ハイスクールD×D ~闇皇の蝙蝠~   作: サドマヨ2世

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今年も残り約1週間となりましたね。来年も作品の更新を怠らぬよう精進していきます!


アジュカ・ベルゼブブ

深夜、祐斗とリアス、朱乃、アーシア、小猫、レイヴェルの6人はグレイフィアに渡されたメモ書きに記される場所に到達していた

 

あの後、祐斗はリアスに事の顛末を話して何とか部屋から連れ出す事が出来た

 

他のメンバーにも同様にグレイフィアからの言葉を伝え、何とかここに連れてきた

 

全員が藁にもすがる思いでここに来ている……

 

そこは駒王町(くおうちょう)から電車で8駅程離れた市街だった

 

人気の無い町外れに存在する廃ビル―――そこがアジュカ・ベルゼブブがいる人間界での隠れ家の1つらしい

 

この様な(すた)れた町に魔王の1人がいるとは想像もつかないだろう

 

廃ビルに足を踏み入れる

 

1階ロビーには(まば)らに人気があった

 

若い男女が幾つかのグループに分かれて話し合いをしている

 

悪魔ではないが、異様な気配を感じる

 

ここにいる全員が異能を持つ人間が体に纏う独特の空気を発していた

 

1つのグループが祐斗達に気付き、携帯を取り出して向ける

 

1人の男性が険しい表情で驚愕の声音を口にした

 

「……あいつら、悪魔だぜ。しかも、何だ……この異様な『レベル』と『ランク』は……っ!」

 

その言葉を切っ掛けにロビー内の全員が携帯を取り出して祐斗達を捉える

 

全員が携帯の画面を食い入るように見つめており、表情を険しくしていた

 

彼らが取り出した携帯は異形を計る機能を有しているらしい

 

ふいに祐斗の脳裏に(よぎ)ったのはアジュカ・ベルゼブブの性質―――趣味だ

 

人間界で『ゲーム』を開発し、その運営を取り仕切っている

 

彼らが持つ携帯は恐らくその『ゲーム』に関するツールか何かだろう

 

それを通して祐斗達の正体を把握した

 

『……あまり目立つのも嫌だな……』

 

祐斗がそう感じていると、ロビーの奥から祐斗達と同質のオーラを持つ者が現れる

 

「申し訳ございません。このフロアは文字通り我らが運営するゲームの『ロビー』の1つになっておりまして……」

 

スーツを着た女性―――悪魔の女性だと一目で理解した

 

その女性は一礼した後、奥のエレベーターに手を向ける

 

「こちらへ。―――屋上でアジュカさまがお待ちです」

 

 

―――――――――――――――

 

 

エレベーターで屋上に到着した祐斗達

 

女性悪魔によって案内されたのは屋上に広がる庭園だった

 

緑に囲まれた広い場所で、芝や草花だけじゃなく木々も植えられており、水場も設置されていた

 

深夜のせいか屋上の風は冷たく、夜空に浮かぶ月だけが明かりとなる

 

女性が一礼して下がっていくと同時に祐斗達に話し掛ける者がいた

 

「グレモリー眷属か。勢揃いでここに来るとはね」

 

視線をそちらに送ると―――庭園の中央にテーブルと椅子が置かれていた

 

その椅子に若い男性が1人座っている

 

「アジュカさま」

 

リアスが1歩前に出て、その男性の名を呼んだ

 

そう、その者こそがアジュカ・ベルゼブブ

 

アジュカ・ベルゼブブはテーブルのティーカップを手に取ると一言漏らす

 

「話は聞いている。大変なものに巻き込まれたようだ。いや、キミ達には今更な事か。毎度、その手の襲撃を受けていて有名だからね」

 

「アジュカさまに見ていただきたいものがあるのです」

 

リアスが(ふところ)から新の右手と一誠の駒を取り出そうとした時だった

 

「ほう、見て欲しいもの。―――しかし、それは後になりそうだ。キミ達の他にもお客様が来訪しているようなのでね」

 

アジュカ・ベルゼブブがリアスを手で制し、庭園の奥へ視線を送る

 

アジュカの言葉で視線で祐斗達も初めて気配に気付く

 

庭園の奥から闇より生じたのは―――祐斗達と同様の悪魔だった

 

「人間界のこのような所にいたとはな。偽りの魔王アジュカ」

 

強大なオーラを体に(ただよ)わせている男性が数名

 

どれも上級悪魔クラスか、それ以上のオーラを感じる

 

彼らがアジュカ・ベルゼブブを「偽りの魔王」と呼んだだけで正体も知れた

 

アジュカ・ベルゼブブが苦笑して言う

 

「口調だけで1発で把握できてしまえるのが旧魔王派の魅力だと俺は思うよ」

 

「僕もいるんだ」

 

「オレ様もいるぜぇ?」

 

聞き覚えのある声が闇夜から聞こえてきた

 

先程の悪魔達の近くに現れたのは白髪の青年―――ジークフリート

 

彼は祐斗達を一瞥するだけで直ぐにアジュカ・ベルゼブブへ視線を戻す

 

一方、別の場所から現れたのは神風一派の1人―――アドラス・ヴェルメリオ

 

京都以来の登場だが、その姿が以前と少し変わっていた

 

表裏が反転した禍々(まがまが)しい目付きとなっており、全身も黒ずんでいた

 

胸の中央には砂時計型の赤い痣が刻まれている

 

彼の周りを浮遊している2つの円盤も凶悪な様相となっていた……

 

アドラスもジークフリート同様、祐斗達を鼻で笑うように一瞥する

 

彼らの行為を見た祐斗は―――腹の中で沸き上がる怒りを懸命に抑え込んだ

 

「……彼を殺した者達……」

 

後方で朱乃達の殺気がざわつき始めた

 

危険な程のオーラが全身から滲み出ている……

 

それも当然、奴らは新と一誠の仇

 

怨敵を目の前にして殺意を抱かないわけがない

 

唯一、アーシアだけが悔しそうに涙を浮かべていた

 

「初めまして、アジュカ・ベルゼブブ。英雄派のジークフリートです。それとこの方々は英雄派に協力してくれている前魔王関係者ですよ」

 

ジークフリートがアジュカ・ベルゼブブに挨拶する

 

話から察するに、英雄派に加担する魔王派の者もいるようだ

 

「知っているよ、キミは元教会の戦士だったね、ジークフリートくん。上位ランクに名を連ねていた者だ。協力態勢前は我々にとって脅威だった。二つ名は魔帝(カオスエッジ)ジークだったかな。―――それで、俺に何の用があるのだろうか?先客がいるのでね、用件を聞こうか」

 

テーブルの上で手を組みながらアジュカ・ベルゼブブが静かに問う

 

ジークフリートは平静としているが、旧魔王派の悪魔達は体から敵意のオーラを(ほとばし)らせている

 

一触即発―――アジュカ・ベルゼブブが少しでも不信を口にすれば、直ぐにでも襲い掛かるつもりなのだろう

 

「以前より打診していた事ですよ。―――我々と同盟を結ばないだろうか、アジュカ・ベルゼブブ」

 

この場にいる祐斗達は驚愕に包まれた

 

混乱の一途を辿っている現状で現ベルゼブブを相手に同盟を持ちかけてきたのだから無理もない

 

しかも悪魔全体としてではなく、アジュカ・ベルゼブブ個人との同盟のようだ

 

ジークフリートは淡々と続ける

 

「あなたは現四大魔王でありながら、あのサーゼクス・ルシファーとは違う思想を持ち、独自の権利すらも有している。そしてその異能に関する研究、技術は他を圧倒し、超越している。ひとたび声を掛ければサーゼクス派の議員数に匹敵する協力者を得られると言うではありませんか」

 

実は現魔王政府の中で魔王派は大きく4つに分けられており、それぞれの魔王に派閥議員が従っている

 

その中で最も支持者が多いのがサーゼクス派とアジュカ派らしい

 

両派閥は現政府の維持と言う面では協力しているが、細かい政治面では対立も多く、よく冥界のニュースでも報道されている

 

ジークフリートの言葉を聞いたアジュカ・ベルゼブブは息を吐く

 

「確かに俺は魔王でありながら、個人的な嗜好で動いている。サーゼクスからの打診も言い付けも(ことごと)く破っている。(はた)から見れば俺がサーゼクスの考えに反対しているように見えるだろう。今運営している『ゲーム』も趣味の一環だからね」

 

「その趣味のせいで僕達もかなり手痛い目に遭った」

 

ジークフリートが苦笑する

 

どうやらアジュカ・ベルゼブブが制作した『ゲーム』とやらは『禍の団(カオス・ブリゲード)』活動を阻害しているようだ

 

「それはお互い様だろう」とアジュカ・ベルゼブブが返すと、ジークフリートは肩を竦める

 

「我々が1番あなたに魅力を感じているのは―――あのサーゼクス・ルシファーに唯一対応できる悪魔だからだ。あなたとサーゼクス・ルシファーのお二人は前魔王の血筋から最大級にまで(うと)まれ、(おそ)れられる程のイレギュラーな悪魔だと聞いている。その一方がこちらに加わってくれればこれ以上の戦力はない」

 

ジークフリートの意見を聞き、アジュカ・ベルゼブブは顎に手を当てた

 

少し面白そうに表情を緩和させている

 

「なるほど、俺がテロリストになってサーゼクスと敵対するのも面白いかもしれない。あの男の驚く顔を見るだけでもその価値はあるだろう」

 

「こちらも有している情報と研究の資料を提供します。常に新しい物作りを思慮しているあなたにとって、それらは充分に価値のあるものだと断言できる」

 

ジークフリートの更なる甘言にアジュカ・ベルゼブブは頷く

 

「そうか。『禍の団(カオス・ブリゲード)』が得ている情報と研究資料。うむ、魅力的に思えるね」

 

冗談なのか本心なのか危うい状況だったが、アジュカ・ベルゼブブは1度瞑目し―――目を開くと同時にハッキリと断じた

 

「―――だが、いらないな。俺にとってキミ達との同盟は魅力的だが、否定しなければならないものなのでね」

 

否定を聞いてもジークフリートは顔色を変えなかった

 

周囲にいる旧魔王派の悪魔達は殺気を一気に高め、その様子を見ているアドラスはゲラゲラと笑っていた

 

ジークフリートがアジュカ・ベルゼブブに訊く

 

「詳しく訊きたいところだけれど、簡潔にしよう。―――どうしてなのだろうか?」

 

「俺が趣味に没頭できるのは、サーゼクスが俺の意志を全て汲んでくれるからだ。彼とは―――いや、あいつとは長い付き合いでね。俺が唯一の友と呼べる存在なのだよ。だから、あいつの事は誰よりも知っているし、あいつも俺の事を誰よりもやく認識している。あいつが魔王になったから、俺も魔王になっているに過ぎない。俺とサーゼクス・ルシファーの関係と言うのはつまりそう言う事だ」

 

アジュカ・ベルゼブブとサーゼクス・ルシファーは旧知の間柄、もっと分かりやすく言えばライバル関係

 

それゆえに2人の間には、2人にしか分からないものがあるのだろう

 

それがアジュカ・ベルゼブブの中で確固たるものであり、テロリストとの同盟を破棄する理由にもなる……

 

ジークフリートは表情を変えずに頷いていた

 

あらかじめ、この答えも予想していたのだと思われる

 

「そうですか。『友達』、僕にとっては分からない理由だが、そう言う断り方もあると言うのは知っているよ」

 

ジークフリートの皮肉げな笑みと言葉を受けて、旧魔王派の悪魔達が色めき立つ

 

「だから言ったであろう!この男は!この男とサーゼクスは独善で冥界を支配しているのだ!いくら冥界に多大な技術繁栄をもたらしたと言えど、このような遊びに興じている魔王を野放しにしておくわけにはいかないのだ!」

 

「今まさに滅する時ぞ!忌々しい偽りの存在め!我ら真なる魔王の遺志を継ぎし者が貴様を消し去ってみせよう!」

 

怨恨にまみれた言葉を受けてアジュカ・ベルゼブブは苦笑した

 

「如何にもな台詞だ。もしかしてあなた方は同様の事を現魔王関係者に言っているのだろうか?怨念に(いろど)られ過ぎた言動には華も無ければ興も無い。―――つまり、つまらないと言う事だな」

 

「我らを愚弄するか、アジュカッ!」

 

現魔王にキッパリと切り捨てられ、旧魔王派の悪魔達は殺気を一層濃厚に漂わせる

 

既に一触即発を通り越し、戦闘開始と呼べる雰囲気となった

 

アジュカ・ベルゼブブがテーブルの上で組んでいた手を解き、片手を前に突き出して小さな魔法陣を展開させる

 

「言っても無駄だとは分かっている。仕方ない、俺も魔王の仕事を久しぶりにしようか。―――あなた方を消そう」

 

「「「ふざけるなッ!」」」

 

激昂した旧魔王派の悪魔達が手元から大質量の魔力の波動を同時に放出させた

 

アジュカ・ベルゼブブはその同時攻撃に動じる事無く、手元の小型魔法陣を操作するだけだった

 

魔法陣に記された数式と悪魔文字が高速で動いていく

 

相手の攻撃が直撃する刹那―――当たる寸前で魔力の波動が全て軌道を外し、あらぬ方向に飛んでいった

 

矛先を(たが)えた魔力は深夜の空を切るように放出されていく

 

その現象を見て旧魔王派の悪魔達は仰天し、アジュカ・ベルゼブブは椅子に座ったまま言う

 

「俺の能力の事は大体把握してここに赴いているのだろう?まさか自分の魔力だけは問題なく通るとでも思ったのだろうか?それとも強化してきて、この結果だった事に驚いているのか……、どちらにしてもあなた方では無理だ」

 

アジュカ・ベルゼブブの苦笑に旧魔王派の悪魔達は顔を引くつかせる

 

恐らく強化はしてきているのだろう

 

過去に起きた前魔王政府とのイザコザでサーゼクスとアジュカ・ベルゼブブは反魔王派のエースとして当時最前線に出ていた歴戦の英雄であり、2人の英雄譚は冥界でも広く伝わっている

 

サーゼクスは全てを滅ぼす絶大な消滅魔力を有し、アジュカ・ベルゼブブは全ての現象を数式と方程式で操る絶技を持つと言われていた

 

それを承知の上で旧魔王派の悪魔達は自身を強化してきた筈だが、それでもアジュカ・ベルゼブブには全く通じなかった……

 

旧魔王派の悪魔達の表情は一転して戦慄に彩られ、アジュカ・ベルゼブブが淡々と語る

 

「俺から言わせればこの世で起こるあらゆる現象、異能は大概法則性などが決まっていてね。数式や方程式に当てはめて答えを導き出す事が出来る。俺は幼い頃から計算が好きだったんだ。自然に魔力もそちら方面に特化した。ほら、だからこう言う事も出来る」

 

アジュカ・ベルゼブブが空を見上げる

 

怪訝に思った旧魔王派の悪魔達や祐斗達も視線を上に向けると……少しずつ風を切る音が大きくなっていく

 

空より迫ってくるのは―――先程軌道をずらされて飛んでいった魔力の波動

 

上空から降り注ぐ魔力の波動が旧魔王派の悪魔達を襲い、1人は絶叫すら上げられないまま消滅していった

 

当たる直前で避けた者達のもとに魔力の波動が追撃を開始する

 

追撃する波動を見て旧魔王派は驚愕していた

 

「我らの攻撃を操ったか!」

 

「こうする事も出来る」

 

アジュカ・ベルゼブブは魔法陣に刻まれた数式と悪魔文字を更に速く動かし続ける

 

恐らく魔法陣に刻まれた数式と悪魔文字が現象を計算して操る彼独自の術式プログラムなのだろう

 

旧魔王派を追撃する魔力の波動が弾けて散弾と化し、他の波動も細かく枝分かれして逃げる旧魔王派を執拗に追う

 

―――他者が放った魔力をそのまま操り、形式までも容易に変えている

 

「お、おのれぇぇぇぇっ!」

 

高速で追ってくる波動を避けきれないと分かった旧魔王派は手元を再び煌めかせ、攻撃のオーラを解き放つ

 

だが、アジュカ・ベルゼブブが操る波動は放たれたばかりの魔力を軽々と打ち砕き、旧魔王派の悪魔達の体を貫通させていく

 

(ある)いは散弾と化した魔力の波動が彼らの体にいくつもの大きな穴を開けていった

 

速度だけじゃなく、操っている魔力の波動の威力まで変化させている

 

向かってくる攻撃の軸をずらし、そのまま術式を乗っ取って操る

 

そこに形式変更を加え、速度と威力も上乗せさせた……

 

「……これがこの男の『覇軍の方程式(カンカラー・フォーミュラ)』か……」

 

「軽く動かしてこれとは……いったい、貴様とサーゼクスはどれだけの力を持って……」

 

旧魔王派の悪魔達はそれを言い残して、無念を抱いた表情で絶命した

 

これが魔王アジュカ・ベルゼブブの力……

 

驚嘆を通り越して畏怖の念を抱く程の力量だった

 

アジュカ・ベルゼブブの視線が残ったジークフリートと神風一派のアドラスに向けられる

 

「さて、残るは英雄派のジークフリートくんと闇人(やみびと)か。どうするかな?」

 

ジークフリートは肩を竦めるだけだった

 

「まだ切り札は残っているので、撤退はそれを使ってからにしてみようと思っているよ」

 

「オレ様はいつでも良いぜぇ?魔王をぶち殺せるチャンスなんざ、滅多にねぇからよぉ」

 

ジークフリートの嫌みを含んだ笑みとアドラスの下卑た笑いを見て、祐斗は自分の体の底から沸き立つ激情を感じた

 

アジュカ・ベルゼブブは2人の物言いに関心を示す

 

「ほう、それは興味深い。―――だが」

 

アジュカ・ベルゼブブの視線が今度は祐斗に向けられる

 

「そちらのグレモリー眷属の『騎士(ナイト)』くん。さっきから彼らに良い殺気を送っていたね」

 

どうやら祐斗の戦意を察知していたようだ

 

アジュカ・ベルゼブブはジークフリートとアドラスに指を示しながら言う

 

「どうだろうか、彼らはキミが相手をしてみては?見たところ、この英雄派の彼だけじゃなく闇人とも面識があるようだ。このビルと屋上庭園は特別に手を掛けていてね。かなりの堅牢さを持ち合わせているよ。多少威力のある攻撃をしても崩壊する事は無い」

 

祐斗にとって願ってもない申し出だった……

 

彼の中で駆け巡る抑えようの無い感情……それをぶつけられる相手が目の前にいる……

 

祐斗は1歩前に出ていく

 

「……祐斗?」

 

「……部長、僕は行きます。もし、共に戦ってくださるのであれば、その時はよろしくお願いします」

 

それだけ伝えた祐斗は歩きながら手元に聖魔剣(せいまけん)を一振り創り出す

 

ふいに新と一誠の言葉が祐斗の脳裏を(よぎ)

 

もし、この中の誰かが死んだら、その分だけ皆の為に戦う事を……

 

強敵続きの戦闘、いつ死んでもおかしくなかった……

 

『イッセーくん、新くん。いつだって無事に帰ってくるって言っていたのに。キミ達は帰ってこなかった』

 

2人を失った祐斗は彼なりに眷属を支えようとした

 

リアス達は2人を失う事で心の均衡を保てなくなると予想できていたから……

 

1人でも冷静に感情を押し殺して動こうと思った

 

2人との約束だったから―――

 

『でも、ちょっとだけ限界なんだ。憎い程の相手が目の前に現れたら、抑える事なんて出来やしない……!こいつらのくだらない計画とやらで僕は大事な友達を2人も失ったのだから……ッッ!』

 

祐斗にとって生まれて初めて出来た親友だった……

 

『許せる筈が無いッ!だから、イッセーくん、新くん。少しだけ私情を吐き出させて欲しい……ッッ!』

 

聖魔剣を構えた祐斗は憎悪の瞳で怨敵を捉える

 

「ジークフリート、アドラス。悪いが僕のこの抑えられない激情をぶつけさせてもらう。あなた方のせいで僕の親友は帰ってこられなかった。―――あなた方が死ぬには充分な理由だ」

 

祐斗の殺気を当てられ、ジークフリートは口の端を愉快そうに吊り上げ、アドラスはゲラゲラと下卑た笑いを見せる

 

「キミからかつて無い程の重圧が滲み出ているね……。面白い。しかし、キミ達グレモリー眷属とは驚く程に(えん)があるようだ。この様なところでも出会うだなんてさすがに想像は出来なかった。まあ、良いか。―――さあ、決着をつけようか、赤龍帝と闇皇の親友ナイトくん」

 

「オレ様はどっちでも良いぜぇ?てめぇらをぶち殺せるなら、それで良いからよぉ!」

 

アドラスの周囲に浮いている円盤が黒い炎を纏い、ジークフリートの背中に龍の腕が4本出現する

 

帯剣している魔剣を全て抜き放ち、異形の手に握らせていく

 

祐斗は聖魔剣に龍殺し(ドラゴンスレイヤー)の力を付与させて、その場を駆け出した

 

高速で接近し、ジークフリートに一太刀繰り出すと―――彼は軽々と魔剣の一振りで受け止める

 

「…………」

 

祐斗の一撃を受けたジークフリートは目を細めて何かを考え込んでいるようだった

 

「現状でキミと戦い、勝ったとしても深手は否めないだろうね。それ程までにキミの実力は向上している。キミに勝利したとしても、その後にリアス・グレモリーや姫島朱乃、あそこの闇人の攻撃を貰えば僕は確実に命を落とす。このまま逃げるのも悪くはないんだけど……アジュカ・ベルゼブブとの交渉に失敗して、グレモリー眷属と闇人を相手に何もせずに逃げたとあっては仲間や下の者に示しがつかない、か。難しい立ち位置だね。特にヘラクレスとジャンヌに笑われるのは面白くないんだ」

 

愚痴ながらジークフリートは(ふところ)を探り出す

 

取り出したのは拳銃―――否、ピストル型の注射器だった

 

ジークフリートは針先を自分の首筋に突き立てようとする格好となり、皮肉げな笑みを浮かべる

 

「これは旧魔王シャルバ・ベルゼブブの協力により完成に至ったもの。謂わばドーピング剤だ。―――神器(セイクリッド・ギア)のね」

 

神器(セイクリッド・ギア)を強化すると言う事か」

 

祐斗の問いにジークフリートは頷く

 

「聖書に記されし神が生み出した神器(セイクリッド・ギア)に、宿敵である真の魔王の血を加工して注入した場合、どのような結果を生み出すか。それが研究のテーマだった。かなりの犠牲と膨大なデータの蓄積の末に神聖なアイテムと深淵の魔性は融合を果たしたのさ」

 

ジークフリートは手に握る魔剣グラムに視線を向ける

 

「本来ならばこの魔帝剣(まていけん)グラムの力を出し切ればキミを倒せたのだろうが……残念ながら僕はこの剣に選ばれながらも呪われていると言って良い。木場祐斗、キミならその意味を理解できるだろう?」

 

ジークフリートの言うように祐斗にはその理由が分かった

 

伝承通りならば魔帝剣グラムは凄まじい切れ味の魔剣

 

攻撃的なオーラを纏い、如何なる物をも断ち切る鋭利さを持ち合わせている

 

もう1つの特性が龍殺し(ドラゴンスレイヤー)

 

かの五大龍王『黄金龍君(ギガンティス・ドラゴン)』ファーブニルを1度滅ぼした(その後、北欧の神々によってファーブニルは再生されている)のもグラムの特性ゆえである

 

何もかも切り刻める凶悪な切れ味と強力な龍殺し(ドラゴンスレイヤー)、その2つの特性を有しているのが魔帝剣グラム

 

これらの特性を踏まえた上で持ち主であるジークフリートの特徴を捉えると、実に皮肉な答えが生まれてくる

 

ジークフリートの神器(セイクリッド・ギア)は『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』の亜種で、禁手(バランス・ブレイカー)もその亜種版

 

ドラゴン系神器(セイクリッド・ギア)と呼ばれ、名の通りドラゴンの性質を持ち合わせている

 

通常状態を発現している程度ならグラムを振るうのに問題は無いのだが、能力が上昇する禁手(バランス・ブレイカー)―――つまり、ジークフリートは自分の能力を高めれば高める程に魔帝剣グラムとの相性が悪くなっていく

 

赤龍帝の一誠が籠手にアスカロンを収納し、何事も無く使用する事が出来たのは天界の助力と神器(セイクリッド・ギア)が例外の類にあったからだ

 

ジークフリートの神器(セイクリッド・ギア)は亜種であったものの、例外の類ではなかった

 

最強の魔剣に選ばれても、その者が有していた能力までは受け入れられてなかった

 

まさに運命の悪戯とも呼べる……

 

ジークフリートがグラムをヒュンヒュンと回す

 

「……禁手(バランス・ブレイカー)状態で、こうやって攻撃的なオーラを完全に殺して使用する分には鋭利で強固なバランスの良い魔剣なのだけれどね。それではこの剣の真の特性を解き放つ事が出来ない。かと言って力を解放すれば……禁手(バランス・ブレイカー)状態の僕では自分の魔剣で致命傷を受けてしまう。こいつは主の体を気遣うなんて殊勝な事をしてくれないのさ」

 

ジークフリートがグラムを本格的に使用するのは禁手(バランス・ブレイカー)を解除した時だ

 

“威力を抑えたグラムを含む5本の魔剣と1本の光の剣+禁手(バランス・ブレイカー)の『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』”

 

“通常の『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』で本気のグラムを含んだ魔剣三刀流”

 

この場や疑似空間でどちらが祐斗達を相手に立ち回る事が出来るか?

 

その答えは前者だったと言う事だ

 

「そう、グラムを使いたければ普通の状態でやれば良い。けれど、禁手(バランス・ブレイカー)六刀流と比べるとそれでは対応しきれないんだよ。特にキミ達との戦いではそれが顕著だ。―――禁手(バランス・ブレイカー)の能力を使わなければ上手く相対できないからね。しかし、禁手(バランス・ブレイカー)状態でも魔帝剣グラムを使用できるようになるとしたら話は別だ」

 

ジークフリートはピストル型の注射器を自身の首元に近づけ―――挿入させていった


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