負完全『ルーザー・ブレット』   作:蘭花

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 お久しぶりです、いやほんと久しぶりすぎてもうなんとも言えませんね。

 約四年間放置していましたが、最近当サイト様にて別作品を投稿し始めたのでこちらも復活することにしました。数年前の設定集を掘り返しながら進めていくことになりますが……。
 どうやら自分にはフラグ建築士の才能があるようなので、下手なことは言わずに無理のないよう進めていきたいと思います。
 基本もう一つの方をメインで投稿するので、こちらはあまり早いペースというわけにはいかないかもしれませんがよろしくお願いします。それではどうぞ!


5『ほら、やっぱり来た』

 「社会科見学なら黙って回れ右しろや」

 

 そんな喧嘩腰な売り言葉が飛び出すのは、第一会議室と書かれた部屋の中。小さな扉に対して広い室内、中央の細い楕円形の卓、壁に埋め込まれた巨大なELパネル。大手ばかりが集まった『何かが始まる』部屋の中。

 そして、独り言すら憚られる凍りついた空気。

 

 人ごみにもまれることは嫌いだが、人の多い場所に来ること自体大嫌いだ。

 不機嫌な表情を一目で分かるほどあからさまに晒す。背後から憎悪のオーラが紫色を帯びてもんもんと溢れ出ていてもおかしくない。

 

 阿武隈(あぶくま)久代(くしろ)は桃色の前髪を掻き上げ、頬杖をついて何もない前方の空間を睨んでいた。

 

 とはいえ彼女が見ているものが前方の空間だけであり、視界にぼんやりと背広を着用した中年の男性が映る。久代の剣呑な視線に気圧されて若干姿勢を逸らしているが、そんな瑣末なことは気にも留めない。

 今現在において頭の中を駆け巡るのは人使いの荒い依頼主に対する不満と殺意。依頼主――球磨川禊には頼み事を二つ返事で承諾しなければならない程の恩があるにしろ、意図と趣旨が全く理解できない依頼をされれば殺意くらい湧くだろうと己を許した。

 

 ――『ねぇねぇ久代ちゃん』『ちょっと頼みがあるんだけどさ』

 ――珍しいね、なに?

 ――『なにっていうかなんでもだね』『簡単なことさ』『今度開かれるお偉いさん達の会議に参加して欲しいんだ』

 ――会議……で何をすればいいの?

 ――『いや』『僕たちも後から行くから、席を獲得しておいてくれれば』『具体的には……そうだねぇ』

 

 

 

 ――『そこら辺の居なくなっても差し支えないどーでもいい奴を殺して』『そいつの席を奪っちゃって』

 

 

 

 数日経った今でもあの『出来て当然』と言わんとばかりのあっけらかんとした表情が脳裏に焼き付いて離れない。しかもその会議の日は以前から待ち焦がれていたバンドグループのライブショー。毎年恒例の近場のショーを放り出してまで行う用事が『席を奪うために人殺し』。僅かな良心が痛んだため、抹殺対象の眼鏡の女性には昏睡状態でトイレの個室で大人しくしていてもらっている。

 

「蛭子影胤とか蛭子小比奈とかいう変な奴らもいるんだからそいつらに席を任せればいいのに……。それにどう考えても紙に書いてある……きり、じょう……錐常コーポレーションって名前でバレるって」

 

 ちなみに「錐常コーポレーション」は他社との関係が薄い地味な会社だった。これは後で知った話である。

 久代はフードの付いた黒のコートを羽織り、首には「八百五十二」と彫られている黒い木片のネックレスをぶら下げている。コートの下は半袖の白いブラウスと赤のサロペットスカート、黄土色のロングブーツ。首飾り以外はまだまともだが、コート全体に獣の牙や燃え盛る火炎の装飾が施されているせいでかなり目立つ。街中を歩くときとは別に、厳かな面持ちで無言を貫くスーツ姿ばかりのこの場では最も浮いているだろう。

 球磨川の言うお偉いさんの他にも大剣を抱えたスカーフ男などが壁に縋っている。その他、久代以外にも(・・・・・・)『呪われた子供たち』が部屋の隅で待機していた。この場に於いて子供は皆十中八九イニシエーターと捉えて問題ないだろう。

 

「俺たち、末席だな」

「仕方ないわ。実績では、うちが一番格下なんだから」

 

 頬杖をついて退屈そうにしていると、つい今し方スカーフ男と険悪なムードを醸し出していた男が遠慮なしに発言する。目つきが悪く、見た限りでは口調も荒く、おまけに後味の悪い嫌味まで吐いていた。緊迫した空気の張り詰めたこの場には間違いなく不釣り合いな少年だ。精神年齢が低い。

 対してまだ苛立ちが乗った声色の男に相槌をうつ少女は、美麗の一言に尽きる容姿だった。長い黒髪に潔白な肌、何より体の凹凸が扇情的なまでにはっきりしている。著しい発達すら見られない久代からすれば、まさに理想像であった。

 少女は久代の座る斜め前の席に腰掛け、周囲を無遠慮に見渡しながら会話している。ふと少年と目が合い、珍奇なものを見る視線を向けられた。

 

「…………」

「…………。…………」

「なんですか」

「い、いや別に」

 

 と言うと少年は気まずそうに目を逸らす。やはり今の服装は公共の場において相応しくないということだろう。

 少年の慌てぶりに気付いたのか、今度は少女が此方を見やる。

 

「あら、どうも……社長さん?」

「机越しに会話ってあんまりお勧めしませんが……錐常コーポレーション社長代理のオバマです」

「見たところイニシえ? オバ?」

「まぁお構いなく」

 

 あからさま過ぎる偽名に戸惑う少女。あまり他者と関わりを持つと訝しまれる可能性がある。そのため、迂闊に会話を広げることだけは避けなくてはならなかった。

 だがこんな何が起こるか分からないところにやってくる子供といえば、常軌を逸脱した戦闘力をもつイニシエーターくらいのものだ。見てくれから一般の子供でないことくらい把握されているだろう。もしかしたら少年も、「なんで子供が!?」という疑問を浮かべて久代を凝視していたのかもしれない。

 暫し無言を貫いていると、禿頭の人間が部屋に入ってきた。室内の全員が一斉に立ち上がろうとしたのを禿頭の男が手を振って制止する。頬杖をついたまま身動ぎすらしなかった久代だが、その人物がある程度のお偉いであることは判断できた。

 

「本日集まってもらったのは他でもない。諸君等民警に依頼がある。依頼は政府からのものと思ってもらって構わない。……ふむ、空席一、か」

 

 男は出席状況を確認すると、眼光を鋭くして重みのかかった口調で言葉を紡ぐ。

 

「本件の依頼内容を説明する前に、依頼を辞退する者はすみやかに席を立ち退席してもらいたい。依頼を聞いた場合、もう断ることができないことを先に言っておく」

「知ったらただでは帰さんってことね、また物騒だこと」

 

 久代は小さく呟く。相変わらず姿勢は崩したままで、男の方など見向きもしなかった。

 久代は頭の中で思考を巡らせる。今回依頼される内容は外部に漏れることを防ぐため、遂行する気のない人間は退場させようとしている。情報が漏洩しては困る、おそらく民間に知れ渡ることを恐れているのだろう。国家機密的な扱いだ。

 禿頭の男の発言に席を離れる者は誰一人としておらず、沈黙は肯定と受け取ると言わんばかりに男は小さく頷いた。

 

「では辞退なしということでよろしいな? では、説明はこの方におこなってもらう」

 

 男がそう言って身を引くと、背後の奥の特大パネルに一人の少女の姿が大写しになる。

 その少女は見間違えるはずもない―――東京エリアの統治者、聖天子だった。

 

『ごきげんよう、みなさん』

 

 僅かに微笑んで挨拶。黒髪の少女を含み、久代以外の全員が泡を食ったように立ち上がった。中には椅子が勢い余って転がるほど思い切り起立する姿も。雪を被ったような服装と銀髪の少女に、誰もが背筋を伸ばして畏まった態度をとっていた。

 聖天子の背後には大柄の男、天童菊之丞も付き添っている。どうやらどこかの洋室から中継されているらしく、映像から聞こえる音と聖天子の口の開閉には若干のずれが生じていた。

 

 みなが統治者に目を見開いて視線を向ける中、我関せずを貫いて頬杖をつく久代。前後のスーツ男から睨まれている気がしないでもないが、それでも尚立ち上がりすらしないマイペース。元々この席に着く人物とは全くの別人で、その上こういった上の話には微塵も興味がない。区別のつかない馬鹿な餓鬼と思われて軽蔑されても文句は言えないだろう。

 だが、誰もの胸中に浮かび上がった不安に気付かないほど鈍感ではない。姿勢に気を払う必要がない分周りがよく見える―――聖天子ほどの人物が顔を出すということは、それに見合った規模の依頼なのだろうと。大事に巻き込まれるのではないかという不安が、よく見える。

 

『楽にしてください皆さん。私から説明します』

 

 誰一人言葉に従う者はいない。久代は元から楽にしている。

 

『といっても依頼自体はとてもシンプルです。民警の皆さんに依頼するのは、昨日東京エリアに侵入して感染者を一人出した感染源ガストレアの排除です。もう一つは、このガストレアに取り込まれていると思われるケースを無傷で回収してください』

「質問よろしいでしょうか。ケースはガストレアが飲み込んでいる、もしくは巻き込まれていると見ていいわけですか?」

『その通りです。ケースは材質的に溶けることはないでしょう』

 

 感染者がガストレア化した際、身に着けている衣服などがそのままガストレアの体内に取り込まれることがある。そうなるとガストレアの命を奪ったあとに摘出する他ない。久代的にはパネルにうつった桁を間違えた報酬額に目がいったが、聖天子は当然のように依頼内容を伝えた。

 三ヶ島ロイヤルガーダーという民警の男が続けて質問する。

 

「感染源ガストレアの形状と種類、いまどこに潜伏しているのかについて、政府はなにか情報を掴んでいるのでしょうか」

『残念ながらそれについては不明です』

 

 つまり事前情報なしの依頼ということになる。目的と達成条件だけはっきりしている依頼だが、駆除と回収という比較的容易な作業をわざわざこのような形で依頼するだろうか。

 続いて、黒髪の少女が挙手する。

 

「回収するケースの中には何が入っているのか聞いてもよろしいでしょうか?」

 

 ―――丁度それを考えていた、ナイス。

 心の中で親指を立てながら少女を見ると、毅然とした面持ちで聖天子と向き合っていた。後ろの少年は「おいやめとけって、やべっぞ」とでも言いたげに困惑した表情をしている。

 なんとなく、この二人の主従関係を察した。

 

『あなたは……天童木更さん、ですね。お噂は聞いております。ですが質問にはお答えできません。依頼人のプライバシーに当たるものですので』

「納得できません。感染源ガストレアは感染者と同じ遺伝子を宿している、という常識に照らすならそのガストレアはモデル・スパイダー。うちのプロモーターでも一人で倒せるでしょう。……多分ですけど。多分」

 

 後半尻込みして自信なさげに眉を下げる少女。

 なんとなく、この二人の信頼関係を察した。

 

「問題はなぜそんな簡単な依頼を破格の依頼料で、しかも民警のトップクラスの人たちに依頼するのか……腑に落ちません。ならば値段に見合った危険がそのケースの中にあると邪推してしまうのは当然ではないでしょうか」

『それは知る必要のないことではありませんか?』

「かもしれません。しかしそちらがあくまで手札を伏せたままならば、うちはこの件から手を引かせていただきます。不明瞭な危険に社員を巻きこませるわけにはいきませんから」

『部下想いの素敵な社長ですね……しかし、ここで退席するとペナルティがありますよ?』

「――覚悟の上です」

 

 言いたいことを次から次へと弁明する天童木更。しかし社員が社員なら社長も社長のようで、喧嘩腰で前のめりな物言いは少年と大差なかった。進言できる勇気は必要だが、時にそれが命に関わることを理解しているだろうか。退席のペナルティが大切な社員に課せられる危険性もあるというのに。

 ピリピリした空気を肌で感じながら欠伸を噛み殺すと、室内にけたたましいほどの笑い声が響き渡った。

 

『誰です』

「私だ」

「あ」

 

 突如として現れたおかしな出で立ちの男に、久代は短く声を上げる。

 シルクハットにワインレッドの燕尾服、顔を覆う悪趣味なマスケラ。見間違えようもない、蛭子影胤だ。彼と彼の娘とは一度だけ顔を合わせたことがあり、忘れもしないその風貌は以前と同じ雰囲気をまといながら再びやってきた。

 ―――不気味さでいえば、()の方が圧倒的に勝っているが。

 影胤は空いていた席に腰掛け、両足を卓に置いている。それから「いよっと」と奇怪な動作で起き上がり、卓の上に土足で踏み上がった。

 

『……名乗りなさい』

「これは失礼。私は蛭子、蛭子影胤という。お初にお目にかかるね、無能な国家元首殿。端的に言うと私は君たちの敵だ」

「お、お前……ッ」

 

 たった一人の人物が介入しただけで場が騒然とする。彼の奇怪な風貌や反社会的発言を聞けば誰だって混乱するだろうが、唯一久代だけは頭を抱えて絶望していた。

 

 ――あの男が来たということは。

 

 なんかもう嫌な予感しかしない。今すぐにでも尻尾巻いてこの場から人目の付かないところまで逃げ出してしまいたい気分だ。というか家に帰りたい。

 お偉いさん達の会議に出席、但し席はセルフで用意。てっきり球磨川に外せない用ができたから代わりに聞いてこいみたいな、ただ代役を頼まれたと思い込んでいた。しかしそれは大きな間違いで、そんな一方的な思い込みは浅はかなのだ。こんな大事な会議、何も起きずに無事終了するはずがない。

 

「『まぁまぁそう怒らないでよみんな』『僕たちだって国の存続に関わる大切な話を聞きたい』『そう思ってわざわざ来たんだから』『さ』」

 

 ――ほら、やっぱり来た。

 

 いつの間にか影胤の背後に佇んでいた人影に、場が一層沸き立つ。ただでさえ気味の悪い見た目をしている男の後ろから現れたのは、やや長めの黒髪と濁った黒目で学ランをぴしっと着用した少年。一見人畜無害で凡庸な見た目をしているが、彼こそが久代に会議に出るよう頼んだ張本人、球磨川禊である。

 来ない訳がなかった。蛭子影胤が現れた時点で彼がおまけで付いてくることは明白だったのだ。

 

「……はぁ。ライブ行きたかったなあ」

 

 後悔を溜息と共に置き去りにして呟く。阿武隈久代は桃色の髪を掻き上げ、黒いコートの裾をはためかせてその場から飛び上がった。カラスの如く滑空して音を立てずに着地した先は奇々怪々な男二人の傍らである。

 ゆらり、と身を起して薄ら笑いを浮かべ、久代は唖然とする面々に振り返った。

 

「モデル・クロウのイニシエーター、阿武隈久代。どうぞ仲良くしてやってね」

 




以前いただいたコメントの中にあったものを今さら返答するのもあれですが一つだけ

 負十三式設定とかいう大層な名前についてですが、実際に十三人もキャラを出すつもりはありません。さすがに管理しきれる気がしないので。
 出てせいぜい3、4人が限度じゃないかと思います。

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