その手握って涙を流させて欲しい
最後の方で読者様が不快になるかもしれない描写があります。以前、カイトと希の絡みで胸に顔を埋めてしまう、みたいな描写が嫌だなって思った方は注意が必要……かもしれません。
親戚と会う為に宮城県へと旅行していた九紋カイトは、あまりの面倒さに会合を物理的に潰して神田へ帰る途中、矢澤にこにそっくりな幼女と子供、矢澤ココロと虎太郎と出会う。
何故、奈良県にいるはずの2人が宮城県にいるのか。どこぞのDJの仕業であると察したカイトは仕方無く保護する事に。
さらににこにそっくりな美少女、ニコ=メンツェルとそれを追う錠前ディーラー組織、ニトクリスの追跡劇に巻き込まれてしまう。
下水に逃げ込んで臭いを取る為に風呂に入りながら、これから先の面倒さを憂うカイトであった。
頬を蹴られるような感触で、カイトは微睡みの中から目覚めた。
視界に入ってきたのは友人の寝顔。
一瞬だけどきりとしたが、すぐに現状を思い出して嘆息する。
カイトがいるのは仙台にある漫画喫茶だ。
銭湯を出た後、カイト達は動物園や仙台城など普通に市内を観光し、さて寝床をどうするかとなった所でカイトが漫画喫茶を指名したのだ。
高校生の子供連れなどがホテルを利用すれば怪しまれるが、漫画喫茶ならば高校生での寝泊りをする輩も少なくはない。
ココロと虎太郎が不安要素ではあったが、問題なく入れたのは行幸だった。
本来ならば2人用の個室スペースを4人で使っているため、中は相当窮屈だが文句は言っていられない。
カイトは徐に顔を上げて身体を動かすと、節々から痛みが走る。
ふと、その拍子でマイクが動いたのか黒くなっていたパソコンのディスプレイかま付き、寝るまで見ていたA-RISEのPV画面が出てくる。
下のバーで時間を確認すると、丁度9時。外も人が活動し始めている時間なので、そろそろ動き出す頃合だろう。
「………………虎太郎?」
ふと、その時虎太郎がいない事に気付いた。
その声で起きたのか、メンツェルとココロがむくりと動いた。
「どうしたんですか?」
「虎太郎がいない」
その言葉にうつらうつらとしていたココロも、ばっと周りを見回す。
一見すればトイレ、で済まされるが現状が現状である。
カイトが念の為に戦極ドライバーを巻いた時だ。
「九紋カイトォ、いるなら出て来い!」
怒声と共に銃声。
ばっと、個室を飛び出たカイトは見る。
黒いスーツを着た男達に囚われて、頭に銃を突き付けられている虎太郎の姿を。
銃声によりのんびりしていた漫画喫茶に悲鳴と絶叫が広がり、喧騒に包まれる。
「虎太郎………!」
「躾がなってねぇなぁ。いかんだろー、子供1人でトイレに行かせちゃぁよ」
想定していた中で悪いパターンに動いたらしい。
カイトは歯噛みしてバナナロックシードを取り出すが。
「やめときな。お前が変身するより、メンツェルがインベスを召喚するより先にこのガキの頭を撃ち抜くぞ?」
っ、とメンツェルが苦い顔をする。見えないように取り出したのは、昨日渡したマンゴーロックシードだがやはり読まれていたらしい。
「さぁ、このガキを撃たれなくたくなかったら、まずはロックシードをこちらへ転がして貰おうか」
「………………ちっ」
数瞬で浮かぶ打開策はなく、仕方無くカイトはメンツェルに目配りしてロックシードを床に転がし、丁度男達との中間で止まる。
「ロックシードは投げました。虎太郎君を離してください」
「いいや、テメェと交換だ。こっちへ来な」
でなければ、わかっているよな。言葉にせず虎太郎に押し付けている銃を強調する男に、メンツェルは悔しげな顔をするも歩き出す。
「っ、だ、ダメですお姉さま!」
その手をココロが掴んだ。
静止されたメンツェルは一瞬だけ悲しそうな表情をしてから、微笑んでココロと目線を合わせる為に屈む。
「ココロちゃん。1日だけだけど、姉妹みたいで楽しかったよ………」
「おね………ニコさん…………!」
ココロが目一杯に涙を貯めるのを見て、メンツェルは優しく抱き締める。
そして、そのまま抱き上げるとカイトへと抱き渡した。
「カイトさん。必ず2人をご家族の所に………」
「……………あぁ」
カイトにとってメンツェルはニトクリスを誘き寄せる餌だ。無論、この状況で最高なイメージは虎太郎を奪還し、黒ずくめの男達を倒して情報を聞き出す事だが、現状ではリスクが高過ぎる。
それらを無視してキープしておくほどの価値は、メンツェルにはない。
彼女もそれを理解しているのだろう。優しく微笑んで男達へと向かう。
カイトはそれを眺めていながら、内心では腸が煮えくり返っていた。
なんと情けない事か。人質に取られ、悪意の思うがままにされ、それをみすみす逃すというのか。
それはカイトの誓いを破る行為。信念を曲げる事だ。
だが、虎太郎の命と天秤に掛けた時、信念は容易く弾け飛んだ。人命を優先する当たり、まだ自分も非情にはなり切れないらしい。
もしくは、虎太郎になにかあった時、思い浮かぶ少女の涙を見たくないからか。
弱い。カイトはあまりにも弱者だ。μ'sと出会い、カイトの牙は抜け落ちてしまったかのような錯覚すら覚える。
なのに、どうしてだろうか。
今、そのような事を考えている余裕はないはずなのに。
μ'sと出会えて弱くなってしまったはずなのに、それを嬉しく感じてしまうのは。
ーーーーーー泣いていいんだ。たとえそれが俺の弱さだったとしても拒まない。俺は、泣きながら進む!
ーーーーーーお前は本当に強い。
どこか、懐かしい匂いが漂った。
直後、メンツェルの頭上にクラックが現れ、影が舞い降りる。
「何………!?」
乱入者は人ではなかった。
一目でわかる人外の皮膚。それはまるで血液が表面に出たかのような真紅の色合いをしており、蔦が巻き付いているかのような刺繍がされている。
その体躯はインベスのようであるが、初級インベスとも上級インベスとも纏っている気配からして異質だ。
少なくとも、カイトはそのインベスを見た事がなかった。
インベスはぎろりと男達を睨むとそちらへ向く。
すると、男達は絶望の表情を覗かせた。
「な、ばっ………馬鹿な………!」
驚きと絶望が入り交じった感情に支配され、虎太郎を抑える拘束が緩む。たかが5歳児の少年が抜け出せるくらいに。
抜け出した虎太郎は地面に足を付けると、即座に地面を蹴って滑り込む。
「虎太郎君!」
滑ってきた虎太郎をメンツェルが受け止めて抱き上げると、反乱狂なたなった男達が拳銃の引鉄を引く。
放たれた弾丸はインベスが立ち塞がり、その強靭な体躯で受け止めた。
「守ったというのか……!?」
虎太郎を。いや、メンツェルを。
インベスにダメージを与えられるのは同じインベスか、ロックシードの力を使ったアーマードライダーのみだ。
やはり、拳銃では意味がないと察した男達は拳銃を仕舞うと、ロックシードを取り出した。
その隙を見て、インベスは身を翻すと虎太郎を抱き上げたメンツェルへ突っ込むように移動すると、そのまま抱き上げる。
そして、次にカイト達へと突っ込むと反応する間もなく抱き上げられ、ココロと一緒に背後に出現したクラックへと飛び込んだ。
景色が一気に変わる。薄暗かった漫画喫茶から青々しい空へと。
そこでカイトは、クラックを抜けて外へ出たのだと理解した。下を見れば木々が負い茂っているが、ヘルヘイムの植物ではない。至って普通の森だ。
やがて、カイト達は落下を始めた。メンツェルを見ればインベスにしがみついており、自分が掴んでいるココロはショックで気を失っているらしく目を瞑って反応はない。
さて、この状況はよろしくない。ロックシードは捨てた為に変身は出来ず、地面に激突して肉塊と化すだろう。
なのに、不思議とカイトは恐怖を感じる事がなかった。死ぬかもしれないというのに、何も助かる術が見つからないのに。
脳裏に走る影。
1人の男の背中。身体から蔦を吹き出し、その身を異形へと変える。
その姿は、まるで。
「たねー」
「カイトさん!」
虎太郎とメンツェルの言葉にはっとなり、カイトは目を向ける。
虎太郎の両手には投げ捨てたはずのバナナロックシードとマンゴーロックシードが握られていた。どうやら滑り込んだ時、拾ったらしい。
本当に5歳児か、と流石のカイトも驚愕していると、メンツェルが2つのロックシードを虎太郎から受け取り投げてくる。
それをキャッチしたカイトは、即座にバナナロックシードを開錠し、戦極ドライバーに嵌めてスラッシュした。
『バナナ! ロック・オン。 カモンッ! バナナアームズ! ナイトオブスピアー!!』
バロンへと変身した頃には、すでに地面が見えるくらいまで地上との距離は縮まっていた。
そして、木の枝からココロを守るように抱きしめながら、バロン達は地上へと着地した。
流石にアーマードライダーとなれば衝撃は凄まじいものの、あの高さから落下しても諸共しない。
ゆっくりと立ち上がって、バロンは近くに着地したインベスを見やる。
インベスはメンツェルを離すと、全身を蔦が多い始め、その姿を変える。
そして現れたのは、1人の青年だった。カイトよりも少し年上くらいで、かなり生気のない顔つきをした青年。
「人間………だと?」
インベスが人間となった。まるでアーマードライダーが変身を説くように。
「ビックス………!」
「ニコちゃん!」
虎太郎を降ろしたメンツェルは、まるで王子の帰りを待っていたお姫様のように頬を紅潮させて青年へと走る。そして、再会を喜ぶ恋人のように抱き合ったのを見て、咄嗟にカイトは虎太郎の両目を手で覆った。
「みえないー」
「子供にはまだ早い」
突然現れた青年は何なのか。色々な疑問が思い浮かべるカイトだが、何故かこの青年に懐かしさを覚える。
ーーーーーー俺は何物にも屈しない………俺を滅ぼす運命にさえ!
再び、懐かしい匂いが鼻孔を擽った気がした。
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しばらく抱擁している2人が戻ってくるまで手持無沙汰になったカイトは、携帯電話を取り出そうとして漫画喫茶に忘れてきたのを思い出して舌打ちをした。
咄嗟な事態だったとはいえ連絡手段を失ったのはかなりの痛手だ。が、ドライバーとロックシードがあるのだからそれほど焦ってはいなかったりする。
コートを枕替わりにしてココロを寝かせていると、ようやく戻って来たらしいメンツェルが顔を赤くして頭を下げてきた。
「ご、ごめんなさい! やっとビックスと再会出来たから…………」
「話しは聞きました。カイトさん、彼女を守ってくださってありがとうございます。それと、その子達まで巻き込んでしまって…………」
ビックスと呼ばれた青年はぼーっとしている虎太郎と眠るココロを見やって申し訳なさそうな顔をする。
むしろ首を突っ込んだのはこちら側なのだが、優位に立てそうなので黙ってカイトは言葉を紡ぐ。
「説明してもらおうか。貴様は何者だ? 何故、インベスになれる?」
「…………そうです、ね。もう貴方達も無関係ではないですから」
そう言ってメンツェルはビックスを見やると、頷きを返し言った。
「事の始まりは一昨日です。僕は元々、錠前ディーラー組織ニトクリスの下っ端構成員でした。今回、組織から与えられt任務は人身売買の取引を行う事……………」
「その売買されたのが、私でした」
補足するようにメンツェルが告げる。
正直、そこまではカイトも予想出来た。錠前ディーラー組織とはロックシードを違法取引する組織を指すが、ユグドラシルが特にニトクリスを警戒しているのは単なるロックシード取引する組織だからではない。
ロックシードの力を使った犯罪の数々。人身売買など軽い方で、果には戦争をしている国に戦極ドライバーとロックシードを売り捌いているという話しだ。
だから、カイトはこの青年の能力をニトクリスが開発した新技術ではないか、と睨んだのだ。戦極ドライバーを介す事によってアーマードライダーへ変身出来るが、それには変身するというプロセスがあり、なおかつあの派手な演出が必要となる。
戦いというのはシビアな物で、隙はない方がいいし、手間は掛からない方がいいに決まっている。
この演出をカイトはそれなりに気に入っているが、やはり効率を求めるならばあの演出は要らないだろう。
だから、もしインベスとなる事が出来るのなら。戦極ドライバーを使わずに、力を使えるのならば。
それはアーマードライダーだけではなく、この世界にとって脅威となり得る。
「当然、僕は人身売買の為にニコちゃんが逃げないように、監視役を命じられました」
そして、2人は出会った。
「それで、一目惚れしました」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………あ?」
全く予期していなかった言葉に、思わずカイトは絶句してしまう。
しかし、ビックスの表情は至って真面目であり、メンツェルは少し恥ずかしそうにはにかんでいた。
「好きになりました。運命の人、なんて陳腐だなって小馬鹿にしてましたが、過去に戻って馬鹿にしている自分を殴りたいですね」
絶句しているカイトを他所に話しを続けるビックス。
「だから、彼女が誰かの奴隷になるなんて嫌だったから、連れ去りました」
「…………それで、か」
何とか言葉を話すカイトは、息をういてメンツェルを見やる。
メンツェルが追われていたのは取引を成功させる為。人身売買という違法に応じるような輩がまともであるはずもなく、また違法に関わっているのならばリスクが高い事を承知で取引しているはずだからだ。
だが、そこで疑問が浮かぶ。
「そうまでして手に入れるメリット………こいつにあるのか?」
メンツェルは一見すればどこぞのスーパーアイドル(笑)に似ているという点を除けば、少し上品な少女だ。
財力は当てにならない。そも、その保証があるのなら人身売買に出されたりはしない。
しかし、あの男達は漫画喫茶であるのにも関わらず、拳銃を発砲するという暴挙にまで出てメンツェルを取り戻そうとした。
堂々と犯罪をしてまで取り戻す。それだけの価値が、この少女にあるとは思えなかった。
「さぁ………そこまでは………」
ビックスは困惑したように唸る。下っ端だというのなら、細かい情報までは伝えられていないのだろう。
取り敢えず、2人が追われている経緯はわかった。ならば、カイトが一番知りたい事だ。
「ならば、貴様は何故インベスに変身出来る? 新しい技術か?」
人間がインベスとなる方法はある。が、それは意思を、人間を捨てて存在自体を怪物へと変える事を意味する。
だから、こうして会話など出来るはずないのだが。
「そんな大それたものじゃないです。逃げる際にヘルヘイムの果実を奪って、それを食べた………それだけです」
その発言は、それらをぶち壊すには充分な威力をひめていた。
瞠目するカイトに、そうなりますよね、とビックスは薄く笑う。
「何故、本来ならば怪物に成り下がるはずの僕が意識を保っているのかはわかりません。けど、おかげで僕らは組織からの追っ手を振り払えた」
ヘルヘイムの果実。ロックシードの元となっている果実だが、それを食した者は例外なくインベスと成る。細胞も、身体も、意識も。
その存在がインベスとなるのだ。
インベスに知性はない。受けた指令を守るなどは出来ても自分で判断して動く、というのが出来ないとされている。
否。そもそも、こうして人間としての存在を保っている事自体が異例だ。少なくとも、カイトは初めて遭遇した。
「ですが、そこで僕らははぐれてしまい、京都にいたはずのニコちゃんがここにいるんです」
「………どういう事だ?」
カイトがク首を傾げると、ビックスはインベス体に変異して左腕を掲げた。
すると、そこにクラックが開き、向こうの景色は京都にある金閣寺が写っていた。
驚くカイトを見て、ビックスは人間体に姿を戻す。
「どうやら、特別な能力があるみたいなんです。僕のインベス体には」
「………空間跳躍、とでも言うのか」
なるほど、だから漫画喫茶からこのような森へ出たのか、とカイトは納得する。
本来、クラックはこの世界とヘルヘイムの森を繋げる為の裂け目であり、境界線であり、門だ。
それが、どういう訳かこの世界に繋がっている。という解釈で合っているだろう。
「インベス体だと言葉が喋れなくなりますが、この能力のおかげで追っ手を撒く事が出来たんです」
「便利なものだな」
ふと、そこでカイトは思わず眠っているココロとインベス相手に遊んでいる虎太郎を見やる。
それを見たビックスが、申し訳なさそうに頷いた。
「はい、その時の余波で2人も巻き込んでしまったようです」
巻き込まれてこの状況、災難というか何と言うか。
しかし、てっきりどこぞの蛇の仕業と思っていたのだが、どうやら宛が外れたらしい。だが謝りはしないが。
「………下っ端と言っていたな。組織のアジト……」
「行っても無駄だと思いますよ? いつでも捨てられるようなテナントビルでしたし、合流する途中で寄ってみたらすでに撤収していました」
追われているというのに、自ら危険を顧みず行ったというのか。
しかし、だとすればこの男が持っている情報などたかが知れているだろう。確保すべき点といえばプロフェッサーリョウマに提供出来るモルモットとしてだが、カイトはあの男が嫌いである。
「ならば、ここに用はない。仙台を離れても問題なさそうだ」
「行くのですか?」
「貴様達はどうする?」
カイトが虎太郎を抱き上げながら尋ねると、ビックスは力なく笑ってみせた。
「逃げますよ。必ず、彼女を守ってみせる………!」
「………そうか」
カイトは不可能だ、と率直に感じていた。インベスに変身出来るとはいえ、今のビックスの状態から見てもインベスになるという事は負担があり、何も代償なしに行える事ではない。
この先、組織は2人を追い続けるであろう。助かるにはユグドラシルに助けを求めるしかない。
だが。
「わかっています。ユグドラシルに助けを求めれば、今まで僕がやってきた事に考えて、無罪で済むがない。きっと捕まって、ニコちゃんと離れ離れになってしまう」
「…………辛く、限りなく可能性の低い道だぞ」
「それでも、ですよ」
臆することなくなく、ビックスはカイトに強い瞳を向ける。
その力強さに、カイトは息を呑んだ。
「僕は確かに今まで罪を積み重ねてきた。それを懺悔する気も後悔する気もない。血塗れたこの手をニコちゃんは受け入れてくれた………だから!」
「ならば証明してみせろ」
そう告げてカイトは背を向ける。
「生き残って、貴様が正しい事をな」
「勿論ですよ」
強い頷きに、カイトはフンと鼻を鳴らす。
「お姉さま………?」
その時、気絶していたココロが起きたらしく、目を擦りながら起き上がった。
これから別れなければならないのだが、起きてしまったのならば彼女を納得させなければならない。
メンツェルは少し悲しそうな顔をしてから、ココロに近付いて抱き締めた。
「ココロちゃ………ココロ、お姉さまは少し出掛けなければなりません」
「そーなんでか………?」
寝惚けているのか、とろんとした目で首を傾げるココロ。
そんなココロを可愛らしく思ったのか、メンツェルは優しく頷く。
「ですから、カイトさんと一緒にいい子で待っているのですよ?」
「はい、わかりました………」
「では、もう少し起きるまで時間があります。お眠りなさい」
単純に眠かったのか、ココロは再び寝入ってしまう。
起きて歩いてくれた方が楽なのだが、そうすればきっと居なくなったメンツェルで騒ぎがあるだろうから、この方がいいのだろう。
「カイトさん」
「わかっている。にこから任されたのは、オレだ」
カイトはもう片方の手でココロも抱き上げると、今度こそ立ち去る。
一度も振り返らず、歩き続けた。
これ以上の深追いはこちらに大きリスクが伴う。ここら辺が引き際だ。
さて、携帯電話を失ったという事は土地勘のない場所において大きな痛手ではあるが、少なくとも樹海のような場所に来た訳ではない。
すぐに車道に出る事に成功したカイトはローズアタッカーを起動させ、備えられている荷物固定用のロープで2人を前に括り付ける。
この状態での走行はもちろん初めてだが、今日の夕方に仙台駅で呉島ミツザネと合流する手筈になっているのだ。
取り敢えず山を降りれば大きい人里に出る。出れればあとは簡単なはずだ。
警察がいる訳でもないので事故を起こさない程度の速度でローズアタッカーを走らせ、下山を試みるカイト。
その思惑は綺麗に当たり、すぐに町が見えてくる景色まで来れた。この先の道もそこに繋がっている事を視認出来、安堵したその時だ。
銃声と共に地面に火花が散り、カイトはローズアタッカーを停車させた。
「見つけたぜぇ」
顔を右側の山に向ければ、そこには先ほど漫画喫茶でやって来たニトクリスの構成員達がいた。
「貴様達の目的はメンツェルではなかったのか」
「あぁ、そうなんだけどな。そのガキ、μ'sの矢澤にこの妹達らしいな。そいつらも渡して貰おうか」
何、とカイトは険しい顔をする。
そして、まさかという思惑が脳裏を走った。
「ウチのボス、μ'sの矢澤にこがたいそうお気に入りでな。ぜひとも似た顔のやつを奴隷にしたくて仕方ないんだとよぉ」
「だから、メンツェルを…………!」
何の変哲もない少女を追っていた理由はそれか。
ある意味で、にこは本当の意味で自分のせいでココロと虎太郎を巻き込んでしまった事になる。
「何故、この場所がわかった?」
「さっき、ビックスに撃ち込んだ銃弾の中には発信機が混ぜてあってな。あいつが空間跳躍なんてすげぇ能力を手に入れた事は知ってたからな。対策なんざ簡単に立てられる」
だからあの時、インベスには通用しないとわかっていながら拳銃を使ったというのか。
と、同時にカイトははっとなる。ならば、そこから導き出される事柄。
こいつらはビックスに撃ち込んだ発信機の座標でここへ来た。
ならば、2人は。
その瞬間、カイトの目の前でクラックが開き、躍り出る影があった。それはカイトを吹き飛ばし、ロープを引きちぎってココロと虎太郎を掴みあげると、跳躍して男達の元ひ着地した。
転がったカイトが睨み上げると、そのインベスは変身を解くように人間となる。
「…………………ビックス!」
「………カイトさん」
さらに生気のない顔でこちらを見てから、ビックスは2人を男達に差し出した。
男達は2人を奪うと口に薬品でも染み込ませた布を当てて、起きている虎太郎にすらも昏倒させる。
「2人は奪った。約束だ、ニコちゃんを………!」
「あぁ、そいつを倒したら、な」
外道な笑い声を上げる男達に、ビックスは歯噛みする。
発信機がビックスにあるのなら、真っ先に向かうのはビックスの所にである。見つかってしまえばビックス達に逃げきれる術はなく、メンツェルは捕まってしまい、時間があまり残されていないビックスには必然的に組織に助けを願うしかなくなる。
非道な組織が指示する事など、決まっていた。
ビックスはカイトの前に降り立ち、悲しそうな顔をする。しかし、その瞳には今だ強い光が籠っていた。
それを見た男達は満足そうに頷くと、身を翻し去っていく。
それを追いたいカイトだが、当然目の前の男が許してくれるはずもない。
ビックスがメンツェルの為なら身を投げ出す事は、その力が証明している。
「ごめんなさい。恩人を………」
「諦めるのか、抗う事を」
「諦めませんよ。ただ、また修羅の道を行くだけだ」
ビックスは身構え、全身に力を込めるように息を吐く。
「少なくとも、貴方を止めている間はニコちゃんが殺される事はない。だったら、貴方を倒してニコちゃんを取り戻す。まだ、希望は捨てちゃいない」
「それでいいのか、貴様は」
戦極ドライバーを装着しながら、カイトは対峙する。
「その選択が間違っている、とは思わないのか」
「間違っているでしょう。でも、僕の選択は変わらない」
カイトは目を細める。
何故、この男はそこまで断言する事が出来る。
何故、そこまで強くなれる。
「何が、お前をそこまで強くする?」
「心の底から愛せる人と巡り会えたから、ですかね」
これから戦うというのに、ビックスは恥ずかしそうに微笑む。
「愛は人を強くする。陳腐な言い回しですが、あながちそれは間違っていない。家庭を守る為に父親は強くなり、我が子の為に母親は優しくなれる」
まるで歌うように語るビックスの言葉に、カイトな顔を歪める。
人を愛する、などという感情はカイトは持ち合わせていない。血の繋がった姉はいるが、カイトからしてまやれば家事も出来ないただのお荷物でしかない。
その価値観を持っていないから肯定も否定も出来ない。否定するつもりもない。
カイトは目を細め、目の前の強者を見る。
カイトが会って間もない人間を強者と称したのはこれが初めてだ。μ'sは強者たる道を選んだと評価しだけで、強者と認めた訳ではない。
ビックスは愛と言った。その強さの秘密を。
それは、もっと具体的なモノがあるはずだ。カイトにさえ理解出来る言葉で作られた理由が。
「貴様は後悔も、懺悔もしないと言った。何故だ?」
「人間、人生を使い切るのにはおおよそ25億秒とされているらしい。僕はきっと24億秒くらい使ったかもしれないから、残りどれだけかはわからない」
自分の命が残り少ない。そう語るのに、ビックスの顔はとても晴れやかである。
「決して褒められない犯罪まみれの24億秒だったけど、その中で1つでも選択肢を間違えていたら、ニコちゃんに出会う事はなかったかもしれない」
それはゲームの選択肢のようなもの。人生というゲームで決断をして、選択をしてきた。
その結果が、
「そう考えれば、この24億秒に大きな意味があると思える。だから、僕は過去の僕を否定しない……!」
「………それが貴様の強さか」
愛が理解出来るク訳ではないが、それでもソレが強さの源である事はわかった。
カイトは再度、戦極ドライバーを腰に装着してバナナロックシードを取り出す。
「ならば証明してみせろ。その強さが正しい事を、オレに示せ!」
「おおおおっ!!」
瞬間。
カイトはバナナロックシードを戦極ドライバーにセットして、カッティングブレードをスラッシュするのと同時に駆け出す。
咆哮を上げてビックスの身体から蔦が湧き出て、その身をインベスへと変異する。
まるで灼けたように灼熱の煙を立ち上らせるのを見て確信する。それは熱気による赤なのだと。血液が熱気で沸騰したかような、灼熱の色なのだ。
アーマードライダーバロンはバナスピアーを振るう。ビックスはそれを腕で受け止めると、その衝撃で互いに吹き飛ぶ。
「っ!」
バロンはその一撃だけで、油断してはならない相手だと心に刻み付ける。
一瞬の油断が命取り。確実にこちらの力を超えた存在に、バロンは仮面の中で笑む。
「感謝するぞ。貴様のような強者に出会えた事を」
神にではなく、運命の女神とやらに。
バナスピアーを突きを繰り出せる状態で構え直したバロンは、ビックスの出方を伺うように間空いを計る。
それはビックスも同じようで素手状態ながら、下っ端人生で培ってきたのか戦闘体勢に入っている。
そして、再び激突が起きる。
バナスピアーの槍をビックスの強靭な皮膚が受け止め、その合間を縫った攻撃をバロンが軽やかに避ける。
一進一退の攻防。それは剣閃が輝き、灼熱の腕で大気が震える。
まさしく正真正銘の命のやり取り。音乃木坂学院ではなく、沢芽シティ時代で体験した戦いだ。
カイトは強さに拘わるあまり戦闘狂に見られがちだが、決して戦いが好きという訳ではない。ただ、戦う相手がいるから戦うだけだ。
だが、この瞬間だけは。バロンは、カイトは心の底から笑えた。
それは戦士の性。強さを求める者にとって、戦とはどんな酒にも劣る極上の美酒。
その美酒を浴びるがごとく、戦士は戦に陶酔する。
バロンがバナスピアーを振るう。興奮して大振りとなった隙を、ビックスが見逃すはずはない。
ビックスの右手に高熱が集まっていき、空気が蒸発していく。そして、その拳をバロンの胸へと叩き込んだ。
本来ならば致命的なダメージになる攻撃だったが、ビックスは驚いたように顔を上げる。
拳を受けるその一瞬、バロンは後方へ飛んで受ける衝撃を減らしたのだ。
だが、それでもバロンの身体を吹き飛ばすには十分な衝撃を秘めており、ガードレールをぶち破って崖を突き抜け宙へ躍り出る。
その空中の中で、バロンは新たなロックシードを取り出した。
『マンゴー!』
すかさずセットしてあるバロンロックシードと交換し、カッティングブレードをスラッシュした。
『ロック・オン。カモンッ! マンゴーアームズ! ファイトオブハンマー!!』
空中でアームズチェンジをしたバロンは、マンゴーパニッシャーを構える。
すでに追撃しようとビックスが拳を振り上げて追いかけてくる。
それに合わせて、バロンはマンゴーパニッシャーを振るった。拳とマンゴーパニッシャーがぶつかりあい、凄まじい衝撃が走り眼下の木々を揺らす。
その衝撃で弾かれた2人は、互いの力を解放する。バロンはカッティングブレードを1回スラッシュし、ビックスは右腕を輝かせる。
『カモンッ! マンゴー・スカッシュ!!』
マンゴーパニッシャーに光が灯り、振るうとエネルギー弾が放たれる。それを3度繰り返し、3つのエネルギー弾がビックスへと襲いかかった。
ビックスはそれをは弾こうとするが、3つ目の弾をその身に受けて、爆煙の中へと消えていく。
足が地面に着地した時、崖だったのを忘れていた為に坂を転がっていくバロン。
「くっ………」
転落が終わるとすぐに立ち上がり、マンゴーパニッシャーを構えて周囲を警戒する。ビックスの姿は見えないが、敵意がこの場には充満していた。
ビックスにはあの特殊能力がある。空間跳躍能力。それがあれば距離や死角など関係ない。どこから襲ってくるかわからないのだから、バロンは神経を研ぎ澄ませる。
しかし、クラックが開いた音がして振り向くも、その時にはバロンはビックスに切り裂かれ火花を散らす。
「ちぃっ!」
反射的にマンゴーパニッシャーを振るうも、重鈍な攻撃が当たるはずもなく空振りしてしまう。
ビックスが飛んだ方向に新たなクラックが開かれすぐに閉まり、また別の場所からクラックが開いてビックスが飛び出す。
まるで忍者のような高速かつ予測不能な攻撃に、バロンは為すすべもなくダメージを受け続けて膝を着いてしまう。
痛みが全身に走るが、バロンは決して戦意は衰えない。俯かず、戦う為にマンゴーパニッシャーを構えた。
そして、バロンの前にビックスが現れ、四つん這いになる。
「やはり、その能力は貴様に大きな負担を書けるらしいな」
空間跳躍というこの世の理を曲げるような力が、無償で使えるはずがない。それを連続で使用したのだから、無事であるはずがなかった。
だが、ビックスからも戦意は消えず立ち上がる。同じように肩で上下させる姿は相当ダメージを負っているが、それはバロンも同じ事。
ビックスがまるで最後と言わんばかりの咆哮を放ち、右手に再び灼熱の力を秘める。
攻撃はそうそう何度も出来ない。それはバロンも考える事は同じであり、カッティングブレードに手を伸ばして3回スラッシュした。
『カモンッ! マンゴー・スパーキング!!』
音声の直後、ロックシードから一度に解放出来る最大限のエネルギーがマンゴーパニッシャーに注がれる。
互いに構え、硬着状態へと入る。何かしらの合図があれば、すぐにでも攻撃を開始するだろう。
単純な破壊力は互角ならば、先に動いた方の攻撃を避けてカウンターを仕掛けるしかない。
硬着状態になってどれほどの時間が経ったのだろうか。バロンにしてみれば数十分は感じられたが、実際はそうでもなかったのかもしれない。
がさりと、戦いの余波で傷ついていたのか枝が折れる音が響き、それが合図となった。
「っ!」
「!」
音と同時にバロンとビックスは走り出し、間空いに相手を捉える。
迫る拳を迎え撃つマンゴーパニッシャー。激突した瞬間、先ほどとは違いマンゴーパニッシャーが優ったのかビックスの体勢が崩れた。
その隙を見逃すまいと、バロンはすかさずカッティングブレードをスラッシュする。
『カモンッ! マンゴー・スカッシュ!!』
「セイィッ!!」
音声と共に右足にエネルギーを集束。不安定ながらもキックを放つ。
バロンの計算ではこれで決まるはずだった。
だが、その一撃を胸に受けたビックスは下がる事なく耐え抜き、左腕に灼熱の力を込めてバロンの胸に叩き込んだ。
「ぐぉっ……!」
今まで以上の直撃に、バロンは吹き飛ぶ。
そして、度重なるダメージがついに限界を迎えて、変身が強制解除されてカイトは地面に転がった。
それは、カイトの明確な敗北を示していた。
「ぐっ………がっ………!」
ライドウェアに包まれていた時は何とか騙していた痛みも、本来ならば常人には耐えられるものではない。
しかし、苦悶を漏らしてもカイトは立ち上がろうと足掻き、決して後ずさろうとはしなかった。
それを見てビックスは、引導を渡すかように近付いてくる。
そして、止めを刺す為に拳が振り上げられ、
カイトの脳裏に、走馬灯のように記憶が蘇る。
音乃木坂学院に来てからの記憶。出会った9人の少女達。運命に屈しようとせず、前に向かっで突き進む女神達。
虎太郎、ココロ。
そして、3人の少女。
「絵里、希、にこ………」
自分が死んだら、悲しむのだろうか。
そう思った時、幻視している3人の瞳から、雫が滴り落ちる。
瞬間、感情が湧き出た。
「死ねるか………!」
まだやるべき事がある。あいつらを悲しませるような事は、あいつらの泣き顔は見たくない。
刹那、蔦が視界を侵食した。
ガシャンと、金属が落ちた音でカイトは気付いた。
目を向けると足元には枯れた草が塵となっており、何があったのかはわからない。
いつの間にカイトは立ち上がっており、ビックスとすれ違うような形になっているのだろうか。
「………流石、ですね」
ビックスがインベス体のままで呟く。
「…………もう一度聞く。後悔はしていないのか?」
「していませんよ、この姿も。ニコちゃんに出会えたから」
頑固な奴だ、とカイトは口の中で嘯く。そうまでしてあの少女に魅入られる何かがあったのだろうか。
「………僕を倒した貴女にだからこそ、頼みます」
背後で何かが崩れていく音が聞こえる。
カイトは振り返らず、ただその言葉を受ける。
「ニコちゃんを、お願いします」
「………………あぁ、任せろ」
不遜な態度ではなく、強者と認めたがこそカイトはその言葉を強く受け止める。
そして、後ろで崩れ落ちる音が響いた。
仙台市内の某廃工場。
倒れているココロを庇うように立つ虎太郎を見て、ニトクリスの男は不憫なものだと思った。
こちらからは何かするつもりはない。だが、この状況で説明したとして信じないだろうし、説明する気はない。
メンツェルと共に奪ってきたこの子供達は、依頼主の所望によるものだ。
その依頼主はというと、メンツェルの姿を見た途端にゲスな笑みを浮かべると、纏っている純白の衣服を破り捨て、薄いカーテンへと引っ込んだ。
ずっと繰り返される悲鳴と肉と肉がぶつかる音が響く工場め、依頼主の部下も織り交ぜての事。
男も誘われたりしたが、生憎とあのような子供を抱く趣味はなかった。それに、子供とはいえこの2人が逃げ出すとも限らない。
やがて、悲鳴も音もなくなりカーテンが開かれ、そこから満足げに煙草を更かしている依頼主が現れた。腰にはタオルのみを巻き付けており、あとは裸だ。
その意味は理解出来ていないだろうが、嫌悪感を抱いた虎太郎がココロの前に強く立つ。
「いやぁ、いい抱き心地だったぞ。貴様も楽しめば良かったろうに」
「いえ。客の所有物に手を出せば組織の品が落ちます故」
このような事をしておいて、品もくそもないが。
男の態度も気にせず、依頼主は吸い終わった煙草を捨てると、ついに眼前の幼女に目を向けた。
「さて、いよいよ本物のにこにーの味を楽しむとするかのぉ」
言葉の意味はわからずとも、虎太郎の表情が強ばる。
そして、姉を守ろうと悪に立ち向かうが、所詮は子供である。
「邪魔だ」
依頼主に跳ね飛ばされて、無様に転がる。
しかし、虎太郎は立ち上がる。そして、その小さな拳を振り上げようとして。
その悪足掻きに、イラついた男は虎太郎を蹴り飛ばした。
「諦めろ」
冷たい言葉。それが現実を知らしめるには一番適切だ。
虎太郎は立ち上がろうとするが、今ので力が入らないようで震えるだけである。
それを見た依頼主はにやりと笑い
寝息を立てているココロへと手を伸ばした。
その時、おそらく転がっていた鉄の棒を蹴ったのだろう。金属音が響いた直後、凄まじい勢いで何かが男の目の前を横切る。
それは依頼主を射止める。ココロへと伸ばしていた腕に突き刺さったのは、何の変哲もない錆び付いた棒だ。
「ぐっ、ぎゃぁぁぁぁぁああああっ!?」
絶叫。
依頼主の身体に痛みが走ったのだろう。その声を聞き、楽しんでいた部下達が何事だ、と出てくる。
男もまた、そちらを見やる。
そして、まるで心臓を鷲掴みにされたかのような衝撃が走り、ぶわっと全身から嫌な予感汗が吹き出すのを感じた。
カツン、カツン。音を立てて歩いてくる男は、ニトクリスの中では有名な人物だ。
九紋カイト。アーマードライダーバロンとして、昔か組織の邪魔をしているブラックナンバー。
だが、聞いていた話しではカイトは高校3年生とまだ学生であったはずだ。なのに、この肌を焦がすような苛烈なプレッシャーはなんだというのか。
「な、何だ貴様は!?」
痛みから逃げる為か、反乱狂のように依頼主が叫ぶ。
しかし、カイトはそれを聞こえていないかのように無視し、倒れている虎太郎を見やる。
「よく立ち上がった、虎太郎。誇れ、お前は強くなれる」
そう告げたカイトは戦極ドライバーを取り出し、腰に装着する。
それを見て部下達が慌てて銃火器に手を伸ばそうとするが、それよりもカイトが睨み付ける方が早い。
瞬間、まるで何か特殊な兵器を使ったのではないかと錯覚してしまうほど、男達が倒れていく。
それを見て、男は察する。
「まさか、殺気で潰したというのか………!」
カイトは何ら特別な事はしていない。
ただ、所謂殺気をぶつけただけだ。その強さに大の男達の脳は、相手にしてはならない化け物と判断して意識をシャットダウンしたのだろう。
次元は違う。そう感じて震える手でロックシードに手を伸ばす。
「な、んなんだ貴様は………」
「返して貰うぞ。ガキどもを。メンツェルを………」
まるで当然を語るように告げたカイトは、バナナロックシードを取り出して開錠する。
『バナナ!』
頭上にクラックが開いてアーマーパーツが現れる。仕事仲間達のアーマードライダー達で何度もみた光景だが、その殺気がこちらに向けられているというだけで身体が震えるのは止まらない。
「そ、そうか! お前もにこにーの大ファンなんだな! それならそうと………!」
「黙れ」
バナナロックシードを戦極ドライバーにセットすると、西洋風のファンファーレが鳴り響く。
カイトははっきりとした怒りの形相で、憐れな依頼主を睨む。
「貴様にあいつのファンを………μ'sの名を口にする資格はない。目障りだ」
カッティングブレードをスラッシュし、キャストパットを展開する。
「変身」
『カモンッ! バナナアームズ! ナイトオブスピアー!!』
アーマーパーツが頭上から落下して、少年の身体をアーマードライダーバロンへと変えていく。
本格的な恐怖を感じたからか、依頼主は腰を抜かして尻餅をついてしまう。
シドが言っていた事を思い出す。九紋カイトが関わっているよならばこの件は水に終わる。
それはこういう事を言っていたのか。
バロンは相手が生身の人間であろうの構わずバナスピアーを構えた。
そのタイミングを見計らい、懐に忍ばせていた煙幕爆弾を叩きつけ、周囲に煙をまき散らす。
「なっ、貴様わしを……がふっ!?」
貫く音と元依頼主の断末魔が響いたのは同時だった。確かに契約主だが、命あっての物種である。
子供もメンツェルには目も呉れず、男はこの場から逃走を図る。
だが。
『カモンッ! バナナ・スカッシュ!!』
「どこへ行く。貴様も逃がすつもりはない」
言葉と同時に足元から黄色い隆起。
そこで、男の生涯は潰えたのだった。
昼前、仙台市内山奥に放置されていた廃工場が火災発生。被害はそれほど多くないものの、放置されていた物から発火したのだと思われ…………。
そこまで読んで、嫌な予感を覚えたにこは携帯のニュースアプリを閉じた。
つい先ほど仙台駅に到着した一同は、早速バラバラになった。
葛葉コウタと呉島ミツザネはひとまず仙台駅周辺をバイクで走り、カイトが身を隠しそうな場所を探すというのだと言う。
運転してきてくれた中年男はカイトなら心配などしておらず、車が持っていかれないよう待っている、という事で路上駐車した車の中だ。
にこと母親、ココアはひとまず改札口にて待つ事になり、既に2時間ほど経っている。
そして、約束している時間をとっくのとうに過ぎているのに、カイト達は一向に姿を見せない。
まさか、と悪い方向へ思考が働いた時だ。
「お姉さまー!」
「っ!」
待ち望んでいた声に顔を上げ、にこは見る。
真正面から妹と弟に手を繋がれて歩いてくる、不機嫌そうな少年の姿を。
「こ、ココロ!!」
「お姉さま!」
その姿を見て、我慢し切れなくなったにこは思わず駆け出し、同様に走ってくるココロを抱きしめた。
「ココロ! ごめん、ごめんね……私がしっかりしていなかったから………!」
「お、お姉さま………わたし、とっても楽しかったですよ?」
優しくそう言ってくれるココロに、何だか許されたような気持ちになって涙が零れてくる。
ふと、にこの頭に手を乗せられる。
目を開けると、虎太郎が頭を撫でていた。
どこか怪我でもしたのか頬にガーゼが貼られており、手には絆創膏もある。一体どんな冒険をしたのか身体はボロボロだが、その瞳の色は昨日離れ離れななる前とは別人のようだ。
「虎太郎………いい子にしてた?」
「きょーしゃー」
慰めてくれているのだろうが、カイトは一体何を吹き込んだのだ。
普段なら文句でも言おうものだが、流石にそこまで礼儀知らずではない。
「カイト、ありがとう……!」
「気にするな。オレもそれなりに得るモノはあった」
相変わらず不機嫌そうな顔つきで腕を組むカイトに、にこは思わず苦笑を浮かべる。
すると、母親がにこりと笑ってカイトに言った。
「九紋カイト君ですね? この度はなんてお礼を言ったらいいか……」
「……………オレも楽しかったですから」
まさかカイトが敬語を使うとは思わなかった為、にこは思わず驚いた顔をする。
それを見て心外そうな顔をしたカイトは、頭をがしがしと描いて踵を返した。
「待って、どこに…………」
「帰る。お前も明後日から練習だろう」
「一緒に帰りましょうよ。せめて、何かお礼を………」
「礼など要らん。それに携帯を漫画喫茶に忘れてきたから取りに行かなきゃならん」
にこの言葉をスルーするようにカイトはそのまま歩き出してしまう。
ふと、突然足を止めたかと思うと振り返り、ココロと虎太郎の前に立つとしゃがみ込んでわしわしと2人の頭に手を載せた。
「虎太郎、オレはお前に会えて良かったぞ。お前はこれから強くなる……覚えておけ、最後に頼れるのは自分だ。家族を、姉ちゃん達を守りたければ強くなれ」
「にーちゃん」
まるでわかった、とでも言うかのように虎太郎は手を上げる。
「ココロ、弟を心配する気持ちはわかるが過保護なのはやめておけ。こいつは自分の足でしっかり立ってるぞ」
「カイトお兄さま……」
お兄さまはやめろ、と言ってカイトは立ち上がると、にこと目を合わせる。
そして、無言で踵を返し今度こそ歩き始めた。
「っ、カイト! にこは諦めないから! 見届けなさいよ、私達μ'sがラブライブ!に出る所を!」
周りに人がいるのにも関わらず、声を荒あげる。
カイトにちゃんと届いていたのか、ぐっと右腕が上がった。
その返答でにこは満足したように頷くと、クスリと母親が笑った。
「にこちゃんも素敵な人に巡り会えたみたいね」
「はぁ!? 何言ってるの、ママ!?」
思わず顔を赤くして母親に吠えるにこ。あんなコミュ障の塊のような男に、どうして宇宙ナンバーワンアイドルにこちゃんが惚の字にならないといけないのか。
「お姉さま、私決めました! 将来、カイトさんのお嫁さんになります!」
「ゔぇええええぇぇぇっ!?」
どこぞのツンデレのような声を上げて、にこはココロを見やった。
「だ、ダメよ!」
「あらあら、そんなに必死になるなんてやっぱり………」
「うわぁーん、ママー!」
わかっていてやっているのだろう。笑う母親だが、にこはわかっている。
にこも心配だったが、一番不安だったのは母親の方だ。きっとこうやって笑っていないと、 泣いてしまいそうなのだろう。
「さ、待たしてしまっているし行きましょう」
「そうね、コウタ達にも連絡しないと………」
そう言った携帯を取り出し、ふと脳裏に先ほどのカイトの表情を思い出す。
本人はわかっているのかわからないが、虎太郎達に向ける表情は今まで見た事がないくらいに優しぃものだった。
ーーーーートクン。
何故だろうか。その顔を思い出して心が跳ねるのは。
どうして、その顔を浮かべると頬が熱くなるのは。
まさか、そんな有り得ない。いや、しかしこの胸のときめきは何!?
1人で悶々としていたからこそ、にこは気付かなかった。
抱き上げようとした母親を拒んで、虎太郎が1人で歩き出した事を。
その虎太郎がずっとカイトの歩いて行った方向を見ている事を。
この日は少年にとっての未来を決定付ける日となったのだ。
ここにもし、未来予知が出来る者がいたのならば見えただろう。
少年の背後に立つ青い騎士と、その目線の先に立つ皇様の背中。
見えないのだから確定ではない。
だが、少なくとも少年の夢は決まったのだった。
携帯を店から返して貰ったカイトが漫画喫茶を出ると、その入口の左右にいる少年の姿を認める。
「無事に解決したみたいだな」
「お疲れ様です」
コウタとミツザネにふんと鼻を鳴らして歩き出す。
「サガラは絡んでいなかった。悪い事をしたな」
「気にすんな。にこが心配だったし、仙台の美味いモンも食えた」
「コウタさん、主にそれが目的でしょう」
食い意地の張っている兄貴分に苦笑を浮かべたがら、ミツザネはカイトに尋ねる。
「で、どうでした?」
「弟というのも、悪くないものだ」
「…………兄さん?」
「潰すぞ」
そう返ってくるだろうと思っていただけに、カイトのツッコミも早かった。
「報告書ならちゃんと書いて渡す。バイト代弾めよ」
「それは兄さんに交渉して下さい………って、コウタさん?」
ふと、居なくなったコウタを探してミツザネが周りを見回す。
「おーい、ミッチーカイトー! これめっちゃ美味そうだぞ!」
呼ばれて振り向くと、露店に顔を覗かせているコウタの姿があった。
「阿呆が………」
「コウタさん、仙台巡りしてる暇なんてないですよ! 海未さんから宿題やる為に戻ってくるよう言われてるんでしょ! 僕もこれからアキト達と夏祭りなんですから」
「間に合うのか?」
「ヘルヘイムの森を使えば」
「またタカトラの胃がストレスでマッハだな」
わいわいと騒ぐ者達を見て、カイトは平和だなと思う。
だがそれも、きっと影であんな事があったからだろう。
ニコ=メンツェル。
カイトが駆け付けた時にはもう、すでに手遅れであった。インベスにココロと虎太郎を任せたカイトは、彼女をビックスの元へと運んだ。
違法だのなんだのと言われるかもしれないが、あの2人にはそらが一番だ。
まだ知り合ったばかりなのだから、ゆっくり2人だけの時間を楽しめばいい。
カイトに強さを証明したのだ。ならば、それくらいのは許されるはずだ。
ぎゃーぎゃーと騒ぐコウタとミツザネに、呆れた息を吐いて歩いて行くカイト。
それか傍から見れば敵同士ではなく、立派な仲間であった。
この世は平和だ。
だが、それは影で暗躍する者達がいる代償なのかもしれない。
影とは、闇である。見えないから、そこに何があるかわからないのだ。
ならば、そのわからない物から作られている平和というとのの定義こそ、わからないものなのかもしれない。
飛行機が発着する空港。
そこで繰り広げられているのは地獄絵図だ。
天下無敵のアーマードライダー。鎧武、バロン、龍玄。
その3人が圧倒的な力の前に地に伏せていた。
龍玄は袈裟斬りによってアーマーが破壊され、バロンは槍が折れて膝を着いており、鎧武に至っては頭の仮面が割れてしまって変身者のコウタが血を流しているのが見える。
絶望の世界で、μ'sは。
笑顔が咲く事なく絶望に染まっていた。
その世界の元凶、
それを従えるは、
『レモンエナジー!』
唯一、作られていないはずのゲネシスドライバーを所持して、
『ロック・オン』
星空凛と小泉花陽の幼馴染みで、
『ソーダ!』
ラーメン屋の1人息子。
『ファイトパワー! ファイトパワー! ファイファイファイファイファファファファファイト!』
アーマードライダーデューク。
少女の叫びが異界にこだまする。
無意味な、捉えられない感情の爆発が轟く。
それでも、止まらない。
矢を引く指は。
それでも止まらない。
苛烈な悲しみの涙が弾ける。
それでも、止まらない。
やめてと声が走る。
それでも、止まらない。
止まらない。
止められない。
止めれば、世界は拒絶する。
止めれば、世界は終わる。
だから、
例えもう、
全てが終わるとしても、
この矢は放たなければならない。
きっと、もう君が心を込めて俺の名前を呼ぶことはないとしても、
世界を
世界を了わらせる。
その咎を引き受ける
啼臥アキト
九紋カイトが所有するロックシード
・バナナ
・マンゴー
・ローズアタッカー
次回のラブ鎧武!は……
夏の暑さにやられて練習どころではないμ's!
そしたらなんと、海外合宿!?
しかし、その道はとてつもなく大変で…………
「アイドル研究部としての結果を出せ、ってさ」
文化祭に向けての活動成果を出す事になったアイドル研究部。その内容はもちろん…………
「家に帰っちゃったのォ!?」
「飛行機出ちゃうわよ!?」
出発前の波乱!?
「アゴアゴ、『アウ』ション『シェデョシェ』カジュビリェジシャボリャビリェブリョジャロ……」
姿を現す、森の住人。
「海外キター!!」
「大会があるんだって!」
「これが新たなロックビークル、
物語は新たなステージへ!
そして………………
「最終回だよ」
「……………えっ?」
愕然とした様子で、凛は幼馴染に聞き返す。
「最終回だよ、最終回。所謂バッドエンドってやつ」
それは、世界を滅びかねない感情の奔流。
ラブ鎧武! 夏合宿編:スタート!
1周年前日にとりあえず後半戦を投稿。
さて、如何でしたかカイトの保父さん物語。最後の方にかなりアレな描写がありましたが、もしかして不快になられてしまったでしょうか?
リアルで人に追われて行き着くとしたらあぁいう展開もありえるから織り交ぜてみました。
かなり遠回しに表現してみたつもりですが、うぅむ………まずいのかなぁ………………。
さて、今回はカイト以外にも注目してほしいのは虎太郎君です。男、特に子供は仮面ライダーにおいてもキーパーソンを担う事が多く、ラブライブ!でそういうのが担当出来そうなのは虎太郎君くらいでしたので、スポットライトを当ててみました。あと、最後のセリフを言わせたかった、というのもあります。
実はしんのすけ君と同い年な虎太郎。幼稚園児がこんな事件に巻き込まれ普通は平然となんていられないよな…………
最後にイメージとして浮かび上がった戦士と皇様。それはきっと、子供が大人へとなる時に見られる光景………………?
次回からいよいよ夏合宿編。今回の予告はドライブのように新章突入! みたいな感じで一気にやってみました………………が、脳内でのプロットのセリフを打ち込んだので、変更の可能性は大いにありです。
また、映画と同じような展開(一応ネタバレのため詳細は伏せておきます)になってしまいますが、これはwonderfulrushをやりたいがために考えていたので、変更せずに行きます。
そこで出会う森の住人。はい、ついに登場です。最初は終盤に出す予定でしたが、影すらちらつかせないのは…………ということで、カイバーマンしそうな住人を。
さらに最後に不穏な一文と、絶望の世界。
何、とりあえず確定しているのはデュークがことりたそを……………
そこは出来上がるまでのお楽しみ、です。
が、やはりプロットがないとなぁと思ってきて、まだプロットが脳内になる状態ですので更新にはしばらく時間がかかりそうです。スクフェスも始めちゃったし………
誕生日回と含めると9月まで本編更新出来るのかなぁ……………
頑張っていきたいと思いますので、感想・評価よろしくお願いします!