負完全『ルーザー・ブレット』   作:蘭花

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今回から原作が第三宇宙速度でぶっ壊れていきます。
何気に話が薄いです(汗




3『事態の始動』

「……序列マイナス?」

 

 仮面を掛けた男の手が引っ込められる。球磨川にも握手するつもりは微塵もなかったが、手を伸ばそうかと思案し始めた途端にこの仕打ち。思わず苦笑してしまう。

 

「『知らないの?』『幾ら情報の洩れが少なくなるようにって上もそこまでしないと思ったんだけどなぁ』」

「聞いたことがない。私が民警をやっていた頃にあったとは思えないがね……」

 

 影胤は訝しげに球磨川を見据えながら、顎に手をやる。聞くところによると彼のIP序列は相当高く、上位に食い込むレベルとみて間違いない。球磨川の螺子による拘束からいとも容易く逃れ、こうして悠々と立っているのだから。

 それでもマイナスの序列を知らないとなれば、おそらく影胤は『民間警備会社にいる負完全』としてしか見ていなかったということになる。

 

 ―――情報の洩れを防ぐために、球磨川のことを負完全として、それ以外の情報を一切隠していた?

 

 だとすれば合点がいく。影胤には強いと値踏みされていたが、それは序列を告知されていなかった、もしくは彼の妄想と期待が生んだ産物なのかもしれない。高い序列を持つ者でも知る術がない領域が大きいことが確認できた。

 

「……うむ、やはり私の記憶にはそんなものは存在していない」

「『へー』『まぁ袖摺り合うも多少の縁とか言うし?』『教えてあげようじゃないか』」

 

 IP序列マイナスの者達―――その総称を『負十三式設定(マイナスサーティーンシステム)』。

 

 元々一位から数十万の位にまで設定されたIP序列だが、基本はペアで登録することを原則として規定されていた。プロモーターとイニシエーターが互いの任意の下でタッグを組むことで初めて【民警】を名乗ることが許され、晴れてガストレアを駆逐する組織に加入できる。

 プロモーターはペアの行動権を有し、最低限の実力が伴った者が適任とされた。

 イニシエーターは『呪われた子供たち』であることが絶対条件であり、戦闘能力が極めて高い道具として扱われ、時には『代えがいる』などとぞんざいにあしらわれることもある。

 

 だが、例外が存在した。

 

 IP序列は高ければ高いほど、異常な功績を叩き出し且つ反則級(オーバークラス)の実力を持つペアではあるが、それをある意味で上回る者たちがいる。その名を『負十三式設定』、情報の殆どが上部に規制されているため、知る人ぞ知る存在である。

 

 序列十桁以内の猛者が馬鹿みたいに小さく見え、ペアなど組まずとも片手間にガストレアを粉砕し、脅威的な生命力と鬱屈とした精神力を持ち、滅多に他人の願いでは動かず、常識を大きく逸し、人智を遥かに凌いだガストレア以上の不思議なチカラを持つ者達。『負完全』を始めとして作られた組織のメンバーは名の通り十三人、全員が球磨川のような『過負荷(マイナス)』の持ち主だ。

 誰もが人類に貢献しないと大抵当てにされていないが、それでも総動員させればガストレアなんて跡形も残らない勢いで殲滅できるとされている十三人の中でも最も一目置かれているのが球磨川であり、他の過負荷からも負完全として崇められたりすることもある。謂わばボス的な存在だ。

 それ故に彼は情報がほぼ隠蔽されている『負十三式設定』でも唯一名が世界に知れ渡っており、ある意味有名人でもある。あくまで『負完全』として、だが。

 

「なるほど、ね。つまり世の中には君みたいなのがあと十二人いるわけだ」

「『その中でも僕は群を抜いて弱いから(・・・・)』『安心して他を当たってね』」

 

 球磨川の言葉に、影胤と小比奈は同時に首を傾げた。実際、過負荷の中でその表現は間違ってはいないのだが、過負荷自体を理解していない彼らには伝わらなかったようだ。

 つい今し方大降りになり始めた空からは、辟易しそうな量の雨粒が降り注いでいる。濡れる肩を揺らしながら、球磨川は踵を返すと後方に歩き始めた。

 

「『っと、んでさ』『さっき君たちの仲間に入れてくれるみたいなこと言ってたじゃん?』」

「ん? ……ああ、直接口にしてはいないがね」

 

 天から齎された恵みの透き通った雨を意にも介せず、影胤が小さく首肯する。この場において天候を気に掛ける者は、誰一人としていなかった。

 

「『説明した通り僕は負完全』『過負荷(マイナス)』『負十三式設定(マイナスサーティーンシステム)っていう3つの悪要素を持っている訳だけれど』『それでも僕を仲間に引き入れようと思うかい?』」

「ああ、なんだそんなことか。私は君のことを熟知していないが、安心したまえ」

 

 そう言うと影胤は鷹揚に手を広げ、仮面の奥のクツクツとした笑みを漏らしながら天を仰ぎ―――

 

「私は世界を滅ぼす者。誰にも私を止めることは出来ない」

 

 マイナス一人手籠めに収めることなど容易だと、雰囲気だけでそう言ってのけた。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「ねぇ里見くん、完全ってどういう意味だと思う?」

「……あ?」

 

 『天童民間警備会社』の狭苦しい室内に、唐突の振りに対する頓狂な短い声が小さく響いた。

 

 短い台詞で反射的に返した少年―――里見蓮太郎の目の前には、生気が抜けたようにぐだーと机に突っ伏す黒っぽい美人がいた。細雪(ささめゆき)のような真っ白の肌とは対照に、真っ黒いさらさらのストレートヘア。美和女学院のセーラー服に袖を通しているせいで、肌と胸元のリボン以外漆黒に染まっている。喜色満面になることが少ないため、その美貌はもったいないほどだった。

 

 天童(てんどう)木更(きさら)。それが彼女の名前である。

 木更は何時まで経ってもそれっきり言葉を返さない蓮太郎に眉を顰め、上半身を机に預けたまま片手で机を叩いた。

 

「だーかーらー、完全とか完璧とかパーフェクトとか! そういう全ての悟りを啓いた人や物についてどう思う?」

「何だよいきなり……完璧ねぇ」

 

 蓮太郎は腕組みをして考え込む。普段こういった場面では今月のやりくりがぁ~、と呻く彼女にしては、随分と哲学的な質問だった。

 

「いや分かんねぇよ。つーか完全とか完璧って、普通に全知全能とか何でも出来るとかで捉えちゃ駄目なのか?」

「こっちだって知りたいわよ。果たして我らが人類が崇める神のようなことを指すのか、それとも人それぞれの小さな世界のことを指すのか。完璧に覚えたーとか完全体ーとか、完璧美少女ーとかとも言うじゃない」

「最後のおかしいと思うけどな」

 

 取り敢えずは彼女の悩み(?)に付き合うということにして、思考を回転させる。

 しかし、一向に答えが見つかる気がしない。というか漠然とし過ぎて何から考えていいかすら悩みどころだ。本当に何故こんな質問をと言及したくなったが、視線を下ろすと矢鱈と真剣(マジ)に頭を抱えている少女の姿。さすがに今言うのは憚られた。

 

「んーじゃあ、何でも持っているっていうのが完全の前提だとして話を進めましょう」

「……それなら、さっきの完璧美少女サンが当て嵌まるんじゃないですかネ?」

「うーん……完璧美少女ってあれよね? 文武両道で才色兼備、有終の美を尽くし、誰に対しても分け隔てなく接することのできる……うん……?」

「どうした?」

 

 それは何でも出来るとは言わないのだろうか、とは口にしない蓮太郎である。

 

「いや待って、駄目だわ。何でも持っているのなら、何も持っていない(・・・・・・・・)っていう虚無感も持ち合わせてないといけないし」

「そこまで考え込むのか」

 

 もっと軽いノリの疑問かと思っていたのに意外と重かった。もう少しで哲学の迷宮に片足を踏み入れることになるだろう。

 

「そもそも完全って何? 響きは良いように聞こえるかも知れないけど、正義やプラスな面だけ持ってるなんて都合の良いものじゃないと思うのよね……。全てなら、憎悪とか怨念とかも含まれる筈……」

「あのー、木更さん。唐突にどうしたんだよ?」

「え?」

 

 ブツブツと呟き、だんだんと机から上体がずり落ち始めた木更がハッと顔を上げる。見上げた時、一心に自分を見つめる視線にドキリと肩を震わせ、ごまかすように小さく咳払いをした。

 どちらかといえば彼女の視線より艶のかかった唇に目を奪われたのは、ここだけの話である。

 

「里見くん……一つ、報告があるの」

 

 それまでの空気が一変、木更が真面目な表情を作り、辺りが鎮まり返る。

 またも唐突に訪れた緊迫に、蓮太郎は先とは少し別の意味でドキリとした。なんというか、心臓に悪い。

 

「な、なんだよ?」

「一昨日ね、『ガストレア』がこの周辺に現れて……序列十位以内が粉砕したんですって」

「ガストレアは?」

「『ステージⅢ』。塵芥すら残らなかったってね」

「はぁ!?」

 

 蓮太郎は仰天して目を剥いた。序列十位以内なんてトップクラスは滅多にお目に掛かれる人物ではないが、街中に『ステージⅢ』が出現したこととその事の顛末に驚きを禁じ得なかった。

 ステージⅠから始まりステージⅣまで成長するガストレアは、その成長に合わせて体も大きくなっていき、能力も高まる。街中でステージⅢが現れたのなら、蓮太郎の耳にもその情報は行き届いている筈なのだが……。

 

「ちょ、ちょっと待てよ、俺そんなの知らなかったぞ?」

「ええ、私も今朝知ったもの。だってそのガストレア、どこからともなく現れたと思ったら三十秒後に消えたって情報なのよ?」

「……三十秒、だと? その十位以内って誰なんだ?」

 

 木更は暫く目を伏せると、小さく、短くその単語を口にした。

 

 

「―――『負完全』」

 

 

 聞いた途端に、完璧を(・・・)完全に(・・・)否定されたような(・・・・・・・・)感覚に見舞われ、何かが脳裏を過った。

 

 ―――まるで元から無かったかのような、最悪の記憶が。

 

 

 


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