負完全『ルーザー・ブレット』   作:蘭花

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これを投稿する数分前に誤って投稿した誤作がありますが、失敗ですので気にしないでいただけるとありがたいです!(知っている方に報告)
何を言っているか分からない方は「ああ、この作者盛大にやらかしたんだな」と生温かい目で
見守っていただければ幸いです!


※安心院さんのとこのみめだかボックス既読推奨


一章 神を目指した者たち
1『十年前』


 何の音も響かない。

 

 何の音も聞こえない。

 

 殺風景でどこか色()せて見える教室の唯一用意された生徒用の椅子に腰掛け、球磨川禊は意識を取り戻した。その室内には本当に何も無く、あるのは一つの教卓と一つの机椅子セットと、それに座る自分だけだった。

 

 つい今し方までは。

 

「やっほー、お久しぶりだぜ球磨川くん。相変わらず幸薄そうな顔してて何よりだよ」

 

 忽然と、そんな軽快な声が響いた。途端にモノクロ一色だった一室の風景が一変し、息を吹き返したように色付き始める。彼女(・・)なりの演出、といったところだろうか。

 

「『……』『やぁ、安心院(あんしんいん)さん』」

 

 目の前に現れた少女の名を呼ぶ。それに応答するように、教卓に堂々と座る少女は脚を組み、口端をにこりと微笑ませた。

 腰より先まで長く伸びた濃い茶髪、まるで物事を全て完結(コンプリート)させたかのように見据える双眸、何人にも口答え一つ許容しない美貌に、ぱっとしない平凡なセーラー服。街中を探せば意外と普通に歩いていそうな見た目だ。

 

 彼女の名は安心院(あじむ)なじみ。

 

 何に対しても完璧なまでに平等で公平で、全てを押し並べて見下す『悪平等(ノットイコール)』である。

 

「さーてさて球磨川くん。理解出来てると思うけど、君はまたお亡くなりになっちゃったわけだね」

「『それ以外に此処に来る理由が無いんだけど』」

 

 突然に、冗談めかした口調で亡命を伝えられた。だがそれも当然のことであり、球磨川が何らかの形で命を落とした際には、彼女が強制的にこの教室空間に意識を移動させるのだ。

 しかし、毎度のこととはいえ、今回はそもそも死んだ覚えが球磨川にはない。というよりも、何をしていたかの記憶がかなりごっちゃになってしまっている気がする。

 球磨川がそのことを視線で訴えかけると、安心院は飄々と肩を竦めて困ったような表情を浮かべた。

 

「いやいやそんなに怒らないでくれよ、まぁ怒ってないんだろうけど。ちょっと楽しみたいがための悪戯に過ぎないってば」

「『安心院さんが悪戯って言うとゾッとくるよ』『怒ってないけど今の(・・)僕について知っておきたいかな』」

 

 せっかちな奴だなぁ、そんなんだからいつまでも彼女できないし禊ボックスが出ないんじゃないか、と安心院が溜息を吐く。

 

「作者がさっさと進めたいっていう願望も勝手に持っちゃってる訳だし、台詞一つで手短に済ませるぜ? まず、

 1ぼく暇になった

 2やることないのつまんない

 3そうだ!球磨川を扱き使って納得のいく物語を創ろう!」

「『いやちょっと待ってなんかおかしいよね?』」

 

 どういう下りでそんな考えが浮かぶのか、一度彼女の頭の中身を覗いてみたいものだと球磨川も溜息を吐く。その気になれば彼女の方から脳味噌ごと直視させていただけそうなものだが、碌な事になりそうもないので思考を切り捨てた。

 

「いいから聞きなって。

 4でも箱庭学園で大分良い思いをした彼じゃあ絶対誘いには乗ってくれ……あぁ、強制すればいいんだっけ

 5そういえば球磨川くん一回めだかちゃんとの賭けに勝って終わってなかったかな?

 6よし、彼のルーズライフでも眺めて楽しもうかなー、さてさてどこの彼を持って行こうか

 7三分考えたけど面倒になったので色々な時間軸からちょっとずつきみを集めました、はいお終い」

「『……うん、まぁ』『概ね予想通りでホッとしたよ』」

 

 とどのつまり、彼女の言うことをまとめると、暇潰し程度に球磨川はこれから負け生活を何処かで送る事になる、ということなのだろう。

 随分と勝手な話だが、逆らおうものなら有無を言わさずこの世からおさらばすることになってしまう。スキル1京近くの化け物に反論するくらいなら、ある程度のことは従っておいたほうが幾分楽なのだ。

 

「まぁあとは……きみが一回の勝利くらいで満足する男じゃあないってね。そろそろこの話も終わっちゃいそうだし、それに一話だけ異様なほど長いのもなんか変だからそろそろきみを飛ばすことにしよう。

 

 ―――んじゃ、こっちの押し付け都合で適当に世界を楽しんで、ついでに勝っておいで。遊び主催者(ゲームマスター)として、何時だって見てるよ」

 

 何時だって見ないでほしいけどなぁ、などと呟いたと同時に、球磨川の視界が暗転した。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 

 

『ギイィィィィイィィィィヤァァァァァアァァァアァァ!』

 

 なにかの被弾とともに、爆発音とともに、大地を揺るがす絶叫に近似した咆孔が宙に響いた。

 

 戦火に焼き払われ、あらゆる建造物が不全な状態で抉り取られた荒れ果てた一つの都市。濛々と発ち込める異色の煙幕、空には星空の色一つ確認できず、どこまでもただ灰色と紅蓮が続いている。

 見上げれば、巨大な翼にクチバシ、トンボと鳥を混ぜ合わせたような巨躯をもつ巨大生物が飛行し、強烈なジェット音を響かせながら近くを飛行する戦闘機が何台か。先の爆発音は、その戦闘機が空対空ミサイル(AAM)を切り離し、それが巨大生物の横腹に直撃したことによって発生した音である。

 テレビの中、映像を通して見ることしかできないと誰もが思っていた、絶対にあり得ない光景が人類の視界に広がっていた。

 

 片翼がもげ、バランスを失った生物がほぼ半壊した都市目掛けて墜落してくる。

 都市の群衆は悲鳴を上げ、逃げる者、逃げ遅れた者、人の大群に押し寄せられた者、流される者、下敷きとなり様々な足に地面同様踏み台にされる者の全てが、ただひたすらに一つの意志を持った。

 

 ―――アレより遠くへ。出来るだけ離れろ。

 

 やがて生物は地面をこすり、激震と終わりを知らない速度で大地を抉りながら滑る。

 破滅的な大音響と共に幾多の建造物や仮設テントをまとめて薙ぎ倒しながら、生物は―――止まった。

 

 目と鼻の先にまで滑り込んできた生物をただ愕然と凝視し硬直する一人の少年、里見(さとみ)蓮太郎(れんたろう)は、生物の荒い息遣いとむせかえるほどの土のにおいを感じながらうっすらと目を開ける。齢6歳の小さな体には外傷は見られない。つまり、自分は生きているのだと認識する。

 それは奇跡としか言い表しようがなく、奇怪な生物は蓮太郎を巻き込み挽き肉にする寸でのところで止まった。これで尚自分は天に見放されているという者はいないだろう。

 

 だが、ただそれだけだった(・・・・・・・・・)

 

 眼前の生物はクチバシをこちらに向けた状態で倒れてはいるが、その命が尽きたわけではない。苦しそうに喘ぐ姿を見れば分かる、今もまだ生命活動をやめてはいないのだ。寧ろより近くにいることで、ある意味最悪の事態とも言えるだろう。

 本能的な咆孔、常識から大きく逸したその巨体、思考で動く色が全く見えない赤の双眸。ゆっくりと首を持ち上げるその姿は、獲物を狙う野獣のようだった。このままいれば補食されるのは一目瞭然だ。

 

 だが、生憎と今の彼には立ち上がろうと振り絞る力すら残されていない。

 

 

 目と鼻の先の危険生物―――『ガストレア』が蓮太郎の住んでいた地域に侵攻を始め、瞬く間に激戦地となったのは、今でもにわかに信じ難いことに一週間前の出来事だった。

 愛しの故郷は考える暇すら与えずに戦場と化し、今のこの荒れ果てた東京と同じような光景になった。空には紅蓮が広がり、戦闘機は飛び交い、見たことも無い奇妙な体をもつ生物は呻き声を上げ、毎日夥しい数の死者が出る。地獄とはこのようなことを言うのだろうかと、現実逃避に浸る者も少なくはなかった。

 

 まだ幼い蓮太郎は父に無理矢理に夜行列車に押し込まれ、知り合いの家まで送り届けられた。小さな体では何も出来ない上判断力にも欠けるため、最優先で運ばれたのだろう。

 父親は泣き叫ぶ蓮太郎を真剣な眼差しで見据えながら、こう言った。

 

 ―――『俺と母さんもすぐに行く』。

 

 果たして、彼の父親は言葉の通りに、母親とともに彼の下へとやってきた。……但し、小さい消し炭になって。

 両親の突然なる死を突き付けられた蓮太郎は、その言葉を断じて認めなかった。違う、この消し炭が父さんなわけがない、母さんなわけがない、と。

 

 誰も彼の必死の糾弾に頷く者はいなかった。

 

 暴走した彼は合同葬儀の最中に何度も絶叫し、空っぽの棺を見せつけ、しまいには暴れまわって屋敷から出て行った。何処の道のりをどの様な足取りで駆け抜けていったかなど覚えてはいない。ただ、その屋敷を抜け出した結果が“今”である。

 食べる物はない。恵んでくれる者もいない。気の穏やかな者もいない。路地の隅にへたり込む自分を気にかける者もいない。逃げた場所から逃げ出した場所はさらに苦痛の連続、食料はなし、今後の方針も定まらない、皆がガストレアに怯え、絶望に直面してもはや身動きすらも許されない。

 口に含む物が何もない蓮太郎を未だに生かせていたのは、“もしもこの絶望を生き残ることができたのなら、自分の手で両親を探し出そう”というほんの一握りの小さな希望だった。

 

 

 やがて生物はゆらりと身を起こし、赤く揺れるトンボのような眼で蓮太郎を見据えたまま口を開く。細長い舌が黄色いクチバシから覗き、シュルシュルと転がすように光る口周りを舐める。

 

 寄生生物、ガストレア。

 

 こいつのおかげで……いや、こいつのせいで。

 

 見上げることしかできない蓮太郎の心に憎悪の感情が募り―――

 

 

 

 ―――なにかが、視界を横切った。

 

 

 

 ガギン、という鉄同士が擦れ合ったような金属音。生物の意思を悉く(ことごとく)阻害したなにかは、横槍と呼ぶに相応しい絶妙なタイミングで右から左に駆け抜け、韋駄天(いだてん)の如く視界から消え去り、生物のクチバシの先端部分を粉々に打ち砕いて抉り取った。

 

『ギエェェェェエェェェ!?』

 

 突然の奇襲に混乱した生物が、首を回して乱暴に辺りを見回す。どこからの狙撃か、それとも近距離から戦車砲でも放ってきたのか。蓮太郎も竦みながら思案してみたが、どれもしっくりこない考えばかりだった。

 そもそも、飛んできたものの大きさが弾丸や砲台なんてレベルではない。首を傾けて左を見ると、生物に劣らない大きさの鉄の色をした塊が地面に突き刺さっていた。

 

 これがなにか、彼は知っている。螺子(ねじ)というものだ。

 

 丸い見た目にプラスの凹んだ印、この角度からでは視認できないが螺旋状の針のような形態が続いていたはずだ。大きさからすれば、それは生まれて初めて目にする異様な物体だった。

 誰がなんの陰謀で、そのようなものを使ったのか。そんな疑問も消し飛ぶほどに、突然の急な事態に蓮太郎は困惑していた。

 

『エ゛!?』

「……?」

 

 しかし、さらなる驚愕が姿を現す。

 片翼がもげたことを除けばほぼ無傷だった生物の巨躯が、だんだんと銀色に埋め尽くされていったのだ。輝きを放たない、目立ちもしない、(すす)けたような銀色に。

 

 ぼやける視界を凝らすと、全てが螺子(・・・・・)だった。

 

 先程通過した巨大なものではなく、一般的に知られている程度の大きさのプラス螺子。秒を重ねるごとにキャンパスに絵の具をぶちまけるように、悲鳴を上げていた生物は全身が銀色で埋め尽くされた。人の手に収まる螺子に何千何万と数えられない本数を叩きこまれ、生物は―――立ったまま銀の置き物(オブジェ)となって絶命した。

 

「『間一髪の銀の嵐!』『……かと思ったけど、タイミングがそうでもないね』『ヒーローや英雄や出来の良い主人公ならもっと上手く敵を倒せたんだろうけど、僕じゃあやっぱり無理みたいだ。』『なんか螺子だらけで気味が悪いし』『倒したのもたかが一匹だし』『都市もこんな惨状だし』『まぁ』『ある意味素晴らしい登場ではあるよね!』」

 

 虚構(・・)

 不意にそう思わせる不気味な声がした。まるで、毒物に上から泥でも固めたような声音。言葉が何かに囲われている。

 

「『ん?』『ああ、人がいたんだ』『きみ、大丈夫だった?』『きみがもし五体満足じゃぁないというのなら、僕がとどめを刺してあげるけど?』」

 

 物騒な言葉をつらつらと調子よく述べる声がする方を向くと、煙の中から『人間が』現れた。

 見た目と顔立ちからしておそらく十七歳前後の男、ピシリと細い腕が通された学ランには傷どころか汚れ一つなく、青黒い両の眼と癖のある跳ね方をした髪も、同様に土埃すら付着していなかった。

 何より不思議なことは、その男がぶらぶらと揺らす片手に1メートルはあろうという大きさの螺子を掴んでいたことだった。

 男はつまらなさそうに肩を竦め、おどけた笑みを蓮太郎に向ける。

 

「『やれやれ、この事態に残ったのは逃げ遅れと踏み台にされた老いぼれと若僧ときみと僕だけかい』『なんとも人間の危機察知能力というか、逃げ足が速いというべきか。』」

 

 そこまで言うと男は口を裂けたように歪ませて笑みを作り、持っていた螺子を地面に突き刺し、誰かに弁明するかのような口調で言葉を吐き捨てた。

 

「『まぁいいや』『ここは僕の故郷でも何でもないしそんなに思い入れがある場所でもない』『知ってる人もいないし何が起ころうと知ったことじゃない』『だから』」

 

 

 

 

 

「『僕は悪くない。』」

 

 

 

 

 

 背筋に物凄い悪寒が走った。人間の憎悪などとは比べものにならない負の感情の塊に、蓮太郎は吐き気を催した。

 なんなんだこの男は、ガストレアなんかよりも危険なんじゃないのか。そう思わせざるを得ないほどのマイナスな気迫に溢れていて、言動の一つ一つに現実味がまるで感じられなかった。

 

 男はふと思い出したように手をポン、と打ち、『そういえば』と言って苦笑する。何が可笑しかったのだろうか。

 

「『きみの名前を聞いていないということを思い出したことを思い出したよ。』『名前を教えてもらってもいいかな?』」

 

 初めて自分に向けて投げかけられた言葉。やはり現実味の欠片もない幻影にに包まれたような声は、耳に上手く入らなかった。

 枯渇した喉になんとか声を通し、苦しい胸を押さえながら言う。

 

「……里見、蓮、太郎……」

「『ふんふん、「里見、蓮、太郎……」くんって言うんだね』『随分とおかしな名前だけど覚えたよ!』」

 

 この緊迫した空気と惨状の中、何故ふざけられるのか理解できない。

 一体何者なのかという意味も込めて疑惑の視線を送ると、男は再びポン、と手を打って身振り手振りのジェスチャーで「忘れていたよ」と表現した。

 

「『自己紹介はお互いがしないと終わらないんだったね。』『僕の名前は球磨川(くまがわ)(みそぎ)

過負荷(マイナス)の頂点にして底辺に君臨し、堕落する男だよ』」

 

 それだけ言うと、球磨川という男は踵を返して煙の中へ溶け込んでいく。同時に蓮太郎の意識も薄れ、次第に狭くなっていく視界の中で男の名前を反芻(はんすう)しながら意識を手放した。

 

 

 

 

 

 ―――十年前の出来事だった。

 

 球磨川禊、突然現れて去って行った男の不気味さは蓮太郎に一種のトラウマを植え付けたが、彼の中でその記憶が削れていくのにそう時間は掛からなかった。

 




思い立ってやってしまったクロスです。
大丈夫かなこれ、裸エプロン先輩が介入すると原作の崩壊が目に見え過ぎて困るんだけどという不安もありますが、…………うん、大丈夫だ、きっと問題ないさ(錯乱

いつもの文字数とかあまり決めてませんので、精々4000文字前後になるかと思われます。
あと安心院さんは基本裏方ウワナニヲスルヤメ(

こんなスタートで大丈夫なんだろうか(汗
ご意見、ご指摘等ありましたらどうぞよろしくお願いします。

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