士道くんは中二病をこじらせたようです   作:potato-47

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11.救済無き現実

 治療には慣れている。何度も怪我をして、何度も死に掛けてきたのだから。ここでその力を発揮しないでどうする。

 

「大丈夫だ、お前は死なない、俺が救ってみせる」

 

 士道は激痛に喘ぐ耶倶矢を必死で元気付ける。

 ナップザックから救急箱を取り出して応急処置を始めた。止血を行い、傷口を消毒する。弾丸が貫通していたのは不幸中の幸いだった。

 

 天井が戦闘の余波に揺れた。校舎内に避難したとはいえ、ASTと精霊の戦闘となれば、ここも完全に安全とは言えない。

 包帯をきつ目に巻き付ける。それから膝枕をして楽な姿勢を取らせた。奇しくも昨日とは立場を交代した状態だった。

 耶倶矢の朦朧としていた意識がようやく回復する。

 

「う、うぅ……ここは」

「校舎の中だ。俺の教室……前にも来たことがあるだろう?」

「ああ、懐かしいな」

 

 ただ出逢ってすぐの頃を思い出すだけなのに、どうしてこんなにも不吉な予感が込み上げてくるのだろう。そうか、まるで最後の別れを前に思い出を語り合うように感じられるからだ。

 

「あの日の衝撃は未だに覚えている。購買部……恐ろしい戦場であった」

「お前たちならすぐに慣れるさ。次に行く時は、俺が戦い方を教えてやる」

 

 耶倶矢は士道の肩を掴んで、立ち上がろうとする。

 

「……手間を掛けたな。さあ、戦場へ戻ろう。外が騒がしいのは、夕弦が一人で戦っているからであろう?」

 

 士道が阻むまでもなく、耶倶矢はすぐに傷口を押さえ込んで蹲った。

 

「無茶をするな。今は安静にしていろ。お前にもしものことがあれば夕弦が悲しむぞ」

「…………」

 

 何か物言いたげな視線を受けて、士道はくしゃりと頭を掻いた。

 

「俺も悲しむ」

「そうか、なら無理はよそう……と言いたいところだが、我は行かねばならんのだ。以前に士道を撃ち抜いた装備を使われれば、我が半身たる夕弦でも無傷とは行かんからな」

 

 士道は首を横に振った。

 

「ただ足を引っ張ってどうする? 無理をするなと言った手前、悪いがこの場から脱出するのが先決だ。ここに残り続ければいずれはASTの増援に追い詰められる。だから、夕弦が敵を引き受けてくれている内に移動するぞ。それが、今は二人で助かる最良の選択肢だ」

 

 ナップザックを身体の前に回して、士道は耶倶矢に背を向けてしゃがみこんだ。

 

「ん……?」

「呆けてないで、早く乗れって。おんぶだよ、おんぶ」

「あ、ああ……背中を借りるぞ。ふふっ、光栄に思えよ。颶風の御子である我をその背に預かる歓喜に噎ぶがいい」

「……お、おう」

「なんだ、本当に緊張しているのか? 意外に初心な奴よのう」

「黙って乗れって」

 

 少なからず想っている相手を背負うなんて、手を繋ぐのと同じかそれ以上に気恥ずかしい。例えこんな命懸けの状況であったとしてもだ。いつもなら、恥ずかしがることなく平然と返せるが、士道の『仮面』は取れかけていた。

 

 士道は耶倶矢を背負って見慣れた校舎内を進む。

 学生の身分によって偽りの日常を過ごした場所。士道は来禅高校が戦場に変わることで胸に痛みを覚えた。

 機関の残虐性ならば、民間人を巻き込むことも躊躇うまい。平日の日中に空間震警報が鳴らなければ、この場所は惨劇の舞台となりえた。現にASTは精霊の排除を優先して破壊を躊躇う様子を見せない。

 

「ねえ、士道。……前に夕弦と話をしたの」

「何をだ?」

「士道と一緒に学校に通えたら、楽しいだろうなって」

「…………」

 

「そうしたら、そうね……まずは手始めに購買部の四天王を夕弦と倒して、新たに襲名してやるわ」

「あいつらは手強いぞ?」

「夕弦と二人だったら、不可能なんてないわ」

「そう言いながら、前に負けていたと思うんだけど」

「ち、違うし……あれは手加減しただけだし……!」

 

 いつもの動揺した時に出る口癖は、耳元で響いたのに弱々しかった。

 

「なんだか……頭がぼーっとしてだめね。それに、校舎内ってこんなに暗かったっけ?」

「みんな避難して電気が消されているからだと思うぞ」

 

 士道は<無反応(ディスペル)>の矜持を以って平然と言葉を返す。しかし内心では涙を堪えるのに必死だった。

 

 背中にじんわりと広がっていく熱の正体は、考えなくてもすぐに分かった。血が止まらない。現状で出来る最高の治療を施しても、対精霊用の弾丸は内側から耶倶矢を蝕んでいく。<王の簒奪(スキル・ドレイン)>によって力を失った耶倶矢に、それを耐え抜く強さは残されていなかった。

 力を奪ったのは士道だ。それを考えるだけで悔恨に胸が引き裂かれそうになる。

 

「もう少しで一階だ。耐えてくれ、あと少しなんだ」

 

 言葉にしても空々しい。例えここを切り抜けても逃げ切れると考えるのは、今の状態ではそれこそ妄想の類だ。それに耶倶矢がちゃんとした医療機関で治療を受けられる筈がない。すぐにASTに発見されて、彼らは弱った耶倶矢に嬉々として弾丸を撃ち込むことだろう。

 耶倶矢から返事がなくなり、荒い呼吸が士道を急き立てる。

 

「くそッ、ふざけんな!」

 

 夕弦の風に吹き飛ばされた魔術師が、窓を突き破り進行方向に転がり落ちた。夕弦の助けを期待したが、他のASTと戦闘に入り身動きを封じられているのが、窓の外に見えた。

 魔術師はすぐに立ち上がり、そしてこちらに気付く。

 

「五河士道……!」

「<完璧主義者(ミス・パーフェクト)>……!?」

 

 購買部で死闘を繰り広げた宿命のライバルが、どうしてASTに居るのか。機関の潜入工作員に気付けなかったことに歯噛みする。とっくに士道の日常なんてものは存在しなかったのだ。

 

 変装を即座に見破られたことなど気にしている場合ではない。ただでさえ上を行く存在が魔術師として立ちはだかる――鬼に金棒もいいところだ。

 折紙は士道の困惑など無視して、憎悪に満ちた声と共に光の剣を突き付けた。

 

「見付けた。<アポルトロシス>、炎の精霊、五河士道――両親の仇!」

「何を、言っている?」

「忘れたとは言わせない。あなたは、五年前に天宮市南甲町で大火災を起こし、目の前で、私の両親を灼き殺した……ッ! 私は忘れない。絶対に忘れない!」

 

 すぐに否定の言葉を返そうとして口を閉ざした。

 五年前。大火災。記憶にある。つい最近、そう死に掛けた時に見た夢――否、蘇った記憶だ。

 

「どうして、あなたなの……どうして、どうしてっ」

 

 折紙の声が涙に濡れる。憎悪とは違う別の感情が、折紙に復讐を躊躇わせていた。士道が両親の仇だと誰よりも信じたくないのは、憐れなことに折紙本人だった。

 

 ――救わなければならないものは、ここにも居た。

 

 絶望に苦しむ誰かを、五河士道は放っておけない。

 過去の因縁が士道に絡み付く。身に覚えはないが、あの<完璧主義者>がただの誤解をしているとは思えない。

 

 全力で思い出せ、徹底的に記憶を洗い出せ。

 正直に言えば、あの時、夢で視るまで五年前の記憶は曖昧だった。だけど、どうやら士道は、五年前に折紙から両親を奪った『炎の精霊』と誤解される何かをしてしまったらしい。

 

 記憶に無いプロローグ。士道に宿った炎と再生能力の正体が、予想外の形で明かされた。

 自身の持つ<王の簒奪(スキル・ドレイン)>を考慮すれば、自ずと一つの結論が導き出せる。再生能力は恐らく、その炎の精霊から奪い取ったものなのだろう。

 

 ――夢で見た光景が脳裏に蘇った。

 

 炎の中で見付けた琴里は無事だった。炎に包まれながら無傷だった。そう、耶倶矢や夕弦のように、琴里は『普通の人間』だったらしないような格好だった。

 

 つまり、五年前に士道が力を奪い取った精霊は――五河琴里、愛すべき妹だったのだ。

 琴里が自ら望んで、街を焼いたとは思えない。そう、よくある設定ではないか。能力の暴走か、誰かに強制されたに違いない。そして琴里が折紙の両親を殺したとは思えない。あんな弱虫で優しい妹が、誰かを殺せる筈がないのだ。

 

 ――だって、琴里は泣いていた。おにーちゃんと呼んで泣いていた。

 

 

 現実は情け容赦無く悲劇を呼び寄せる。

 <完璧主義者>は敵か……?

 耶倶矢と夕弦は殺されなくてはならない程の悪か……?

 琴里は人を傷付けて悦に浸るような鬼か……?

 

「違う、何一つとして間違っている」

 

 誰かが傷付かなきゃならない現実になんの価値があるっていうんだ。こんな状況を認めていい筈がない。

 

「<完璧主義者>よ、俺を殺すのは構わない。だが少し待ってくれ」

 

 士道のことを誰もが、妄想に囚われた憐れで恥ずかしい中二病だと嗤った。数年後には悶え苦しんで、黒歴史としてすべての過去を焼き払うだろう、と預言者でもないのに偉そうに語った。

 

 はっ、今更、まともに戻って現実を受け入れるなんて馬鹿馬鹿しい。そこに救いなんてありはしない。

 誰かが絶望に染まるのを許容するぐらいだったら、

 

 ――俺は生涯、中二病(のうりょくしゃ)でいい。

 

 士道は外しかけた『仮面』で、再び心を覆い隠す。

 耶倶矢を優しく床に寝かせてから、士道は折紙と向き合った。

 

「俺は<業炎の咎人(アポルトロシス)>、この世界の欺瞞を暴き、真なる世界を解放する者だ」

 

 前髪を右手でくしゃりと掴み、左手を相手に突き出す。この時に左足を少し引くのがポイントだ。更にそこへ腰を反らすことで威圧感が増してパーフェクトだ。

 無駄に格好良い名乗りとポーズに呆ける折紙に、士道は不敵に笑った。

 

 結論は最初から出ていた。

 妄想よ、立ち上がれ。

 

 ――ここから先は、俺の世界だ。

 

「<完璧主義者(ミス・パーフェクト)>、精霊をこの世界から消すために、俺と共闘しないか?」

 

 突然の提案に、折紙は動揺を隠せない。

 一体彼は何を言っているのだろうか……?

 得体の知れないものを見る目で、中二病患者を睨み付ける。

 鍛え抜かれた<無反応>の表情からは、その真意を読み取ることはできなかった。

 

 

 現実はいつだってままならない。

 だったら、そんな現実なんて捨てちまえ。

 そして、妄想を貫き通して真実へと変えれば、そこには理想の世界が待っている。

 

 さあ、宿命のライバルの復讐を終わらせて、琴里を巻き込まず、耶倶矢と夕弦を救う――最高に格好良い真実を紡ごう。




 士道くんはの明日はどっちだ? あっちじゃないですかね(適当)

Q.やっぱり耶倶矢のこと嫌いなんじゃないですかね!?
A.違うし! 好きな子をいじめちゃう残念仕様なだけだし!

 連載一週間なのに月間ランキングに出ていて吹いた。
 お気に入り登録数三桁とか初めてですよ、奥さん。これは『機関』の陰謀ではなかろうか。
 兎にも角にも、こんな拙作を気に入っていただきありがとうございます。感想をくださる方もウェヒヒと狂喜乱舞しながら読んでいます。何やら黒い光的なイメージの過去を彷彿させられた被害者の方も多くいらっしゃるようですが、強く生きてください。

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