負完全『ルーザー・ブレット』   作:蘭花

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時間が有り余っていたので投稿です。
今回はオリキャラ回ということで、残念ながら我らがクマ先輩は出ません。


7『お前も同類だ』

 

『死ぬがよい』

『死にさらせええぇぇぇぇぇぇっ!』

『貴様の死に場所は……此処だあァァァァァ!』

『こいつは死んでいいやつだから』

 

 テレビの向こうで裂帛の雄叫びと共に敵に斬りかかる天誅ガールズを見て、蓮太郎は何とも言えない気分になった。最近『赤穂浪士系魔法少女』というものが流行っているらしく、可憐な服装をした魔法少女達の復讐譚を描いた物語が子供たちに大人気とのことだ。

 今時の子が分からない。これがギャップ萌え、というやつだろうか――燃えているのは敵の死体だが。

 

「えぇ……何、この……何?」

「これが天誅ガールズだぞ蓮太郎!」

「見りゃ分かるわ! その上でよく分かんねーんだよ!」

 

 延珠が「分かってないな」とため息を吐いた。

 確かにガールズが敵と思しき登場人物に惨たらしく天誅している。名前の通りではあるのだが、五分ほど店頭の紹介映像を視聴した上で魅力を理解することはできなかった。

 謎ジャンル過ぎる、一体どの層を狙ってつくったのだろう。

 

 理解し難いといえば、と蓮太郎は昨日の出来事を思い出す。

 『新人類創造計画』の蛭子影胤、『負完全』の球磨川禊。どちらも脅威的な存在にして、今回の依頼において敵対する人物だ。

 影胤の言う「七星の遺産」は、悪用すれば聖天子曰く東京エリアを囲むモノリスの結界に大穴を空けることができる代物らしい。ガストレアから人類を守る結界に穴が生じれば、そこから東京エリア内に大量のガストレアが侵入してくることは明白。影胤達の目的は分からなくとも、そんな危険性を孕んだモノを彼らの手に渡らせるわけにはいかない。

 

 加えて球磨川禊。場の雰囲気を盛大にぶち壊して圧倒的な印象を植え付けていった彼も要注意だ。これまで三度遭遇しているが、その狂気と脅威は計り知れない。良いも悪いも一緒くたにして全て台無しにしてしまう、そんなオーラを漂わせる男だ。碌でもないことを考えているに決まっている。

 なんにせよ、彼らに負けるわけにはいかない。

 

「――死の香りがする」

 

 同時に、二人の男のインパクトが強すぎて印象に残り辛かったであろう少女二人のことも振り返る。

 一人は影胤のイニシエーター、蛭子小比奈。血の気の多い危険人物で、彼が抑制しなければあの場で誰彼かまわず斬り掛かっていたことだろう。

 もう一人は球磨川のイニシエーター、阿武隈久代。会議の開始前までは大人しく席に着いていた――以前に、蓮太郎も一度だけ言葉を交わした人物だ。四人の中で最も危険性が低いと考えられるのは、唯一何の行動も起こさなかったからである。しかし彼女があの時席に着いていたということは、本来座るべき人物が他にいたと考えるべきだ――殺されていなければいいが、とあまり考えたくない発想を振り払った。

 

「あと数日で死ぬねぇ、これは」

「急にどうした延珠、お前そんなに考察とかするタイプじゃなかっただ、ろ……」

 

 隣で物騒な物言いをされて振り向く。するとそこには全身を真っ黒なコートで覆い、フードをすっぽりと深く被った少女がいた。僅かに見える桃色の髪がふらふらと揺れ、テレビに釘付けになっている横顔は完全に不審者だ。

 少女は辟易しながら蓮太郎の方へ顔を向ける。

 

「どーも、こんにちは。良い天気ですね」

「阿武隈久代、で合ってるんだよな。なんでこんなところにいるんだ」

 

 久代の後ろで天誅ガールズのグッズを物色中の延珠を確認し、拳を握って身構えた。黒い少女は頭に疑問符を浮かべるように首を傾げて見つめてくる。琥珀色の瞳は澄んでいるとも濁っているともいえない、奇妙な透明度をもっていた。

 

「警戒しなくていいよ、別にやりあおうって気はないんだし。私は様子を見に来ただけだから」

「様子を見に来た? 何の話だ」

「寿命確認っていうか、希望があるかどうかなと思って。――しかしまぁ、結果は残念だったんだけどさ」

 

 そう言って久代はコートの中から腕を伸ばし、親指と人差し指で輪っかを作って自らの左眼の前にもってくる。片眼鏡を模したジェスチャーか何かだろうか。

 

「あなたから死の香りがする。その命もあまり長くないみたいだよ」

 

 至極まともそうに、ひどく落ち着いた声音。

 死の警告か余命宣告か、はたまたとんだほら吹きか。普通なら子供の戯言と聞き流すはずの言葉には凄まじい重みがあり、とても冗談とは思えない異常性がある。すぐに冗談でした嘘ですとおどけて見せてくれればと願ったが、久代は一切訂正するつもりはないといった風に続けた。

 

「【冒涜な墓場(ダストボックス)】――死を嗅ぎ別ける過負荷(マイナス)さ。私にはそういう力がある。信じる信じないは勝手だけど、頭の隅にでも置いといてよ」

「そのマイナスとかいう、あからさまに嫌な響きのそれはなんなんだ?」

「そっちに食い付くかー、信じてないのかな? まぁ別にいいけどさ……マイナスってのは『生きる上で何の役にもたたない不要な力』のこと。持ち主の生き様そのものを表しているすっごーい力だと思ってくれていいよ」

 

 どこか飄々とした態度をとる久代だが、彼女の瞳はいつの間にか緋色に染まっている。

 イニシエーターと名乗るからには彼女もまた、『呪われた子供たち』ということだ。延珠とは服装も雰囲気も大きく異なり、立場も蓮太郎にとって真逆といっていい。しかし彼女も延珠と同じ存在なのである。

 

 姿形は違っても、一つの概念が二人を同一であると結び付けることに胸がひどく痛んだ。

 

「おっとつい癖が、失敬失敬。俗にいうカラコンから赤色が撤廃されたのも、私たちのせいだっていうのにね」

 

 ――違う、と心の中で叫ぶ。

 決して彼女たちは、『呪われた子供たち』と呼称される少女たちは何も悪くないのだ。ガストレアの因子を体内に宿した差別対象、『奪われた世代』にとっての脅威であり恐怖の対象。ガストレアによって人生を狂わされた人やガストレアに恨みをもった人の矛先は、高確率で少女たちへと向かっていく。仕方のないことだと割り切ることもできるが、何かが確実に間違っている。

 目が赤い、外見上の普通の人間と異なる点はたったそれだけ。目が赤いだけで差別され、怒号と罵声を浴びせられ、外周区という劣悪な環境でひっそりと暮らし、場合によっては殺される。

 

 ――馬鹿げている、どう考えてもおかしいじゃないか。

 

「顔が怖いけど大丈夫? あんまり唇は噛まないほうが……っと」

 

 目の前で小さな手をふりふりと揺らされ、ハッと正気に戻った。

 自分は今どんな顔をしていたのだろう。敵対しているはずの相手に心配されていたということはよほど酷い顔をしていたということになる。

 無意識のうちに噛み締めていた唇から僅かに出血していたので人差し指で軽く拭うと、蓮太郎は遠くから聞こえてくる喧騒に振り返った。

 

「あれは……」

「めんどくさそうなものが見えるなー。早いとこ逃げた方がよさそう」

 

 呑気に欠伸する久代を尻目に喧騒に気づいていない延珠の手を掴む。

 嫌な予感がする。身体能力も戦闘技術も平凡な蓮太郎だが、勘だけは人一倍に鋭かった。直感に従ってきたおかげで今まで民警の仕事を続けてこれたようなものである。

 その直感が今この場に長居すること、特に延珠を置き続けることを強く否定していた。飛び交う怒号、何かを追いかける無数の群衆、怒りに染まった大人たち。悲鳴のような蛮声を突き抜けて走るのは、薄汚い身なりの少女だった。食料品を詰めたスーパーマーケットのカゴを持ち、一心不乱に全力疾走している。

 

 大人が血走った表情で一人の子どもを――目の赤い子どもを追いかけていた。

 

「れ、蓮太郎。あれって」

「延珠、遠回りになるけど反対から帰る――」

 

 喧騒に気づいてしまった延珠を庇うように隠しながら説得を試みる。無表情で群衆を眺めていた久代は忽然と姿を消していた。

 

 そして姿の見えなくなった黒い少女は、ゴミ捨て場を漁るカラスの如く群衆の前に降り立つ。

 

「なんだお前、そこを退け!」

「おい、こいつも目が赤いぞ」

「お前も化け物の仲間かぁ! 俺の家族を返せ!」

「ゴミ共、まとめてぶっ殺してやる!」

 

 憎悪に満ちた大人たちが獰猛な顔で吠え、次々と久代に向かって襲い掛かる。フードで赤目を隠した彼女は身動ぎもせず無言で佇んで、迫る暴力の数々をただただ静観していた。

 大人のうち一人の手が、彼女のコートを掴もうとするまでは。

 

「悲しい」

 

 短い呟きの後、再び久代は姿を消す。標的を失った者たちは一瞬戸惑い辺りを見渡すが、彼女の姿は見つからない。前後左右を蟻すら見逃さない勢いで探し続け、やがて一人の男が大声で「いたぞ!」と叫んだ。

 

 指差された先は電柱を繋ぐ電線、その中間。人の手ではおおよそ届かない高さで久代は細い一本の線にぶら下がり、自我を失って復讐の鬼となった人間達を見下ろし、僅かに身を引いて反動をつけると大きく飛び上がった。

 体を何度も回転させながら小さな竜巻の如く宙を舞う黒の塊。電線から離れて数秒間空中に停滞した後、コートをはためかせて久代が勢い良く何もない後方を蹴る。宙を鋭い角度で滑空して掴みかかろうとした男に肉薄すると、片手で首根っこを掴んでもう片手で顔面を貫いた。

 

 矮小な存在から繰り出された一撃は容赦なく男の頭蓋を貫通し、顔の構成をみるみる改悪していく。鼻はめり込み目は潰れ、中心部分に細いトンネルを開通させた。いとも容易く行われた殺人に周囲は唖然としているが、久代は一秒の隙も許容せんとばかりに次なる行動に出る。

 顔面が抉れた男の体を隣の男に叩き付け、信じられないほどの怪力によって隣の男は押し潰されて圧死。ようやく地に足を着けた黒い少女がゆっくりと首を持ち上げ――そこからは流れるように惨殺の連続だった。

 武器をもたない少女が二本の腕だけで人の体を抉り、貫き、切り裂いていく。まるで鋭い嘴のような怒涛の攻めに群衆は成す術なく殺され続ける。恐怖に腰を落として足が竦んだ者も逃げようと背を向けた者も、一切の慈悲を与えることなく悲鳴を上げる前に殺害。着実に数を減らし続ける生存者は次第に指折りで数えられるほどの人数になり、三人、二人、一人――最後の一人が恐怖で失禁した頃には全てが終わっていた。

 残されたのは逃げていた赤目の少女と、積み重なった死体の山頂で空を見上げている久代だけだ。

 

「嗚呼、嗚呼、嗚呼」

 

 感情の宿らない声が聞こえる。

 

「悲しい、悲しいなあ。本当に残念でならないよ。死を嗅ぎ分けるなんて中途半端な未来予知のような力があるせいで、誰の散り際も死ぬ時も分かってしまう。こんなことなら自分が死ねばいっそ楽になれるのにって何度思ったことだろう。愛も哀も何も残らない死なんて分かったところで何の意味もありはしないのに。そのせいでまた死んだ、こんなに死んだ。たくさん死んだ。この死は本当に必要なのかな、分からない、分かる筈もない。虚しさだけが残るよ」

 

 血塗れになった両手を開閉し、湧き上がる悲しみを隠そうと彼女は両手で自らの顔を覆い隠す。

 その二つの手で幾つもの命を蔑ろにしてきたというのに、そんなことは何処吹く風と懺悔を垂れ流していた。まともに会話が成立した頃の面影はどこにもない。言葉を羅列して声を震わせる姿はまさしく狂気の沙汰だ。

 

「そしてお前も同類だ。容赦なく侮蔑と怒りに身を染める愚者とお前とに何の違いもありはしない。身の程を弁えず本能に従った結果がこれだ、お前のせいでこんなに死んだ。お前という一つの命のためだけに、多くの命の糸がぷつりと切れたんだ。虚しい、悲しい、苦しいよ。心にぽっかりと穴が開いてしまったような感覚さ」

 

 自分を襲っていた存在の消失により、尻餅をついていた少女の下へ久代が歩み寄る。黒ずくめの相手が少し無理に微笑んでいる姿に少女はびくびくと肩を震わせているが、頬を優しく触れられたこと、同じ赤い目をしていたことから安堵の表情を浮かべ始める。

 

 そして心を開き始めた少女を前に久代は目を見開き、殺意の籠った狂気的な表情をした。

 

「だから、この虚しさを埋めるために死んでくれ」

 

 今までで最も殺意に満ち溢れた一撃――伸ばした左手が少女の心臓を正確に貫き、溢れ出る血を浴びる前に穴の開いた小さな体を放り投げる。無造作に捨てられた矮躯がくるくると不自然に飛んでいき、強かに背中を壁に打ちつけた。

 吐血し痙攣している姿を無様だと言わんばかりに侮蔑と憎悪の宿った視線で一瞥すると、久代は興味なさげに背を向ける。小さく屈伸すると音を立てずに遥か上空へ飛び上がってどこかへ行ってしまう。

 

「……蓮太郎、助けよう」

 

 凄惨さを物語る光景を前に、延珠が落ち着き払った声で言った。

 

「あいつは右手にしか武器……がんとれっと、というやつをつけていなかった。まだ助けられるはずだ」

「……わ、分かった」

 

 自分は呆気にとられていることしかできなかったのに、と彼女の洞察力に舌を巻く。ガストレアの因子をもつ者は脅威的な再生能力をもっており、常人では死んでしまうような致命傷でも時間を掛ければ元に戻ることがある。故に久代が群衆に放った攻撃と同様のモノを受けても、生身の左手によって貫かれた少女はまだ助かる可能性があるということだ。

 

 蓮太郎は急いで少女に駆け寄り、雲しか浮かばない晴天を見やる。

 四人の中でも常識人といった印象をもっていた阿武隈久代だが、認識を改める必要があるようだ。球磨川のイニシエーターがまともなわけがなかった。

 立派にプロモーターに劣らない狂気と個性をもった過負荷。彼女も敵対する相手として、十分に警戒する必要がある。

 たとえどれだけ悲しげな表情をしていたとして、敵であれば情けをかけることは許されないのだから。

 


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