ラブ鎧武!   作:グラニ

42 / 68

松虫草の花言葉


「不幸な恋」

「恵まれぬ恋」

「わたしはすべてを失った」



「風情」

「健気」



もしもに落ちた松虫草

もしも、空想、妄想。

 

ありえたかもしれない、というものは人の後悔から生まれたものだ。生きている限り人とは後悔を積み重ねてく生き物であり、避けては進めない

 

後悔は必ず生まれるもので、それを背負っていくしかないのだ。

 

しかし、だからといって。

 

その強さに耐えられない人もいて、妄想というのはその逃げ道なのかもしれない。

 

それに逃げ込む事、それは果たして罪となりえるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピンポーン、と来訪を知らせるチャイムの音で小泉花陽は微睡の中から意識を呼び戻した。

 

頭を動かしてベッド脇に置いてある時計をぼんやりと見やると、時刻は昼前の11時を示しており、花陽は首を傾げる。確か何か用事があったような気がするのだが、それが何だったのかが思い出せないのだ。

 

ふと、ドタドタと廊下を誰かが駆け上がる音が聞こえ、それは花陽の部屋で止まるとドンドンとドアを叩いてきた。

 

「かよちん、起きてるかー?」

 

「アキト君?」

 

それは花陽の幼馴染、啼臥アキトだった。

 

花陽の声が聞こえたからかアキトはドアノブをゆっくりと回し、恐る恐るドアを開けた。

 

相変わらず派手なエスニック衣装に身を包んだアキトは花陽の姿を確認すると、どこか呆れたように肩を竦める。

 

「ったく、今起きたのかよ」

 

「アキト君………なんで…………?」

 

今、この場にアキトのいる意味がわからず花陽は首を傾げる。

 

「おいおい、寝惚るなんんてかよちんらしくないぜ。今日は遊びに行く約束してたろ」

 

そう言ってほら、とアキトは壁に掛けられているカレンダーを指さす。今日の日付の欄には『アキト君とデート(バッテン印)買い物』とあり、それを目にした瞬間にぼんやりとしていた花陽の思考が吹っ飛んだ。

 

「ぴぃやぁぁぁぁぁぁっ!? ご、ごめんさいー!」

 

ばっとベッドから飛び跳ねるように起き上がった花陽はタンスをあわただしく開けて、パジャマをばっと脱ぎ捨てる。

 

そうだ、今日はアキトと買い物をする予定だったのだ。集合場所は秋葉原の駅で誘ったのは花陽の方からである。

 

つまり、今回の非は完全に花陽にあるのだ。

 

薄いピンク色の下着姿になって慌ただしくタンスをひっくり返して、花陽は洋服を取り出していく。が、思考が慌てているからかどれを着ようか定まらずに部屋を散らかしていく。

 

「うぇぇぇっ、ど…………どうしよう……………! アキト君、何を着たらいいと思う!?」

 

「…………………えっ、俺がいる事を認識した上での行動な訳? ま、まぁ俺はエスニックだからどの服着ても違和感の塊しかねぇんじゃねぇかな。てか、本当にそのままスルーするの? こうしてかよちんのあられもない姿を携帯に収められるから俺得なんだけどさ」

 

「……………………………………え?」

 

そこでようやく、熱暴走を起こしていた思考に冷や水がぶっかけられたかのように冷静になっていき、ギギギと部屋の入口を見やると、携帯電話を構えたアキトの姿が。

 

花陽はアキトの来訪で約束を思い出し、慌てて着替えようとしたのだ。アキトが出て行った事は確認していないのだから、そこに彼がいるのは当たり前だ。

 

アキトの目の前で、恥ずかしげもなく下着姿になってしまった。自分のやらかした事にようやく気付いた花陽は、漫画のごとく首下から顔を赤くしていく。

 

そして。

 

「ぴ、ぴぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?」

 

「ちょ、まっ、タンス丸ごとはぐぼつ!?」

 

狼狽が頂点に達した花陽は目を回しながら、引っ張っていたタンスをそのままアキトに投げ付ける。

 

たとえ気弱な少女でも、好きな異性に下着姿を見られてしまって冷静でいられるはずないのだ。

 

いや、下着姿を見られたら冷静でいられるはずないのが当たり前なのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

炊き立てのご飯が盛られた茶碗がテーブルに置かれて、続けて焼鮭が置かれたりホウレン草のお浸し、冷奴が出てくる光景は料亭の朝ごはんを思わせるメニューだ。

 

しかし、ここは小泉家のリビングであり、料理を作ったのもアキトだ。ラーメン屋の息子ではあるが、家庭ではラーメンではなく普通の料理を振る舞う事が多いので、必然的に上達したのだという。

 

「ったく、寝坊したのはかよちんだろうに………」

 

「それでも私の下着姿を見ていい理由にはならないよぉ……………」

 

ぶしゅう、と頭から煙が吹き出そうなくらい顔が真っ赤になっているのを自覚しながら、箸と茶碗に手を伸ばす。

 

「てか、いいの? 買い物行くんじゃなかったか?」

 

「別に、これといって欲しいものはなかったから。その、アキト君と一緒に出掛けれれば…………」

 

言っておきながら気恥ずかしくなって俯き、誤魔化すようにご飯を口に運ぶ。

 

アキトは一瞬、洗い物をしようとした手を止める。それを目にしただけでどう思ったのか手に取るようにわかり、心が温かくなる。

 

「なら、俺も少し歩きたい。いいよな?」

 

「………………うん」

 

頷いて鮭を食べると、口の中に塩気が広がる。その瞬間に身体が水分を欲するが、花陽が伸ばしたのは水の入ったコップではなく当然、ご飯の茶碗だ。

 

鮭とご飯の相性はやはり最高だ、と感心した所でホウレン草のお浸しにも箸を伸ばす。塩分ものとご飯ものばかりを食べてしまうと、毎度のようにアキトに怒られてしまう。

 

「あ、エノキ入ってる…………」

 

食べるとホウレン草の中から食べ慣れた食感に思わず言葉が漏れる。ホウレン草のお浸しはよくアキトが作ってくれる一品なのだが、食べ飽きないようにと様々な工夫してくれるのだ。

 

「昨日の残りの材料、使っていいっておばさんに言われたから」

 

「美味しい」

 

醤油など使わずだしのみで味を取ってあるが、その素直さな味が花陽は好きだ。

 

「アキト君、料亭の主人になれるね」

 

「料亭か………俺の作る料理なんてほとんどネットで引き当てたり、おばさんから聞いたものばっかだからなぁ」

 

皿を洗いながら苦笑を浮かべる答えは、花陽がいつも褒めると返してくる常套文句だ。しかし、花陽としてはけっこう本気で言っていたりする。

 

料理人の衣類を着て調理場に立つアキト。うむ、実に様になっている。

 

そして何故か、その妄想には後ろで割烹着を着た花陽が控える姿も見えた。

 

「って、私何を妄想しちゃってるのぉぉっ!?」

 

「………………時々、かよちんのそれは発作なんじゃないかって思う時があるんだ」

 

頭上に浮かんだイメージを振り払うように箸を持った手を動かすと、花陽の前のテーブルに座って同じメニューを広げながらアキトが困惑の表情を浮かべる。

 

「な、何でもない……です…………」

 

ボンッ、と再び顔を赤くして花陽は黙り込み、再びご飯に箸を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

食事を終えた花陽とアキトは出掛ける準備をしてから街へ出た。

 

休日という事もあり、駅前などの繁華街には家族連れやカップルで賑わっている。

 

「流石に人が多いな」

 

「だねぇ………」

 

駅前に降り立った2人は人の多さに、それぞれ言葉を漏らす。

 

花陽が少ない時間でせっせと選んだ服は、白いレースミッドカーフスカートに薄いピンク色のVネックセーターにフードのついた緑色のパーカーである。家を出て神社に乗った時に、この時のコーディネートを一所懸命に考えていた事を思い出したが、それも後の祭りだ。

 

この多さだとどんくさい花陽だとはぐれてしまうかもしれない。そう思ってアキトの手を掴もうとするが、気恥ずかしさとこの年にもなって迷子になりそうだから、という理由で握る事にやめてしまう。

 

しかし、引いた花陽の手がアキトが優しく握りしめてきた。驚いて顔を上げると、きょとんとしているアキトの顔が。

 

「はぐれたら大変だと思ったんだけど…………嫌だった?」

 

「う、ううん…………」

 

嫌どころか嬉しい、とにやけ顔になりそうになるが、それを見られるのは恥ずかしい為に俯いてしまう。

 

「さて、まずはどこに行くかな」

 

「アキト君の欲しいものって?」

 

にやけ顔もすぐに収まったので顔を上げて聞き返すと、少し唸ってから顔を見合わせてくる。

 

「写真を収めるアルバム。100均のでもいいんだけど、せっかくだしちゃんとしたのを揃えたいかなって」

 

「そっか、そんなに撮ってるんだ」

 

アキトのシュミの1つに写真撮影がある。曰く、特に意味もなくなんだか習慣になってしまった、という事だ。

 

「じゃあ、写真屋さんかな?」

 

「電気屋とかでもいいと思うんだよな。かよちんは? 欲しいとのはない、って言うけど何も無かったらぶらつきもしないだろ」

 

「えっ……」

 

アキトの問い掛けに花陽は思わず言葉を詰まらせる。

 

確かに花より男子も欲しいものはある。しかし、それは男であるアキトと一緒に買いに行くような物ではない。今回は見送りである。

 

「私は大丈夫だよ」

 

「そう? なら、まずは電気屋に行くか」

 

そう言ってアキトは花陽の手を引いて歩き出す。一見すれば強引に連れ出しているようだが、その力は優しく迷いやすい花陽を先導しているようだ。

 

例えるなら、荒波の海の中で目指すべき指針。

 

いつもこうして引っ張ってもらい、その背中に頼ってしまう。

 

本当なら隣に立つべきなのだが、その背中を追い掛ける方が花陽は好きだった。

 

親し慣れた街並を歩き、2人は迷う事なく大型デパートに組み込まれた電気屋にたどり着いた。

 

中は大勢の人々で賑わっていたが、アキトが欲する写真などのコーナーはがらんとしており、中年の男性がちらほらと見えるくらいである。

 

「前のは猫のアルバムだったよね」

 

「チロ達の写真を収めるものだったしね。今回は………」

 

少し唸ってからちらりと、アキトは花陽を一瞥してアルバムの棚を向いてしまう。

 

「ま、これといって気合い入れて探すほどのものじゃないし。そうだ、かよちん選んでくれよ」

 

どこかまくしたてるように言うアキトは、まったくこちらを見ようとしない。

 

もしかして、と思った花陽は判目になりつつ尋ねた。

 

「………もしかして、さっき撮った私の下着姿を収めようとしてる?」

 

言葉にするのは恥ずかしかったが、スルーしてはならない。羞恥心で爆発しそうな心を激励しながら睨みつけると、アキトは振り返らずに顔だけをあらぬ方向へと向けた。

 

図星だ、と気付いてから花陽の行動は早かった。

 

「アキト君」

 

「……………何?」

 

「携帯、貸して」

 

「いや、さっきの画像なら消したかr」

 

「貸して」

 

「かよt」

 

「貸しなさい」

 

「………………ハイ」

 

普段なら絶対にしないような高圧的な花陽は、アキトの前でしか見られない。

 

気の弱い花陽が、威張る訳でもなくしっかりと我を通せる。その相手がアキトだった。

 

アキトから携帯電話を奪った花陽は手馴れたように操作してデータを削除していく。ついでにあったいやらしい動画なども。

 

「アキト君が望むなら…………」

 

「ん?」

 

「何でもない!」

 

操作しながら消していくデータを見て、入っていたのは様々なものだ。大きいお山からまな板、シチュエーションも色々である。

 

「なんていうか、色々あり過ぎ………」

 

「こういう時に好きなのばっかり入れてたら性癖がバレるからな」

 

「これだけのやらしい動画入れてたら十分引くよ…………」

 

ぐさり、とアキトの胸に言葉のナイフどころか槍を突き刺した花陽は、じっくりと棚を眺める。どうせ買うのだから、入れるのは花陽のあられもない姿でなくとも可愛らしいものがいい。

 

しかし、陳列されているものはどれもシンプルなデザインのものが多く、花陽の目に止まりそうなものは1つとしてない。ここは電気屋であって写真を専門に取り扱う店ではない。

 

昨今、フィルムタイプのカメラはどんどん少なくなっていき、今や写真はデータで管理するのが主流だ。写真プリントはこういった電気屋でも出来るが、アルバムを求めるなら文房具店に行った方が早いかもしれない。

 

「ここじゃなくて文房具店に行こうよ。ちょうど、私も新しいペンが欲しかったんだ」

 

本当はそんな事ないのだが、アキトとどこかへ行く口実が欲しかっただけなのかもしれない。

 

文房具店はこのデパートの中に入っており、エスカレーターで下の階に降りてすぐだ。

 

「かよちん」

 

エスカレーターを降りた所で、アキトに呼び止められる。

 

花陽が振り向くと彼は立ち止まっており、ある店を指さしていた。

 

そこは女性向けの下着専門店。つまりはラジュアリーショップだった。

 

「あ、ああああアキト君!?」

 

何故にそこを指さしてるの、と花陽は慌てて駆け寄ってアキトの手を取る。

 

「え、だってかよちん下着見たかったんだろ? デパート来た時、ちらりとここの看板見てたし、また胸大きくなったみたいだら…………」

 

「そういう事は男の子が言っちゃダメなのォ!」

 

周囲から痴話喧嘩と思われているのかくすくすと微笑まれている事に気付いて花陽は顔を赤くして俯いてしまう。

 

「もう、私のことはいいから行こうよ!」

 

時々、この幼馴染はデリカシーというものに欠けていると思う時がある。ほぼ毎日一緒にいる花陽だから、もしかしたら家族のような感覚なのかもしれないが、好意を向けている身としては複雑である。

 

周りからの視線に耐えられなくなった花陽はアキトの手を引きながら文房具店へと入っていく。

 

今一度、女の子とはどういうものかを教え込む必要がありそうだ、やらしい意味ではなく。

 

 

 

 

 

 

「一杯遊んだなー!」

 

「うん、そうだね」

 

ホクホクした顔でデパートを後にするアキトとは対になるように、花陽はげっそりと疲れ切っていた。

 

おかしい、と花陽は思う。アキトとは何度も何度も一緒に出掛けているはずなのに、いつもはこれほど疲労する事はなかったはずだ。

 

どこかが、何かが可笑しい。

 

可笑しい、というよりも何かが”足りない”気がするのだ。

 

 

----------かーよちーん!

 

 

「っ…………」

 

頭を聞き覚えのある声が掠めるが、同時に痛みも走って記憶を吹き飛ばす。

 

「さて、あと行くとこはあそこだけ…………かよちん?」

 

「っ、何?」

 

頭を振りかぶって意識を鮮明に保つと、その様子に気付いたのかアキトが額に手を置いて来る。

 

「熱は………ないみたいだな………どうする? やめとくか?」

 

「ううん、大丈夫。それで、行くとこって?」

 

花陽が答えると、アキトは遠くを見つめて呟く。

 

「彼岸だしな。もしかしたら、あいつも帰ってきてるかもしれない」

 

「えっ……………」

 

アキトが呟いた言葉は、花陽の心に暗雲を齎す事になる。

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………………」

 

神田の外れにある墓地。

 

途中で百合と菊、松虫草の花束を買ったアキトに連れられてやって来た場所は、花陽にはあまり縁のない場所だ。一緒に住んでいる祖父祖母を含めた身内に不幸はなく、周りにも亡くなった人はいない。

 

いない、はずなのに。

 

どくん、どくんと鼓動がうるさく弾ける。まるで、この先へ進む事を拒絶しているようだ。

 

「あ、アキト君…………どうしてここに………?」

 

何度も問い掛けてみるも、先を歩くアキトは何も答えない。ただ無言で、しかしながら背中は寂しさや悲しみを纏い、一切の疑問を許さぬ。そんな気迫が感じられた。

 

まるで、今から襲い掛かる衝撃を一身に受けようとしているように。

 

慣れたようにアキトは桶に水をためてから、雑巾を数枚握って奥へと入っていく。

 

どくん、どくん。

 

嫌な鼓動が少しずつ大きくなり、その理由が鮮明になっていく。

 

アキトは足を止め、墓標の前にしゃがみ込む。

 

花陽はその墓石に刻まれている名前を見て、瞠目する。

 

 

 

『星空 凛』

 

 

 

「え……………………………………」

 

零れた言葉は自分のものかわからないほどに花陽に怒涛と襲い掛かる感情の奔流。

 

足元がふらつき、倒れそうになるのを堪える花陽に気付かず、アキトは旧友の再会を祝うように話しかけた。

 

「よぅ、久しぶりだな。凛………今日はかよちんと一緒に来たよ」

 

「あき、と君……………これは…………………」

 

「…………………あの日………俺が凛のスカート姿を馬鹿にして、慌てて帰ったあいつはその途中で交通事故にあって死んだ…………あれから随分、時間が経っちまったなぁ………」

 

その瞬間。

 

様々な情報の海が花陽を襲う。

 

そして、ようやく認識する。まるで今まで目を背けていた真実を改めて直視してしまったような。

 

ずっと、花陽が感じていたこの世界の違和感。

 

否、それは違和感というよりも喪失感に近い。

 

この世界には、決定的なモノが足りないのだ。

 

「アキト君…………」

 

「ん……………」

 

まずは凛がいない。幼馴染で、花陽と同じようにアキトに好意を向けている少女。

 

それだけではない。

 

インベスも、アーマードライダーも、何より。

 

「………………μ'sは?」

 

「μ's?」

 

しゃがみ込んでいたアキトは桶に溜めた水に雑巾を浸しながら首を傾げる。

 

「何、それ」

 

「スクールアイドルだよ、音ノ木坂学院のμ's」

 

μ'sも。そもそもスクールアイドルからして存在していないようだ。

 

それらが花陽が感じていた足りないモノ。

 

世界だけでなく、まるで心にぽっかりと空いてしまった穴のように。

 

それだけがないだけで、まるで世界が灰色に映ってしまう。

 

「珍しいな………アイドルを見ると、凛の事を思い出すから嫌いだって言ってたのに」

 

きょとんとした風に告げるアキトに、花陽はぐらりと視界が歪む。

 

μ'sがない世界。

 

それは花陽という少女を構成する大部分を失った事を意味する。

 

松虫草の言葉通り、私はすべてを失った。

 

絶望と悲しみが花陽を襲い、まるで嵐のように何もかもを奪いさった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それはお前が望んだ世界だ』

 

「私が望んだ、世界………?」

 

何も無い暗闇の世界で、響いた声にぼんやりと返す。

 

それが何なのか花陽には皆目見当もつかないが、自身の姿だけがいやにくっきりと見えるここにおいては、不可思議な概念の思考は無駄に終わるだろう。

 

出鱈目な空間で、声は続ける。

 

『お前は願ったはずだ。愛する男の隣にずっといたいと……あの猫娘ではなく、自分がその場所に居座りたいと願った結果だ』

 

アキトの隣には、常に凛がいる。

 

それは出会った時けら当たり前で、花陽はその反対側か少し後ろを歩いて2人の背中を眺める。

 

それだけで充分だった。満足出来るはずだった。

 

しかし、人間とは本来欲深い生き物で自分の為ならどんな愚劣も残酷な事もやづてしまう浅ましい面もある。

 

それは、どれだけ口で繕っても花陽も同じ。

 

思った事はある。

 

凛がいなければ、あそこにいるのは自分だったのだろうか、と。

 

「そっか………この想いからあの世界が生まれたんだ」

 

『そして、それを現実にする事が出来る』

 

パチン、と。まるで指を弾いたような音がして、世界が変わる。

 

何も無い空間は、いつの間にか映画館となっていた。

 

座席に座る花陽の前に広がるスクリーンに映るのは結婚式の映像。

 

新郎の服を纏うアキトと、ウェディングドレスを着た自分自身。周りにいるのは花陽がよく知る顔触れ達で、揃って祝福してくれている。

 

だけど、そこにもあの子の姿はない。

 

『君さえ望めば、この未来は確定されるだろう 』

 

「…………だけど、凛ちゃんがいない」

 

『仕方あるまい。彼女がいては君の願いは叶わぬのだから』

 

花陽の眼前に錠前が出現する。記憶が正しければ何かしらのフルーツを象っているはずだが、これには何も無い。

 

『さぁ、扉を開くのだ。君が望む未来に進む為に』

 

花陽が望む未来。

 

「……………私はアキト君が好きだよ」

 

いつも困ったら導いてくれるあの暖かい手が。

 

悲しくなったり、寂しくなったら励まそうと笑わそうとしてくれるあの笑顔が。

 

『それが君の願いさ』

 

花陽はそっと、錠前に手を伸ばす。

 

声の主曰く、これを放てばアキトを自分の物に出来るという。

 

それはきっと、これ以上にないくらいの幸福を与えてくれるのだろう。

 

「私は、アキト君が好き」

 

()()()

 

『なっ…………!?』

 

花陽はその錠前を掴むと解錠せず、そのまま握り潰した。

 

「こんな世界、私は嫌だよ」

 

『馬鹿なっ………貴様にとって、何の失う事のない幸福が訪れるのだぞ!?』

 

幸福。

 

その言葉を聞いた瞬間、花陽に感情が走る。

 

それは滅多に表に出る事のない、純粋な怒りだ。

 

「ふざけないで………凛ちゃんがいない事が幸福………? 馬鹿げてる、話しにならない」

 

『好きな男が別の女の元へいく。それをただ指を加えて見ている事を是とするのか!? それは報われることのない、生き地獄に身を投じるという事だぞ!』

 

生き地獄。傍から見ればそう映るだろう。

 

しかし、花陽が好きなアキトは、凛に振り回され、その手を必死に掴んで離さないとする彼だ。

 

その想いの先に花陽はいない。けれども、そのアキトが花陽は好きなのだ。

 

悲恋なのだろう。わかっている。

 

成就される事のない願いだ。知っている。

 

報われる事などない。だからどうした。

 

『憐れだ……その選択は憐れだ!』

 

「憐れ? 勝手に決め付けないで。私がいつ、憐れだなんて言った?」

あの場所に立てていたら。そう思った事は認める。

 

だが、まるでそれが自分の言葉のように決め付けられるのは絶対に許せなかった。

 

だから、花陽は滅多にない声を張り上げる。

 

「私は1度も、この想いが憐れだなんて思った事はない! 凛ちゃんもアキト君も、大好きな2人が手を取り合っている姿を見る事…………私はそれを胸を張って誇りに思える! 世間から見れば哀れなのかもしれない。報われていないのかもしれない…………でも! 私はこんな私が大好きなの! これは強がりでも、言い聞かせている訳でも、妥協している訳でもない。私、小泉花陽の本心だよ!」

 

『馬鹿な、そんな…………!』

 

「私を憐れだなんて決めつけないで! 私は今、アキト君に悲恋(こい)してるんだから!」

 

人をよく見る花陽にとって、それは決して譲れない一線だ。

 

(1番目)の手を引くアキト(2番目)が好きながら、花陽(3番目)は少し離れた所から眺める。

 

それが花陽にとっての一番の幸福な形だった。

 

『なんだ、それは…………理解出来ぬ!』

 

声の主の動揺が伝わるようにスクリーンに亀裂が入る。受け入れられない事に耐え切れぬように。

 

「あとね、私………レズビアンでもあるんだ」

 

『な、に………!?』

 

「だから、アキト君に抱かれるのも悪くないけど、凛ちゃんの綺麗な身体を知っちゃったら、それがない世界なんて考えられないよ」

 

崩れ始める世界で花陽は座席から立ち上がって、亀裂に手を伸ばす。

 

「どこの誰だか知らないけど、私を甘く見てたかもね? お、へ、び、さ、ん!!」

 

『小泉花陽っ、お前は……!』

 

声は途切れてスクリーンが割れる。

 

そして。

 

「かよちぃぃぃぃん!!」

 

大好きなあの娘が手を伸ばしてくれた。

 

「凛ちゃん!」

 

花陽は飛び出してその手を掴む。

 

それは今、花陽が掴み取りたい1番の手だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かよちん!!」

 

揺さぶられて目を覚ますと、目の前には瞳を大きく揺らしている凛の顔があった。

 

「凛、ちゃん………」

 

「かよちん………」

 

か細い花陽の呟きに凛は目を見開き、瞳から涙を流しながら抱き着いてきた。

 

「かよちん……良かった……良かったよぉ……」

 

泣きじゃくる凛に安堵の息を吐いて、花陽は抱き返す。

 

よかった、ちゃんと世界に戻ってこれた。

 

見ればどこかの廃工場らしく、今は使われていないであろう機械類が錆びて陳列していた。

 

その中を2つの影が走る。

 

1つはちらりと見えたのはインベスらし影だが、すぐに機械の後ろに入って見えなくなる。

 

走るもう1つの影は、アーマードライダーだ。かつてシャドウというアーマードライダーが使用していたブルーベリーアームズを纏い、その手に握るブルーベリーサイズを振り回す。

 

斬撃が波動となって世界を走り、錆びた機械を鉄くずへと変えながらインベスへと襲い掛かり、その身体を宙へと舞い上げた。

 

それを見上げたアーマードライダーは跳び上がると同時に、戦極ドライバーのカッティングブレードをスラッシュする。

 

 

『ブルーベリー・スカッシュ!!』

 

 

エレキギターの音と共にドライバーが咆哮し、跳び上がったアーマードライダーはエネルギーを全身に纏わせてインベスの突撃する。まるで矢の如くインベスを貫き、爆散させたアーマードライダーは地面を滑りながら着地する。

 

「アキト!」

 

凛が花陽に抱き付いたまま叫ぶと、そのアーマードライダーは変身を解きながら振り返った。

 

「かよちん!」

 

アキトは花陽に駆け寄ると、しゃがみ込んでほっと安堵の息を漏らす。

 

「よかった………無事、みたいだな…………」

 

「アキト君も………私、どうして…………?」

 

記憶が曖昧の為に聞くと、アキトが答える。

 

「一昨日の練習後、かよちんと連絡が取れなくなって………………」

 

「1日中探し回って、やっとここを見つけたんだ」

 

アキトの言葉の続きを凛が引き継ぎ、花陽を離すと一緒に立ち上がる。

 

その言葉に花陽は思い出そうと考え込むが、記憶の海未はごちゃごちゃで思い出せそうにない。最後に覚えている事はおそらく、放課後一同と別れたのが最後だから、それが凛の言う一昨日なのだろう。

 

しかし、肝心のそこからが思い出せない。何故、あの世界に意識を持っていかれたのか。

 

「どうして………」

 

「たぶん、かよちんはまた面倒な輩の娯楽に巻き込まれたんだと思う」

 

そう告げてアキトは鬱陶し気に爆炎を上げるインベスだった肉塊に目を向ける。

 

花陽と凛も釣られたようにそれに目を向けると、肉塊から上がっていた炎が消えてすべてが塵となっていく。まるで証拠を隠滅するかのような手際の良さに、心当たりを覚えた花陽はアキトを見やった。

 

「もしかして…………」

 

「まぁ、十中八九”蛇ども”だろうな」

 

アキトもうんざりとした感じで答えて、不意にポケットから携帯電話を取り出す。

 

「コウタさんからだ。ちょっと伝えてくる」

 

そう言ってアキトは携帯電話を耳に当てながら離れていく。

 

花陽と凛の2人きり。

 

先ほどまでの世界が鮮明に蘇り、花陽は居た堪れなくなって凛に抱き付いた。

 

「か、かよちん?」

 

「ごめん、凛ちゃん………そのまま聞いて…………?」

 

困惑の顔を浮かべているであろう凛に、花陽は告げる。

 

「私ね、夢を見てた」

 

「夢?」

 

「うん、凛ちゃんのいない………自分とアキト君だけの世界…………」

 

っ、と凛が耳元で息を飲む。

 

「インベスもアーマードライダーもいないから平和だったけど、μ’sもいなくて………とても退屈な世界…………」

 

決して戦いの日々がいい訳ではない。こうして誰かしらに連れ去られて、目の前で好きな男の子が戦士として戦いに巻き込まれる日常は、破天荒で危険なもの。

 

誰も傷つく事のない平和がいいのは当たり前だ。

 

だけど、あの世界には何もない。アキトだけがいるように思えて、そのアキトですら空虚の空っぽの存在だった。

 

花陽が望む世界は、凛やμ’sを犠牲にして得られた世界ではない。危険だったとしてもみんながいる輝かしい世界である。

 

「嫌だよね………アキト君を私だけの物にしたいとか、そんな浅ましい想いが作ったんだって…………」

 

嫌な世界だった。本当に。

 

けれども。

 

「そう願ったっていうのも、たぶん本当なの」

 

「かよちん……………」

 

「嫌な世界だけど………それを願う心があったって事に、自分でも凄く衝撃だった………」

 

人間は醜い生き物だ。それはどれだけ綺麗事を口にしようと、善い事を言葉にしても、優しい想いを胸に抱いていても、それが人間の本質。

 

その事を思い知らされた花陽は、瞳を濡らしながら呟く。

 

「ごめんね………こんな私が、親友で…………」

 

それが本質だったとしても、それを持っていても仕方のない事だとしても、そこに親友や仲間達がいないという世界を投影された瞬間、花陽は自分自身に失望した。

 

親友がいない世界を望んでいたという事が、花陽に罪の意識を植え付ける。

 

「私は……………」

 

「かーよちん」

 

花陽の言葉を遮り、凛が優しく抱き返してくる。

 

「そんなの、当たり前だよ。凛だって思った事あるし」

 

「えっ…………」

 

「かよちんみたいに可愛い子、アキトが放っておく訳がないとか……色々考えてたら、かよちんがいない世界ってのを想像してみたり……………」

 

けどね、と区切って離れて凛はにこりと笑った。

 

「それでも行き着いた答えは、そんな妄想の世界よりもこんな輝かしい世界だったよ」

 

瞬間、花陽は目を見開く。

 

同じだった。凛も、花陽と同じく。

 

存在していたいと願った場所は、この荒々しい世界だった。

 

同じ結末を選んだ。その事に嬉しさが込み上げてきて、花陽は瞳を大きく震わせる。。

 

まるで罪が許されたように、抱えていた荷物が落ちたように身体が軽くなるのを感じる。救われたような気持ちに瞳のダムが決壊したように、花陽は涙を流し出した。

 

「ありがとう、ありがとう…………凛ちゃん………!」

 

「ううん、凛こそ…………わかるもん。かよちんの気持ち。凛もアキトが………大好きだから」

 

そっと花陽の涙を指で拭い、凛は言った。

 

「だからね、凛。良い事思い付いたんだ」

 

「……………何か良からぬ事を考えているようなんだけど、何考えてんだ?」

 

通話が終わったのか戻ってきたアキトが凛の発言を聞きつけ、顔を歪める。

 

「あ、アキト!」

 

にぱっと笑った凛はアキトの手を合わせると、どういう訳か花陽の前に立つように誘導した。

 

「何…………?」

 

「ちょっとかよちん、目に怪我してるかもしれないの。見てあげて!」

 

「えっ、まじ!?」

 

驚いたアキトが屈んで花陽の目を覗き込んでくる。目の前に広がる大好きな男の子の顔に花陽は顔を赤くし、視線が自然とその唇に向けられる。

 

と、背後でにやりと凛が笑ったのを見て、花陽はまさかと直感した。

 

「りっ…………むぅっ!?」

 

「えっ……………っっっ!?」

 

そして、花陽が予想した通り。

 

アキトの後ろから凛が押し込み、花陽の唇とその唇が重なった。

 

「……………………………………」

 

「……………………………………」

 

空白が生まれ、互いに動けなくなる。時間の流れがゆっくりになったように感じられ、その分強く唇の柔らかい感触が伝わってくる。

 

パチパチ、とアキトが何が起こったのか理解出来ていないようで瞬きをし、花陽の頬を紅潮していく。

 

「…………だぁぁっ!?」

 

ようやく我に戻ったアキトは花陽から離れると、普段の飄々とした態度の彼とは別人のように顔を茹でタコのように真っ赤にして振り向く。

 

「凛、いきなしなn…………ぶっ!?」

 

アキトが振り向くと、跳び上がるように抱き付いた凛がそのままキスをした。再びの衝撃的な幼馴染の行動にアキトが固まり、その隙に凛は唇を味わうように強く押し付けた。

 

「…………………ぷはぁ」

 

長いキスから唇を離して、凛は大きく深呼吸すると、今度はトテトテと花陽の前に立ち、再びその唇を押し付けてくる。

 

女の子同士のキスはとても優しくて、暖かくて、花陽の心を満たしてくれる。

 

「……………えへへ、かよちんともしちゃった」

 

唇を離した凛が唇に触れ、花陽も鼓動が跳ね上がりながら頷く。

 

「………………おい、状況は? 何なのこの状況?」

 

唯一、まったく現状を理解していないアキトが口から魂のようなものを噴き上げている。

 

「あのね、アキト」

 

そう告げた凛は少し佇まいを直して告げる。

 

「凛、アキトが大好き」

 

「っ…………」

 

アキトは息を飲んで振り返り、真正面から向き直る。

 

まるで恋人のように付き合っていた凛とアキトだが、その実ちゃんとした告白はしていない。長い闘いがひとまずの終着を見たというのに、2人はずっと変わらずにいたのだ。

 

その心内はとっくのとうに決まっている癖に。

 

「でもね」

 

そう言って凛は花陽の腕を抱き寄せて、目を配らしてくる。

 

その意味が理解出来ない訳ではなかったが、果たして口にしていいものなのか。

 

一瞬、躊躇いが生まれたが、さきほどの瞳のダムが決壊した時、一緒に心の針金も解けたのだろう。

 

だから、はっきりと告げる。今まで凛のいない所で、自分を言い聞かせるようにしていた言葉を。

 

凛の為に、という逃げ口ではなく、今度こそ自分の為に。

 

「私も、アキト君が大好き………!」

 

「……………………………………」

 

2人の告白を受けたアキトは、少しだけ視線を迷わせる。

 

そして。

 

「2人のどちらかを、選べって? でも、俺は…………」

 

「ううん、違うよ」

 

アキトはどちらかを選ぶとしたら、その答えは決まっている。

 

しかし、答えを口にする前に凛が遮って新たな選択肢を提示した。

 

「凛とかよちん、両方を選べばいいんだよ」

 

「……………………………………は?」

 

言葉を失い絶句するアキトに、凛は続ける。

 

「今までみたいに、ずっと3人。アキトが真ん中で、凛とかよちんが隣。ずっとずっと、これからも」

 

それは確かに、幸せな選択だ。誰も傷つかず、誰も置いてけぼりにならない、最善の選択。

 

しかし、花陽は知っている。その最善の選択をアキトがどうするか、など。

 

「…………………無理だよ」

 

ぽつりと漏らしたアキトは、その選択から目をそむけるように背中を見せた。

 

「どうして?」

 

「だって、同時にに2人と付き合うとかって………変だろ」

 

世間的に、2人同時に付き合うという事はない。法律的にも、世間的にも、感情的にも。

 

日本という国は一夫多妻を認めていない。否、そういう硬い面を抜きにしてもアキトは実直で優しいからこそ、2人の手を同時に取る事は出来ない。

 

「俺はそんなデカイ人間じゃない。ちっぽけな、ちっぽけな人間だ。どちらも、なんて余裕はない。俺に取れる手は、どちらか一方だけだ」

 

人は貪欲で惨めで、同時に物事を進められる人間は少ない。ちっぽけな幸せの為に懸命になるしかないのだ。

 

けれども。

 

「…………そうかな」

 

凛はそれを聞いて、なおも提示する。

 

3人が絶対に幸せでいられる道を。

 

「だって、アキトは現に私とかよちんの手を取れてるよ?」

 

「それは幼馴染み……友達の枠だから。恋人ってなったら………話しは違ってくるだろ」

 

2人の相手を同時に愛する事。それは世間的に禁忌とされている。二兎を追う者は一兎をも得ず、という諺があるように人は身の丈以上の欲を求めると身を滅ぼしかねない。

 

それが一般常識。普通という枠の中でのルール。

 

それはわかっている。

 

だけど、花陽はもう自分の気持ちを抑える事は出来なかった。

 

「あのね、アキト君………我侭だって事はわかってる。アキト君が1番好きなのは凛ちゃんで、そこに私が入る余地がないことも………でもね、私もそこにいたい。1個分の席しかなかったとしても、凛ちゃんを追い出さずに一緒にいたい」

 

これは我侭だ。

 

1人の男の子を2人の女の子が取り合うのではなく、一緒にいようという呪い。

 

男の子は器用じゃないから、2人平等に愛せないかもしれない。どちらかに差が出来て優劣が出来てしまうだろう。

 

これは、それでも構わないという重く、暗く、惨めな選択だ。

 

それでも、例え美しい選択ではなかったとしても花陽はそれを選ぶ。

 

でなければ、きっと自分を保つ事なんて出来ないだろうから。

 

「ずっと、ずっと3人で……………」

 

「………………俺だって」

 

ぽつり、と。

 

アキトが呟く。

 

「3人、ずっと一緒がいいよ。いいに決まってる…………だって、ずっとずっと一緒だったから………」

 

まるで願うように、請うように告げる。

 

「でも、そんなの出来っこない。人は変わらなきゃならない…………その場から歩き出さなきゃならないんだ」

 

「だったら、歩き出せばいいよ」

 

そっと、花陽がアキトの背中に抱き付く。びくりと驚いたように振るえるが、アキトの腹に手を回してさらに強く抱きしめる。想いを伝えるように。

 

「アキト君と凛ちゃんと私。今まで幼馴染だった私達から、恋人の私達……………」

 

「………………あるのかな。俺に、そんな資格が…………」

 

「資格とかじゃない。アキト君」

 

そっと抱き付くアキトの肩に凛が笑って手を置く。

 

「アキトが手を掴むかどうか、だと思うにゃ」

 

「…………俺は」

 

沈黙したアキトは、優しく2人の手を解いて向き直る。

 

答えは言葉にせずとも、アキトが花陽と凛の手を掴む。

 

それだけで十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、間違った選択なのだろう。

 

それでも、それをわかった上で、3人は離れる事は出来ない。

 

三位一体。

 

だから、ずっとこの道を歩き続ける。

 

例え、いつの日か。

 

誰か引き裂かれる時が来たとしても。

 

この呪い()は絶対に手放さない。

 

松虫草が明るく照らされる光の下で、親友と一緒に小さな陽だまりでしがみ付いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






かよちん推しの皆さま…………
どうぞお怒りにライダーキックをかましてください(オールライダーキックを受け止める構え)


確かにかよちんは悲恋が書きやすい! 特にこの世界だと、本当に!

だからってこれはない、と思われるかもしれません。

だけど、これがこの世界のかよちんにとっての幸せなのです。
大好きな男の子を独占したい、という欲求よりも凛と一緒に大好きな人との時間を共有する。

それがラブ鎧武!での小泉花陽が望んだ幸せなのです。


と、いうことで誕生日おめでとうかよちん!

実は何気にかよちん、この物語ではキーパーソンなのですわ、今更ですが。

そして、アキトに関してだけは強気になれる少し違った花陽を書いたつもりなのですが、それは伝わるといいなー、と。


2016年開始そうそう、いきなし特別篇。本編はよとの声もいただいていますので、残す特別篇は海未ちゃん回で、あとは本編に全力を進めたいと思います!


…………………どこぞの誰かが海未ちゃん回でやらかすか、との言葉を聞いたのでハッピー分を回さなければ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。