迷走大戦   作:萩原@

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第15話

    

    

    

    

「ユウキ=テルミ、私の邪魔立てをするなら誰であろうと容赦はせん。ヴァルケンハイン、貴様もだ」

 仲良くするつもりはこれっぽちもなさそうな男が、一歩踏み出す。ヴァルケンハインが眉根を寄せ、静観していたナインがきゅっと自分の服の袖を握った。一触即発の雰囲気だ。

「変わらねぇなぁ『スサノヲユニット』を手に入れても、やってることはまるで変わってねぇ」

 ナインが息を呑む。魔道士ならば知らないものはいない名だ。それがなんなのか仔細はわからずとも、知っている。

 驚きを隠さないナイン以上の驚愕にハクメンの手にした野太刀が震える。ハクメンがスサノヲを所持していることを知っていたからではない。ハクメンがなにであったかを、テルミは暗に知っていると仄めかした。

 ハクメンがジン=キサラギであったことは、アルカード家の者ならば承知だろう。それは同時に、ハクメンが未来から来た存在であることを知っているということだ。ひいては、黒き獣がなんであったかさえも。

「貴様……何者だ」

 見た目は人間だ。ハクメンが人であった時よりも若い男の姿をしている。

「まだ思い出せねぇってことは、時じゃねぇってことか」

 首をかしげ、細い指を細い顎に当てているテルミの仕草に引っかかりを感じるが、それだけだ。ハクメンはこの男を知らない。アルカード家と関わった七年間で男の姿を見たことは一度もない。

「そうだな、俺はテメェの『仲間』になる男だ。言わなくても、ハクメンちゃんならその意味、わかるよなぁ?」

 ユウキ=テルミはハクメンと同じくほんのわずか未来で六英雄となる存在だ。それは予定調和として定められたことだ。それを定めた存在を、ハクメンはクラヴィス=アルカードから聞かされている。つまりこの男もまた、自身が盤面の駒であることを知る者。

「それは求めている答えではない」

「手っ厳し~。けどよ、仲間でもねぇ奴にほいほい情報やるほど博愛主義じゃねぇんだわ俺」

 とっさにツッコミそうになったラグナは自重した。ラグナの知るユウキ=テルミは、冗談のように情報をぶち撒けていたような気がする。

「貴様っ」

「んじゃぁ一個教えてやるよ」

 膨らむハクメンの殺気を受け流し、いつもの調子を取り戻したテルミが笑う。

「テメェの追ってたラグナ=ザ=ブラッドエッジはソレじゃねぇ。わかってんだろ?一回ぶっ壊れて混じってああなっちまったモンを元に戻す方法なんざ何処にもねぇんだよ」

 自分の目の前で壊れた兄が還ってきたのだと、そう思いたかった。ハクメンが思い込みたかっただけで理解していた事実をテルミは突き付ける。そんなことができないのはテルミが一番わかっていた。できたならもっと上手く事を運ぶ事だってできるはずなのだ。

「人違いってやつだ」

 交じり合った心臓と躰を元のままの形で分離することなど不可能だ。確信を持って告げられる言葉がハクメンの装甲を無視して胸を抉る。

「……だがこの男もまた黒き者だ」

 自分は、黒き者である兄を殺さなければならない。人の姿をしていても、いずれ必ずその時はおとずれる。そうなる前に、殺してやらねばならない。悲劇を繰り返さないために。

「その必要はもうねぇんだよ」

 同じ結末を迎える悲喜劇はラグナの死を回避して幕を閉じるのだと、ここにいるラグナが証明している。そこまでハクメンに教えてやる意味はないが。

「ここにいるラグナ君はテメェの知る結末を絶対に迎えねぇ。絶対にだ」

 緞帳の降りないシナリオを未だテルミは知らない。

自分の計画のどこまでが正解で、どこが間違っているのか、答え合わせができる機会を逃すわけにはいかない。

「だから死なれると困んだよ」

 ハクメンが握った柄に力を込める。が、すぐに柄に絡んだ指がひるがえり、ラグナに向けられていた刃は引かれた。大きな軌道を描いた野太刀は、部屋の中のなににも触れることなく剣風だけを残して、ハクメンの背の鞘におさまった。

「貴様の考えなど知らぬ」

 低いような、けれど高くもある声が刃の代わりにテルミへと向けられる。

「今回は私が引いてやるが、次はないと思え」

 あれは、何も知らぬまま斬り捨てていい男ではないと、そんな軽いものではないのだとハクメンは思い直す。今の自分にとっての全てと言っていい存在だ。

目の前の男の甘言に弄されたわけではないと心を落ち着ける。

「ハイハイおー恐い恐い」

 殺さずに済む建前と逃げ道さえ用意してやれば、そそのかすのはそれほど難しくない。ユキアネサに殺意を増強されていない今ならなおさら、乗せるのは簡単だった。それほどの危機感も感じずテルミは場の終息を図る。

「つぅか、ラグナ君マジビビリしすぎじゃね?ウケんだけどワザとやってんの?」

 腰が引けるどころか抜け気味のラグナをつついて朝の鬱憤を晴らす程度には、余裕があった。

「うっせっ!感謝なんざしねぇからな!」

「いらねぇよ気持ち悪ィ」

 むしろ全力で憎んでもらってかまわない。そうであったほうが、都合がいいのだ。何もかも。

 今はラグナ本人に頼らなくとも、テルミの体はしっかり現世に固定されている。さらに力を封じる精神拘束も存在しない。黒き獣も死んだわけではないから、そこから流れ込む憎悪の量も十分に確保できている。この体なら窯なしでもハクメンとやりあうのに支障がないほどだった。

「感謝は、誠意で示してもらったほうが、嬉しいからよぉ」

 六英雄がすべてイシャナに揃った。有り余るほどの猶予を残して。未来への航路図であるラグナというおまけ付きで。確かな手応えを持って、テルミはラグナを舐めるように見た。睨みつけてくるラグナの憎しみが心地よく、テルミの精神を絡めとる。

 すべてが予想外だが、すべてが上手く行っている。テルミはほくそ笑む。快進撃とも言うべきテルミの世界への猛攻が始まろうとしていた。

    

    

    

    

 


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