ラブ鎧武!   作:グラニ

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年末特別篇

微妙に本編の未来の話し(予定)




それぞれの年末の過ごし方

 

 

 

 

『父さんに、会いたかった…………っ!』

 

「うわぁぁぁぁぁん!!」

 

「良かった、良かったにゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

『壊しちゃダメだ! 父さん!』

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんんん!!」

 

「そうにゃ! せっかく友達になれたのに壊すなんてダメだよ! 未来から来た息子君はいい奴だにゃー!」

 

 

 

 

 

 

『騙すようで悪いが、これも仕事なんでな』

 

「…………………」

 

「……………………」

 

「おっ?」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」

 

「よくも、よくも騙してくれたにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

左の席で幼稚園児くらいの男の子と一緒に叫ぶ幼馴染み、星空凛を見やりながら啼臥アキトは右の席の小泉花陽に小声で話しかけた。

 

「こいつに映画館とか無理だったんじゃねぇの?」

 

「アハハ………」

 

乾いた笑みを返す幼馴染みを知ることなく、凛は再び急展開する映画に男の子と一緒に叫び声を上げるのだった。

 

「映画は静かに観るのが人間のルールなんだけどなぁ……」

 

もちろん、そんなアキトの言葉は2人の声にかき消されて届くはずもなかった。

 

 

 

#########

 

 

 

「猫のお姉ちゃんばいばーい!」

 

「ばいばいだにゃー!」

 

元気よく手を振った男の子はお辞儀をしてくる母親に引かれて行ってしまった。

 

人混みに紛れて姿が見えなくなってから凛は手を下ろして、アキトと花陽に振り返って謝る仕草をする。

 

「2人とも、ごめんね?」

 

「ううん、あの子もお母さんを見つけられてよかったね」

 

先ほど、映画館で凛と一緒になって騒いでいた男の子はショッピングモールで迷子になっていたのをアキト達が保護したのだ。

 

空を見上げればとんよりとした曇り空が広がりつつも、世界を満たす空気は苛烈で吐く息が白く染まる。

 

12月31日。

 

大晦日。

 

年の終わりでもある日はアキトにとって、別の意味を持つ日だ。

 

ラブライブ!予選を進んだスクールアイドルμ'sは見事、前大会優勝者であるA-RISEを打ち破り決勝戦へのキップを勝ち取った。

 

それから数日経ち、あっという間に年末となり流石のμ's達も練習は休みとなり、代わりに夜全員で神田明神へ初詣に行こうとなったのだ。

 

その日中までは各々で過ごす事となったのだが、凛と花陽に映画館を見に行こうと誘われた訳である。

 

「凛、お前もう少し慎みを持てって。仮にもトップスクールアイドルだろ?」

 

あのA-RISEを破ったμ'sはまさしくスクールアイドル界での台風の目だ。その1人が映画館で騒いでいたとファンが知れば幻滅されるのは必須である。

 

しかし、アキトが言うと凛は口を尖らせて拗ねたように呟く。

 

「μ'sはA-RISEを打ち破ったっけど、決勝に進んだけど…………凛は凛だよ」

 

μ'sはA-RISEに勝ってラブライブ!本戦へと勝ち進んだ。しかし、そうであっても中身はただの女の子だ。それを言いたそうに凛は続ける。

 

「頑張って望んだ結末だけど、アキトの前くらい普通にしてたいよ」

 

「……………そっか」

 

ちらりとアキトが花陽を見ると、見守るように笑みを浮かべていた。

 

そうだよな、と頷いてから口を開く。

 

「そうだよな、悪かった。言い直す」

 

そして、間髪入れずに。

 

「普通の常識人なら映画館では騒がない」

 

「…………………ごめんなさい」

 

至極真っ当な意見に凛が項垂れてアキトは溜息をつくと、途端に寒さが襲ってきた。

 

例え真冬であろうと風邪引くからやめてと言われても、アキトは薄手のエスニック衣装スタイルを辞めなかった。今の格好も熱の籠りやすいインナー上下に灰色のフレアパンツにクルタシャツ、ジャージにフリースジャケットという簡易なものだ。

 

寒さに震える手に息を吹き掛けると、凛と花陽が手を重ねてくる。

 

「…………暖かいな」

 

「もう、だから普通の格好で行こうって言ったのに」

 

「アキト君も頑固だよね」

 

呆れ具合の凛と花陽に、アキトは苦笑を浮かべる。確かに真冬に着るような恰好ではないし、去年か一昨年だったかに風邪を引いてしまった事もあった。

 

しかし、アキトにとってこのスタイルは憧れの英雄に近付きたい、という願掛けのようなものだ。だから、例え何度も倒れてしまったとしても、決して外す事の出来ないものだ。

 

「俺からこれを取るって事は、かよちんと凛からそれぞれ白米とラーメンを取るに等しい事だがよろしいか?」

 

「そんな残酷な事を!?」

 

2人から手を離して苦笑を浮かべ、アキトは踵を返して言う。

 

「夜まで時間あるし、どうする?」

 

「うーん、夜って言っても深夜年越し近くまでだしね」

 

アキトの言葉にリンが唸る仕草をすると、花陽が提案を上げた。

 

「じゃあ買い物でもして時間を潰そっか。誕生日会までに他のみんなに送る正月プレゼントも買いたいし」

 

「ぶふぅっ!?」

 

花陽のカミングアウトに凛が吹き出してしまうが、それを聞いたアキトもぎょっとした目を向けてしまう。

 

「それ、本人の目の前で言ってもいいのか」

 

「そうだよ、かよちん! せっかくのサプライズが………!」

 

慌てて凛が追求すると、花陽の反応はきょとんとしたものだ。

 

「えっ、だってアキト君気付いてるでしょ?」

 

「こりゃまぁ、みんなの事だから何か知ら祝ってくれるだろうなって思ってるし、凛のテーブルに拙い企画書があったし」

 

「な、ななな何で凛のテーブル見てるんだにゃ!?」

 

顔を真っ赤にして胸を叩いてくる凛にアキトは反論を口にする。

 

「はぁ!? 年末の大掃除をするから手伝って欲しいって言ったのお前だろ! なのに当のお前はμ'sのみんなと穂むらで和菓子作りとか!」

 

「そ、それは…………」

 

先週の事だが、年末に向けて掃除したいから手伝ってくれと頼まれたのだが、いざ足を運べば凛はμ'sメンバー達と和菓子造りへ行ってしまい不在。それでも目の前広がっていた女の子らしからぬ部屋の惨状に、主夫系男子であるアキトは納得いかなかった。

 

呼んだのはお前だ。つまり、自分ではどうこう出来ないので後は任せたよという事でいいんだよな、と勝手な解釈をしたアキトは凛の部屋の掃除を開始。途中、げふんげふんとしそうになる衣類の端を発見してしまい手に取りたい衝動に駆られるも底は理性で内なる邪神を抑え付け、インベスで片付けをした訳である。

 

その最中にテーブルに置かれたルーズリーフが目に入ったのだ。

 

もちろん、祝ってくれる事については素直に嬉しく思う。

 

思う、が。

 

「お前、高校生にもなって絵の企画書ってどーよ。今時小学生でも文字使うぞ………」

 

「ぐぬぬぬ………」

 

呆れ口調で告げると、凛は悔しげな表情で睨んでくる。しかし、事実は事実で気恥しいものなので、反論出来ずに唸るしか出来ないようだ。

 

「ふーんだ。どうせ何でも知ってるアキトにしてみればサプライズなんて嬉しくも何ともないんでしょー」

 

「は? 何言ってんだ。嬉しいに決まってるだろ」

 

そう言ってアキトはそっぽを向いてしまっている凛の頭に優しく手を置いた。

 

「またこうして、凛やかよちんと年越し出来るし誕生日を祝ってもらえる。それだけで十分、誕生日プレゼントだよ」

 

かつて、たった1度。伸ばした手が届かなかったが為に失ってしまった絆。

 

それは幼いながらも失ってはならないとわかっていたはずなのに、少女の身勝手さによって消されてしまった繋がり。

 

ずっと謝りたかった。謝りたかったはずなのに、幼稚な心が素直になることを許さず幾ばかりかの月日が経ってしまう。

 

しかし、それも昔である。

 

今、繋がりたい2人はこうして、手を伸ばせば届く所にいる。例えアイドルとして有名になって高く舞い上がっても、”今は”ここに戻ってきてくれる。

 

アキトにとっては、それだけで十分である。

 

「……………じゃあ、これ」

 

すると、凛はショルダーバックを開けると、そこから1つの袋を取り出した。

 

「?」

 

「誕生日プレゼント……かよちんとで」

 

今渡したらダメじゃね、と思いつつも受け取り、2人を見やるとこくりと頷いてくれたので袋を開けてみる。

 

中に入っていたのは、1枚のヘアバンドであった。一見すれば青色にも見えるが、それはアキトの誕生石でもあるターコイズブルーの布で作られ、目を引いたのは白い糸で刺繍された蓮の花柄だった。

 

アキトは蓮の花が好きだ。幼稚園の頃、凛と花陽とで遊びに行った時に見た一面に咲いた蓮の花。

 

それはまさしく海のように広がり、アキトの心に言いようのない衝撃を与えた。大きくなった今ならば感動だったりと言葉付けられるが、出来ればあの時に生まれた感情を陳腐な言い回しで決めたくはなかった。

 

ともかく、アキトは蓮の花が好きだった。

 

「見た事ないやつだな。どこで………」

 

と、言いかけた所で気付く。

 

ちらりと裏地を見ると縫い止めた糸が不揃いで、もし商品として売り出されていたのならばクレームが飛んでくるであろう出来である。

 

そして、凛と花陽の指先に気付く。先ほど握ってくれた時、2人は手袋をしていた為に気付かなかったが触れる動きがぎこちなかった。

 

まるで、チクリと走った痛みを我慢したかのように。

 

「まさか…………」

 

「えへへ………」

 

「ことりちゃんに教えてもらったんだ」

 

それ以上の言葉は要らなかった。

 

はにかむ幼馴染2人に、アキトは一瞬だけヘアバンドを被る。その隙に一瞬だけ目を伏せて目頭から熱を逃がすと、にかっと笑った。

 

「んじゃ、昼飯は奢ってしんぜよう!」

 

「いいの? アキトの誕生日に」

 

「そうだよ。むしろ、私達が奢らないと………」

 

ラッキーと目を輝かせる凛と申し訳なさそうな顔をする花陽。

 

そんな2人にアキトは笑いかける。

 

「奢りたい気分なんだ。向こうに新しいラーメン屋が出来たって話し。ご飯も無料だから行こう」

 

「早く行きましょうそうしましょう!」

 

ご飯無料と聞いた瞬間、花陽の目が変わりアキトの手を掴んで走り出す。相変わらずご飯に関してはチョロイというか、アイドル好きな面と同じようにアグレッシブである。

 

「凛はこのかよちんも好きだにゃー」

 

「まぁな」

 

「…………………………………の事も好きだよ」

 

ぼそり、と小さく呟かれた言葉はアキトの耳には微かにしか届かなかったが、その意味を察せないほど耄碌はしていない。

 

気恥ずかし気に口元を緩めながら、誤魔化すように空を見上げる。

 

吐く息は白い。

 

空気は寒い。

 

感じる肌も冷たい。

 

それでも、心は暖かい。

 

 

 

 

 

冬と蓮と誕生日    了

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ハイィーッ! ブドウ・スカッシュ!!』

 

 

ブドウ龍砲から放たれた弾雨がインベスを貫き、内包されていたエネルギーと共に爆散した。

 

それを見届けて周囲を見回し、敵影がなくなった事を確認して安堵を息をつく。そして、ロックシードのキャストパットを閉じて変身を解くと、後ろで控えていた初老の男が声を掛けてきた。

 

「いやー、助かったぜ呉島のお坊ちゃん」

 

「お坊ちゃんはやめてくださいって言ってるでしょう。というか仕事しろ給料泥棒」

 

呉島ミツザネは振り返りながら、いつも世話を焼いてくれる男に言い放つ。兄の先輩にあたりながらも生涯現役をモットーにしているため、部下となってしまった男だ。

 

ミツザネの兄貴分達は坊主と呼ぶのに自分だけお坊ちゃん呼ばわりされるのが気に食わなくて、何度も同じように坊主と呼んでほしいと言っているのに、この男は頑として呼称を変えようとしない。

 

理由を尋ねると。

 

「ハッハッハ。何度も言ってるだろ? お前さんを坊主って呼ぶにはちょっと幼過ぎる。もう一皮………彼女でも連れて来たら坊主って呼んでやるよ」

 

「それでも名前は呼ばないんですね」

 

呆れて溜息を吐いたミツザネは空を見上げる。

 

大晦日。年の終わりにミツザネが用される事は、本当は違法なのだが兄がユグドラシルの主因を務めており、年の瀬で人手不足の為だ。

 

バイト代も弾んでくれるのでミツザネとしては嬉しい限りである。アーマードライダーとして戦うと決めた以上、助けを求められたら行かざる得ない。憧れたあの背中から学んだ事だ。

 

「なら嫁さん捕まえるんだな。けっこう楽しみにしてるんだぞ? お前らの子供」

 

「まだ高校生ですよ、僕」

 

苦笑を浮かべながら、戦いで崩れた服とストールを直してミツザネは手を止める。

 

このストールはミツザネの誕生日に同級生の少女がくれたものだ。この地域にある総合病院の娘で所謂金持ちであり、これはそれなりに高級ブランドのものだ。学生がそう簡単に手が出せるものではない。

 

その少女と、年末買い物に行く約束をしていた事を思い出した。午後、おやつ時だった為に大丈夫だろうと思ってインベス討伐に参加してしまったが、腕時計で時間を確認すると16時を過ぎており、もう夕方と言っていい時間帯である。

 

「……………………………………あの、人生の先輩としてご相談があるんですが」

 

「おっ? なんだ、珍しい」

 

冷や汗を流しながら、ミツザネは告げた。

 

「待ち合わせにだいぶ遅れてしまった時の、女性の機嫌の取り方を教えてください」

 

 

 

#########

 

 

 

「ふぅーん、それで遅れた、と?」

 

「す、すみません…………」

 

謝罪のメールを飛ばしたミツザネがローズアタッカーをフルスロットルで走らせ、何とか合流したはいいものの案の定というかやっぱりというか当たり前に西木野真姫はご立腹であった。

 

ショウウィンドウに背中を預けてくるくると髪を弄る真姫は、ジト目でミツザネを睥睨しながら言う。

 

「今回の買い物。ミッチが思い出したように誕生日プレゼントのお返しをしたいって、誘ってきたのよね」

 

「はい、まったくその通りです返す言葉もありません」

 

もはや土下座でもしそうな勢いで頭を下げたミツザネは、ただただ謝るしかない。

 

女性の機嫌の取り方。

 

それは即ち、全身全霊を持って誠意を込めて謝罪しろ。すべてこちらに非があろうとなかろうと、約束を破ってしまったのならば言い訳はするな。言い訳はすればするほど自らを貶めるだけの鎖になってしまう。

 

「……………………………………もういいわよ。顔を上げて」

 

溜息をついた真姫の言葉は柔らかかった。

 

言われるがまま顔を上げると、真姫は困ったような、それでいて誇りげな表情をしていた。

 

「仕方ないわよ。ミッチはライダーで、助けを求められたら条件反射で飛び出しちゃうんだもの。これがコウタでもカイトでも、アキトでも………ライダーはみんなそうでしょ?」

 

「それは…………」

 

助けて、と声が聞こえたら駆けつけずにはいられない。

 

例え孤独でも、何とか出来る力を持っているから。それを手放して、その声を無視出来るのならばこれほど悩まずに生きていけるのだろう。

 

しかし、ミツザネも含めてライダーとはそんな残酷な事が出来ない人間の集まりだった。力を捨てる事も、目の前で助けを求める人々を見捨てる事も出来ないお人好しの集団。

 

ある意味で、自己犠牲野郎ども。

 

「それでいいのよ。そうじゃないミッチなんて、ミッチじゃないもの。そんな貴方の友達でいられる事は、私の………私達の誇りよ」

 

「………………そう言ってもらえると嬉しいです」

 

頭を下げた姿勢から戻ると、真姫は手を伸ばしてストールに触れてくる。

 

「これ、流石にこの時期は寒いでしょ?」

 

「いえ、いいんですよ。本当に嬉しかったから」

 

ストールは真冬に巻くようなものではない。ある程度の暖は取れるが、それでもこの寒さを凌ぐには薄すぎる。

 

それでも、ミツザネはなるべくこのストールを巻いていた。学校に行く時も、仲間達の前ではつけていないが1人の時と、真姫といる時だけ。

 

理由は正直、ミツザネにもわからなかった。それでも、心がそうしろと言っているように自然と手が動くのだ。

 

最近になって、ようやくその意味がわかってきたようなわかっていないような、もどかしい気持ちになるのだが。

 

「…………ミッチがいいのならいいんだけど……とにかく行きましょう。アキトの誕生日プレゼントも買わないとだし」

 

「大晦日に誕生日、というのも凄いですよね」

 

歩き出して話題に出たのは、共通の友人だ。アキトの誕生日が大晦日だという事は、ラブライブ! 本戦出場が決まってから知らされた事であり、急きょ大晦日に集まろうという話しになったのだ。

 

さらに、家族の厚意もあって元旦の日も一緒に過ごすといい、と言われそのまま呉島宅で遊び尽くす予定である。

 

「ミッチはアキトへのプレゼントは買ったの?」

 

「えぇ。日本酒を」

 

「未成年でしょ」

 

以前ならぶっと噴き出して狼狽するというのに、もはや慣れてしまったのか呆れ口調でそれ以上の反応は見られなかった。

 

「本当。男の子ってお酒好きよね」

 

「楽しいじゃないですか、飲まれなければ。真姫さんは何を?」

 

「正直、困ってるのよ。凛達の事だからアクセサリー系統は買ってるだろうし、かといってCDとか渡してもアキトはμ'sくらいしか聞かないって言ってたし」

 

困ったように顎に指を当てて考え込む真姫に、それは難しいとミツザネは苦笑した。

 

ミツザネは真姫と同じタイミングで知り合ったが、同い年で男子という事もあって長い時間を一緒にいる。親友、と言ってもいいほどであり、好きなものはたいてい思いつく。日本酒、という発想も真姫達には出来ないものだろう。

 

しかし、それ以外でのプレゼントなると選択肢が狭まってしまう。何せアキトは幼馴染の世話焼きなどくらいしか、聞いた限りでは趣味が思いつかない。好きな蓮の花があるが、アレは夏に咲く花であるし蓮柄の服はたいてい持っているであろう。

 

「そうですねぇ。うーん、日本酒やエスニック服の他にアキトが拘ってるもの………明日のパンツ?」

 

「ヴぇえ!? 私にお、男の下着を買えっての!? というか、それチョイスするってあんまりじゃない…………!」

 

「冗談ですよ」

 

憧れの英雄が明日のパンツに拘っていると聞いたのを思い出して提案してみるが、当然のごとく却下である。

 

うーん、と困った感じで唸る真姫を見ていると、クラスメートから聞いた言葉を思い出す。

 

『西木野さんって、μ'sに入る前はツンとしてて話しかけづらい雰囲気出してたんだよ』

 

眼鏡をしたお下げクラスメートと日直が重なり聞かされた話しは、ミツザネでさえも驚いたものだ。しかし、確かに真姫にはお高く止まる高飛車な所があるのはミツザネも認めるものだが、クラスメート達にも馴染めない姿が想像出来なかった。

 

しかし、ミツザネはμ'sが9人揃ってからの彼女達しか知らないのだから、もしかしたら揃う前はそうだったのかもしれない。なにせ今は仲良しである現生徒会長と前生徒会長が敵対していたという驚きの関係だったのだから、その話しも嘘ではないのだろう。

 

他人を信頼しない真姫。今の姿からは想像出来ないが、様々な顔を持つのが人間というものだとミツザネは密かに口元を緩める。

 

「ちょっと、ミッチも何か考えなさいよ」

 

「そう言われましてもねぇ………」

 

酒一択だったミツザネには他の選択肢が思いつかないので苦笑しか返せなかった。

 

あーでもないこーでもないと唸っている真姫は、ふとショウウィンドウを見やってから面倒そうに髪を払って息をつく。

 

「しょうがない………ボキャブラリーに乏しいと思われるかもだけど、マフラーとか防寒具にしましょ。エスニックの服ってたいてい夏向きのものだし、マフラーはいくつあってもいいものでしょうしね」

 

真姫が目を向けていたのは、冬季限定で出店している期間限定の防寒具専門店だった。

 

中に入ってみると高級ブランドメーカーのものから安いものと幅広い防寒具が陳列しており、ミツザネ個人も楽しめそうなショップである。こじんまりと狭い店内で、大晦日という事もあって若い店員が1人で対応しているらしく、

 

「ねぇ、ミッチ。アキトに送るとしたらマフラーか、手袋かどっちがいいと思う?」

 

「そうですね………彼、けっこうネックレスとかパングルとかアクセサリーを身に着ける事多いから、マフラーとか手袋とかであんまし手首を覆ってしまうと栄えないし、違うものにした方がいいと思うんだ」

 

普段から過ごしているアキトの姿を思い返しながらミツザネは答える。本当ならばプレゼントというものは自分で考えるのがベストだが、真姫にはそれは難しいだろう。

 

「なるほど………それだとイアーマフ? でも、あれって女の子が着けるようなものだし、エスニックの格好には似合わないものね…………」

 

いくつかの防寒具を手に取ってみるも脳内に浮かべているアキトの姿にマッチングするのが見当たらず、真姫は憤慨の言葉を漏らす。そも、エスニック系統の服は一般的なカジュアルなどの服装から離れているもので、基本的に仏教などの意味合いを含めたものが多い。

 

エスニック衣装はそれ専用の店舗で売られているのが多く、それに合わせるとなると専門店に行った方がいいのだが、生憎とそこに並んでいる防寒具など焼石に水程度くらいのしか期待出来ないのだ。

 

完全な防寒具を望むのなら、やはりこういった場所にある品物から選ぶのが確実である。

 

「あぁ、もう! なんであいつはこうもカジュアルからほど遠い服を着ているのよ…………」

 

「まぁまぁ………」

 

その気持ちはわからなくはないので、真姫を宥めながら適当な緑色の生地の手袋を手にする。

 

「エスニックに拘らなくてもいいんじゃないかな。よく着るってのは確かだけど、流石の来年からはあいつも制服着るようになるんだし、そういうのに合わせられるシンプルなものでもいいと思うよ」

 

「そうかしら………ミッチ、それは?」

 

「適当に取ったものだから、特に意味は………」

 

指摘されてミツザネは手袋を元の場所に戻してから目線を別の棚へ移す。

 

手にした手袋は、アキトというよりも自分が何となくでいいなと思った物だ。別段、欲しいとは思っておらず、これといって高級ブランドという訳でもないいたって普通の手袋だ。

 

おそらくここではなくてもどこでも手に入る安物だが、不思議とミツザネの手には馴染んだのである。

 

「ふーん、そう…………」

 

そのままの意味を捉えてくれたのか真姫は追及する事なく、もう少し奥の方へと行ってしまう。

 

ミツザネも同じように他の商品棚に目を向けたりするのだが、どういう訳か先ほどの緑色の手袋に目を向けてしまう。何の柄がない緑の手袋は、確かにミツザネが変身する龍玄のカラーリングではある。だから気になってしまうのだろうか。

 

一瞬、買おうか迷うが家には別の、さらにブランド物の手袋がいくつかある。防寒具に関しては数は足りているのでこれ以上増やす意味はなかった。

 

10分ほど店内を見て回っていると、ふと真姫の姿がない事に気付く。

 

「あれ、真姫さん?」

 

「ミッチ、こっちよ」

 

呼ばれて振り向くと、すでに出入り口の方で購入したのか紙袋を掲げた真姫がいた。

 

「決まったんですか?」

 

歩み寄って問うと、真姫は苦笑を浮かべて頷く。

 

「えぇ、もう似合うとか似合わないとか考えるのが面倒になったから適当なシンプルの物にしたわ」

 

「あはは………まぁそれが一番かもですね」

 

プレゼントを考えるのが面倒になった、というのはあまり良い事ではないかもしれないがあの謎キャラはそんな事知らないだろうし知った所で腹を立てる事はしないだろう。同級生達が高校へ進学する中、ただ1人だけ実家の手伝いの為に進学を諦めたのだから同い年との絡みに飢えているだろうから。

 

「さて、もう時間もいい感じですね」

 

店の外に出ると、世界はすでに暗がりに包まれており街を歩く人影はほとんどなくなっていた。

 

吐く息は当然白く、手袋をしていないミツザネは寒さを覚えて思わず握り拳に息を吹きかける。擦りつけた摩擦で暖を生み出そうと思っても上手くいかず寒い空気に晒されながら、目的を果たたのでこれからどうしたものかと考え込んだ時だ。

 

ミツザネの目の前に、紙袋が差し出される。

 

「はい」

 

「これは?」

 

真姫の差し出してきた紙袋を受け取って表情を伺うと、少し恥ずかしそうに頬を染めて顔を背けている。それ以上は何も言ってこないという事は開けろという意味なのだろう。

 

開けてみると中から出てきたのは、ミツザネが注視していた緑の手袋だ。

 

「え…………」

 

「ミッチ、ずっとそれを物欲しそうに見てたから買っちゃったんだけど…………」

 

物欲しそうに見ていた。そのつもりはなかったが、もしかしたらそういう事なのかもしれない。

 

ミツザネの家は裕福で欲しいと言えば大抵の物は買って貰えた。子供の頃は習い事一辺倒だったので遊び道具よりも習い事で使う物をよく欲したのは今でも覚えており、中学生の頃からは何が欲しいという願望は薄れていったような気がする。

 

欲すれば何でも手に入った環境にいたからか、何かが欲しいという感情に自分で気付かなかったようだ。

 

「そっか、これが欲しいって事なのかな…………」

 

「……………ごめん、要らない事しちゃったわね」

 

そう言って真姫は手袋を回収しようと手を伸ばす。

 

ミツザネはその手を優しく包み込んで止めた。触れた真姫の手は冷え切っていたが、それでもミツザネのよりかは暖かい気がした。

 

「いえ、凄く嬉しいです。すみません、僕のまで買って貰って」

 

そう言って手を離してから頭を下げると、何故か真姫はぶすっと不満そうに頬を膨らませた。

 

「ねぇ、もういいんじゃない?」

 

「何がです?」

 

言っている意味がわからず首を傾げると、呆れたように肩を竦められた。

 

「さっきもそうだけど、ミッチ私達と話す時敬語外れているじゃない。もう、その……友達なんだから、敬語なんて要らないのに…………」

 

「あぁ…………」

 

真姫の言わんとしている事は自覚がある。

 

アキトと話す時はもはや敬語は外れてしまっているが、年上の人達と話す時は敬語は必ず付いて、真姫や凛と花陽といったクラスメート達が相手だと敬語が外れるかどうかはまちまちだ。

 

友達なのだから敬語は不要。むしろ壁を作っているように感じられる、というのはアキトからも言われた言葉だが、ミツザネからしてみれば生まれてからずっとこの口調だったのだから今更直しようがなかった。

 

「ごめん、でもこれが僕だから…………今更変えようとは思わないかな」

 

「……………そう、そうかもね」

 

真姫はそれだけ言うと、閑話休題と提示するかのように手を再び掴んでくると笑みを浮かべる。

 

「じゃ、目的も果たしたし、少し早いけどミッチの家に行きましょう」

 

「そうですね。その前ににこさんの家に寄って、今日のパーティーを運ぶのを手伝いましょう」

 

そう言って、買ってもらった手袋を装着して告げて歩き出す。

 

すると、真姫がその手を握ってくる。

 

驚いて彼女を見てみるも、反対側を向いてしまっている為表情が伺えない。しかし、顔が彼女の大好きなトマトのように真っ赤に染まっているのは容易に想像出来た。

 

つい、ミツザネも顔を赤くしてしまうが、それでも手は離さなかった。むしろより強く握りしめ、離さない意思を示す。

 

一瞬、驚いたように真姫の肩が震えるが、まるで受け入れてくれたかのように握り返してくれる。

 

その意味を、ミツザネは言葉にはしなかったが思いはした。

 

これがきっと、物欲しいって事なのだろう。

 

真姫も同じく欲している。

 

何を欲しているのかまでは気恥ずかしくて、決して言霊には出来なかった。

 

 

 

 

似・者・同・士    了

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コトコトと小意気の良い音がリズムを刻んでいると、九紋カイトの足に誰かが抱き付いてきた。

 

「なぁなぁ、兄ちゃん遊ぼうよ!」

 

「こら、ココアだめですお。お兄様はお正月の為の準備をしているのですから」

 

抱き付いてきたのは矢澤ココア。矢澤家の三女であり、注意したのは次女のココロ。

 

ある一件からカイトは矢澤家と交流を持つようになり、いつの間にか子供達のお守りまで任せられるようになってしまった。最初は怖がっていた子供達も慣れてしまい、今ではこうして平然と抱き付いて来るようになってしまった。

 

姉に注意されたココロは口を尖らせて、さらに強くズボンにしがみ付いた。

 

「だって姉ちゃん達出かけちゃったし、虎太郎も虎太郎でずっと特訓とかしてて暇なんだもん!」

 

「暇だからといって邪魔してはいけません! 料理のお邪魔に…………」

 

「そう言って姉ちゃん。兄ちゃんに甘えてるアタシが羨ましいんだろー」

 

なっ、とココロの顔が真っ赤になって言葉に詰まらせる。そして、鬱陶しげにコンロと2人を眺めていたカイトと目が合ってしまい、さらに狼狽してあたふたし始める。

 

「な、なななな! そんな訳ないじゃないですか確かに抱き付いたいとか抱っこして欲しいとか思ってませんけど思ってますけども今は料理中であって火を使っているので危ないから近付いてはいけませんとお姉さまやお母さまに………」

 

「あぁ、あぁ。2人ともカイトの邪魔をしたらアカンよ」

 

そう言って畳部屋から出てきたもは虎太郎を見ていた東條希だ。ひょいっと2人の身体を抱き上げるとカイトの目線と合う所まで持ち上げる。

 

「ほら、ごめんなさいせな?」

 

「ご、ごめん。兄ちゃん」

 

「ごめんなさい…………」

 

しゅんと顔を俯かせる2人を一瞥し、カイトは煮たせている黒豆をかき混ぜていた菜箸を離し、重箱に詰める予定の栗きんとんを銀紙の小さい皿に分けてつまようじを突き刺す。

 

「これでも食べて暇潰してろ」

 

2人の手に持たせると、甘い食べ物に目を輝かせ始めて希に降ろしてもらい、畳部屋へと駆けて行った。

 

「カイト、ウチの分は?」

 

「欲しければ働け」

 

冷たくあしらいながら、カイトは黒豆が十分煮立っている事に気付いてコンロの火を止める。

 

壁に掛けられた時計を見上げると時間は昼飯にはちょうどいい12時を指していた。

 

大晦日の昼。

 

呉島家で正月を騒ぐまで、あと丸1日。

 

 

 

#########

 

 

 

がちゃりという音と共に玄関が開かれ、買い出しに行っていた矢澤にこと絢瀬絵里が戻ってきた。

 

「はーい、にこちゃんとうじょッッ!?」

 

「お姉ちゃーん!!」

 

華麗な登場はココアのタックルにより潰され、にこは肺の空気をすべて吐き出して蹲ってしまう。

 

首を傾げる妹に悪戦苦闘する友人の姿に苦笑しながら、絵里ははなまるマーケットで買った袋を掲げて見せる。

 

「はい、買ってきたわよ。鶏の胸肉」

 

「あぁ」

 

短く頷いたカイトは袋を受け取り、2つの鶏肉を出すとさっそく包丁で切れ目を入れて中身をまな板の上に広げる。

 

「けど、何で胸肉なんか? 照り焼きでも作るの?」

 

「いや、唐揚げだ」

 

「唐揚げ!?」

 

子供もみんな大好き唐揚げ。その言葉にココロとココアだけでなく希も目を輝かせた。

 

「なんでまた?」

 

「ここの台所を使わせてもらった礼だ」

 

「うわぁーい、ありがと兄ちゃん!」

 

「虎太郎、唐揚げですよ唐揚げ!」

 

「にくー」

 

ぴょんぴょんと飛び跳ねる2人に抱き付かれて窮屈そうな顔をする虎太郎。しかし、やはり肉が食べれるというのは嬉しいそうに笑っている。

 

「ちょっと、別にそんな気を遣う必要なんて…………」

 

「気など遣っていない。唐揚げは3人の分だけだ」

 

えーっ、と不満そうに声を漏らす希を絵里が額を叩く。

 

「じゃあ、希が作るの手伝ったら? ココロちゃん達の相手は私がするわ」

 

そう一方的に告げた絵里はココロとココアに手を引かれて奥の畳部屋へと行ってしまう。

 

「にこは親戚に渡す為のお年玉を整理しなきゃいけないから頼んだわよ」

 

「………………えっ?」

 

にこも自室へと籠ってしまったので必然的にカイトと希だけになってしまい、2人は顔を合わせると視線が交錯

してしまう。

 

何となく、意味はないが気恥ずかしくなってカイトはわざとらしい咳をしてから言った。

 

「オレ1人で事足りる。お前も適当に遊んでろ」

 

「えっ、いやぁ………まぁウチも手伝うよ。揚げ物とか作った事ないし、近くで見ててもえぇやろ?」

 

「………………好きにしろ」

 

カイトの言葉を受けて希は隣に立つ。

 

カイトはなるべく意識しないように鶏肉に集中する為に、まずは皮をむき始めた。

 

「皮をカリッと揚げるのが美味しいのに……………」

 

「確かにそれは認めるが、カロリーも高い。お前が食うにはもう少し低カロリーの方がいいだろう」

 

「えっ…………ウチの分、作ってくれてるん?」

 

何気なく呟いた言葉に、カイトはしまったと口を開けてしまう。そして、慌てて言い訳じみた言葉を口にする。

 

「ど、どうせ作れとせがむのだろう。後でわんわん言われたらうるさくて敵わんからな」

 

「…………………カイト、変わったよね」

 

シンクの淵に背を向けて預けながら、突然喋り出した希にカイトは眉を潜める。

 

「前だったらきっと、ココアちゃん達の為に唐揚げ作ってあげるとか………しなかったと思う」

 

「………………そうだな」

 

「それに、誰かの分………みんなに料理をそう簡単には振るわなかったと思う」

 

「………そうかもしれんな」

 

そう呟いた時、自分の表情が優しいものになっている事に驚いた。

 

カイトの目付きは鋭いナイフのようで、街を歩けば理由のない暴力が襲い掛かってくるのは当たり前で、それを振り払うのも日常となっていたはずだ。

 

しかし、その暴力もいつの間にか襲ってこなくなった。

 

理由は簡単。

 

いつの間にか、隣に希が、にこが、絵里がいつのが当たり前になっていたからだ。

 

そして、その空気に充てられたのかはわからないアが、いや、おそらくその空気に感化されてしまったのだろ。日に日に、カイトのナイフは錆びてしまいとても敵意を纏って切り裂く事など出来なくなってしまった。

 

いや、無論。敵には容赦なく牙を突きつける、戦う覚悟はある。他のライダー達同様に。

 

けれども、その牙を抜く事にカイトは()()()()をするようになったのだ。

 

それはきっと、他のライダー達同様の理由。カイトよりも先にこの力を得た時から、それを原動力として戦ってきた。

 

弱者を切り捨てるだけの力はもう手元にはなく、あるのは弱弱しいなまくらとなってしまったナイフだけ。

 

だけど。

 

「カイト、早く作らんと。ココアちゃん達が待ってるで」

 

「…………………あぁ」

 

短く返してカイトは希に皮を取り除いた鶏肉を差し出す。

 

「とりあえず一口くらいの大きさに切れ。そのくらき出来るだろう?」

 

「カイトは?」

 

「オレはころもの準備だ。食べたければ働けと言ったはずだぞ」

 

確かに、今のカイトはなまくらナイフだ。おそらく、触れただけでは誰も切れない刃。

 

それでいいのだ。抜き身のナイフをもったナイフなど危険なだけで、持ち運ぶには刀のように鞘が必要だ。

 

カイトにとって、希達μ'sは刃を収める鞘。

 

鞘があるから、

 

帰れる場所があるから、

 

ナイフはその居場所を守る為に園美を鋭く出来るのだから。

 

 

 

 

変わる思い、変わらぬ思い    了

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むぅん!!」

 

気合いと共に繰り出された攻撃を防ぎ、葛葉コウタは瞬時に身を引いて間合いを取る。しかし、相手無意味と告げるかのように肉薄してきて、握りしめていた竹刀の矛先をこちらの喉元に突きつけてくる。

 

「がっ………!」

 

「痛っ…………!」

 

一気にコウタの身体が吹き飛び肺の中の酸素を一気に吐き出してしまい、咳き込んだ為に行動が遅れてしまう。

 

そして、気付いた時には眼前に竹刀が突きつけられていた。これが()()ならば命を落としていたかもしれない失態である。

 

「また儂の勝ち、だな」

 

「…………………あー、また負けた」

 

敵意を解いたコウタは被っていた面を取って道場に大の字になって寝転がった。

 

相手も面を取ると、初老の男だ。眼差しは優しいが奥底に厳格な強さを秘めた意思が見て取れる。園田家の大黒柱、つまりは園田父だ。

 

「コウタ君、大丈夫?」

 

道場の端で見学していた高坂穂乃果、園田海未、南ことりの心配そうな表情に手を上げて答える。

 

コウタがいるのは園田家の道場である。海未のクラスメートにアーマードライダーをやっている、という話しを聞いてぜひとも手合わせをしたいと海未の父親と対決したのが事の始まりだ。

 

しかし、初戦は見事完敗。不慣れなルールに縛られた戦いの中でコウタは手も足も出ずに道場の床を舐める事となった。

 

「で、またやるのかね?」

 

「当たり前だろ」

 

コウタの強さとはアーマードライダーとしての性能を含めたものであり、そこに武道のようなルールは存在しない。文字通りの命のやり取りを行う戦いだ。

 

ならば、ルールを取っ払ったガチンコバトルならば、とコウタは挑みそこでまた敗北した。

 

それは、正真正銘の完敗であった。

 

以後、こうして時折、海未の父親の剣道の手合わせの後は決まって、コウタの世界で再び手合わせをするのだ。

 

剣道着を脱ぎ捨てて、白いシャツと動きやすい短パンだけになったコウタは獰猛な笑みを浮かべて握り拳の骨を鳴らす。

 

「負けてよしとする男がいてたまるかよ」

 

「その意気やよし! だが、相手がひよっこでは儂の勝ち戦に花を添えるだけだぞ!」

 

「ぬかせロートル!」

 

言葉の応酬の直後、相手は海未の父親だという事も忘れて拳を振り上げる。

 

どの世界だって、同じ相手に巻ける男はクズだと相場が決まっているものなのだ。

 

黒星5つ目だけど。

 

 

 

#########

 

 

 

染みる痛みについ身じろぐが、その度に目の前で海未が少し怒った顔で口を開いた。

 

「こら、動かない」

 

「って、もう少し優しく……………だだっ、押し付けるなよ!?」

 

「自業自得です」

 

頬に出来た切り傷に消毒液をたっぷり染み込ませたガーゼを押し付けてくるので抗議してみるも、海未には聞き入れてもらえずコウタは九紋の声を漏らすしか出来なかった。

 

「お父様も、張り切り過ぎです」

 

「何を言うか。出過ぎた小僧の鼻を折るのは年配者としての責務………あいたたっ!? こ、ことりちゃん、。もう少し優しく湿布を張ってくれんかね…………?」

 

コウタの横で俯せになっている海未の父親が、ことりに湿布を張ってもらっている。のだが、どうもことりの表情に心なしか青筋が浮かんでいるような気がしなくもない。というか、なんだか背後に負のオーラが漂っているような気がした。

 

「えっ? これでも十分優しいですよ? ね、海未ちゃん?」

 

「えぇ、年も考えずに私の友達をボコボコにするお父様にはそれでも優しいくらいです」

 

にっこりと笑っているのに般若が見えるとはこの事なのだろうか。女の子って怒らせると怖い。

 

「コウタ君も懲りないよねぇ……」

 

唯一、手当てをしていない手持ち無沙汰な穂乃果がコウタの頬をつついてくる。それを払いながら少し悔しげに返す。

 

「負けっぱなしなのが嫌なんだよ」

 

「まるでカイトのような事を…………」

 

「と、言うかコウタ君ごそこまで勝ち負けに拘るなんて珍しいよね?」

 

呆れた声を漏らす海未とは違い、ことりは以外そうに疑問を口にする。

 

コウタはそれほど好戦的な性格をしていない。戦わずにいられるのならその方がいい、となるべく戦いは避けるスタンスでいるのがコウタである。

 

しかし、海未の父親に対しては対抗心が燃えてくるのだ。その理由をコウタは自覚している。それを口にする事は決してないが、海未の父親だけには負けたくないのだ。

 

ちらりと海未の父親を一瞥すると、偶然にも目が合う。反射的に目を逸らしてしまい、海未が頬を掴んで無理やりに顔を向けてくる。

 

「何故、目を逸らしたのですか」

 

「い、いや………何でも………………」

 

狼狽して答える事が出来ずにいると、ことりから湿布を貼ってもらった海未の父親は立ち上がり豪快に笑った。

 

「がっはっは! まぁいつでも遊びに来るがいい。海未はやらんがね」

 

「テンプレ的な事言ってんじゃねぇよ!」

 

思わず反論を吐き出すが、相手はすでに笑い声を残しながら道場を後にしていた。それと入れ替わるように入って来たのは、着物を着た海未の母親だった。

 

「お腹が空いたでしょう? 昼食を用意しておきました。どうぞ食べていってくださいな」

 

「あ、おばさん。ごちそうになりまーす!」

 

ご飯、と聞いて穂乃果が目を輝かせ、海未とことりが苦笑を浮かべる。どんな時でも花より団子な穂乃果は、最初の頃こそコウタが痛い目に合うと目を逸らしたりしていたのに、今では吹っ飛ばされようが平然と眠り始末である。

 

「すみません、いつもいつも………」

 

「いえいえ、あの人もコウタ君が来ると聞いたら、とても嬉しそうにしているのですから」

 

コウタが頭を下げると、ふふっと口元に手を当てておがらかに笑う。

 

道場に顔を出すようになってから園田家にはよくご飯をご馳走になっているのだ。思えば穂乃果の家でもことりの家でもご飯をご馳走になっており、コウタはほとんど自宅で食事を食べた事がない。というか、下手をしたらまったく食べていないかもしれない。葛葉家の冷蔵庫にあるのは飲み物かお菓子がほとんどである。

 

「そういえば、ウチのお父さんもコウタ君来ると嬉しそうなんだよね。なんでだろう?」

 

「ことりのお父さんもだよ」

 

穂乃果とことりは首を傾げて何でだろうね、と顔を見合わせる。

 

「どのご家庭のお父さんも息子が欲しいものよ」

 

「………………もしかして」

 

救急セットを箱に仕舞いながら、海未が告げる。

 

「コウタ、お父様に負けたくないって思うのって……………」

 

「だぁぁっ! ほら、行こうぜ! ご飯冷めちまうからさ!」

 

海未の言葉を遮ってコウタは立ち上がると、恥ずかしさから顔を赤くして3人に背を向けてしまう。

 

その行動で気付いたのか、クスクスと海未が笑みをこぼして穂乃果とことりは意味がわからないという風に首を傾げる。

 

コウタが海未の父親に負けたくない理由とは、海未(娘さん)を僕に下さいという訳でも、純粋に勝ちたいという想いでもなく。

 

単純にコウタが父親という存在に飢えているからだった。

 

コウタは父親を知らない。知らないというよりも幼い頃に離婚してからは一度も会う事なく、父親は帰らぬ人となってしまったのだ。

 

だから、コウタ自身に父親と過ごした思い出はない。寂しいと思った事は今までなかったはずだった。

 

しかし、一度触れてみて、その大きな背中と厳しさ、その中に秘めている優しさに触れて。

 

それは『憧れ』となった。

 

いつか、こんなかっこいい背中をした大人になりたい。

 

「……………次は絶対に負けねぇ」

 

その為にも。

 

憧れの背中に近付くためにもコウタは持てる力を命を燃やすと決めた。

 

全力で毎日を過ごせば、いつかその背中になれると信じて。

 

 

 

 

羨望! あの背中に追いつくまで    了

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今年も残り僅かとなりました。

お久しぶりです、グラニです。

コラボ回以降、とうとう本編更新せずでしたな。亀速度で申し訳ない………


今回は短編集のような形で、それぞれの過ごし方を描いてみました。が、どう見てもコウタの話しがかーなーり短い。主人公のはずなのになぁ…………

あ、冒頭の映画のくだり。実はラブファイズの相原氏がサプライズフューチャーで実際に遭遇した話しをもじりました。聞いた時、大爆笑でぜひ使いたかったので。

来年の初更新はおそらく花陽の誕生日回となるでしょう。現在、ネタは出来ているので進めていますが…………

さてさて、どうなるでしょうか。

今年1年間、ラブ鎧武!の応援ありがとうございました! 引き続き、来年もよろしくお願いします!

ではでは、皆様方。良いお年を!


……………………………………花言葉とは、良い意味を持つものばかりではないのですぞ。


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