「ワン、ツー、スリー、フォー。はい、そこでターン。新さん、初めてとは思えない程の上達ぶりですね。総司さんも初心者なのに直ぐに覚えていたわ。でも、時折胸をを触ろうとするのは如何なものかしら?」
「すんません。俺の悲しい
山から1度グレモリーの別館に来た新と一誠はリアスの母――――ヴェネラナとダンスの練習に励んでいた
一誠は上流社会との社交的な付き合いは無縁だったので全くダメなのに対し、新は色んな女性との付き合いがあるせいか、覚えるのも上達するのも早かった
休憩時間に入ったところで新は小猫について聞いてみた
「ヴェネラナさん。小猫は大丈夫なんすか?オーバーワークだってアザゼルから聞いたんすけど」
「ええ。1日か2日、ゆっくりと体を休めれば回復するでしょう」
「……小猫ちゃん。ここに来る前から様子がおかしかったんで、凄く心配です」
「いつもの小猫じゃなかったのは確かだな」
「彼女は今、懸命に自分の存在と力に向き合っているのでしょう。難しい問題です。けれど、自分で答えを出さねば先には進めません」
「「……存在と力?」」
ヴェネラナの言葉に疑問に感じる新と一誠
小猫には何か秘密がありそうだ
「……そういえば、あなた方はリアスの眷属になって間も無かったわね。そう、知らなくても当然ですね。少しお話をしましょう」
ヴェネラナは新と一誠に対面するように座り、とある話を語り出した
それは2匹の姉妹猫の話だった
姉妹の猫はいつも一緒だった。寝る時も食べる時も遊ぶ時も。親と死別し、帰る家もなく、頼る者もなく、2匹の猫はお互いを頼りに懸命に一日一日を生きていった
「2匹はある日、とある悪魔に拾われました。姉の方が眷属になる事で妹も一緒に住めるようになりました。やっとまともな生活を手に入れた2匹は、それはそれは幸せな時を過ごせると信じていたのです」
ところが、異変は起こる
姉猫は、力を得てから急速なまでに成長を遂げたそうだ
隠れていた才能が転生悪魔となった事で一気に溢れ出たらしい
「その猫は元々妖術の類に秀でた種族でした。その上、魔力の才能にも開花し、挙げ句仙人のみが使えると言う仙術まで発動したのです」
短期間で主をも超えてしまった姉猫は力に呑み込まれ、血と戦闘だけを求める邪悪な存在へと変貌していった
「力の増大が止まらない姉猫は遂に主である悪魔を殺害し、『はぐれ』と成り果てました。しかも『はぐれ』の中でも最大級に危険なものと化したのです。追撃部隊を
悪魔達はその姉猫の追撃を一旦取りやめたと言う
「残った妹猫。悪魔達はそこに責任を追及しました」
『この猫もいずれ暴走するかもしれない。今の内に始末した方が良い』―――――と
「処分される予定だったその猫を助けたのだサーゼクスでした。サーゼクスは妹猫にまで罪は無いと上級悪魔の面々を説得したのです。結局、サーゼクスが監視する事で事態は収拾しました」
けど、信頼していた姉に裏切られ、他の悪魔達に責め立てられた小さな妹猫の精神は崩壊寸前だったそうだ……
「サーゼクスは、笑顔と生きる意志を失った妹猫をリアスに預けたのです。妹猫はリアスと出会い、少しずつ少しずつ感情を取り戻していきました。そして、リアスはその猫に名前を与えたのです。―――――小猫、と」
「じゃあ、小猫の正体は―――――妖怪」
「そう、彼女は元妖怪。猫又をご存じ?猫の妖怪。その中でも最も強い種族、
―――――――――
ダンスの練習も終わり、新と一誠はグレモリー本邸に移動した
リアスが迎え入れると同時に新は本題に入る
「リアス。小猫は?」
そう訊いた途端リアスは難しい表情になり、「ついてらっしゃい」と小猫の部屋に案内をする
リアスは既に話を済ませたらしく、中に朱乃がいるので2人に入室を許可した
新と一誠は小猫の寝室へ足を運ぶ
ベッド脇には朱乃が待機しており、ベッドには小猫が横になっていた
新と一誠は小猫の頭部に生えていた"猫耳"を見て驚いた
この猫耳は普段は隠していて、体力がなくなると出てきてしまうらしい
「新さん、イッセーくん、これは―――――」
「あぁ、だいたいの話は聞いた」
そう言うや否や新はベッド脇に移動して小猫の様子を窺った
「よぉ小猫。体は大丈夫か?」
新はいつもの調子で訊くが、小猫は半眼かつ不機嫌な声音で呟いた
「……何をしに来たんですか?」
「随分と不機嫌だな。仲間を心配して何が悪いんだ?」
ぶすっとしたまま小猫は答えない
新は構わず続けた
「話はリアスの母――――ヴェネラナさんから聞いたぜ。大事な試合を控えてるっつうのに、オーバーワークなんぞ起こしやがって。何をそんなに焦る必要があるんだ?」
「……なりたい」
小猫が小さく呟く
そして真っ直ぐに新を見つめ、涙を溜めながらハッキリとした口調で言った
「強くなりたいんです。祐斗先輩やゼノヴィア先輩、朱乃さん……そして、新先輩やイッセー先輩のように心と体を強くしていきたいんです。ギャーくんも強くなってきてます。アーシア先輩のように回復の力もありません。……このままでは私は役立たずになってしまいます……。『
どうやら小猫は今まで自分の弱さを気にしていたようだ
確かに小猫を除いた全員は強くなってきている
祐斗は
朱乃は最強の駒『
アーシアは回復能力に秀でており、一誠は伝説のドラゴンを身に宿している
新も
小猫は溜まった涙をボロボロこぼしながら話を続ける
「……けれど、うちに眠る力を……猫又の力は使いたくない……。使えば私は……姉さまのように……。もうイヤです……もうあんなのはイヤ……」
初めて見た小猫の泣き顔
自分に主をも殺せる力が眠っていると知ったからこそ、怖くて使いたくない
しかし、これからの事情を考えると力が欲しい
小猫はこの相対する気持ちを冥界まで抱えていた……
そんな小猫に新はキツい言葉を浴びせる
「小猫、だからと言って無理にトレーニングして体を壊したら本末転倒だろ。強くなりたいって気持ちは誰だって分かる。だがな、強さってのは時間をかけて得るものだ。無理矢理ドーピングしようとしても肉体はついていかない。寧ろ逆に肉体が蝕まれる」
「……先輩は強いからそんな事が言えるんです……!以前の合宿だって、私が邪魔してしまったから……
パシンッ!
部屋に響く乾いた音
女性にはキザったらしいぐらい優しい新が――――小猫の頬を叩いた……
突然の事にリアスも一誠も朱乃も目を見開いて驚愕する
小猫は何故叩かれたのか理解出来なかった……
「…………………え?」
「いい加減にしとけよ、小猫。前にも言ったよな?俺だって初仕事の時はビビってたって。それは俺も弱かったからだ。強くなりたいと願った。だが、付け焼き刃で得た強さは
新は厳しい顔で小猫に言う
「自信が無かったら仲間に頼れ。仲間に愚痴れ。仲間に甘えろ。お前はもう……1人じゃねぇんだよ。俺や一誠、リアス、朱乃、祐斗、ゼノヴィア、アーシア、ギャスパーと仲間がたくさんいるだろ。そいつを忘れんな」
新は最後に小猫の頭をクシャクシャと撫で、部屋を去ろうとする
「一誠、行くぞ」
「えっ?ちょ、ちょっと待てって」
ガチャッ……バタン
ズカズカと小猫の部屋を出た新を追い掛ける一誠
追い付いた所で新の正面に回って言う
「おい、新。いくらなんでも叩くのはやり過ぎだろ。小猫ちゃん、怖がってたし……」
「確かにやり過ぎちまった。けどよ、小猫は修行する際に1番やっちゃいけねぇ事をした。自分の肉体を過剰に痛めつける様なオーバーワークをし、俺達に心配をかけた。それを理解出来ねぇ時は叩いてでも分からせる必要があるんだよ。はぁ……流石に心が痛んだけど、分かってくれる筈だ」
心配しているから、分かってもらえると信じているからこそ新は敢えて厳しく言い聞かせた
後は小猫本人の勇気次第
それぞれの修行でそれぞれ超えなきゃいけない壁を自ら超えていく
一誠も新の言葉で自分にしか出来ない修行を超えると決心を固めた
―――――――――時は過ぎ、8月15日
シトリー眷属との戦いまであと5日となった
ゲーム前にも魔王主催のパーティがあるので、修行は明日までとなる
「お前達も今日までよくやった。――――しかし、残念だったな
タンニーンがため息を吐く
新は修業期間内に戦闘力と魔力、そして「ある技」の向上に成功した
対して一誠は体力と魔力の向上のみ……ようやく発現出来た
2人はタンニーンの背中に乗ってグレモリー本邸に戻り、タンニーンはパーティ当日にまた来ると言って空へ飛び去っていった
そこに祐斗とゼノヴィアが合流してきた……が、ゼノヴィアの格好に2人は唖然とした
「ゼ、ゼノヴィアか?どうしたんだ……?全身包帯だらけじゃねぇか……」
「うん。修行してケガして包帯巻いて修行してケガして包帯巻いていたら、こうなった」
「殆どミイラじゃねぇか」
「失敬な。私は永久保存されるつもりはないぞ?」
「そゆ事言ってんじゃねぇよ」
漫才はさておき、外で修業してきた新、一誠、祐斗、ゼノヴィアはシャワーを浴びて着替えた後、全員が一誠の部屋に集まって修業の報告会を行った
修業の内容を話したところ、新と一誠のサバイバル生活に全員が軽く引いたそうな……
祐斗もゼノヴィアも外で修業はしていたが、最低限の住み処はあったらしい
「あの先生、なんか俺達だけ酷い生活を送ってませんか……?」
「俺もお前が山で生活出来ていたから驚いたよ。新はともかく、お前は途中で逃げ帰ると思っていたからな。まさか普通に山で暮らし始めていたとは俺も想定外だった。なぁ新?」
「あぁ。俺もあんなキツいシゴキに耐えられなくなって逃げると思ってた(笑)」
「ええええええええええええええええええええっ!?何それ……?お、俺、冥界産のウサギっぽい奴とかイノシシっぽい奴を狩って捌いて焼いて食べてたんですよ……?酷い時は変な色したクルミっぽいのを1日の食糧に……」
「だから驚いているんだよ。お前
ブワァッ!
あまりの事に一誠は滝の如く涙を溢れさせた
「酷い!あの山でドラゴンと新に1日中追いかけ回されて生活してたのにぃぃぃぃっ!何度死にかけたことか!うええええええええんっ!」
「新?タンニーンと一緒にそんな事してたの……?」
リアスの問いに新は平然と、しかも笑いながら答えた
「へへっ。あぁ、タンニーンのオッサンと一緒に一誠をイジメ抜いたんだ」
「ツラかったよぉぉぉっ!毎晩ベッドとアーシアの温もりを思い出しながら葉っぱにくるまって寝てたのにぃぃぃぃ!しかも!ドラゴンのおっさんと新、手加減しないで寝ている時も襲ってくるんだもん!新なんか剣で刺そうとするわ!雪崩みたいな魔力を撃ってくるわで殺されるかと思ったよぉぉぉっ!」
ワンワン泣きじゃくる一誠の頭をリアスは優しく撫でて慰める
「よしよし、よく耐えたわねイッセー。ツラかったでしょう。あの山は名前が無かったけれど、『イッセー山』と命名しておくわ」
そんな中、新は一誠との修行に関して更なる事実を告げた
「お前が寝ている間に保管してあった食糧もタンニーンのオッサンと一緒に食ってたぜ?これも修行の一環だって俺が言ってな」
「えっ?何それ?俺そんなの知らな……はっ!言われてみれば、朝起きた時に何か少なくなってるって思った時もあった……!だから、その日の飯はクルミっぽいのを……お前の仕業だったのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!飯の時も横取り―――――いや、強奪してきやがったくせにぃぃぃぃ!」
殴り掛かってくる一誠に対し、新は笑いながら攻撃を回避する
「何が修行の一環だぁっ!お前がやってたのは、ただの略奪じゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁっ!なんで飯を食おうとした時に殴り飛ばされなきゃならねぇんだ!なんで川に放り込まれなきゃならねぇんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ハハハハハハッ!そう怒るなよ。昔からよく言うじゃねぇか?獅子は我が子を鍛える為に、谷底へ突き落とす。それと同じだ」
「どこが同じだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
皆が苦笑する中、新と一誠のサバイバル生活は終わりを告げた……