士道くんは中二病をこじらせたようです   作:potato-47

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 11巻が出た歓喜に乗せられて、第二部までの修正も終わっていないのに続きを書きたい衝動を抑えられませんでした。
 あと、今更というか普通というか、この作品は原作既読者向けですので「わけがわからないよ」となる恐れがあるかもしれませんが、ご了承ください。
 まあストライクの部分に関しては説明を増やすつもりではありますが、余り期待しないでください。

 それでは、第三部『四糸乃ストライク』開幕!


第三部 四糸乃ストライク
序章 交差


 天気予報は文句無しの晴天を伝えていた。降水確率はほぼ〇パーセント、洗濯物はよく乾きます、まだまだ夏本番は遠いとはいえお出掛けの際には熱中症にご注意ください――と笑顔で解説するお天気キャスターの言葉を信じたのだが、

 

「雨降ってきてるじゃねーか」

 

 アシュリー・シンクレアは重苦しい曇天を見上げて溜息をついた。

 突風で乱れた緑掛かった髪を手櫛で直して、カチューシャの位置を整える。通り雨であることを祈って雨宿りするべきか考えて、すぐにその案を却下した。

 

「急がねーと間に合わないよな」

 

 手に広げたのは、商店街のタイムセールを知らせるチラシだった。

 アシュリーはその名の通り日本人ではない。ある目的を果たすために、イギリスから遥々と天宮市にやって来ていた。

 その目的は表沙汰にできるようなものではなく、また彼女と二人の仲間は逃亡者であった。できるだけ痕跡を残す訳には行かず、そのため金の調達にも難儀していた。だからといって、何も食べないようでは生きていけない。そこで節約生活を強いられることになったのである。

 タイムセールは午後五時からだ。ただでさえ主婦の時間であるため、惨憺たる激戦が繰り広げられることは容易に想像できた。

 

「ん……?」

 

 羽織っていたパーカーをせめてもの傘代わりにして、横断歩道を駆け足で渡ろうとした時、木陰にぽつんと立つ少女が目に入った。

 どうして目を引かれたのだろうか、と考えてすぐにその理由に気付いた。

 

 少女が纏う緑色の外套はレインコートに見える。それから足には長靴だ。突然の雨だというのに、随分と準備がいい。周囲には、アシュリーを含めて雨に悲鳴を上げたり文句を呟きながら走り抜けていくため、雨天に相応しい格好をした彼女が逆に異質に映ったのだ。

 

「でも、なんてあんなところに突っ立ってんだ?」

 

 疑問を口にして、少女の視線の先を追った。

 

「ああ、なるほど、そういうことか」

 

 街路樹の枝先に、ウサギのパペットが引っ掛かっていた。少女はそれをじっと見詰めている。先ほどの突風で飛ばされてしまったのかもしれない。

 

「この状況じゃ仕方ないかもしれねーけど、日本人ってのは、どうにも他人に無関心だな」

 

 アシュリーは少女のもとまで駆け寄って、勢いをそのままに樹の幹を蹴りつけた。壁蹴りの要領でもう一度跳躍し、パペットに向けて手を伸ばす。

 

「おらよっと」

 

 パペットを枝先から引き抜いて、膝の屈伸で衝撃を和らげて着地した。厳しい訓練で鍛え抜いた彼女にとっては造作も無いことだった。

 

「ほれ、これが取り戻したかったんだろ?」

「……っ!」

 

 少女はアシュリーが差し出したパペットに、手を伸ばしては引いてを繰り返す。うさ耳の大きなフードから僅かに顔を覗かせて、アシュリーの顔色を窺っていた。

 アシュリーは少女から怖がられていることに気付いて頭を掻く。

 

「それじゃあ、ここに置いておくからな。忘れないように持って行けよ」

 

 苦肉の策として樹の根を背もたれにパペットを置いた。

 アシュリーが離れると、少女はちらちらと横目で見てきたが、やがて覚悟ができたのか弾かれたようにパペットに駆け寄り、拾い上げるとすぐに左手に装着した。

 

『やっはー、たすかったよー、おねーさん』

 

 パペットの口をぱくぱくと動かして、腹話術でお礼を伝えられた。服装もそうだが、中身もどうやら不思議ちゃんらしい。

 

『いやー、眺めはいいけど、背中がつんつんしちゃってさ、もうよしのんのセクシーバディに傷付いちゃうところだったよー』

「お、おう、無事で何よりだ――ってやべぇ、時間が!」

 

 アシュリーはタイムセールのことを思い出して顔を青くする。ただでさえ買い食いなどをして無駄遣いしているのに、安売りに乗り遅れたとなれば、これから自分だけもやし生活を強要されかねない。

 

「風に飛ばされないように気をつけろよ、んじゃな!」

『ばいばーい! どこかで会ったらさ、今度はもっとお喋りしよーねー!』

 

 賑やかな見送りの言葉を背に聞きながら、アシュリーは商店街に向けて駆けて行った。

 

 

 とある雨の日、静かに二つの物語は交差する――狩る者と狩られる者、お互いの正体に気付かないまま、皮肉と優しさに満ちた日常の中での出逢いだった。

 


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