士道くんは中二病をこじらせたようです   作:potato-47

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14.欺瞞に満ちた世界を欺くカプリース

 夕日が山陰に沈む。頼りない街灯だけが視界を照らす。文明の輝きで満ちたパノラマは、世界が闇で満たされるのを恐れる余りに、月や星々から見放されているように見えた。

 燎子は上層部の決定を部下には伝えずにいられた。

 

「繰り返しか。本当に嫌になるわ」

 

 出撃した隊員の顔触れは、あの時――<アポルトロシス>と<ベルセルク>に銃弾の雨を浴びせた者達とほとんど変わりない。

 多くの部下が緊張と恐怖に表情を強張らせている。不安を取り除くことができず、任務に疑問すら与えるのは、上官としては失格だ。

 

「…………」

 

 だからといって、一部隊の隊長でしかない自分に何ができるのか。免職覚悟で目の前に居る上司を殴るだけならば、やりたくはないが実現可能だ。しかし、<アポルトロシス>に対する一方的な敵意は政府が抱くものであり、それを取り除くとなれば国の在り方そのものを変えねばならない。

 

 思い悩む燎子に、佐伯防衛大臣から通信が入った。緊急事態を理由に命令系統を無視するのは、まさしく傲慢の表れである。もはや呆れて咎める気にもなれない。

 

『異例なのは承知している。しかし、<アポルトロシス>の件は、防衛大臣マターであり、大きな政治判断を伴う問題だ。分かってくれたまえ』

 

 そんなに防衛大臣の椅子が大事か。勝手に座っていても構わないから、現場に口出するな。そう言ってやりたいが、相手には強大な権力があり、自分だけでなく部下の人事権まで振りかざされれば、黙るしかないのだ。

 

「殲滅との命令ですが、よろしいのですか? <ベルセルク>に関しては、戸籍まで確認されたと聞いています」

 

 燎子は命令の変更は不可能だと理解しながら、意見せずにはいられなかった。

 正義感からではない。ただ自分の良心を満足させるためのくだらない自尊心から出た言葉だ。

 

『通常時であれば面倒な処理が必要だが、既に民間人の避難は済んでいる。幾らでもカバーストーリーは構築可能だよ』

「つまり、霊波反応のない国民を殺しても問題ないと?」

『言葉を慎みたまえ。殺すなどと言っては、自衛隊の責任問題になるではないか。これは不幸な事故だよ(・・・・・・・・・・)。ああ、空間震が頻発するこの国で、徹底した対策を取りながらも尊い犠牲が出るとは、誠に遺憾だ。防衛大臣として慙愧に堪えない』

 

 国民であろうと不穏分子は排除する。表立っての言論弾圧をしないことで、事なかれ主義などと揶揄される現政府だが、保身のためならばどんな過激な手段も取るのだから、これほどに恐ろしいことはない。

 

『きみたちにとっても、悪いことではないだろう。ただでさえ自衛隊は国民から金食い虫などと非難され、その中でもASTは自衛隊の穀潰しなどと言われているのだ。汚名返上の絶好の機会ではないか』

 

 どんなに言葉を飾ろうと、すべて言っていることは同じだ。

 

 ――精霊を殺せ。

 

 人類に仇なす精霊ならば喜んで殺そう。だが、今更になって言えた義理ではないが、この選択を正しいとは思えない。

 精霊との対話は可能なのではないか?

 もしかしたら、共存の道もあるのではないか?

 

 <アポルトロシス>が示した未来は、今ならば妄想ではないと信じられる。

 しかし、そんな理想を掲げたところで現実は変えられない。

 

『早く攻撃を開始したまえ。人類の未来のために。我々ときみの未来のためにもね』

 

 佐伯防衛大臣が催促する言葉に、脅し文句を付け加えた。

 

「――了解しました」

 

 燎子は部下に命令を出そうとして、足裏に奇妙な感触を得た。

 

「インカム?」

 

 小型のインカムが落ちている。ASTの装備ではない。かといって、確りとした作りをしており玩具には見えなかった。

 拾い上げて耳に当てると、女性の呼び掛ける声が聞こえてきた。

 

『聞こえているかね。シン、返事をしたまえ』

 

 

    *

 

 

 暗闇に潜むASTの包囲網。スラスターの稼動音と、鈍く輝くCR-ユニットが、彼らの配置を教えてくれる。

 しかし、強引に突破するのは難しい。八舞姉妹は既に力尽きており、単独での移動ならまだしも、誰かを抱えた状態ではASTを振り切れない。

 

 士道に残された霊力は、十香のものを除けば八舞姉妹に逆流していたのが戻ってきた分だけだ。再生限界は近く小さな擦り傷などは残ったままであり、銃弾を浴びれば、普通の人間と変わらず簡単に死んでしまう。

 

 十香の霊力で反撃に出たとしても、一人を倒している内に背後を突かれてお陀仏である。

 折紙も疲労が現界に来ており、随意領域を展開できない状態だ。便りにある装備やスラスターも、こうなってはただの荷物でしかない。

 

 ――戦わずして、ASTをやり過ごす方法。

 

 最後に出された難題は、余りにも過酷な条件が積み重なって、もはや不可能の領域だった。

 

『夕弦、聞こえてる?』

 

 解決策はないのかと必死で考える士道の耳に、たった数時間振りだというのに、琴里の声が酷く懐かしいものに聞こえた。

 

「通信設備は復旧できたようだな」

『士道……? なるほど、そういうことね。そっちの状況は大体把握してるわ。今から<フラクシナス>の状況を説明するから……絶対に無茶しちゃだめよ』

 

 いざとなれば自己犠牲で乗り切ろうとすることを危惧しているのだ。

 しかし、琴里自身も気休めだと理解しているだろう。もしも士道一人が死ぬだけで、この状況を切り抜けられるのなら、迷った末にやはり選んでしまうのだ。

 

『まずは最悪のお知らせ(・・・・・・・)だけど、転移装置、他多くの装置が使えないわ。来禅高校の時のように、一瞬で姿を消して撤退という訳にはいかないってこと』

 

 士道は傷の痛みに苦しむ十香の顔を見詰めた。八舞姉妹の呼び掛けに、もう応える余力すら無くなっている。折紙は士道を庇うために、ぼろぼろの身体に鞭を打って身構えていた。

 どんな覚悟があっても、ASTの攻撃が始まれば即全滅だ。

 

「……良い知らせは?」

『残念だけど、もう一つは悪いお知らせ(・・・・・・)よ。士道の紛失したインカムがASTの隊長に拾われたわ』

 

 その割には、琴里の声は沈んでいない。

 

『だけど、これは活路になる。それも士道らしい、とびっきりの方法でね。士道にお願いしたいのは時間稼ぎよ。お得意の中二病トークで、ASTを翻弄してちょうだい。転移装置の復旧は急ピッチで進めてるから、それまで――』

「だめだ。十香がもたない」

 

 士道は琴里の口振りから時間稼ぎでは、十香を確実に助けられないことを察した。

 

『……それを言われると痛いわね。十香の治療が間に合う確率は五分五分ってところかしら。これでも現状を考えれば奇跡的と言ってもいいわ』

 

 司令官として訓練を積んだ琴里の言葉だ。時間制限の中で精一杯に考えて出した方法なのだろう。それもASTの隊長すらも欺けると士道を信頼した上での作戦だ。

 現実はいつだって儘ならない。十香はこの世界で生きることを選んでくれたのに、折紙は復讐よりも士道を守ることを選んでくれたのに――それでもまだ試練を与える。

 

『AST側の無線を傍受できるか試してみるわ。情報が多ければ、もしかしたら……別の可能性も見付かるかもしれない』

「頼む。俺も時間稼ぎと並行して方法を考える。それで、時間稼ぎといっても、具体的な内容はどうするんだ?」

『<フラクシナス>や<ラタトスク>そのものは隠したまま、その理念と存在を示唆する。秘密組織といっても、政治的な柵はあるのも確かだからね、大事なのは嘘を吐かずに――相手を信じさせること。士道なら得意でしょ?』

 

 士道は危機的状況でありながら、思わず口端を釣り上げた。

 『機関』の尖兵たるASTを相手に、妄想と現実を組み合わせた設定を以って戦う。

 暴力を振るわずに勝利する。嘘を吐かずに騙し切る。

 相手が機関であれば遠慮は不要だ。失敗したとしても精霊である<アポルトロシス>に責任を押し付ければいいという寸法だ。

 

「我が妹ながら黒いな」

『当然でしょ、だって今の私は『黒』だもの』

 

 通信越しに五河兄妹はニヤリと笑う。

 

 ――遂に士道と琴里の足並みが揃った。

 

 やられっぱなしはもう飽きた。そろそろ反撃に移ろうじゃないか。

 

『エスコートはよろしくね、士道』

「フォローは頼むぞ、琴里」

 

 絶望や危機など恐るるに足りず。あらゆる妨害を打ち砕き、現実のその先へ、誰もが幸せになれる真実に至れ。

 

「さあ、俺たちの戦争(デート)を始めよう」『さあ、私たちの戦争(デート)を始めましょう』

 

 

    *

 

 

 燎子はヘッドセットを片耳外して、代わりに謎の人物と繋がるインカムを取り付けた。会話内容が伝わらないようにASTの無線を切っておき、周囲の部下に待機を命じると距離を置いた。

 謎の女性から言われていたように、インカムを小突くと無線が繋がった。

 

『こうして一対一で会話を交わすのは初めてかな、日下部燎子一尉』

「あんた……まさかっ!?」

 

 聞こえてきたのは先程までの女性ではなく、聞き覚えのあるハスキーボイス。

 そう、間違いない謎の精霊<アポルトロシス>のものだ。

 なんとか動揺を押し隠すと、燎子は冷静に会話を再開させた。

 

「私の情報は筒抜けのようね。まあ御託はいいわ。それで、あんたの目的を教えてもらおうじゃない」

『精霊の保護、そして人類と精霊の共存だ』

「……ッ!?」

 

 以前に遭遇した時、精霊と人類の共存を謳っていた。

 しかし、ずっと疑問を抱いていた。こんなチャンスは無い。頼られているのはこちらなのだから、堂々と追及させてもらおう。

 

「そんなこと個人ではできるとは思えないわ」

『さて、お前がそう思うのなら『組織』とやらが存在するのかもしれないな』

 

 暗に肯定をしながら、相手の判断に委ねる。小賢しい言い回しをしてくれる。

 どうやら<アポルトロシス>は、こちらが想像する以上に人間社会へと溶け込んでいるようだ。精霊が国籍を持っていることや、生活を送るための補助などを、その胡散臭い『組織』がやっているのだろう。

 

『だが、ご覧の通りだ。現在、俺は危機的状況にある』

「皮肉を言ってくれるわね」

『見解の相違さ。そんな意図はなかったが、人間とはそういうものだったな』

「それこそ皮肉よ」

 

 こいつに心を許す訳にはいかない。精霊の保護を目的しているのは嘘ではなくとも、お互いに立場があり個人として言葉を交わしているのではないのだから。

 

「それで、その怪しい組織が一体なんの用かしら?」

『共同戦線のお誘いさ』

 

 精霊を殺すためのASTに、精霊を生かす協力をさせる。そんなことは不可能だというのは理解できる筈だ。それでも持ち掛けてくるのだから、何か策がある。あるいは罠だ。

 それでも、このまま精霊を殺すよりは――何か見えてくる未来があるのかもしれない。

 

「私一人では判断できないわ」

『当然だな。幾らでも待とう――すべてを救うより良い未来のために』

 

 通信が切れると、燎子は一気に肩が重くなるのを感じた。随意領域の制御を誤ったのかと勘違いしそうになったが、それは心に掛かる重圧から感じる錯覚だった。

 耳元で急かし続ける防衛大臣の戯言を無視して、ハンドサインで部下を呼び集める。それから一切の無線会話を禁じた。

 

「改めて訊くわ。あんた達は、この作戦に思うところがあるのなら正直に言いなさい。何を言っても処分するつもりはないわよ」

 

 気不味い空気の中で最初に発現したのは、狙撃手を務める女性隊員だった。

 

「霊波反応はもう確認されていません。笑ってくださって結構ですが……私には、『人間』を撃つことはできません」

 

 辞表を出していた部下からも、ぽつりぽつりと作戦に反対する声が上がった。

 最終的には半数以上が、作戦に対して不満を口にした。それでも従うのが兵士であり、現に全員が敵前逃亡という愚かな真似を犯さなかった。

 

「あんた達、再就職先なんて斡旋できないわよ?」

 

 未来のことまで考えなさい、と諭すが――逆に力強い頷きが返ってきた。

 狙撃手は真剣な表情で理由を話す。

 

「誰よりも精霊を憎んでいた鳶一一曹が精霊の味方をしているんです。私は理屈よりも、その感情を信じます。……笑っても構いません」

 

 燎子は頭を掻いて苦笑を浮かべた。どうやら<アポルトロシス>が残した爪痕は予想以上に大きかったようだ。

 

「はぁ……あんたたち、馬鹿ばっかりね。精霊が憎くないの? そのためにASTで戦っているのも多いでしょうに」

「隊長、だからですよ。その憎しみを他人に利用されるのが、何よりも許せません」

 

 部下に恵まれたことを喜ぶべきか、上司の暴挙を止めようともしない部下を怒るべきか、まったくもって可愛い部下達だ。

 

「いいわ、長らく休暇なんて取ってなかったものね。失敗したら、のんびり温泉でも行きましょうか」

「了解!!」

 

 きっちりと揃った敬礼を、ここまで滑稽に思えたのは初めてだろう。

 燎子は免職覚悟で<アポルトロシス>に連絡を取ると、まるでASTの熱苦しいドラマを否定するような言葉を返された。

 

『そのままASTとして行動してくれ。既に真実への道は見えた』

 

 

    *

 

 

 時計の針を数分だけ巻き戻す。

 士道はASTからの返答に関しては、特に期待はしていなかった。折紙から隊員の情報や、精霊に対する考え方を聞いて脈はあるだろうとは思っていたが、寧ろ精霊に対して想いがある知って彼らの生活を奪う気にはなれなくなったのだ。

 

『傍受できたわ。ちょっと音が荒いけど我慢してちょうだい』

「いや、大体の単語が拾えれば充分だ」

 

 琴里からの連絡を受けて、インカムで受信する音声がASTの無線に切り替わった。

 

『無作為でやり取りを引き出しているから、気になる通信があれば、インカムを叩いて合図をすれば対応するわ』

 

 士道は耳を澄ませる。隊員同士の無線はどうやら止まっているようだ。上空を見上げれば、ASTの隊長である燎子を中心に集まって直接話し合っている。

 幾つか切り替わり、気になる音声があった。

 士道はインカムを叩いてその周波数で固定してもらう。

 

「この声、どこかで聞いたことがある」

 

 男の声だ。日常の中で聞いた筈だ。それも最近である。

 瞬間記憶術でスナップ写真のように切り取られた記憶を振り返っていく。朝から晩までの間、何気ない日常の一コマにこの声は潜んでいる。

 

 学生であり、著しく交友関係の限られた士道は、大人で関わる相手といえば、教師や商店街の店主、<ラタトスク>の関係者、そして直接は接点のない画面の向こう側の人間。

 

 ――分かったぞ。

 

 この状況で関係する誰か。この口調。確かに聞いたことがある。

 士道はその男の名前も立場も知っていた。

 答えに辿り着いた士道は、何か利用できない考え込んでいると、折紙から声を掛けられた。

 

「士道、あなた一人なら、この場から離脱できるはず」

 

 どうやら精霊の力を使えば、ASTを振り切れることに気付いたようだ。

 

「見捨てると思ったのか?」

「…………」

「俺がそれをやらないと分かっていて――いや、待てよ」

 

 折紙の言葉への返答で、士道は真実へと至る道順が完全に見通せた。

 ばらばらに崩れていた道が、パズルのピースがはまるように繋がり合う。

 

「折紙、合図をしたらASTに戻るために、俺に攻撃しろ」

「…………」

 

 折紙が非難がましく目を細める。この期に及んで、折紙だけでも助けようとしているのかと思われたのだろう。

 

「いいや、今度こそはやり抜く。そのためには折紙がASTに戻らなくてはならない」

 

 誰一人として裏切り者が居てはならない。ここは正直者達だけの戦場だ。

 

「分かった。あなたを信じる」

 

 折紙からの許可を得て、続くようにASTからも了承の返事をもらった。

 後は出たとこ勝負になるだろう。

 だが、正義の優しさを信じるように、機関の傲慢を信じるとしようか。

 八舞姉妹に十香を託して、大舞台へと上がる。

 

 さあ、準備は整った。

 始めようか、欺瞞に満ちた世界を欺く茶番劇(カプリース)を!

 敵は敵同士に、恨みは恨みのままに、恐怖は恐怖のままに――真実をもって機関を打ち倒す。

 今度こそは誰もが救われて、幸せになれる喜劇に仕立て上げてみせろ!

 

 ――ここから先は、俺の、俺たちの世界だ!

 

 

    *

 

 

 始まりは鳶一折紙のASTの帰還から始まる。

 ASTに見守られる中で、合図を受けた折紙は<アポルトロシス>に向けて、左足のホルスターから抜いた9mm拳銃を撃ち放った。

 <アポルトロシス>は弾丸の掠めた右肩の傷を撫でて、邪悪な笑みを浮かべた。

 

「……くくっ、なるほど、以前に一度洗脳能力を使ったが、二度目で効果が薄れていたか。流石は鳶一折紙」

「通用しない」

 

 折紙は回復した僅かな力で随意領域(テリトリー)を展開し、レイザーブレイドで斬り掛かった。

 <アポルトロシス>は破壊の光で、それを弾き返すと、ふわりと空に舞い上がった。

 

「俺は精霊を追い求める同士仲良くやれたらと思ったのだが、今度も拒絶するとは。本当に残念だよ」

 

 勿体振るような態度で、注目を集めると凄惨な笑みに切り替える。

 

「――なあ、佐伯防衛大臣(・・・・・・)?」

 

 インカムに息を呑むのが聞こえる。

 戦場に見物席などないのに、ふんぞり返るお偉いさんは勘違いしてるようだ。どんな形であれ戦場に身をおくならば、流れ弾が来るぐらい覚悟するべきだろう?

 

『何故だ。どうして私を……まさか、精霊が盗聴してるとでも!?』

「おやおや、そんなに慌てなくてもいいではないかな。本当にこの戦場に居る訳ではないのだから」

 

 やはりASTが撮影する映像か何かで状況を把握していたようだ。

 

「しかし、こうして顔を合わせずに会話をするのは何かと面倒だ。そうは思わないかな?」

 

 お前達の中で<アポルトロシス>への恐怖は勝手に増幅される。精霊が文明の利器を用いることは脅威だろう? 人間社会に紛れているのは恐ろしいだろう?

 殺意はなくとも、悪意がなくとも、勝手に妄想して怯える。

 偽りの恐怖に跪くがいい、機関の者達よ!

 <アポルトロシス>は残り少ない、霊力をすべて注ぎ込んだ。

 

「では、こちらから伺うとしよう。待っているといい――それとも俺と鬼ごっこでもしたいのなら、試してみても構わないぞ」

 

 精霊中最速の<ベルセルク>を己に顕現しろ。

 <アポルトロシス>は一瞬にして、ASTの包囲網を突破する。一度足を止めて、念を押すように、すべてを手の平で転がすような黒幕の高笑いをした。

 

「その場から逃げるなら、他の者が犠牲になるだけだ。首相官邸を破壊すればいいかな? 国会議事堂を襲撃しようか? さあ、この俺と戦う意味、その心に刻め付けるがいい、機関の者達よ!」

 

 <アポルトロシス>はまるでおちょくるように、その場からゆっくりと離れていく。

 

『なんとしても、<アポルトロシス>の接近を阻止しろ!』

 

 佐伯防衛大臣は泡を食ってASTに命令をした。

 

「ですが、他の精霊は――」

『そんなものは後回しだ。今は目の前の脅威を退くことが懸命ではないかね!?』

 

 燎子は笑いを堪えた。それを言うのなら、目の前の無力になっている精霊を始末する絶好の機会ではないのか。

 

「私よりも遥かに上からの命令よ、まさか逆らう者は居ないわよね?」

 

 ニヤリと笑う燎子に、隊員は力強く頷いた。

 

「では、全速力で<アポルトロシス>を追跡する!」

 

 ASTは精霊を残して戦場を離脱していく。

 後は<アポルトロシス>が逃げ切るだけだ。

 

 ――力を貸してくれ、耶倶矢、夕弦……お前達の颶風の御子の力を!

 

 地上から見上げる八舞姉妹が微笑んだ。

 

「くくっ、さあ、真実を掴み取るがいい<業炎の咎人(アポルトロシス)>よ! ありったけの力を貸してやろうではないか!」

「声援。<業炎の咎人>に相応しい真実を見せてください」

 

 ――十香。見ていてくれ、お前が好きになってくれた世界を!

 

 まるで心が通じ合ったように、十香はたくさんの想いを詰め込んで「シドー」とただ一言名前を呼んだ。

 最後尾を追ってくる折紙が、様々な感情を込めて地上を何度も振り返る。今の折紙でも、ただの拳銃で始末できる精霊たち。

 

「…………」

 

 やがて自分の中で決着をつけられたのか、迷いのない瞳で<アポルトロシス>の背中を追った。

 士道はASTが追ってきているのを確認すると加速した。

 

「もう迷いはない……このまま先へ、まだ誰も見たことのない領域へ!」

 

 想いに応えて霊力が膨れ上がる。ASTが見失わないように、かといって置き去りにしないように、夜空を疾走した。

 こんなに気分のいい空の旅があっただろうか? まさしく茶番劇。誰一人として本来の役柄から逸脱していないというのに、誰も傷付かない真実への道程を突き進んでいた。

 

 

 機関の保身が自らの首を絞める。

 精霊を見逃すのは、自分自身の選択だ。

 監視の目がなくなった戦場では、<ラタトスク>によって密かに十香と八舞姉妹が回収されて、すぐさま医療用顕現装置(リアライザ)へと運び込まれた。

 

 <ラタトスク>から救出の報告を聞いて、<アポルトロシス>は急加速。すべてを置き去りにしていく。

 そして世界から消失(ロスト)した。

 これは今までの逃避とは違う。

 

「――真実への旅立ちだ!」

 

 

 こうして、敵同士で築き上げた茶番劇は幕を閉じる。

 そして、改めて登録された要警戒精霊<アポルトロシス>に、すべての責任は押し付けられた。

 だが、今度こそは機関の陰謀すらも乗り越えて、現実のその先へ、誰もが幸せになれる真実へと辿り着いたのだった。

 




中二病「それも私だ」

 やっぱり黒幕を倒すのは、真なる黒幕。
 古来より、先に正体を現すのは負けフラグって決まっているのさ。
 『機関』に対抗する『組織』ですってよ。また妄想が広がるね!

 時間がなくて雑になっているので、この話も加筆訂正……というか、書き終わったら第一部からすべて修正するとは思いますが。
 さてはて、何はともあれ、第二部も次回で終章。もう少々お付き合いくださいませ。

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