ラブ鎧武!   作:グラニ

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それは

暇を弄んだ

戦士の遊び



32話:soldier game ~水面に落ちる黒~

新型ロックビークルのCM撮影の為にユグドラシル支社を訪れた一行は、そこで戦極ドライバーの開発者であり葛葉コウタの兄でもある男、戦極リョウマと出会う。

 

初めて浴びせられる悪意にくじけそうになるも、本当は単なるツンデレ的な行動だと知り、さらには自分達の歌がインベスに影響を与えるのだと知る。

 

新型ロックビークル、ベロニレックはどこからどう見ても水曜日に発売される週刊少年マンガ雑誌で掲載されていた話しのソレなのだ、実際に動いている所を見る為にアキトがテストプレイヤーとして受け持つ事に。

 

果たして、リョウマの狙いとは……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガラス張りの窓の向こう側で着々と準備を進めている啼臥アキトを見ながら、高坂穂乃果はちらりちと壁に掛けられている時計を見上げた。

 

「穂乃果、どうかしたのですか?」

 

その仕草が気になったのか、隣の園田海未が尋ねてくるので頷いて答える。

 

「コウタ君達、戻ってこないのかなぁって」

 

リョウマと喧嘩をしたコウタに九紋カイト、呉島ミツザネはビルから退席して今頃市街地を回っているのだろう。メールでアキトが新型ロックビークルのテスターをやる、という事は知らせておいたが返事はない。

 

出来ればコウタと一緒に回りたかったな、と思う穂乃果だが今はスクールアイドルとしての仕事をしなければ、と前を見据えた。

 

アキトは上半身の服を脱いで身体の至る所に計器らしきものを取り付けられているが、別段嫌そうな顔をする素振りは見せない。穂乃果だったら不安が多少なりとも顔に出てしまうが、それほどアキトは度胸が据わっているようだ。

 

穂乃果の前でコンピューターを操作しながら、リョウマは備え付けのマイクに声を流す。

 

「どうだい? 気分は?」

 

『別に問題ないけど…………裸になる意味、ある?』

 

「肌に直接計器を付けないと正確な数値が図れないからね………おや? ちょっと心拍数が高いようだね。緊張してるのかい?」

 

『いや、だって……………』

 

言いよどんだアキトは、ちらりと穂乃果達に目を向けてくる。いくら仲のいい幼馴染が混じっているとはいえ、異性に柔肌を見せるというのは気恥ずかしいようだ。ただでさえ、アキトは学校に通っていないので異性の目には慣れていないのだろう。

 

と、穂乃果なりの自己分析をしてみるも。

 

「アキト君……………」

 

「そのお腹、もうちょっとどうにかならないかにゃー」

 

『ごふっ!』

 

幼馴染である小泉花陽と星空凛の言葉に、アキトは刺されたように項垂れる。

 

アキトはコウタ達と違ってダンスをしている訳ではないので、腹筋が割れたりしている訳ではない。むしろ、運動もしていないので正直に言えば少しぽっちゃりしていた。

 

その事を指摘してダメージを受けているアキトに、穂乃果は親近感がわいて心の中でエールを送った。

 

「大丈夫かい? ダメージを受けているようだけれど」

 

『わざとだろテメェ!?』

 

くわりと顔を上げて吠えるアキトに、リョウマは愉快そうな笑い声を上げる。

 

やっぱりろくな人間じゃない。改めてそう感じたのか絢絵里、東條希、矢澤にこ、西木野真姫が再認識した声を漏らしたのを聞いて、同僚である呉島タカトラと湊ヨウコは目を伏せた。

 

「すまない、あんなので」

 

「酷い言われようだ」

 

貶されているのに楽しそうに笑ったリョウマは、再びマイクに手を伸ばした。

 

「では、まずはアーマードライダーに変身してくれ」

 

アキトが頷いてウォーターメロンロックシードを掲げて解錠しようと指に力を入れようとしたところで、「待った」とリョウマが声を掛けた。

 

『何………?』

 

「ポーズは?」

 

一瞬、この男が何を言っているのかわからなかったが、それはコウタ達がアーマードライダーに変身する際に行う動きの事だろうか。

 

「え、必要ですか………?」

 

「…………まぁ、我々はノリでやっているが……」

 

南ことりの疑問にタカトラは答えるが、何かが突き動かすのかリョウマはこちらへ振り返りながら吠えた。

 

「必要だろう! それ無くして変身は出来ない………!!」

 

そして、リョウマはアキトを見やる。

 

「アキト君、君は『変身』したいのだろう?」

 

熱く語るリョウマにアキトはくだらない、と吐き捨てるかと思われた。しかし、穂乃果が目を向けると何やら衝撃を受けたようによろめき、立ち上がると意を決した顔で立ち上がるとウォーターメロンロックシードを1度放り投げてキャッチし、キリッとした目付きで解錠した。

 

 

『ウォーターメロン!』

 

 

頭上にクラックが開いてアーマーパーツが降りてきて、アキトはウォーターメロンロックシードを戦極ドライバーにはめ込み、スライドシャックルを押し込んだ。

 

 

『ロックオン』

 

 

音声の直後、エレキギター調のアップテンポの待機音が流れ出し、アキト君は両手を広げると円を描くように前へ持っていく。拓いた左手の甲に右手を剣指として押し当て、くるりと巻いてから右手を天高く上げてゆっくりと眼前に下ろした。

 

そして。

 

「変身!」

 

 

『ウォーターメロンアームズ! 乱れ弾ババババン!!』

 

 

掛け声と共に素ばやくカッティングブレードに手を掴み、ロックシードをスラッシュする。

 

ロックシードが咆哮を上げてキャストパットが開かれ、頭上のアーマーパーツがアキトに落下して黒いライドウェアがその身を包む。

 

アーマーパーツが展開され、そこに立っていたのはアーマードライダー黒影ウォーターメロンアームズであった。

 

「……………何あれ」

 

「さぁ……?」

 

にこに尋ねられるも穂乃果には理解出来ないので曖昧に返すしかない。

 

変身した黒影の左手にはタカトラが変身した斬月のようにシールドが握られており、右腰には無双セイバーがマウントされていた。

 

「無双セイバー?」

 

「さっき預かった時にね」

 

新たに追加された兵装に、花陽はいい顔はしない。力を得てしまえばそれだけ戦いに近くなるのだから。

 

黒影は自身を纏っている姿に『おぉ………』と感動したような声を漏らしてから、握っているウォーターメロンガトリングへと目を落とす。

 

『ガトリング砲付きシールド…………』

 

「お嫌いかな?」

 

『いや』

 

「結構」

 

返答に満足げに頷いたリョウマに、黒影はベロニレックを取り出し、解錠した。それは自動で変形しながら黒影の両足底に装着され、靴というよりも足のパーツとなった。

 

「靴じゃないの?」

 

「アーマードライダーが使ったら別物になるようにしてある。あの姿で靴なんてカッコ悪いだろう?」

 

真姫の呟きに答えながらリョウマはキーボードを叩き、モニターに表示されているデータを見て黒影を一瞥した。

 

「じゃ、始めようか。正直、ここだと狭いからヘルヘイムの森でやってもらうよ。ユグドラシルの訓練場としても使われている場所だから安全だけど、あまり離れすぎないようにね」

 

黒影の背後にクラックが開かれ、奥にヘルヘイムの森が見える。

 

黒影はそこへ入っていくと、クラックが消えて穂乃果達の直接の視界から見えなくなる。代わりに頭上の大型モニターにヘルヘイムの森内部の映像が流れ、そこに黒影はいた。

 

「さて、良いデータ期待してるよ………」

 

リョウマの呟きを他所に、穂乃果はちらりと花陽を見やる。

 

花陽は心の底から心配しているのか胸の前で祈るように両手を組んでいる。その隣には凛もいるのだが、モニターよりも周りにある珍しい計器に夢中になっているようだ。

 

その姿はアキトの事を気にしていない訳ではないが、決して周りを心配させまいという配慮からの気遣いという訳ではないようである。

 

ずっとアキトの事を口にしていた凛をずっと見てきたからか、その姿がどうしても違和感を覚えてしまう穂乃果だったが、モニターからの音に今はアキトの無事を見守ろうと視線を元に戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ヘルヘイムの森へ侵入したアキトが変身した黒影は、周囲を見回す。周りには変わらずの木々が生い茂っており、その中にはユグドラシルが手を加えたものと思われるカメラなどが設置されていた。

 

『あーあー、聞こえるかい?』

 

「あぁ、感度良好。で、何をしたらいい?」

 

耳にリョウマの声が響き、アキトが指示を仰ぐとところどころに設置された場所から的のようなものが出てきた。

 

『ベゴニレックは宙を自在に動くことが出来るロックビークルだ。自由に動き回って、的を打ち落としてくれたまえ』

 

「賞品は出る?」

 

ウォーターメロンガトリングを掲げて尋ねると、向こうで笑う声が聞こえる。

 

『いいだろう。ユグドラシルが運営する場所で良ければフリーチケットを贈呈しよう』

 

『アッキー、焼き肉食べ放題や!』

 

『アキト、ラーメン博物館だにゃ!』

 

『こ、米俵1年分…………!』

 

『パン食べ放題! アキト君、ファイトだよ!』

 

『ことり、チーズケーキ食べたいなぁ』

 

「どいつもこいつも我欲に塗れてんな、おい」

 

リョウマの後ろから飛んでくる言葉に突っ込みつつ、木々を見上げてから足元を見やる。

 

操作方法は一応受けたが、これは難しそうだ。慣れるまでがおそらく時間掛かるだろうし、一般発売したとして果たして使う人はいるのだろうか。

 

「……………やってみるか」

 

ベロニレックの仕組みはいたって簡単。実は髪の毛に脳波を受け取るコンソールを内蔵した髪留めなどのアクセサリーがあり、それが足のベロニレックが反応して動くという仕組みだ。今は髪留めだけだが、順次チョーカータイプなど様々なものが出るらしい。

 

しかし、アキトが思う問題点はその動かし方だ。

 

黒影は一歩踏み出し、飛び跳ねる。その力でベロニレックが作動して身体が加速した。

 

ベロニレックは踏み込んだ力を倍増させて飛び上がるシューズだ。これにより高い距離を跳躍する事が可能で、離しではビル街などを飛び移るといったアクションも可能らしい。

 

「………………やっぱエア」

 

『アキト君。前を見たまえ』

 

眼前に大木が迫ってくるのを見て、黒影はそこに足を付けて上へと跳躍した。

 

瞬間。

 

あっという間に木々の海を突き抜けて、くすんだ色の空へと飛び出た。

 

『凄い…………!』

 

耳元でμ's達の息を飲む音が聞こえ、絵里が言葉を漏らす。

 

地面へと落下しながらウォーターメロンガトリングを構えると、枝に付けられた的に狙いを定めて引き金を引いた。

 

銃口が一瞬にして高速で回転し、炎を吐き出した。敵を殲滅する為の破壊の奔流が的どころか枝ごと飲み込み、その衝撃で大木が軋んで倒れた。

 

『な、なんて破壊力なのよ…………!』

 

『その分、消耗は激しいがな』

 

倒れる大木を見てにこが声を上げ、使った事があるタカトラが疲れたような声を漏らす。

 

確かに反動が強く黒影の身体は後ろにあった木に打ち付けられるが、なんとか着地して軽く咳き込む。

 

「ごほっ………なんつー重武装…………ロマンの塊じゃねぇか」

 

『わかってくれるかい? まぁデータを見るに、デチューンは成功といったところか………難しいなら無双セイバーでも構わないよ』

 

何気にウォーターメロンアームズの性能もテストしていたらしく、リョウマの言葉に黒影は反論する事なく左腰の無双セイバーを抜刀する。バレットスライドを引いて弾丸を装填してから、駆けあがった。

 

動きながらブライトリガーを引き、ムソウマズルが咆哮を上げた。エネルギー弾が的を的確に撃ち抜いていき、破片をまき散ららす。

 

「………………ハハッ」

 

見事、撃ち抜けた事に楽しさを覚えて笑みがこぼれる。

 

ガシュ、ガシュと新たな的が現れる。

 

気分が高揚してきたアキトは仮面の中で笑みを浮かべながら、バレットトリガーを再び引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小脇のモニターに流れる数値を見ながら、リョウマも楽し気な声を漏らした。

 

「凄いね、彼。初めてのベロニレックをここまで使いこなすなんて」

 

大型モニターに表示される黒影は機敏に動き、無双セイバーで次々と的を撃ち抜いていく。その右下には別ウィンドウで的を破壊した数がカウントされており、開始5分と経っていないのに20個は超えている。

 

「ぴょんぴょんと飛び跳ねるわね………」

 

「あんなん一般の人が使えるん?」

 

黒影の動きを見ていると、真姫と希の言う通り普通の人が使えるとは到底思えないものだ。もし、穂乃果が同じ動きをしろと言われても、絶対に無理だと断言出来る。

 

あの動き凄いな(小並感)程度で見ていた穂乃果に、タカトラがぽつりと尋ねてきた。

 

「高坂、どんな感じか思いつくか?」

 

「えっ? うーん………どうでしょう」

 

正直、これのCMを任されているという事を完全に忘れていたので、曖昧な言葉で返す。隣で海未からジト目を向けられるが、穂乃果だけ決めていいことではない。μ'sの曲は全員で作っているのだから。

 

「そういえば…………彼女、遅いな」

 

思い出したようにぽつりと漏らしたタカトラに、ヨウコがそういえばと腕を組む。

 

「あの子、そろそろ来るはずだけど………」

 

「す、すみませんー!」

 

その時、外からわたわたと部屋に入り込んできた女性社員に全員の目が注がれる。

 

ヨウコのようにスーツを着て分厚い書類の束を抱え込む姿は立派なOLそのものだが、その顔つきはかなり童顔の女性だった。黒髪を凛のようにショートカットで揃えて花飾りで前髪を止めて額を出しているのは、社会人としての身だしなみの為だろか。

 

慌ててきたのか肩を大きく上下させて息を切らしている姿は、なんだか子供っぽく見えて穂乃果は他人のような気がしなかった。

 

「中山、遅いわよ」

 

「す、すみません!」

 

ツンとしたヨウコの言葉にびくっと肩を震わせた女性社員は頭を思いっきり下げる。すると、その拍子に抱えていた書類が重力に従って床に散らばってしまう。

 

「わわわっ!?」

 

「あぁっ!? だ、大丈夫ですか!?」

 

ばさりと落ちた音に他の職員達は「またか」「やってるやってる」と、呆れか嘲笑の反応が広がる。それを見ただけで、その女性社員にとって日常茶飯事の失敗なのだろう、という事は穂乃果にも見て取れた。

 

しかし、そんな事よりも穂乃果は駆け寄り、散らばった書類を拾うのを手伝う。順番などは流石にわからないので向きだけ整えてから、集めた書類の束を手渡した。

 

「どうぞ」

 

「す、すみません…………」

 

穂乃果に会釈をした女性社員は、タカトラの元へと駆け寄る。

 

「遅れて申し訳ありません! 」

 

「………………今回の件、相手は私の生徒で、プロではなかったからいいものを。もし、これが本当にプロの芸能人を起用した企画だったのならば問題に発展していたぞ。気を付けるように」

 

「は、はい!」

 

再び勢いよくお辞儀をして書類を落としそうになるがなんとか堪えてから、彼女はμ'sの面々に向き直る。

 

「大変お待たせしてしまって申し訳ありません。今回、新型ロックビークル、ベロニレックのCMチーフを担当します中山です。よろしくお願いします!」

 

「こちらこそ! 音ノ木坂学院スクールアイドル、μ'sリーダー。高坂穂乃果です!」

 

挨拶をされたら挨拶をし返す。合宿前に海未から口酸っぱく言われていた事を実践し、穂乃果は握手を求めるように手を差し出した。

 

生徒会長の絵里かアイドル研究部の部長であるにこが代表をした方がいいのでは、と穂乃果は思ったのだが今回はスクールアイドルμ'sとしての活動だ。リーダーである穂乃果が前に立ちなさい、というメンバー全員からのお達しである。

 

中山はパッと顔を明るくして、穂乃果の握手に応じて再び書類を落としてしまう。研究員達から嘲笑の声が漏れるとタカトラが品がないと言わんばかりに一睨みし、鶴の一声の如く黙らせた。

 

μ's全員で書類を拾い上げて渡すと、「すみません」とお辞儀をしてからタカトラを見やる。

 

「えっと、今は…………?」

 

「今、ベロニレックの実演を見てもらっている。テスターはμ'sの関係者だから、終わるまで……………」

 

『プロ……ッサ…………』

 

タカトラの言葉を遮って、アキトからの通信が入る。しかし、その音声にはノイズが掛かっており、研究員達からも怪訝な声が上がった。

 

「アキト君、どうしたんだい? ノイズが入っているが…………」

 

「アキト君!?」

 

「アキト!?」

 

リョウマが聞き返すも、大型モニターに映る黒影の映像がザッピングを始める。それを見て花陽と凛が心配そうな声を上げると、完全にモニターが砂嵐に飲み込まれた。

 

『こ………………………シル………………………で……………………………そっ………………………こ……………………………!』

 

「アキト君? 大丈夫じゃなさそうだけど、応答してくれるかな?」

 

飄々とリョウマが問い掛けるも、それっきりアキトの返答はなくモニターには『LOST』の文字が無情にも表示された。

 

「アキト君の通信断絶! ヘルヘイム内に電波障害が発生している模様です!」

 

オペレーターの女性が焦りの声を上げると同時に赤いランプが点滅し、サイレンが部屋中に鳴り響いた。

 

「何事だ!?」

 

タカトラがリョウマからマイクを奪い取り怒鳴るように叫ぶと、返答が響く。

 

『市街地にて再びインベスが暴走! 観光客に混乱が生じてます! アーマードライダー部隊は騒動鎮圧に向かってください!』

 

「また!? こんな時に…………!」

 

舌打ちをしそうな勢いでヨウコは顔を顰めて、タカトラを見やった。

 

「あの子の事はアンタがしっかり片付けなさい」

 

「言われずともそのつもりだ」

 

タカトラの力強い言葉にヨウコはフッと軽く笑ってから走っていく。

 

「プロフェッサー! 危険はなかったのではないのですか!?」

 

「あぁ、嘘じゃないよ。だからこれは私にとっても想定外の出来事さ。タカトラ、行ってくれるね?」

 

絵里に詰め寄られるもあくまでも飄々とした態度を変えないリョウマはタカトラを見やる。

 

「無論だ」

 

タカトラは戦極ドライバーを腰に巻き付け、愛用しているメロンロックシードを取り出す。

 

それを不安そうに見つめている花陽と凛に、タカトラは頷く。

 

「心配するな。アキトは必ず私が連れて帰る」

 

「は、はい…………」

 

「お願いします」

 

 

『メロン!』

 

 

メロンロックシードを解錠し、タカトラは頭上へと放り投げる。それをキャッチしてスマートに戦極ドライバーにセットし、スライドシャックルを押し込みカッティングブレードをスラッシュした。

 

「変身」

 

 

『ロックオン。ソイヤッ! メロンアームズ! 天・下・御・免!!』

 

 

メロンアーマーパーツを装着、展開してアーマードライダー斬月に変身したタカトラはオペレーターへ目配りをして、ガラス張りの向こう側への扉を開かせる。

 

「高坂、お前達は別室で待っていた方がいいだろ。中山、案内を…………」

 

「いえ、アキト君が戻ってくるまでここで待たせてください!」

 

穂乃果は力強く答える。

 

アキトは仲間だ。だったら、ここで無事の姿を認めなければ、どこにいてもそわそわして落ち着かないだろ。特に花陽と凛は梃でも動きそうになかった。

 

「…………………わかった」

 

斬月はゆっくりとガラス張りの向こう側へと行き、意を決したようにクラックへ飛び込んだ。

 

何が起こっているのか、穂乃果を含めてほとんどの人間が理解していないだろう。

 

市街地の暴走インベス。

 

ヘルヘイムの森で起こった電波障害。

 

別々のようで、どこか違和感を感じる。

 

それが何なのか掴めない穂乃果は、じれったく感じながらクラックの奥に広がるヘルヘイムの森を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミツザネは市街地を歩きながら、照らしつける陽に汗を拭う。それなりに避暑地にきたとはいえ、やはり日光に直接当たれば汗が流れるのは必須でありハンカチとペットボトルは手放させないものとなっていた。

 

怒り任せに飛び出たユグドラシル支社を出た3人は、少しの間は一緒にいたが各々の目的の為に別行動をする事になった。

 

コウタは動きやすいトレーニングウェアを求め、カイトはこの島特有の料理を求めそれぞれ歩を進めているだろう。

 

ミツザネはこれといって目的はない。好きな服ブランドは通販で仕入れており、他もほとんどを通販などで手に入れてしまっている。これといって趣味という趣味もないため、物欲はないと言っても過言ではないだろう。

 

「……………………………………あれ?」

 

思わず足を止めて、首を傾げる。僕って無趣味で、プライベートがあんまり充実していない?

 

ここでミツザネ君の休日を振り返ってみよう。

 

学校やμ'sの活動が休みの日はユグドラシルのインベス事件の解決に助力もしくは家で宿題や予習。もしくはラーメン仁朗でアキトを弄り、夕飯はアキト宅がカイトの所でコウタと一緒に紛れる。

 

「…………………青春を謳歌していないッッッ!!?」

 

少なくとも、普通の高校生の休日とは異なり過ぎているだろう。

 

ミツザネはアーマードライダーで、家がそもそもユグドラシルの重役に就いているが為に幼少から決まり事の中で育てられ、音ノ木坂学院に来てからはおそらくアキトとの行動時間が一番長いが、ラーメン仁朗が落ち着くのは夜遅くなのでどこかに遊びに行くという事はなかった。

 

ライダーか、勉強か。昔から遊びに行く、というのは苦手であり、カラオケもこちらに来てから初めて行ったのだ。

 

「趣味、趣味………何か始めてみようかな…………」

 

と、意気込んでみるもゲームもそれほど熱中出来るようなものはない。夢で某ハンティングゲームをやってひと狩りいこうぜ的な事をして海未に怒られた覚えがあるが、所詮は夢である。

 

強いて挙げるなら酒であるが、飲酒しようものならμ'sに、取り分け真姫に何を言われるかわかったものではない。あのツンデレお嬢様は怒らせると確実にまずいタイプだ。

 

「………意地なんて張らずに戻ろうかな」

 

コウタやカイトは感情的になってしまうが、ミツザネはそれなりに割り切る事が出来ると思う。少なくとも真姫達が傍にいてくれるなら、体裁を保つ為にもそれなりに振る舞うだろう。

 

ひとまず向こうの情報を知ろうと、ミツザネは携帯電話を取り出して連絡をしようとする。

 

だが、表示されている圏外の2文字にミツザネは眉を潜めた。それは一瞬の事ですぐに電波が戻ったので、気のせいかと結論づけてメールをアキトと真姫に送る為にメーラーを起動した。

 

同じ裕福な家庭で育ったという点からか、連絡をとる事が多いμ'sメンバーは真姫だ。勉学の事や凛達についてなど、上げれば様々な話題でやり取りしているのだ。

 

ひとまずアキトならばこちらの気持ちを汲んでくれるだろうし、真姫も察しがいいのでわかってくれるはずだ。

 

メールを完成させて、いざ送信ボタンに指を伸ばそうとして。

 

待て。本当いいのか。これで戻った暁にはあのプロフェッサーがいい笑顔で出迎えるてくれる未来しか想像できないのだが。

 

しかし、このままでは時間を無駄にのさばらしているのも事実で、もう思いつく残された選択肢は貸別荘に戻って惰眠を貪るくらいしかなかった。

 

「おうおうおう!」

 

携帯電話片手に唸っていると、どこけらか下品な声が聞こえてきた。

 

顔を上げて見やると、こことは反対側の歩道で1人の白いワンピースを着た少女に如何にもといった顔の男3人が絡んでいた。

 

「ぶつかっておいてすみませんの一言だけかよアァッ!?」

 

「ひっひっひ、そんなうすぎで俺らにぶつかるなんて偉いハリキリ☆ガールがいたもんだ」

 

「あ、あの………困ります………!」

 

観光地だろうと何だろうと、あぁいう輩はいるものだな。とミツザネは呆れた風に肩を竦めて、周りを見回す。通行人達は気付いていても見て見ぬふりか、遠目で笑っている者もいる。様々な国から観光客から訪れるが、どこの国もこういった場面はよくあるらしい。

 

と、そこでミツザネは気付く。責められている少女は、ミツザネが昼頃に分かれを告げた人ではないか。

 

その時点で、ミツザネの行動は決まっていた。

 

メールを送信してからガードレールを飛び越えて、ミツザネは車が走っているのにも関わらず車道に躍り出た。急ブレーキをかけながら眼前に滑り込んでくる車のボンネットに飛び乗って転がり、周囲から上がる歓声を受けながら、ミツザネは拳を振り上げる男の腕を掴んだ。

 

「なっ…………」

 

「あ、貴方は……………!」

 

突然の闖入者に男達と少女から驚きの声が上がる。

 

「大丈夫ですか? アネモネさん」

 

絡まれていた少女、アネモネが驚きつつもミツザネの表情を見て驚きつつも安堵の顔を浮かべる。

 

安心させるように笑いかけてから、敵意を込めた瞳で男達を睨みつけた。

 

「この人は僕の連れです。何か御用ですか?」

 

「な、なだテメェは!?」

 

「か、彼女の前だからってかっこつけてんじゃねぇぞ!」

 

ミツザネの眼光に畏怖を抱いたのか、男達が震えた声で強がりながらミツザネの腕を振り払いながら1歩引く。

 

「ガキがっ!」

 

そして、その腕を振り上げるとミツザネへと振り下ろした。その腕の太さは柔なミツザネに当たれば骨折すら簡単に起こせそうなほどだ。誰もがそれを予想してしまい、周囲の人間達も美少年が怪我をしてしまう光景から目を逸らそうとする。

 

が。

 

突き出された腕をミツザネが真正面から受けてしまえば、怪我をするのは確実だ。

 

ならば、受け流してしまえば簡単な事である。突き出された腕を隣へと受け流すように弾く。ミツザネを吹き飛ばすはずだった剛腕は隣で殴ろうと迫っていた男の仲間に突き刺さる。

 

「がっ……………!?」

 

「何ぃっ!?」

 

自身の攻撃が仲間に襲い掛かり、昏倒させた事に男の動きが止まる。その隙に残っている男の顎を狙い、ミツザネは握りしめた拳を振り上げる。

 

人体の急所の1つである顎を的確に狙った攻撃は、例え細腕のミツザネであっても意識を刈り取るには充分な衝撃を与えた。

 

白目を向いて体格のいい男が倒れ、仲間の表情にはっきりとした恐怖の色が浮かんだ。しかし、ここで引いてしまっては格好がつかないと体制を優先したのか、最後の1人はポケットから折り畳み式のナイフを取り出した。

 

刃渡りは6cmほどのもので、日本ならば銃刀法違反で逮捕ものだが、ここはイーヴィングルという外国。日本の法律は適応外だ。

 

運営しているのが日本企業なのだかろ日本の法律を適応しろよ、とツッコミたくなるが、そもそも銃刀法などインベスと共存している社会ではないに等しい。何故なら、襲われたならばインベスを召喚して撃退すればいいだけの話しなのだから。

 

昨今、小学生ですらロックシードを所持しているようなご時世に、ナイフなど脅し程度にしか効果はない。

 

もっとも、ナイフを突き付けられたという恐怖を跳ね除けて、ロックシードを手にする事が出来れば、の話しだが。

 

もちろん、それらは一般常識にしか過ぎず、ミツザネには関係のない話しである。

 

日夜、通常インベスより遥かに驚異的な暴走インベスと相対しているのだ。この程度、問題にすらならない。

 

故に。

 

ミツザネの喉目掛けて突き出されたナイフは、簡単に空を切る。

 

否。

 

どうやら目測を誤ったらしく、ほんの少しだけミツザネの頬をかすり、僅かに血が零れる。

 

だが、その程度で止まるミツザネであるはずがなく、傷付けたという事に愕然となっている男に頭突きを放ち、追撃と言わんばかりに鼻下に一撃が打ち込まれた。

 

ぐわんぐわんと脳内が揺れているであろう男は、もう無抵抗と言ってもいい。

 

しかし、ミツザネはそこに容赦なくトドメを刺す。鳩尾に問答無用に拳を放ち、朦朧としていた男の意識を一気に刈り取った。

 

ぐらりと揺れてふんばろうとするも男は力尽きたように倒れ込み、柔な少年が大の男に打ち勝ったという結果に周囲から歓声が上がった。

 

ビクッ、とアネモネが驚いたように肩を跳ね上げてから、ミツザネは若干の舌打ちさせてからその手を掴み上げた。

 

「えっ……………?」

 

「こっちです」

 

注目を集めてしまった事に失態を感じたミツザネは、この場を離れる為にアネモネを連れて走り出す。こういった場合のわいわいと騒ごうと詰め寄ってくるのが定石であり、案の定見れば多くの外国人がこっちに走って来た。

 

あれほどの集団にもみくちゃにされれば、しばらく身動きが取れなくなるだろう。さらには今回暴れてしまった事がユグドラシルに知られてしまうだろう。そうなればタカトラの耳にも当然入る事になる。

 

例え守る為とはいえ相手を昏倒させてしまったのだ。明らかな過剰防衛に当たるので、もし知られればタカトラに迷惑がかかるのは必至だった。

 

下手をしたらμ'sにも迷惑がかかってしまうかもしれない。それを回避する為にはあの集団に捕まる訳にはいかない。

 

人込みの中に突っ込んで掻き分けていくように進んでいくミツザネは、人とぶつかる度にアネモネの手を放しそうになる。しかし、放しそうになる度に強く握りしめて、彼女を導くように走る。

 

やがて、人込みを抜け切ったミツザネは足を止めて大きく息を吐く。日差しで温度の上がった身体から熱を逃がそうと汗が流れだし、拭ってから慌てて振り向いた。

 

「す、すみません。アネモネさん………つい、あの場から連れ出してしまって……………」

 

「いえ、大丈夫です。あのままいたら、きっともっとパニックになっていただろうし」

 

そう言って呼吸を整えたアネモネは、花が咲いたようににこりと笑った。

 

「助けてくれてありがとうございます。ミツザネさん」

 

「…………………い、いえ。むしろ、騒ぎにしてしまってすみません」

 

一瞬、言葉が詰まったのはその笑顔に見惚れていたからで、気付かれまいと慌ててミツザネは言葉を繕う。

 

妙な感覚だ。アネモネを初めて見た時から目が離せなくなり、彼女を見たら鼓動が跳ねるように早鐘を打つ。今まで得た事のない感覚は、どこか見覚えがあるようでないまったく新しい経験だ。

 

何故か、赤髪の少女の後ろ姿が頭を過ったが、振り払うように話題を変えた。

 

「えっと、アネモネさんはどうしてあの場所に? 瀬賀さんと一緒に予定があったのでは?」

 

「瀬賀様は仕事をなされているのですが、そこに私がいても意味はないので。暇を持てましたと判断して、瀬賀様が終わるまで自由に過ごしていいと許可して頂いたのです。ミツザネさんも、仕事があったのでは?」

 

「僕もまぁ………似たようなものです」

 

本当は違うのだが、出てきた理由が幼いと言えば幼いので濁しながら答えた。

 

「じゃあ、お互いに暇になってしまったんですね」

 

「そうですね。私、あまりこういった場所で遊ぶという事をした事がなくて…………」

 

そう言って、どこか気恥ずかしそうにしながらアネモネはミツザネを期待の籠った瞳で見つめる。

 

「あの、ミツザネさんが宜しければなのですが………遊び方を教えていただけませんか?」

 

ぴくりと、心臓が再び跳ね上がる。

 

それは、つまり、あの、そういう事ですよね? い、所謂『デートのお誘い』というものですよね…………?

 

と、内心ドキドキしながら自身に確認をしてから、ミツザネは答える。この間1秒にも満たない、蒸着もびっくりな速さだ。

 

「はい。僕で良ければ」

 

「良かった! よろしくお願いします」

 

にっこりと礼儀正しくお辞儀をするアネモネに、心が温かくなりながらも内心で焦りが生まれるミツザネ。

 

真姫といったμ'sメンバーと一緒に行動する事は多いものの、2人きりで行動した事は片手で数えるくらいしかない。それもほとんどが下校のみで遊びに関しては女の子が好きそうな場所に心当たりはない。

 

手元にライフカードはない。選択は己で切り開くしかない。

 

喝を入れながらひとまず、この場から移動する為に歩き出した。

 

本当にどうしたというのだ。たった1人の女の子に心がこれほど大きく揺れ動いてしまう事は、何を意味するというのか。

 

未知の感情に戸惑いつつも、どこかワクワク感がミツザネの中を渦巻くのだった。

 

 

 

 

 

歩き出して早々ではあるが、まずは問題にぶち当たる。

 

「アネモネさん。今、何か欲しい物ありますか?」

 

「えっと、これといって…………」

 

「じゃあ好きな物とか、趣味は……………?」

 

「いえ………普段から瀬賀様のお手伝いなどをしていたもので…………ミツザネさんは?」

 

「僕もアーマードライダーとして戦ったり、μ'sの練習に付き合うくらいで、これといって趣味らしい趣味は…………」

 

目的を作る為とアネモネの趣向が知りたくて質問を投げてみたのだが、返って来たのはミツザネとほぼ同じような言葉であった。

 

早速詰んだ。ライフカードは手元にない。

 

困った。どうしたものか、とミツザネは腕を組んで考える。こういった場合、友人達といたらどうなるだろうか。

 

真姫の場合。本屋に立ち寄って参考書を見る。彼女の夢は医者なのだからルート的には間違っていない。

 

花陽の場合。とりあえずアイドルショップに寄って暴走花陽を眺める。最悪荷物持ちに変化するが、見てて飽きないので嫌いではない。

 

凛の場合。即ラーメン仁朗。アキトと合流。

 

アキトの場合。合流できるのが夜なのでこういったショッピングは数回で、たいていはアキトが行きたい場所を明確にしてくれたのでこういった場面に直面した事がないので参考にならず。

 

改めて詰んだ。

 

「あ、これ可愛い…………」

 

考え込んでいると、隣でアネモネが足を止めて呟く。

 

ミツザネが振り返ると、ぬいぐるみを扱っているショップらしく、ショウウィンドウには日本では見ないようなぬいぐるみが陳列していた。アネモネはそれを眺めており、目を輝かせている。

 

「わっ、天使さんがいるー」

 

いえいえ、貴女が天使です。という言葉が喉まで出かかるが堪えて、アネモネの横に立って眺めてみた。ミツザネにはこういった人形類に興味はないが、ロボットのフィギュアやプラモデルに「かっこいい」という感想を抱く事はある。

 

そういえば、ユグドラシル内でアーマードライダーの人気投票を行い、フィギュア化するという案が持ち上がっているというのを聞いた事がある。が、アーマードライダーはそのほとんどが黒影な訳で、あまりバリエーションが栄えなさそうだ、という感想を抱いた。

 

「こういうのが好きなんですか?」

 

「いえ、特には………ごめんなさい。お手を取らせてしまって…………」

 

「……………入ってみましょうか」

 

ガラスから顔を離してこちらを向くアネモネに提案してみると、驚いた顔をした。

 

「えっ、でも…………」

 

「行く宛などないんですから。惹かれたのも何かの縁かもしれませんし」

 

このまま再び歩き出した所で、目的探しに明け暮れてしまうのだ。ならば、こういった気になった店に適当に入っていくのも、ある意味でショッピングというものの楽しみかもしれない。

 

「そう、ですね………じゃあ、お言葉に甘えて」

 

そう決断してから、2人が盛り上がるまで時間はかからなかった。

 

人形ショップは近代というよりも中世を彷彿させる人形が多く、可愛らしい物から少し不気味なものまで様々揃っていた。特にアネモネが手に取った『月世界の魔女』『夢の魔女と希望の魔法使い』という英本は特に興味を惹かれたのだが、日本語訳されたものはない上に絶版物で置かれているのは見本として店主の私物らしく、なくなく諦めたのだ。

 

次に寄ったのは男の子向けのフィギュアショップで、外国の企業『KIGYO』が運営しているはずなのに揃っているのは日本製のものばかり。聞けば日本で展開する『KOTOBUKIYA』という企業の子会社なんだとか。ホワイトグリントという白いロボットがかっこよかったのだが、それを呟いたら店長が「君は間違えている。その機体に可能性など存在しない。それを証明してみせる」と言い出してアネモネと一緒にドン引きして出てきた。

 

少し歩き疲れたのでカフェに寄ってみると、そこは男女で入店するとケーキをサービスしてくれるフェアをしていた為、美味しそうなケーキを堪能。アネモネが意外にもケーキといった物を滅多に食べる事がなかったらしく、瞳を輝かせてフォークを救う姿は年よりもずっと下のように見えて可愛く、ミツザネは自分が注文したショートケーキも差し出したほどである。

 

「美味しかった………すみません、ケーキ頂いちゃって」

 

「いえ。パティシエの人もアネモネさんみたいに美味しそうに食べてくれているのを見て嬉しそうでしたので、全然」

 

ちなみに、アネモネの姿に感動した店員の計らいで、宿泊施設にもケーキを宅配してくれるという。μ'sも年相応の女の子。きっと気に入るだろうと人数分注文しておいた。

 

「次は………あ」

 

どうしようか、と周囲を見回していると、帽子を取り扱っている店舗を見つけて思わず声を漏らす。

 

「あそこ、寄ってもいいですか?」

 

「はい」

 

アネモネが頷き返してくれたのでミツザネは帽子の露店に立ち寄る。

 

実は、1つだけ憧れているものがあった。それは帽子だ。西部劇よろしく、とまではいかなくとも帽子を使いこなすいぶし銀な男達。アキトと見た映画に登場した年配の俳優が小道具として使っていたのだが、ハードボイルドと呼ぶに相応しい姿には惚れ惚れとしたものだ。

 

絶対に欲しい! というほどではなかったが、持っていなかったアイテムなので発見した今思い出したのだ。

 

棚に並べられた帽子を眺めていると、もぞりとワゴン車の向こう側で椅子に座っている人物を認める。椅子に座り込んで木机に脚を投げ出すように乗せている姿は商売人からしてみればふてぶてしいもので、さらに顔は自前なのか帽子でかくして居眠りしているようである。

 

このままだと盗まれ放題だが、大丈夫なのだろうか。

 

「………………心配すんな。盗み、だなんてくだらねぇ事考える奴なんざ、気配で簡単にわかるもんだ」

 

ミツザネがそう思っていると、店員が嘯く。びくっ、とミツザネが肩を震わせると、店員は帽子をどけて立ち上がる。

 

タカトラよりかは少し若い青年だ。黒いベストに白いスラックス姿だが、妙にマッチングしており容姿が整っているからかモデルのように思えた。

 

店員は帽子に一息吹きかけてから被り直し、ちらりとミツザネを一瞥してから。

 

「……………半人前に帽子は似合わないぜ、坊主」

 

初対面の、しかも客を半人前か。カチンときたがアネモネの前だ、ここで露骨に怒るのは大人の対応ではない。

 

「男の目元の冷たさと優しさを隠すのが帽子(そいつ)の役割だ。坊主が被るには………冷たさが足りねぇな」

 

「っ…………」

 

思わずミツザネは息を飲む。以前、コウタとカイトに評価された時があった。その時は全員、アルコールが入っていたので真意だったかは定かではないが、コウタは「ミッチは優しいよな」と評し、カイトが「だが、その優しさが仇となって非情になりきれない」と言われた。

 

今、素の状態だからこそ、その事が強くミツザネに突き刺さる。確かにミツザネはここぞ、という点での一刺しが出来ない。爪が甘い、といつもタカトラを笑ってはいるが、まさしくそれはブーメランだった。

 

自分でもわかっている。だからこそ、常に敵には非情になるようにしている。

 

だが、カイトが言う非情さ、というのはまったく別物だった。

 

『ミツザネ。お前は仮に………オレや葛葉、タカトラ…………μ'sの誰かが敵になった時、その引き鉄を引く事が出来るのか?』

 

その言葉が脳裏に響く。

 

近しい人が敵になった時。まったくその時が想像出来ないし、絶対にありえないと断言出来る。が、断言する、という事は実際にその場に立ち会った時に何も出来ない者が言う言葉だ。

 

だからきっと、もしそんな事になればミツザネは撃てない。そんな予感だけはあった。

 

「………………見ず知らずの貴方に何がわかる」

 

小さく反撃すると、店員はフッと小ばかにしたよに笑う。

 

「…………………ま、ハードボイルドに憧れる気持ちはわかるぜ。俺もかつてはハードボイルド(半人前)だったしなぁっ!?」

 

クールに語ろうと歩いてた店員だっが、足元にあったワゴン車の留め具に足が躓いて転び、顔面を棚の角にぶつけた。

 

「だ、大丈夫ですか…………?」

 

「あ、あぁ。大丈夫だぜ、レディ。クールなハードボイルドな俺はこの程度で揺らがない」

 

心配そうに覗き込むアネモネの後ろで、内心ざまぁと口元を緩めるミツザネ。

 

「………………ハーフボイルドのままじゃないか」

 

「んだとぉっ!?」

 

くわっと、ミツザネの呟きに反応して店員が吠えてくるが、そこにはハードボイルドたる要員は微塵も感じられない。思えばさきほどの行動もどこかかっこつけているようにも思えてきた。

 

「………どうして僕が半人前だと?」

 

「ん? あぁ、何となく、直感でだな」

 

そう言って店員は、思い巡るような表情で棚に並んでる帽子を見つめる。

 

「………………どうして半人前は帽子をしてはいけないんです?」

 

「おやっさん………まぁ、俺の尊敬する人の言葉でな。よく俺もお前ん頃に帽子を被っては叱られたもんさ。半人前に帽子は早い、ってな」

 

棚に並んでいる帽子の内、1つを手に取って優しく鍔にあたる部分を撫でる。

 

「もしその人物が家の中に入って来て、帽子を脱ぐようなら真の紳士。帽子を脱がないのなら紳士のふりをしている男。そして帽子をかぶっていない人物は、紳士のふりをすることさえあきらめている男………って、ヨーロッパで流行っていた言葉がある。まっ、所謂マナーとかエチケット的な意味合いが含まれているんだろうが………帽子ってのは紳士であるかどうか。もっと砕いた言い方をすれば、男なら帽子が似合って当たり前、ってとこか」

 

「男なら…………」

 

小さく呟いたミツザネに、店員は今度は優し気な笑みを浮かべて手に取った黒い帽子を差し出してきた。

 

「別に変な意味じゃねぇぞ? けど、一見でアンタはかっこいいというより可愛い系だ。だから、もしかしたらハードボイルドな男ってやつに憧れてるんじゃないか、って思ったんだ」

 

「……………それも直感、ですか?」

 

「いや、経験則って奴だ」

 

差し出された帽子を受け取り、ミツザネはそれを見つめる。

 

ミツザネは確かに憧れている。コウタやカイト、タカトラのようなかっこいい男を。少なくとも、ミツザネの中で彼らは”かっこいい”男だ。

 

それに近付きたいと思っていたが、やはり、外面を埋めた所で店員の言う通り半人前に過ぎないのだろう。

 

「………………大丈夫だ。お前はいい眼をしてる。必ずその憧れに追いつけるさ」

 

「経験則で、ですか?」

 

少し打ち解けられたような気がして、ミツザネが尋ねると店員は子供のように無邪気な笑顔を浮かべた。

 

「いや、そう囁くのさ。俺のハードボイルドな勘、ってやつだがな」

 

同じ笑顔なのに、小ばかにしたり優しくなったり、無邪気になったりと。同じ表情なのにコロコロと変わる店員と、ほんの数分しか関わっていないというのにミツザネには十分、彼が纏うかっこよさが感じられた。

 

「かっこいいですね、店員さん」

 

「そりゃそうさ」

 

帽子を深くかぶり直し、にっと口元を緩める。

 

「ハードボイルドだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

気に入った。棚から1つ、好きな帽子持っていきな。

 

粋で魅力的な提案をしてくれた店員には申し訳ないが、ここで代金も払わず受け取ってしまえばそれこそかっこいい男から遠ざかってしまう。

 

露店を後にして、ふとアネモネがいない事に気が付いた。

 

店員と意気投合し過ぎて半ば放置してしまっていた事に失態を感じてミツザネは周囲を見回す。しかし、どこにもアネモネの姿は見当たらず、少し周辺を歩いてみるも結果は同じだった。

 

放置してしまったから帰ってしまったのだろうか。

 

「アネモネさん………」

 

「ここだよ」

 

名を呟くと、返答は背後からあった。

 

驚いて振り向くと、暗い路地裏にアネモネの姿があった。

 

「すみません、話し込んじゃって……」

 

「ううん、大丈夫です。それより、これ」

 

そう言ってアネモネが差し出してきたのは、大きめの袋だ。受け取って中を見ると、先ほどの露店に陳列していた帽子が入っていた。

 

「これ………」

 

「あの店員さんは半人前に似合わない、なんて失礼な事を言ってましたけど、被りたければ被ればいいんですよ」

 

酷く真っ当な物言いにミツザネは苦笑を浮かべる。

 

「ミツ君が被ってる所、見てみたいな」

 

「…………ミツ君?」

 

聞き慣れない呼び方をされてミツザネが戸惑った反応を見せると、慌ててアネモネが言い直す。

 

「みんなからはミッチって呼ばれてるから、私は別の呼び方がしたいなって……嫌でしたか?」

 

「いえ、初めて呼ばれたから………じゃあ、ちょっと被ってみますね…………」

 

正直、自分に似合うかどうかなどわからないでいたのだが、不思議とアネモネに薦められると断ろうという気が起きなかった。

 

ミツザネが帽子を被ると、一瞬だけ後ろ髪あたりに痛みを感じる。おそらく買った時のタグが付いたままなのだろう。

 

近くに鏡がないのでどういった感じなのかは確認出来ないが、アネモネが瞳を輝かせているという事は似合わず、という事ではないようだ。

 

「やっぱり、ミツ君には何でも似合いますね」

 

「そうですか? ありがとうございます」

 

それは社交辞令なのかもしれなかったが、ミツザネは強く心が温まるのを感じた。

 

同時に、ミツザネに理解を齎した。

 

そうか。

 

ずっと不思議だった。

 

何故、アネモネから目が離せなかったのか。

 

何で、アネモネと会うと嬉しくなるのか。

 

どうして、アネモネの笑顔を見たいと思ったのか。

 

そうか。

 

これが、そうなのか。

 

今まで感じた事のない感情の奔流。

 

これが。

 

 

 

 

 

 

 

恋、なのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

啼臥アキトが所持するロックシード

 

・レモンエナジー

・オーズ

・ウォーターメロン

・ローズアタッカー

 

 

 

 

 

 

 

次回のラブ鎧武!は……………

 

 

 

 

「ミスターセンゴクは何と?」

 

「………センゴク?」

 

ヘルヘイムの森で遭遇した集団、黒の菩提樹。

 

 

 

「だって、インベスが暴れたら大勢の人が逃げ回る。収めるにはアーマードライダーという力が必要………人間は、インベスの前では無力じゃないですか」

 

「それは…………」

 

インベスに強い敵意を見せるアネモネに返したミツザネの言葉とは。

 

 

 

「世界に救済を…………!」

 

暴走インベス鎮圧に向かったアーマードライダー部隊が目にしたものは。

 

 

 

「君は我々の救済を受け入れてくれるかな?」

 

「や、だ、ね!」

 

黒の菩提樹に対して、アキトは明確な否定を打ち出す!

 

 

 

 

 

次回、ラブ鎧武!

 

33話soldier game ~大地に広がる白~

 

 

 

 

 





アキトの射的ゲーム=soldier game

っていうタイトルでした←



どうも、グラニです。

ファイナル2かを取ろうと挑んだが財団e+には敗北しました。え、アドレスバーの単語を変えたらすんなりいけた、だって? クソが←


そんなこんなで、案の定ベロニレックのテストのはずなのに問題に巻き込まれるアキト君。

わちゃわちゃとアキトがピンチな一方でミッチはアネモネさんと「へぇーデートかよ。でも地味過ぎるぜ、もっと腕にシルバー巻くとかさ」状態。羨ましいですな。

帽子屋さんのハーフボイルド、一体何者なんだ…………
とりあえず探偵でも半熟でもありません。世界違いますから


次回でちらりと出てきた黒の菩提樹。どんな迷惑な事をやらかすのやら…………!?


なんとか月2更新戻れてるけど、このままだと時間的に夏合宿終わるの夏にさしかかるかもしれんから加速しなければ…………



感想、評価随時受け付けておりますのでよろしくお願いします!

Twitterやってます
話しのネタバレなどやってるかもしれませんので、良ければどうぞ!

https://twitter.com/seedhack1231?s=09


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