ハイスクールD×D ~闇皇の蝙蝠~   作: サドマヨ2世

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書き溜めしてて良かった……。割りと早めの更新です。


大罪の暴龍(クライム・フォース・ドラゴン)』グレンデル

 不本意な形ではあるものの、造魔(ゾーマ)幹部衆との戦いを終え、新しく出現した魔法陣を通るのはグレモリー眷属とイリナ、シトリー眷属からはソーナと匙だけと言う形となった。

 

 残った生徒会メンバーは上で待機していた三大勢力のスタッフと共に冥界に移送する事になった。……尚、地下で遭遇した魔法使い達は1人残らず造魔(ゾーマ)にの手によって息絶え、亡骸(なきがら)は全てブラッドマンに喰われ消えた。

 

 地上でも渉達と魔法使いの戦闘があったらしく、魔女達は外で転移魔法陣を使って石と土製のゴーレムと召喚した魔物を地下に転送する手筈だったそうだ。その魔女達も倒され、捕縛された。あまりにも(かんば)しくない成果である……。

 

 モヤモヤする状態だが、一行は魔法使いの記憶を読み取ったブラッドマンが言っていた『リーダー』と呼ばれる者のもとに行く。用意された魔法陣で転移した先に広がっていたのは―――だだっ広い白い空間だった。

 

 何も無い、ただ白いだけの空間。上下左右が白く四角い場所……天井はかなり高く、新達が修行で使うフィールドと同じぐらいの広大さだった。

 

「ここは次元の狭間に作った『工場』なのですよ。悪魔がレーティングゲームに使うフィールド技術の応用です」

 

 突然の第三者の声。そちらに視線を送ってみると……先程空間を見渡した時には見当たらなかった人影がそこにあった。

 

 新達と距離を置いたところに装飾の凝った銀色のローブに身を包む誰かがいた。声は若い男のものである。

 

 格好から察するに魔法使いなのか? 相手の出方を(うかが)っていると―――。

 

「新さま!」

 

 今度はレイヴェルの声が聞こえてくる。声の出所を探ると、新達から少し離れた位置の右方面にレイヴェル、小猫が立っていた。……小猫はギャスパーを背負っている。ギャスパーはグッタリしていて、何かをされたのは明白だった。

 

 レイヴェルと小猫に関しては特に拘束されているわけでもなく、連れ去られた時の駒王学園の制服と言う出で立ちで、見た感じでは怪我らしきものは見当たらない。

 

「彼女達を返しましょう」

 

 ローブの男がそう言う。相手の出方を(うかが)いつつも新達は小猫とレイヴェルを手招きして、駆けてくるよう(うなが)した。

 

 3人が新達と合流する間もローブの男は何も仕掛けてこなかった。

 

「新さま……」

 

「レイヴェル、何かされたか? 奴らはフェニックスの事を嗅ぎ回ってるらしいが……」

 

 新が問うとレイヴェルは無言で体を震わせていた。肉体的ではなく、精神的なダメージを与えられた様子が見える。

 

 小猫が背負っていたギャスパーを下ろし、アーシアに回復を任せる。小猫は悔しそうに唇を噛んでいた。

 

「……私もレイヴェルもギャーくんも魔法陣で何かを調べられました。体には特に何もされていません。ただ、ギャーくんが……」

 

 ギャスパーは―――顔中が腫れ上がる程に殴打されていた。青く晴らして、いつもの可愛い顔が見えなくなる程に―――。

 

「……ギャーくんは私達を守ろうとして……」

 

 小猫が目元を潤ませていた。ギャスパーの変わり果てた姿を見ていると、ローブの男が言う。

 

「彼に関してはこちらの落ち度です。彼がそこの2人を守ろうと立ち向かってきた為、配下の者がつい手を出してしまったようでして。それ以外は丁重に扱いました」

 

 ギャスパーは小猫とレイヴェルを助けようとしたのだろう。彼は本当にここぞと言う場面で男を見せてくれる。そんな健気なギャスパーの姿に眷属全員が体に纏わせるオーラの質を変えていた。

 

 怒りのオーラを発する新や一誠をソーナは冷静に手で制して、口を開く。

 

「あなたが今回の黒幕ですか?」

 

「ええ、そうです」

 

 ソーナの問いに即答するローブの男。やはり、この男が魔法使い達が言っていた「リーダー」と呼ばれる者のようだ。ソーナは再度問う 。

 

「あなたは『禍の団(カオス・ブリゲード)』? だとしたら、襲撃の理由は何です?」

 

「ええ、今は『禍の団(カオス・ブリゲード)』をさせてもらっています。今回我々が襲撃した目的は、何点か理由がありまして。魔法使いの彼らがあなた方を襲ったのは、彼らの好奇心です。『禍の団(カオス・ブリゲード)』に元々所属していた者たち―――」

 

 男の言葉にソーナが続く。

 

「その者たちとはぐれ魔法使いの集団は手を組んでいた、でしょう? 先程の魔法使い達は協会を追放された魔法使いと、『禍の団(カオス・ブリゲード)』に入った魔法使いの混合チームです。彼らが使う術式は以前三大勢力の和平会談を邪魔してきた魔法使いが使ってきたと言う魔法陣の紋様にそっくりでしたからね」

 

「ええ、彼らは比較的頻繁に交流をしていたようですから」

 

「今回の襲撃劇ももしかして、協会が出したと言う若手悪魔の評価に関連しますか? 竜崎新くんや兵藤一誠くんを襲った魔法使いがランクについて言及しながら攻撃を加えてきたと言いますし、先程も私達の力について大変な関心を(いだ)いていました」

 

「ふふふ、私が説明しなくても良いぐらいですね。ええ、そうです。彼らは協会が出した若手悪魔の評価が気になったようでして、自分の魔法が通じるかどうか、試したくなったそうです。まあ、造魔(ゾーマ)の介入で一網打尽にされてしまいましたけどね」

 

 つまり、メフィスト・フェレスが理事を務める魔法使いの協会が出した新達の評価。それがどれ程のものか気になって襲ってきた―――と言う事だ。今更だが身勝手過ぎる理由である。

 

 男は続ける。

 

「若い魔法使いが多い為、自制が効きにくいところがあったのですよ」

 

 ソーナが「ああ、なるほど」と相槌(あいづち)を打つ。

 

「『禍の団(カオス・ブリゲード)』で最大派閥を誇っていた旧魔王派、その後に台頭した英雄派、この二大派閥が無くなり、組織の勢力図が乱れに乱れて、彼らの意見も通りやすくなったと言う事ですね?」

 

「ええ、そうです。もはや組織内で権威と猛威を振るっていたシャルバ・ベルゼブブと曹操はいませんので。今は私が一部指揮しているのですが……なかなか大変でして。今回の件は彼らのワガママを少々叶えた形でした。『とりあえず、好きにやらせてみろ』と上の意向も多分に含まれていますけれども」

 

 男は更に言葉を続けた。

 

「それが今回の理由の一点、2番目はこれです」

 

 男が指を鳴らすと右手側の壁が作動して、下に沈んでいった。壁の向こうが見えてくる。

 

 そこにあったのは―――たくさんの培養カプセルが並んだ実験室のような光景だ。機器に繋がれた数多くの培養カプセルその中には何かが入っている。

 

 レイヴェルが眼を逸らし、新達がカプセルの中身を確認すると―――液体が満ちていて、その中に浮かんでいたのは……ヒト型の何かだった。

 

 怪訝(けげん)に思っていると、男が言う。

 

「フェニックスの涙の製造方法、知っていますか? 純血のフェニックス家の者が特殊な儀式を済ませた魔法陣の中で、同じく特殊儀礼済みの(さかずき)を用意して、その杯に満ちた水に向けて自らの涙を落とすのです。涙の落ちた杯の水は『フェニックスの涙』に変化します。その際、心を無にして流す涙でなければ『フェニックスの涙』にはならないとされています。感情のこもった涙は『その者自身の涙だから』、だそうでして。自らの為に流した涙と、他者の為を思って流した涙では効果が生まれない」

 

 男が培養カプセルに指を差す。

 

「ここが『工場』だと言ったのは、あれを魔法使い達が量産しているからです。上級悪魔フェニックスのクローンを大量に作り出し、カプセルの中で『フェニックスの涙』を生み出させる―――。ここの『工場』は既に放棄させる予定なので、あの者達ももう機能を停止させています」

 

 カプセルの中にいるのは悪魔フェニックスのクローン……それらを使って偽の『涙』を製造していた……。しかも、破棄寸前……。レイヴェルが終始ツラそうにしているのは、これを見せつけられたからだった……。

 

 彼女は生粋(きっすい)のフェニックス家の長女。こんな物を見せられては精神がヤられてもおかしくない……っ。ソーナが目を細めながら嫌悪の言葉を吐き出す。

 

「……ここで生み出した物を闇のマーケットで流して莫大な資金を集める。考えそのものがおぞましい限りです。あなた方がフェニックス家の者に手を出していたのは、あれを作り出す精度を上げる為ですね?」

 

「ご理解が早くて助かります、シトリー家次期当主。どうやら魔法使い達の研究でもフェニックスの特性をコピーするのに限界があったようでして、最終手段としてフェニックスの関係者をさらって直接情報を引き出そうとしたそうです。結局、純血の者からでなければ分からない事があったようで、レイヴェル・フェニックスを連れ去る事にしたようです。ああ、心配しないでください。レイヴェル・フェニックス達の身体には何もしていません。『涙』の精度を上げる為に魔力などの詳細データを取らせてもらっただけですから」

 

「……酷い……酷いよ……こんなのって……どうしてクローンなんて作ったの……」

 

 カプセルを見るレイヴェルは哀しそうに涙を流していた。“何もしていない”―――等と言うのは詭弁に過ぎない。奴らはレイヴェルの心を傷付けた……っ。以前まで裏取引で『フェニックスの涙』を得ていた彼らは流通を止められた事で、独自にこのような研究を始めていた。

 

 男は「ギャスパー・ヴラディの情報はこちらにとっても予想外の収穫でした」と言葉を続けるが、その1つ1つが淡々とし過ぎている。長い言葉を吐く割に全く感情がこもっていない。

 

 全てがまるで他人事のように……。男はローブを(ひるがえ)して改まる。

 

「―――さて、我々が欲する要求の最後です。あなた達のような強者と戦いたいと願う者がいるので、お相手をしてもらえませんか? 実は私にとって今回の襲撃はそれが主目的でした。魔法使い達の要望を叶えたのは、あくまで『ついで』でして」

 

 そう言うと男は新達との間に巨大な陣形を作り出していく。光が床を走り、円を描いて輝き出した。その魔法陣は以前にも見た事がある形式で、匙がふと漏らす。

 

「―――龍門(ドラゴン・ゲート)?」

 

 そう、目の前で光り輝く魔法陣の正体は龍門(ドラゴン・ゲート)。力のあるドラゴンを呼び出す際に使われるモノだ。龍門(ドラゴン・ゲート)の輝きは緑色を発している。

 

 龍門(ドラゴン・ゲート)は呼び寄せるドラゴンによって色がそれぞれ異なる。ドライグは赤、アルビオンは白、ヴリトラは黒、ファーブニルは金色、玉龍(ウーロン)は緑、ミドガルズオルムは灰色、ティアマットは青、タンニーンは紫と聞いている。

 

「……えーと、緑? 緑を(つかさど)るドラゴンは確か五大龍王(ごだいりゅうおう)の一角、玉龍(ウーロン)! どうして、玉龍(ウーロン)がここに⁉」

 

 疑問に思う一誠だが、ソーナが首を横に振る。

 

「……いえ、あの色は緑ではありません……。更に深い……緑色……」

 

 ソーナの言う通り、龍門(ドラゴン・ゲート)が放つ輝きは緑ではない。更に濃い―――深緑だった。よって、呼び出されるのは玉龍(ウーロン)ではない。

 

「深緑を司るドラゴンっていたっけ……?」

 

「俺も初耳だな」

 

 新とイリナがボソリと呟く。

 

「―――いたのですよ。過去に深緑を司るドラゴンがね」

 

 銀色のローブの男がそう言い放ち、龍門(ドラゴン・ゲート)の魔法陣が輝きをいっそう深くして―――遂に弾ける!

 

 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッ‼

 

 白い空間全てを震わせる程の声量―――鳴き声がその者の大きな口から発せられた。新達の眼前に出現したのは、浅黒い(うろこ)をした二本足で立つ巨大な怪物。太い手足、鋭い爪と牙と角、スケールが違い過ぎる両翼を広げ、長く大きい尾をしている。

 

 表現としては“ドラゴンの特徴を持った巨人”と言った方が正しく、人に近しいフォルムだ。

 

「―――伝説のドラゴン、『大罪の暴龍(クライム・フォース・ドラゴン)』グレンデル」

 

 ローブの男がそう呟いた直後、巨大なドラゴンは牙の並ぶ口を開く。その銀色に輝く双眸(そうぼう)と眼光は鋭く、ギラギラと戦意・殺意に満ちていた。

 

『グハハハハハ。久方ぶりに龍門(ドラゴン・ゲート)なんてものを(くぐ)ったぞ! さーて、俺の相手はどいつだ? いるんだろう? 俺好みのクソ強ぇ野郎がよぉっ!』

 

 謎のドラゴンの登場に絶句する新達。タンニーンに匹敵する巨体だが―――その身に纏うオーラの質はあまりにも禍々(まがまが)しく、見ているだけで邪悪さが分かる程にドス黒いオーラをしていた。

 

 匙の陰から人間サイズの黒い蛇―――ヴリトラが出現する。ヴリトラは目の輝きを濁らせながら、驚きに包まれた声音を漏らす。

 

『……ッ! グレンデル……ッ⁉』

 

 “グレンデル”―――それは先日、アザゼルが言っていた邪龍の名前だった。しかし、グレンデルは既に滅ぼされた筈……。ヴリトラが続ける。

 

『……あり得ぬ。奴は暴虐の果てに初代英雄 ベオウルフによって完膚なきまでに滅ぼされた筈だ』

 

 ヴリトラと一誠に視線を配らせる巨大なドラゴン―――グレンデル。

 

『―――ッ! こいつはまたおもしれぇ。天龍(てんりゅう)、赤いのか! ヴリトラもいやがる! 何だ、その格好は?』

 

二天龍(にてんりゅう)は既に滅ぼされ、神器(セイクリッド・ギア)に封印されていますよ」

 

 ローブの男の言葉を聞いて、グレンデルは哄笑(こうしょう)をあげる。

 

『グハハハハハハッ! んだよ、おめぇらもやられたのか! ざまぁねぇな! ざまぁねぇよ! なーにが天龍だ! 滅びやがってよっ! まあだが、確かになぁ! 目覚めには良い相手だッ!』

 

 グレンデルは一頻(ひとしき)り笑った後に両翼を大きく広げて、体勢を低くする。オーラの質から見てもかなりの危険度が(うかが)える。ゼノヴィアとイリナが剣を構えた。

 

「……やるしかないのか?」

 

「で、でも、私、伝説のドラゴンと戦うの初めてだよっ!」

 

「私だってそうだ。ロキ戦でミドガルズオルムもどきやフェンリルの子供達とはやったが……こいつはどう見ても龍王クラスか、それ以上だ!」

 

 ゼノヴィアの言う通り、グレンデルは龍王クラス以上のオーラを体から放っている。おそらく、これまで見てきたドラゴンとは比べ物にならないだろう。緊迫の場面でローブの男が言う。

 

赤龍帝(せきりゅうてい)、鎧を纏わないのですか? あなたとグレンデルの戦いが本題の1つでもあるんですよ」

 

「言われなくてもそうしてやるさ! 禁手化(バランス・ブレイク)っ!」

 

Welsh(ウェルシュ) Dragon(ドラゴン) Balance(バランス) Breaker(ブレイカー)!!!!!!!!』

 

 一誠の全身を覆う赤いオーラが鎧を形成していき、鎧を纏った一誠がグレンデルの前に立つ。

 

『―――ッ! グレンデルだと……? どうなっている? こいつは俺よりもだいぶ前に滅ぼされた筈だ』

 

 さすがのドライグも驚きの声音を出していた。

 

『グハハハハッ、おうっ! 来いよ、ドライグ。久しぶりに殺し合いしようぜ?』

 

 不敵に大きな口の端を吊り上げるグレンデルに、ドライグが訊く。

 

『俺のように神器(セイクリッド・ギア)に魂を封じられていたようでもなさそうだ。……いったいどうやって現世に(よみがえ)った?』

 

『細けぇ事は良いじゃねぇか。要はよ、強ぇ俺がいて、強ぇお前がいる。じゃあブッ殺し合い開始じゃねぇかッッ!』

 

 グレンデルは体勢を低くして、一誠に飛び掛かる姿勢を整えた。

 

『相棒、奴はただ暴れる事しか頭に無い異常なドラゴンだ。……やるなら、徹底的に倒せ。微塵も情けをかけるな』

 

 あのドライグが危険を(うなが)す程のドラゴン―――グレンデルは嬉しそうに言い放つ。

 

『言うじゃねぇか、言うじゃねぇかよッ! 天龍なんて呼ばれやがってッ! ドラゴンに天も神も(まこと)もねぇんだよッ!』

 

 グレンデルから放たれる異様な迫力とプレッシャー。修行関係で戦ったタンニーンとは別物のオーラだ。

 

『そうだったな。相棒は伝説級のドラゴンとこうして本格的に相対するのは初めてだったな』

 

「ああ、タンニーンのおっさんと山でサバイバルしたけど、生死を賭けた本当のバトルはしてない。……新とタンニーンのおっさんの二人がかりでイジメられただけだったなぁ(泣)」

 

 一誠はサバイバルでの過酷な記憶を思い出してしまい、染々(しみじみ)と涙を流す。 グレンデルが言う。

 

『おい、お前ら、気が変わったぜ。ドライグと1対1でやらせろ』

 

 グレンデルから出たタイマン発言。だが、それは一誠にとっても好都合だ。溜まりに溜まった怒りをぶつけられる……。

 

「俺は良いぜ。皆は俺に任せてくれるか?」

 

 一誠が皆に訊き、新が言う。

 

「やってやれ、一誠。このふざけた連中にぶちかましてやれ!」

 

「よっしゃ! 任せとけ!」

 

 一誠はドラゴンの両翼を広げて、前方に飛び出していく。

 

JET(ジェット)‼』

 

 高速で真っ正面から飛び込んでいく一誠を見て、グレンデルは愉快そうに笑んだ。

 

『おほっ! 良いじゃねぇかよぉぉぉっ! 真っ正面からかっ! そうそう、そういうので良いんだ!』

 

 グレンデルの巨大な拳が一誠に向かってくる。まともに受けたら粉砕される程のオーラだ。一誠は空中で軌道を変えて、鋭いパンチを掻い(くぐ)る。

 

 一誠はグレンデルの(ふところ)に飛び込んで、内の駒を変える。

 

Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)‼』

 

龍剛の戦車(ウェルシュ・ドラゴニック・ルーク)ゥゥッッ!」

 

Change(チェンジ) Solid(ソリッド) Impact(インパクト)!!!!』

 

 鎧の形態が太く厚くなり、両腕の様相も攻撃と防御特化に変貌する。一誠は飛び込み様、グレンデルの顔面に巨大化した拳を打ち込んだ。肘のインパクトで攻撃力を底上げさせて、吹き飛ばす勢いで打つ!

 

 グレンデルは大きく()()り、後方に倒れそうになるが……持ちこたえる。

 

 一誠は着地と同時にトリアイナの『戦車(ルーク)』を解いて通常の鎧に戻り、後方に下がった。正面から拳を受けたグレンデルは自身の頬を(さす)る。

 

『…………っ。何だこりゃ? おいおいおい』

 

「―――ッ⁉」

 

 一誠は酷く驚いていた。トリアイナ『戦車(ルーク)』の攻撃をまともに浴びせた筈なのに、グレンデルは平然としていた。口から少しばかり青い血を垂らすだけで大きなダメージは無い。

 

 グレンデルが鼻息を荒くして愚痴を吐き捨てる。

 

『こんなもんかよ? 宿主がクソ弱いんじゃねぇのか? 前のお前はもっとイカレた程に強かったじゃねぇか、ドライグゥ。本当ざまぁねぇなっ!』

 

 どうやらトリアイナでは役不足のようだ……。

 

『相棒、真「女王(クイーン)」になろうか。今の奴の台詞は聞き捨てならんからな』

 

「ああ、ドライグ。そうだな!」

 

 一誠は力のある呪文を唱えていく―――。

 

「―――我、目覚めるは王の真理を天に掲げし、赤龍帝なり! 無限の希望と不滅の夢を(いだ)いて、王道を()く! 我、(あか)き龍の帝王と成りて―――」

 

「「「「(なんじ)を真紅に光り輝く天道へ導こう――――ッ!」」」」

 

Cardinal(カーディナル) Crimson(クリムゾン) Full(フル) Drive(ドライブ)!!!!』

 

 一誠の体を紅くまばゆいオーラが包み込んで、鎧を紅く染めていく。一誠の鎧の変化を見て、グレンデルが再び哄笑を上げた。

 

『紅? 何だそりゃ? おもしれぇっ! 面白すぎんぞ、ドライグゥゥゥッ! 明らかにさっきよりも強くなったじゃねぇかっ!』

 

 グレンデルが巨体とは思えない程の速度で飛び出す!

 

 間合いを瞬時に詰め、振り下ろし気味に鋭い爪を放ってきた。一誠はそれを高速で飛び退いて避け、カウンターの要領で右の拳をグレンデルの顔面に叩き込んだ。

 

 しかし、パンチを当ててもグレンデルは吹っ飛ぶ気配を見せず……その防御力は筆舌に尽くし(がた)い。まるで鱗や皮膚自体が鋼鉄であるかのように思えてしまう程だ。

 

『グレンデルは滅んだドラゴンの中でも最硬(さいこう)クラスの鱗を誇っていた。生半可な攻撃力では突破できないぞ、相棒』

 

「かと言って、ここじゃあドラゴンブラスターもクリムゾンブラスターも撃てないしな」

 

 ドラゴンブラスター並びにクリムゾンブラスターは攻撃力が高いが、周囲の風景まで一気に吹き飛ばしてしまう規模の砲撃。今いる空間はどの程度の強度で作られたか分からないので、安易に撃つ事が出来ない。下手に撃てばこのフィールドが消滅してしまうだろう……。

 

 しかし、このグレンデルに対する大きな一撃は欲しい。

 

『相棒、お前の左の籠手には何が収まっている?』

 

 ドライグにそう言われ、一誠は思い出す。一誠には過ぎた物だったが、今なら使える。

 

『いくぜぇぇぇっ! ドライグちゃんよぉぉぉっ!』

 

 グレンデルがそう叫ぶなり、腹部を大きく肥大化させる。グレンデルが口から吐き出したのは―――巨大な火炎球だった。

 

 一誠はそれを避ける為、翼を広げて横に飛び退くが―――そこにはいつの間にか距離を詰めていたグレンデルの姿があった。……炎は注意を逸らす為のブラフだった。

 

 グレンデルの巨大な拳が一誠の全身を襲い、衝撃が体中を走り抜けていく……っ!

 

『……なんて攻撃力だ……っ! ただのパンチなのに、獅子の衣を纏ったサイラオーグさん以上のパワーを持ってやがる……っ!』

 

 空中で体勢を崩した一誠にグレンデルは叩き落とす要領で手を振り下ろす。背中にまともに喰らってしまい、一誠は床に勢い良く叩き付けられる!

 

 叩き付けられた勢いと衝撃でマスクから血反吐(ちへど)が吐き出され、全身に激痛が走り抜けていく。

 

『グハハハハハッ! ぺしゃんこになっちまえよォッ!』

 

 一誠の視界に巨大な足が振り下ろされる場面が映り込む。一誠は体を横に転がして避け、素早く体勢を立て直す。空振りとなった巨体による踏みつけ攻撃が床を大きく砕き、フィールドを振動させた!

 

 一誠は直ぐに上空へ飛び出す!

 

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 一誠は上に飛んだ勢いでグレンデルのアゴを思いっきり蹴り上げた。まともに入っただけでなく手応えもあったが……やはり感触は硬く分厚い。

 

『ドラゴンは最強の生物だ。その中で龍王、またはそれを超えるクラスは凶悪な程の難敵だ。それだけは忘れるな。……特に「邪龍(じゃりゅう)」とそれに近しいドラゴンは凶暴な上にしぶといぞ!』

 

 全くその通り、現にグレンデルはアゴに蹴りを喰らっても平気で巨大な拳を打ち込んでくる。一誠は両腕を『龍剛の戦車(ウェルシュ・ドラゴニック・ルーク)』状態にして真っ正面から受けるが……パンチの勢いは凄まじく、遥か後方の壁に打ち付けられた。

 

 激突の痛みで息が詰まる……鎧越しにもかかわらずダメージが尋常ではなかった。

 

『あいつの攻撃力と防御力は桁違いに高い!』

 

 一誠とグレンデルはそこから打撃戦にもつれ込んだ。巨体とは思えないしなやかな動きで拳や蹴りを放つグレンデル。隙を突くように尻尾を死角からも打ち込んでくる為、気は一切抜けない……。

 

「……巨人型のドラゴンってだけで、ここまで動きが多彩になるのか……!」

 

 新もグレンデルの攻撃力と防御力、技の多彩さに舌を巻くしかなかった……。その上、体格差も歴然。1発でも受けるだけで致命傷ものだと理解できてしまう。

 

『楽しいなぁッ! ちっこいくせに俺と打ち合えるなんてよォッ! たまんねぇぇぇぇぇよぉぉぉぉぉっ!』

 

 グレンデルは狂喜に満ちた面構えで愉快そうに攻撃を繰り出していく。一誠のパンチやキック、ドラゴンショットを喰らっているのに、ダメージをものともせずに向かってくる。

 

『ダメージは確実に通っているぞ、相棒! だがな、あいつは……頭のネジが元々ハマってすらいない壊れたドラゴンだ。ダメージを受ける事すら楽しんでいる!』

 

 どれだけ当てても全く終わりが見えない……。だが、このままやられっぱなしでいるわけにはいかない。一誠は息を整えた後に、再び突進していく!

 

 フェイントを入れ、空中で軌道を無数に変えながらグレンデルとの距離を詰める。同時に左籠手に収納されていたアスカロンにドラゴンのオーラを蓄積させていく。

 

 そう、聖剣アスカロンは龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)―――。どんなドラゴンでもこれには耐えられず、致命傷は必至。

 

 グレンデルが再び炎の球を―――今度は連続で放ってきた。その数は3発。

 

 一誠は1発目を空中で回避して、2発目は床スレスレを滑空してやり過ごす。

 

『グハハハハハッ! いくぜ、ドライグゥゥゥッ!』

 

 3発目よりも先にグレンデルは現れて、一誠の上空を飛んでいた。更に上からも広範囲の火炎を放ってくる。正面から先程吐き出された3発目の火炎球が襲い掛かろうとしていた。

 

 一誠は右腕に力を込めて、ドラゴンショットを撃ち出した。正面からの火炎球は相殺(そうさい)したが……上からの火炎は(かわ)せない。

 

 一誠は火炎の中に飛び込み、膨大な熱が一誠の全身を容赦無く蒸し上げていく……!

 

『明らかに過去のグレンデルが吐いていたものよりも強力だっ!』

 

 火炎の中を突き進んでいく一誠を見て、グレンデルは心底喜ぶ。

 

『マジかよっ! お前っ、マジで最硬じゃねぇかぁぁぁっ! こんなバカが俺は好きなんだよぉぉぉぉぉっ!』

 

「後輩達の分、お前らに返すぜぇぇぇぇぇっ!」

 

Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)‼』

 

 狂喜の表情を浮かべるグレンデルの腹部に、一誠はアスカロンの龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)の力を乗せた左拳を打ち込んでいく。

 

Solid(ソリッド) Impact(インパクト) Booster(ブースター)!!!!』

 

 低く鈍く、重い一撃がフィールド中に響く程の衝突音を生み出す。その一撃をまともに受けたグレンデルは青い血反吐を盛大に吐き出しながら、床に落下していく。巨体が落下した衝撃でフィールド全体が震えた。

 

 手応えありの感触に加え、龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)の力も乗せた。さすがのグレンデルもこれには……と思った矢先、信じられない光景が生じる。

 

 ―――グレンデルが立ち上がっていく。

 

 グレンデルは息を整えた後、もう一度血反吐を床に吐きつけて、首をコキコキ鳴らす。……龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)たるアスカロンの力を上乗せした一撃が(ほとん)ど効いてない……⁉

 

 驚愕する一誠にグレンデルは醜悪に笑む。

 

『痛ぇな! 最高に痛ぇぇぇよっ! でも、良いパンチじゃねぇかッ! グハハハハハッ! おもしれぇおもしれぇッ! この痛みってのが生きてる実感を与えてくれるんだよなぁっ! こっから始まりだなっ! 良いぜぇっ! 殺し合いだ、殺し合いぃっ! お前と俺! どっちの体が()端微塵(ぱみじん)に吹き飛んでおっ死ぬか、勝負といこうじゃねぇか! ドライグゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!』

 

 ……ここまで頑丈だと、もはや嫌気が差してくる。

 

『今のダメージを嬉々として受けて立ち上がるのか⁉ イカレたドラゴンめ……ッ!』

 

 ドライグも吐き捨てるようにグレンデルを嫌悪していた。グレンデルは腹部を三度膨らませる。火炎攻撃の動作だ。

 

 警戒する一誠だが、グレンデルは体の向きを変えて―――。

 

『でもよ、その前に予定変更だっ! てめぇら、全員ぶっ殺し決定だぜぇぇっ!』

 

 グレンデルは新達に向かって特大の火炎球を複数吐き出した!

 

「くっ!」

 

「やらせませんわっ!」

 

 ロスヴァイセが前に立ち、防御魔法の魔法陣を強固かつ幾重にも張り巡らせた。朱乃も堕天使の翼を広げて、雷光の龍を形作る。

 

「―――水よ」

 

 静かで力強い青色のオーラを身に纏わせるソーナ。その周囲に水が発生し、集まっていく。ソーナの魔力で操られた大量の水が壁となって仲間達を覆う。

 

 グレンデルの火炎はロスヴァイセが張った防御魔法の魔法陣に阻まれ、(ある)いは朱乃が放った雷光龍(らいこうりゅう)に相殺されて消し飛んだ。爆発と熱の余波がフィールドを包み込むが、ソーナの作り出した水の壁がそれらを防ぐ。

 

 しかし、まだ火炎球は2つも残っている……。

 

「―――んじゃ、やりましょうかね!」

 

「これぐらいは防いでやる!」

 

 まずは匙が前方に黒炎の魔法陣を発生させ、その中にグレンデルの火炎球が入り込む。ヴリトラの特性で炎の威力を削り、黒い炎がグレンデルの炎を侵食していく。

 

 そこへ新が火竜を放って、匙が止めていたグレンデルの火炎球を完全に消し飛ばした。

 

 そして、最後の火炎球はゼノヴィアとイリナのコンビが―――。

 

「デュランダルで切り刻むっ!」

 

 天閃(てんせん)と破壊の組み合わせで、剣速(けんそく)と威力を高めて炎を一刀両断にし、そのまま高速の斬撃(ざんげき)で火炎球を細切れにしていく。細切れになっても尚グレンデルの火炎は勢いを無くさなかった。

 

「最後は私ね!」

 

 最後の仕上げとばかりにイリナは氷の仕様にしたであろう量産型聖魔剣(せいまけん)で細切れにされた火炎球を全て氷漬けにした。これで仲間を襲ったグレンデルの火炎球は全て消滅。……しかし、今の行為はあまりにも卑怯だった。

 

「てめぇっ! 一対一だって、言ってただろうがっ! なんで俺の仲間に攻撃しやがったっ⁉」

 

 一誠がそう怒鳴りながらグレンデルの顔面を殴り飛ばすが、グレンデルは鼻血を手で(ぬぐ)いながら大きな口元を嫌味に吊り上げる。

 

『わりぃわりぃ、ぶっ殺すのが好きだからよ。ああやって適度に殺しを入れていかないとテンションが維持できねぇのよ。でも、失敗しちまった。強ぇじゃねぇか、お前の仲間はよぉ。―――全員ぶっ殺すッ! 殴ってッ! なぶってッ! 踏んでッ! 噛み砕いてッ! 最後は消し炭にしてやんよぉぉぉぉぉおッ!』

 

 グレンデルの銀色の瞳は殺意と殺気で凶暴なぐらい光っており、その敵意が一誠だけでなく新達にも向けられた。

 

「兵藤くん! もう1対1に付き合う事はありません! 全員でかかりましょう!」

 

「ソーナの言う通りだ。向こうがタイマンしねぇなら、こっちも全員でやり返してやる」

 

 新とソーナの言葉に一誠も応じるが、ダメージも重なって紅の鎧が限界に近付いている。

 

『んじゃ、二戦目と行こうか、赤い―――いや、(あか)い龍帝ちゃんよぉぉぉぉぉっ!』

 

 グレンデルが翼を広げて、飛び出そうとした時だった―――。

 

 パチ……パチ……パチ……パチ……。

 

 突然小気味良く響く拍手の音。音のする方向に視線を向けると―――そこには1人の男が立っていた。白衣姿の研究員。

 

「おや、どうかされましたか? あなたには用が無かった筈ですけど?」

 

 ローブの男がそう言うと、研究員は小さく笑い始める。

 

「いえいえ、実に面白そうな展開でしたので。少し横槍を入れて差し上げようと思いまして」

 

 ズズズズズ……ッ!

 

 研究員の体から黒い霧が発生し、包み込むように覆い尽くしていく。そして、振り払われた黒い霧の中から姿を現したのは―――。

 

Bonjour(ボンジュール)、皆さん」

 

「―――ッ! てめぇ……キリヒコ……ッ!」

 

 新が憎々しげにその者の名を呼ぶ。そう、新達に何度も煮え湯を飲ませてきた天性の悪―――ユナイト・クロノス・キリヒコ。奴の登場に新達は警戒心を強める。

 

Oh(オー) la() la()、随分と嫌われているようですね」

 

「当たり前だろ。お前が出てくるとロクな事にならねぇからな……! この状況で何しに来やがった⁉」

 

Oui(ウィ) Oui(ウィ) Oui(ウィ)、今回は我々の新顔(しんがお)をご紹介しようと思いまして」

 

 ―――“新顔(しんがお)”と意味深な言葉を放った直後、キリヒコは指を鳴らす。すると……キリヒコの両隣に黒い紋様が浮かび上がり、そこから何かが現れる。

 

 魔法陣から姿を現したのは―――1人めは赤い革製のロングコートを羽織った青年。もう1人は……誰が見ても分かる程の異形だった。

 

 燃え盛る炎、無数の人魂や恨みがましい亡者の顔が浮かび上がった体。般若(はんにゃ)のような顔に両肩から生える鬼の髑髏(どくろ)

 

 両者の全身から滲み出てくるオーラは異質なものだった……。

 

「な、何だ、あいつら……?」

 

「……気を付けろ。あの2人、只者じゃねぇ……っ」

 

 一誠も新も、他の皆も姿を見ただけなのに嫌な汗が噴き出し、息苦しさまで感じてくる。それ程の重圧がキリヒコ(いわ)く“新顔”の2人から発せられているのだろう……。

 

 そして、赤いコートを羽織った青年が口を開く。

 

「おおっ、あれがキリヒコの言っていた退屈しない相手とやらか? なかなか良いオーラを出している。見ただけで分かるぞ、強そうだな」

 

「お気に召していただけましたか?」

 

「ああ、勿論だとも。周りの奴らも、巨大なドラゴンも強そうだ。お前もそう思うだろ?」

 

 赤いコートの男がもう1人の異形に話し掛けるが、異形の方は溜め息を吐いた後、額に手を当て、(こうべ)を垂れて嘆息する。

 

「ハァ……頭が(いて)ぇ」

 

 いきなりの頭痛宣言に疑問符を浮かべる面々。すると、直ぐに異形が垂れていた頭を上げる。

 

「あぁ、悪い悪い。こっちの話だ。お前らが弱そうに見えたから目眩(めまい)がしちまった」

 

「いきなり失礼じゃない⁉」

 

「ったく、うるせぇ女だ。ハァ……頭が(いて)ぇ」

 

 異形の言い草に憤慨するイリナに対し、異形は更に煽るように頭を痛める仕草を見せる。それを見てイリナはプク~っと頬を膨らませ、不機嫌な表情となる。

 

 不機嫌になったのはグレンデルも同じだった。

 

『あぁん? クソチビどもが舐めた口を開いてくれんじゃねぇか? いきなり現れて俺の楽しみを邪魔してくれやがってよぉ』

 

「おぉっ、それはスマンな。俺で良ければ相手になろう」

 

 男はそう言うと着ていた赤いコートを脱ぎ捨てる。その下から現れたのは見事なまでに鍛えられた筋肉だった。体脂肪率一桁と言わんばかりの肉体美で、まさに鋼の肉体と呼ぶに相応(ふさわ)しかった。

 

 赤いコートを脱ぎ捨てた男は「ムンッ」と腕の筋肉を見せつけ、更に「ムンッ」と背筋も見せつける。

 

「何してんだ、アイツ……?」

 

「なんでいちいちポーズ取ってんだよ!」

 

「ん? その方がカッコいいと思ったからだ」

 

 男の発言に新と一誠はガクッと体勢を崩す……。グレンデルが哄笑(こうしょう)を上げる。

 

『グハハハハハハッ! 面白ぇじゃねぇか、クソチビがよぉッ! その自慢の肉体ごとペシャンコにしてやんよォォォォォオオオオオォォォォッ!』

 

 グレンデルは巨大な拳を振り上げ、男めがけて振り下ろす。拳が巻き起こす風圧で空間が揺れる。

 

 男の方は―――微動だにせず、グレンデルの巨大な拳を待ち受ける体勢を取っていた。このまま受けるつもりなのだろうか……。体格差は歴然、グレンデルは防御力だけでなくパワーも桁違い。一誠でさえ1発食らっただけで大ダメージを受けた。

 

 グレンデルの拳が男の眼前にまで迫り―――極大の衝撃が発生した!土煙が立ち込め、風圧がその場の空間を大きく震動させる……!

 

 誰もが無事では済まない―――そう思った矢先、目の前でとんでもない光景が映った。

 

 ―――あのグレンデルの拳がいとも簡単に止められていた……っ! しかも、片手で……っ!

 

 その光景に新達は驚愕し、グレンデルも『あっ?』と眉根を吊り上げていた。グレンデルの拳を左手で止めた男はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「おぉっ、さすがはドラゴン。物凄いパワーだ。なら、俺も喜んで一撃を返させてもらおうっ!」

 

 男はグレンデルの拳を払い除け、高く跳び上がった 。グレンデルの眼前に跳んだ男は右の拳を握り締め、筋肉を脈動させ、血管を浮かび上がらせる。全身から危険なオーラを滲ませ、握り拳が赤熱(せきねつ)し始める。

 

 ドゴォッッッ‼

 

 男の赤熱した拳がグレンデルの顔面を(とら)え、天地を揺るがす程の轟音が鳴り響く!

 

 赤熱の一撃を食らったグレンデルは顔がひしゃげ、血反吐(ちへど)を吐き散らし、歯も数本吹き飛ぶ。

 

『――――――ッ⁉』

 

 グレンデルは絶句し、その巨体が倒れる……!

 

 倒れた巨体が地を揺らし、着地した男は肩を回す。衝撃の光景を目の当たりにした新達は未だに頭の整理が追い付いてなかった。

 

『あのグレンデルを一撃で……っ⁉』

 

 驚愕一色に包まれる面々。そんな最中、もう1人の異形が新達のもとへ足を進めてくる。

 

「ハァ……頭が痛ぇ。お前ら、ノンビリ見物してる場合かよ」

 

 バキッッ!

 

 不快な音が鳴ると同時に異形の腕から骨が飛び出し、その飛び出た骨を引き抜く。引き抜いた骨は形を変え、禍々(まがまが)しい銃と化す。

 

 異形は即座に銃口を向けて、炎の弾丸を撃ちまくる。新と一誠は前線に立って銃撃を弾き返していく。しかし、異形は更に苛烈な銃撃を繰り出し、炎の弾幕射撃が新と一誠の体を痛め付ける。

 

 不気味な唸り声を上げながら弾幕射撃を続ける異形。苛烈極まる銃撃の嵐に新と一誠は次第に()され、ソーナ達にも飛び火してしまう。彼女達も何とか防御魔法陣を展開して最小限のダメージに(とど)めようとするが……耐えられる筈も無く、防御魔法陣は容易く破壊されてしまう。

 

 炎の弾幕射撃に肌を焼かれ苦悶の表情を浮かべる新達に対し、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)と言った様子で異形はフウッと銃口から(ただよ)う煙を吹き散らす。

 

「……っ! イカレてやがる……っ!」

 

「チクショウ……ッ、何なんだっ、お前らは⁉」

 

 新は憎々しげに毒づき、一誠が声を荒らげると―――ようやく男と異形は自身の名を語った。

 

「俺は大罪の名を預かる『深淵の喰闇(ダーク・ロード)』の1人、『色欲の喰闇(ルクスリア・ワン)』のハート―――ハート・メルトダウン」

 

「オレはエンドヴィル・ジョロキア、『嫉妬の喰闇(インウィディア・ツー)』だ。ハァ……頭が(いて)ぇぜ」




今回登場した新たな強敵、色欲のハートと嫉妬のエンドヴィル。キリヒコが率いる独自勢力の片鱗を見せつけてやりました。

ハートの元ネタは無論ハート・ロイミュードで、イメージCVは千葉進歩です。銀魂の某ゴリラをイメージしてしまいそうですが……わりとまともなキャラだと思いたい(笑)

エンドヴィルは怨みの戦騎エンドルフとバスコ・タ・ジョロキアを足して2で割ったような感じで、イメージCVは森久保祥太郎です。

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