士道くんは中二病をこじらせたようです   作:potato-47

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 諸君、万由里ジャッジメントのペア前売り券を買ったかね?
 諸君、凛緒リンカーネイションの予約は完了したかね?
 諸君、その手にはデート・ア・ライブの12巻が握られているかね?

 ――よろしい、ならば戦争(デート)だ!



番外編 五河シークレット

 その夜の出来事は、<フラクシナス>に保管された監視映像からも副司令の魔の手から逃れて削除されていた。あらゆる記録にも記されず、当事者以外の誰の記憶にも残っていない。

 これは世界に存在しなかった筈のトップシークレット。

 

 

    *

 

 

 五河琴里は両手に握ったリボンを見下ろした。

 右手には黒リボン、左手には白リボン。これから就寝だというのに彼女は髪留めの選択に悩んでいた。

 

『折角の機会なのだから、休暇だと思えばいいんじゃないかな』

「……簡単に言ってくれるわね」

 

 令音からの通信に、琴里は溜め息をついた。

 琴里が悩む理由は一時間前の勝負が原因だった。士道との添い寝権を賭けて百物語勝負をすることになったのだが、琴里は<ラタトスク>の立場としてあくまで士道のサポートに回っていた。八舞姉妹や鳶一折紙が嬉々として語る怪談への恐怖を笑顔で取り繕い耐えていたら、見事な顔芸により優勝してしまったのだ。

 

 つまり、これから兄である士道との添い寝が待っている。

 精霊の精神状態を考えれば、自分が選ばれるべきではない。それはよく分かっていた。中二病極まるアレな兄でも、流石にそれは分かっている筈なのだが、まさかの指名に実のところ琴里は内心、喜びを隠せなかった。

 

 ――あらゆるリスクを考えて、それでも士道は自分を選んでくれたのだ。

 

 琴里は左手の白リボンをギュッと握り締めた。

 

「…………」

 

 司令官という組織の立場。義妹という家族の立場。

 世間の柵が琴里を非難する。

 それでも、たった一人の少女として、好きな人に選ばれたということが――堪らなく嬉しいのだ。そこにどんな理由があろうとも、選んでくれた事実に嘘はないのだから。

 

「行ってくるわ。少しの間、<フラクシナス>をよろしくね」

『了解したよ。楽しんできたまえ』

 

 琴里は通信端末を机に置いて自室を後にする。

 その手には白リボンが握られていた。

 

 

 

 

「よし、寝たわね」

 

 琴里は士道が寝入ったのを確認すると、黒リボンを解いて白リボンでツインテールを結い直した。素直になれない自分のために、普段とは逆に妹モードの暗示を借りると思うと少し複雑な気分だった。

 

「……おにーちゃん」

 

 こちらに背を向ける士道にたどたどしく手を伸ばす。布団の中で士道のシャツを摘んで、くいくいと力無く引っ張る。反応はない。ちゃんと眠っているようだ。

 この部屋には、もちろん琴里と士道しか居ない。士道は常に監視をされてはいるが、令音に頼んでこの時間の記録映像は削除する手筈になっている。八舞姉妹や折紙には士道の『過去の栄光(笑)』をまとめた資料を渡して一晩は大人しくなるように手懐けてある。だから眠りについた士道に何をしても、それを知れるのは琴里本人のみである。

 自分がやったとはいえ完璧に整えられた状況だ。

 

「んー……?」

 

 妹モードに切り替わり可愛らしくコテンと首を傾げる。

 兄妹仲を知る八舞姉妹、妙に五河家に詳しい折紙、子どものせいか世話をしたがる<フラクシナス>のクルーたち――琴里を知る者にとっては、これまでの行動は遠回しとはいえ士道に対する甘えたい願望が駄々漏れではないだろうか?

 

「――ッ!!」

 

 琴里は自分の行動の意味に遅れて気付いて一気に赤面する。

 まるで外堀を埋めていく計算高い女というか、静かに邪魔になる相手を排除する嫉妬深い女というか――やり方はどうあれ完全に恋する乙女ではないか。

 

 暴走する感情を抑えるために、額を士道の背に押し付けた。

 士道の匂いだ、なんて一瞬でも考えたせいで余計に緊張が増した。心臓は早鐘を打ち、全身から汗が吹き出す。

 

「ち、小さい頃は一緒に寝るなんて普通だったんだから、こ、こここれぐらいっ」

 

 妹モードの暗示のおかけで、あれこれと考え過ぎる頭が別の方向に思考を動かし始めた。

 甘えたい。あらゆる柵を捨てて、ただ甘えたい。

 それが妹としてあったのならば、きっと今の胸の痛みはなかった。

 

 だから誤魔化せばいい。士道への想いはそのままに妹らしく甘える。素直に甘えさせることができないならば、甘えていい状態を作り上げる。甘えていい立場になる。

 奇しくも、士道と似た方法で、琴里は自分の想いに折り合いをつけた。

 

「おにーちゃんっ」

 

 琴里は起き上がり士道の横顔を見詰める。自分が顔を赤くして呼吸も覚束無いというのに、士道は涼しい顔で規則正しい呼吸を繰り返している。独り相撲している自分に実は気付いていて嘲笑っているようだ。

 琴里は士道の頬を指先で突いた。

 

「あはは、おにーちゃんの癖に生意気だー……なんて」

 

 本当に嘲笑っているのは自分自身だ。

 妹モードと司令官モードを行ったり来たり、本当の自分はどこに居るのか自分でも分からなくなってしまった。

 でも、それでもやっぱり、この胸にある想いだけは本物だ。

 琴里は士道の唇を見る。これから精霊が現れる度に重ねられていくことであろう。

 

「大切な初めては私なんだぞ」

 

 頬にそっと触れるだけのキスをする。

 

「……愛してるぞおにーちゃん」

 

 いつか日常の中で口にした言葉をできるだけ感情を込めずに呟いた。

 起きても困るが、何も反応しない士道に苦笑する。

 琴里は士道の背中に抱き着いた。その際にわざと胸を押し付ける。どれだけ慎ましくてもこれぐらい密着させれば理解させられるだろう。自分はどこまでいっても妹かもしれない。それでも成長をしない訳ではない。

 

 もしかしたら、士道の中での琴里は妹ではない何かなれると信じて――精一杯の主張をする。

 まるで琴里の主張に気付いたように、士道は寝返りを打った。

 固唾を呑んで待つが、聞こえてくるのは寝息ばかり。

 何かあるごとにビクビクして、寝たままの相手に弄ばれてるようで物凄く悔しい。その悔しさを拳に込めて、無駄に鍛え抜かれた胸板を小突いた。

 

「あはは……んっしょ」

 

 琴里は士道の腕の中にすっぽりと収まるように丸くなる。先程とは逆に、士道が琴里を背中から抱き締めるような体勢になった。

 士道の鼓動が力強く背中に響く。

 それが子守唄代わりだった。

 

 一時間後、緊張が解れてやってきた眠気の中で、琴里は記憶のゆりかごに揺られる。まだ精霊の存在を知らない幼い頃――士道の背負う宿命も、自分が背負うことになる運命も知らないあの時代。

 

 無知は罪ではない。無恥こそが罪である。

 世界の真実を知った琴里は、もう厚顔無恥に知らない振りはできない。

 しかし、幼い子どもに大人を求めるこどほど無恥な行為はない。

 

 現実と夢の境界線で、無知の子どもに戻った琴里は、ようやく自分に甘えることを許す――いや、そもそも甘えることに許可なんて必要ない当たり前の状態に帰った。

 

「おにーちゃん」

 

 今までとは違う、温かさと安らぎのある呼び掛けだった。

 最後の最後で、ようやく琴里は士道に甘えることができたのだ。

 琴里を抱き締める腕に僅かに力が入る。

 誰よりも幸福に包まれた寝顔が、士道の腕の中にはあった。

 

 

    *

 

 

 無機質に記される記録でも流れるように蓄積される記憶でもない過去――それを人々は『思い出』と呼んだ。

 そう、この夜の出来事は二人の思い出(・・・・・・)としてのみ残っている。

 

 




 砂糖まみれの話を書こうとしていたのに、ミルクしか入らなかったよ。
 士道くん視点がないと、五河兄妹の関係って基本的にシリアスなるよなーと改めて思いました。

 ちなみに時系列は『騒乱マイホーム』の夜の話です。
 いつかのどこかの未来で、きょうぞうさんの魔の手(ユッド)によって掘り返されたりしたら面白いなとか考えたり。


 半年以上、多忙とスランプのダブルパンチで更新できませんでした。
 この番外編を投稿して、またこの作品は長らく放置されますのでご了承ください。


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