ラブ鎧武!   作:グラニ

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外れない。


件の予言は、外れない。




19話:ソプラノ ~件の予言~

アーマードライダー鎧武こと葛葉コウタは不注意で高坂穂乃果、園田海未、南ことり、綺羅ツバサとデートの約束を交わしてしまう。

 

1日の間で4人もの相手に奔走するコウタだが、次第にこれは違うのではないかと思うようになった。

 

街を脅かすインベスとの戦いを勝ち抜き、コウタはことほのうみに説明する。

 

そこには笑顔しかない。

 

それを遠巻きに、羨ましげに見ていた少女がいた事に気付かず、日々は夏へと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星空凛が目を覚ますと、そこは見知らぬ場所だった。

 

草木が生い茂り、どこかの森のようだ。木々に蔦が巻き付いている姿は世界を侵食しているように思える。

 

否。

 

見知らぬ世界であるはずなのに、どこか見覚えがある。

 

ふと、凛は足元に転がっている紫色の果実に気付く。

 

それはロックシードの元となっている果実。

 

世界を己色に染める為の禁断の果実。

 

ヘルヘイムの果実。

 

それを見て、ヘルヘイムの森なのだと凛は知覚した。

 

本来、ヘルヘイムの森へはアーマードライダー以外。正確にはユグドラシルしか行き方は知らされておらず、一般人である凛が足を踏み入れられる場所ではない。

 

何故、ここにいるのだろうか。目覚める前の記憶は曖昧で、凛は寂しげに手を握る。

 

いつも優しく包んでくれる大きい手は、ここにはいない。凛しかいないのだから当たり前なのだが、その当たり前が当たり前であって欲しくないと強く思う。

 

ふと、凛の耳に激しい音が響いてくる。それは最近になって聞きなれた命のやりとり、戦闘音だ。

 

自然と凛はそちらへと歩き出す。

 

雨が降ったのか地面は抜かるんでおり、踏む感触に気持ち悪さが増して感じられる。

 

そこで凛は、自分の格好が音乃木坂学院の制服である事に気が付く。しかも、ブレザーまで羽織った春服である。

 

可笑しい。世間ではすでに夏に突入しているので気候は茹だるような暑さだ。ついこの前音乃木坂学院でも終業式が行われ、学生達は夏休みを堪能しているだろう。

 

なのに、μ'sの活動でもないのに制服を着ている事を怪訝に思う。

 

だが、今は暑いのかと問われればそうではなく、このヘルヘイムの森は比較的過ごしやすい気候に感じられる。ヘルヘイムの森に気候という概念があれば、の話しだが。

 

その時、戦闘音に混じって苦悶の声が届いた。微かなもので聞き逃してしまいそうなほどだったが、それは今凛が最も聞きたい声だった。

 

逸る気持ちに従うように凛は走り出す。走るのは得意であるはずなのに抜かるんだ地面である事と、心だけが先に行ってしまっているからか上手く走れなかった。

 

転けそうにになりながらも凛は木々を抜けて、やがて開けた場所へ出た。

 

そこには広い湖があった。水面には薄ピンク色の花が一面に咲いており、そこだけが切り離された世界のような幻想的な魅力を放っている。

 

その花を凛は知っている。幼い頃、湖の中央にいる幼馴染みと行った事がある。

 

花言葉は「清らかな心」「神聖」「離れゆく愛」。

 

その中央に立っているのは、幼馴染みの啼臥アキト。

 

相変わらず住んでいる国を間違えているのではないかと思うくらいのエスニック衣装であるが、それよりも目を引く物が腰に装着されていた。

 

戦極ドライバー。

 

アーマードライダーに変身する為に必須なアイテムであり、一般人であるはずのアキトが手に出来るような物ではない。

 

本来、ロックシードがハメられているはずの部分にロックシードはなく、アキトは敵意に満ちた目で彼方を睨んでいる。

 

いや、その先には明確な敵が存在していた。

 

アーマードライダーデューク。

 

街を幾度なく守ってきた戦士が、アキトと対峙している。はっきりとした敵意を持って。

デュークはゲネシスドライバーからレモンエナジーロックシードを外して、手に持つソニックアローにセットした。

 

 

『ロック・オン』

 

 

まさか、アキトに向けて放つ気か。

 

瞠目する凛だが、その予想は外れておらず真っ直ぐにアキトへ矢先を向ける。

 

凛は止めようと足を動かそうとする。

 

しかし、その足にはいつの間にか蔦が巻き付いており、身動きが出来なかった。

 

まるで、未来は変えられないと突き付けられているように。

 

ソニックアローの弦を引き絞り、エネルギーが集まっていく。

 

アキトはまるで観念したかのように、そして悔しげな目でデュークを睨みつける。

 

やがて。

 

 

『レモンエナジー!』

 

 

放たれた矢は予想をするよりも明らかで、真っ直ぐにアキトへと飛んでいく。

 

決して戻る事のない矢。その矢から、何故か目を離す事が出来ない凛。

 

そして、

 

その矢はアキトを貫き、紅い華を咲かす。

 

まるで、水面に浮く紅いーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!」

 

凛ががばっと起き上がると、いつも見慣れた自分の部屋だった。

 

頭を抑えるとかなりの汗を書いており、寝巻着もぐっしょりと濡れてしまっている。

 

やけにリアルで、嫌な夢だった。それも内容まではっきりと覚えている為、嫌な気持ちが凛に巻き付く。

 

時計を見れば早朝の4時。本来ならば、特殊な事情がない限りは夢の世界であり、それはアキトとて例外ではない。

 

しかし、それでも。

 

凛は飛び出すようにベッドから出て、気持ち悪い寝間着を脱ぎ捨てる。

 

どこに行くのかなど、考えるまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

############

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アキトの起床時間は遅い。というのも、ラーメン仁郎が開店するのは昼時であり、それ以前の仕込みなどは父親、仁の仕事だからだ。

 

なので家事などがあればそれなりに早く起きるのだが、それにしても朝6時に起きるのは稀だ。

 

それにも理由がある。

 

「………………なんでさ」

 

抱き着いて嗚咽を漏らしている凛のせいで、起きざる得なかったのだ。

 

どうして幼馴染みの凛が泣きじゃくっているのか、まったくわからない。

 

昔から屋根などを上手く使って、本物の猫のようにアキトの部屋に侵入してくるのはいつもの事であった。しかし、ここまで泣いて震える事はなかった。

 

いや、一度だけあった。猫を助けられず、悲しみに震えた時。

 

最初は暑苦しいだの鬱陶しいだのと引き剥がそうとしていたアキトだが、やがてそれも諦めて凛が落ち着くのを待つ事にしたのだ。

 

さきほどから漂ってくる女の子特有の匂いに理性が削がれつつあるも、なんとかコウモリインベスを呼び出して携帯電話を持ってこさせる。

 

ひとまず電話は無理とあろう。そもそも、今は早朝の5時。電話するにははばかれる時間帯だ。

 

なので、メールを送る事にする。送信相手は星空家次女、つまりは凛のお姉さんである星空藍だ。

 

何でか凛がウチに来ているのですが、どういう事なのですか。

 

簡潔ではあるが文章を作成してメール送信。すると、返事はすぐに返ってきた。

 

アキト君のトコにいるなら安心したよ。あ、ちゃんとゴム付けるんだよ?

 

「何の話ししてるんだよ!?」

 

思わず反射的にツッコミ、携帯電話を投げ捨ててしまう。

 

しかし、凛からの反応はない。よく見てみれば眠っており、アキトは何とも言えない気持ちになり口をへの字に曲げる。

 

いたたまれない思いはあるものの、投げ捨てる事も出来ないのでアキトは凛と一緒にベッドに倒れ込んだ。このまま二度寝するのが一番幸せな選択なのだろうが、そうすれば仁に見つかって一悶着あるのは確実である。

 

「もう夏だってのになぁ………」

 

7月下旬。世間の学生達は夏休みに入っており、凛が通う音ノ木坂学院も例外ではない。しかし、スクールアイドルμ'sはスクールアイドルの祭典『ラブライブ!』に出場する為、部活動のように練習に励むのだろう。

 

暑さにやられなければいいが、と保護者のような事を考えてしまうアキト。最も、年がら年中常夏状態の厨房がステージであるアキトも人の事言えないのだが。

 

「………………」

 

喋る相手もいないので無言が続く中、ようやく瞼が重くなってきたアキト。

 

抱き着かれているとその部分に熱が篭ったりして汗がべたつく嫌な感触の中に漂ってくる女の子特有の匂いに理性が削れながらも、アキトの思考は闇に沈んでいく。

 

果たして、凛がここまで泣きじゃくるとは何があったのか。起きたら尋ねよう。

 

そう思っていたアキトだが、次の目覚めは案の定勘違いをした凛の悲鳴と共に繰り出されたビンタだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから、そんな紅葉が出来てる訳?」

 

「俺、何もしてないのに理不尽だよな………」

 

厨房で皿洗いをしながらアキトが述べた内容にら呉島ミツザネ凛を見やる。凛は茹でだこのように顔を真っ赤にさせてテーブルに突っ伏していた。

 

朝、宿題をしているとアキトからメールが届いた。凛が云々かんぬんという事で取り敢えずラーメン仁郎に向かうと、そこには頬に手のひらの後がくっきり残ったアキトと赤くなっている凛が。

 

それで話しを聞いたのだが、聞く限り確かにアキトに落ち度はない。しかし、どういう訳か凛の両隣に座っている西木野真姫と小泉花陽はジト目でアキトを見やっていた。

 

「どうだか……どさくさに紛れてなんかしたんじゃないの?」

 

「凛ちゃんの匂いを嗅いだり、その柔肌を堪能したり………」

 

「あのな、密着してたら匂いだって勝手に鼻に入ってくるし、肌だって触れ合ってるんだから仕方ないだろ。あと、俺限定で毒吐くの止めろよな、かよちん」

 

2人の美少女からのジト目にもスルーしてアキトは洗い物が終わって、凛へ目を落とす。

 

「で、何で朝っぱらから飛び出したんだ?」

 

「………………た」

 

4人からの視線を受けた凛はポツリと零した。

 

「えっ………?」

 

聞き取れなかった為に花陽が声を漏らすと、凛は身体を起こして告げる。

 

「アキトがアーマードライダーデュークに殺される夢を見たの」

 

「………………は?」

 

ぽかんとなった表情でアキトは首を傾げ、真姫と花陽は驚く。ミツザネは表情を変えずに口元に手をやって隠すと、様々な反応を見せる。

 

凛はまるでダムが決壊したように再び涙が零れ始める。

 

「す、凄くリアルで………凛、まさか本当にアキトが………って考え、たら…………!」

 

「あーあー、わかったわかった」

 

泣き出す凛を前に狼狽する真姫に変わるように、タオルで手を吹きながら厨房から出たアキトは凛の後ろに立つと、その頭を撫でた。

まるで泣く猫をあやすように優しく撫でる手を、凛は無言で両手で包み込む。

 

少しだけほっこりとした空気が流れる中、ミツザネはよしっと手を叩く。

 

「ところで、明日の夜って皆さん空いてます?」

 

「何よ、突然?」

 

若干、真姫から空気読め的な視線が送られてくるが、ミツザネは構わず1枚のプリントを広げて見せた。

 

「薬師池公園夏祭り?」

 

「薬師池って確か町田にある公園だよな。リス園の傍の」

 

プリントを取った真姫の言葉に、アキトが答える。

 

町田市とは東京都の町であるが、地図で見れば東京からはみ出た所にあり、神奈川県に半ば組み込まれているような形になっている所にある場所だ。しかし、小さな渋谷と称されるほど栄えており、それなりに人が集まる場所だ。

 

「アキト、知ってるの?」

 

「5月は牡丹の花、今の季節なら蓮で有名な所だからな。俺も毎年足を運んでる」

 

これは意外、と真姫は目を丸くする。対して幼馴染みである花陽はそういえば、と思い出したように言った。

 

「昔だけどアキト君と凛ちゃんとで上野にある蓮、見に行ったよね」

 

「行った行った、懐かしいなー。確かあそこで珍しいあか………」

 

「やめて!」

 

アキトの昔語りは、立ち上がった凛の声によって止められる。流石のアキトも、真姫も、花陽も、ミツザネも驚きで固まってしまう。

 

その反応に、凛ははっとなって座り込んだ。

 

「ごめん…………」

 

「………まぁ、お前がどんな夢を見たのかは知らないけどさ。そう簡単にくたばりはしないって」

 

不安がる凛を安心させるようにアキトが言うと、数瞬した後に頬を自分で叩いた。

 

その気配はうじうじした凛ではなく、いつもの活発な少女である。

 

「アキト、いつもの!」

 

それを見てミツザネ達は笑い合うと、カウンターの席へ集まった。

 

「僕も貰おうかな。もうすぐ昼だし」

 

「私も」

 

「ご飯大盛りで!」

 

「………ミッチ達はともかく、凛はさっきラーメン1杯食ったはずなんだけどな?」

 

そう呆れつつも、アキト自身は凛が元気になった事を嬉しく思っているようである。

 

しかし、と厨房に戻っていくアキトを見つめてミツザネは思案する。

 

アキトは確かに謎な所が多い。オープンキャンパス時にミツザネ達と音乃木坂学院のパイプを取り持ったのは彼の功績と言っても過言ではないだろう。

 

一般人であるはずなのに、一般人らしくない。さらに言えば、アキトはそれを隠そうとも惚けている訳ではない。わざと周りに見せつけている節がある。

 

まるで、自分は”異端者(アブノーマル)”だと言いふらしているかのようで、ミツザネは友に警戒心を抱かなければならなくなった。

 

だが、ユグドラシルの諜報部が探った結果は、至って平凡な少年だという事。高校にも通っていないというのもあるが、母親がおらず自営業であるという点を見れば可笑しい所は何一つない。

 

ないはずなのに、何故か違和感を脱ぐえない。

 

その少年が殺される夢を見たという凛。何てことはない、不吉ではあるが所詮夢だ。

 

夢のはずなのに、どこか気になっている自分がいる。

 

「…………馬鹿だな」

 

花陽が渡してくれた冷水を一口飲みながら自嘲する。夏間近で疲れているのだろう。

 

ーーーー………かす。

 

 

「っ!?」

 

瞬間。

 

ミツザネの耳に届く。歪な、まるで壊れたラジカセのようひび割れた声が。

 

 

ーーー……………華を咲かす。

 

 

そして、ミツザネは見る。

 

見てしまう。

 

ラーメン仁郎の入口に立つ、赤い着物を纏った女性らしき姿。

 

夏真っ盛りで暑い気候に合う薄い着物には花の刺繍が施されいるが、花について知識のないミツザネにはその花の名はわからない。

いや、花の名よりも疑問を持つべきは、それを纏っている存在。

 

女性らしきと判断したのは着ている着物が女性物であるからで、それは間違っていないと思う。

 

疑問なのは、ソレを女性と呼称すべきなのか。

 

そもそも、人間なのか。

 

この世界には人間意外にも生命が存在する。隣接するヘルヘイムの森の住人。即ちインベスである。

 

だが、ソレはインベスなどではない。アーマードライダーとして戦っているからこそ、それはもっと違う物だと本能が語っていた。

 

人間と呼べるのか。

 

牛の顔をした存在を、人間と呼べるのか。

 

 

ーーー………………紅い華を咲かす。

 

 

壊れたラジカセのようなひび割れた声で、それは同じ事を繰り返す。

 

 

ーーーお前が最も親しい友と感じている者は、いずれ紅い華を咲かす。

 

 

「ミッチ?」

 

はっと、真姫の声でミツザネは自我を取り戻す。まるで水を掛けられたかのように、夢から現実に引き戻されたかのように。

 

顔を動かすとカウンターにはアキトに頼んだラーメンが置かれており、凛は花陽はすでに食べ始めている。

 

真姫は割り箸を割った所でミツザネの異変に気付いたらしく、ラーメンには手付かずだ。

 

「あ、れ………」

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

真姫が心配してくるのを他所に、ミツザネは入口を見やる。

 

そこには着物を来た牛顔はおらず、晴れた日差しに照らされた道路が見えるだけだ。

 

「今、外に………」

 

「どうした?」

 

ミツザネの様子に気付いたアキトが手を拭きながら声を掛ける。それにより凛と花陽も気付いたらしく、箸を止めた

 

「外に牛の顔をした女の人が………」

 

「はぁ?」

 

4人は揃って入口を見やるが、当然何もない。暑そう名外が見えるだけだ。

 

「何もいないよ?」

 

「っていうか、牛の顔をした人間なんている訳ないじゃない」

 

凛と真姫に言われて、ミツザネはしばらく沈黙してから乾いた笑みを零す。

 

真っ昼間から何を言っているんだ。これでは頭が可笑しい変人ではないか。

 

疲れている、疲れているんだ。そう自分に言い聞かせて割り箸を取る。

 

「すみません。きっと見間違いでした」

 

「そいつ、何か言っていたか?」

 

気の所為で済まそうとした所で、アキトが尋ねてきた。

 

嫌な予感しかしないが、ミツザネは重い口を開こうとする。

 

「あぁ、言わなくていい。そいつを言葉にしたら現実になる。せっかく予言で留まってるんだから、現実にするかどうかはちゃんと考えた方がいいからな」

 

「アキト、何か知ってる?」

 

凛が尋ねると、アキトは言いたくないのか口篭る。しかし、そのような言い方をされてしまえば気になるのは当たり前なので、観念したように喋り出した。

 

「そいつはきっと『(くだん)』。これから起こる事を予言していく妖怪だ」

 

「よう、かい………?」

 

怪訝そうに反芻する花陽。インベスという存在が確立してから幽霊や妖怪といった類の仕業はインベスによる物ではないか、という話しが広がっているの為、オカルトはさらに遠い存在となっているのだ。

 

夏の風物詩とも呼べる肝試しというのも影が薄まっているのが現状であり、ミツザネも妖怪という単語を聞いたのも随分と久し振りである。

 

「アキト。この御時世に妖怪なんて流行らないにゃ」

 

「けど、あの淡路大震災の直前に多くの人が目撃したり、色々と伝説を残しているんだぜ?」

 

まぁ全部ネットから情報だから眉唾物だけどな、と付け加えるアキト。

 

「妖怪なんて実在するかわからないんだ。気の所為でいいんじゃないか?」

 

「意味有りげなセリフを零したのはアキトだにゃー」

 

小言を言い合うアキトと凛。

 

ミツザネはもう一度入口を見やる。夏の暑さにやられた、気の所為だ。そういう風に割り切った方が合理的だ。妖怪など非科学的で非常識だ。

 

なのに、どうしてかその件という妖怪が齎した言葉か耳から離れない。

 

お前が最も親しい友と感じている者は、いずれ紅い華を咲かす。

 

それは予言だという。眉唾物で不確かな物。だけど、何故それが強くミツザネの心を縛る。

 

そして、凛が見たという夢。

 

親しい友と夢の内容は一致しており、偶然で片付けるにしては些か無責任な気がした。

 

ミツザネは嘆息するとラーメンを食べ始める。気にはなるが、現時点ではどうしようもない。

 

兄がユグドラシルの重役というだけで、ミツザネ自身には戦う意外の権力(ちから)はないのだから。

 

伸びない内に麺を啜るミツザネ。

 

少しスープを吸ってしまっているがその美味さは格別であり、可能ならこの味をこの先も味わいたいと願うミツザネだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、明日な」

 

夕方頃。いつまでも邪魔している訳にはいかないとまきりんぱなとミツザネはラーメン仁郎を後にした。

夢の後だからか凛は名残惜しそうにしていたが、花陽と真姫に連れられるような形で身を引いた。

 

「所で、コウタ達は誘わなかったの?」

 

ふと思ったので真姫が尋ねてみると、ミツザネは苦笑して答える。

 

「コウタさん達以下2年生組は海未さん監修の宿題地獄。カイトさん3年生は地元に帰省とかだそうです。夏休み後半はラブライブ!に向けて練習が激しくなりますからね。今のうちに宿題とか遊びとか満喫しておかないと」

 

宿題地獄。その光景がありありとイメージ出来たので真姫は思わず笑ってしまった。

 

「今更だけど、どうして町田の祭りに誘ったの?」

 

「実はこの開催に当たって兄さんが絡んでるんですけど、どうしても行けない用事があるんです。なので僕が代役で、ついでにお祭りも楽しめたらなーって」

 

ミツザネの兄である呉島タカトラはμ'sの顧問でありながらユグドラシルの重要なポジションにいる重役だ。音乃木坂学院に赴任してからというもののユグドラシルの仕事が多忙で授業が出来ていないというのは、音乃木坂学院の生徒なら誰でも知っている事である。

 

「けど、アキト君も参加してくれて良かったね」

 

ラーメン仁郎の仕事があるから無理かと思われたアキトだが、何でもアルバイトを雇ったらしく人が増えたとう。

 

スクールアイドルμ'sやアーマードライダーが通っているラーメン屋という事で、ネット上での口コミにより客足が増えたのだという。

アキトのフリーな時間が増える事は嬉しい事だろう。特に凛は気兼ねな遊べると密かにガッツポーズしているくらいだ。

 

「あっ、そうだ。ペコも誘おうよ!」

 

「ペコ君も?」

 

凛の発案に花陽が首を傾げる。

 

ペコとはある一件で知り合ったアキト達の同級生であり、今はビートライダーズだ。時折秋葉原のステージで踊っていたりインベスゲームをしている所を目にしている。

 

「いいですよ。僕は」

 

「………まぁ、異論はないわ」

 

知らない仲ではないし、その人柄も多少は知っている。そも、もし万が一をしでかすような輩ならばミツザネが黙っていないだろう。

 

早速誘いのメールを打つらしく携帯電話を取り出す凛が、不意に怪訝そうな顔をした。

 

「どうしたの?」

 

「…………なんか圏外になってるにゃー」

 

それは有り得ない。ここは屋外で電波は通っているはずだ。

 

「そんな馬鹿な………えっ」

 

真姫が自分の携帯電話を確認すると、アンテナアイコンは消え去り圏外の2文字が表示されていた。

 

瞬間。

 

ざわりとミツザネが警戒の色を出す。

 

「ミッチ………なっ……!?」

 

ミツザネを見やってようやく、真姫はその異変に気が付いた。

 

世界が奇妙な姿をしている。青空だったはずなのに赤と黒が入り交じったどんよりとした色合いに変化しており、その影響か周りの景色も赤黒に侵食されていた。

 

「なっ、何が………!」

 

「3人とも、僕から離れないでくださいね」

 

そう告げてミツザネは戦極ドライバーを腰に装着すると、右手にブドウロックシードを握り締める。いつ何が起きても変身出来るようにしているようだ。

 

いつも歩いている見慣れた道のはずなのに、まるで別世界にでも来たような錯覚を受けて真姫の背中を冷たい雫が走る。

 

凛と花陽を見ると顔には恐怖がありありと浮かんでいる。それも仕方のない事だろう。今まで立ちふさがってきた壁はまだ理解出来る範疇の恐怖だが、それは明らかにそれらを逸脱しているのだから。

 

「…………一度ラーメン仁郎へ戻りましょう」

 

「それは困るな」

 

ミツザネに答えたのは3人ではなくら野太い声だ。

 

はっとなった4人が背後を振り返ると、いつからいたのか1人の男が立っていた。

 

サラリーマンのようなスーツ姿にオールバックの黒髪。顔つきからして30代半ばくらいの人相も悪く、ドラマに出てきそうな定形的な悪役のようであった。

 

「…………何者だ?」

 

ミツザネの問い掛けに男は嗤って答える。

 

沼男(ぬまお)ってんだ。この世界の生命にゃ個を大切する習わしがあるみたいだからな、よろしく」

 

「何者かと聞いている!」

 

ブドウロックシードをさらに強く握り締めるミツザネに、沢田は涼しい顔を向ける。

 

「言うなれば警告者だな。お前、件の警告を受けたんだろ?」

先ほどの出来事を知っている。ミツザネしか知り得ない事を知っているという事に、驚きを禁じ得ない。

 

そして、それは気の所為などではなかったという事。

 

ミツザネは沼男といら目を離さずに真姫達へと告げた。

 

「真姫さん、凛さん、花陽さん。ここは僕が抑えます。その隙に仁郎へ走って下さい」

 

「無理無理。アレに助けを求めたトコでここは隔世の場所。本来お前達がいた場所とは異なる世界だ………誰にも介入出来はしねぇよ」

 

ミツザネの提案が聞こえたのか沼男は嘲笑うように告げて来るが、真姫はその態度が気に入らず思わず叫んだ。

 

「何なのよ、アンタは!? さっきからわけわかんない事ばっかり言って!」

 

「ま、真姫ちゃん………!」

 

未知の相手に強気に出たからか、花陽が服の袖を引っ張ってくる。

 

しかし、沼男は特に気にした様子はなくただただ嗤う。暗く、楽しむように。

 

「警告者だって、わかり易く言えばな」

「何の警告だと言うんだ!?」

 

「件の予言は外れない」

 

っ、とミツザネが息を飲んだ。

 

「どんな事をした所で、それは確定された未来の話し。それが件なんだからな」

 

「何を、言って………!?」

 

「予言は外れない。だが、余計な事をされて内容が変わっても困るんだ」

 

ダメだ、これでは話しにならない。この沼男という男が何を言っているのか真姫を含めて全員がまったく理解出来なかった。

 

わかる事はミツザネが聞いたという件の予言は外れない事と、この世界は沼男が作り出したという事。

 

世界を作り出す。ロックシードとはまったく異なる法則の力。それは常識が全く通用しないモノだ。

 

「いいだろ、アレはこの世界にいちゃまずい存在なんだからよ」

 

その瞬間。

 

「ふざけるなっ!」

 

 

『ブドウ!』

 

激高したミツザネがブドウロックシードを開錠し、頭上のクラックからブドウアーマーパーツが出現する。

 

「もういい。ここからの出方は力ずくで教えて貰う! 変身!!」

 

普段の流れる動作ではなく怒りに任せたような荒々しい動きでブドウロックシードを戦極ドライバーのドライブベイにはめ込む。

 

 

『ロック・オン』

 

 

スライドシャックルを押し込んだのと同時にミツザネはカッティングブレードをスラッシュする。

 

 

『ハィィーッ! ブドウアームズ! 龍砲、ハッ、ハッ、ハァッ!!』

 

 

アーマーパーツが落下してミツザネの身体をライドウェアが包み込む。アーマーパーツが展開し終わる前に召喚されたブドウ龍砲の銃口を沼男に向けて躊躇い無くトリガーを引く。

紫色の弾丸が沼男へと走る。が、それは沼男が右手を掲げただけでかき消されてしまい、それを見た真姫達は驚きに染まる。

 

「何っ!?」

 

まさか攻撃を防げるとは。流石に予想外な事に龍玄は一瞬惚けてしまう。

それは戦いという物にとって決定的な隙であり、沼男は翳していた手を一瞬だけ握って何かを放つように広げる。

 

それだけの動作で不可視の力が走り、龍玄と真姫達を吹き飛ばす。

 

「ぐっ………」

 

「きゃっ!?」

 

倒れた真姫は即座に凛と花陽を見やる。2人とも同じように倒れているが、怪我をした様子はない。

 

「くそっ!」

 

普段の冷静さを失っているかのように悪態を付いた龍玄は、ブドウロックシードを取り外して新たなロックシードを開錠した。

 

 

『キウイ!』

 

 

ドライブベイにキウイロックシードを嵌め込んだ龍玄は立ち上がってカッティングブレードをスラッシュする。

 

 

『ハィィーッ! キウイアームズ! 撃輪、セイ、ヤッ、ハァッ!!』

 

 

銃撃が通用しないのなら斬撃か。新たに見るアームズ、キウイアームズを纏った龍玄はその両手に円状の武器を手にする。おそらく中国で使われていた圏と呼ばれる武器だ。

 

さしずめキウイ撃輪というべき圏を構え、龍玄はそれを沼男に投擲する。

 

キウイ撃輪は沼男の周りを囲むように飛来し、そして切り裂くように距離を縮めた。

が、沼男の周りに不可視の壁のような物が出現し、キウイ撃輪は激突して火花を散らす。

 

「何っ!?」

 

斬撃をも防ぐその力に、龍玄が戦慄の声を漏らす。

 

沼男は少し力を込めて両腕を振るうと壁が弾けて、キウイ撃輪ごと吹き飛ばされた。

 

「っ、うぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

激情に駆られるように龍玄はカッティングブレードを3回スラッシュした。

 

 

『ハィィーッ! キウイ・スパーキング!!』

 

 

翡翠色のエネルギーが龍玄の足へ集まっていき、跳躍してキックを放つ。

 

しかし、それも不可視の力によって受け止められ、あまつさえ弾かれてしまった。

 

「ミッチ!」

 

「うわぁぁぁっ!?」

 

弾き飛ばされた衝撃で龍玄の変身は解かれ、地面に倒れ込むミツザネ。

 

なんだこれは、と真姫は率直に絶望を感じた。一般人からしてみればロックシードによる力も不可思議の塊だというのに、あの沼男という男の力は常軌を逸している。

 

同じ以上であるが、沼男の力は説明出来ないのだ。過程が不明で結果のみが齎されている。それがたまらなく怖くて、理解出来ない事がさらに絶望を増長させている。

 

「ミッチ………!」

 

ダメージを受けて苦しむミツザネに駆け寄る花陽と凛。

 

戦う術を唯一持っていたミツザネは倒れ、いよいよ真姫達には抵抗出来なくなる。

しかし、沼男は特に戦おうとはせずに口を開く。

 

「わかったのなら、何もするな。目的は件の予言を成就させる事なのだからな」

 

「件の予言………それって…………!?」

 

ミツザネのみが知っている予言。それは何なのか、真姫が口にしようとした時だ。

 

頭上にクラックが出現し、そこから影が降り立つ。

 

「なっ………!?」

 

「どうして、ここに………!」

 

「アーマードライダー……シャドゥ………!」

 

真姫達が驚くのも無理はない。

 

降り立った影。それは以前、錠前ディーラーの仲間として戦った謎のアーマードライダーシャドゥだった。

 

背中を向けている為、前の姿は見えない。しかし、相変わらずはためくマントが不気味に動いており、真姫は警戒心を隠さず出す。

 

しかし、その乱入者を認めた沼男は怪訝そうな顔をした。

 

「あ? 何で外部から介入出来るんだ? ここは隔離された世界のはずだぞ」

 

沼男の言葉にシャドゥは無言を貫く。あの丁寧な紳士のような振る舞いは一切せず、ただ黒マントをばさりと羽ばたかせる。

 

すると、真姫達4人を何かの力が働き、身体が宙に浮かぶ。

 

「にゃにゃっ!?」

 

「何何、何なの!?」

 

宙に浮いてスカートがふわりとめくり上がったので咄嗟にスカートを押さえ付ける凛と真姫。花陽は常識を逸脱した出来事の連続だ許容範囲を越えたのか目を回している。

 

そして、シャドゥは手を上げると呼応するように力が働き、沼男を除いた全員がクラックへと高速で突き抜ける。

 

一瞬。真姫達は目を瞑る。

 

すると次に目を開けた時には、同じいつも歩いている道だった。先ほどのような赤黒い色合いではなく、普段通りの道だ。

 

戻ってきたらしい。元の世界に。

 

気付けばシャドゥの姿もどこにもなく、しゃがみ込んだ少女達と倒れた少年がいるだけだ。

 

「い、今のは………」

 

信じられないような声で凛が漏らす。確かに夢なのではないかと思える出来事だったが、吹き飛ばされた時の痛みに恐怖で跳ねる鼓動が夢ではなかったと語っていた。

 

額に嫌な汗が吹き出ている事に気付いて、ようやく制服の裾で拭ってから真姫ははっとなったようにミツザネの肩を揺らす。

 

「ミッチ、ミッチ!」

 

「…………ん」

 

思いの外、ミツザネはすぐに意識を取り戻して身を震わす。

 

無事である事に3人は互いの顔を見て安堵した表情を浮かべる。

 

起き上がったミツザネは頭を振りかぶり、まるで寝起きのような仕草で周りを見渡した。

 

「ミッチ、大丈夫?」

 

真姫が言葉を掛けると、ミツザネはポカンとした表情で言った。

 

「…………僕達、何してたんでしたっけ?」

 

一瞬。真姫は自分の心臓が止まるかと思った。凛と花陽も愕然としたように目を見開き、慌てて言葉を口にする。

 

「な、何言ってるにゃ。今の今まで戦ってたじゃんだよ!?」

 

「沼男とか言う、よくわからない力を使う人と!」

 

その言葉に、ミツザネは緩慢な動きで首を傾げる。

 

どう見ても普通の状態ではない。そう悟った真姫は、一度病院へ連れて行こうと考えた。

 

真姫の実家は西木野総合病院を経営しており、真姫の知り合いやアーマードライダー達も掛かり付けの病院となっている。

 

そう決め込んだ真姫が口を開こうとした時、まるでそれを遮るかのようにミツザネの携帯電話が鳴った。

 

「はい………わかりました」

 

通話に手早く出たミツザネは頷き、すぐに携帯電話を仕舞う。

 

「どうしたの?」

 

「明日の件でちょっと。悪いんですけど、僕行きますね」

 

花陽の質問をはぐらかしたミツザネはサクラハリケーンを開錠してビークルモードへと変化させて跨った。

 

「ちょ、ミッチ………!」

 

「では、明日の事は夜メールしますので、ペコさんへの連絡よろしくお願いしますね」

 

真姫の静止に気付かず、ミツザネはヘルメットを被ってアクセルを蒸して発進してしまう。

 

まるで逃げているのではないかと思えるくらいの去り方に、真姫は呆然となる。

 

「ミッチ、どうしちゃったのかな………」

 

あれほど激情し、その戦いをすぐに忘れてしまうなどありえない事だ。

 

しかし、今のミツザネが演技をしていたとは考えにくい。そして、その戦いは夢ではなく、現実に起きたはずなのだ。

 

「タカトラ先生に報告しましょう。その方が確実だわ」

 

いくら現実主義者とはいえ、教え子と弟が絡んでいれば無下にはしないだろう。

 

真姫がそう決めて携帯電話を取り出した時、影が掛かる。

 

はっとなって振り向いた真姫の眼前にあったのは、大きな手甲を纏った手だった。

 

「困るんですよ。余計な事をされてはね」

 

翳した手を見せつけたまま、シャドゥは告げる

 

「予言はなど宛にならない。貴女は何も考える事Jなく、今はお眠りなさい」

 

その言葉の直後、真姫の意識は闇へと沈む。

 

凛と花陽はどうなったのか、何故シャドゥは助けてくれたのか、沼男とは一体何者なのか。

 

それらの謎が一瞬の内に脳裏を駆け抜けて、まるで泡のように消えていく。

 

そして、真姫の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………きちゃん。真姫ちゃんってば!』

 

「ゔぇえ!?」

 

真姫ははっとなって、思わず携帯電話を手放してしまう。

 

ベッドに転がる携帯電話を手にして、耳を当てると凛の不満そうな声が聞こえてきた。

 

『もう、ちゃんと聞いてるー?』

 

「ご、ごめん。考え事してた………」

 

真姫が素直に謝ると、同じSkypeを開いている花陽が心配そうな声色で尋ねてくる。

 

『大丈夫? 悩み事?』

 

「ううん、そんなんじゃないわ。大丈夫」

 

そう返して、真姫は今日の事をおもいかえす。

 

ミツザネから明日の夜、町田市の薬師池公園で行われる祭りに皆で参加しないか、という誘いをラーメン仁郎で受けた3人。

 

昼時近かったのでラーメン仁郎を後にして、ミツザネはタカトラから呼び出され解散。そのまま『何事も無く過ごして』今に至るという訳である。

 

ミツザネとアキトは連絡付かない為ら何時に集合しようか、というのをまきりんぱなで話し合っていたのだ。

 

すると、アキトが人が増える前に写真を撮りたいと言い出して、昼頃に集合しようか。いや、それだと早過ぎるうんぬんかんぬん、という流れだった気がする。

 

「で、結局どーするのよ?」

 

『だから、凛がアキトと昼から行ってくるから皆は夕方頃から合流したらいいにゃ!』

 

『でも、それって結局合流出来ないフラグだよね』

 

『かよちん辛辣!? そこまで凛はドジじゃないよー』

 

いや、どちらかと言うと貴女の方が不安材料なのだけれど。とは口には出さない真姫だが、先ほどからこんな感じで決まらないのだ。

 

確かに花陽の言う通り夕方からとなると合流は難しくなるだろう。かと言って昼頃から行ってアキトな黙々と写真を撮る姿を後ろから見ていて楽しいのは凛くらいだ。

 

正直、真姫は花とうものに興味はない。綺麗だな、と思う感性はあるが途方も無い数ある花々の名前を覚えようとは思わない。

 

そういえば、凛は花に対して多少の知識があるようだが、それもアキトの影響だろうか。

 

『うぅー、これじゃ決まらないにゃー!』

 

『私は昼頃皆で集まった方が、後でごちゃごちゃしなくて済むと思うけど………』

 

これでは一向に決まる気配がない。仕方無いと溜息をついた真姫が意見を投じる。

 

「もう各自の自由でいいんじゃない? もし夕方合流出来なかったらそれは自業自得って事で」

 

『それだと皆バラバラになっちゃうんじゃないのォ!?』

 

花陽の裏声に思わず真姫は携帯電話から耳を離す。花陽は不意打ちなどある時、だいたい裏声で反応してくるのだ。

 

凛に比べれば一緒にいた時間は短いかもしれないが、慣れたものである。

 

「じゃ、そういう事でいいんじゃないの?」

 

『凛は昼頃からアキトと行くー!』

 

『じゃ、じゃあ私も………』

 

「私は花とか興味ないから、花火見れればいいわ」

 

と、女子の動きは決まった。花陽が付いていればアキトと凛を引っ張って合流してくれるだろう。

 

最近になって気付いたのだが、花陽は凛と2人っきりだと引っ込み思案なのだが、アキトの前だと少し強気というか我を出すのだ。

 

まるで、気を遣う必要のない親友のように。

 

『じゃ、ミッチには真姫ちゃんが連絡して。ペコ君にはかよちんに任せていい?』

 

『うん、大丈夫だよ。凛ちゃん』

 

「じゃあ、そういう事で。ひとまず切るわよ」

 

最後に一言交わして、Skypeを切る。

 

さて、取り敢えず電話よりもメールの方が向こうの迷惑にならないだろう。

 

メール画面を呼び出してアドレス帳からミツザネの名前を引っ張り出し、タップしようとして。

 

「…………?」

 

唐突な違和感が真姫を襲った。

 

しかし、何が変なのかわからない。その違和感の正体も、何故そう感じたのかきっかけすらわからない。

 

「変なの………」

 

今日1日を思い返しても、何もなかった。『戦いもなく異変のない平和な1日だった』はずだ。

 

真姫は気の所為に片付ける事にして、違和感を思考の彼方へ追いやる。

 

そして、勉強机に座り直すとその違和感は忘れ去ってしまった。違和感があったという事自体が、真姫からなくなる。

 

それに気付けるはずもない。

 

それに気付けるという事は、人の世から外れるという事。

 

それは、ただの少女が知ってはならない感覚なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っかしーなぁ」

 

人気のない公園。滑り台の上で膝を抱え込んでいる中年男がいた。

 

『ここ』での名前は沼男。面倒だと思うがこの場所に溶け込むには個を作り出さなければならないのだから、人間といういきものは面倒なものである。

 

沼男が悩んでいる理由。それは当然、隔離していた世界の理を無視して介入してきたあの戦士の事だ。

 

隔離したという事は世界線をずらすという事。例えるなら電車の線路。車の道路。電源のコード。何かの道筋が絶対に交わらない。そういうモノのはずだった。

 

「わからんなぁ………」

 

「そりゃ、わからんだろうさ。お前はこの世界しか知らないのだからな」

 

突然、沼男に声が掛けられる。

 

沼男が滑り台の後ろを顧みると、そこには男がたっていた。沼男と同じくらいで、沼男は興味ないがネット上で人気なラジオ番組のDJ。

 

確か名前は、サガラ。

 

「蛇か」

 

しかし、沼男はサガラという呼び名よりとこちらの方がしっくり来る。

 

呼ばれたサガラは不快そうな顔をせず、まるでそう呼ばれる事に慣れたように滑り台の前まで歩く。

 

「変な横槍はやめてくれ」

 

「変な横槍とは?」

 

「アレのご機嫌を本気で崩されると面倒なんだよ」

 

サガラは両手を上げて仰々しく溜息を吐いた。 それはもう、本気で困っているかのように。

 

「如何に力を持った闇でも、このこじんまりとした楽園ごときの闇でアレに影響があるとは思えないが、あまりその周りを刺激をしてしまうとへそを曲げるんだ」

 

「…………ごときの闇、か」

 

サガラの物言いに沼男は鼻を鳴らす。

 

ごときの闇であっても、それは無視してはならない意味がある。

 

「件の予言は外れん。それは必ず当たる」

 

「蟻ごときが象をどうこうする事など出来るか」

 

「郷に入れば郷に従え、という諺があるだろう?」

 

「…………おそらく意味は違うだろうが」

 

一度区切って、サガラは告げる。

 

「お前の隔離した世界線とやらは簡単に破られた。それが答えだ。件とやらがどんな影響力を有していようが、それが通じるのはこのこじんまりとした楽園の中に対して、だ」

 

サガラはそう言って踵を返す。

 

「警告だ。お前はアレに手を出し続けるならば、破滅するぞ」

 

そして、サガラは闇夜に溶け込むように消え去った。

 

それを見届けた沼男は膝を抱えたままにやりと嗤う。

 

そう。その奢りこそが、頭上に爛々と輝く海の住人特有の油断だ。

 

嗤ったまま、沼男の口が動く。

 

「件の予言は外れない」

 

外れない。決して、必ず訪れる未来だ。

 

だからこそ、違えてはならない。

 

違えてしまっては、世界が変わる。

 

予言とは、そういうモノなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呉島ミツザネが所有するロックシード

 

 

・ブドウ

・キウイ

・ヒマワリ

・サクラハリケーン

 

 

 

 

 

 

次回のラブ鎧武!は…………

 

 

 

 

「……………あー、悪い。まさか浴衣で来るなんて思わなかったから度肝抜かれた」

 

「か、かよちんは似合うかもしれないけど凛は………」

 

予想外の格好だが、そこにアキトは言葉を出せなくて。

 

 

 

蓮の池の中央。そこで凛が見た人の身体に牛の顔、件。

 

 

 

「だから、お前は何者にもなれない単なる汚泥にしか過ぎないんだよ。沼男(スワンプマン)

 

アキトの逆鱗に触れてしまった存在の末路とは。

 

 

 

「なぁ、かよちんは幸せか?」

 

「うん、幸せだよ。この世界できっと、3番目にね」

 

それは有り触れた話し。決して特別なんかじゃなくて、どこにでも転がっているソプラノのように綺麗な話し。

 

 

 

 

 

次回、ラブ鎧武!

 

20話:ソプラノ~華の名前~

 

 

 

 

 





やはりアキトが絡むとラブライブ!からはほど遠い謎回になる。これは確定事項のようです。

と、いう訳でどうでしたでしょうか。また謎かよ、と思われる方々。これが啼臥アキトというキャラクターなので仕方がないかと。

しかし、着々と己の正体を露見させてるなーこいつ。すでにアキトの正体を現すキーワードは出揃っているので、察しのいい方はお気づきかもしれないですね。

果たして凛の見た夢と件の予言の関連性は………?

次回をお楽しみに!




ちなみに、件という妖怪は実在する妖怪です。かの淡路大震災や阪神大震災、近年では東北大震災の直前に現れて予言を残した、という報告がネット上にちらほらと。

もちろん、都市伝説の域を出ませんが、もし読者の方の中で身体人間顔牛、もしくはその逆の存在に出くわして何か言われたらご用心ください。

まぁ、その予言は外れないとされているので用心したとしても無駄なんですがね。



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