迷走大戦   作:萩原@

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第6話

    

    

    

    

 第一区画と呼ばれた場所はクレーターの中央にある土地だった。

 元は小さな盆地で、そこを延々と掘り掘削した政府の研究チームが、スサノオユニットと最初の窯を発掘した、というのが公式的な記録に残っているこの土地の始まりである。だが、そんなものは捏造に捏造を重ねた嘘でしかない。これ以上の成果なしと政府から民間企業に売り渡されたここは、そのまま境界接触用素体錬成のための実験施設として大規模な改装が行われた。境界に沈むムラクモ本体と同調し力を行使し得るコアユニットの獲得と、蒼の継承が目的だった。レリウス=クローバーに蒼の魔道書を与えたのも、そのためだ。

 六年ぶりに訪れた施設の入り口は、テルミにどれだけ前だったかわからないループ前の記憶を思い起こさせた。ここに『帰ってくる』のはいつも始まりの一瞬だけだったからかもしれない。

 入り口は十数メートル直径の金属隔壁しか残っていない。その扉にしても、地下施設の底にあったはずなのだが、国連の爆撃の中心地だったために、上部の構造物は瓦礫も残さずに蒸発したらしい。耐え切ったとはいえ隔壁もひしゃげて半ば地面にめり込んでいる。

 ずんずんと盆地の傾斜を降りて行くと鼻につく薬物臭がしてくる。投下されたミサイルの種別を考えるとこの辺りはもう生き物がまともに生活できる場所ではなくなっている。特に、この国には風がない。盆地であればなおさら、あらゆる有害物質やガスが溜まっている。

 一人先行したテルミを追ってきたトリニティが、無防備の身体を晒しているテルミに慌てて防護魔法を掛ける。他の三人に既に掛けたのと同じものをテルミも大人しく掛けられた。なくてもさほど困りはしない身体だが、説明するのが面倒だった。

「ここは危ないですからぁ、先に行かないでください~」

 隔壁のそばには、記憶が確かなら点検口が設けられているはずだ。のろのろとついて来るトリニティを無視してテルミは急になった坂を滑り降りようとして、慌てて足を止める。わずかな誤差で破裂音がする。

「チッ」

 踏み出そうとした地面を背後から伸びてきた電撃の矢が打ち抜いた音だ。防護をかすめたせいで空気が分解された刺激臭がした。

「あらあら」

 驚いた風でもなくトリニティが呆れた顔をする。確かめるまでもなく、ナインが放った魔法だ。こんなものが当たったら痺れて足止めどころの話ではない。追撃はないが、また先行すれば撃ってくるのは間違いない。ふり返るのも嫌になってテルミは歩調をゆるめトリニティの横に並んだ。

「声が届かないくらい先に行くからですよぉ」

 テルミはふつふつと湧いたナインへの殺意に改めて舌打ちをする。

「よく、あんなクソアマと付き合ってられるな、マゾかよ」

「ナインは、すこぉし、不器用なんですよ~」

 利用価値がなければ真っ先にぶっ殺しているだろうナインの傍若無人さに憤るテルミを前にしても、トリニティはふわふわと微笑むばかりだ。

「……テメェに聞いた俺がバカだったわ」

 まだまだ長い戦いを、アレと折り合いつけて生きて行かなければならないかと思うとテルミは頭が痛かった。

(いっそ、レリウスがいてくれりゃアレの代役になるってのによ)

 六英雄の首の挿げ替えができればどれだけマシか。テルミは、今はいない共謀者の不在を嘆いたが、時間の流れはテルミにもまた無情だった。

    

    

    

    

 蹴り飛ばした金属の点検口が内側に落ちて、真っ黒な地下への道が拓けた。テルミが飛び込んだ先には瓦礫がうず高く積み上がっており、それを階段代わりに中へと降りることができた。テルミの後に続いてトリニティ、ラグナ、セリカ、ナインが瓦礫を伝って施設の内側に入った。

 思っていたより通路はずっと明るい。円形の大穴をぐるりと囲むドーナツ型の通路には、穴の蓋になっている金属隔壁に裂け目から陽光が差し込んでいた。おかげでかなりの階層まで明かりを灯すことなく進むことができる。裂け目からは外の砂もこぼれ落ち、光の柱の中でキラキラと光っている。

 中央の穴の明るさに反比例して、通路はどんよりと凝った空気で満たされていた。

 金属パネルを床と言わず壁と言わず貼り付けてあるのだが、大半がめくれ上がっている。金属は傷まみれで、表面に浮き上がった赤錆が雨水で流れだして乾いており、濃淡の激しい赤茶けた塗料を全面に塗りたくったような異様な色合いになっていた。

 辛うじて穴に面した壁は上半分がフェンスになっているため、穴からの光が差している。防護魔法がなかったら、生臭ささえ感じる鉄さびの臭いに悩まされただろうことが容易に想像できた。

 中央の穴に沿ってゆるやかにカーブした通路を、テルミが進む。

 わかりにくいが、穴に面した壁は横方向だけでなく高さ方向にも角度がついており、片面の壁と床がなす角度は鋭角になっていた。天井より床のほうが広いのは、面している巨大な穴が地下に向けてどんどんと先細りになっているからだ。

 金属板を踏むテルミの後を、好奇心を刺激されてか目を爛々とさせたトリニティが怯えた様子もなくついていく。基本的に、トリニティのような錬金術を極める魔法使いは、他種の魔法使いに比べて好奇心が強い傾向がある。

 トリニティも例に漏れず、こういった未知の領域に踏み入れる忌避感が弱かった。

 そもそも警戒心より好奇心が強くなければ、ナインやカズマのような変わり者に関わろうとしないだろう。おっとりとした外見に騙されていたのだ、とテルミは今更ながらにトリニティとの邂逅を情報としてではなく、カズマの記憶として思い出した。ちらりと背後を見るが、周囲を興味深そうに観察しているトリニティは気づかない。

「入り口の扉は黒き獣が出現した後に取り付け直したのでしょうねぇ~」

 間延びした声で金属隔壁を支えていた内側の鉄柱を眺めながらトリニティが言う。

「この下の窯を誰かに取られたくねぇ連中がやったんだろ。第二、第三の黒き獣が現れてもおかしくねぇのに」

 唾を吐き捨てるようにテルミが言うと、ナインが鼻を鳴らしながらヒールでラグナを蹴り飛ばした。くぐもった悲鳴が先程から何度か聞こえているのは、怯えたセリカに縋りつかれたラグナのふくらはぎをナインが蹴っているからだ。少しでもラグナから触れようものなら、袖が接触しただけでも見逃さない。

「あんたと同じ意見なのは癪だけど、屑が多いのよ」

 ナインをセリカがたしなめるが、ナインはラグナを蹴り飛ばすのを止めない。

 実際に、ここの窯で錬成実験を行なっていたのはテルミ自身だ。

 それも当時の技術の数歩先を行くオーバー・テクノロジーを惜しげも無く使って、何とか研究という形になると言う困難な実験だ。素体作製を行なっていた研究者のリーダーレリウスが失われた以上、魔道書の作製を行うテルミ単体では研究の続行が不可能だと判断したほどだ。

 それを、窯を万能のエネルギー炉か何かだとしか思っていない低能どもが、よってたかって窯を掘り起こして似たようなことをしようとしているのだから危なっかしくて見ていられない。

「それにしても……何なのこの施設?科学漬けの連中が錬金術を利用するなんて」

 さすがに目ざとく気づいたナインが、錆に埋もれた壁の紋様を指でなぞる。術としての機能を完全に失っているが、ナインの目にはまざまざと在りし日の施設が映っているのだろう。

「科学だけじゃ足りねぇんだろ。こんな大掛かりなもんを作るとよ」

 トリニティも壁の材質が単なる金属ではないのに気づいて感嘆の溜息をついている。途方も無い金を掛けて建造した施設は、一企業が動いた程度では本来成し得ない技術の粋を結集したものだ。でなければ黒き獣の発生源であってこれだけ原型を留めているわけがない。

「科学と魔法の融合なんて……そんなことができるなら、もっと別のことに生かせばいいのに。ったく」

 技術の融合を推し進めたテルミが他への利用などという選択肢を選ぶわけがないのだが、ナインには知り得ないことだ。ぐずぐずとぼやき始めたナインを無視していると、トリニティがテルミのコートの裾を引いてそっと耳打ちした。

「ナインは魔道教会で、そういう技術の研究もしているんですよぉ」

「へぇ……」

「もちろん、こんな大掛かりな研究施設を造るためではありませんけど~」

 あっさりとトリニティは言うが、実際はトリニティが知るよりはるかにおぞましいレベルで、ナインの研究は進んでいる。まだ素体錬成を行なっていたこの施設の方がはるかに健全だといっていい。なにせ、黒き獣に近く、制御可能な化け物を造ることを目指しているのだから。

「トリニティ」

 言葉を制したナインにトリニティが肩をすくめる。

 少しでも外に情報を漏らしたくないナインからすれば、友達自慢のようなトリニティの言葉は歓迎できないものなのだろう。

「イシャナの十聖様が考えるにしちゃ、ずいぶん物騒な技術じゃねぇか」

 茶化すように言うテルミに、ナインが嫌そうな顔をする。あまり図星を指しすぎると激昂して面倒くさいので、話をそらす。

「いくら日本が技術大国だからってよ、こんだけの穴地面にブチ空けるのに機械式でってのは難しかったんだろうが。錬金術と魔法がイシャナ並に使われてる施設なんざ、他にねぇんじゃねぇか?」

 多少魔法をかじったイシャナの人間ならざっと見ただけでも気づくほどに魔法技術が使われているのだ。こんな場所は今の時間軸にはそうそうない。ナインが改めて壁の紋様を睨みつけ気がそちらにそれたことを確認してから、テルミが呆れたように言葉を続ける。

「魔法使いを動員できるような連中がやってることなんざ、だいたい世の中に顔向けできねぇ事が多すぎんだよ」

 世間一般では存在しないことになっている魔法は、秘匿されているだけでなく、扱える才能を持つものが圧倒的に少ないこともあって、ごく一部の知っている人間でも見たことがないのが普通だ。日本は他国に比べ例外的に魔法使いが多かったが、それでもこの施設を建造できたことの理由には成り得ない。

「第一区画を作った連中が、世界の根深い所に関わってたってことでしょう」

 その根深い所そのものであるテルミは、何も知らないナインを笑う。笑いの意味を取り違えたナインは、不快げに視線を逸らした。

 そんな視線に挟まれてものん気に、興味がないのか周囲の光景に足を止めずに歩くラグナは、退屈した口調でぼやく。

「俺にはいちいち魔法と科学を分ける意味が、よくわかんねぇんだが……」

 本当にわかっていないラグナの様子に、セリカでさえ驚いた顔をする。魔法を知っている上で、魔法と科学を同じ技術と捉えて考えられる人間はこの時代には稀有だ。テルミやナインのような存在を除けば、いない。百年後の世界は術式が生活の根幹まで浸透しているために一般的な考えだが、ここでは完全に異端だった。

 だが、それがナインの琴線に触れたらしい。今まで一度としてラグナに対し好意的な感情を向けたことがないナインが、蹴る足を止めて微笑んだ。

「世界中のお偉い方々が、あんたみたいにおめでたい頭をしていたならよかったんだけど」

 言葉の辛辣さに、ラグナはこき下ろされた気がして渋い表情をする。

「よかったねラグナ!お姉ちゃんが人を褒めるなんて珍しいんだからね!」

「ふふ、皆さんがラグナさんみたいなら、確かに平和になりますねぇ~」

 セリカとトリニティが口々に褒めているのかいないのかわからないことを嬉しそうに言うものだから、ラグナは黙りこむしかなかった。

    

    

    

    

 五人でわいわいと騒ぎながら、比較的短時間で、一行は最下層へ続くエレベーターを見つけるに至った。

 ドーナツ型の階層はそれこそ数キロに渡って地下へと続いており、徒歩で降りるのはほぼ不可能に近い深さだ。最下層にある窯の周囲には研究施設の本体が広がっており、テルミが目的地としているのもそこだ。

 エレベーターが死んでいたら、中央の穴を何とか伝って降りる方法を考えなければいけない所だった、と乗り心地のいい昇降機の中で背を壁に預けたテルミはため息をつく。ウロボロスがないので、登攀で降りるのは骨だからだ。

 同じ狭い空間にセリカがいるので気分は良くないが、窯が近いこともあってエレベーター内の環境は耐えれないほどではない。錬金術と魔法で支えられた箱は、緊急時に電力供給が途絶えても動くように設計されていたが、それがこんな形で役立つとは思いもしなかった。しかし、何かを忘れている気がしてテルミは首を傾げる。

 目の前では何か親密気なセリカとラグナ、その雰囲気を壊すまいとナインの気を引いているトリニティがいる。平和ぼけしたような光景に流され思考もまとまらない。

 しかし、何を忘れていたのか、テルミはすぐに思い出すこととなった。

 引っ掻くような金属音と断続的な衝撃、まっすぐ降りていた金属の箱が左右に不規則に揺れて支えなしには上体を保つことが出来ない。

 ざぁっとテルミの頭から血が引く。思い当たってしまった現実に拳を握る。

「なによいきなり!」

 ナインの耳障りな叫びにセリカの悲鳴が重なる。明かりが異常を知らせるオレンジの非常灯に切り替わって室内が薄暗くなった。再びの浮遊感と、衝撃。今度は足元から突き上げるものではなく、足元がぐらぐら揺れ、考えたくはないが何かに引っかかっている振り子にでもなったような感覚がする。滑り落ちた箱が、どこかに引っかかっているのだと、窓の外の景色で気づいた。先程まで見えていたエレベーターシャフトがどこにもない。代わりに、何かのケーブルの切れ端がぷらりと揺れている。

「マジかよ!」

「外に出ろっ!落ちるぞ!」

 金属の扉に飛びついたラグナが片手でエレベーターの扉の隙間をこじ開けようと爪を立てているがびくともしない。後ろではナインが既に攻撃魔法を準備しだしている。

「開くわけないでしょ!私が魔法で……!」

「衝撃で落ちるぞ!」

 危機的状況でもわいわいと騒ぐのは変わらない。

 ボタンを押して開けようとするセリカや、おろおろするトリニティも加わって、箱方の室内は重さで入り口方向に傾斜している。

「デメェら、散れ!固まってんじゃねぇよ!」

 テルミの叫びにはっとなって皆が壁際に身を寄せる。おかげで真ん前の扉との間には誰もいなくなった。

「オラァッ飛べやッ!」

 そこに、テルミが力任せの蹴りを放つ。重い回し蹴りを食らい、壁の中にあった扉の基礎がネジを散らしながら引っこ抜け、右側の扉が一撃の元に向こう側へと吹っ飛んだ。頭上から軋む音が聞こえたが、エレベーターは耐え切った。

 予想した通り、扉の向こうのエレベーターシャフトはぶっつりと途中で途切れていた。

 吹き飛んだ扉はどこまでも穴の底へ落ちていき、カーブした壁に当って甲高い音を立てる。

「黒き獣がいたの忘れてたとかマジねぇわ」

 這い上がってきた黒き獣が穴の内側に敷設されたエレベーターを破壊していないわけがなかったのだが、そこまで誰も考えが至らなかった。テルミにしても、黒き獣の出現後にここに来たのは初めてだったのが災いした。

「あそこに上がれ!」

 開いた扉の向こう、ラグナがナインに指し示した先には一つ上の階層の床が見えた。位置は背より高いが、登れないことはない。

「わかってるわよ!」

 ナインが床を蹴ってひらりと飛び上がり、ラグナの顔面を踏み台に、扉と床の隙間に豊満な身体を滑り込ませる。ラグナが抗議する間もなく、ナインが隙間から上体を出してセリカへと手を差し伸べる。

「セリカ、早く!」

 大きくなった破壊音が、焦りを増長させる。

 ナインの機嫌が悪くなることを承知で、ラグナはセリカを抱き上げてナインの手が届く高さまで片手で持ち上げた。ナインは両手でセリカを抱きしめると、ラグナの手から引っこ抜くようにすくい上げる。

「テメェもだ」

 今度はテルミがもたつくトリニティを、有無をいわさず抱え上げる。細い見た目に反して男らしい力を発揮するテルミの腕が、あっさりトリニティを自分の頭上まで持ち上げ、隙間へとそのまま放り込んだ。隙間の向こうでぶつかったらしいナインの声が聞こえる。

 後に残った男二人も脱出しにかかる。が、絶望的な破砕音と共に浮遊感がテルミとラグナを襲った。

 ほつれながらもエレベーターを支えていたワイヤーが、ついに留め金から完全に外れた音は全員の耳に届いた。

 即座に床を蹴って、二人が半分だけ扉のなくなった入り口から飛び出す。脚力だけで言えば女性達のいる床まで上がれないことはないのだが、男二人の体積に対してエレベーターの入り口は狭すぎた。テルミが異様な細身だったので外に出るまでは問題なかったが、飛び出したあとで見事にもつれた。

「ラグナッ!」

「カズマさんっ!」

 空中で体勢を立て直しそこねながらも、ラグナが剣を振るう。握られた剣の刀身部分がスライドし、隠されていた長い柄が姿を現す。記憶とともに思い出した剣のもう一つの姿である鎌が、せり出した床の裏側を狙う。刃はわずかに狙いをはずれ空振ったかに見えたが、その柄をさらにテルミが蹴りあげる。今度こそ、刃は床に届く。

「外してんじゃねぇよ」

 床に刺さった鎌の握り手にラグナが左手で、テルミは柄の半ばに足を絡めて宙吊りになっていた。

「だ、大丈夫ですかぁ?」

 エレベーターに面した方向の壁面がごっそりえぐれた通路に膝をついたトリニティが顔を出している。ナインやセリカもしっかりとした足場まで辿りつけたようだった。

「大丈夫じゃねぇよ」

 テルミは腹筋の力で柄の上で起き上がると、鎌を足場に飛び上がり手近な足場の縁に手を掛ける。そのまま鉄棒でもするような動きで、ひょいと難なく足場へ登る。

 片腕でぶらぶらしているラグナは既に手のひらの痺れが酷い。左手だけで全体重を支え続けるのは鍛えた身体でも限度があった。足場は作ったが、鎌を這い上がるにも片腕では難儀しそうだった。

「ラグナ、早くっ」

 セリカが腕を伸ばすが、伸ばせる腕がラグナにはない。

 代わりにテルミがラグナを引き上げようと、自分のいる足場から、足場の裏に刺さった鎌へ何とか腕を伸ばそうとしている。当たり前のようにテルミが手を貸していることに異様な寒気を感じながらも、ラグナはされるがまま救助を待った。

「セリカ危ねぇから退いてろ」

 涙目で自分の足場から眺めているしかないセリカにラグナが声を掛けたのが終わるか終わらないかのうちだった。何かがひび割れるような音が断続的に響く。

 下から見上げるラグナには、よく見えた。

 鎌が刺さった地面のひび割れが一気に広がり、崩落しようとしている。足場にもひびは広がっているが、セリカたちとのちょうど間あたりで割れ目は止まっている。裏側からぼろぼろと剥がれ落ちた足場が、ラグナに降り注ぐ。

「ラグナ!」

 セリカが必死に手を伸ばす。ナインは立ち上がったまま、トリニティは地面に手をついて、焦って魔法を唱える。テルミが苦い顔で刃ごと鎌を握り掴む。けれど、全てが間に合わないとラグナだけが理解していた。

 最後の一線を越えた足場が、広範囲で一気に崩落した。鎌を握る手に掛かっていた自分の重みが消失する。

 テルミが握った手から、鎌はあっさりと抜け落ちた。視界に赤いものが飛び散るが、落下し始めたラグナに血しぶきは届かない。

「ラグナァァァァッ!」

 魔法を手放したナインが、落ちそうになるセリカを羽交い絞めにして止めている。足場から身を乗り出した四人の姿があっという間に小さくなっていくのを、既視感を覚えながらラグナは見ていた。いつだったか、落ちていく自分を拾い上げようとした少女がいた気がしたのだ。

 どこまでも続くような暗い穴の中で、落下していくラグナの姿は音もなく溶けていった。

    

    

    

    

 


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