士道くんは中二病をこじらせたようです   作:potato-47

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終章 中二病のいる風景

 そこは仁義無き戦場だった。一瞬の油断が昼食を奪い、例え日常の友でも敵となり、誰もが至高の逸品(フェイバリット・ワン)を手にするためにあらゆる手段を許容する。

 

 ――四天王が今日も購買部で争いを繰り広げていた。

 

 空を支配する者――<吹けば飛ぶ(エアリアル)>。

 嗅覚を翻弄する者――<異臭騒ぎ(プロフェッサー)>。

 空隙を突く者――<おっとごめんよ(ピックポケット)>。

 

 絶対的な力を以って、愚かな新兵を保健室送りにする。それは彼らの慈悲でもあった。不用意に踏み込もうものなら空腹程度では済まされない。覚悟を定めた者のみが戦うことを許されるのだ。

 

「忘れはしない、俺はツナサンド(お前)に逢うために……生まれてきたんだっ!」「なるほど、この世界線……そう簡単には真実(パン)に辿り着かせないか」「あらあら、駄ァ目ですわ、そのフルーツサンドはわたくしのでしてよ」「くひ、くひひ、違いますわよ、わたくし。だってそれはわたくしのものですもの!」「パンは命より重い……!」「あなたは買えないわ……私が買うもの」「ちまちま買うなんて面倒臭えな。大人買いでもしてやるか」「だったらまずは、その幻想(パン)を買い占める!」「私ね……購買士(バイインガー)で、幸せだったよ」「目に焼き付けなさい、これが購買士になるってことよ」「くそっ、生きてるなら返事をしやがれ、揚げパン野郎!」「俺は、俺たちは平和(パン)を求めているだけなのにっ!」

 

 なんかメンバーの濃度がヤバいことになっている。何が言いたいかというと、方向性はどうあれ人は常に成長を続ける生物だということだ。

 なんだか最悪の精霊(きょうぞうさん)が増えてねーですか。きっとスパルタな本体に嫌気が差して気分転換にでも来たのだろう。気にしたら負けだ。(士道の実妹が)このあと滅茶苦茶フルボッコした。

 

 どこまでも騒がしく、激しくなる戦場。

 しかし、次の瞬間、まるで時が止まったように静まった。

 

 ――<完璧主義者(ミス・パーフェクト)>鳶一折紙の登場である。

 

 常の無表情は精彩を欠いていた。足取りも危うく力無い。この戦場では致命的な状態だったが、誰も彼女の進む道を阻まない。何故ならばその姿は幽鬼のそれだったから。

 <アポルトロシス>と<ベルセルク>がこの世界から消え去ってから――彼女の心はもう死んでいた。それでもまるであの日の戦いが無かったように、世界は変わらず回っている。

 

 折紙は独断専行、そして利敵行為を働いたというのに燎子から「トイレ掃除でもしてなさい」と罰でもない罰を与えられただけだった。一体裏でどんな陰謀が渦巻いているのかは知らないが、もはやどうでもいいことだった。

 

 復讐は果たされた。

 

「…………っ」

 

 そして、五河士道は死んだ。

 

 折紙が生きているのは惰性に過ぎない。ただ死なないために食事を取り睡眠を取る。それの繰り返し。

 本当は死ぬつもりだった。だけど、士道が最後の最後まで叫び続けた言葉が心の奥底に残り続けているのだ。それが折紙にぎりぎりで未練を残させていた。

 

 ――この世界の欺瞞を暴いて、世界に真実を広めろ。

 

 精霊自体をまだ許すことのできない折紙にとっては、精霊と人類の共存に余り魅力を感じない。ただASTのように武力を以って殲滅するのではなく、士道が行ったように平和的な解決方法があるのならそちらを選んでもいいかもしれない、と思うぐらいにはなれた。

 

「え……?」

 

 静まり返った戦場に賑やかな声が聞こえた。

 その内の一つは、折紙が聞き間違える筈がない。

 

「ほう、遅れて来てみれば、随分と有象無象共が居るな。我らに蹂躙されるために集まるとは、酔狂な奴らだ」

「宣言。パンはすべて夕弦たちのものです」

「ああ、それじゃあ、久し振りだが遠慮無く行かせてもらうとしようか」

 

 振り返った先には<ベルセルク>の二人――そして五河士道の姿があった。

 士道と目が合う。彼はゆっくりと近付いてきて微笑んだ。

 

「悪いな、お前には知らせようと思ったんだけど、ちょっと色々とあって」

「う、あ……」

 

 折紙の視界が涙でぼやける。

 士道の胸元を掴んで、声を押し殺して泣いた。

 どうして生きているのか、そんな疑問はどうでもいい。生きていてくれるのならそれだけでいい。

 士道は黙って折紙を受け入れてくれた。耶倶矢と夕弦も文句は言わなかった。彼女もまたあの日、二人を救うために奮闘したのは知っている。最初は複雑な思いもしたが、事情を知れば受け入れられた。

 

「話したいことも、聞きたいことも一杯ある。でも今は……行こうぜ、戦場(こうばいぶ)が俺たちを待っている」

 

 折紙は涙を拭い頷いた。

 さあ、始めよう――私たちの戦争(デート)を。

 

 今は細かいことは忘れて日常を演じよう。この精霊のいる風景を当然のものとして受け入れて、悪意も善意も無いただ食欲を満たすためだけの平和で過激な戦場へ足を進めた。

 

 ――折角の日常に空間震警報が横槍を入れる。

 

 折紙は習慣から反射的に走り出して、すぐに足を止めて士道を振り返った。

 

「大丈夫だよ、俺はもう消えたりしない。だからお前はお前の戦いをすればいい。でも後で落ち着いたら話をしよう」

「分かった、待ってる」

 

 折紙はこくりと頷いた。そして足取り軽く駆けて行った。

 

「士道、我らの同胞が待っている。急ぐぞ」

「同意。急ぎましょう」

「ああ、俺たちも俺たちの戦いをしよう」

 

 士道、夕弦、耶倶矢もまた日常に背を向けて駆けて行った。

 

 

    *

 

 

 <フラクシナス>の艦橋に士道、耶倶矢、夕弦は勢揃いしていた。

 

「ターゲットの識別名は<プリンセス>。状態は正直かなり悪いわ」

 

 モニターに映し出された少女を示して、司令官モードの琴里が説明する。

 

「士道、任せたわよ」

「誰に言っている?」

 

 士道は無駄に格好つけたポーズを決めた。

 

「俺は闇に生きる咎人、この程度の任務、造作も無い」

 

 相変わらずの中二病に琴里は、はいはいと手の平を揺らすだけで対応した。もうすっかり司令官モードでの接し方も慣れたものである。

 

「現場までは送り届けるけど、直接の交渉役はあんたの役目だから。絶対にヘマをしないように。まぁ私たち<ラタトスク>が全力でサポートするから安心してちょうだい」

 

 士道は出撃のための準備を整えながら、あの日――<アポルトロシス>と<ベルセルク>がこの世界から消えた時のことを思い出していた。

 

 雨霰と降り注ぐ銃弾。近付いてくる死の気配。

 それでも、士道は力強く叫びながら耶倶矢と夕弦と共に生き残る手段を模索していた。しかし再生能力が追い付かず、意識が途絶える方が早かった。

 

 ――そして、士道が次に目覚めると、泣き顔の八舞姉妹と黒いリボンの琴里がしがみついてわんわんと泣き出す光景に遭遇した。

 

 ここは天国か地獄か、可愛らしい少女たちに囲まれるのは天国だが、泣いている状況は地獄だった。

 落ち着いた琴里は、醜態を誤魔化すように、芝居がかった口調と仕草で言った。

 

「ようこそ、空中艦<フラクシナス>へ。<ラタトスク>はあなたを歓迎するわ」

 

 目を白黒させる士道に、琴里は悲しみを払うように、怒りを発散するように、次から次へと情報を語った。

 ASTの猛攻に晒され危機に瀕していた時、空間震の損傷から回復した<フラクシナス>で現場に急行して、士道と八舞姉妹を転移装置で救出したのだという。それからすぐに治療用の顕現装置(リアライザ)に放り込まれて、全員奇跡の生還。つまり肉片以外が消し飛んだのではなく、それ以外は無事だったという訳だ。

 それから八舞姉妹には戸籍が用意され、名実ともにこの世界に居場所を手に入れた。

 

 <ラタトスク>から士道に対する誤解が解消され、すべてを理解した時、士道は複雑な気分になった。守り抜けると思っていた琴里は、既に自分以上に巻き込まれていたのだ。

 

「まあ、琴里を堅苦しい立場からさっさと解放してやるためにも、まずは<プリンセス>を救ってやらないとな」

 

 士道の<王の簒奪(スキル・ドレイン)>によって、精霊の呪縛から解放する。そのためには好感度を上げる必要もあるのだという。

 女の子に好かれる方法なんてものは知らないけど、絶望する人間の心理なら少しぐらいは分かる。そして<プリンセス>は絶望に囚われている。映像越しではあるが、すぐに分かった。

 

「準備はいい? ASTが来たら厄介だから、出現地点上空まで移動後、転移装置を使うわ」

「それよりも早い方法があるさ」

 

 士道は琴里にハッチを開けてもらうように頼んだ。

 

「一体何をするつもり?」

 

 その質問には答えず、士道は苦笑を浮かべる。

 

「流石は兄妹と言うべきかな」

「何が?」

「お前にとってのその黒いリボンと、俺にとっての中二病は同じってことさ」

 

 呆けた顔をしたが、琴里はすぐに不敵な笑みを浮かべた。

 

「一本取られたわね。流石はおにーちゃん」

 

 さて、愛しい義妹の笑顔で和んだことだし、ちょっとそこまで世界を救ってこようか。

 

「応援。無理はしないように……と言っても無駄ですね。死ぬ前に彼女を救ってきてください」

「そうさな、キスまでの浮気を許可してやるのだ、下手をうつでないぞ。士道は我ら八舞を救い、あの復讐鬼を解放したのだ、<プリンセス>も救ってみせろ」

 

「疑問。耶倶矢は恋人でもなんでもないので、士道が何をしようと浮気と非難する権利はない筈です」

「ん……? 何を言っておる、我が士道と先にキスをしたのだぞ」

「肯定。そうかもしれませんが、先に士道からキスをしてもらったのは夕弦です」

「な、何言ってんのよ! どっちにしろ士道のファーストキスは私のものだし!」

「否定。そういう意味であれば<イフリート>である琴里が勝者になってしまいます」

「……は? え、ちょ、そこで私を痴話喧嘩に巻き込まないでくれる!? べ、別に私は士道なんてどうでもいいわ」

 

「ほら、こう言ってるし、士道は私のものってことで解決でしょ!」

「嘲笑。これだから耶倶矢は。胸だけでなく頭も空っぽですね」

「……ふんっ、頭まで脂肪の詰まったあんたには分かんないわよね、ぽよっ腹夕弦」

「激昂。かちんです。すか胸耶倶矢」

 

 なんだか姉妹喧嘩を始めた二人を放って、士道は開かれたハッチに向けて歩き出す。慌てた琴里が士道の袖を掴んで止めた。

 

「どうでもいいって言っても……その、別に嫌いとか、そういうことじゃなくて」

「ああ、分かってるよ。愛してるぞ、琴里」

 

 冗談めかして返すと、琴里は顔を真っ赤に染めてそっぽを向いてしまった。

 その隙に、好きにやらせてもらおう。

 転移装置を使うよりもこっちの方が早く現場に向かえる。あの日から訓練は充分に積んだことだし、是非とも実戦に使いたい。

 

 士道は琴里の指を振り払い、いつの間にか仲直りしていちゃつきだした八舞姉妹の声援を受けて、ハッチから外に飛び出した。八舞の霊力を引き出して風を操る。落下速度を制御して、<プリンセス>のもとへ目指した。

 

 なぜ安全性を無視して僅かな時間短縮でしかないのに、転移装置を使わずにこんなことをするのか?

 

「決まっているだろう?」

 

 それはもちろんこっちの方が、

 

 

 ――格好良いからだっ!!

 




 これにて短くも濃かった『士道くんは中二病をこじらせたようです』は完結です。サブタイトルは『八舞ハーレムエンド』だったりしました。実際にハーレムになるというよりは、二人共救うという意味合いが強いです。
 以下、長いですが特に中身も無いあとがきなので、読まなくても問題ありません。

 さて、この二次創作を書こうと思った理由は至極単純で、私が八舞姉妹が好きだからです。そして原作では十香がメインヒロインに据えられたことで、どうしても他ヒロインが不遇に思えてしまい、士道くんに最初に攻略されるのがそもそも双子で二人共救わなくてはならない状況ならば、ハーレムルートへの敷居も低くなるだろう、と思ってのことでした。後は折紙の救済をもっと早い内にできたらな、と考えたのですが……結局は、また絶望させられることが決定事項で涙目。

 本当は士道くんの過去改変+性格改変もするつもりはなかったのですが……ただ、どうしたことか、士道くんはそういえば過去に中二病を患ってたよな、と思い出してしまったことで、この物語の方向性は決定付けられてしまいました。
 最初は着地点だけを決めて猛ダッシュです。書くと決めていたシーンは、『折紙との共闘』と『黒幕宣言』だけというね。最終的には重要な意味を持った<業炎の咎人(アポルトロシス)>も書いている時のハイテンションにその場で決めただなんて秘密です。5話ぐらいまでプロットすら作ってな(ry
 本来はもっと丁寧に描写を行い、展開も一つずつ大切にするべきなのですが、冗長になると思ってずばずばと行っています。物語に深みを持たせたい良い子は真似してはいけません。

 話の展開的に何度も読者の方を不安にさせましたが、私はハッピーエンドが好きです。ただそこに至るまでを厳しくしたいのです。最初から幸せになれる道が決まっている物語は読む分にはもやもやしないですが、緊張感がありません(それが悪いという訳ではないのであしからず)。だから全員が救われる、と確信させないような書き方には少し気を使いました。
 不幸があるから幸せになってほしい、救われてほしい、と思うものですから、もしそんな風にはらはらして頂けたなら幸いです。
 反省点はたくさんありますが、息抜きで勢い任せに書いたにしては、そこそこにまとまったかなと思います。


 さて、今後も士道くんは己の信念に従ってたくさんの精霊を救っていくことでしょう。まずはちょっと放置されて闇堕ち気味の<プリンセス>を救い、我らが心のオアシスである<ハーミット>を助け出し、最悪の精霊とまで呼ばれた<ナイトメア>すらもデレさせる。……あれ、ふと思ったんですけど、折紙を過去で救ったのは今よりも未来の士道くんな訳で、その頃には『中二病』はどうなっているんでしょうね?

 ちょっと妄想が色々とうずきますが、これにて失礼致します。
 最後まで読んで頂きありがとうございました。
 では、またいつかのどこかで!

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