気はダントツだった。

 

とりわけ、海未はμ'sの一員というのもあって接する機会も多く、コウタの事を異性として意識するようになり恋心を覚えるのは必然と言えた。

 

しかし、コウタに海未が想いが告げる事はなかった。相手は大勢の人から好意を向けられている少年で、こちらを振り向くはずなどない、と自分で勝手に決めつけて、心に蓋をして。

 

ずっと友達という距離感でいようと努め、日々を過ごして。

 

 

『俺、海未の事が好きなんだ』

 

 

卒業式の日に、コウタからそう告げられた。

 

嘘ではないか、夢ではないか、と何度も確認してみたが、それは紛れもない現実であり。

 

想いを告げられた時、素直に嬉しかった。それはもう、飛び跳ねてしまいそうになるくらい。

 

しかし、海未の脳裏に過ぎったのは、小さいころから一緒にいた2人の幼馴染みだ。

 

いつも自分と一緒にいてくれて、見た事の無い世界を見せてくれる少女と、遠くを見渡す青眼の持ち主。

 

どちらも憧れ、尊敬し、共に切磋琢磨していき手を繋いでくれる先導者。

 

そして、同じようにコウタに好意を向けるライバル。

 

それらを思い浮かべた瞬間、海未の中に言いようのない不安が生まれた。

 

1人の男の子を3人の女の子が取り合う。勝者はただ1人で、後は敗者となる。

 

そう思った時、海未の口から零れた言葉は、今でも驚くほど気持ちとは掛け離れていた言葉だった。

 

 

『ごめんなさい………』

 

 

それは拒絶の言葉。受け入れれば海未にとって幸せな光景が手に入るというのに、それを蹴ってしまった。

 

どうしてか、と問われればきっと怖かったのだろう。

 

それは今の関係が崩れてしまう、破滅の言葉だから。

 

 

 

 

 

古傷はどうやって、治せるものではない。

 

何故なら、古傷は『治す』ものではなく『忘れるもの』なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現場からそれほど遠くない喫茶店で海未とコウタは向かい合うようにテーブル席でランチタイムと洒落込んでいた。

 

事件解決に協力してくれたのだから奢らせてくれ、という事でフィギュアを買ってしまい財布事情が苦しい海未にとって有難い申し出だったので、素直に受けたのだ。

 

「まさかコウタと喫茶店に入る時が来るとは思いませんでした」

 

「どういう意味だよ」

 

コーヒーカップに口を付けながら呟くと、コウタが若干不満そうに顔を歪める。

 

10年前、どこへ遊びに行っても食事はほぼ決まって安くて大量に食べれる牛丼チェーン店やラーメン屋だった。メンバーの中にごはん好きにパン好き、ラーメン好きやら焼き肉好きなど大勢いたのだ。ただでさえ食べ盛りの高校生がこんな喫茶店に出てくるパスタやトーストなどで満足出来るはずがなかった。

 

海未としてはこういった雰囲気の喫茶店に通う事に憧れていたので、まさかこういった場所に大きくなってからコウタと入る事になるとは思わなかった。

 

「営業との話し合いで喫茶店をよく使うからな。おかげでコーヒーにも慣れたよ」

 

「カイトのコーヒーを小ばかにしてド突かれていたコウタとは思えませんね」

 

くすり、と当時を思い出して笑みをこぼすと、そういえばとコウタが切り出した。

 

「カイトと言えば、パティシエのコンクールで城之内とコンビ組んで優勝したらしいぜ。新聞に載ってた」

 

「本当ですか? そう言えば絵里がコーチしている子も海外でのバレェ大会で優勝していました。天才を育てる天才コーチ、なんて呼ばれているらしいです」

 

「天才って言ったらミッチ、西木野病院で凄腕の医者って言われるようになったらしい。今は真姫と一緒に海外で様々な紛争意地域で活動しているみたいだ。まぁ、ミッチの腕なら真姫も安心だろ」

 

「世界を回っている穂乃果、2人と会ったらしいです。小さなコンサートを開いたみたいです」

 

「にこもA-RISEと一緒に台湾で公演したみたいだし、世界の究明という名の新婚旅行中のアキトと凛がブログに乗せてた」

 

「その公演で使われた衣装、ことりがデザインしたものですから嬉しそうに電話で言ってきましたよ。でも、その公演日を希が占星術で占って決めたというのには笑いました」

 

「マジかよ………そういや、霊的な何かを高める修行の為に実働部の初瀬が駆り出されたって愚痴ってたな。嫁さんにカンカンに怒られたって」

 

「…………………みんな、前に進んでるのですね」

 

噛み締めるように、しみじみと海未は呟く。

 

皆、それぞれの道を進んでいる。それぞれがやりたい事に向かって、ある者は目指して歩き、ある者は叶えてその先を見上げて突き進んでいた。

 

あれから10年も経っているのだから、それぞれが違う道を進んでいるのが当たり前だ。しかし、当時は毎日のように顔を合わせていた相手がどんどんあえなくなり、今では全員が顔を揃える事など滅多な事ではなくなってしまった。

 

「最後に全員が顔を合わせたのはいつでしたっけ………」

 

「5年前にあったアキトと凛の結婚式だな。その後で何人か集まれたのはにこのライブとことりのデザインショーくらいか」

 

つまりは、5年ほど会っていない事になる。ならば懐かしいと感じるのも無理はない。

 

「…………ままならないものですね」

 

「まっ、ほとんどのヤツらが海外で活動してるからな。日本にいるのって俺と海未に、花陽くらいじゃないか?」

 

「いえ、花陽は今インドにいるそうです。何でも研修とかで」

 

「そうなのか?」

 

少し長々しい話しをしたからか、互いに喉が渇いてコーヒーで潤す。

 

ふぅ、と息をついてしみじみと告げた。

 

「まさかみんなして国外に飛び出すとは思わなかった」

 

「そうですね」

 

神妙な顔つきをするものだから何を言うのかと思えば、姿は立派になっても根本が変わっていないという事に海未は苦笑を禁じえなかった。

 

海未は元々未開の地というものに足を運ぶ事には抵抗を覚える少女だった。幼馴染みによく振り回されたりして隣町に行ったりしたが、海未が選んだのは新しい土地ではなく幼い頃から親しんだこの場所てある。

 

もちろん、仕事が実家の日舞を継いだ、という事もあるが、仲間達と過ごした思い出の残るこの神田から離れる事はどうしても出来なかったのだ。

 

寂しかったのかもしれない。皆との思い出を手放してしまいそうになるのが。

 

「海未はずっといるよな?」

 

「コウタこそ。ずっと海外への赴任を断り続けていると、タカトラさんから聞きましたよ?」

 

質問に対して質問で返すのは失礼だとは重々承知していたが、以前会った恩師から得た情報に、海未は微かな嫌な予感を覚えた。

 

コウタは今では世界的に有名で、有数の強さを誇るアーマードライダーだ。鎧武と聞けば誰もが最強のアーマードライダーという肩書きを思い浮かべ、実際にそれに見劣る事のない実力を兼ね備えている。

 

しかし、そのコウタが日本というこじんまりとした小さな島に固執する理由。

 

「……………もしかして、私がいるからですか?」

 

小さく、けれどもしっかりと届く声色で海未が尋ねると、コウタのコーヒーを持った手が止まる。

 

「………………確かに、いろんなトコから海外の紛争地域の鎮圧指令を受けてきた。それを全部蹴って、そいつらを納得させられるように、日本で起こるインベス事件の細事を逃すまいとやってきた」

 

「どうしてですか………貴方は、こんな小さな所でくすぶっていい人ではありません!」

 

海未は知っている。今では先代を押しのけてユグドラシルの主任という地位に就くために、どれほどの努力をしたのかを。

 

昔からそうだ。コウタは「やれば出来る」を地で行っている。当時だって、日頃からきちんと勉強をしていれば飲み込みが早く、3年生になってからは目を見張るほどに成績を上がっていた。

 

「…………そんなの、決まってんだろ」

 

呆れる訳でもなく、コウタは真っ直ぐに海未を見据えた。10年前、桜の木の下で想いを告げてきた時とまったく同じ瞳で。

 

「海未が好きだから」

 

「っ………」

 

「…………あれから何人もの女性に会ってきた。穂乃果やことりにも告白されたり、上役からは娘はどうだって婚約を迫られた時もあった」

 

コウタの口から他の女性の名前が零れでる。その度に海未の心が軋んで揺らぐ。

 

「だけど、やっぱり頭に浮かぶのは海未なんだ 」

 

「……………病的ですね。ミッチか真姬にでも見てもらったらどですか?」

 

心にもない事を言うのは、引っ張られてしまいそうになるからだ。

 

冷たく言い放つのは、自分の罪を自覚する為だ。

 

今更、本当に何を今更。

 

かつて振った自分が、今更この男を愛していいはずなどない。

 

そう自分に言い聞かせるように、海未は冷ややかに告げる。

 

「………貴方には、もっと素敵な……」

 

「海未以上に素敵な女性はいない」

 

真顔で即答され、海未は言葉に詰まって顔を赤くしてしまう。昔は女の子を褒めるのにかなりの時間を有して顔を真っ赤にしていたというのに、あの純情な彼はどこへ行ってしまったというのか。

 

そこへ料理が運ばれてくる。しかし、それに手を付ける気にはなれず、海未はただただ俯く事しか出来なかった。

 

自分に今更、その想いを受け取る資格などあるはずがない。10年間もの長い時間を、意識もせず奪い呪いに掛けたこんな悪女に、愛し愛される資格はない。

 

そう心に言い聞かせているのに、やはり本能が叫んでいた。

 

好きでいて嬉しい、と。

 

「…………だったら、どうして海未は彼氏を作らないんだ?」

 

聞かれたくない事を聞かれ、海未は反射的に顔を上げてしまう。

 

コウタはこちらの思惑を見透かしているかのように、どこか確信を持ったように続けた。

 

「…………海未が彼氏とか作ったら、きっぱり諦めが着く。でも、もしも今は無理でも、可能性が残されているなら、俺は絶対に諦めたくない」

 

その言葉に海未は言い返す事など出来ない。それは難しくなんてなく、単純な話し。

 

コウタは海未が好きで、その逆も同じだ。相思相愛で、だけど海未がそれを受け入れる事を拒んでいる。

 

受け入れれば、きっと互いにとって幸せな結果が訪れる。甘美と歓喜と快楽の毎日が。

 

だけど。

 

「……………申し訳ありませんが、10年経っても思いは変わりません」

 

自らを罰するように。

 

「私は、貴方の想いに…………」

 

その時、海未の言葉を遮るようにコウタが脱いだスーツの上着ポケットから携帯電話の着信音が響く。仕事用では流石にカジュアルな編集は出来ないのか、無機質でよくあるデフォルトのメロディだが、それがどこか海未の不安を掻き立てた。

 

一瞬、どうしたものかと瞬時するコウタが見えたので、海未が仕草で進めると頷いてポケットから取り出した。

 

「私だ」

 

「ぶっ!?」

 

優雅に飲もうとしていたコーヒーを吹き出しそうになり、海未は咽込んでしまう。立場を考えれば妥当な言葉ではあるのだが、何というかはっきり言ってしまえばコウタが恩師のような言葉を使うのは似合わなかった。

 

海未の反応の意味を理解しているのか、気恥ずかし気な目を向けていたコウタだが、次第にその瞳を剣呑に細めていく。

 

「…………………馬鹿野郎! 何やってんだ!?」

 

突然激昂したコウタに、海未のみならず周囲の客も驚いたように注視してきた。その視線に慌てて声の大きさは抑えたようだが、怒りを孕んだ瞳はそのままだ。

 

「すぐに緊急検問を設置。私も指揮に戻る」

 

電話の相手に短く指示を飛ばして携帯をたたみ、コウタはどこか疲れたように息を吐いてからスーツを羽織る。

 

「悪い、仕事だ」

 

「どうかしたのですか?」

 

深刻そうな事態の海未が声を潜めると、コウタも小声で返してくる。

 

「さっき捕まえた奴が隙を見て脱走したらしい。しかも戦極ドライバーのオマケ付き………まったく、始末書物だぜ」

 

そう口では言うものの、浮かべている表情は怒りというよりもやれやれ、といった呆れの表情が浮かんでいた。

 

「大変ですね………」

 

「まっ、仮面ライダーに休みなし、ってとこだな」

 

そう言ってコウタはレシートを掴み取ろうとするのを、海未が先に取って阻止した。

 

「会計なんてしてる暇などないのでは?」

 

「いや、けどよ………」

 

「けども何もありません。コウタの肩には今や文字通り、全世界の人々の命運が掛かっているのです。行ってください」

 

海未の言葉にコウタは数秒だけどうするかと俯いて考え込む。が、すぐに顔を上げて強く頷くと、コウタは飛び出すように店を出て行った。

 

それを見届けた海未はふぅ、と息をついて自傷するように呟いた。

 

「酷い女です…………」

 

コウタの事はもちろん、嫌いではない。しかし、想いについて言及されるのが堪らなく嫌で、つい追い返すような言い方をしてしまった。

 

コウタは、海未の想いを知っていてなお、手を差し出してきてくれているのだろうか。

 

もし、そうだとしたら、海未がしている事はどれだけ残酷で惨めな行為なのだろうか。

 

「お待たせしました」

 

その時、注文していた料理が運ばれてきて、テーブルに並べられたそれを観て海未の頬がひきつる。

 

1つは自分が頼んだBLTサンド。もう1つはコウタが注文したナポリタンなのだが、その量がメニュー表の写真と比べ者にもならないほどに大盛りなのだ。

 

一瞬、店員が作り間違えたのかと思ったがレシートを確認すると、そこには『ナポリタン:特盛』の文字が。

 

「……………これを、食べる………」

 

これだけの量を普通に平らげようとしていた。何だかんだで大食いという根本は変わっていないようで、思わず可笑しくて笑いが込み上げてくる海未だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『どういう事よ、海未!?』

 

飛び掛ってきた怒号に負けそうになるが、悟られまいと表情を崩さずに同じ言葉を繰り返した。

 

『ですから、私を裏方の方に回して下さい』

 

『意味がわからないわよ!』

 

激昴する度に黒髪のツインテールが揺れ、他のメンバーの表情にもありありと動揺の色が浮かんでいた。

 

その輪の中から外れた所で、怒りよりも落胆の色を滲ませた少年が尋ねてくる。

 

『何故だ?』

 

『…………私は歌もダンスも上手くありません。どれほど練習したくとも、私には日舞の稽古に弓道部の活動があります』

 

そんなことない、と言おうとしていたラーメン屋の息子の幼馴染み2人は出鼻をくじかれ押し黙る。

 

一瞬だけ申しわけない気持ちになったが、それでも言ってしまった。言葉とは放たれた矢のごとく掻き消すことなど出来ないのだ。

 

『もちろん、作詞活動は続けます。ですが、もうアイドルをするのは無理です』

 

一方的にありもしない理由を述べて、仮面をつけて、園田海未は陽の当たる場所から遠ざかる。

 

『今までありがとうございました』

 

そして、制止の言葉も聞かずに海未はこの場所を去ろうとする。

 

直後、誰かが腕を掴んできた。強引に振り向かせられると、そこには親友の泣き面。

 

そういえば、あの時と立場が真逆ではないか。皮肉な運命に心の中で自嘲の笑いを浮かべ、罰をその身に受けようと覚悟を決めて、

 

その手を掴んで止めたのが、コウタだった。

 

 

 

 

 

 

 

だから、古傷は蘇る。

 

何かの拍子に。

 

忘れたという事は、思い出す事も出来るのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旧友。否、初恋の相手に会ったからか、正直に言えば海未は油断していた。

 

先ほどの主犯が、戦極ドライバーを持って脱走したという事は近辺に潜伏している可能性が高いという事。

 

その主犯にとって海未は、計画を邪魔した憎い敵だという事を。

 

「…………………私とした事が…………」

 

どことも知れぬ木製の小屋の中で、海未は嘯く。

 

両手足はロープで縛られており、買ったはずの鎧武のフュギィアが入った鞄も見当たらず、当然ロックシードも所持していなかった。

 

大量のナポリタンを何とか食べ切って喫茶店を出て、海未は何者かに襲われ誘拐された。口元に恐らく睡眠作用のある薬品を染み込ませたハンカチなどで抑えられ、意識を失って次に目覚めたら小屋の中だ。

 

意識を失う直前、ちらりと見えたのはあの主犯の顔だった。

 

「…………………情けないものです」

 

コウタを送り出したはずが足を引っ張ってしまっているという事に後悔の念に襲われるが、膝を着くのはこの場所を無事に脱出出来てからだ。

 

改めて周囲を見回すと、出入り口と思われる扉は1つ。小屋の中央に海未は放置されているような形で寝転がされており、扉とは反対側に暖炉がある。

 

手足が縛られた状態で暖炉から脱出、というのは確実に不可能なので出るとしたら扉しかない。が、やはりこの状態では移動すらままならないだろう。

 

手を揺すってみるもロープはがっちりと結ばれており、肌に食い込んでいるほどだ。刃物でも使わない限り切る事は不可能だった。

 

「…………仕方ありませんね」

 

海未は静かに呟いて精神を落ち着かせると、両目を閉じる。

 

そして。

 

目を再び開いた瞬間、右目が赤く染まる。

 

海未しかいない場に清冽な空気が吹き出し、密閉空間であるはずなのに長い髪が靡く。

 

「スーサ」

 

低く、厳かな声色で告げると目の前に小さくクラックが出現し、そこから海未のバディインベスであるスサノオインベスが通常通りの大きさで飛び出してくる。

 

小屋に降り立ったスサノオインベスはカサカサとした動きで海未の手に近付くと、その鋏で肌を傷つけないように少しずつ切ってくれる。そして、両手のロープが切れたら次に足のロープも同じように切ってくれた。

 

開放された手足を摩りながら立ち上がり、瞳の色がすっと元に肩に飛び乗ったスサノオインベスの頭を撫でた。

 

「ありがとう、スーサ。ロックシードがどこにあるかわかる?」

 

そう問い掛けてみるもスーサは身体を揺さぶってずーんと消沈したように項垂れる。バディインベスと呼び出すロックシードはある種の契約のようなもので繋がっている為、どこにあるかわかるものだが。

 

「壊されたかもしれませんね………念願のジンバーメロン…………」

 

御主人、残念がるのそこっすか。とスサノオインベスが呆れたように身体を動かすが、不意に何かを警戒したように身構える。

 

それに反応して海未も身構えると、扉が開かれる。

 

「何っ………!? どうして拘束が解かれている!? それに、ロックシードは破壊したはずなにどうしてインベスを!?」

 

入って来た主犯は海未が自由の身になっている事に驚愕する。しかし、海未にとっては悪い展開だ。唯一に出入り口を防がれてしまったのだから。

 

「ここはどこです?」

 

「言う訳ねぇだろうが」

 

ぶっきらぼうに答えた主犯は動揺を落ち着かせると、面倒そうに息を吐いた。

 

「ったく、テメェのせいで何もかも台無しだぜ。美人だから肉奴隷にでもして儲けようかとも思ったが、やり過ぎたテメェは殺害ルートに取る選択がなくなっちまったよ」

 

「そもそも、秋葉を選んだのが最大の選択ミスな気がしますけどね」

 

昔ならば肉奴隷などの卑猥な言葉に反応していたのに、今となっては冷静に小言で返せるようになったのは喜ばしい事なのだろうかか。

 

追い詰められているというのに緊張感のない事を思いながら、海未は質問を投げ付ける。

 

「で、ロックシードはともかく………他の手荷物はどこに?」

 

「あ? 今頃どっかのごみ処理場だろ」

 

「………………貴方は最低です」

 

短く言い放ち、海未はすっと目を眇める。敵意を漲らせると主犯もそれを感じ取ったのか、戦極ドライバーを取り出す。

 

「こっちにはベルトがあるんだ。テメェに勝ち目はねぇぜ」

 

「そうですね。では、試してはどうです?」

 

自信満々な主犯に海未は平坦に答える。この小さな小屋ではスサノオインベスを巨大化させてしまえば小屋をぶち破り、海未を押し潰しかねないから海未個人で対抗するしかない。

 

普通ならば、ただの女性である海未がアーマードライダーに真正面からぶつかって勝つ事など不可能だ。

 

しかし、海未の佇まいは余裕を滲ませており、主犯は怪訝な顔をしながらも戦極ドライバーを腰に装着した。

 

同時に海未は駆け出し、一瞬にして主犯と肉薄した。

 

主犯が驚き思考に穴が生まれ、その隙に顎に掌底を打ち込む。人体の急所でもある場所に流れた衝撃は大の男でも相当なダメージを与える。加えて喉元を中心に打撃を加え、最後には戦極ドライバーを取り外して回し蹴りを放った。

 

容赦ない連続攻撃を受けた主犯は防御する間もなく吹き飛び、扉をぶち破るようにして外へと倒れ込み、ピクピクッと痙攣してから力尽きたように気絶した。

 

「これでも伊達に武芸に勤しんだ身ではあるので」

 

上手く危機を脱して安堵の息を漏らして海未が主犯を避けるようにして外へ出ると、すでに陽は完全に落ちており、夜空には星々が輝いていた。

 

周囲は深い木々で囲まれており、山か森なのかはわからないが神田ではない事は確かだ。

 

「参りましたね………夜に移動するのは危険。かと言って、これがいつ起きるかもわからないし、ここかろ離れたいのですが………」

 

すると、肩のスサノオインベスが尾を揺らす。さっき俺を呼び出したみたいに、御主人の力を使えば、と訴えてくるが首を横に震る。

 

「あれって相当なヘルヘイムの毒素を吸い込む事になります。これ以上は身体が持ちません」

 

難儀な力だな、と憤慨する相棒に同感だと言わんばかりに海未は肩を竦める。

 

「私の中にあるのは黄金の果実の残滓………欠片ですらないのだから、むしろ力を行使出来る方が凄いんですよ」

 

宥めるように告げてから、一先ずこの場を離れようと歩き出す。

 

「スーサ、巨大化出来ますか?」

 

自然破壊になってしまうがスサノオインベスの巨体に乗れば徒歩よりも移動は容易になる。さらに尾に捕まって高い位置に持ち上げて貰えれば周辺を見る事が出来るだろう。

 

しかし、返ってきたのは尾を横に柯という否定だった。ロックシードかヘルヘイムの果実を食べれば何とか、という反応に海未は周囲を見回す。

 

どこにもヘルへイムの侵食は見当たらず、かと言ってスサノオインベスに胞子を巻き散らせてヘルヘイムの植物にする、というのもあるがどのくらいで果実が実るのか、後処理などを考えたら却下だ。

 

「そうだ」

 

戦極ドライバーを使って変身しようとしていたのなら、ロックシードを持っているはずだ。それをスサノオインベスに食わせて移動しよう。

 

早速ロックシードを回収しようと海未は振り返って、

 

倒れ込みながらこちらへ拳銃を向けている主犯に瞠目した。

 

「死、ね…………!」

 

呪詛のように吐き出された言葉と同時に、銃声が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「」「」「」

 

 

その場はコウタの計らいで解散となり、一同からは『もう少し考え直して欲しい』と言われた。

 

人影のない放課後の教室で、海未はぼぅっと窓から空を見上げていた。

 

μ'sの面々は今も練習しているだろう。ラブライブ!本線まで出来ることはしておかなければならない。

 

『………………何をしているのでしょうか。私は』

 

自問の言葉を吐いてみるも、当然それに答えてくれる人はいない。

 

決して踊る事が、歌う事が嫌になった訳ではない。確かに日舞も弓道部の活動も併用して行っていくのは大変だが、もはやそんな問題は今更である。

 

ただ、海未が前に出る事を嫌に感じたのは。

 

『…………みんな、凄いから……』

 

劣等感。

 

あるいは嫉妬にも近いものだった。

 

μ'sは本当に奇跡の集まりと言っても過言ではない。リーダーを中心として作曲から衣装作成に至るまで、これ以上にないチームだと思う。

 

だからこそ、踊りも歌も平凡な海未が、劣等感を感じてしまうのも無理からぬ事だった。

 

優越感に浸りたい訳ではない。ただ、自分だけのものが欲しいのだ。私はここにいてもいいんだ、という胸を張ってこの場所に立っていられる理由が。

 

『…………私には、何も無い……』

 

『そんな事、ないと思うけどな』

 

誰もいないと思っていたからこそ、呟いた自分の心に返事があった事に驚いた。

 

振り向くと教室の出入口に立っていた少年が、軽く手を上げてこちらへと近寄ってくる。

 

『コウタ………』

 

相変わらず人懐っこそうな笑みを浮かべたコウタは、頬を掻いて一瞬だけ目を泳がせるが、意を決したように口を開いた。

 

『海未にだって、みんなにない物たくさんあるんだぜ? 誰がμ'sの作詞を………』

 

『やめてください』

 

コウタの口から出たのは予想に違わない励ましの言葉だった。ありふれて、どこにでもあるような、わかりきったような言葉。

 

『作詞が出来る? あんなのそれっぽい言葉の羅列をただ、それっぽく並べているだけです。誰にもでも出来る事です』

 

『そんな事ねぇよ。だって、μ'sの曲に魅入られているファンは大勢いるんだし』

 

『μ'sの曲は私1人で作っている物ではありません。真姫が奏でた曲をみんなで歌うから魅力的になるんです』

 

言葉とは並べるだけでは意味がない。言葉はちゃんと相互性を持たせ、想いを乗せて物語を作り、何を語りたいかを組み込む。

 

小説などがそれだ。しかし、小説は伝えたいものを表現するには膨大な言葉が必要になる。

 

それに対して最も簡単で早いのが声であり、歌だ。

 

歌は曲調に合わせて言葉を届ける。時に激しく、時に楽しく、時に切なく。

 

気持ちにダイレクトに伝わる言葉。それが歌だ。

 

『μ'sの曲がファンに届けられるのは、私の歌詞だけでは無理です。真姬の曲があって、ことりの衣装があって、凛のダンスがあって、花陽の情熱があって、絵里の指導があって、にこの向上心があって、希のフォローがあって………穂乃果の行動力があるからです』

 

『そうだよ。μ'sは1人でも欠けたら意味がない……9人揃ってなきゃダメだって、希も言ってたじゃねぇか!』

 

強く言い放つ コウタに、海未はわかってないと首を横に振った。

 

『作詞活動は続けると言ったはずですよ』

 

『同じ事だろう!? どうしたんだ、さっきから言い訳ばっかり………海未らしくねぇよ!』

 

海未らしくない。その言葉に海未の柳眉が動き、内側から熱い何かが込み上げてくる。

 

『らしくないって、どういう意味ですか…………!』

 

いつの間にか立ち上がって、海未はコウタを睨んでいた。その拍子で海未が据わっていた椅子が大きな音を立てて倒れる。

 

コウタは海未を気遣ってくれているだけで、何の他意はない。声を荒上げるなど、その善意を台無しにするに等しい事だ。しかし、どうしてか込み上げてくる想いは、目の前のコウタを許せないと訴えてきている。

 

『貴方に何がわかるんです!?』

 

海未の怒号にコウタが驚愕で瞠目する。一瞬、海未の中でしまったと懺悔の気持ちが現れるが、決壊したダムのように流れ出した。

 

『コウタはいいですよ! アーマードライダーとして戦える、皆を守る事が出来る力を持っているから肩を並べて立てる!』

 

それだけではない。コウタは元々有名なダンスチーム、チーム鎧武のメンバーだ。ビートライダーズとしてダンサーとしても高い能力を持っているのだ。

 

アーマードライダーだけではなく、ダンスの方面でもμ'sの力になれるのだ。それだけで十分、みんなの横に並び立つ資格はある。

 

しかし。

 

『でも、私には何もない………! 歌詞を作るなんて誰でも出来ます! そんな当たり前の事しか出来ない………そんな私に、みんなと同じステージに立つ資格なんて…………!』

 

海未には何もない。μ'sに対して力になれるものなど、持っていないのだ。

 

そんな自分に、あのステージに立つ資格など。

 

『………………そうさ』

 

海未の独白を聞き届けたコウタは、悲し気に頷いた。

 

『……………………………………そうさ、親友(ユウヤ)を殺して、運命に振り回された結果に得た力さ』

 

『っ…………!』

 

どこか悲しげな表情で告げて、コウタは笑う。

 

失言だった事に気付いて慌てて謝罪の言葉をしようするが、その前にコウタが続いて呟く。

 

『海未はさ、何もないって言ったけど、そんな事ねぇって』

 

『ですが…………』

 

『誰が穂乃果の首根っこを掴んでるんだよ。作詞だって、誰にだって出来る事じゃない。海未が作る言葉だから、真姫も安心して曲を作れるんだ』

 

それは偽りでも、励ましでもなく真心を込めている事がひしひしと感じられた。

 

『海未はさ、きっと自信が無くなってるだけなんだよ。確かにみんなすげぇ奴らだよ、スクールアイドルとかだけじゃなくて、チームとして』

 

メンバーを思い浮かべているのか、コウタは屋上を見上げている。

 

『でもさ、それが当たり前だろ? 俺が料理出来ないのも、カイトが運動神経鈍いにも、ミッチが腹黒いのも、アキトが飄々としているのもさ。みんながみんな、同じ人間なんているはずもない。それが当たり前』

 

『…………でも、だったら私は何でみんなと肩を並べてステージに立てばいいんです!? みんなに恥ずかしくないような、胸を張って一緒にいられる”何か”が、私には欲しい…………!』

 

俯いて海未は、慟哭の如く叫んだ。

 

みんなと一緒にいられる事を誇れるような何かが欲しかった。突然、本当に前触れもなくそれを感じ取ってしまい、海未の心は絶望の海に叩き付けられたような気分だ。

 

『…………持ってるじゃねぇか』

 

『えっ…………?』

 

海未が顔を上げると、優しくコウタが手を伸ばして頭を撫でてきた。

 

『海未にだって、みんなに胸を張れる立派ななもの』

 

『それは…………』

 

希望にすがる気持ちで海未が聞き返した時、

 

『海未ちゃん!』

 

ガララッ、と教室の扉が開き、仲間達が入ってくる。吹き飛んで倒れている机を見て驚いた表情をするが、それに構わず詰め寄って来た

 

『海未ちゃん! やっぱり嫌だよ! 海未ちゃんがいないμ'sなんて、μ'sじゃないよ!』

 

『穂乃果………』

 

詰め寄って来た親友に詰め寄られた海未は、ばつが悪そうに顔を背けようとする。しかし、両手を掴んできた彼女の真摯な眼差しに見つめずにはいられなかった。

 

『……………海未。アンタ以外に、誰がこの場かの手綱を握っていられるのよ』

 

『にこ…………』

 

ツンとした言い方の中に含まれる優しさを感じて、海未は全員を見渡す。そこには言葉にしなくてもわかるほど、『海未と一緒にいたい』という想いがひしひしと伝わってきた。

 

『海未はさ、あれこれと考え過ぎなんだよ』

 

海未の頭から手を離し、コウタが告げた。

 

先ほどの悲しみを感じさせない、いつもの人懐っこい笑顔で。

 

『世界をもっと真っ直ぐに見てみろよ。きっと良いことに気付けるぜ』

 

瞬間。

 

海未はようやく、とんでもない勘違いをしていた事に気が付いた。

 

瞳が大きく揺らめき、次第に涙が溢れてくる。それはコウタに吐露した感情と同じように、止まらなくなる。

 

『ごめ、んなさい………!』

 

海未はずっと、仲間達を見ていなかった。いや、見ていたはずなのに、いつの間にか劣等感で覆い尽くされてしまい、仲間達を見る事が出来なくなってしまった。

 

確かにみんな凄い。海未にはにないものをたくさん持っていかれる。だけど、海未にだってきっと、みんなにないものがあるはずなのだ。

 

なのに、勝手に自分を卑下して、決めつけて。

 

だけど、泣き出した海未を、仲間達は笑って許してくれた。

 

だから、海未はこの仲間達に出会えた事が胸を張れる素晴らしいものだと痛感して、改めて堂々と同じステージに立てるように自分も上へ進む事を決めたのだ。

 

そんな甘酸っぱい、青春の1ページ。誰にでもあるようで、きっと誰も得る事の出来ない海未だけの思い出。

 

それは同時に、自分の想いに気付いた思い出。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうして、こんなものを今更思い返しているのだろうか。

 

どう思って首を傾げようとして、身体が動かない事に気付く。

 

「あぁ、そうでした……………」

 

なんてことのない、簡単な話しだ。

 

「私、今死にかけているんでしたね………」

 

 

 

 

 

 

 

 

主犯の放った弾丸は致命傷には至らず、足を撃ち抜くだけで終わった。しかし、その衝撃で一瞬だけ海未の思考は錯乱状態となり、その場から逃げ出した。

 

撃たれた足を引きずるようにしてどれだけ歩いただろうか。方向感覚もわからなくなり、肩の上で警告を告げるように尾を振り回すスサノオインベスに気付かなかった海未は、崖から踏み外してしまい転落してしまったのだ。

 

「……………そう、でしたね………」

 

あれが所謂、走馬燈というものなのだろうか。10年前にも何度かここまでだ、という目にあったりしたが、走馬燈を見たのは初めてだ。

 

海未が改め自身を見やると、着ている衣類は転げ落ちた時に引っかかった枝などで切り裂かれてしまいボロボロになっており、身体にもあっちこっちにも切り傷が出来てしまっておりとても人様に見せられるようなな姿ではない。

 

さらに撃たれた右足とは逆の方は骨折してしまっているようで青く変色しており、とてもじゃないが移動出来そうにもない。それどころか流血により意識も少しずつ薄れていっている。まさしく絶体絶命であった。

 

海未は落ちた先は山中を流れる川だったようで、ずっと流れてきたからか身体も冷えてしまった。本来の3月の気候ならここまで寒さを覚える事はないだろうが、例年より武佐が響いた結果だろう。

 

「………………スーサ?」

 

そこで、ずっと肩に乗っていたスサノオインベスの姿が見当たらない事に気付く。頭の良い子なので、もしかしたら助けを呼びに行ってくれたのかもしれない。

 

しかし、怪我の具合や冷えてしまった四肢を考えると、長くは持たないだろう。

 

「……………死の間際に瀕しているというのに、冷静ですね」

 

こんな状況でも焦る事も、生への未練も浮かばない事に自嘲の笑いが込み上げてくる。10年という年月は学生時代も含めて普通とは逸脱した青春時代だったからか、いつでもこうなってしまうという覚悟は心のどこかで備えていたらしい。

 

このまま力を抜いて、テレビの電源を落とすように目を閉じれば楽になれるのだろうか。

 

その瞬間、海未の脳裏にちらつく、暖かい橙色の輝き。

 

「っ、コウタ………」

 

どうして、このまま落ちてゆけば楽になれるというのに、ここぞという時に縋ってしまうものを思い浮かべてしまうのだろうか。

 

「最後にコウタに会えてよかった………思いを告げないでよかった…………告げていたらきっと、あの人を永遠に縛ってしまっていた………」

 

やっとコウタを解放出来る。それだけが海未にとっての救いだった。

 

『……………本当にそれでいいんですかい?』

 

不意に、海未の脳裏に声が響く。初めて聞くはずの声なのに、まるで普段から聞いていたような安心感を覚えて、それが誰なのか即座に理解出来た。

 

「スーサ………どこです?」

 

『ご主人の、上さ』

 

そう言われて視線を上に上げて、そこから飛びあげているモノを見て海未は瞠目してしまう。

 

「えっ…………」

 

そこにあったのは蠍の死骸だ。甲羅などは無残にぶちまけられており、尾と鋏が身体をついばんだままで死んでいるのを見ると自ら身体を破壊したのだとわかった。

 

「スーサ…………?」

 

『すまねぇなぁ、ご主人。出来ればご主人のウェディングドレス姿、ちゃんと目に焼き付けたかったんだけど。ご主人をあいつの元に送り届けるには、こうするしかなかったんだ………』

 

まさか、と海未が腰に手を添えると、そこには主犯から奪った戦極ドライバーが巻き付けられていた。

 

アーマードライダーに変身する為に用いられるベルト、戦極ドライバーには変身以外にも用途がある。むしろ変身はオマケのようなもので、開発された主な目的はこちらの使い方だ。

 

それはヘルヘイムの果実をロックシードに変換し、その養分を無事に取り込む事だ。取り込めば人間は口からの植物の摂取をせず生きていけるのだ。

 

そして、ヘルヘイムの果実が実るのは植物だけではない。

 

『ご主人、世界を真っ直ぐ見てみな。絶対に良い事に気付けるぜ………達者でな』

 

「スーサッ!!」

 

海未の叫びと共にスサノオインベスの死骸が光に包まれ、その姿を果実へと変質させた。契約主との関連性が強い個体は、死んだ際にヘルヘイムの果実へと変換する。まるで種を残すかのように。

 

「………………スーサ…………ありがとう……………!」

 

瞳を濡らして海未はヘルヘイムの果実を掴む。戦極ドライバーを装着した状態で果実を掴んだので、それはロックシードへ変換される。

 

世界で最も普及されているヒマワリロックシードを戦極ドライバーに装着すると、腹部を中心に暖かい感覚が全身に行き渡る。しかし、致命的な怪我を負っているこの状態では焼け石に水であった。

 

「っ、スーサが繋いでくれたのに………ここまで、ですかね…………」

 

海未はごろんとあおむけになって空を見上げる。星々が輝いた夜空は、かつて仲間達と学校の屋上で見上げた光景と同じだった。

 

この星空は、10年前自分達が守ったものだと思うと、感慨深いものだった。

 

やがて、身体に限界が迫っているのが、星空が広がっている夜空がかすんでいく。

 

いよいよか、と思うが別段焦りは込み上げてこない。これが運命だと受け入れているようで、意外と往生際が良い事に海未自身が驚いていた。

 

「………………コウタ」

 

呟いた愛しい人の名前を呼び、それが彼女の最後の言葉になる。

 

はずだった。

 

「海未ッッ!!」

 

その瞬間、ばしゃりと川の水が弾け、誰かが優しく抱き上げてくれる。

 

掠れた視界で顔はよく見えないが、それが誰かなど一瞬でわかった。

 

「コウタ…………」

 

「くそっ、くそっ………そんな、こんな結末ってないだろ!」

 

涙の入りじ混じった叫びに海未は残りの力を振り絞って、口元を緩める。

 

「コウタ、聞いて下さい……………」

 

「喋るな! すぐに病院に………」

 

「貴方を、愛していました…………」

 

っ、とコウタの息が止まる。

 

それは、決して言うまいとしていた禁断の言葉。だが、最後の瞬間に気が緩んでしまったらしく、あの時のように一度漏れた想いは決壊したダムのようにとめどなく溢れ出した。

 

「ごめんなさい。貴方を縛る事になってしまう………でも、最後にやっぱり、伝えたかった。ずっと、ずっとずっと…………貴方が好きでした…………」

 

「んだよ………こんな時に、そんなのって、ねぇよ…………!」

 

喉の奥から絞り出したコウタの悪態に、そっと手を上げて頬を撫でる。

 

「私は悪女で、すから…………」

 

「許さぇね…………ぜってぇ許さねぇよ………! 俺の10年間を奪ったんだから、この先お前との時間で埋めてくれなきゃ、許さねぇよ!」

 

子供のように喚く声は、海未がよく知る葛葉コウタという少年そのものだった。

 

真っ直ぐ見てみな。

 

相棒の言葉が脳裏を過り、これがそうかと心の中で笑った。

 

最後に、大切な相棒を失いはしたが、想いを告げる事が出来た。それは海未にとってこれ以上にない喜びで、この世界への未練が終わった事を意味していた。

 

「コウタ、ありがとう…………」

 

「海未…………海未ィ!!」

 

コウタの悲痛な叫びを最後にもって、

 

今度こそ、

 

海未の手は力なく落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バッドエンド(そいつ)は無理だね。申し訳ないけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………なんというか」

 

呆れた具合に呟いた穂乃果が、若干のジト目で見やって来た。

 

「海未ちゃん、馬鹿じゃないのかな」

 

「なっ………!」

 

親友の毒舌に海未は絶句を浮かべるが、その隣にいることりもフォローが出来ないと言わんばかりに苦笑を浮かべていた。

 

「ど、どこが馬鹿なのですか!」

 

「だって、ねぇ」

 

穂乃果が同意を求めるように目線に同じように呆れた具合で頷くのは凛だ。

 

「相思相愛なのに受け入れたらこの関係が崩壊するって………海未ちゃん達の仲はその程度だ、って自分で証明しているようなものだにゃ」

 

「うぐっ…………!」

 

容赦なく吐き出された毒凛語に海未は何も言わず蹲る。すると、本当に腹部に痛みが走って本気の苦悶の声が漏れた。

 

「ダメだよ、凛ちゃん! 海未ちゃんは本当に怪我してるんだから!」

 

「あ、ごめん………」

 

花陽に叱られた凛が子猫のように肩を落とすのを見て、海未は少し冷や汗を浮かばせながら笑った。

 

「大丈夫ですよ」

 

「けど、海未ちゃんが誘拐された先がプロフェッサーの研究施設で助かったなぁ」

 

「本当よねぇ」

 

「そうじゃなかったら、本当に死んでたわよ?」

 

希、絵里、にこの言葉に全員が頷いた。

 

海未が誘拐された山はなんと、コウタの兄である戦極リョウマが買い取った私有地で、研究施設もあったのだ。私有地内に入った不審者の姿を確認したリョウマがすぐにコウタへ連絡。

 

そこで致命傷を負った海未を発見し、コウタと一緒に駆けつけたリョウマの手によって病院へ搬送された、という事である。

 

リョウマによりかつての仲間達へ連絡が届き、思いもしない形で全員集合となったのである。

 

安堵の息を全員が漏らしていると、病室のドアがノックされて開かれる。

 

「海未、加減はどうかしら?」

 

「真姫」

 

入って来たのは白衣を着た真姫だ。その手にはカルテが握られており、パタパタと扇のように扱っている。海未の個人情報が入っているのだから、もっと丁重に扱って欲しいものだ。

 

「とりあえず全治2週間、安静だからね」

 

「えぇ、わかってます」

 

真姫の提案に頷いた海未は上部の上がったベッドを背もたれにして寄りかかり、窓から広がる空を見つめる。

 

「…………………っと、みんな」

 

不意に何を思ったのか、穂乃果が海未以外を見回すと全員が何かを察したように頷いた。

 

「海未ちゃん、私達ちょっと席外すね」

 

「えっ…………」

 

どうしたのです、と問い掛けるより先に一同はわらわらと出ていってしまう。最後の希の「あとは若いのでごゆっくり……」の発言がどういう訳かイラついたが、入れ違いになるようにドアがノックされた。

 

「はい………?」

 

「失礼」

 

固い声色で告げて入ってきたのは、ビジネススーツに身をつつんだコウタだった。起き上がっている海未の姿を確認すると緊張したように表情を強ばらせる。

 

「もう起きても………?」

 

「えぇ。私の中には果実の残滓がありますから」

 

そう答えると、コウタは安堵の表情を浮かべるが、すぐに顔を硬くして佇まいを直す。

 

「…………今回は」

 

「コウタ」

 

喋りだそうとするコウタを遮り、海未ほはっきりと告げる。

 

「まずはその口調を止めてください。きもいです」

 

「……………きもいはねぇだろ」

 

丁寧口調のビジネスモードから通常に戻ったコウタは不満そうに頬を膨らませるが、コウタとの間柄に仕事という壁を作りたくはなかった。

 

「……………でも、本当にごめん。俺の部下のミスで、海未に怪我をさせちまった………」

 

「仕方ないですよ。それに……」

 

一瞬、言い淀んでコウタから目を外す。自然と頬が紅潮していき、ちゃんと喋れるか不安になってくるが、もうこの想いを止める事は出来そうになかった。

 

「お、想いを告げる事が出来た訳ですし………」

 

「っ…………」

 

その言葉に、コウタは息を詰まらせる。

 

「…………確認、してもいいか?」

 

「………………はい」

 

まっすぐコウタを見据えて、海未は視線を合わせる。逃げないように、まっすぐ見つめ合う。

 

「…………………俺は、海未が好きだ。10年前から、ずっと変わっていない。他の女性からも想いを告げられても、脳裏に浮かんだのは海未だった」

 

「…………………私は、コウタが好き。10年前、偽りの答を出してしまった。関係が壊れてしまうんじゃないかと、私の本当の気持ちを押し殺して」

 

まるで独白のように告げる海未の懺悔を、コウタはまっすぐ受け止める。

 

「………………俺は、海未が好きなんだ」

 

「………………私は、コウタが好きです」

 

気持ちの再確認。

 

それはそれ以上の意味を必要とせず、互いの想いを知らせるには充分な言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

古傷は、忘れるだけでは意味がない。それでは思い出してしまうから。

 

だから、

 

古傷は、乗り越えるしか出来ない。

 

内側に抱えているものを古傷であると認識して、乗り越えたと自分で決めつけないで、向き合って。

 

きっと、それが唯一の特効薬なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、コウタ」

 

「ん?」

 

西木野総合病院の屋上。車椅子の移動が許可されたので散歩ついでに「夕陽を見たい」と海未が頼み込み、屋上に連れてきてもらったのだ。

 

病室のベッドに使っているシーツは屋上で干しているらしく、ばさばさと風に煽られて揺らめくシーツの中で、海未は車椅子を押してくれているコウタに質問を投げた。

 

「私が裏方に回りたいって言い出した時の話し、覚えてますか?」

 

「もちろん。初めて海未と激突したもんな」

 

その時の事を思い返すと、随分と酷い事を言ってしまったものだ。しかし、今はその事に対しての謝罪ではなく、別の事に対して聞いてみたいのだ。

 

「あの時、私の持ってる”みんなと肩を並べられるもの”って何だったんですか?」

 

ずっと10年もの間、疑問に思っていた事を尋ねると、「あぁ………」とコウタは曖昧に返してきた。海未が顧みてみると、そっぽを向いて頬を描いている姿が映る。夕陽に照らされているからじゃ頬が赤くなっているが、それはきっと周囲の反射光だけではないだろう。

 

「……………そうだな」

 

恥ずかしそうにしながらも、はっきりと答えてくれた。

 

「海未の作る歌詞って、すっごいストレートで伝えたい想いがダイレクトに伝わってくるんだ。それって、きっと海未が素直だから、かなって」

 

「………………単純って言いたいんですか?」

 

確かに昔から思った事がすぐに顔に出てしまい、一部からは顔芸要員という不名誉極まりない称号を得てしまった事は海未にとって嫌な思い出だ。

 

ちらりとコウタを見やると、どこかばつが悪そうに乾いた笑みを浮かべていた。

 

「冗談です。でも、素直だなんて………」

 

「自分の気持ちに嘘ついてたとか、そういうのは抜きにしてだ。海未は素直だと思う。間違っていたら間違っているってちゃんと言えるし、怖気づかない」

 

そっと、コウタが海未の頭に手を乗せて髪を梳かしてくれる。

 

「そんな海未が、俺は好きになったんだ」

 

歯に着せたような言葉を、まぁさらりと言えるものだ。

 

海未は思わず視線を下に持っていく。きっと海未の顔も、夕陽に照らされている以上に真っ赤なのだろうから。

 

「………………そうだ」

 

ふと思い出したように海未は持って来た財布から、1枚の汚れた紙のようなものを取り出す。

 

10年前。

 

コウタが海未に告白した際に、舞っていた花がある。

 

それはヒナギク。

 

花言葉は『あなたと同じ気持ちです』

 

コウタと想いは同じであるはずなのに、恐れから偽りの言葉を吐いてしまった海未は、その花びらをずっと財布に忍ばせていたのだ。

 

それが10年という月日を得て、色も朽ちた姿で空に舞う。

 

まるで海未を戒めていた呪縛を、解き放つように。

 

はらり、ひらりと、舞い上がった。

 

 






ハッピバァスd

「ラブアローシュート(殺)」

『ドラゴンフルーツエナジー!!』










1週間も遅れといてさすがの海未ちゃんもおこなご様子。

さて、楽しみにして頂いてた方はお待たせしました。初めましての方は初めまして。

グラニです。

今回が最後の誕生日回となってかーなーり気合いが入ってしまいました、とかはないです。

単にモチベが上がらなかったり、モンハン熱か上がったりスクフェス新イベに苦労したりとして進まなかっだだけです。

いや、しかしけっこう悩んだんですよ、これでも。

当初は投稿した通りのコンセプトだったのですが、海未が攫われるのではなく雪山に登山して遭難し、コウタが助け出そうとするも怪我をしてしまい、裸で温め合う、的な展開を予定していたのですが。

他にも2人の子供に穂乃果ちゃんやことりたそきが語る、みたいな事も考えたのですが、去年あたりにそれ先にやっている方がいたので断念。

そんなこんなで出来上がったのがこれなのです。何だかんだでスサノオインベスとコウモリインベスの戦闘気に入ってます←

あと、アニメ本編で海未ちゃんの担当回やセンター映像がない、という事から過去にμ'sを脱退とまでいかなくとも裏方に回りたい、という話しを盛り込んでみました。うん、わかってる。どなたかやってた気がする………

元々、本編に盛り込もうかなとは思ってたんですけど、ちょっと難しそうってことでちらっと。

と、あれやこれやと考えて作ったんです(2回目)




とにかく、海未ちゃん誕生日おめでとう!

恥ずかしがり屋だけど一生懸命な君には、いつもはげまされてます!



そして、ついに最後の誕生日回となりました。

最初の真姬ちゃんの短さといったら………ww

予想通り、本編の更新まったくしなくなりましたね。
ここからは本編だけを更新していくつもりです。イベントとかも全部、本編に絡める予定です。コラボ相手を待たせる訳には………

と、言うわけでこれからのラブ鎧武!をガッチリミナー


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