獣が統べる!<作成中>   作:國靜 繋

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活動報告にアンケート第二弾があります。
暇だったら見て下さい。



獣と暗殺未遂

「イェーガーズが発ったか」

 

報告しに来た部下が執務室から出て行ったのを確認するとつぶやいた。

相も変わらず同じ作業の繰り返しだが、情報の機密性を考えるとムソウが一人でしていた方が安全であるからだ。

むろん情報は生ものの様に鮮度が命であり、一分、一秒でその価値が変動してしてしまう。

価値が下がった情報は、部下に任せても問題ないため完全に情報を一括集約していると言う訳ではない。

 

「長官、お客様が参られております」

 

扉越しに部下が報告したことにムソウは疑問を感じた。

今日は誰との面会もなかったはずだ、況してや前回の様に大臣が至急と言うほどの事件が起きている訳ではない。

もしそのような事件が起きているならば、帝国内で最も早くムソウの手に来るはずだ。

 

「誰が来ている?大臣の手の者ならば追い返せ、私は今忙しい」

 

「大臣の手の者ではありません。元大臣のチョウリ殿です」

 

「なに?」

 

チョウリ、元大臣と言う地位もあり大臣の政敵となり得る政治手腕があるからこそ助けた人物だ。

そんな人物が態々ムソウに会いに来ると言うことが解せずにいた。

特に、今が一番デリケートな時期であり、自分の身の振り方を考えている者達で宮殿は溢れている。

大臣派に付くか、穏健派に付くか、ブドーの庇護下に入るか、はたまた最も敵が多いとされているが、それ以上の力を持つムソウに付くか。

大臣派に付いたのならば既得権益が守られ、大臣の名のもとにやりたい放題出来るが、ブドーとムソウに目を付けられ粛清される恐れがある。

穏健派に付いたのならば、比較的良心的なものが多いため内部での裏切りはないだろうが、その分大臣から目を付けられるため出世し辛く、下手な発言はそのまま死罪もあり得るリターンの少ない場所だ。

それでも、人としての良心がある者が集まっているため内部での信頼はどの派閥の中でも一番だろう。

ブドー派は、大将軍の家系であり『武官は政治に口を出すべからず』と言う教えを未だ守り続けている堅物の庇護下に入っている文官の集まりだ。

正確に言うならば、大将軍の家系と代々関わりの深い文官の家系の者達が集まったと言うべきであり、中には大臣派に近しい思想の持ち主も居るが、全員の思想の根源は『皇帝と帝国を護る』ことである。

そのため、たとえどのような汚れ仕事や仲間を裏切る結果と為ろうともそれが、『皇帝と帝国を護るため』であるなら仕方なしと割り切れる者達ばかりだ。

最後にムソウ派だが、派閥とは他の者達がムソウを恐れるがあまり勝手に言っているだけで、そのような派閥は存在していないと。

もしそんな派閥が存在するとするならば、穏健派をムソウ派と言うべきだろう。

穏健派自身はそのことに気が付いていないが、裏で糸を引き、大臣の政敵とすることで限度こそ有るが抑止力としての力を持てているのは、ムソウがバックに付いているとチラつかせているからだ。

でなければ、今頃、穏健派は大臣が裏切り者と言うでっち上げた事実で処刑されている。

そして訪れたチョウリは当たり前のように大臣と敵対する穏健派に所属しており、敵の敵は味方と言う考えで穏健派とムソウは比較的良好な関係を維持し続けていることになっている。

裏でムソウが糸を引いていると気づかずに。

 

「まあいい、通せ」

 

「はっ!!」

 

扉越しに部下がどこかへと駆けて行く足音が聞こえ、僅かな時間が経つと二人程の足音が静まり返った廊下に響き渡りながら向かって来ているのをムソウは感じ取った。

コンコンコン、規則正しく3回ほど扉を叩く音が聞こえたので、ムソウは「入れ」と返事をした。

 

「失礼します。チョウリ殿をお連れしました」

 

「分かった。お前は下がれ」

 

「はっ!!」

 

チョウリを案内して来た部下は、敬礼をするとそのまま扉を閉めて立ち去った。

 

「久しぶりだな、チョウリ殿」

 

「そうですね、ムソウ殿」

 

ムソウはチョウリにソファーに座るように勧めた。

柔らかいクッションが中に敷き詰められている、革張りの高級感を見ただけで感じさせるソファーであるため慣れない者は座ることさえ躊躇するだろう。

そんな中チョウリは、元大臣と言う立場もあったためか慣れた様にムソウの対面に腰かけた。

 

「今日はどんな用件で?」

 

「要件と言うほどの物ではないが、ただお礼を言いに来ただけですよ」

 

そう言うと、チョウリはムソウとの間に在るテーブルに手を着くと額が付け深々と礼を言った。

 

「頭を上げられよ、チョウリ殿。私は礼が欲しくて助けた訳ではない」

 

「そうかもしれぬ。ムソウ殿は合理的なお人だ、私を助けたのはそれなりの理由があるかもしれぬ。だが、命を助けられたのにもかかわらず、ここで礼を失すればそれこそ人の道から外れると言うもの」

 

頭が固い、誰もがそう思ったことだろう。

事実ムソウも、チョウリに対してその印象を抱いた。

だが、元大臣と言う立場を持つチョウリが使えると言う印象をムソウが持つのもまた事実だ。

今は地方へと飛ばされた有能な文官達と一線を退いた後でもチョウリは密な関係を持っていたため、地方の表の情報はチョウリの方が詳しい。

ムソウは役職柄、どうしても表に出せないような情報ばかりを追う必要があるため、その辺りを疎かにしている訳ではないが、チョウリやその場を治める太守程詳しくはない。

だからこそムソウは、チョウリのことを無碍にすることが出来ない。

 

「はぁ、分かった。その礼を受け取りましょう」

 

チョウリは安心したかのように頭を上げたが、一瞬だけだチョウリの顔に陰が射したのをムソウは見逃すことはなかった。

 

「それで、それだけのために来た訳ではあるまい?」

 

「何のことでしょう?私は先ほども言った通り礼を言いに来ただけです」

 

「そうか?ならいいが」

 

訝しげな思いをしつつもそれを表情に出す程ムソウは愚かではない。

 

「では、私はこれで」

 

チョウリが扉を開け、ムソウの執務室を後にしようとした時だった。

パリンッ!!っとガラスの割れる音がし、振り返ったムソウが見たのは――

 

「爆弾か」

 

ムソウは焦ることなくチョウリを執務室から押し出し、振り返りざまに帝具を顕現させた。

常人ならば直視しただけで魂をも蒸発させる聖槍。

自身を扱うものを選ぶ黄金の槍は、相応しくない者は触れることさえ敵わない。

だが、唯一の主と認めた黄金の獣が命ずるならば聖槍が発揮する力は無敵である。

だが帝具の一振りで街を軽々と消し飛ばす力を持つムソウが、この様な場で一割に満たない力であろうとその力を発揮するは出来ない。

もしその力を発揮しようものならば帝都が文字通り灰燼と化してしまう。

必然的にその力を極限までセーブしても無駄である、ならばその力に指向性を与えれば済む話だ。

だがどこへ向ける?と疑問に対して指向している暇はない。

被害を最小限に抑えるには力の向きを上空へと向ければいい、その回答にたどり着くのに一秒にも満たなかった。

幸いにしてムソウの執務室は最上層界にあるため、犠牲は帝都の上空を護る危険種だけで済む。

解答が出たならば実行するのみ、ムソウはロンギヌスを下から上へと片手で切り上げたのと爆発したのは同時だった。

その時、帝都に住まう多くの市民が黄金の柱が天を貫き徹すのを目撃した。

 

 

 

 

 

 

「長官ご無事ですか!!」

 

爆発音に気づき駆けつけた保安本部員達はは信じられない光景を()の当たりにした。

ムソウの執務室に爆弾が投げ込まれた、この事実だけでも本来ありえないことなので信じられないと思うだろうが、保安本部員達が思ったのはそこではなかった。

確かにムソウの執務室は消し飛んでいた。

高級感あふれるソファーもテーブルも執務机も革張りの椅子もなくなっている、天井もろとも跡形もなく。

本来爆弾による爆発ならばいくら衝撃が強かろうと少なからず残骸は残るものだ。

なら、残骸が残らない程強力な爆弾だったかと訊かれたら否と応えるだろう。

扉周りの壁は、シミ一つなく綺麗な白色だ。

だが、窓があった方は消し飛び、左右の壁や床はある一線を除き黒々と炭化しきっている。

 

「私は無事だ。それよりも犯人を捜し出せ」

 

「は、はっ!!」

 

駆けつけた者達はすぐさま賊を探すために慌ただしく駆けて行き、帝都内に厳戒態勢が敷かれるのにそれほど時間はかからなかった。

 

「すまなかったなチョウリ殿。私を襲う賊の攻撃に巻き込んで」

 

「いえ、私はあの時助けられていなかったら死んでいた身ですので、このくらいのことどうということはないです」

 

「いや、先ほどのはこちらの落ち度、宮殿に戻られるまでこちらで護衛を付けさせましょう」

 

ムソウは、近くを通りかかった部下を呼び止めると数人チョウリの護衛に付くよう人事部に命令を伝えさせた。

僅かな時間が経つと黒い軍服を身に纏った男たちが現れた。

顔には影が差しており、好き好んで近づきたくはないオーラを纏っている。

 

「このままチョウリ殿を宮殿まで護衛しろ」

 

「「「はっ!!」」」

 

「すみませんな、護衛など付けていただいて」

 

「私の暗殺に巻き込まれたのだ。これ位のことは当然の償いだ」

 

「では、私はこれで」

 

チョウリは若し日の名残りを完全に失っている、光り輝く頭を下げて去って行った。

それに続くように護衛のために呼ばれた保安本部員達も一人を除き着いて行った。

 

「チョウリから目を離すな、何か裏がありそうだ」

 

「はっ!!」

 

残っていた者も敬礼をすると僅かに駆ける足取りでチョウリの護衛に付いた者達の後を追った。

 

「杞憂であればよいが……」

 

書類を含め跡形もなく消し飛んだ執務室を見ながらムソウは誰にも聞こえない声で呟いた。

 

「さて、当初の予定通り第一師団を向かわせるか」

 

本来ならばこのタイミングで自身の守りを少なくするのは愚の骨頂である。

しかし護衛対象であるはずのムソウが護衛を担当する者達以上の力を保持し、なおかつ個で量に勝るのだからどうしようもない。

ムソウが暗殺されかけた、それも自身の領域である保安本部で。

その事実で、保安本部全体が慌ただしくなっており一階に降りたムソウが目にしたのは、慌ただしくも的確な指示が飛び交っている様子だった。

そんな中一人の隊員がムソウの姿に気が付き敬礼をすると、他の者達も気づき敬礼をし、慌ただしい雰囲気が一変し、張り詰めた空気となった

 

「私はこの通り傷一つ追っていない。皆安心せよ」

 

その言葉に安堵の息を吐く者もいた。

 

「これよりは当初の予定通りに事を進める。第一師団はボリックの抹殺とチェルシーの回収。保安本部は引き続き賊の捜査と並行しシュラと思わしき者を調べろ。あれが戻って来ているのならば、ろくでもないことをしでかすだろう。以上解散、各自すぐさま持ち場に付け」

 

先ほどまで慌ただしさの中にも的確さがあった保安本部内は、ムソウの指示一つで慌ただしさは治まり、通常時の保安本部へと戻った。

ただ一人が命令するだけでこれほどまでに統率されるのも、圧倒的という言葉がかすむほどのカリスマ性があるからだろう。

 

「しかし、これでしばらくは思う様に動けなくなったな」

 

損失した書類は報告書が主である以上再度提出させればどうとでもある。

一度目にした書類や重要案件、秘匿情報などはムソウ自身が覚えているので、これも然程問題ではない。

問題なのは、書き記し、今後のために残しておく必要のある書類が消失してしまい、損失した分だけ書き出さなければならない所だ。

幸いと言うべきか前日、地下に存在する公に出来ない情報から他愛もない情報まで保安本部が関わった案件すべてを収めているアーカイブへ収めたばかりだったので被害は少なくて済んだ。

そしてこんな時期に警戒されたとしてもムソウの動きを止めようと考える人間は一人しかいない。

 

「まあいい、それよりもやるべきことをしなくては」

 

使い物にならなくなった執務室の代わりにムソウは応接室を臨時に執務室として使うことにした。

唯一気がかりなのはチョウリのことだ。

一瞬見せた陰にムソウは何かがあると、半ば確信に近い何かを感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

ムソウの執務室が襲われてから一刻が過ぎようとした時だった。

応接室で紛失した情報の書き出しをしていたムソウの元へ部下が一人駆けて来た。

 

「失礼します。長官の執務室を襲撃した犯人を捕らえました」

 

さすが、と言う以外の言葉はないだろう。

どんな警察組織だろうと犯人を見つけ出すのに一日は要すだろう。

だが保安本部は違う。

必要とあらばどのようなことでもする、例えそれが汚れていようとも。

その点で言うならばムソウ程、清濁併せのむと言う言葉が似合う人間はいないだろう。

どの様な組織だろうと自浄作用が働かなくなっては腐敗するだけであり、帝国の自浄作用を司っていると言ってもいいのが保安本部であり、それを率いるムソウのことだ。

腐敗の元である汚れを切り取るために自分が汚れる、綺麗であろうとすればするほど汚れが目立ち汚れを落とすために自身が汚れる。

汚れを取る人間が汚れている人間以上に汚れている、汚れて行く。

笑うしかないだろう。

 

「分かった。それでそいつは何と言っている」

 

「自分は大臣に命じられてやったと、そればかり繰り返しております」

 

「やはりか、他には?」

 

「自分を早く解放しないと人質がどうなっても知らないとも」

 

「人質だと?」

 

もしそれがチョウリの陰と関係するならば、人質にしているのはチョウリの一人娘であるスピアになる。

しかし、情報通りならスピアの腕は皇拳寺で皆伝をもらっている腕前だと情報に記されていたはずだ。

ムソウが僅かばかりでも疑問を感じるのも可笑しくはない。

 

「賊は帝具や皇拳寺で修行したと言った情報はあるか?」

 

「いえ、帝具は所持しておらず、めぼしい情報はありません。特に要注意リストに入る様な人物でもなければ、リストに上がる様な盗賊団のメンバーでもない、ただのコソ泥程度です」

 

「ならばなおのこと分からんな。裏で大臣が糸を引いているにしては稚拙すぎる」

 

ムソウの動きを止めたいと言う思惑が大臣に在るにしては、人質を取り剰え簡単に口を割る様な人員を使うと言うのが解せない。

いや、今回の一件、大臣だけが裏で手を引いているという考え方がそもそも間違っていると言う可能性がある。

思惑自体は大臣に在るだろう、だが実際に裏で糸を引いているのが別の者だとしたら?その裏で糸を引いている人物を更にその裏で大臣が糸を引いているならば、大臣にまでこの一件で火の粉が掛かることはないだろう。

何せ、裏で手引きしている者がトカゲのしっぽみたいに大臣に切り捨てられるのだから。

大臣にしてみれば、殺せたら上等、殺せずとも足止めできればそれだけで十分なのだろう。

後は、トカゲのしっぽみたいに切り捨て、大臣自身が帝国の重鎮であるムソウを暗殺しようとした罪で死刑を承認すれば十分だ。

それだけで、建前上は関係ないと言い切れる。

 

「賊からもう少し情報を聞き出せ。あとは人質の解放に帝都警備隊と連携し救出しろ。たまには帝都警備隊にも手柄をやらんと面倒なことになる」

 

それだけを言うと部下をムソウは下がらせた。

 

「やってくれたな」

 

左手で目元を抑えながらムソウは呟いた。

その表情は憎々しさ――ではなく、むしろ笑いを堪えているようであった。

今まで敵対する存在であると互いが認識し合っても、現状反乱軍やナイトレイド、異民族等と明確に敵対している存在が目の前にいた。

なのでお互いが後回しにしていたのだが、今回の一件。

安寧道が、燻ぶっていた火種を燃え上がらせる結果となった様だ。

 

「もっと私を楽しませてくれよ」

 

まるで子供が新しいおもちゃを買い与えられた時のような、そんな気持ちを抱いていた。




明日から少しの間、ある場所に行かなければならなくなったので更新が少しばかり遅くなります。

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