迷走大戦   作:萩原@

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第14話

    

    

    

    

 ぼんやりと、ラグナは朝と同じ姿勢で床に座っている。

 不思議な光景だ。目の前の四人はラグナがいた時代では六英雄と呼ばれる伝説上の存在だった。ラグナを追い回すお面野郎ことハクメン。ウサギの執事ヴァルケンハイン。セリカの姉ナイン。そしてユウキ=テルミ。この四人が一堂に会することが今までなかったのは、会話からも明らかだった。

 六英雄とは、最初から面識のある者達ではない、寄せ集めだ。師匠の言葉を思い出す。だが、当代に比肩する者がいない傑物達の集団だった、とも。

 未来ではとてもではないがこんな慣れ合いじみた会話を繰り広げるような間柄には見えなかったが、ヴァルケンハインとテルミ、ナイン、ハクメンは刃ではなく言葉を交わしている。特にテルミとナインが会話を。

「あ?」

 自分の思考が飛んだことに、ふとラグナが動きを止める。何かがおかしい。なぜ、テルミとヴァルケンハインではなく、テルミとナインが浮かんだのか。ヴァルケンハインならわかる。爺さんがテルミを扱き下ろすのは、向こうにいた時に何度か見た。だがナインは?ラグナは、ナインを、直接には知らなかったはずだ。ナインはラグナがいた時代ではとっくに。

「死んでた、はずだよな」

 誰かから伝え聞いたのか?しかしその記憶もない。ラグナは唇を噛む。未だ自分がすべての記憶を取り戻せているわけではないことに気づいて。

 虫食いのように、ラグナの記憶の一部は今も失われている。意識をしなければ失っていることにさえ気づけない落とし穴のような欠落が、そこかしこにある。

「思い出せねぇ」

 必死で記憶の糸をたどるが、先はふつりと切れてどこにも繋がっていない。せめて、些細なことでいい、思い出せたら。そう望み頭を抱えるが、出てこない。それでもなにか。ラグナは思考の海に沈む。

 そしてまた、ラグナが気づかないまま事態がゆっくりと動き始めていた。

    

    

    

    

「嫌よ」

 はっきりとナインは言う。

「アンタ達みたいなのを連れているのを見られたら、私に無駄な疑惑がかかるわ」

 いかにも怪しい集団、以外に言いようのない男たちだ。どう言い訳しようと、ハクメンがいる限り言い逃れはできない。それにハクメンはもう既にひと暴れした後だ。見つかってただで済むわけがない。

「私の力ではこれだけの人数を城に転移させることはできんぞ」

 できたとしてもレイチェルが眠る城に騒ぎの元を上げるつもりは全くなかったが。ヴァルケンハインも拒否する。

 話の場を移そうとするテルミの提案はことごとく却下された。まったく納得出来ないテルミの溜飲は下がらない。

「単に俺に嫌がらせしたいだけだろテメェえらは」

 誰も否定はしない。唯一ハクメンだけがどうでも良さそうに直立不動でラグの上に立っている。鳴神を抜いたままなのを見ると、戦闘態勢は解いていない。様子見をしているだけで、隙あらば、ラグナを殺そうとしているのは明らかだ。

 テルミは頭に昇った血を抜くように大きく息を吐いた。ハクメンがラグナを追うだろうことは、十分予測していた事態だ。ただそれが、テルミの想像よりずっと早い時期に起こってしまった。

「ハクメンちゃんはラグナ君しか見えてねぇしよ」

 未来から来たラグナは、ハクメンに殺されるだろうとテルミは予想していた。

ハクメンの殺意はタカマガハラのループ起点として望まれている要素だ。ハクメンが黒き獣を滅する事を阻害すれば、十中八九、タカマガハラから妨害を受けることになる。今はタカマガハラの支配下にないとはいえ、余計な反感を買って後々に響くのもまずい。

 その一方で、今すぐラグナに死んでもらっては困る理由もテルミにはあった。ループの仕組み上、必ず窯から英雄『ブラッドエッジ』が現れ、黒き獣を一年の休眠に追い込む。つじつま合わせのためのブラッドエッジが何時のラグナかは完全にランダムだ。今回はテルミへの例外的措置と、ループの先からラグナが来る確率が重なった奇跡のような事象だ。そして、ブラッドエッジが生き残るという現象が初めて発生した。

 ここにいるラグナはループの先を知っている。この閉塞した繰り返しの事象の突破口をくぐり抜けた生き証人。ループは突破できる。どうやってその事象の自分が突破口を開いたのか、ラグナからテルミはまだ聞いていない。聞き出さなければいけない。それこそがラグナを生かした意味。

「馴れ馴れしく呼ぶな。貴様がユウキ=テルミか」

 鼻を鳴らすような音が仮面の下からした。実際にあの下に顔があるのかは、テルミにもわからない。スサノヲはテルミが所有していた時と同じものではなくなってしまっている。かつての自分の姿を向かい合って見るのに慣れる程度くらいには過去の遺物。

「オイオイ、これから嫌だろうが胸糞悪かろうが付き合っていかなきゃなんねーんだ。ちょっとは仲良くしようぜハクメンちゃんよ」

「…………」

 仮面に表情が浮かぶような沈黙だ。ハクメンの、いや、ジン=キサラギの人柄をよく知っているテルミには、見えなくともこの男がどんな顔をしたのか手に取るようにわかった。浮かんだ感情は拒絶だ。慣れ合うつもりは毛頭ない。そう言う男だ。

「それにラグナ君ぶっ殺されると俺も困んだよ」

 現時点で、と心の中で付け加える。

 ぼんやりとしていたラグナが肩を震わせたのが、テルミからも見えた。予想していなかった助け舟に乗っていいのか、訝しげな視線をテルミに投げかけている。おいそれと信用できる相手ではない。ラグナの左目は複雑な色をしている。

「俺に助けられんのがそんなに嫌か?嬉しいねぇ子犬ちゃんよぉ」

「嫌に決まってんだろ馬鹿かテルミ」

 打てば響くように悪態をつく。ラグナにもなんとなく、テルミが自分になにを求めているかはわかっている。それがわかるだけのものを、ラグナは未来で見てきた。

「おー粋がんなよ、ここじゃ保護者は助けてくれねぇぞ」

 揶揄された相手は、確かに呼んでも来なかった。レイチェルだ。ヴァルケンハインが代わりにハクメンを止めてはくれたが、レイチェル自身からのいつかのような援護は望めないことはわかった。だからといってテルミを頼るというのは大いに問題があったが。

    

    

    

    


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