人でごった返す境内を半ば泳ぐようにかき分けて自分が元いた列へと戻ると、僕が冷渦さんを見つけるより早く向こうが僕を見つけ、手を挙げる事で自分の存在を示してきた。
僕はその手を目印にして元々並んでいた所へ収まった後、自分の手に持っていた2つの紙コップの内片方を冷渦さんに渡す。中身は2つとも同じで、甘酒だ。
「いや、悪いね。我儘言って。」
紙コップを受け取りながら冷渦さんが僕に礼を言う。
「いいよ、気にしないで。」
この程度の事を『我儘』だと思うほど僕は狭量な人間じゃない。
「しかし驚いたよ、まさか冷渦の方から初詣に誘ってくるなんて。」
何でも毎年必ず、3が日の間には神社へ初詣に行っているらしい。僕としては超が付くほど論理的で現実主義の彼女が、神様に手を合わせて何かをお願いするという行動するとはとても思えなかった。
勿論初詣自体には僕の方から誘うつもりではいたけど、年が明けたと同時にメッセージアプリで新年の挨拶をした後の雑談の際にでも切り出せばいいやとのんびり構えていたら、去年の内に彼女の方から誘いをかけられた。
「なんだ、君も私が初詣に行くのは似合わないと思っているのか?」
大方言われ慣れているのだろう、悪戯っぽく笑いながら問いかけてくる。
「いや、似合わないとまでは言わないけど、以外だなとは思う。」
似合う、似合わないの話を外見的なものであると解釈すれば本当のことを言いつつ、甘酒を1口。あまり深く考えずに2つ買ったけど、僕の味覚の好みからするとやっぱりこの飲み物は甘すぎる。
「大体冷渦自身信じてはいないでしょ、神様とか。なんの為に初詣するんだ?」
続けて僕がした問いかけに、冷渦は少し考え込んだ。
こういう時は彼女の中で答えが作られている時だ。じっと待っているべきときでもある。
「まぁ、言ってしまえば真似事に近いかもしれないな。君の言うとおり確かに私は神さまなんて信じてない。でも、3が日に神社にお参りをして、形だけでも手を合わせるのはそういうことだと思うよ。」
そこで1度話を切り、甘酒で唇を湿らせる。そんなことが甘酒で出来るのかはともかくとして。
「実際一寸羨ましいしね。自分の目の前にある困難が、ほんの少しでも神頼みで軽減されるなんて発想、私には到底持てないから。そしてそれは同時にその人が達成可能かどうかわからない困難に対して、神の威を借りてでも挑もうとしていることの証左でもある。私みたいに賢しい人間は、そんな事をする事無く達成可能か否かで見切りを付けてしまうから。
祈りに依ってある種のギャンブルに挑めるのは、人の持つ大きな能力だと思うよ。私は。
『人類の英知の灯』というならやっぱり信仰の灯だろうね、チェレンコフ光なんてまがい物さ。」
彼女が朗々と語った考えを、自分の小さな容量でどうにかすくい上げながら解釈を試みて。
「つまり、形だけでも真似て、自分の前の困難へ挑む活力にすると?」
どうにかこうにか得た答えを口にしてみる。
「いやいや、そこまで高尚な事を考えているわけではないよ。まぁでも確かに言われてみればそういう側面も多少は含んでいるかもしれない。」
何となく何かを思い返すような表情をしながら、彼女は僕の答えをそう評した。何か心当たりがあったのだろうか。
「まぁもっと単純な所で言えば、私は色々なお祭りに参加することにしているのさ。楽しいからね。」
とって付けたように俗っぽい答えを言って、彼女は笑う。
「そうだね、冷渦が人混み嫌いでなくて良かったよ。デートの口実には困らないから。」
どうも祭りごとについて回るテキ屋の飲食物が好きらしい。
自分が太りにくい体質であるからか、彼女は飲食に対してとても積極的だ。好き嫌いの殆ど無い彼女が、美味しそうに食事をするのを見ていると、僕はなんだか満たされた気分になる。
きっと今日も、参拝が終わったらテキ屋巡りを始める筈だ。最近僕のチョロさを利用して、心置きなく飲食を楽しむ方法を習得した彼女によって僕の懐がどれだけダメージを負うかだけが若干心配だ。
多目には卸してきたけど、果たして足りるだろうか。