幸せなのはその手を引いていく人?
それとも引かれている人?
夏休みに突入したある日。
幼馴染みの啼臥アキトが殺される夢を見てしまった星空凛は、いても立ってもいられずにラーメン仁郎へと向かう。
そこでアキトの無事を確認したアキト達に、呉島ミツザネは明日の夜に開催される夏祭りに誘う。
そしてその帰り、ミツザネ達は謎の男:沼男の襲撃を受ける。
手も足も出ずに敗北したミツザネ達を救ったのは、以前相対したアーマードライダーシャドゥだった。
そして、西木野真姫達は意識を失い、それまでの記憶を………沼男の記憶が無くなってしまうのだった。
凛と小泉花陽との待ち合わせ場所は神田駅の改札前だ。
どうせ家を知っているのだから家で待ち合わせれば面談が少ないのに、と思いながらもアキトは壁に寄りかかりながら欠伸をした。
蓮の刺繍が入った黄緑色のタイパンツにガネーシャというインドの神様の柄の入ったクルタシャツ。その上からは黒に赤の線が散りばめられたように入ったポンチョを羽織っている。
全身民族衣装のような出で立ち。国を間違えているのではないかという危篤な衣装は目立ってしまい、当然のごとく行き交う人々から奇異の目を向けられる。
しかし、アキトは気にした風もなく首から下げているシアンカラーの二眼レフトイカメラに触れた。撮影するつもりはないが、どうも手持ち無沙汰になってしまうとトイカメラに手が伸びるのが癖になっていた。
まったく、こういう事態が面倒だから家で待ち合わさた方が楽だったというのに。と、心の中で愚痴りながらアキトは凛と花陽を待つ。
昼から薬師池公園へ行くのは昼の内に写真に収めたいからだ。このトイカメラにはフラッシュ機能などなく、屋内や暗い空間では写真が撮れないのだ。
せっかくの太陽が燦々と輝く晴れ日なのだから、夜から行くのは勿体ない。
当初は1人で行くつもりだったのだが、それを察した凛と花陽が一緒に行くと言い出して、神田駅で待ち合わせとなったのである。
今日行くメンバーはミツザネと真姫。そしていつの間にか参加していたペコである。この3人は後で合流との話しで、ひとまずこの6人という事だ
「……………件ねぇ」
昨日。ミツザネに予言を齎したという妖怪。その存在は幽霊などと同様で眉唾物であり、ミツザネの気の所為である可能性が高い。
だが、同時に凛が見たという夢。
それをアキトは有り得ないと断言出来る。
何故なら、アーマードライダーデュークはアキト自身なのだから。
「夢と予言………関係あるのか………?」
「アキト君!」
嘯いていると、声を掛けられて振り向く。
そこにいたのは予想通り、幼馴染みの凛と花陽だ。
予想外だったのは、2人は私服というよりも夏を感じさせる浴衣姿だった。
凛は黄色の生地に少し濃い黄色の花柄刺繍、緑色の帯を巻いて髪には牡丹をモチーフにした髪留め。
対して花陽は朱色の生地にビー玉模様が施され、帯は黄色と黄緑色が虹のように交互に描かれたものだ。
いつも一緒にいるはずなのに、ここぞという所で女の子らしさを見せられると、流石のアキトも見惚れるしかない。
対面して無言でいるからか、花陽が首を傾げる。凛はやはり気恥ずかしいのか花陽の後ろに隠れてしまう。
「アキト君?」
「……………あー、悪い。まさか浴衣で来るなんて思わなかったから度肝抜かれた」
花陽の言葉ではっとなったアキトは、取り敢えず言葉を紡ぐ。
すると凛はびくりと肩を震わす。そんな猫娘にアキトは呆れたように息を吐いた。
「何ビビってんだよ」
「か、かよちんは似合うかもしれないけど凛は………」
普段よりもか細い声で呟く凛。
そんな凛を見て、かつての風景がアキトの脳裏を掠める。
小学生の頃。まだ一緒にいた時。
スカートを履いた凛。
これをからかうクラスメートの男子とアキト自身。
そうか、とアキトは思う。
お前はまだ、そこから歩き出せてないんだな。
そして、その元凶は………。
アキトは無言でトイカメラを構えると2人をレンズ内に収めて素早くシャッターを押した。
「ちょっ………アキト!」
「せっかく浴衣着てんだから、写真の1枚くらいいいだろ」
憤慨する凛と、不意打ちだった為に惚けた顔を撮られてしまい顔を赤くする花陽。
「だ、だって凛なんか浴衣着ても………」
「そんな事ないって。なぁ、かよちん?」
「そうだよ! 凛ちゃん可愛いよ!」
アキトの言葉に同意するように、花陽は凛の手を握った。
凛は可愛い。それはアキトも素直に思う。恥ずかしくて言葉には決して出来ないが、今の浴衣は凛が女の子なのであると強く認識せざる得ないほど似合っていた。
「………………俺に資格はないか」
凛を褒める資格が、あるはずがない。
彼女にトラウマを植え付けてしまったのは、他ならぬ自分なのだから。
「アキト君、そろそろ行こうか」
「そうだな」
時計を見ると頃合いもいい時間である。昼に蓮などの写真を撮った後は近くにあるリス園に行く予定だ。流石に花ばかりで夕方まで時間を潰せるとは思っていない。
3人は電車を乗り継ぐ事30分。小田急町田駅へと到着した3人は、昼食をラーメン店で済ましてからバスで薬師池公園へと向かった。
同じ町田市内にあるとはいえ都会地味た駅前よりも自然に溢れ閑散とした場所にある薬師池公園は、夏休みという事もあって昼過ぎだというのに子連れの家族で賑わっていた。
「やっぱり夏休みだにゃー」
「子供多いねぇ」
無邪気に駆けて行く子供達を見て、思わず笑みを零す凛と花陽。
しかし、アキトは今それどころではなかった。
今は夏。それも雲が少ない写真撮影には絶交に適した晴れ日である。
それはつまり、カメラを握るアキトに容赦なく直射日光が降り注ぐ訳で。
クルタシャツにポンチョという薄い生地ではあるものの長袖で、かなり熱が籠っている。
自然とアキトの額には汗が浮かび、凛が心配そうな目を向けてきた。
「アキト、大丈夫?」
「大丈夫だ、これくらい。家の厨房の方が暑い」
決して強がりではない。肌で感じる暑さは家の厨房の方がもっと暑く、この程度で音を上げたら仁に怒られてしまうだろう。
「蓮の池は………こっちか」
「アキトは本当に蓮の花が好きたにゃー」
歩き始めるアキトについて来るように凛が言う。
浴衣が似合わないうんぬんについては吹っ切れたというか諦めたというか、やけになったらしい。電車内やバスの中だとやけに大人しく、人目から逃げるようにアキトの腕にしがみついていた。
そして、人目が少なくなった途端にコレである。しかし、元の調子に戻ってくれたのならありがたい。
「…………お前、もう大丈夫なのか?」
だから、気になって尋ねてみた。
「何が?」
「昨日、蓮の話題出したら嫌がってたじゃんか」
昨日、凛は明らかに蓮に対して拒否反応を見せた。おそらく、凛が見たという夢に何かしらの関係があるのだろうが、それを追求する気にはならなかった。
しかし、凛はケロッとした表情で首を傾げた。
「何の事?」
「……………………………いや」
忘れているのなら、忘れている方がいいだろう。あんな悲しみに暮れている凛は、アキトも見たくはない。
花陽も同じ意見なのか特に何かを言ってくる事はない。
ならば、アキトも忘れる事にしよう。
それがきっと、この場では正しい選択なのだろうから。
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昨日は何もなかった。いつもの休日と同じ、自然とラーメン仁郎に足を運んで自然といつものメンバーが集まり、そしていつものように遊んでたまにあるイベントに誘われて。
そして、そのまま何事もなく帰る。
何もなかったはずだ。しかし、アキトが尋ねてきた時の表情は、何か腫れ物に触れるかのような色があり、心配を掛けたようで凛は嫌な気持ちになった。
蓮池はもう少し奥に進んだ所にあるらしく、嬉々として歩くアキトの背中を花陽と肩を並んで歩く。
ふと、横目で花陽を見てみる。練習時と同じようにコンタクトにしてある為、どこか活発そうな印象がある。さらに着ている浴衣も可愛らしく、女の子だなぁとしみじみ感じさせる。
対して、自分はどうだろうか。
凛は自分を見る。女の子らしくない短い髪に、高校生とはいえ全く膨らみのない胸。
つくづく、自分に女の子らしくないと思う。この浴衣も本当は着たくはなかった。が、花陽と母に懇願されて、渋々着たのだ。
今日はアキトと出掛ける日なのだから、余計に似合わない格好はしたくない。
浴衣が凛に似合うはずがない。花陽は可愛いと言ってくれたが、アキトは直接言ってくれた事はない。
アキトの口からその言葉が出たら、変われるのだろうか。
そう思っても、有り得ないと凛は知っている。
何故なら、このトラウマを植え付けたのは……………。
「わぁぁ………」
凛の思考は花陽の吐息で止まった。
改めて前を見たそこには、一面に広がる大葉。その中にちらりと顔を覗かせる薄桃色の蓮の花が広がっていた。
最後に見たのはいつだったのだろうか。アキトと一緒にいた頃だろうから、もう随分久しぶりとなる。
目に飛び込んできた光景は美しく、凛も思わず目を見開いて驚く。久しぶりに受けるその衝動は今までの悩みを一瞬だけでも吹き飛ばしてしまうほどで、少し前にいる幼馴染みの背中を見てつくづく思う。
あぁ、やっとあの時が戻ってきたのだと。
「……………うっし」
気合いを入れ直したアキトはトイカメラを構えると、さっそくこの場からの蓮の光景を写真に収め始める。
次に蓮の花に着目してトイカメラのシャッターを回す。
その姿が、かつての光景と重なる。
幼い頃、一緒に遊んでいた頃。確かその時も、アキトは蓮の花などを間近に見て興奮したりしていた。凛と花陽もそれなりに花を見て目を輝かせていたのだが、アキトはそれとは異なっていた気がする。
「アキト、まさか全部の蓮の花を撮る気かにゃー?」
「まさか。けど、他にも色んなトコあるから、そこを撮るつもりではいるけど」
凛が呼び掛けると、アキトは写真を撮ってから振り向く。
「もし暇だったら他回っててもいいぞ。ミッチも昼からやってる露店があるって言ってたし」
「凛はいいよ。写真に夢中でアキトが倒れたら大変だし」
「私も大丈夫だよ」
アキトが倒れる前提の物言いに、アキトは不満そうに目を細める。
「酷いモンだな。俺だって自重って言葉くらい知ってるぞ」
「はいはい、じゃあ倒れないでよねー」
凛の言葉にむっとなったアキトは、額の汗を拭って蓮に対峙する。
その仕草が子供っぽくて可愛らしく、花陽と顔を見合わせては笑ってしまう。
ふと、凛は蓮の中心を見る。
広がっている大葉の中に隠れている蓮。
なのに、一瞬。まさしく刹那というべき時間の中で、それは起きた。
大葉が消え去り池には蓮が散りばめられ、その中心に紅い花が咲いている。
否、それは花ではない。紅い着物を着て、牛の顔を持った怪異。
知らないはずなのに、凛にはそれが何なのかわかった。
件。人の身体に牛の顔をした、予言を齎す妖怪。
それが、ニィと嗤う。
そして、予言が走る。
瞬間、凄まじい衝動が凛を襲った。それは凛の四肢から力を奪い去り、ようやく時間が動き出す。
動き出した凛はぐらりと身体が揺れ、倒れそうになる。
それを見た花陽が悲鳴の混じった声で凛を呼ぶが、それが音となって凛に届く事はない。
その声に気付いたアキトが振り向いて、絶望的な表情をしてしまう。
あぁ、2人にそんな顔をさせてしまった。それは凛にとって最も望まない事だというのに。
大丈夫だよ、と笑いかけたいのに凛の表情は動かない。
やがて、時間を置かずに凛の意識は闇の中へと沈んだ。
「すみません、ベッドをお借りしてしまって」
「いいのいいの、気にしなくて。あのスクールアイドルμ'sの凛ちゃんと花陽ちゃんに知り合えたってだけで儲け物なんだから」
薬師池公園の中央に位置する喫茶店。そこは蓮池からそれほど離れておらず、救護室も備えられていた。
倒れた凛を抱き止めたアキトは、騒ぎを聞きつけて来てくれた係員に案内されて、この救護室のベッドに凛を寝かした。
簡易的な医療具などしか置いていないがクーラーが効いており、今の季節には最適な室温だった。
救護室には比較的年若い男性が1人。何とμ'sのファンだったらしく、気前良くベッドを貸してくれた上に冷たいお茶まで提供してくれたのだ。
「凛ちゃん、大丈夫かな………」
「症状を見るに熱中症だね。大事には至らないと思うよ」
ベッドで寝息を立てている凛を伺いながら呟く花陽を安心させるように、男性が言う。
凛の顔色はよく、花陽が浴衣の帯を緩めたりしてくれたので対処法としては間違っていないはずだ。
「…………ちゃんと水分取ってたのにな」
こんな日差しも強く暑い日である。大切なスクールアイドルを倒れさせまいと合流してからは口酸っぱく水分を取れと強く言い聞かせ、凛も水分はちゃんと取っていたというのに。
何故倒れたのか。それが腑に落ちない。
「アキト君。凛ちゃんは私が見てるから写真撮りに行ってもいいよ?」
「いやいや、倒れた幼馴染みを放っておくって男としてどーよ」
暇を持て余している、と思われたのか花陽の気遣いを遠慮して、アキトは男性が提供してくれたお茶を飲む。
「写真、好きのかい?」
アキトの首から下げているトイカメラを認めてか、男性が尋ねてる。
「いえ、まぁ……何となく貰ったんで、そのまま埃かぶせておくのは勿体ないなって思ったので」
「なら、この救護室に隣接している建物あるだろう? そこはギャラリーにもなっていてここで撮った写真を掲載しているんだけど、良かったら見て来たらどうだい? 凛ちゃんは僕が見ているよ」
男性の提案にアキトは花陽を見やる。するとにこりと笑い返してくる。
「アキト君、行ってきなよ。さっきから険しい顔してるよ」
「いや、けどさ」
「いいから行って来て。邪魔だから」
「辛辣過ぎる!? いやだって………」
「だってもへちまもない。凛ちゃんが起きてもアキト君が倒れてたら意味がないでしょ?」
どうあっても花陽はアキトをこの場から離させたいらしい。
仕方ない、と後ろ髪を掻きながらアキトは立ち上がると何かあったらすぐ連絡するよう花陽に言って救護室を出た。
出てすぐ右手にギャラリーへの入口があり、案内の係員の姿はいないがドアは開いたままなので入る。
特に有料という訳でもなく、中にはこの周囲の歴史が書かれた資料などが展示されており、ギャラリーは2階にあるようなので階段を上がって向かう。
ギャラリーには人の姿はないが薄暗い程度には明るいので開催はしているのだろう。アキトは特に興味が惹かれた訳ではないが見て回る事にした。
「………つか、なんで追い出されたんだか」
そこまで切羽詰っていたつもりはないのだが。
理由が見当たらず首を傾げつつ、アキトはせっかくなので花の写真を探す事にした。歴史的資料というのも珍しいが、それより興味のある花の方が見る気が起きるというものだ。
花の写真は今咲いている蓮のみならず梅や桜、藤の花に牡丹に椿と様々な種類の花が写真として飾られていた。
思った以上に四季が楽しめる場所という事に驚きつつも、ふと1枚の写真に目が止まる。
それは、アキトにとっても不可思議の写真だった。
薬師池公園に来て最初に目が向くであろう大きな池、薬師池。
そこに掛かっている橋から撮影されたらしく、下のに木製の手摺が写っている。
問題はその中央。そこには黒い人らしき影がはっきりと立っていた。両腕を力なく下げ、顔面までもが黒く塗り潰されているというのき、じっとカメラのレンズを凝視している。それは人によってはカメラではなく『自分自身』を見ているような錯覚をしてしまいそうなほど不気味であった。
写真の枠外に、タイトルが書かれている。
スワンプマン。
それがこの写真のタイトル。
「スワンプマン………確かどこぞの哲学者がどーのって話しがあったな」
「それはこの薬師池で撮られた写真ですよ」
不意に、声を掛けられた。背後を顧みると、そこにはスーツを着た人相の悪い坊主頭の男がたってた。このギャラリーのスタッフらしく胸元には沼男というネームプレートがつけられている。
「大元は仰ったように、アメリカの哲学者が考えた思考実験からのようです。詳しくは知りませんが、似たような話しがこの地域では昔話として語られているのですよ」
「思い出した。確か『私とは何か』っていう思考実験だったか」
突然、何の前触れもなく現れた事よりもアキトはその内容を追求する。
話しはこうだ。
ある男がハイキングに出かける。道中、この男は不運にも沼のそばで突然雷に打たれて死んでしまう。
その時、もうひとつ別の雷がすぐそばの沼へと落ちた。
なんという偶然か、この落雷は沼の汚泥と化学反応を引き起こして死んだ男と全く同一、同質形状の生成物を生み出してしまう。
この落雷によって生まれた新しい存在のことを、スワンプマンと言う。
スワンプマンは原子レベルで、死ぬ直前の男と全く同一の構造を呈しており、見かけも全く同一である。もちろん脳の状態(落雷によって死んだ男の生前の脳の 状態)も完全なるコピーであることから、記憶も知識も全く同一であるように見える。
沼を後にしたスワンプマンは、死ぬ直前の男の姿でスタスタと街に帰っていく。そして死んだ男がかつて住んでいた部屋のドアを開け、死んだ男の家族に電話をし、死んだ男が読んでいた本の続きを読みふけりながら、眠りにつく。そして翌朝、死んだ男が通っていた職場へと出勤していく。
これが思考実験のスワンプマンの全容である。もっとも、ネットの情報を鵜呑みにするのならば、であるが。
「なんでこんな日本にアメリカ哲学者の思考実験が教訓みたいな感じで伝わってんだ」
「教訓、というよりそのまま哲学としての題材として伝わったのでしょう」
いつの間にか隣に並ぶように立つ沼男が、写真を見つめなかまら嘯く。
「貴方はどう思いますか?」
「この写真についてか。それとも、その思考実験についてか?」
「両方、出来ればお聞きしたいですね」
「どちらもくだねぇ」
沼男の返答を待たず、アキトは迷う事なく切り捨てた。
「この写真、本当にスワンプマンなんてものが存在したとして、これは思考実験の過程で生み出された物とは別物だろ」
スワンプマンとは外見も死んだ人間と同じになるという。ならば、この写真に写っている人とは形容し難い存在が人間のはずがない。
どれだけ同じ原子、姿、記憶、それらをしていたとしても、所詮元は汚泥から出来た出来損ない。偽者である。
スワンプマンとは写し鏡。そこに存在がなければ自分の存在を確立させる事さえ出来ないのだから。
「では、哲学の方は?」
「私は何か、なんて簡単で難しい問い掛けだろ。難しく考えれば難しくて、簡単に考えれば簡単だ」
興味深そうに無言で聞き入っている沼男に、アキトは言う。
「俺は俺だ」
「………なるほど」
存在の確立など、あれやこれやと言葉にして思考した所で仕方のない事だ。
人間にはやらなければならない事がたくさんある。人によりけりだが、何かをするという名目に大差はない。
「では、スワンプマン自体はどうですか? 同じ外見に同じ細胞、そして同じ記憶………これらを持つスワンプマンは」
「同じ人間な訳ないだろ」
話しを遮るように告げる。すると、沼男の眉がぴくりと動く。
「何故、全く同じなのですよ?」
「同じじゃない。所詮は汚泥から出来たモノだ。同じ人間などいないんだからな」
「では、何で判断するというのです」
「魂だよ」
きっぱりと告げると、沼男が驚いた表情をした。
「非科学的ですね」
その発言小町に、アキトははっきりと嗤った。
「はっ、非科学的ねぇ………お前が言うか」
「…………」
押し黙る沼男に、アキトは敵意とそれ以上の畏を込めて言った。
「だから、お前は何者にもなれない単なる汚泥にしか過ぎないんだよ。
直後、沼男が飛び去り、世界が狂気に塗り替えられる。
常人ならばその空気を吸っただけで気が狂う世界も、アキトはまるでそここそが居場所とでも言うかのように平然としていた。
「気付いていたのか……!」
「沼男で隠せると思ったのかよ…………」
呆れる、というより憐れむような目を向けて、アキトはゲネシスドライバーを腰に装着する。
「何にせよ、俺はお前にむかついてんだ。理由は……言わなくてもわかるよな?」
この沼男は昨日、凛達を闇の世界へと引き込んだ。偶然、問題なく処置出来たが、最悪廃人になる可能性もあった。
大切な友達を、仲間を。何より凛を闇に触れさせた。
それはアキトにとって、決して許容出来ない事だ。
「ならばどうするというのだ。この世界の理で俺の身体を傷付ける事は出来ないぞ」
「………所詮は汚泥か」
レモンエナジーロックシードを取り出し、嘆息する。
「そう思ってるなら、そう思ったまま散れ。変身」
『レモンエナジー』
開錠と同時に、頭上にクラックが裂けてアーマーパーツが現れる。
アキトは両手をクロスさせてから回すように腕を組み替えて、レモンエナジーロックシードをゲネシスドライバーのコアにセットした。
『ロック・オン』
そして、迷いなくシーボルコンポレッサーを押し込んで開錠した。
『ソーダ! レモンエナジーアームズ!!ファイトパワー! ファイトパワー! ファイファイファイファイファファファファファイト!』
アーマーパーツを被り、その姿をアーマードライダーデュークへと変えていくアキト。
確かに昨日の戦闘で、龍玄の攻撃は沼男には通用しなかった。しかし、それにも理由があったからだ。
ソニックアローを握ったデュークは、逃げようと下がる沼男に接近して刃を振り上げた。
沼男は反射的に左腕を上げたが、昨日発生した障壁はソニックアローの刃に切り裂かれ、障壁諸共腕を切り落した。
「………!?」
血の代わりに吹き出たのは汚泥。そして腕を切り落とされたというのに、沼男は痛みではなく驚きの感情を顕にした。
「何だと!?」
「驚く事はないだろ。当然の結果だ」
ソニックアローを斬る為ではなく射抜く為の構えをして、デュークは無情に告げる。
「蟻が像に勝てるかよ」
ノッキングドローワを引き絞り、躊躇い無く矢を放つ。
放たれた矢は沼男の頭部へと飛び、そして命中。次の瞬間には爆発し、沼男の身体は弾けた。
床に散らばる汚泥。それは確かに今、会話をしていた存在だがデュークは何にも感じていないかのように変身を解く。
「…………予言だかなんだか知らないが」
踵を返して、もはや聞こえていないであろう存在に言い放つ。
「
アキトが一歩踏み出す。
それだけで世界は色を取り戻し、充満していた空気が消え去る。
飛び散った汚泥もなくなり、ただの床が広がっている。
あるのは不気味に飾られている絵だけ。
アキトは一度を振り向かず歩く。もはやこの場所に用はない。
やはりあの幼馴染み達と一緒にいた方が、落ち着くというものだ。
すでに沼男は倒した。アキトの中ではそうだった。
だからこそ聞き逃してしまう。
ゴポッ、と何かが泡立つ音を。
「アキトもかよちんも心配症だにゃー。凛はもう大丈夫だよ」
「ぶっ倒れた奴が言うその言葉には信憑性0なんだよ」
「そうだよ、凛ちゃん。もし倒れたらアキト君が強制送還するからね」
「…………えっ、俺が連れてくの?」
夕方。合流の時間になってようやく凛は意識を取り戻し、待ち合わせ場所に3人はいた。
凛はケロッとした表情をしており、どこにも不調はないとの事だがアキトと花陽は心配そうな目を向ける。
突然倒れたのだから、心配するなという方が無理である。もっもと、日中と違って陽は出ていないので過ごしやすい環境なので倒れる事はないだろう。
「あ、来たにゃー」
凛の言葉に入口を見やると、そこには黒スボンにカットシャツという涼しそうな格好をしたミツザネと黒いシャツにハーフパンツのペコ。
そして、行き交う人々が思わず振り向いてしまっている紅い浴衣を着た真姫が歩いて来ていた。
「皆さん!」
「おーおー、まさか真姫も浴衣かー」
アキトが少し浮ついた感じで言うと、真姫は頬を赤くしてフンとそっぽを向いた。
「別に着たくなかったんだけど、ママがどうしてもって言うから仕方なくよ!」
「はい、予想通りの言い訳ありがとうございまーす」
ちょっと、と牙を見せる真姫を流していると、ミツザネが凛と花陽に言った。
「凛さんと花陽さんも浴衣、似合ってますよ」
「あ、ありがとにゃ」
「やっぱり、正面から言われると照れるね」
頬を赤くする凛と花陽に苦笑していると、ペコが言い出した。
「いやぁー、美少女が3人。しかも浴衣姿! こりゃテンション上がるよなぁ!」
確かに美少女が3人集まっており、浴衣姿だ。先ほどからチラチラと通りがかりの男性達が見ているほどなのだから、これは男子的に嬉しい事なのだろう。
「そうだな」
「そうですね」
「あれっ、反応希薄!?」
しかし、アキトとミツザネはあくまでも平坦な反応をする。
ペコと違って日頃から一緒にいる事が多いのだ。ここで変なテンションになってしまったら、後日気まずい空気になりかねない。
もちろん、美少女と一緒にいられるのだから嬉しい事この上ない。恥ずかしいので言葉にはしないが。
「さて、そろそろ露店を回りましょうか」
「人が多いから、迷子になっちゃダメだにゃー」
「真姫、悪いんだけどリス園で首輪とリール買ってきてもらえるか?」
「アキト、どういう意味にゃー!」
うにゃー、と騒ぐ凛と弄るアキト。それを見たペコは大爆笑し、微笑ましそうに真姫と花陽、ミツザネは見守る。
やはりこの世界に狂気は必要ない。こういう有り触れた世界に、闇は必要ない。
優しい世界に、力は要らないのだ。
「で、結局逸れる訳ね」
「まぁこの人だかりじゃしょうがないっしょ」
呆れたように肩を竦める真姫を宥めるように、ペコが言ってきた。
6人で合流して束の間。とりあえず食べたい食べ物を買ってどこかで食べようという話しになり、一先ず解散。
その時点で真姫は嫌な予感を覚え、その予感は的中。待ち合わせ地点には人の流れが出来てしまい、その流れを突っ切って合流出来たのはペコだけだった。
「まぁー、呉島はしっかり者だし、啼臥も星空の前じゃちゃんとするから心配は要らないでしょ。そのうち合流出来るって」
「わかってるわよ。心配してる訳じゃないわ」
あのアキトの事だ。人混みの中あったとして、意地になってでも凛の手を掴もうとするだろう。
ならばどちらかと言うと心配なのは花陽の方だ。ミツザネの事だから機転を利かせてくれるだろうが、万が一花陽が1人になってしまい、さらに変な男に連れて行かれたりでもしたら。
「おっ、小泉から連絡だ。啼臥と一緒にいるってさ」
「えっ?」
焼きトウモロコシを丸かじりしながら携帯を弄るペコに、真姫は驚いて思わず振り向いてしまう。
焼きトウモロコシを丸かじりにしながら喋った事に対してではない。
アキトが凛ではなく、花陽といる、という事に対してである。
花陽もアキトの幼馴染みだ。真姫よりも親密性で表せば近い所にいるだろうし、何らおかしくはない。
だが、今までアキトと戯れるのは凛で、花陽は後ろから見守る。その形が当たり前だったからこそ、驚いてしまった。
「あ、呉島からは星空といるってさ」
「意外ね。アキトが花陽となんて………」
高校からの2人しか知らない真姫が呟くと、ペコは首を傾げた。
「そうかな。だって、小泉って啼臥の事好きでしょ?」
一瞬。いや、数秒間ほど真姫の思考が止まった。
「ゔぇええぇっ!!?」
驚いて思わず後ずさりしてしまう真姫だが、ペコは何を今更といった感じで首を傾げた。
「何をそんなに驚いてるの?」
「だ、だって………」
今までのアキトと花陽の関係を見ていると、意中の相手というよりも親友のような関係に思えた。
それがまさか、好意的な物だったとは。
「いや、そもそも小泉は小学生の頃、啼臥に告白してるぞ」
「こ、こくっ………!?」
生まれて此の方箱入り娘とまでいかなくとも、まともに異性と付き合いなく、当然恋など漫画の世界の話しである真姫にとって、友達が告白したなどという話しは刺激が強い。
まるで茹でトマトのように顔を真っ赤にしているが、真姫は気になって尋ねた。
「で、へ……返事は………?」
「想像の通り、啼臥は小泉を振ったよ」
それはそうだろう。もし付き合っていたら、今の形は有り得ない。
しかし、ペコは妙な言い方をしていた。
「待って。まさか花陽って今でも………」
「好いてるだろうね、啼臥を」
好きな相手に振られて、その相手が自分の親友と仲良くしている。
それを見る姿は、どのような気持ちなのだろう。
いや、何故。
「振られたのに、まだ好きでいられるんだろう………」
「さぁ? それは小泉にしかわからないけど………聞いた話しだとね」
ペコは昔を懐かしむように、先ほどのような豪快さではなくちんまりと焼きトウモロコシを食べながら言った。
私が好きなのは、凛ちゃんと仲良くしているアキト君だから。これでいいんだよ。
その言葉に、真姫は愕然となった。花陽は確かに引っ込み思案で人見知りだ。
しかし、だけど。
勇気を振り絞った今が現在の形だというのなら、一体どこに花陽にとっての救いがあるというのだろうか。
「そんなのって………!」
「ちょっとちょっと、真姫ちゃんが怒る事ねーでしょうよ」
「だって、そんなの花陽が可哀想よ!」
怒りを顕にする真姫に、ペコはひょいっとフランクフルトを差し出す。
「ひょっとして、啼臥に文句言ってやろう、とか思ってる?」
「当たり前でしょ!」
すると、ペコは明らかに落胆したように息を吐いた。
「真姫ちゃんって、頭いいけど馬鹿だね」
「なっ………!」
「これは当人の問題なんだから、外野が口出していい事じゃないよ」
「わかってるわよ! けど………」
「落ち着きなって。過程はどうあれ、小泉は今の現状で満足してる。なら、いいんじゃない?」
慌てる事なく告げるペコに、真姫は少しの苛立ちを覚えるも力を抜くように息を吐いてフランクフルトを受け取る。
確かに人間関係というのは複雑で、下手に刺激したら大事になる事がある。
真姫自身も花陽が報われないと思いつつも、この関係が崩れてしまう事を恐れているのも確かだ。
「……………本当にいいの、花陽?」
そう思いつつ、直接問い質す事は出来そうにない。
それはきっと、その言葉を口にしてしまえば、今が壊れてしまうかもしれないからだ。
「おっ、啼臥からだ。少し歩いた所に牡丹園があるからそこで落ち合おうだって」
「アンタ、よく平然としていれるわね」
すると、苦笑を浮かべたペコが告げる。
「オイラもわかるからさ。小泉の気持ち………好きな相手が、その好きな人といて楽しそうに笑っている姿。それが一番、好きな姿だからさ」
「ペコ…………」
その言葉の意味がわからない真姫ではない。
しかし、その事を追求せずに歩き出したペコの横に並ぶ。
人にはその人の距離がある。それは友達であったり、親友であったり。
その人との距離を計るのはとても難しく、またすぐに移ろうものだ。
だからこそ、人間関係というのは複雑なのかもしれない。
「あ、ちなみに20分ほど歩くそうだから」
「歩きにくい浴衣で歩けと………?」
ついでに、怒りを覚えるのに距離感は関係ない模様。
ミツザネは星が輝く夜空を見上げながら、暑さの中に吹く風の涼しさを満喫していた。
アキト達と合流して一度解散。それがきっと、運の尽きだったのだろう。
結果、アキト達とは離れ離れになってしまい、合流出来たのは凛だけであった。
「ミッチー!」
呼ばれて顔を向けると、そこには浴衣でありながら活発に走ってくる凛の姿が。
ミツザネの前までやって来ると、凛は一瞬だけ呼吸を整えて持っていた焼きそばを差し出してきた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます、凛さん」
受け取りながらミツザネは苦笑。本来ならばここに立つべきは自分ではなく、あの謎キャラだというのに。
そも、今回の祭りの誘いもこの2人を近付かせる為に思いついたのだ。もちろん、兄関連のついでではあるし、花陽達を誘う気でもいたが、やはりミツザネとしてはアキトと凛の関係が気になる。
別段、アキトに対して性的な感情を抱いている訳ではない。
ただ、ミツザネにとってアキトは本当に初めての友達なのだ。
元いた沢芽シティで通っていた学校はユグドラシル直下の進学校であり、誰もかれもが周りは成績を競い合う敵。学校行事には共同生活を思わせる物はなく、あるのは下の者を支配する事を学ぶ為の授業。
そんな環境で学友などという存在が出来る訳もなく、ミツザネにとって学校とは塾よりも過酷な監獄のようであった。
途中で知っで加入したチーム鎧武では最少年メンバーという事で仲間として受け入れられたりしたが、周りからは弟のように扱われた。
それは決して不快ではなかったし、当時タカトラとも上辺のような付き合いだったので、本当の弟のように可愛がってくれるコウタ達にはありがたかった。
しかし、それはどう見繕っても対等という訳ではない。もちろん、感謝しているし嫌な気持ちは一切ない。
けれども、それは対等な友達の関係ではなかった。ミツザネが欲しかった憧れとは少し違ったのだ。
だから、呉島ミツザネにとって啼臥アキトとは、生まれて初めて出来た対等の男友達なのだ。
馬鹿をしたり、凛達は知らないが2人で出掛けてカラオケしたり、夜通しでゲームやバカ騒ぎ。
それがたまらなく、ミツザネには嬉しかった。
だからこそ、わかる。
アキトはこの猫娘といる時が一番大変そうで、楽しそうだという事が。
2人には幸せになって欲しい。
だからこその祭りだったのだが。
「凛さん、どうしてアキトではなく僕の腕を掴んだんです?」
アキトと凛。てっきりこの人混みの中で離れないようにするだろうと思っていたからこそ、花陽と合流出来るように計ったのだが。
まさか、凛の方から腕を掴んできたのだ。
好意を持たれている、と思い込むほど浮かれた目をミツザネはしていない。
「んー、なんとなくかにゃー」
「せっかく2人っきりになれるチャンスだというのに」
ミツザネが呆れてみると、凛はやっぱりといった感じの顔をした。
「もう、ミッチは気を遣いすぎだよ。私達には私達のペースってものがあるんだから」
「それはそうですが………」
そこまで言いかけて、ミツザネは思わず凛を見やった。彼女はきよとんとした表情で首を傾げており、恥ずかしがる事なく告げる。
「ミッチに隠しても無駄でしょ?」
「…………認めるくらいなら告白すればいいのに」
「…………今の関係が一番心地いいからね」
アキトがいて、花陽もいて。もちろんミツザネと真姫も含まれているだろうが、凛にとって一番大切なのは幼馴染み2人だ。
ずっと一緒にいたかったのに離れてしまったアキトと、ずっと傍にいてくれた花陽。
その2人が一緒にいて、さらに友達もいてくれる。
きっと、その絶妙な距離感がいいのだろう。誰も傷付く事なく、皆が笑顔でいられる素晴らしい今が。
その気持ちはミツザネには痛いほどよくわかる。
「……………ダメですよ、凛さん」
だからこそ、言わなければならない。
「確かに今は楽しいかもしれない。だけど、人は必ずそこから旅立っていく。過去なしがみついていては、ただ取り残されるだけだ」
「ミッチ……?」
普段のような飄々としたものではないからか、凛が不思議そうな顔をする。
「…………忘れないでください、凛さん。貴女は独りじゃない。アキトは花陽さんはもちろん、僕らにμ'sの皆がいます」
凛が道を踏み外すような事はけっしてない。あの時と違って、凛には多くの仲間がいる。道を間違ってしまったら引き戻してくれる仲間が。
「突然どうしたにゃ、ミッチ?」
「別に。嫌な予感を覚えたので、失敗してようやく皆に追いつけた先輩からのアドバイスですよ」
そう告げてミツザネは歩き出した。
「さぁ、行きましょう。皆も向かっているでしょうから」
「変なミッチー」
「それはきっと、これのせいですね」
ミツザネはずっと隠して飲んでいた白い泡と黄色液体の入ったコップを見せた。
「未成年は飲酒禁止だにゃー!」
「はっはー、もうすでに時遅しですぞー!」
本当は単なるレモン味のジュースなのだが、そういう事にしておこう。
真面目な話しでアドバイスなど、ミツザネのキャラではないからだ。
屋台などで買った食べ物と近くのコンビニで買ったお菓子類を広げながら、アキトはベンチに座りなが首かは下げているトイカメラに触っている。
それを見ながら花陽は、この少年は全く変わっていないな、としみじみ思った。
薬師池公園より少し上に上がった所にある牡丹園。ここは5月ともなれば豊富な牡丹の花で包まれる場所なのだが、7月ともなればあの時の華やかさは夏の熱気に溶けてしまったらしい。
以前、5月頃か。花陽はこの牡丹園を訪れた時がある。ゴールデンウィークでたまたま地方からこちらへ来ていた祖父母の付き添いで母とここに来たのだ。
その時、本当に偶然でアキトと出会ったのだ。アキトは1人で久々に再会した母はせっかくだからと一緒に回ったのである。
その時も、アキトはこうやってトイカメラで撮影していた。
「…………そういば、そのトイカメラ。前ここに来た時には人から貰ったって言ってたね」
「あぁ、俺様でいけ好かない通りすがりの説教屋にな」
「どうしてるのかな、その人?」
さぁな、とアキトは顔を上げてどこか遠い所を見ているように呟く。
「どうせ面倒事に自分から首突っ込んで説教してしてんじゃないかな」
そこで区切って、面白そうな笑みを浮かべた。
「世界の破壊者、らしいからな」
「…………世界の破壊者?」
花陽が首を傾げると、アキトは何でもないと言って立ち上がる。
「皆ちゃんと来れるかなー」
「……………どうして私だったの?」
それだけで、言葉の意味は通じたはずだ。
何故、凛ではなく花陽の手を取ったのか。
「知ってるはずだよ? アキト君に対する、私の気持ちは」
風が吹く。例え何年も経っていようと、この言葉を口にするこには勇気が必要で、勇気を振り絞ると身体が熱くなる。
それでも、もうこの言葉を言う事に躊躇いはない。
「私はアキト君が好き」
例え何年経っても、一度離れ離れになっても、決して色褪せる事のなかった強い強い想い。
それは忘れられると思っていたが、反して強くなっていった感情。
「例え振られたりしたけど、その気持ちは変わってないよ」
「…………知ってる」
ぼそりと、アキトは振り返らずに告げた。
それは惜しくも、あの時と同じ光景だ。
「でも、俺はさ………」
「わかってる。わかってるよ………」
その返答の先も、あの時と同じ。遮ったのも同じ。
まるであの時を再現しているようで、花陽が不意に失笑を漏らした。
それで気付いたのかアキトは振り返ってくる。その顔には何とも言えない感情が付いていた。
「変わんねぇな、俺達」
「お互い様だよ」
変わらない。何年も経っているというのに、どちらも肝心な所は変わっていない。
それが嬉しくて、花陽ははにかむように笑う。それにつられてアキトも笑い、ふと尋ねてきた。
「なぁ、かよちんは幸せか?」
「うん、幸せだよ。この世界できっと、3番目にね」
「何で? 1番目じゃねぇの?」
きょとんとするアキトに、花陽は優しく笑いかける。
「アキト君はずっと2番目でいてね」
「……じゃあ1番って誰さ?」
それは決まってるよ。きっと、今頃こっちに向かっているであろう幼馴染みを思い浮かべて。
「だって、1番はアキト君の手を引いていく凛ちゃんだよ」
「かよちん…………」
まさかそう返してくるとは思っていなかったのか、アキトは驚いた顔をする。
そんな彼の前に出て、花陽が言う。
「アキト君が笑ってくれるなら、それが私の願い事だから………君が世界で2番で、その手を引いていく凛ちゃんが1番なら」
それはきっと、花陽だけに留まらない有り触れた話し。
決して特別なんかじゃなくて、どこにでも転がっているソプラノのように綺麗な話し。
「自動的に私は世界で3番目になるんだよ」
「…………もうちょい欲張っても文句は言われないんじゃない?」
「それが私だもん、きっとね」
互いに苦笑して、ふと入口の方から騒がしい声がしてくる事に気付く。どうやら他の皆もも合流出来るしたらしい。
変わらない。この気持ちも、この距離も。
変わって欲しくない。
だからこそ、強く決意する。
「アキト、大変にゃ! ミッチが酒飲んでる!」
「えっ、もうビール買っちまったけど?」
「ゔぇえ!? どうやって買ったのよ未成年!」
「マジかよー、摘みはー?」
「あるみたいですね。今日は酒盛りだー!」
わいわいと騒ぐ仲間達。μ'sとは違うが、一緒にいて楽しい友達。
この今を守る為に、出来る事をする。
例え、例え。
「世界の理を外しても」
花陽の脳裏に蘇る、昼間の光景。
凛が倒れてしまった瞬間、花陽には見えていた。
蓮池の中央に立つ、人の身体に牛の頭。
件。
その件は、花陽に予言を齎した。
お前が最も愛する男は、いずれ紅い華を咲かす。
させない。その予言は叶えさせない。
この優しい世界を守る為に。
花陽の瞳が輝く。
誰にも気付かれずに、花陽の右目は赤く変化していた。
その赤い眼が、優しく友達達を写していた。
啼臥アキトが所持するロックシード
・レモンエナジー
・バナナ
・ローズアタッカー
次回のラブ鎧武!は……………
「そんなに怒ってはダメです! 笑顔が一番ですよ? さぁ皆さん御一報に………にっこにっこにー♪」
奇妙な幼女とガキと遭遇してしまったカイト。
「…………大和西大寺」
『何?』
「私がいるのは奈良県よ……………」
保護者に引き渡そうと思っても、そう簡単にはいかず。
「またサガラの仕業か」
「十中八九そうでしょうね」
合流即犯人断定。もうあいつは斬った方が世の為なのではないだろうか。不可能だが。
「…………悪くないものだろう。自分で風呂に入るというのも」
何故に風呂?
次回、ラブ鎧武!
21話:25億秒の使い方 ~バロンの夏休み~
………………高橋のくせに、
高橋のくせにいい歌詞作るんだからっ!
高橋のくせに!!
はい、如何でしたでしょうかソプラノ後半戦。
サブタイトルのソプラノとは好きなバンドの唄のタイトル。もしかよちんのセリフだけでそこにつながった人はすごいと思います。
ちなみに、次回の25億秒の使い方も同じバンドの曲です。ニコ動とかに挙がっているのでぜひともご覧ください。いい歌ですよ。
さて、ぼちぼち作品の方をば。
今回は妖怪というジャンルが異なる要素を織り交ぜてみました。パスタの付け合わせ程度ですが。ホラーというか単なる退魔な感じで書いてみましたがどうでしょうか。参考文書は「少年陰陽師」ですので、ちょっと普段より趣向が異なっているかもしれません。
結局、件と夢の関係性はうやむやです。というか、凛ちゃん自体が夢のこと忘れてしまっているので。
はたして明かされる日は訪れるのでしょうか。
次回はタイトル通りカイトのお話。にっこにっこにーをする幼女。一体誰の妹なんだ………
このカイト回を終えたら合宿編に突入します。先に言い訳しておきますが、このシナリオは本当に劇場版公開される前から立てていたことなので、このまま突き進みます。
劇場版といえば、自分は3回言ってコンボがまさかの海未たそ海未たそ海未たそで3回目はさすがに劇場で叫びました。もし心当たりある方、そのキモオタがラブ鎧武!の作者です。
ですが、もう内容は涙なしでは語れますまい………そして最初の凛ちゃんがマジでかわいかった。ぜひとも映像を手元に置いて永遠と流したいですな…………
そんなこんなで、今日も謎と凛ちゃん大好きなグラニでお送りしました!
ぜひとも感想、評価など気軽によろしくお願いします!
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