あ、劇場版は忘れてませんよ?
「よーし、今日は遊び尽くすぞぉー!」
「おー!」
「遊び尽くすのは俺も賛成だけど、人の家の前で叫ばないでくれるかな?」
10時を少し回った時間。若葉、夏希、愛生人の三人は「穂むら」の前に集まっていた。集合して開口一番、夏希と愛生人が叫ぶと若葉が溜め息を吐きながら注意する。しかし二人は若葉の注意を聞いてないのか、聞くつもりがないのかどこに行くか相談している。そんな様子の二人に若葉は再度溜め息を吐くと、その話し合いに加わった。
実は溜め息を吐いたものの、若葉自身もこの日を楽しみにしていたのだ。
「それにしても、こうして俺らだけで遊ぶのって初めてじゃね?」
「ですね。部活動外でこうして遊ぶのは確かに初めてですね」
夏希と愛生人の言葉の通り、今までこの三人は何かと行動を共にしていたが、その大半は部活動関係。関係がない時は必ず三人以外の人物がいた。それは穂乃果達μ'sの九人も一緒で、その九人も今はオフを堪能している。
「さてと取り敢えずどこに行くよ?」
「今日は夏希車じゃないんだよね? だったらそんなに遠くまでは行けないね」
「移動は電車とか歩きですね!」
若葉が移動方法の確認をとると、なぜか愛生人は嬉しそうに握り拳を作る。その様子に若葉と夏希は顔を合わせて苦笑い。
「で? さっきも聞いたがどこに行く?」
「そう言えば、僕行きたい所って言うか、気になってる所があるんですよ」
「へぇ。どこ? ここから近いの?」
特に行きたい場所がなかったのか、若葉と夏希が愛生人の気になる場所について聞くも、愛生人自身場所を把握してないのか首を傾げる。
「それが場所は分からないんですよ。ただ場所を知ってる人なら知ってます」
「なんかややこしいんだが……ちなみにその、場所を知ってる人物って誰なんだ?」
「若葉さんですよ」
愛生人の言葉に首を傾げる若葉。そして愛生人の言っていた「気になる場所」を聞き頷く。それから三人はその場所へと移動を始める。愛生人の気になった場所は「穂むら」から近かったのか、然程時間はかからなかった。
「にしても意外だね。愛生人がここに来たいって言うなんて」
「そうですか? これを機に若葉さんの交友関係の広さを知りたいと思って」
「あ、それは俺も知りたいな」
「お前ら人ん家の前で何話してんだよ」
三人が目的地前で話していると、後ろから声をかけられる。振り向くとそこには、ジャージ姿の最中利幸が息を整えながら立っていた。そう三人が今いるのは若葉が時折訪れる道場。愛生人が一度行ってみたいと思っていた場所だ。
「や、りっちゃんおはよう」
「あぁおはよう。ってちげぇよ! お前今日来るなんて聞いてねえし、まだ開いてないからな?」
「やだなーりっちゃん。
「ほほぉ、そんなに久し振りに組み手がしたいか。そーかそーか仕方ないなー。最近してなかったしな。そんなにやりたいなら相手になってやるよ」
利幸はこめかみに青筋を立てると、有無を言わせない形相で若葉を道場に引っ張る。若葉は一瞬やらかした、と顔を顰めるも、すぐに諦めのいった表情になり道場内に引き摺られて行った。若葉が引き摺られて行くのを見ていた夏希と愛生人は、黙ったまま二人の後を追い中に入る。
四人が中に入って暫く、広い道場の真ん中には道着に着替えた若葉と利幸が向かい合っていた。
「あのさりっちゃん。煽ったの謝るから止めない?」
「確かに煽った事に対して反省の意は伺える」
「なら」
「だが断る!」
若葉はなんとか利幸を説得しようと試みるも、失敗。さらに次の手を考えようとする若葉に、利幸はその暇を与えない為に踏み込む。
「ちょ、まだ話し合いの途中!」
「問答無用!」
若葉は放たれた回し蹴りを屈んで避けながら説得を続けようとするも、利幸は聞く耳を持たずに次々と攻撃を仕掛ける。若葉はそれらを避けたり捌いたりしながら時折反撃を繰り出すも、難なく防がれてしまう。若葉は防がれたと分かるや否や二、三歩下がり構える。利幸も若葉が構えるのを待つと、再び距離を縮める。
「あーもう!」
若葉は諦めたように叫ぶと利幸に掌打を放つ。利幸は体を半身にしてそれを躱すと、その勢いのまま裏拳を繰り出す。若葉は裏拳を左手で受け止めると、そのまま背負い投げに移行させる。投げられた利幸は背が床に着く前に足を着き、体勢を立て直す。
「お前はよく背負い投げするからな。対策ぐらい考えてあるっての」
「だよねー」
利幸の言葉に若葉は困ったように笑うと利幸に向かって駆け出す。利幸はニヤッと笑うとバックステップからの飛び蹴りを放つ。若葉はそれを腕で防御する。
「ちっ、思ったよりも粘るな」
「さすがにそう簡単にやられたくないって」
「こうなったらアレを使うしかない!」
利幸は覚悟を決めると、右足と両腕を上げ、手は開いたまま手首を曲げる。
「くっ、まさかそれを使われるとは! なら、こっちもアレを使わないと!」
若葉はそう言うと左の手足を上げ、右腕を利幸に向けて真っ直ぐ伸ばす。そしてその体勢で黙ったまま、互いに互いを見ていた。道場は一瞬にして沈黙が訪れる。その空気と二人の構えに耐え切れず、夏希が痺れを切らした様子で突っ込みを入れてしまう。
「お前ら遊んでんだろ!」
「「あ、バレた?」」
夏希の突っ込みに構えを解き揃って答える。愛生人も溜め息を吐き体を伸ばす。それから若葉は着替え三人は道場を出る。
「ま、腕は鈍ってなかったみたいだが、また来いよ。皆も若葉が来んの楽しみにしてるし」
「うん分かった。その内また来るよ」
若葉達は利幸に見送られて道場を後にする。
「どうだった?」
「若葉さんって本当になんでも出来るんだなぁと再確認しました」
「いやその認識はおかしいでしょ」
「それで次はどこに行くよ? 特にないならちょっと行きたいところがあるんだが」
夏希の提案に二人は首を傾げ、行きたい場所を聞く。それは若葉のバイト先の一つの「奈津橋電気店」だった。
「なんでここ?」
「いや~実はウチのレコーダーがそろそろ逝きそうだからな。ちょっと下見しに行こうかなって思ってたんだ」
「成程、それじゃあ僕はゲームコーナーにでも行きますか」
電気店に着くや否や夏希と愛生人は各々の目的を果たすべく、勝手に店内に広がる。若葉は特にやる事もないので店内を適当に散策し始める。
「や、若葉君」
「奈津橋さんこんにちは。俺用事があるのでこれで失礼します」
「ははっ。ぬかしおる」
若葉が立ち去ろうとすると、奈津橋は肩を掴みニッコリ笑う。若葉は笑顔の奈津橋に逆らう事が出来ずに項垂れる。
「それで若は手伝いをしてんだな」
それから少し。夏希と愛生人がレジの近くで店の制服に身を包んでいる若葉を見て溜め息を吐く。
「まぁこれを運び終わったら終わりだから、ちょっと待っててね」
「あいよ。アッキーと出口の近くで待ってるわ」
「ごめんね~」
夏希に笑って言うと若葉は持っていた荷物をSTAFF ONLYと書かれた場所に入っていく。暫くして夏希と愛生人のもとに私服に戻った若葉がやってくる。
「ごめんね。まさか急に頼まれるとは思わなかったよ」
「大丈夫ですよ~。その分ゆっくり見る事が出来たので問題ないですよ」
「まぁ俺も急ぎの用があるわけでもないしな」
若葉が謝罪の言葉を述べるも、愛生人と夏希は特に気にする素振りを見せずに手を振る。そして三人は再度街に繰り広げると、一軒の焼き肉店「万国」の前で立ち止まる。
「なぁ二人とも。金はどんくらいあるよ」
「今日いくら使うか分からなかったので、まぁそれなりには」
「俺もまぁそこそこ? 夏希は?」
「俺も似たようなもんだ」
三人は互いの所持金を確かめ合うと、顔を見合わせて万国へと入っていく。時間がまだ昼前という事もあり、三人はすんなりとテーブルに着き、注文する。
「あれ、若葉君?」
「あ、
注文を取りに来たきた店員、斑鳩に若葉は軽く挨拶を返す。若葉に続いて夏希と愛生人の二人も軽く頭を下げる。斑鳩はそれじゃあ、と笑顔で手を振って厨房に隣接しているカウンターに戻り、厨房の女性と何かを楽しそうに話す。
「にしてもここも若のバイト先なのか?」
「そうだよ~。まぁ偶にしか来れてないんだけどね~」
「いや、若葉さんって固定のバイトありませんよね?」
愛生人は運ばれてきた料理を網に置きながら、呆れたように返す。若葉はそれ聞き流して二人に小皿とたれを渡す。夏希はそれらを受け取ると、愛生人同様始める。
「取り敢えずこの後どうするよ」
「う~んどうしましょう?」
「神田明神に行く、とか?」
トングをカチカチ言わせながら若葉が次の目的地の提案をすると、二人はあからさまにいやそうな表情を浮かべる。
「二人とも失礼だよ? いつも使わせてもらってるのに」
「いや、その事に関しては感謝の気持ちはあるんだがな? 最中の道場、奈津橋電気店、ここって来たらさ、この後も若のバイト先に行ってみたいじゃん?」
「でもそれって楽しいの?」
「まぁ普段の若葉さんの行動範囲とかも気になりますし」
二人の意見に若葉は少し考え、二人がいいなら、と頷く。そして昼食を済ませた三人は次なる若葉のバイト先に向かう為に万国を出る。ちょうどその時、若葉の携帯が鳴る。
「ちょっとごめん」
若葉は二人に一言断りを入れてから電話に出る。少しして電話を切り、戻り少し困ったような笑顔で告げる。
「二人ともちょっと用事に付き合って貰える?」
若葉が両手を合わせてお願いすると、二人は揃って首を傾げる。そして若葉に連れられ訪れたのは何の変哲もないマンション。
「えーっと、ここ?」
「うん、ここ」
夏希の疑問に頷くと、若葉は何の迷いもなく自動ドアを通る。残された二人も訝しながらも結局いつ帰ってくるか分からない若葉を待つなら、と後に続いて中に入る。
二人が中に入ると、管理人と思しき人と若葉が話していた。そして開かれる奥の自動ドア
「さ、待たせるとあとが怖いから早く行くよ」
戸惑う二人に若葉は振り返り言うと、そそくさと自動ドアを潜る。
「なぁそろそろ誰に会うのか教えてくれよ」
「そうですよ。ここまで何も言わずに連れてきて。しかもここに入り慣れてるみたいですし」
「んーここなら大丈夫かな?」
エレベーターに乗った所で夏希達に聞かれた若葉は、三人の他に誰もいない事を確認すると頷き、今向かっている部屋の主について話し始める。
「二人はさ「鈴木忍」って知ってる?」
若葉の言った名前に愛生人は何かを思い出そうと首を捻る。一方夏希はすぐに気付いたのか、驚いた表情で若葉を見る。
「その様子だと夏希は知ってるみたいだね」
「まぁな。ツーちゃんがファンで、俺もいくつか読んでるからな」
「あの、それが今と何の関係が……?」
愛生人はいまいちピンと来ないのか、まだ首を傾げている。
「これからその忍さんの所に行くんだよ」
「……!? えぇぇぇぇぇゲフッ!!」
若葉の言葉に愛生人が叫ぶと、隣にいた夏希に叩かれる。若葉も耳に当てていた手を退けると丁度目的の階に着き、扉が開く。若葉はエレベーターを降りるとすぐ近くの部屋のインターホンを躊躇いなく押す。
少ししてインターホンから女性の声が流れる。
『誰?』
「あ、高坂です」
『若葉君! 鍵は開いてるわ! だから助k』
最初に出た女性とは別の女性の叫びが聞こえるも、途中でスピーカーを切ったのか、何も聞こえなくなった。
「あの、若葉さん?」
「ここって鈴木忍さんの家、だよな?」
愛生人と夏希は、スピーカーから聞こえた叫び声を無視して中に入ろうとしている若葉に驚きながら聞く。
「大丈夫大丈夫。入れば分かるから」
そう促され、若葉に続いて中に入る。
リビングに当たる場所に入った三人が見たものは、床一面に散らばる紙やトーンの残骸だった。その惨状に夏希と愛生人の二人は一歩下がってしまう。しかし若葉が慣れた足取りで机に座ってる女性と、その後ろで腕を組んでいる女性の元へと進んでいく。
「こんにちは」
「若葉君! お願い助けて!」
「いや、前もってやってればもうちょっと楽だったんじゃないですか?」
「若葉君の言う通りね」
椅子に座ってる女性、鈴木忍が若葉に泣き付こうとするも、その若葉も隣に立つ女性と同じように忍に冷たく言い放つ。忍はその態度にがっくりと項垂れる。
「あの、大丈夫ですか?」
「……君は?」
床に崩れ落ちた忍に愛生人が心配そうに近付くと、忍は首を傾げて聞く。愛生人は困ったように笑いながらも手を差し出し、忍もそれに掴まって起き上がる。忍が起き上がるのを確認した愛生人は自己紹介をし、夏希もそれに続いて自己紹介をする。
「成程。愛生人君に夏希君ね。知ってると思うけど私は
「ほら忍先生。締め切りまで時間がないんだから早くしてください」
「涼乃さん俺も手伝いますから。見たところあと少しそうですし」
女性と若葉の言葉に肩を落としながら机に戻る涼乃。若葉も近くの机に座ると作業を始める。女性はそれを見ると立ったままの夏希と愛生人に近付き、一礼する。
「せっかく来てもらったのにごめんなさいね。あ、私、こういう者です」
女性はそう言うと二人に名刺を渡す。名刺には有名な出版社の名前と女性の名前が書かれていた。。
「……あんしんしん……?」
「アッキー。それ「あんしんいん」ちゃう。「あじむ」や」
「すいません」
「大丈夫ですよ。よく間違えられるので」
愛生人が謝ると
「あの、大丈夫なんですか?」
「あぁいつもの事なので」
「いつもの事、なんですね」
夏希は紅茶を啜りながら部屋を見渡す。壁際には大きめの本棚が三つ。本棚にはギッシリと様々なジャンルの本が仕舞われていた。
「本当に鈴木忍……先生の部屋なんだな」
「そうですよ。もしかして夏希君は先生の?」
「はい。「勇者王」シリーズを読んでます。それに彼女もハマってますよ。「瞳の中で」を買ったって言ってましたし」
「あ、ありがと~」
「涼乃さんはいいから手を動かしてください」
涼乃が夏希のもとに行こうとするのを若葉は目もくれずに作業をしながら注意する。
「あの若葉さんはいつから忍さんと?」
「えーっといつからでしたっけ、安心院さん」
「半年ほど前かしらね」
「結構長いんですね……て言うか何してるんですか?」
若葉が作業の手を止めず答えると愛生人が作業の内容を聞く若葉はう~ん、と首を左右に捻らせると納得したように頷き、作業を再開させる。そんな若葉の代わりに時計をチラッと見た安心院が答える。
「若葉君には忍先生の漫画のベタ塗とかを偶に頼んでるのよ」
「今度は漫画にも手を出し始めたんですね」
夏希は苦笑いを浮かべて再び紅茶を啜る。
三人が歓談していると、作業が終わったのか若葉がノビをする。
「安心院さん終わりました~」
それに続いて涼乃も原稿を掲げて机に突っ伏して言う。安心院はカップを置き、その場で現行のチェックをする。
「はい。確かにいただきました……まったく。そんなに疲れるならもう少しやる事減らせばいいのに」
「良いの~。私は私がやりたい事をやるんだから」
「それで苦労する方の身にもなってよ、まったく。今回は若葉君が捕まったからいいものの。て言うかなんであなたはアシスタントを雇わないのよ。涼乃は昔からそうじゃない」
「それより時間大丈夫なんですか?」
説教を始めようとした安心院に若葉が時計を指して聞く。若葉の言葉に時計を確認した安心院は慌てて原稿を鞄に仕舞うと残っている紅茶を飲み干し、それじゃあ、と部屋を出て行く。
「いや~やっと解放されたわ~。若葉く~ん、お腹空いた~。何か作って~」
「別に良いですけど。じゃあ台所借りますね」
安心院が出て行ってすぐ、涼乃はダラリと椅子の背凭れに寄りかかり、若葉にご飯を要求する。若葉も慣れた様子で台所に向かい料理を始める。
その風景を何も言えずに見ている夏希と愛生人。
「あ、そうだったそうだった!」
背凭れに寄りかかっていた涼乃は突然立ち上がると二人の前に座り、どこからともなく二枚の色紙とペンを取り出す。
「今日はごめんなさい。三人で遊んでいたみたいなのに、急にこんな所に来させちゃって。これで許してって訳じゃないけど、出会いの記念に」
涼乃はそう言うと、色紙にサラサラと鈴木忍のサインを書き、二人の名前を入れて渡す。
「あ、あの。もし良かったらもう一枚もらえますか? 出来れば名前を変えて」
「ん? あぁさっき言ってた彼女さんね。大丈夫よ。それで彼女の名前は?」
夏希のお願いに嫌な顔一つせずにもう一枚色紙を取り出し、サインを書いていく。
「それで涼乃さん、今度はどのくらい抜かれたんですか?」
「んーとね、二……いや三だったかな?」
「三日ですか」
「「三日!?」」
若葉が炒飯と焼きそばを涼乃の前に置きながら聞くと、涼乃は三日何も食べてないと答える。その日数に思わず驚いた声を上げる。
「作家さんてそんなに食べないんですか?」
「いや涼乃さんの場合は、締め切りに間に合わないからって、安心院さんに食事を摂る暇なく書かされてるだけ」
「ふふふ。もう慣れましたね」
「それは慣れていいのだろうか」
口に手を当て笑っている涼乃を見て夏希がボソリと呟くも、それは涼乃の耳には届かなかった。
「さてと、俺達はもう行くので涼乃さんはしっかり休んでくださいね」
若葉は立ち上がり言うと、涼乃は炒飯を食べながら手を上げて返事をする。
「それじゃあ次はどこに行こうか」
「う~んどこに行こうかね~」
「行く所決まってないのなら海に行ってみると良いわね。今から行けば丁度夕陽が綺麗に見えると思うわよ」
三人が玄関先で次の目的地を決めていると、突然三人の後ろから涼乃に声をかけられる。三人が振り返ると、涼乃が手を上げて立っていた。
「涼乃さんどうしたんですか?」
「せっかくなので見送りに来たのよ。それじゃあ気を付けてね。あと、今日もありがと」
涼乃はそれだけ言うと部屋の中に戻っていく。扉が閉まるのを確認した三人はマンションを出ると涼乃に教えてもらった通り、海に行く為電車に乗って移動を始める。
「にしても若の人脈には驚いたな」
「そう?」
「まぁ昼まではよかったんですが、忍さんが……」
三人は人の少ない車内で涼乃について話し始める。
「忍さんっていつもあんな感じなんですか?」
「俺が最初に行った時は威厳を醸し出していたんだけど、安心院さんが来た途端それが破綻してね。それ以降あの調子だよ」
「そうそう、その安心院さん。あの人って忍さんとどういう関係なんだ?」
夏希は涼乃と安心院のやり取りを見て、二人の関係がただの作家と担当だけの関係じゃないと思い、若葉に聞く。夏希の疑問に若葉は頷いて答える。
「なんでも二人って小学校からの付き合いらしくてさ、それで安心院さんが出版社に勤めたのと同時に涼乃さんが持ち込み。その時偶然担当になったのが安心院さんらしいよ」
「そんな偶然あるんですね」
若葉の答えに愛生人が珍しそうに頷く。それから涼乃と若葉がプライベートで会ったりしている事を知って驚いたり、偶然乗って来た響也と達也と二駅ほど歓談したりしている内に、三人は涼乃の教えてもらった駅に着く。
「わー本当に丁度陽が暮れかけていますよ」
愛生人が駅から出て地平線を見ると、確かに日は沈み始めていた。そして三人が海岸に近付くと、そこには見慣れた九人の少女達の姿があった。九人の内八人は波打ち際で遊んでいるも、一人だけ遊びには行かず砂浜でそれを眺めていた。
若葉は一人砂浜に立つ少女、穂乃果の元に歩み寄る。
「穂乃果」
「! お兄ちゃん!? それに夏希君に愛生人君まで!」
穂乃果は三人がいる事に驚くも、それはそれは三人も同じ。お互いになぜ海にいるのかを話していると、波打ち際で遊んでいた八人も四人の元へと集まる。そしてお互いが状況を把握すると、誰ともなく横一列になる。
並び順は右から夏希、絵里、希、にこ、海未、ことり、穂乃果、若葉、真姫、花陽、愛生人、凛の順に並び、手を繋ぐ。
「合宿の時もこうして朝日見たわね」
「そうやね。まぁその時は夏希君達はおらんかったけどね」
絵里の懐かしむ言葉に頷いた後、希は近くにいた夏希をからかうように見る。夏希が何かを言い返そうとするも、穂乃果が口を開いたのを見て口を紡ぐ。
「あのね、私達、話したの。あれから九人で集まって、これからどうしていくか。希ちゃんとにこちゃん、絵里ちゃんが卒業したら「μ's」をどうするか。一人一人答えを出した。そしたらね、全員一緒だった。皆同じ答えだった」
穂乃果が話してる間、三年生三人を除いた穂乃果含め九人は、グッと何かを堪える様に海の向こう、地平線を見続ける。
「だから……だから決めたの。そうしようって」
穂乃果は一旦そこで言葉を区切る。少し目を潤ませながらも、俯く事はせず、ただ前を見て言葉を続ける。
「言うよ。せ~……っ!」
しかし言葉は上手く続かず、思わず詰まってしまう。穂乃果は気を取り直すかの様に頭を振る。そんな時、不意に左手で握っている兄の手がギュッと握るのを感じる。
左隣に立っていた若葉は言葉に詰まってしまった穂乃果を見て、聞いて、落ち着かせる為に穂乃果と繋がっている右手で、そこに握られている妹の手を優しく、ギュッと握る。
若葉から無言の応援を受け取った穂乃果はごめん、と一言。
「ごめん、言うよ。せーのっ!」
『大会が終わったら、「μ's」はお終いにします!!』
穂乃果の音頭に合わせて、九人が声を揃えて叫ぶ。
「やっぱりこの九人なんだよ。この九人が「μ's」なんだよ」
解散の宣言の後の僅かな沈黙。それを破ったのは
「誰かが抜けて、誰かが入って。それが普通なのは分かっています」
「でも私たちはそうじゃない」
「「μ's」はこの九人。そこに若葉君や夏希君、愛生人君がいての「μ's」なの」
「誰かが抜けるなんて考えられない」
「一人でも欠けたら「μ's」じゃないの」
「たとえ誰が何と言おうと、これが俺達の出した答えだ」
海未、真姫、花陽、ことり、凛、そして男子三人を代表しての夏希の言葉を黙って聞いていた希、にこ、絵里の三人の内、最初に口を開いたのは絵里だった。それは穂乃果達の出した答えに納得のいった言葉だった。続いて希も賛成する。
「当たり前やんそんなの。ウチがどんな思いで見守ってきたか。どんな想いで名前を付けたのか……ウチにとって「μ's」はこの九人だけ」
俯いて言う希の頬を涙が伝う。そして最後に口を開いたのはにこだった。
「そんなの、そんなの分かってるわよ! 私だってそう思ってるわよ。でも、でもだって!」
にこは数歩前に進む。その後ろ姿を真姫が心配そうに見つめる。
「私がどんな想いでスクールアイドルをしてきたか、分かるでしょ? 三年生になって諦めかけて、それがこんな奇跡に巡り合えたのよ! こんな素晴らしいアイドルに、仲間に出会えたのよ! なのに」
「だからアイドルは続けるわよ!」
俯き、泣きそうになりながら言うにこの言葉を、真姫が駆け寄り遮る。
「絶対約束する。何があっても続けるわよ! けど「μ's」は私達だけのものにしたい! にこちゃん達のいない「μ's」は嫌なの。私が嫌なの!」
「真姫……」
真姫の言葉に全員が俯きかけた時、突然穂乃果が叫び声をあげる。何事かと全員が穂乃果はその場で反転し、駆け出す。
「早くしないと帰りの電車がなくなっちゃう!」
穂乃果の言葉に一斉に駅に向かって走り出す。そして駅に着いて電光掲示板を見る絵里。しかしそこには穂乃果の言葉とは裏腹にまだ電車の本数には余裕があった。絵里は安堵の息を吐くと同時に、穂乃果に理由を聞く。
「だって皆、泣いちゃいそうだったから。あのままあそこにいたら、涙が止まらなくなりそうだったから」
穂乃果はそう言うと、舌をチラッと出して笑う。その答えに穂乃果に一杯食わされた皆は、文句を言いつつも笑顔を浮かべる。
「お兄ちゃん……?」
「よく頑張ったね」
「……うん!」
そんな中若葉だけは穂乃果に近寄り、優しく頭を撫でると労いの言葉をかけた。そして穂乃果は入り口で話してるメンバーに向き直ると、一つのとある提案をする。
「ねぇ写真撮らない?」
「あ、いいね! カメラマンは任せて!」
穂乃果の提案に真っ先に乗ったのは若葉だった。ポケットから携帯を取り出すと、カメラモードを起動させようとする。
「そうじゃなくて、あれで!」
穂乃果の視線の先には自動証明写真撮影機があった。本来一人用の撮影機に十二人が撮ろうとする。やや無理やり気味に中に入り、何枚か写真を撮る。
それから写真を取り出すと、それを見て笑いながら改札を潜って行く。
「あ、 見て。にこちゃんの髪が髭みたいになってる」
「これに至っては愛生人は髪しか映ってないし」
「真姫ちゃん変な顔にゃ~」
「凛だって顔真っ赤じゃない」
十二人しかいないプラットホームにそれぞれの笑い声が響く。しかし最初に花陽が顔を手で覆い、笑っていた声が泣き声に変わっていく。それを心配して凛と愛生人が近寄る。
「かよちん泣いてるにゃ」
「だって、おかしくて、おかし過ぎて涙が……」
「凛ちゃん。花陽ちゃん……」
愛生人は目に涙を浮かべた二人をギュッと抱く。愛生人に抱かれた二人は、愛生人の背に腕を回して体を震わせ始める。
「まったく、三人とも……」
「真姫も、我慢しなくて良いんだよ」
「……こっちを見るんじゃないわよ」
真姫は若葉の背中に顔を埋め、若葉は真姫の言った通り前をジッと見る。
「なんで……泣いてるの? もう、変だよ。そんなの」
穂乃果はプラットホームのベンチに座りながら、笑顔を絶やさないようにして言う。しかしその目からは大粒の涙が零れていた。そんな穂乃果に両隣からことりと海未が穂乃果に抱き着いている。その後ろでは希に抱き着かれたにこが声を上げ泣いていたり、夏希の胸に顔を埋めて絵里が泣いていた。
翌日のアイドル研究部の部室のホワイトボードには「ラストライブまであと一週間! ファイトだよ!」の文字と一緒に、自動証明写真撮影機で撮った十二人がそこにいたという証明写真が貼られていた。
「よし、行こう!」
穂乃果は振り向き、横一列に並んで笑っている十一人に、同じく笑顔で言った。
【音ノ木チャンネル】
若「……」
愛「……」
夏「……」
若「俺はここで占い師
愛「まさか対抗が若葉さんだなんて。僕も占い師COです」
夏「人狼ゲームしてんじゃねぇよ!」
若「だね。一旦ここでやめようか」
愛「ですね。やってるの僕達しかいませんし」
夏「二人で人狼って出来ないだろ。マジで何してたんだよ」
若「何って今回の振り返りとかどぇしょ?」
愛「今回は若葉さんの交友関係に驚きましたね」
夏「あぁ、まさか鈴木忍さんと知り合いだったとはな」
若「一応外では涼乃さんって呼ぶように言われてるんだよね。ほら、涼乃さんって人気作家だし」
夏「他には焼き肉店「万国」だな」
愛「本当はこの後にゲーセン行って
若「涼乃さんの処で想像以上に文字数を使ったのが原因だね」
夏「つか最初のトシとの闘い、あれなんだよ」
愛「特に最後のポーズ。あれって「荒ぶる鷹のポーズ」と「夜叉の構え」ですよね?」
若「よく知ってるね。さすが愛生人」
夏「……なぁ、そんな事より今来たこれ、ほんとなのか?」
愛「一体何が来たんですか? って、えぇ!?」
若「この回してる俺達にすら教えられてないサプライズって一体……って、あぁ」
夏「分からない。分からないんだぜ。なんで若葉はこれを知って納得してるんだぜ?」
愛「夏希さん口調が崩れてますよ。それどこの白黒の魔法使いですか。ってそうじゃなくて、この紙に書いてある今回であとがき茶番が終わりって本当ですか!?」
若「本当みたいだよ。いつだったか言ってたじゃん」
夏「それにしても唐突に決まったな。次回からは何をやるんだ? まさか何もしない、なんて事はないだろ? 作者の事だし」
愛「確かに作者の事ですからね。どうせ何かやるんですよね?」
若「作者の信用度ェ……まぁやるんだけどさ?」
夏「やっぱりか」
愛「それで何をするんですか?」
若「なんでも次回予告をするってさ」
夏「なんか普通だな」
愛「ですね。長く続いたあとがきの茶番を終わらせてまでする事なんですかね」
若「それ言ったらお終いだよ」
夏「まぁつーわけで今回で【音ノ木チャンネル】はお終いか」
愛「ですね。それじゃあ最後の挨拶、行きましょうか」
若「だね。それじゃあ」
『バイバーイ』