ハイスクールD×D ~闇皇の蝙蝠~   作: サドマヨ2世

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一誠のトラウマ

明くる日の放課後、部室に来ていた新は顔を引きつらせて溜め息をついていた

 

その理由は冥界の新聞にある……

 

『ダークカイザー、スイッチをぶちゅううううっと吸う!?』

 

予想していた通り、酷い見出しで発行されていた冥界新聞

 

一面がその内容に関する文章で埋め尽くされていた……

 

「……酷いな、これ」

 

一誠が苦々しい表情をしながらそう言ってくる

 

しかし、いつまでも新聞の記事を気にしている時間は無い

 

これからアザゼルと共にレーティングゲームに関するミーティングがあるのだ

 

部室に来ているのは新と一誠、祐斗、ギャスパーの4人のみ

 

他の皆はまだ来ておらず、同じクラスの教会トリオは学園祭の準備作業に使う布地を求めて新校舎の方に行っている

 

「よー、ギャスパー。クラスでの2人の様子はどうだ?」

 

「は、はい……。小猫ちゃんとレイヴェルさんは事ある度に口喧嘩ばかりですぅ。いつも静かな小猫ちゃんが、レイヴェルさんが相手だと容赦無いツッコミを入れてばかりなんですぅ……」

 

「相変わらず犬猿ならぬ猫鳥の仲ってか」

 

「で、でも、人間界での生活に不慣れなレイヴェルさんに文句を言いつつも小猫ちゃんはキチンと面倒を見てあげていますし、レイヴェルさんも小言を呟きながらも小猫ちゃんのあとをついて回っていますよ……?」

 

「そうか。何だかんだ言っても交流は出来てるようだな」

 

「うーん。乙女心は複雑怪奇ってヤツか……」

 

そんな風に天上を仰ぎながら呟く一誠

 

すると、ギャスパーが若干落ち込み気味で言ってきた

 

「……ぼ、僕は小猫ちゃんのようにレイヴェルさんのお役に立てそうにないです。と、と言うか、プライベートでも戦闘でも皆さんのお役に立てそうにもなくて……」

 

「お前の眼は今回のゲームで解禁されているし、俺の血を入れた瓶も携帯出来るようになったじゃないか。それでも不安か?」

 

一誠が訊くとギャスパーは頷いた

 

「……僕はイッセー先輩や新先輩のように勇気も力もありませんし……祐斗先輩のように剣も使えません……。せめてサポートだけでもお役に立てたら幸いなのですが……ぼ、僕、男子として恥ずかしい気持ちでいっぱいですぅぅぅっ!」

 

女装しているがギャスパーも男、グレモリー眷属の役に立ちたいのだろう

 

一誠はそんな弱気のギャスパーに檄を込めて言う

 

「ギャスパー!俺が今から言う事を胸に刻め!『グレモリー眷属男子訓戒その1!男は女の子を守るべし』!ほら復唱!」

 

「お、男は女の子を守るべし!」

 

「よし、次!『グレモリー眷属男子訓戒その2!男はどんな時でも立ち上がる事』!」

 

「お、男はどんな時でも立ち上がる事!」

 

「最後!『グレモリー眷属男子訓戒その3!何が起きても決して諦めるな』!」

 

「な、何が起きても決して諦めるな!」

 

「よしよし、それを胸に刻んでグレモリー男子らしく戦えば良いのさ」

 

「は、はい!ぼ、僕、これらを胸に刻んで頑張りますぅぅぅっ!」

 

一誠から与えられた訓戒で気合が入ったギャスパー、祐斗も小さく笑っていた

 

「良いね、それ。僕も胸に刻もうかな」

 

「そうしとけそうしとけ。何があっても諦めないのがグレモリー眷属の男子だぞ。新も一緒にどうだ?」

 

「俺は暑苦しいのは苦手なんだよ」

 

そんな風に盛り上がる中、アザゼルやリアス達が入室してきた

 

(きた)るべきバアル戦に備えたミーティングが始まり、一誠が挙手してアザゼルに質問する

 

「サイラオーグさんにも先生みたいにアドバイザーが付いてるんですか?」

 

「ああ、一応あっちにもいるぞ。皇帝(エンペラー)さまが付いたそうだ」

 

「―――っ!……ディハウザー・ベリアル」

 

アザゼルの一声に真っ先に反応したリアス

 

ディハウザー・ベリアルはリアスにとってレーティングゲームで各タイトルをゲットする為に超えなければならない壁……

 

将来的に新や一誠にとっても大きな壁となるだろう

 

「まあ、リアスや新、イッセーが上級悪魔としてゲームに参加するのならば、正式参戦後の大きな目標と見ておいて良いだろう。眷属のメンバーも主がゲームに参加する以上は避けて通れない相手だろうしな。さて、お前達、サイラオーグ眷属のデータは覚えたな?」

 

アザゼルの言葉に全員が頷いた

 

アザゼルは立体映像を部室の宙に展開、バアル眷属の面々がパラメータ付きで表示されていった

 

アザゼルがそれを見ながら言う

 

「あのグラシャラボラス戦では能力を全部見せていない者もいたようだ。まあ、あの試合は途中でグラシャラボラスのガキ大将がサイラオーグ相手にタイマンを申し込んだしな。実質、サイラオーグが勝負を決めたようなものだ。それにサイラオーグ達はお前達と同じ、悪魔では珍しい修行をするタイプだ。グラシャラボラス戦の時とは明らかにレベルアップしているだろう」

 

バアル眷属もまた悪魔では珍しい努力を積み重ねるタイプで、グレモリー眷属と同じくトレーニングをして力を上げている

 

現時点では記録映像の時よりもパワーアップしているだろう

 

「あいつら、闇人(やみびと)や『禍の団(カオス・ブリゲード)』相手にも戦っているって話だからな。危険な実戦も積んでいる。『出来るだけ若手を(いくさ)に駆り出さない』って宣言してたサーゼクス達四大魔王の意向も虚しいか。ま、お前達みたいに無茶な戦闘に出くわす若手もいるしな」

 

アザゼルが苦笑いしながらそう言う

 

確かに今まで相手にしてきたのは悪神(あくしん)や最強の神滅具(ロンギヌス)、更に全魔族の天敵とも言える闇人(やみびと)と―――いずれも化け物揃い

 

運命だとしても悲惨を容易に超えたレベルだった……

 

ここで険しい表情のロスヴァイセが呟く

 

「……この相手の『兵士(ポーン)』、記録映像のゲームには出てませんよね?」

 

新達が視線を一点に向けると―――そこにはサイバー作りの仮面を被った者が映し出されていた

 

名前も本名ではなく『兵士(ポーン)』と表記されている

 

サイラオーグの陣営は『女王(クイーン)』1、『戦車(ルーク)』2、『騎士(ナイト)』2、『僧侶(ビショップ)』2、『兵士(ポーン)』2とこちらの陣営と数は同じである

 

「記者会見でも記者がこのヒトの事であろう質問をサイラオーグ・バアルに向けていましたね」

 

しかし、記者会見時にこの仮面の『兵士(ポーン)』はいなかった

 

その事に関してアザゼルが口を開く

 

「……そいつは滅多な事ではサイラオーグも使わない『兵士(ポーン)』だそうだ。情報も殆ど無くてな。仮面を被っている為に何処の誰だか分かりもしない。今回初めて開示された者だ。って事は今度のゲームで使うって事だろう。サイラオーグもこいつを出来るだけ他者に引き合わせないようにさせているようだからな。ただ1つだけ噂で流れているのは―――消費した『兵士(ポーン)』の駒が6つだか、7つと聞く。ゆえに奴の『兵士(ポーン)』はこいつを含めた2人だけなんだそうだ」

 

『6つ!?7つ!?』

 

異口同音で全員が驚愕の声音を出した

 

仮に7つだとすれば相当な手練れか、潜在能力を持っている事になる

 

「データが揃っていない以上、この『兵士(ポーン)』には細心の注意を払って臨むべきだ。ただでさえ、今回はどんな選手でも参加出来るんだからな。……サイラオーグの隠し球、虎の子ってところか」

 

その後はリアスが先頭に立ってゲームの戦術と相手への対策を皆に話していき、議題を一通り終えた所で一誠が挙手してアザゼルに疑問をぶつける

 

「先生、俺達が正式なレーティングゲームに参加したとして、王者と将来的に当たる可能性は……?先生の目測でも良いですから」

 

「お前達はサイラオーグと合わせて、若手でも異例の布陣だ。と言うのも正式に参戦もしていないのにこれだけの力を持ったメンツが集まっているんだからな。しかも実戦経験―――特に世界レベルでの強敵との戦闘経験がある。その上、全員生き残ってるんだからな。そんな事滅多に起こらないし、久方ぶりの大型新人チームと見られている。本物のゲームに参戦してもかなり上を目指せるだろうよ。トップ10(テン)入りは時間の問題だろうな」

 

堕天使の総督直々から太鼓判を貰い、気恥ずかしい気分の新達にアザゼルは続ける

 

「だが、その分、冥界からの注目も大きい。今度のゲームは冥界中がお前達を見ているぞ。闇人(やみびと)、悪神ロキ、テロリストを止めているお前達はただでさえ有名人だ。更に記者会見であれだけの盛り上がりも見せたんだからな、冥界の住人は新しい息吹に悪魔の未来を見ている。勿論、ゲームの現トップランカーもお前達やサイラオーグ達に注目し、将来の敵になるであろう者の研究を始めるだろう。良い傾向だ。殆ど動かなかったゲームのランクトップ陣、遠くない未来にお前達やサイラオーグが差し込んでくれるかと思うと今からワクワクしちまうよ」

 

アザゼルが愉快そうに笑んだ後に言う

 

「―――変えてやれ、レーティングゲームを。ランキング10(テン)以内も皇帝(エンペラー)も、お前達若手がぶっ倒して新しい流れを作るんだよ」

 

 

――――――――――

 

 

ミーティングも終えた放課後、アザゼルとロスヴァイセはまだ教師としてやる事があるからと先に抜けていき、残った面々で学園祭の準備に取り掛かる

 

学園祭の準備を始めようとした矢先、テーブルの上に光が走る

 

光は円を描き、見覚えのある紋様をした魔方陣へと変わる

 

「……フェニックス?」

 

小猫がそう呟いた

 

小猫の言う通り、展開されたのはフェニックスの魔方陣だった

 

テーブルに収まるサイズの連絡用魔方陣

 

誰なのかと怪訝に思っていると、魔方陣から立体映像が投写され、高貴そうな雰囲気と面持ちをした若い女性の顔が映し出されていく

 

「お母さま!」

 

レイヴェルが素っ頓狂な声を出した

 

そこに映し出されたのはフェニックスの現当主の夫人

 

つまりはライザーとレイヴェルの母親である

 

『ごきげんよう、レイヴェル。急にごめんなさいね。なかなか時間が取れなくて、こんな時間帯になってしまったわ。人間界の日本ではまだ学校のお時間よね』

 

「は、はい、そうですけれど、突然どうされたのですか?」

 

『リアスさんと闇皇(やみおう)さんはいらっしゃるかしら?』

 

フェニックス夫人からの指名を受け、リアスが映像の前に立つ

 

「ごきげんよう、おばさま。お久しぶりですわ」

 

『あら、リアスさん。ごきげんよう。久しぶりですわね。それと……』

 

キョロキョロと見渡すフェニックス夫人

 

新は視界の入る位置に移動する

 

「初めまして、竜崎新だ」

 

『こちらこそ、ごきげんよう。こうしてお会いするのは初めてですわね、闇皇(やみおう)の竜崎新さん。このような挨拶で申し訳ございませんわ』

 

「それで俺に何か用が?」

 

『ええ、改めて挨拶だけでもと思いまして……。本来なら娘のホームステイ先の竜崎家と学園を取り仕切っているリアスさんのもとにご挨拶をしに行くべきなのですが、何分(なにぶん)こちらも外せない事情がありまして……』

 

「……ほら、フェニックスの涙の需要が高まっているから、それで時間が無いんじゃないかなって……」

 

祐斗がコッソリと耳打ちしてくる

 

フェニックス家はフェニックスの涙の製造を(おこな)っている大本

 

昨今の闇人(やみびと)やテロリストの影響で特需になっており、生産が間に合わずフェニックス夫人もそれに駆り出されているらしい

 

リアスが微笑みながら返す

 

「そんな事ありませんわ、おばさま。お気持ちだけで充分です。レイヴェルの事はお任せください」

 

『……本当にごめんなさいね、リアスさん。うちのライザーのゲーム後のケアから、レイヴェルの面倒まで見ていただいて……。それと竜崎新さん。特に娘をよろしく頼みますわ」

 

新の事を強調しつつ、フェニックス夫人の視線が新に向けられる

 

「リアスさんを始め、皆さんに任せておけば娘のレイヴェルは何の不自由も無く人間界の学舎(まなびや)で過ごせるでしょう。しかし、それとは別にあなたへお願いしたいのです。人間界で変なムシが付かないようどうか守ってやってくれないでしょうか?数々の殊勲を立てていらっしゃる闇皇(やみおう)が傍に付いていてくださるなら、私も夫も安心して吉報を待てるのです』

 

「変なムシ、か……。分かった、任せてくれ。レイヴェルは俺が守るよ」

 

新がそう言うとフェニックス夫人はパァッと明るい表情となり、レイヴェルは顔を最大にまで真っ赤にしていた

 

『感謝致しますわ。……レイヴェル』

 

「はい、お母さま」

 

『あなたのすべき事は分かっていますね?リアスさんを立て、諸先輩の言う事を聞いて、その上で竜崎新さんとの仲を深めなさい。フェニックス家の娘として、家の名を汚さぬよう精一杯励むのですよ?』

 

「勿論ですわ!」

 

レイヴェルが気合の入った返事をし、フェニックス夫人が新に話し掛ける

 

『最後に竜崎新さん。上級悪魔になる事が目標と聞きました』

 

「まあ、一応目指してはいる」

 

『娘は現在、私の眷属「僧侶(ビショップ)」となっておりますわ。ライザーとトレードしましたの』

 

「あぁ、レイヴェルからも聞いた」

 

『よーく覚えておいてくださいまし。娘はフリーですわ。私の「僧侶(ビショップ)」です。ライザーの手持ちではありません。よろしい?』

 

「はい」

 

それを聞いてフェニックス夫人は満足そうに頷いた

 

『こちらの用事は済みました。リアスさん、竜崎新さん、皆さん、突然のご挨拶を許してくださいましね。それではもう時間ですわ。レイヴェル、人間界でもレディとして恥ずかしくない態度で臨みなさい』

 

「はい、お母さま」

 

『それでは、皆さん。ごきげんよう』

 

連絡用魔方陣が淡い粒子となって消え、嵐のようなフェニックス夫人の挨拶が終わった

 

 

――――――――――

 

 

「新、突然どうしたんだ?話があるって」

 

ミーティングが終わった放課後、旧校舎の空き部屋にて一誠が新に話し掛ける

 

この部屋は学園祭の時に擬似的なお祓いをする場所で、学園祭の準備作業をする際に新が「俺と一誠でここを担当する」と言ってきたのだ

 

祐斗とギャスパーは外へ買い出しに行っているので、今は新と一誠しかいない

 

「一誠、最近アーシアと上手くいってないのは何故だ?」

 

「―――っ」

 

核心を突かれたのか、一誠はビクッと反応を見せたが直ぐに視線を逸らす

 

新の言う通り、修学旅行以降―――アーシアの様子がおかしかった

 

一誠を見ている時のアーシアの瞳には時折(ときおり)哀しさが孕んでいたのだ……

 

それに気付いた新は修学旅行時に一誠がアーシアに子作りをせがまれた事を思い出し、その話題を出した時の一誠の様子もおかしかった事に気付く

 

あそこまで上手くいきかけてたのに一誠は踏み出せなかった……

 

こう言った問題は自分で解決しなければならないのだが、時間が経てば余計に(こじ)れてしまうだろうと危惧した新は手っ取り早く話をつける事にしたのだ

 

「このままの状態を維持していると、いずれアーシアを傷付ける事になる。しがらみに捕らわれたままで良いのかよ?」

 

「……新には関係無いだろ」

 

一誠は視線を逸らしながら冷たく返す

 

埒が空かないと判断した新は更なる核心を突く

 

「当ててやる。―――まだレイナーレの事を引きずってるのか?」

 

「―――っ!」

 

先程よりも強く反応する一誠

 

彼の脳裏に忌まわしい記憶(堕天使レイナーレ)が浮かび上がる……

 

 

『死んでくれないかな?』

 

 

その瞬間、顔中に嫌な汗が噴き出してくる

 

一誠の頬を(つた)う涙……それを見て新は“やっぱりそうか”と理解した

 

一誠が涙を拭いながら呟く

 

「……初めての彼女だったんだ……。告白された時、本当に嬉しかった。……あいつと付き合って、俺、すげえ頑張ったんだ。初めてのデートとか、念入りにプラン立ててさ。将来の事だって真剣に悩んだ。バカみたいにクリスマスとかバレンタインの事まで妄想して、1人で脳内お花畑満開だった」

 

一誠は心の奥底にしまい込んでいた感情を吐き出す

 

「でも、あいつ、敵でさ……!俺の事殺してさ……!悪魔になった俺をすげえ冷たい目で見てきてさ……!あれらの事が本当に芝居だったって分かって……」

 

一誠の目から次々と流れ落ちてくる涙

 

話せば話す程、レイナーレとの記憶がフラッシュバックされていく

 

「……俺、怖いんだ。本当は女の子と仲良くなるのが怖いんだ……。また、またあんな事になっちまうんじゃないかって……!アーシアも、皆も優しくしてくれるけど……1歩踏み込んで仲良くなろうとしたら、拒否られてバカにされるんじゃないかって……!皆が悪くないって頭じゃ分かってる!皆、良いヒトばかりだ!だけど、ダメなんだ!もっと知ろうとするとブレーキが掛かる!」

 

一誠は顔を手で覆った

 

今の最低な自分の顔は誰にも見せられない……

 

未だに過去に捕らわれ、引きずっている情けない男の姿を見せたくない……

 

それでも一誠は本音の一言を呟いた

 

「……あんな思いは2度と……嫌なんだ……っ」

 

いつも“ハーレム王になりたい”と宣言していた一誠が―――実は“女の子と仲良くなる勇気が無い”事を打ち明けてしまった……

 

そんな一誠に新はこう語りかけた

 

「一誠、過去ってのは戻れないし、やり直す事も出来ない。だから、過去なんだ。いつまでも過去を悔やみ、過去に怯えていれば何かが変わるのか?」

 

「…………」

 

「道端で転んだらどうする?―――“起き上がる”しかないだろ。今のお前は過去に(つまず)いて転んでいるだけだ。起き上がろうとせず、手足をジタバタさせているだけに過ぎない。前に進む事を放棄しようとしているんだ。そんな奴がハーレム王どころか、たった1人の女とも仲良くなれる訳が無い。一誠、お前はそんな事で良いのか?」

 

「…………っ」

 

キツい言い方をする新、その一言一句が一誠の心にグサグサと突き刺さる

 

端から見れば言い過ぎだと思われるが、今の一誠を立ち直らせるにはこれしか無い

 

「最初に出会った頃から今日まで、アーシアはお前をずっと見てきた。なのに、お前が目を逸らしてどうする?過去の呪縛なんか振り払え。アーシアの事が本気で好きなら、いつまでも泣きベソかくな。縛りやしがらみを突き崩して前に進め」

 

「―――っ」

 

新なりの激励、その言葉の重みに一誠は何も言えなかった……

 

暫く静寂が流れるこの場に―――癒しの声が届く……

 

「私は―――イッセーさんの事が大好きですよ」

 

「―――っ!?」

 

突然聞こえてきた声に思わず顔を上げる一誠

 

彼の前にいたのは―――アーシアだった

 

アーシアの登場に一誠は絶句したまま狼狽し、新が説明に入る

 

「なんでアーシアがいるのかって?実はな……俺がコッソリ呼んでおいたんだよ。“一誠の本心を聞き出すから、陰に隠れて聞いてくれ”ってな。本当はお前の口からハッキリと聞き出せたら呼ぶつもりだったんだが……どうやらアーシアの方が先走ってしまったようだな」

 

頭をポリポリ掻く新

 

アーシアは(ほう)けている一誠に歩み寄り、一誠の手を優しく握る

 

「イッセーさん、私はイッセーさんとずっと一緒にいたいです。バカになんてするわけないです。尊敬してます。慕ってます。1番頼れる男性です。この先、ずっと未来でもイッセーさんと一緒に暮らしたいって心の底から思っていますよ」

 

アーシアの笑顔と言葉が一誠の心に巣食っていた呪縛を氷解させていく……

 

「だから、勇気を持ってください。イッセーさんならきっと大丈夫。ここまで頑張ってこれたイッセーさんなら、心の奥にある壁も突破出来ます」

 

一誠は顔を引きつらせて再び泣き始めた

 

その涙は悔恨(かいこん)、怯えから来るものではない

 

自分にとっての安らぎがずっと身近にいた事を気付かされ、温かい何かが自分の中を満たしてくれた……

 

その安心感、安堵から流れてくる涙……

 

こんなに良い子が自分と一緒にいてくれる……

 

それだけでも充分に過去を振り払えた……

 

一誠は涙を振り払い、気を引き締めて言う

 

「ありがとう、アーシア。改めて約束しよう。―――ずっと一緒だ。1万年後も一緒にいよう、アーシア。俺もアーシアが大好きだ」

 

「―――っ!は、はい!ずっと一緒です!私もイッセーさんが大好きです!」

 

アーシアはそう告白しながら涙をポロポロとこぼした

 

新は“ようやく立ち直れたか”と肩を竦め、(きびす)を返して去ろうとする

 

「お邪魔虫はそろそろ退散させてもらうぜ?(しばら)くはアーシアとイチャラブして心を休めな」

 

「……新、本当に、本当にありがとう。それから……ゴメンな。お前にも迷惑掛けちまって……」

 

「俺はただ切っ掛けを与えただけだ。これから先はお前の足で進め」

 

一誠の抱えていた問題が解決し、運命の決戦も刻一刻と迫っていた……

 

 

――――――――

 

 

「んで、兄貴。いつ渡すんだよ、それ?書き終わってからもう随分時間が経ってんぞ?」

 

「あ、ああ……近々駒王学園(くおうがくえん)で学園祭が開催されるらしくてな。そこで渡そうかと……」

 

「その学園祭に行くつもりなら、わざわざ手紙書く必要無かったんじゃねぇの?」

 

「仕方無いだろ……。書くのも渡すのも初めてだから勝手が分からん……」

 

「か~っ。情けねぇよ、兄貴。だいたい、あのアーシアって女は兵藤が好きなんじゃねぇの?なのに、それを渡してどうなるってんだよ?断られてオシマイってオチが見え見えなんだけど」

 

「…………そうだろうな」

 

「だろうなって……まさか断られるの分かって出すつもりかよ!?」

 

「ああ」

 

「兄貴はそれで良いのか……?マジで好きなんだろ?アーシアって女が」

 

「……分かっている、分かっているさ。だがな、俺ではアーシアに本物の笑顔を与えてやれない。他人を蹴落とし、血に染めてきた俺ではな……。アーシアの隣にいるべきなのは俺じゃない―――兵藤だ」

 

「兄貴……」

 

「良いんだ、相棒。これは俺のケジメの問題だ。俺が決めたから、そうするだけさ。自分の中に何かをつっかえさせたままではダメなんだ。溜まった感情(もの)は出し切る、今がその時だからな……」

 

「実らない恋、か……。ったく、まるでオペラ座の怪人じゃねぇか」

 

「幻滅したか?」

 

「いや、ただ……以前より良い顔付きになったなって。昔の兄貴は出刃包丁みたいに鋭かったぜ。それが丸まったって言うか……」

 

「それも―――アーシアのお陰だ。捨てた筈の感情を取り戻させてくれた女……。俺はその女に惚れたんだ。ヒトらしい感情ってのも―――案外悪くない」




いよいよサイラオーグとのゲームが始まります!

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