「明日の正午に三国へ総攻撃、か……」
フロニャルド崩壊を
ビスコッティ、ガレット、パスティヤージュの主要人全員が伊坂への対策会議に乗り出しているのだが……伊坂の異常な強さを目の当たりにした者達は表情を歪めっぱなしだった
しかも、その時でさえ伊坂は本気を出していない……
「兵隊だけでも手を焼く者が多いと言うのに……っ。ワシらの攻撃が全く通用せんとは……!」
「うにゅ~……あんな奴にウチらは勝てるのか……?怖くなってきたのじゃぁ……」
レオ閣下は悔しげに机を叩き、クーベルは
落ち込んだ空気を振り払おうとミルヒが切り出す
「み、皆さん!元気を出して下さいっ!まだ時間はあります!ここで落ち込んでいても事態は変わりません!三国共に力を合わせて、私達の国を――――フロニャルドを守りましょうっ!」
「そうだよ!姫様の言う通り、諦めちゃダメだ!」
ミルヒとシンクの激励で落ち込み気味だった空気に生気が戻り、新も作戦の提案を補助する
まずは前衛部隊に新、シンク、エクレ、ナナミ、ガウルと言った近接戦闘や攻撃に長けたメンバーを配置
後衛にはベッキー、リコの砲術部隊やベールの弓兵隊など遠距離攻撃に長けた部隊を置く
パスティヤージュの空騎士部隊も上空から、ノワール、ダルキアン、ユッキーの隠密部隊は地上から敵を撹乱させ虚を突く
兵士達は騎士の援護に徹底し、適度な交代を挟みながら囲って
大まかな作戦が出揃った所で全員が
――――――――――――
「奴の魔剣、俺の『
月光が照らす中、新は中庭を散歩しながら伊坂対策を練ろうとしていた
伊坂の
良い対策案が浮かばないまま辺りをウロウロしていると、見知った人影を見つける
「おお、アラタか」
「レオ閣下か。奇遇だな」
人影の正体はレオ閣下だった
月が浮かぶ夜空をジッと眺め、真剣な面持ちとなっている彼女に新は話し掛ける
「不安か?明日の戦い」
「……そう言うアラタはどうなんじゃ?恐れておらんのか?」
「そりゃ誰だって少なからず恐れるだろ。あんな強い奴は初めてだ。レオ閣下はどうだ?」
「ふんっ、ワシは早くもウズウズしておるぞ。先程の借りを奴に返してやらねば気が収まらんからのう」
腕組みしながらレオ閣下は勇猛な立ち振舞いを見せる……が、新はとっくに気付いていた
―――彼女に怯えの色が潜んでいる事に
新は歩み寄って彼女の尻尾を掴んだ
「ひゃわあっ!?」
「嘘つけ、尻尾が震えてんじゃねぇか」
「や、やめんか!女の尻尾をいきなり掴む奴があるか!放せ!」
「じゃあ本音を言ってみろ。そうしたら放してやる」
新は掴んだ尻尾を指で擦り始めた
レオ閣下は全身を駆け巡る言い難い快感に悲鳴を上げ、新を殴ろうとするが避けられる
「ひ、卑怯者……ッ!そうまでして……っ、ワシにっ、何を言わせるのじゃぁ……ッ!?」
「本心を語れって言ってんだよ。虚勢を張ってもバレバレだ。俺は今まで多くの戦いを見てきたが、死ぬかもしれない戦いを“恐くない”なんて言う奴は何処にもいなかった。……お前もそうだろ?」
新の問いにレオ閣下は沈黙する
諭す様な言い方にレオ閣下は次第に虚勢を和らげ、心の奥底に隠していた感情を解き放つ
「……お前は大した男じゃな。まだ会って間も無いと言うのに」
「やっと話す気になったか」
「うむ……こんな気持ちは星詠み以来じゃ」
レオ閣下は以前、シンクがこのフロニャルドへ召喚されるより前に“星詠み”と呼ばれる占いの様な儀式を
その占いではビスコッティの宝剣の所有者――――ミルヒの死が予言され、更にシンクが召喚された事でシンクもその予言に加えられてしまった
しかも、日に日に死の未来予知はハッキリと見えてしまうようになり、2人を守る為、未来予知を変える為に戦を仕掛けてビスコッティの宝剣を押収しようとした
だが……それすらも失敗し、親友であるミルヒを危険に晒してしまった
星詠みの未来予知に恐怖を隠せず、その未来を変えようとした行動が結果的に裏目に出て魔物を復活させてしまった
レオ閣下は今でもその時の責任、軽薄さ、恐怖を忘れられずにいる……
更に伊坂が現れた事で当時の自分の心音が甦ってしまったのだ
国の領主として、騎士としてそんな姿を見せたくない、見られたくないばかりに虚勢を張っていたが……新はそれを見破った
「そんな事があったのか」
「そうじゃ。だが……あの男の出す気配はその時の魔物を遥かに凌駕しておる……。底知れぬ恐ろしさを……」
次第にレオ閣下の表情が陰りを増していき、腕組みを解除して震える手を押さえつける
「全くもって情けない……。このワシともあろう者が、ガレットの領主たるワシが震えておる……。自分では死線を
「それで良い、それが普通なんだ。恐いものは恐い。大事なのはその恐怖から逃げずに立ち向かう事だ」
新はレオ閣下の肩に手を置く
「目を逸らさず最後まで立ち向かった奴にだけ勝利の女神は降りてくれる。俺はそう信じて戦ってきた。向こうの世界でもな。自分の力を信じない奴に結果なんて現れねぇよ」
「自分の力を信じる、か……。確かにそうじゃな。始まる前から弱気になるなどワシらしくもない。アラタのお陰で目が覚めたぞ、礼を言う」
「ようやく良い顔付きに戻ったな、レオ閣下」
新がレオ閣下の頭を優しく撫でると、彼女は頬を赤く染める
「こ、こら!領主の頭を軽々しく撫でるな!」
「ハハッ、悪い悪い。さて、調子が戻った所で明日に備えて寝るか」
新は先程長考していた魔剣対策を明日に延期し、明日の戦いに向けて英気を養うべく寝る事にした
レオ閣下は新を呼び止め、最後にこう言い残す
「明日の
「あぁ」
新は軽く手を振ってから城内へ戻っていった
――――――――――――
翌朝、既に目を覚ました新は軽いトレーニングを
瞑目し、意識を集中させたシャドーの組み手
拳や蹴りを振る舞い、籠手から出した剣で何度も大気を斬るような動きをする
「朝から気合い入ってますね、アラタさん」
そこへやって来たのは――――勇者の扮装を整えたシンクだった
シンクの声を耳にした新は目を開き、剣を杖代わりに地へ突き立てる
「シンク、お前もトレーニングか?」
「はい。あと、朝食にアラタさんの姿が無かったのでこれも持ってきました。ナナミとベッキーが作ってくれたサンドイッチです」
シンクが小さなバスケットを開けると美味しそうなサンドイッチがズラリと並んでいた
ちょうど空腹だった新はサンドイッチに手を伸ばし、大口を開けて頬張る
よっぽど美味しかったのか、続けてサンドイッチを口に入れ咀嚼――――ものの5分で全てのサンドイッチを平らげた
「ん~、美味かった。……シンク、これからお前らには想像も付かないぐらいの熾烈な戦いが始まる訳だが――――どう思ってる?」
和やかな表情から一転して真剣な顔付きで問う新
それに対してシンクは下唇を噛む
「勿論、正直言って恐いですよ。いつもの
「中学生のくせに
「それじゃあ姫様の所に行きましょう」
作戦の見直しをする為に大広間へ向かおうとしたその時――――ドォンッ!と言う爆発音と地響きが2人の意識を引き付けた
突然の音に新とシンクは周りを見渡す
すると、エクレからの通信が入った
「エクレ!今の音は何!?何があったの!?」
『敵の襲撃だ!昨日の怪物どもがフィリアンノ城を攻撃している!』
「なんだって!?どうしてこんな早くに!」
『ゴチャゴチャ言ってる暇は無い!ガレットもパスティヤージュも襲撃を受けているんだ!さっさと加勢しに来い!』
突然の音の正体は敵――――つまり伊坂軍の攻撃だった
新は直ぐ
空中から見えたのは
ビスコッティの兵士達も果敢に挑んでいくが、敵の圧倒的な数と力に押され次々と“けものだま”と化していく
城外の様子を見た新は舌打ちをして降りる
「外で敵がウジャウジャしてやがる。数は
「ろ、600……っ」
シンクは今までに無い敵のスケールに顔をしかめる
しかし、だからと言って怯んではいけない
ここで怖じ気付けば伊坂軍にフロニャルドを破壊されてしまう……
シンクは自ら両頬を叩いて気合いを入れ直す
「行きましょう、アラタさんっ!あんな奴らにフロニャルドを壊させはしない!」
「よく言った、シンク。まずはここら一帯の掃除と行こうか!」
新とシンクは急いで城の外へと通じる通路へ向かう
そして城門から外へ出ると、直ぐ近くでエクレとリコが
双剣で量産型の
「エクレーっ!リコーっ!」
「あ、勇者さまー!アラタさまー!」
「遅いぞバカ!」
「ヒーローと勇者は遅れてやって来るものだぜ?さぁて、ゴミ掃除の時間だ!」
新は籠手から出した
刀身に魔力を込めて切れ味を向上させているので、1匹1匹を
シンクも負けてられないとばかりに神剣パラディオンをロッドに変え、
昨日とは打って変わった重い攻撃に量産型は悶え苦しむ
更にエクレの双剣から放たれた十字の斬撃とシンクの紋章砲が敵を切り裂き、焼き払う
「昨日は良いようにされたが、今度は油断しない!」
「気合い入ってるね、エクレ!」
「ザコ相手なら大丈夫みたいだな。おっと、次は少しキツそうだぞ?」
新の忠告を聞き、視線の先に目を向けると……量産型とは違う2匹の
しかも、そいつらは昨日シンク達が手を焼いていた蜘蛛型の
体色は黄色と黒、銀色が混ざり合った物だが姿形は瓜二つだった
「あれは昨日の!色違いまでいるのか!」
「でも、やるしかないよ!」
「よし、右の奴は俺が仕留める。シンクとエクレは左の奴を頼むぜ。リコは後方から援護射撃だ、良いな?」
「オッケー!」
「あぁ!」
「はいっ、でありますぅ!」
シンクとエクレは黄色と黒の模様の蜘蛛
暫くすると糸が音を立てて硬質化していき、棍棒の様な形の武器となった
剣と棍棒の激しい打ち合いが始まり、けたたましい金属音が響き火花が散る
新は次の剣戟と同時に魔力込みの蹴りを繰り出して
退いた隙に刀身を赤い魔力でコーティング、破壊力を向上させた剣で斬りかかった
その直後、赤い刀身の剣が
ビクビクと痙攣を起こし、
「こいつら程度のザコに時間は掛けられねぇんだよ。本当の敵はまだこの先にいるんだからな」
あっという間に
度重なる攻撃を受けて激昂したのか、
その直後、糸は幾重にも分裂して矢の形となり――――雨の如く降り注いだ
矢の豪雨に対してシンクは神剣パラディオンをロッド→
矢の豪雨が止んだのを見計らってシンクが盾から二対の短槍に変え、エクレと共に
「「
シンクの短槍、エクレの双剣から十字状のエネルギー波が放たれ――――
十字状のエネルギー波はそのまま周りの
切り裂かれた
「やったね、エクレ!」
「はしゃぐなバカ!敵はこいつらだけじゃない!この先にまだあの男が控えているんだぞ!」
「エクレの言う通りだ、シンク。俺達の本当の敵はこいつらなんかじゃねぇ。――――伊坂だ」
新の見据える視線の遥か先に伊坂がいる
それは遠くからでも漂ってくる異様な気配で理解出来た……
「ここから先は覚悟を決めた方が良い。……死んでもおかしくない相手だからな」
新の警告に思わず唾を飲み込む面々だが、ここまで来て引き返す訳にもいかない
否、引き返してはいけない……
シンク、エクレ、リコは無言の決意を固める
「……良い
――――――――――――
「ここまで来るとは大したものだ。やはり兵隊だけでは遊びにもならないか」
「あまりワシらを見くびらない方が良いぞ。こんな物で止まりはせん!」
その弟ガウル・ガレット・デ・ロワと親衛隊ジェノワーズ、更にはガレット獅子団の剛力将軍ゴドウィン・ドリュールもいた
レオ閣下は愛騎のドーマから降りて強く言い放つ
「その上、不意討ちとは随分姑息な真似をしてくれたものじゃな」
「不意討ち?まさか、今の状況の事を言っているのかね?」
「それ以外に何がある!」
「ふむ……これはつまり、気が変わったのだよ。正午に攻めようと思ったが早朝に変更した。ただそれだけの事だ」
悪びれる様子を微塵も見せない伊坂にレオ閣下は勿論、ガウル達は
「てめぇ……ふざけやがって!」
「おやおや、この程度の事で怒るか。もっと気持ちに余裕を持たねば大人にはなれんぞ?」
「殿下を侮辱する事はぁっ、このゴドウィン・ドリュールがゆぅぅぅるさんんんんんんんっ!貴様ぁ!尋常に勝負せぇぇぇぇいっ!」
巨大な戦斧から鎖で繋がれた鉄球を振り回しながら伊坂に言い放つゴドウィン将軍
かなりの暑苦しさを誇るゴドウィン将軍の宣告に伊坂は“やれやれ”と言った様子で首を振る
「致し方ない、か……。では、かかって来たまえ」
「んぶるるるぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ゴドウィン将軍が戦斧を振るい、鉄球は伊坂目掛けて突き進んでいく
風圧だけで地面を抉り、止めに入ろうとした量産型の
伊坂は直立不動のまま――――巨大な鉄球をまともにくらった
鈍く重い激突音が空気を震撼させ、ゴドウィンは手応えありと口元を笑ますが……伊坂は指2本で鉄球を止めていた
「大したパワーだ。パワーだけなら充分に及第点だな」
「な……ッ!」
伊坂は指を鉄球にめり込ませ、もう左手で手刀を作り――――そのまま鉄球を真っ二つに断ち切った
指にめり込んだ鉄の塊を捨て、全身から炎の如く揺らめくオーラを発する
足下から蒼い
その姿を目にした途端、レオ閣下もガウルも昨日の事態を頭の中に
武器を持つ手に僅かばかりの震えが生じる……
それに気付いた伊坂は自前の長剣を出現させて口元を手で押さえる
「おっと失敬、まだ君達から怯えの色が抜けていないのかと思うと――――つい笑ってしまった。許してくれ」
「……ッ!今は何度でも言うが良い。それでもワシらは一筋縄にはいかんぞ!」
「ほお……では、見せてもらおうか。この無価値で無意味な世界を守りたいと願う君達の全てを……」
伊坂の長剣から焔が噴いたのを合図にガレット獅子団の領主、王子、精鋭部隊が果敢に突っ込んでいった