「失礼します。ギョガン湖周辺の調査が終わりました」
保安部と諜報部を統合したことにより、同一の報告を二つの機関で別々に処理していた頃よりも、一つの報告として纏まってくるようになり処理する仕事の量が減ったことで、時間に余裕が生まれるようになった。
そのため、ここ暫くできていなかった帝都の見回りをしていた時だった。
ギョガン湖周辺に山賊が砦を作り上げていることを比較的早い段階から知っていムソウは、元保安部出会った時から部下に早い段階から探りを入れさせ周辺地理も含め細かく調査させていた。
そして、山賊たちが砦を作り上げ、賊たちの駆け込み寺として機能していることも、ムソウにとっては既に知っている事実でしかない。
本来ならば早期に処理すべき案件であるが、ムソウはあえてそれを放っておくことで、帝都周辺にばらけて潜伏されるよりも、一ヶ所に集まらせることで、人を多く割いて索敵させる手間を減らすことにしたのだ。
賊とはいえど人である。
人は数によって安心感を持ち単独で潜むよりも注意力、危機管理能力が低下し狩りやすくなる。
そして今、その機が熟した。
エスデスが逃がすとは考えてはいないものの、他の帝具使いの実力をムソウは書類上知っているだけであり直接見た訳では無い。
エスデスの部下として十全に力を発揮することができるか、僅かにでも不安の芽があるのならばそれがそれが開花する前に摘み取るのがムソウの役目だ。
仕方がない、念には念を入れておくべきか……と思い、ムソウは報告しに来た部下にそのまま命令を下した。
「報告ご苦労。ふむ、新たに設立したイェーガーズの実力を測るいい機会だ、その情報を全てイェーガーズの方へ回せ。ああ、あとイェーガーズがどれ程使えるか見極めるために私も同行するとエスデスに伝えておけ」
「了解しました!!」
報告に来た隊員は、新たに下された命を実行するため、イェーガーズの元へと向かうべく、人ごみの中へと消えて行った。
さて、本当に使えるか見極めさせてもらおうか、イェーガーズのまだ見ぬ実力に僅かばかりの期待をムソウは寄せた。
敵に情けを掛け、任務を全う出来ないような者は、軍人として下の下である。
そのような者は、味方に損害を出しかねない。
そのような者がいないと信じたいが、一応連れて行くかと、ムソウは一度身支度をする為と第Ⅰ局
イェーガーズside
イェーガーズの面々は、正式に割り当てられることになったイェーガーズ本部で親睦を深めていた時だった。
いきなり扉が開くと、帝国兵とは別に独自の黒を基調とし、居るだけで周囲に威圧感と抑止力としての効果を果たす制服に身を包んだ保安部員が入って来た。
「失礼します!!ムソウ長官より伝達、ギョガン湖周辺にある砦を落とせとのこと。また、そこに根付いている山賊については、殲滅を基本とし方針については、そちらに一任するとの事です」
「……このタイミング。丁度良いな。お前達初の大きな仕事だぞ」
エスデスがそう言うと、イェーガーズの面々は先ほどまでの和気藹々とした雰囲気から一変、締まりきった表情へとなった。
「む?どうした、まだ何かあるのか?」
伝達だけならば、伝えただけで仕事が終わるはずだ。
なのに未だ居続けることにエスデスが疑問を感じるのは当然のことだ。
「はっ!!長官よりエスデス様へ、今回の任務に同行しイェーガーズがどれ程まで使えるか見極めさせてもらう、との事です。伝達事項は以上」
伝達すべき内容をすべて伝えた保安部員は、ギョガン湖周辺の情報がまとめられている書類を手渡すと、敬礼し出て行った。
「ムソウが着いて来るとなると、そもそもかけるつもりはないと思うが、下手な優しさや敵への情けは一切許されない。下手に敵に情けを掛けられたら私からの拷問と保安部からの懲罰が間違いなくあるからな」
エスデスは拷問と言う単語を言う瞬間とてもいい顔をしていたが、その意味を察したイェーガーズの面々は背筋を凍らせた。
ドSで拷問好きだと言うことは既にイェーガーズ全員周知の事実だ。
そのエスデスが拷問をすると言ったら間違いなくする、それも拷問官以上に壮絶で過酷な拷問を。
「敵が降伏してきたらどうします隊長?」
「降伏は弱者の行為、そして弱者は淘汰され強者の糧となるのが世の常だ」
「あはっ、あははっ!悪を有無を言わせずに皆殺しに出来るなんて、私、この部隊に入ってよかったです」
降伏してくる敵さえ殺し尽くせと、暗に言っているエスデスの発言にセリューは、思い人と付き合えるようになった乙女のような表情で言った。
「心ゆくまで殲滅すると言い」
「ハイッ!!」
セリューはエスデスに心酔するように返事を返した。
その様子をウェイブは、何だこの会話……と呆然とした表情で見ていた。
「出陣する前に聞いておこう。一人数十人は倒して貰うぞ。これからはこんな仕事ばかりだ。きちんと覚悟は出来ているな?」
「私は軍人です。命令には従うまでです。このお仕事だって、誰かがやらなくちゃいけないことだから」
一番最初に覚悟を表明したのはボルスだった。
顔は全身を覆う防護マスクの様なもので見えないが、その表情は決して笑顔ではないことだけは確かだろう事は見て取れる。
現にボルスは、今までも全て命令を完全に成し遂げ、多くの命を燃やし尽くして来ている。
「同じく……ただ命令を粛々と実行するのみ。今までもずっとそうだった」
クロメは凛とした表情で決意を表した。
ただし、クロメが命令を唯々諾々として従って来たのはドーピングさせられている薬の鎮静剤を貰う為でもある。
そうでなければ、禁断症状が体を蝕み、理性を保つことさえできないからだ。
むろん、そのことを知っているイェーガーズのメンバーは、エスデスとそっち方面に詳しいDr,スタイリッシュくらいの者だ。
「俺は……大恩人が海軍にいるんです……その人にどうすれば恩返しできるかって聞いたら、国の為に頑張って働いてくればそれでいいって……だから俺はやります!もちろん命だって賭ける」
ウェイブは暗い表情を一瞬見せながらも、一瞬で思いを切り替えやる気に満ち溢れた表情で答えた。
「私はとある願いをかなえるために、どんどん出世していきたいんですよ。その為には手柄を立てないといけません。こう見えてやる気に満ち溢れていますよ」
呼んでいた本を閉じ、決意を表したランの表情は、普段の柔らかい表情とは違い一本の切れる刃の様であった。
「ドクターはどうだ?」
最後に残ったスタイリッシュにエスデスは問いかけた。
「フッ、アタシの行動原理はいたってシンプル。それはスタイリッシュの追及!!!」
カッっと目を見開きスタイリッシュは言い放ったが、セリューは拍手をし、ウェイブは引き、ランは苦笑いし、ボルスはマスクの所為で表情が分からないが直立不動、クロメは我関せずと皆それぞれリアクションを取っていた。
「お分かりですね?」
「いや分からん」
スタイリッシュは理解されているのを前提にエスデスに問いかけたが、エスデスは一切間を置かずバッサリと切り捨てた。
それにたいしてスタイリッシュは残念と言った表情を浮かべながら語り始めた。
「かつて戦場でエスデス様を見た時に思いました。あまりに強く、あまりに残酷、ああ、神はここに居たのだと!!!そのスタイリッシュさ!是非アタシは勉強したいのです。さらに冷酷で無慈悲、圧倒的武力に、神算鬼謀を打ち立てるあの頭脳、まさにアタシの求めるスタイリッシュさその者であるムソウ様に見ていただけるんですもの、頑張るしかないじゃないですか!!」
一言一言の度にジョジョ立の様なポージングを取りながらスタイリッシュは言い放ったが、エスデスはしらけた様な目で見るだけだった。
「皆迷いがなくて大変結構……そうでなくてはな。それでは出陣!!ムソウの前だあまり下手なことは見せられないからな!!」
side END
ギョガン湖周辺――
ムソウはエスデスと共に全てが一望できる岩山の頂上付近に座っていた。
背後には、護衛と保険両方の意味も含めて懲罰部隊が休めの体勢で整列している。
軍を狩るための部隊、同数の数で殺し合わせたならばブドー率いる近衛兵にも引きを取らない強者たちだ。
「私達はあいつらの戦いぶりをここで見物していよう」
「ふむ、アイツらは使えるのか?」
「私の見たてでは、十分使える者達ばかりだぞ?」
お互い並ぶように座っていたら、エスデスはムソウの手の上にそっと自身の手を置き、拷問時のドS状態とは比べ物にならない程優しく乙女の顔をしながら握って来た。
「さて、お手並み拝見と行こうか」
ムソウは足を組むとイェーガーズの働きを見るために目を向けた。
砦で夜の見張りをしている賊の一人が数人此方へと向かって来ているのに気が付いた。
暗闇の為ハッキリと見えないが、目を凝らしてみると帝都警備隊の軍服を着ている女が見えた。
「敵だ!!みんな集まれ!!」
かなりの接近を許してしまったため、声を荒げながら叫んだ。
賊たちは見張りの荒げた声に気付き慌てながら砦から出てきた。
「おいお前達、ここがどこだか知ってて来てんのかぁ!?」
「正面からとはいい度胸じゃねぇか!!」
「生きて帰れると思うなよ!!?」
賊たちは口々に罵りながら銃や刃物をイェーガーズへと向けた。
「うっはーっ!!可愛い女の子もいるじゃねぇか」
「たまらねぇなぁ連れて帰って楽しもうぜ」
下衆な視線をセリューとクロメに向けながら賊たちは舌なめずりしながら言った。
「まずは私とドクターの帝具で道を開きます。コロ、5番!!」
セリューがコロと愛称を付けている、生物型の帝具であるヘカトンケイルは二頭身の姿から一変2mを優に超える大きさとなりセリューの右腕に噛みついた。
「ナイトレイドを殺すために覚悟をし、ドクターから授かった新しい力……」
”十王の裁き”と言うドクタースタイリッシュが、セリューの為に作り上げた十もの専用兵器。
その一つ正義、閻魔槍と言う名前の螺旋上の形をし高速回転する槍で直進し、賊たちは貫かれるか巻き込まれ引き千切られるかのどちらかの運命をたどった。
閻魔槍は線で攻撃するにはその突撃力を発揮することが出来るが、面で展開している敵を殲滅するには向いていない。
取り逃がした敵をコロは巨大な口を開き、二重に生えている巨大で鋭利な牙で賊を喰いちぎる。
「ヤバイぞアイツ!頭に知らせろ!!」
「山門を閉じろ早く!!」
賊たちは、攻めて来た敵の脅威を認識するや否や慌てながらも冷静な判断を下した。
「次、7番」
正義、泰山砲、セリューの身の丈で考えるならば倍以上の長さを誇り、自走砲を個人武装にしたような砲だ。
その一撃は、頑丈な門を一撃で粉砕するほどでありながら、衝撃は人一人で受け止められる程度のものと言う規格外の代物だ。
「実に見事な殲滅力ですね」
「もあいつ一人でいいんじゃないかな?」
ウェイブは、ここにまともな女子がいないことを改めて認識すると若干目が死んでいた。
「ふふ、今のはアタシが造りだした兵器よ」
「ドクターが?」
「神の御手”パーフェクター”手先の精密動作性を数百倍に引き上げる、んもう最高にスタイリッシュな帝具なのよ!!アナタ達がどんな怪我をしても死んでない限りアタシが完璧に治療してあげる。体に武器までくっつけちゃうオマケつきよ」
「武器は遠慮しておきます」
語尾にハートを付けながら言い切るドクターをランは引き気味にバッサリと拒否した。
「治療は嬉しいけど、支援型の帝具ならドクターには護衛が必要だな」
「うふふ、その優しさはプライベートにとっておいて」
語尾にハートを付けながら、ウェイブにすり寄ってくるドクターにウェイブは後ろへと引いて逃げた。
捕まったら喰われる、ウェイブは本能的にそれを理解したからだろう。
「出てきなさい!強化兵の皆さん!!」
スタイリッシュが、指をパチンと鳴らすと、のっぺりとした仮面をつけた者達が無数にジョジョ立をしながらスタイリッシュの背後に立っていた。
「うお!」
「いつのまに」
全く気配を感じていなかった者達が、いつの間にかスタイリッシュの背後に立っていたのだ。
油断をしている心算はこの場にいる誰もなかったが、これが敵であったのならば既に自分達は殺されていた。
それを理解している軍属だからこそ、ウェイブとボルスは驚愕したのだ。
「彼らは帝具で強化手術を施したアタシの私兵。将棋で言えば”歩”ってところね」
「武器とかも作れちゃうなんて、凄く応用性の高い帝具なんだね」
「いずれ帝具と並ぶスタイリッシュな帝具を作るのが、アタシの夢よ」
オカマでさえなければ、凄く男らしい背中なのだろうが、オカマと分かっているとやはり今一凄みが欠けて見えてしまう。
「あの……話している間にクロメさんもう突入してしまいましたが」
「はやっ!」
「あの小娘人の話を聞きなさいよ!!」
ボルスとウェイブがスタイリッシュの話に聞き入り、スタイリッシュが熱弁しているのを邪魔しては悪いと思い空気を読んで、クロメとセリューが突入したのをランはあえて切り出すのを待っていた。
先に突入したクロメは、帝具八房の能力を使わずただ刀としての性能だけで斬り裂いていた。
「この女、可愛い顔して何て腕だ!!」
人体を真っ二つにするのは、人が思っている以上に難易度の高いものだ。
骨と骨の隙間を見極め切断しなければならないし、僅かにでもぶれてしまうと切り裂くことは不可能だ。
それを悠々とやってのけるクロメの技能は、薬物によって強化されていることを差し引いても賞賛されるべきだ。
「全部片付いたら組み替えて遊んであげる、お人形さんたち」
クロメの目は濁りきっており、帝都の闇を表すにこれ程適切なものはないだろう。
そんなクロメを建物の影から様子を見計らっていた賊が銃で撃とうとした時だった。
ウェイブが建物の二回相当まで飛び上がると、そのまま賊の顔面目掛けて跳び蹴りをかました。
「なぁにフォローの礼はいらないぜ。チームだろ?」
「や、気づいてたし」
「マジで!?」
かっこつけた心算のウェイブだが、クロメにバッサリと切り捨てられ、落ち込んでしまった。
未だやる気はあるのだが、空回りし続けるウェイブが報われる日は来るのだろうか。
所変わって、城壁付近――
賊たちは近接戦では勝ち目がないと分かるや否や、砦の利である城壁の上から弓を使っての遠距離攻撃を試みることにした。
そこに攻め込む波、ガスマスクの様なものを常時している鍛え上げられた巨体の肉体を持つボルス。
ボルスは背中に巨大なタンクの様なものを背負いその巨体に見合うだけの力強い足取りで走っていた。
「それっ、射殺せ!!」
賊の中でも上位に位置する者の掛け声とともに弓を構えていた賊たちは一斉に矢を放った。
矢はボルス目掛け雨のように降り注ごうとしたが、ボルスは冷静に腰につけていたノズルのような物を取り出すと、そこから炎を放出した。
これこそ、火炎放射器の帝具、煉獄招致”ルビカンテ”だ。
「これもお仕事ですから」
何処か諦めきったような言い方でボルスは言うと、ルビカンテから極大な炎を放出、砦その物や中にいる者達を燃やしきることは出来なかったが、城壁にいる者達はその炎を浴びてしまい、まさに地獄のように阿鼻叫喚な様子となった。
「あぢいよおおおお、なぁんだよこの炎!!なんで水かぶってもきえねぇんだよおおおおお」
「だず、だずげでぐれぇええええ」
帝具であるルビカンテの炎がただの炎であるはずもなく、一度着いてしまった炎は対象が燃え尽きるまで消えることはない。
「冗談じゃない、こんな地獄さっさとおさらばしてやる!!」
何人かの賊たちは、仲間の様子を目の当たりにするや否や簡単に見切りをつけ逃走し始めた。
しかし、それが許されるはずもなく、満月を背に上空にて様子を見ていたランの持つ翼の帝具、万里飛翔”マスティマ”の羽によって頭を貫かれてしまった。
「一人も逃がすわけにはいきません」
その様子を見ていたムソウの感想はと言うと。
「一先ず、及第点だな」
「ムソウが及第点と言うなら十分戦力として見込めるな」
一方的虐殺を繰り広げながらも、ムソウの下した評価はとても辛口だった。
むしろこの程度の賊たちに苦戦しているようでは、今後とてもではないが使い物にならないからだ。
そんな時だった、懲罰部隊とは別の諜報と索敵をやらせていた部隊の者が耳元で面白いことを教えてくれた。
「さて、戻るぞ。いつまでもここにかかりつけと言う訳にはいかないからな。ああ、今度スタイリッシュを借りるぞ。アイツの持つ私兵は使えるからな」
ムソウは立ち上がると、報告された案件を思案しながら懲罰部隊が整列する方へと向かった。
やはりな、広域索敵で帝都から北に10km以上の場所へと向かわせた者だけが帰ってこない。
つまりその場所に何かがあるか、何者かが消しているかということになる。
事実確認を取るにもスタイリッシュの持つ私兵を使えばいい。
スタイリッシュの持つ私兵は変えが幾らでもいるので使い潰すことが出来る。
後詰にアインザッツグルッペンを展開しておけば、結果はどうあれ最悪の事態だけは防げる。
さて、鬼が出るか蛇が出るか、たとえどちらが出てこようと私を満足させるだけの者が出て来るだろうか。
反対多数で、水銀含め黒円卓のメンバーは出しません。
例えだしたとしても、名前だけの部下と言う形ですね。
例えばアインザッツグルッペンの指揮にシュライバーやザミエル卿とか……