士道くんは中二病をこじらせたようです 作:potato-47
「疑問。本当にこちらで大丈夫でしょうか」
「くくっ、我が魔眼の示す道を疑うか?」
「即答。はい」
「前に近道で通ったことあるし! 大丈夫だし!」
八舞姉妹は、戯れながら学校帰りの退屈な道も楽しんでいた。士道を通して<ラタトスク>から提供されるお小遣いで、二人はよく寄り道をする。今日はゲームセンターの戦利品を手に下げていた。お揃いのパンダローネ(イエローカラー)である。
勝負が白熱し過ぎたせいで、空が暗くなり始めていた。
そのため、路地裏を抜けて行こうと耶倶矢が提案し、絶賛迷子中である。似たような道が入り組んでおり、天宮市で暮らし始めたばかりの八舞姉妹にとっては迷路も同然だった。
「ん……? 禍々しい魔力を感じるぞ」
耶倶矢は路地裏で蹲る少女を発見した。
ただの中二的台詞であったが、言い得て妙だった。少女が醸し出す雰囲気は、魔に魅入られたように暗く淀んでいたのだ。
「確認。体調不良ですか」
夕弦の声掛けに少女の指先がビクリと震える。しかし膝の間に顔を埋めたままで上げようとはしなかった。
「なんだ? 肉体に魔源素を取り込み過ぎたか? 自力で動かないのであれば、我が貴様を家まで送り届けてやっても構わんぞ」
少女の全身が震え出した。くぐもった笑い声が聞こえる。それは余りにも悲痛で聞く者の胸を締め付けた。
「帰る場所? ははっ、この世界に居場所などありはしない……それとも、今度こそはおまえたちが私を殺してくれるのか?」
「ふんっ、人生の幕引きすら己で行えぬか、脆弱だな。だが、そこまで貴様が堕ちた理由、話してみろ」
耶倶矢の突き放すような優しさに、少女は笑うのをやめた。
「私にはさっぱりだ……おまえたち人間は何を考えている? 片手は握手を交わしながら、もう片方の手にはナイフを隠し持つことを平然とやってのける」
やっぱり耶倶矢や士道と同じ人種だろうか、と夕弦は一瞬思い悩むものの、ネタとして笑い飛ばすには余りにも重苦しい。
「……あの男は、裏切ったのだ。信じて欲しい、と言ったのに……信じてやったのに」
「ふんっ、世の中には我が盟友とは違い腐った人間も居るようだな。そいつの名前を教えてみろ、我が代わりに引導を渡してくれる」
「……シドー」
「要求。もう一度お願いします」
「……イツカシドーと名乗っていた」
八舞姉妹は困惑顔を見合わせる。
反応が途切れたことを訝しみ、少女はようやく顔を上げた。
まるで時間が止まってしまったかのように、八舞姉妹は固まっていた。
――少女の正体は<プリンセス>だった。
霊装を纏わず、天使を携えず、災厄たる精霊は――士道の望んだように孤独に震える臆病な少女になっていた。
だが、こんな絶望に染まった顔をさせたかったのではない。
どうしてこんなことになっている?
士道と<プリンセス>――いや、十香との交渉は順調とは言えないまでも、成果を上げていた筈だ。彼は八舞姉妹にやったように嘘なのか本当なのかよく分からない妄想を並び立てて、再会を約束させたのだ。
八舞姉妹は即座のアイコンタクトで、士道の関係者ではない振りをする口裏合わせを行った。
「ほ、ほう、その士道という男は本当に酷い奴だな」
「同意。ヘタレ野郎です」
「へたれ……?」
「あ、ああ、こっちの話だ。夕弦!」
「謝罪。つい本音が」
少女は疑うことすらどうでもよくなったのか、深く追及することはなかった。瞳には光がなく、生きる意志を感じられない。通り魔や交通事故で理不尽な死を迎えようとも、未練を持たないであろう諦め切った顔だった。
きっと何か誤解がある。あの士道が誰かを傷付けるとは思えない。
このまま放置すれば士道とて苦戦を強いられる。いつでも隙がなくあらゆる事柄に精通する士道を手助けできることなど、そうそうあるものではない。
ようやく恩返しのチャンスが巡ってきたのだ。
夕弦と耶倶矢は笑顔で頷き合った。
「さあ、我と夕弦の戦争を始めよう」
「宣言。夕弦と耶倶矢の戦争を始めます」
心の中で決意を言葉にする。
そして、耶倶矢と夕弦は士道の立つ戦場へと自ら踏み込んだ。
「請願。ここで出会ったのも何かの縁です。名前を教えて頂けませんか」
「……とう……いや、名前など無い」
「そうか、ならば、我が代わりに付けてやろう。しかし、真名を与えるということは、それ即ち我が眷属となること、それでも構わぬか?」
「どうでもいい。名前などに、どれほどの価値があるのか」
名前の価値は無限大だ。
それを今から、
「提案。これからあなたの名前は『十香』です」
「えっ……?」
「ん? 聞こえなかったか?」
「どうして、同じ名前を……」
一か八かの懸けであることは承知している。
それでも、モニター越しとはいえ、あの時に目にした少女の顔はとても満たされていた。
「何が同じ名前なのかは分からぬが、もしも以前にそう呼ばれていたのならば……この偶然、いや、必然と呼ぶべきか。それが貴様の真名だということだろう」
「再考。もし嫌であれば別の名前を考えます。決めるのは、あなたです」
*
名無しの少女は八舞姉妹の顔を交互に確認して戸惑いを隠せない。この女たちもやはりメカメカ団の仲間なのか? でも空から現れなかった。それに嫌な感じがしない。とはいえ、それはあの裏切り者も同じだった。
何を信じればいい? いや、まだ性懲りもなく何かを信じるのか?
分からない。何も分からない。
どれだけ考えても答えは出なかった。
「…………」
そうか、分からないのならば、分からなければいい。
少女は手の平で顔を覆い隠した。
――何も信じなければいいのだ。
そうすれば心は傷付かない。裏切りも怖くない。心の平穏は保たれる。恒久的平和の実現だ。
喜びを感じた一瞬の過去だけを切り取って胸に仕舞い込む。
「……それでいい。私の名前は十香だ」
名無しの少女――十香は思う。あの時、初めて名前を呼んでくれた時の喜びは、それだけは嘘ではないから。
それ以外は不要だ。メカメカ団からの憎しみや、現界するたびに感じていた漠然とした孤独感、それに伴う言葉にならない怒りや悲しみも必要ない。
一瞬の思い出だけを胸に抱いて、心の時間を止める。
光を失ったままの瞳で、十香は初めて笑顔を浮かべた。それは余りにも退廃的で、壊れ切っていた。
襲ってくるものは残らず殺して、優しさを与えてくれる者だけを残す。そうすれば世界はいつか、十香を受け入れる理想郷になっていることだろう。その時になって、ようやく十香の時間は再び動き出せるのだ。
ああ、なんだ、簡単じゃないか。悩む必要なんてなかった。
だって、それを実現するだけ力は持っているのだから。
「はは、はははっ」
八舞姉妹は十香の絶望に動じない。この世界に手遅れなんてあってたまるものか。そんな現実は絶対に否定してみせる。
「八舞耶倶矢、貴様の主となる我が名をありがたく刻むといい」
「追随。八舞夕弦です」
二人から差し出された手を、十香は触れることもなく自力で立ち上がった。
「慣れ合うつもりはない」
「くくっ、我が眷属に相応しき反骨心だな。調教の楽しみがあるというものよ。では、早速行くとしようか」
「どこへ向かうつもりだ?」
「返答。来れば分かります。とても良い場所です」
「良い場所……?」
「ああ、光と音が意志を持って踊り狂う、宴の場よ!」
十香は幸せそうに笑う八舞姉妹を目にして、時間を止めた筈の心が軋むのに気付いた。
無視しろ。何も期待していない。だから傷付かない。絶望しない。心は常に喜びに満たされている。だから私は大丈夫だ。
*
士道は冷蔵庫の中身と相談して、できる限り量を水増しできるメニューを考えていた。やはり腹に溜まる汁物がいいだろうか。
「それにしても遅いな」
夕食の直前に炊けるように炊飯器をセットしようと掛け時計を見上げて、士道は八舞姉妹が帰宅していないことに不安を抱いた。嫌な予感がしたのは、もしかして二人のことだったのか。
「……探しに行こう」
ガスの元栓、窓の鍵閉めを瞬時に確認して、すぐに家を飛び出した。
人生とは往々にして儘ならない。より良い未来を求めて懸命に戦い続けてようやく荒波を乗り切ることができる。しかし、乗り越えた先には更なる困難が待ち受けているものだ。
「――裏切り者が、よく顔を出せたものだな。メカメカ団の女と内通しているのは知っているのだぞ」
街で遭遇した十香から、レイプ目で睨まれれば、流石の士道とて混乱する。<
「これもまた、逃れられぬ道か」
士道は中二病モードに移行して、戸惑いを投げ捨てた。
闇に生きる咎人に一切の油断はない。昨日の友とて、今日の敵になりえる。というか、そういうシチュエーションは燃えるし格好良い。だから、是非ともやってみたかった。
だが、あんな顔をする十香を見るぐらいだったら、そんな願いは叶わなくてよかった。どうして現実はこうも容赦無く苦しむ者に更なる試練を与えるのか。
――世界から拒絶されるのは俺だけで充分だ。
既に士道は十香の言動と嫌な予感を結び付けて、大体の状況は把握していた。
「ふんっ、確かに何か企んでいるような顔をしておる」
「同意。陰謀を企む顔付きです」
耶倶矢と夕弦は士道に敵意を込めた演技をする。
実際、士道は完全に入り込んでいるので、本当に何か企んでいそうな顔だった。
冷静になれと己に言い聞かせる。最初の言葉で道筋は定まる。方針が定まらない限りは口裏合わせもできない。これはまたとない挽回のチャンスだ。これを逃せば、十香の心は完全に閉ざされる。
奇妙な運命が絡み合い、士道と八舞姉妹と十香の戦いが始まろうとして、
「士道……この状況は?」
更なる状況悪化が発生した。
折紙の登場に、十香は殺意を振り撒く。
何の変哲もない陸橋を舞台に、敵も味方もあべこべで数秒先の未来も読めない混沌空間が形成された。
やはり機関は俺を休ませてはくれないらしい。
自嘲の笑みを浮かべて、士道は両腕を大きく広げた。それから前髪をくしゃりと握り潰し、その腕を逆の手で掴んで横向きに腰を突き出す。
完璧に決まった。追い詰められながらも決して余裕を失わない黒幕スタイルである。
「こうなってしまったのならば仕方ない。すべての
誰かが傷付く現実で満足か?
みんなで笑える未来は欲しくないか?
諦めない。諦めてなるものか。この場に悪人なんて存在しない。
それなのに争い合うなんて馬鹿みたいだろう。
だから、現実を打ち砕き、妄想を貫き通して、理想の世界を手に入れる。
さあ、心を凍らせた十香の信用を勝ち取り、八舞姉妹との敵対を解消し、折紙を守り切る――そんな非現実的な真実を構築してみせろ!
忘れた頃にもう一度。
この作品はギャグ&コメディですから、鬱展開は長続きしないのです。
そろそろ、この言い訳が通じなくなって……え? 最初から通じてないって? 聞こえないなー。
Q.でも士道くんのハードルだけは上がってるよね?
A.ハーレム野郎はぜってぇ許さねえ!(主人公は苦労するべきだと思います)