士道くんは中二病をこじらせたようです 作:potato-47
「新たな霊力反応……これは、<イフリート>です!」
「そんなどうしてっ!?」
琴里はモニターにズームアップで映し出された、謎の少女が自分の体から吹き上げた火に、服を焼かれて慌てる様子を呆然と見詰めていた。どうやら考え無しにやったらしい。少女の正体に気付いてしまった琴里は、その行動の理由を正確に理解していた。
――あのタイミングでいかにもなことをすれば格好良いから。
きっとその程度の理由に違いない。
「でも、どうして、士道が精霊の力をコントロールしているのよ……!?」
本来の<イフリート>の力に比べれば、ライターのようなものだが、使えるのと使えないのでは話が変わる。
「<ベルセルク>と行動を共にしている時点で理解できないし、何故かASTの存在を知っているし……」
愛しのおにーちゃんの笑顔が霞んでいく。
すべて知っているつもりでいたのに、戦場に立つ姿が、どこまでも遠い。
中二病は世間の目を欺くための仮面だったのか?
精霊の力を従えて、世界の真実すらも知る存在。ずっと監視を続けていたのに我々は何を見ていたというのだろう。
「私たちは……ずっと欺かれていた?」
そんなこと信じたくない。まるで楽しく幸せな兄妹の日常すらも否定された気分になった。
強い筈の黒いリボンの琴里でも、動揺を隠せない。
「琴里、落ち着くんだ」
令音に両肩を揺すられて、ようやく現実と焦点が合う。
「ごめんない、私としたことが混乱してたみたい」
「無理もない。これはまったく予想外の事態だろう」
琴里は黒いリボンをきつく締め直して、両頬に手の平を打ち付けた。いつの間にか口から零れ落ちたらしいチュッパチャップスを拾い上げる。何か期待の眼差しを向けてくる神無月を無視して、包装に包み直してポケットに押し込んでおく。
新しいチュッパチャップスを口に咥えて、今度こそはモニターに映った士道の姿から目を逸らさない。
自己嫌悪や疑問は後回しだ。今は目の前の問題を解決しないと。士道の存在がASTにバレるのは得策ではない。今はまだ、義妹の琴里すらも欺く変装をしており、素性がばれることは無いはずだ。ご丁寧に声まで変えているし。
「回収のタイミングをなんとか見付け出すわよ」
少なくとも表面上は、いつもの司令官モードである琴里に戻っていた。
*
五河士道はあの日、能力を自覚した時から過酷な修行を行ってきた。炎による再生能力は致命的なダメージを負わなければ発動しない、というのも知ったのは、そんな時だった。
拠点作りという名の秘密基地作りに勤しんでいた中二病真っ盛りの少年は、大樹の上を建築予定地に定めた。作業中、手を滑らせた士道は地面まで真っ逆様、運が悪いことに、炎槍ってなんか格好良くねという理由で作っていた木の槍を立て掛けた場所に落ちて串刺しになった。
普通だったならば死ぬ。しかし、士道は再生された。傷口に突き刺さった木の槍を燃やし尽くして、再び命を取り戻した。
士道は再生能力は実在することを確信し、まずは指先をカッターナイフで切り裂いた。じんじんと熱のような痛みが走り、それだけだった。
そこでどうやら条件があると気付いた。
人並みに恐怖を感じる当時の士道は、怯えてそれ以上の検証を続けなかったが、運悪く彼はそれ以降も死にそうな目に遭った。ほとんどは自業自得だったが。
再生能力を手にした後は、物理的にも燃やすことができる火ならば、自由に操ることができれば便利ではないかと考えた。
それ以降はひたすらに妄想力を磨き続けることになる。
――そして、遂にそれを役立てる時が来た。
八舞姉妹が空を自在に移動し、ASTを蹂躙する。
その光景を見上げて、士道もまた己も戦えるのだと信じ込む。
「来たれ、我が業火よ!」
袖をまくって、両手に炎を呼び出す。
さあ、機関を倒すために磨き上げた力を今こそ見せてやる。
――現実は、妄想を嘲笑う。
超高速で接近するASTを迎え撃とうとして――当然、ただの人間並みの身体能力しか持たない士道が、
随意領域により突き出した腕が動かせなくなる。
自由を封じられた身体に、近接戦用高出力レイザーブレイド<ノーペイン>が、精霊だと誤認されているため容赦無く振るわれた。
士道の左肩から腹部まで斬撃が刻まれる。鮮血が噴出して、悲鳴を上げる痛覚に視界が真っ赤に染まった。
「ぐぅ……っ!」
肉体的なダメージよりも、精神的なショックが大きかった。
能力者である自分がたった一人の模造品の魔術師に手も足も出ずに負けるなんてことは、『設定上あってはならない』ことだ。
士道はふらりとバランスを崩して後退る。
何故かどこか遠くで<完璧主義者>の悲鳴が聞こえた気がする。
「あっ……」
倒れていく身体に、弾丸が更に撃ち込まれる。文字通りの蜂の巣になっていく肉体。再生の炎が間に合わない。
無敵の存在という妄想にヒビが入る。死という現実が押し寄せてくる。
仰向けに倒れて見上げた空は、酷く綺麗な青色だった。
八舞姉妹が戦闘を止めて、舞い降りてくるのが見える。彼女たちも悲鳴を上げている。涙を流していた。ああ、そうか、能力者同士で冷めた関係かと思ったが、そんなに大切に思われていたのか。
――いや、本当は分かっていたことだろう?
何度も彼女たちと顔を合わせてはいがみ合ってきたと妄想しているが、あれはどう見てもただの
「――俺は闇に生きる『能力者』。この程度で屈する訳にはいかない」
現実よ、妄想を舐めるなっ!
全身が一気に燃え上がった。その姿はまるで不死鳥の如く。
その異様な現象に呆然としていたASTが、警戒して距離を置いた。
完全に再生された士道は、涙目で何か捲し立てる八舞姉妹の頭に手を置いた。
「問題無い。この身は既に死を超越している」
士道は自分の力で立ち上がった。
「だ、大丈夫!? 怪我とか無い……というか怪我が無いし!? え、ええ? ちょっとどういうこと!?」
「打撃。ていっ」
「いたっ! な、なにすんのよ夕弦!?」
「応答。頭を叩きました」
「そういう返答を期待したんじゃないわよ!?」
「辟易。落ち着いてください。酷い顔ですよ」
「あ、あんたも涙でくしゃくしゃじゃない!」
「否定。これは汗です」
二人で漫才を始めてしまうのを見て、士道はここが『妄想』すらも通じない本当の戦場だと理解しながら笑った。長年、追い求めてきたものが見つかったような気がした。
安堵を覚えるのも束の間――背筋が凍るような寒気がした。
奇妙な感覚に突き動かされて、士道は八舞姉妹を突き飛ばしていた。
風を蹂躙する魔弾が、狙撃手と弾道の二重の悲鳴を木霊させながら、士道の身を貫く。あらゆる痛苦を物ともしない<無反応>の表情が苦痛に歪む。
腹に大穴が穿たれた。内蔵は化け物じみた威力で消し飛んでいた。
八舞姉妹の呆然とした表情がまた、悲痛なものに歪もうとするのを止めるために笑顔を浮かべようとするが、うまく笑えた自信がない。
大丈夫だ。再生はまた始まる。だというのに、この冷たい感覚はなんだろうか。まるで永い永い眠りに誘われているような――そこで士道の意識は途絶えた。
*
命懸けで精霊をかばった姿に、琴里は唖然とする。変わらない根の優しさは嬉しいが、それでも不安感は拭えない。士道は自分の命を勘定に入れないで行動する。きっと再生能力が無かったとしても。
「ああ、私は馬鹿ね。それでも、やっぱり、士道は私のおにーちゃんで……そんなおにーちゃんだから、私は交渉役になれると思ったんだから」
五河士道を全力でサポートすること。それが<ラタトスク>の存在意義。
琴里は自分の中に残る不安感を押し殺して、すぐに部下に指示を飛ばそうとして固まった。
士道の肉体が一向に治らない。小さな火が灯るだけで流れ落ちる血が止まらない。
「えっ……まさか、そんな……回復現界……」
まだ大丈夫な筈なのに。まさか火を操ることで精霊の力が消費されていたせいで、計算を誤った?
モニターに泣き叫ぶ<ベルセルク>の姿が映った。今は<ラタトスク>のサポートがなくても士道が精霊をデレさせたことを喜ぶこともできない。
だめだと分かっているのに、不安で心が塗り潰されていく。
<ベルセルク>が士道の体を壊れ物を扱うように抱き締めて、戦場から離脱していった。
霊力反応を追っていた雛子が俯く。
「<ベルセルク>の霊力反応と共にあった<イフリート>の霊力反応が……消失しました」
精霊の
それはつまり、士道の肉体は修復されることなく、精霊の力が尽きたということだ。
「やだ、おにーちゃん……死んじゃ――!」
悲痛な慟哭が<フラクシナス>の艦橋に響き渡る。泣き虫な義妹を笑顔に変えてくれるおにーちゃんはもう居ない。
*
折紙は手が震えるのを止められなかった。
自分がどうしたいのか分からない。
不調を理由に代えられて別の狙撃手が、誤射とはいえ見事に<アポルトロシス>を撃ち抜いてくれた。そして先程、<アポルトロシス>の霊力は消失が確認された。肉体は<ベルセルク>に抱え込まれたままになっているのを仲間が確認したので、それはつまり霊力反応だけが完全に消えたということ。精霊が死んだということ。
死んだのだ。
長年追い続けた復讐相手は完全に死んだのだ。
「あっ、ああっ……」
なのに、どうして涙が溢れてくるのだろう。
分かっている。本当は分かっている。
だって、それはつまり五河士道が死んだという意味でもあるのだから。鳶一折紙の一生とは一体なんだったのだろうか? 唯一の拠り所だと思っていた存在が復讐相手で――狂ってしまいそうだった。いや、狂ってしまいたかった。
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上げたら落とす、これが基本(ゲス顔)。でも落としたら上げましょう。
今までが1、2巻の雰囲気だったならば、この話はきょうぞうさん登場の3巻的な雰囲気。
ただ、忘れてはいけません。なんだか物凄くシリアスな空気になってきましたが、この小説はあくまでギャグ、ネタ系です。