迷走大戦   作:萩原@

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※誤って削除したため再投稿しました


第13話

    

    

    

    

 ナインに転移魔法でテルミの部屋から放り出されたラグナを待っていた事態は、一難去ってまた一難以外のなにものでもなかった。

 逃げるラグナ。追うハクメン。

 さすが魔道都市だけあって、通りすがりの人間でもとっさに防御魔法を張って対処しているので死人は出ていない。

 破壊の限りを尽くしラグナを追うハクメンの姿は、傍目には殺意に満ちた化け物に映っただろう。

 ラグナからしてもそうだ。

 しかし、それをどこか微笑ましげに見る者もいた。

「まったく、はしゃぎすぎだ」

 微笑さえ浮かべた一人の男は、鐘楼のふちに直立し眼下の追いかけっこを眺めていた。

 壮年に差し掛かった年の頃に反して、巨躯を覆う筋肉は枯れる様子もなく体幹をしっかりと支えている。ベストとシャツだけでも上品さを感じさせる服装。それを持ってしても、男の生来の野性味を押し殺しきれていないのは明白だった。気象や天候によるものではない不自然な激しい風に、額に垂らした前髪が揺れる。

「ハクメン殿にも困ったものだ……」

 人狼としての色濃い気配を隠さず、ヴァルケンハインは最近できた友人のずいぶんと楽しそうな姿を、遠くから眺めていた。ハクメンは、数少ないヴァルケンハインの友人だ。わずか六年ほどの付き合いだが、ヴァルケンハインが全力で手合わせできるおそらく唯一の相手という意味では、特別だった。礼節をわきまえながらも、硬い芯と激しい気性を持つハクメンは好ましい。

「お教えしたかいがあります」

 穏やかな口調のヴァルケンハインはまるで困った様子もなく、清々しささえ感じさせる青い目でハクメンの振るう鳴神の斬撃と、弾き飛ばされるラグナを追う。

 黒き獣が封じられた旨をハクメンに伝えたのはヴァルケンハインだ。

 ラグナに恨みがあるわけではない。ラグナが主たるクラヴィスをジジイと呼んだことやレイチェルをウサギと呼びつけたことで激高し、城で何発か蹴りを入れたことは棚に上げておく。

 ラグナがハクメンに追い回され恐怖に引きつった顔でレイチェル様に許しをこい己の行いを悔い改めればいいなど、ほんの少ししか考えていない。

 今までラグナが口にした暴言の数々は、しっかりと覚えているし、その制裁は従者である自分の手で加えるからこそ意味があると考えていた。つまりヴァルケンハインは、今どれだけラグナがひどい目にあったとしても、それとは別口で締め上げるつもり満々だった。

 なので、死んでもらっては困る。けれどすぐに助けて楽にするつもりもない。

 拾い上げるタイミングを見計らいながら、戦闘の気配にうずうずとなる身体をなだめ、ヴァルケンハインはその時を待った。一際大きな爆発がラグナを吹き飛ばし赤いコートがボールのように吹き飛ぶのが見えた。

「いま少し」

 昼を告げる鐘が鳴るまで持ちそうもないラグナの命を、所詮は他人事と執事は推し量る。

 高い塔の上まで粉塵を巻き上げる建造物の倒壊と轟音、切り裂くようなラグナの悲鳴が響いたのは、すぐ後の事だった。

    

    

    

    

    

    

 

 ユウキ=テルミは我慢強い方ではないとだけ、先に記しておく。

 イシャナの市街地を海側から学園にかけて蛇行しながら破壊していった謎の怪物は、警備にあたっていた魔道士による攻撃魔法をものともせず、いくつかの建造物を瓦礫に変え、十数人の負傷者を出しながら、ある地点でこつ然と姿を消した。目撃証言では、白い人型のゴーレムのようであったとも獣人であったともされているがさだかではない。

 無論、その正体は波止場の荷物から抜けだしたハクメンである。後一歩という所までラグナを追い詰めたハクメンをラグナごと転移させたのは、高みの見物を決め込んでいたヴァルケンハインだ。あまりにも目撃者が多く、その場から徒歩で逃走するのは無理だと判断したための、苦肉の策だった。

 だがヴァルケンハインは本職の魔道士ではない。

 超高次の転移魔法を行使できはするが、あくまでそれは彼の力の副産物的な要素。本職の魔道士の転移魔法と比べ仕様も規模も限定的でしかなかった。最もたる相違点はその転移先の座標指定である。

 ざっくりと言ってしまえば、ヴァルケンハインは自分が訪れたことがある場所、あるいは主たるレイチェルが転移魔法を行使した座標にしか転移できない。理由は主の後を追って移動するために取得した魔法だから、という一点に尽きる。

 結果、今回のような不幸な事故が起こったが、これはヴァルケンハインの責任ではないのだ。

 あくまで悪いのは、ラグナを見た瞬間に何の考えもなくまっすぐに斬りかかっていったハクメンである。

 そのハクメンがラグナに出会うよう仕向けたのがヴァルケンハインであり、何が起こるかを予見していたとしても、少なくともヴァルケンハイン本人は少しも悪いとは思っていなかった。

「少し手間取ったか……」

 むしろ嬉しそうに顔をほころばせ、ヴァルケンハインは白い手袋についた埃をはらった。手袋に覆われた右手で受けたハクメンの一撃は、今も痺れを残している。手合わせでもここまでのものはなかなか打ち出されることはない。それだけでハクメンが本気だったことがうかがえた。

「邪魔をするつもりか」

 くぐもった声がヴァルケンハインの真横からする。ハクメンの文字通り面の下から発せられる声だ。

 怒りをにじませているハクメンの殺気が室内に満ち、緊張が走る。なによりそれに怯えたのはラグナだった。助けが来たと思ったが、どういうわけか執事はハクメンごとラグナを転移させた。しかも行き先は城ではなかった。

 さらに言うと、周囲の面子はどう考えてもラグナを助けてくれそうになかった。

「転移魔法……」

 目を丸くしているのは、朝方ラグナを地上数メートルに強制転移させたナインだ。打ち所が悪かったらただでは済まないだろう高さに容赦なく転移させた彼女に助けを求めたとしても、無意味だろう。

「ハクメン殿、どうやらなにか勘違いをなされているようですね」

 ラグナに、視線と切っ先を突きつけるハクメンとの間に身体を割りこませると、ヴァルケンハインは手でハクメンを制止した。背も体格も巨躯と言うに相応しい男二人が並ぶと、視覚的に圧迫感がある。どちらも気迫を漲らせていればなおさら。

 それを、床に座り込んだラグナは見上げた。見覚えがありすぎる天井に突き刺さらんばかりの男二人と、その横で顔をしかめている女。そして。

「テメェら……俺の部屋に来んじゃねぇよッ!マジで!なんで来んだよッ!」

 ベッドに朝と同じ体勢で座っているテルミを。

 見覚えがあって当たり前だ。数時間前までラグナがいた場所。ヴァルケンハインが自分の足で訪れた、数少ない場所。ここはテルミの部屋だ。

「オッサンなんでココ転移先にしたんだ?あ?他にあんだろどっかよ」

 額に青筋を立てたテルミの目は座っていた。先にも記したが、テルミはどちらかと言うと短気だ。朝からの招かれざる客の波状攻撃に、元々短い精神の導火線は根元近くまで焦げている。

「貴様、今日は休みだろう?」

 何でもないように、ヴァルケンハインは言う。

「知ってるんだったら来んなよッ!休みに厄介事持ち込んでんじゃねぇよ!」

 言葉だけでは足りず、感情のまま両手の手振りも交えて抗議するテルミは、ヴァルケンハインに噛みつかん勢いで叫ぶ。

「なんで、俺の部屋が、こんな肉壁に囲まれなきゃならねぇんだ!」

 肉壁、と評されたハクメンとヴァルケンハインを見て、ナインは納得した。確かに縦にも横にも分厚い肉だ。男の一人暮らしのワンルームに詰め込むには質量も熱量も容量を超えている。その『肉』に自分が含まれている事には気づかないまま、ナインは事態を見守る。

「ややこしい事の説明は貴様の領分だ」

 さぁハクメンに説明しろ、とばかりにヴァルケンハインがテルミを見る。まるなげの姿勢だ。

「テメェでやれッ!」

 テルミは、頭の中で血管が切れるような音を聞いた。

    

    

    

    


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