負完全『ルーザー・ブレット』   作:蘭花

2 / 8
文章中でやたらと仮面男と球磨川が連呼されます。ゲシュタルト崩壊に注意してください。ちなみに私は崩壊しました。


2『仮面の男』

 時は流れ、世界中の混乱は静かな恐怖に変わり、開始因子と加速因子と呼ばれるペアが人類最後の希望となっていた。

 

 開始因子と加速因子。プロモーターとイニシエーターと一般的に呼ばれるその名称は、民間警備会社略して『民警』と称されるグループに属する者たちがペアで持つ職業名のようなものである。民警のみ、という訳ではないが。

 現在、時は二〇三一年。全世界にて勃発した寄生生物『ガストレア』の突然の襲来により、世界が恐慌で溢れ返った10年後だ。

 人々はガストレアの侵攻から逃れるべく、ガストレアの脅威的な治癒能力を唯一阻害し、無効化する金属塊『バラニウム』を使用した『モノリス』に囲まれた地域に逃げ込むことで、取り敢えずは滅亡の危機から免れた。モノリスは縦に一.六キロメートル、横に一キロメートルもある長方形の黒い壁。鉄塔の如く一定の間隔で点々と置かれ、その中にガストレアは侵入してこない。つまり、モノリスの中だけが人類唯一の世界(・・)でもあるのだ。

 現在日本でモノリスが設置されている土地は東京、大阪、北海道、仙台、博多の五つであり、活動領域である『エリア』と呼ばれるこの五か所にのみ、人類が怯えながらモノリスに閉じ籠って生活していた。

 他国も似たような状況になっており、日本は国土の八〇パーセントは既にガストレアの巣窟になっているのかもしれない。

 

 経済の復興にはそれなりの年月と労力と犠牲を払い、復興開始直後には関東区域でガストレアの襲撃に遭い多大な犠牲が出た『第一次関東開戦』、一年後に再びモノリス内に侵入したガストレアをバラニウムの弾丸で撃退するといった攻撃手段を得た『第二次関東開戦』と呼ばれる二つの開戦が起こるなど、休息の暇すら与えられない10年間であったとされている。

 また、『第二次関東開戦』において、東京エリアを守った証として二千挺の銃を溶かして作った記念碑「回帰の炎」が外周第40区に建てられた。

 

 

 そして10年過ぎた現在、やはりガストレアはモノリスを通り越して侵攻する種も存在し、それを駆逐し一掃する組織も結成されていた。

 

 

 十年かけて物凄い速度で文明の針を二〇二〇年前後まで取り戻した日本に存在するその組織は、安全区域(モノリスの中)に時折ふらりとやってくるガストレアを早期に狩り、パンデミックを防ぐ組織のことだ。

 民警にはペアで登録し、『実力』を数値化するためにつけられた順位がある。

 

 その名をIP序列―――国際イニシエーター監督機構(IISO)が規定、発行しているもので、倒したガストレアの数や挙げた戦果などに行われるランク付けの名称である。

 

 そんな恐怖の敵(ガストレア)に対抗すべくあらゆる方向に進化した世界には、最凶最悪の人物が存在した。

 

 あらゆる敵を細胞一つ残さない奇怪な殺戮法を繰り返す、行方不明でありながらも成果を挙げ続ける男。

 

 イニシエーターは不在という扱いになっているため、常に単独行動。

 

 プロモーターの通称は『負完全』。

 

 過負荷(マイナス)不幸(マイナス)惨め(マイナス)可哀想(マイナス)な、人類の“絶望”である。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「『んっ』」

 

 鼻先にポツン、と雫が垂れた。

 反射的に空を見上げると、灰色の雲がどこまでも続いていた。

 

「『……雨、だねぇ』」

 

 そう意識した途端、目に見えるほどの小さな雨粒が休む間もなく降り注ぎ始める。

 

 ―――現在、球磨川は人類活動領域の『エリア』外である元岐阜県に潜伏中。

 

 べつにこれといった目的は無く、ただ『エリア』外の観光という名目で旅行もどきを繰り返している。10年の間に外国へ渡ったりした彼にとって、日本内というのは随分とちっぽけな世界に感じられた。

 『エリア』の外は一般市民からすればガストレア地獄。其処への人類の介入など、窮地に身を投じるに等しい。ましてや理由がただの観光など論外だ。

 

「『しかしまぁ』『10年間でよくここまで発展したものだ』『なんで人間っていうのは元通りにしないと気が済まないのかなぁ』」

 

 10年間様々な世界を見てきたが、これといって面白みのあるものは何もなく、得られるのは人々の絶望から感じた虚無感だけだった。この世界の人類はガストレアに敵意を剥き出しにし過ぎである。お蔭で誰一人として過負荷(マイナス)に見向きもしない。

 抱いている喪失感と絶望だけなら、『奪われた世代』の者たちは間違いなく球磨川と同種になる資格を得られるに違いない。

 

 だが、ただそれだけ。家族を、友人を、大切な人や財産や未来も過去も名誉も自我も貴い身分も誇りも何もかもをガストレアに奪われた人間は、球磨川ですら目も当てられないほどに哀れで滑稽だった。

 全てガストレアが悪い、あいつらさえ存在しなければ―――そんな憎悪に満ちた憤慨と怒りと憎しみを糧に日々を死体の如くのろのろと過ごす者は、大抵が10年前の精神崩壊と自我損失の後遺症、もしくは影響で常日頃から情緒不安定にあり、全国平均精神年齢は格段に低下していることだろう。

 二十歳の者は謳歌しきれなかった学生時代を嘆き、学業に励むべき生徒は皆精神状況が不安定。10年前の侵攻から生き延びた人類は、どこの国でもガストレア対策に悩まされ、慌ただしい様相を呈していた。

 

 思考能力の低下、自意識による決断力の低下、頻繁な精神の揺らぎ。突如現れた寄生生物に抉られた傷が深かったことが窺える。

 

 とはいえ、時に神視点で人類の発展の一途を見てきた球磨川にも、最大であり最もどうでもいい問題が解消されていなかった。

 

 安心院なじみ。

 

 暇潰しのためだけに人を『創り』、別世界に放り投げ、おそらく今現在も何処かで彼を怪しげな笑みで見守っているであろう人物。元から彼女の言動には不可解なものもあったが、これほど意味の無さそうなことはしなかった。その点においてはガストレアよりも億劫な謎が―――出来ればないでほしいところだ。

 

「やぁ、こんな場所で一人歩きとは面白い趣味をしているようだね」

「『……ん?』」

 

 不意に掛かった声に、視界に留まった虫を眺める程度の意識で顔を上げる球磨川。少しずつ激しくなり始めている雨音に耳を澄ましながら視線を揺らすと、数メートル離れた真正面。

 普通ではない男が佇んでいた。

 一九〇は越えているであろう長身に、細過ぎる手足に胴体。細い縦縞の入ったワインレッドの燕尾服にシルクハット、極めつきは舞踏会用の仮面(マスケラ)という奇怪な出で立ちの怪人。仮面の奥から走る鋭い眼光が、只ならぬ気配を感じさせている。

 

「……うむ、端的にしか情報が通っていないが、間違いない。君、民警の『負完全』だろう?」

 

 仮面男が球磨川を見据え、「ようやく見つけた」と喉を鳴らして笑う。そして何かを思い出したように顎に手をやり、明後日の方向を向いて懐から写真を取り出した。

 小さな紙切れには一人の男―――民警に登録した当時の球磨川禊が上っ面の表情で笑い顔を作り、此方に向けて片手でピースしている。

 

「しかし本当にいるものだね、不老の生き物とは。聞いた通り、七年前と容姿が全く変化していない」

 

 仮面男の言う『不老』というのは、十中八九球磨川のことだろう。確かに10年経過した今でも容姿は変わらず、それどころか調子(ステータス)の低下も見られていない。

 おそらくこれは不老ではなく安心院なじみが言っていた「様々な時間軸から寄せ集めた君」の集合体、つまり人間かどうか疑わしいために老化現象が常識よりも遅いのだろうが、そんなことを仮面男が知っているはずもなく。

 他人から見れば、永遠にこのままなのではないかと疑念を抱かせるのも頷けた。

 

「『で』『そんな現在進行形でストーカー行為をふざけた恰好の男にされている僕に何の用かな?』『あと誰なの君』」

 

 仮面男の奇抜な出で立ちも完璧にスルーして、薄笑いを仮面越しに浮かべる相手に何ら臆することなくおどけてみせる球磨川。

 困ったような表情を作り、大仰に肩を竦めるその姿はどこか現実性が欠けており、奇怪な容姿でなくとも不気味さを垣間見ることができる。

 そんな球磨川の反応に、何が可笑しかったのか仮面男が揺れるように笑う。

 

「ヒヒヒ、いやぁ全く面白いねぇ。君みたいな人間……いや今は生物というべきか。君みたいな生物ばかりだったなら、この世界ももっと素晴らしい方向へと動いていただろうに」

「『いやうん、そういう明らかに後で正義に打ちのめされる悪役の前置きみたいなの比較的どうでもいいからさ』『誰なの?』」

 

 そんな答えに、仮面男は「変わっているね」と返す。

 

「だがしかし、素晴らしい。最近の人間はテンプレな例ばかりで飽き飽きしていたところだ、君みたいな輩を待っていた。まあ名乗ることは名乗ろう。だがその前に―――」

 

 パチン、と指を鳴らす。乾いた音と共に風を斬る音がヒュンと響き、咄嗟の判断で何歩か後方へとバックステップ。直感的に身を引いた球磨川が顔を上げると、先程まで自分が立っていた地面に、十字の亀裂が深く刻み込まれ、その場に二本の刀をゆらゆらと揺らす少女の姿があった。

 

「……パパ、あいつ避けた」

 

 不満げにそう声を漏らす。

 ウェーブ状の短髪に、黒いフリルのついたワンピース。腰の後ろに交差して差された二本の鞘は、両の手に一本ずつ持つ刀の長さからして小太刀。仮面男同様奇怪だと思われる点を挙げるとすれば、それは異様なまでに赤く煌めく両目だろう。

 

 ―――『呪われた子供たち』

 

 瞬時に悟った。あの赤い瞳は、間違い無くそう呼ばれる者達のものだと。

 呪われた子供たち、それは妊婦の口から体内にガストレアウィルスが侵入し、そのウィルスをもったまま生まれてくる幼児のことだ。血液感染を除いて感染することはないとされるガストレアウィルスが母親の胎内に消滅しないまま残り、胎児にその毒性が蓄積されて生まれてくることがある。

 

 姿形は紛れも無くヒトそのものでありながら、ウィルスに対してある程度の抗体をもっている。

 

 一般人なら感染後間もなくして異形化してしまう筈が、感染による体内浸食率が非常に緩やかに流れる。

 

 感染源ウィルスの因子を体内に宿し、常人とは段違いな身体能力や何らかの能力を所有している。

 

 ガストレアと同じく赤い眼をしており、同時にイニシエーターともなりうる存在。

 

 これらの特徴を持ち合わせる10代かそれ以下の少女らを、一般的に呪われた子供たちと称される。

 ガストレアが現れ始めた頃とほぼ同時期に、まるでそれに対抗するために生まれ始めた存在。当初はガストレアに対抗するために神が授けた子供たちだと世間から持て囃されたが、10年経った今となっては度外視され始め、軽蔑され、ウィルスを体内にもつことから化け物扱いされて迫害されている存在でもある。

 

 これまで球磨川はそこそこの数の呪われた子供たちを見てきたが、目の前で斬撃を避けたことを悲しそうにする少女の瞳ほど狂気に満ちた者はいなかった。

 

「まぁ、あれだけあからさまに斬りかかったら避けられるだろうね。小比奈、もう一度()っていいよ」

「……! はい、パパ!」

 

 悲しそうな表情から一転、まるで発砲許可が下りた敵国を憎む狙撃兵のように表情を明るくさせ、少女は前に向き直る。喜々として小太刀を宙へと掲げ、片足を引いて赤の両眼が球磨川を見据え―――

 

 

 次の瞬間には、体が真っ二つに引き裂かれていた。

 

 

 他の言葉で表しようもなく、ただ少女が構えるのを眺めていただけで全てが終わっていた。上半身と下半身が綺麗に二つ割りになり、それぞれ前後反対の方向を向き、神速の一撃に時が止まっていた体から夥しい量の血が溢れだす。形容し難い一撃に声を発する暇もなく、上下に斬り裂かれた体はやがてピクリとも動かなくなった。

 それを黙視していた仮面男はその惨劇に悲鳴を上げるわけでもなしに、ただ幻滅したようにやれやれと首を振った。

 

「なんだ、負完全なんて仰々しい名前のわりに何もないのか、非力な。ん? もしかしたら攻撃専門のプロモーターだったのかもしれない。だったら惜しいことをした、ミステイクミステイク」

 

 鷹揚に手を広げ、仮面男は身動ぎ一つせずに踵を返す。断層のようなものまで見えるほど綺麗に真っ二つにされた死体からは血が溢れだすばかり、もう目も当てられない悲惨な状態(グロテスク)になっている。いっそのこと清々しく笑いが込み上げてくるレベルだ。

 

 だが、不意に傷口が塞がり、

 

「小比奈、帰るとしよう。もう此処に面白い物はない」

 

 死体から健全な生命の塊へと戻り、

 

「はい、パパ」

 

 男はゆらゆらと立ち上がり、

 

「…………ん?」

 

 

 ―――片足を踏み出して大地を蹴り、仮面男と小太刀少女の間を微風の如くすり抜けた。

 

 

「『なるほど』『さっきのは僕の実力テストだったわけだ』『ごめんね?』『生憎と僕、そういう小賢しい真似には乗れないタイプなんだよ!』『ほら、僕って健全なうえ至って真面目な模範生だからさ』」

「……ッ?」

 

 背後から、仮面男の驚愕に満ちた声が漏れる。球磨川がすり抜けた二人は地面に突っ伏しており、至るところをプラス螺子で打ちつけられていた。肉体に直接差し込んだものは一切なく、着用している衣類にのみ糸と針で布の上に縫いつけられたようになっている。

 仮面男は首だけ持ち上げ、目線の遥か上にある不敵に笑みを浮かべる少年を見据える。

 

「……どういう、手品かな?」

「『おお、手品手品。』『よぉく分かってるじゃないか「ウフフ仮面君」!』『過負荷(スキル)なんて、過負荷(マイナス)なんて所詮手品にしかならないってことを』『さ!』」

「……………………一つ訂正しよう、私はウフフ仮面ではないッ!」

 

 ガシャァン、とガラスが砕け散るような破砕音。同時に衣服を縫い付けていた小螺子は全て吹き飛び、一瞬だけ視界が緑色に染まった。

 仮面男はくっくっと喉を鳴らしながら立ち上がると、手袋で覆われた片手を前に突き出す。

 

「素晴らしい、君は私と共に来るべきだ」

「『……展開が急過ぎるってなんかこじ付けって感じがするよねぇ』『とりあえず名前は?』」

 

 その言葉に、仮面男は鷹揚に両手を高く掲げ、くるくると手中で拳銃を回しながら高笑いの声を上げた。笑いの声が収まると同時に手をクロスさせ、カチャリと詰め込まれた弾丸が揺れる音がする。

 

「ではまず我らから名乗ろうか。元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊『新人類創造計画』蛭子影胤」

「モデル・マンティスのイニシーエーター、蛭子小比奈。十歳」

 

 意外にも礼儀正しく挨拶を交わした二人に少々驚きながらも、球磨川の口端が吊り上がり、ゆらりと三日月の弧を描く。

 

「『イニシエーター不在単独プロモーター通称『負完全』、安心式大嘘戦闘術(笑)使い―――IP序列マイナス一三位、球磨川禊』」

 

 最悪の出会いに同調するかのように、雨は激しく大降りになり始めた。

 

 




更新ペースが早くなるかどうかは神のみぞ知るです。
原作の理解力が足りてないかもですので、可笑しな点などありましたら報告していただけると有り難いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。