理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

88 / 179
八十八話 ビフォア

 ビフォアのロボ軍団との戦いはますます激しくなってきていた。しかし、それでも怪我人などはほとんどいないようで、テントに設けられた緊急救護室はがら空きであった。なぜかと言うと参加者に配られた魔法のローブが、そういった事故を未然に防ぐ効果があったからだ。だから参加者が怪我をすることは、ほぼ無いといっても良いというものだったのだ。

 

 

「え~ん……え~ん……」

 

「少し我慢しててね、すぐ治してあげるから」

 

 

 ただ、参加者以外で怪我をする人はいる。単純に転んだりした幼い男の子が、膝を怪我していたのだ。泣きながら痛そうにする男の子へと、治療をしようとそばによる一人の少女。その少女は治癒魔法を練習してきたのどかだった。

 

 

「プラクテ・ビギ・ナル、汝が為にユピテル王の恩寵あれ」

 

 

 のどかは初心者用の小さな杖で、その呪文を静かに唱えた。それは何度も練習してきた、治癒の魔法の呪文だ。まだ魔法発動キーこそ初心者のものを使っているが、しっかりと魔法を発動できるようになっていたのだ。

 

 

「”治癒(クーラ)”」

 

 

 そして呪文が完成すると、その男の子の足の傷はみるみる塞がっていったのである。傷が癒えたことを確認したのどかは、ほっと胸をなでおろしながらも、少年に笑いかけていたのだった。

 

 

「もう大丈夫だよ。ほかに痛いところはないかな?」

 

「あ、痛いのがどっか行っちゃってる! おねーちゃんどうやったの?」

 

 

 男の子は怪我が治り、痛みが消えたことに驚き、泣き止んでいた。そんな男の子にのどかは、他に怪我がないかを優しく聞いていたのだ。だが、男の子はそんなことよりも、突然傷が治ったことの方が気になるようで、何をしたのかをのどかへと質問していた。

 

 

「これはおまじない。痛いのがどっかにとんでっちゃう、おまじないなんだ」

 

「おまじない? すごいや!」

 

 

 のどかは今のことを魔法とは言わず、おまじないと称した。子供がよく聞く”痛いの痛いの飛んで行け”と同じものと話したのだ。怪我が治ったので元気になった男の子は、のどかの言葉を信じ笑いながら喜んでいた。

 

 

「ありがとうー! おねーちゃん!」

 

「今度は転ばないように気をつけてねー」

 

 

 男の子は怪我が治ったので、それを聞いた後にのどかへと大きな声で礼を言い手を振りながら出て行ったのだ。のどかもそれを眺めながら、小さく手を振り笑顔で見送っていた。また、その様子を隣で見ている夕映の姿があった。

 

 

「手馴れてますね。のどか」

 

「何度も練習したからね……」

 

 

 夕映はのどかの治癒魔法に、とても感心していた。のどかが治癒魔法をしっかりと、確実にものにしていたからだ。だが、のどかは何度も練習してきたので、このぐらいは出来ないと恥ずかしいと思っていたようだ。

 

 

「それに……」

 

「それに?」

 

 

 ただ、のどかは練習したこと以外にも別に、違う何かを感じていた。それは学園祭二日目にて、ネギと話していたことだ。のどかは魔法を使って治癒出来ることを、ネギへと話した。

 

 しかし、ネギはそこで魔法を使わずとも、人の役に立ちたいと言ったのだ。そのことにのどかは、大きな衝撃を受けていた。また、のどかはネギに少しでも近づくために、側に居るために魔法を覚えた。だからのどかは、そんなネギを見て、少しばかし落ち込んでしまったのである。

 

 だが、そう暗くなるのどかへネギは、ならばその魔法で身近な人を癒してみてはとアドバイスを送ったのだ。そうだ、今の自分には人を癒す力がある。それはすばらしいことだと、自分でも認めている。ならば今こそ、それを実践する機会なのではと、のどかは治癒魔法を怪我をした人たちに振るっていたのである。

 

 

「……ううん、やっぱりなんでもない」

 

「? 変なのどかですね……」

 

 

 だが、それを夕映の前で言葉にするのは、少し気恥ずかしかったので言いかけた言葉を飲み込み、なんでもないと話したのだ。夕映はそんなのどかを変だと感じたが、それ以外にも何かはわからないが、小さな変化を感じ取っていたようだった。そんなやり取りの後、数秒だったが二人とも何も言葉にせず、ただただ静かな時間が過ぎていった。その数秒の沈黙を最初に破ったのは、のどかだった。

 

 

「……そろそろネギ先生たちが動くころだね……」

 

「そうですね……」

 

 

 そろそろタイミングとしはネギたちが動く頃合だと、のどかは時計を見て言葉にしていた。夕映も同じく時計を眺め、確かにそうだと思ったのである。そこで夕映は、そんな言葉を発したのどかに、何か心苦しさがあるのではないかと考えたのだった。

 

 

「……のどかはネギ先生の役にもっと立ちたいと思ってもそれが出来ない、もどかしさか何かを感じているのでは?」

 

「え? どうして……?」

 

 

 だから夕映はそれをのどかへと、聞いてみることにしたのだ。この現状でネギの役に立てないのは、確かにつらいだろう。夕映もみんなにもっと協力したいと思いながらも、それが出来ないことをつらいと感じていたからだ。しかし、その質問にのどかは不思議そうな表情で、どうしてそのようなことを聞くのかと思っていた。

 

 

「私たちが出来ることは、せいぜい怪我人の治療ぐらいです。戦いは出来ないし、ネギ先生をサポートすることも出来ません……、だからもしかしたらと思ったのですが」

 

「そう、かもしれない……。確かにもっとネギ先生の役に立てないかな、と思うと少しつらいかな……?」

 

 

 また、夕映とのどかは攻撃魔法を一切覚えていない。出来ることは治療ぐらいだ。ここで攻撃魔法を覚えていれば、また違ってきていただろう。ネギたちと共に戦うことも出来たかもしれない。だが、無いものは無いのだ。夕映はその部分にも少し歯がゆい思いをしていた。それはのどかも少し感じていたことだった。ネギのために何も出来ないことを、少し気にしていたのだ。

 

 

「だけど、私たちに出来ることがある。なら、今はそれだけをしっかりとやればいいと思うよ」

 

「……のどか……」

 

 

 それでものどかは、ここで治癒魔法を使うことがあるのなら、それをやればよいと考えていた。人の役に立つこと、それはネギの願いだった。ならば自分もやってみよう。せめて怪我した人の傷を癒そう。のどかはそう思ったのだ。加えてそれこそ今出来ることの精一杯。出来ることがあるのなら、それをしっかりこなせば良いと、のどかは考えていたのだ。そうのどかに言われた夕映はのどかの成長に驚きながらも、そんなのどかを強いと感じていた。

 

 

「それに大丈夫だって。ネギ先生もカギ先生も、きっと無事に成し遂げてくれるはずだから……」

 

「……そうですね。ネギ先生たちなら、きっと……」

 

 

 そしてのどかはネギとカギを信じていた。絶対に麻帆良を何とかしてくれると。だから笑顔でそう答え、のどかに心配ないことを伝えたのだ。そんなのどかに夕映も同意し、ネギやカギなら麻帆良を救ってくれるはずだと思い、のどかへ笑って見せていた。夕映も二人を信用しているのだ。二人はこうしてネギたちを信じながら、怪我人を待つのであった。

 

 

 

…… …… ……

 

 スナイパーが直一に倒される少し前……。アルスやタカミチは辛くもスナイパーからの攻撃を防ぐべく、屋上喫茶の壁に隠れていた。そこでアルスはスナイパーの攻撃が止まったことを感知し、タカミチへ話しかけた。

 

 

「アルス……! 敵の狙撃が収まったようだが……」

 

「ああ……、そのようだな……。だが……」

 

 

 スナイパーの攻撃がやんだのは、単純にスナイパーが標的を変更したからだ。しかし、アルスたちはそれを知るすべはない。ゆえに攻撃が止まっただけと考え、慎重に動こうと考えていた。また、アルスもタカミチも、スナイパーの攻撃がもたらした被害を見て、このままではマズイと感じて始めたのである。

 

 

「こちらの戦力を削られたのは大きい、それにまだ例の鬼神とやらも見ていない……」

 

「一体何を考えているのかはわからんが……、いやな予感がするな……」

 

 

 麻帆良の魔法使いたちは、今の狙撃によりほとんど消し去られてしまった。さらに巨大ロボは大量に戦力として投入されど、鬼神と呼ばれる存在は未だに確認できずにいた。だからこそ二人は焦っていたのだ。鬼神がどのタイミングで投入されるかわからない上に、それを処理できる魔法使いがほとんどいなくなってしまったからだ。

 

 

「高畑先生、ココネが消えてしまったんス!」

 

「ああ、それなら大丈夫なはずだよ。さっきのは強制転移魔法のようだからね……」

 

「なんだ、そうなんスか……」

 

 

 この緊張感漂う場面で、空気を壊すものが居た。それはあの美空だった。美空は上司であるシスターシャークティに魔法使いとしての責務を果たせといわれ、仕方なく行動していた。そして、たまたまここに居合わせ、たまたま攻撃されてしまったのである。

 

 そこで美空があわただしく、タカミチへと質問していた。それは先ほどのスナイパーの攻撃で、消えてしまったココネのことだった。あの攻撃で消えてしまったら、一体どうなってしまうのか、不安だったのである。だが、あれは転移の魔法の類だと考えていたタカミチは、それを美空へと教え大丈夫だと話したのだ。それを聞いた美空は安心し、静かにため息をついていた。やはり緊張感に欠ける少女だ。

 

 しかし、そうのんきにしている暇など無かった。静かに、静かに足音近づき、何者かの気配が歩いているのに、アルスとタカミチが気づいたのだ。そして、それは自分たちが、今倒さなければならない相手。いや、倒すべき敵だった。

 

 

「しかし、ただの転移ではない。そこに時間がつくとすれば?」

 

「何……!」

 

 

 逆立つ短い金髪、190cmほどの巨体。筋肉質な体。それを覆うように機械の鎧が装備されたその姿。まさしく、そいつはヤツだった。最低最悪の転生者、ビフォアだった。ビフォアは転移の説明に、訂正を入れていた。相手を見下すように、小馬鹿にするように。そこで、そのビフォアの声を聞いたアルスやタカミチは、すぐさまビフォアの方へと振り向き、驚きの声を上げていたのだった。

 

 

「今の攻撃、座標の転移ではなく時間の転移だとすれば? 転移先が3時間先だとすれば? どうする? どうする? どうする? お前たちならどうする?」

 

「ビフォアか……!」

 

「うわっ!? ビフォアのおっさん!!」

 

 

 スナイパーが使った弾は、あの強制時間跳躍弾だ。それは命中した対象を3時間後へと飛ばす科学の弾丸。それをビフォアは、アルスやタカミチへと指をさしながら、まるで二人にはなすすべなど無い、無駄なことだと言わんばかりに話していた。タカミチは即座にポケットに手を入れ、アルスもビフォアの出方を伺っていた。また、美空はビフォアの姿に驚き、やばさと不安を感じていたのだった。

 

 

「お前が自ら出てくるとは……!」

 

「おやぁ? 確かお前はアルスだったか? ……死んだと思ったのだが生きていたのか」

 

「ちっ、俺が生きてても死んでても関係ないって感じだな……!」

 

「何を言う……、そんなことはお前もわかりきっているはずだろう?」

 

 

 アルスもタカミチも、まさかここでビフォアが自ら姿を現すなど、考えても見なかった。だからこそ、驚きが隠せないでいたのだ。また、ビフォアはアルスが生きていることを不思議に感じたが、ほとんど問題視していなかった。そのためビフォアは、どうでもよさそうな視線で、アルスを見ていたのだ。

 

 それに気がついたアルスは、ビフォアが自分が生きていても死んでいてもさしたる差が無いという感じの態度に、少しばかり苛立ちを感じていたのだった。だが、ビフォアの能力を知っているアルスは、それが当然だということもわかっていた。また、ビフォアもアルスがそのことを知っていると思っていたので、それを挑発的に言葉にしていたのだった。

 

 

「……お前の言うとおりだ……。まったくどうしたものか……」

 

「わかっているならさっさとくたばったほうが、身のためだぞ?」

 

「だが、そうも言ってられないんだよ!」

 

 

 だからこそ、アルスはビフォアの言葉を認めざるを得なかった。正直言えば悔しいことだが、自分ではどうにもならないのだ。ならば何もせず、そのまま退場してくれればよいと、ビフォアは余裕の態度でそうアルスへと告げていた。ああ、それでも、それでもアルスは引くわけには行かないのだ。麻帆良を救うためには、このビフォアを倒さなければならないからだ。

 

 

「アルス、僕にあわせてくれ!」

 

「おう、まかせとけ!」

 

 

 タカミチはビフォアと戦うことにした。そこでアルスへ自分に合わせるよう話しかけた。アルスもそれを快く受け、ビフォアを倒すために攻撃を開始したのだ。

 

 

「フッ!!」

 

「”雷の斧”!!」

 

「無駄だとわかっていても戦うか。魔法使いのサガってやつか? 下らんなぁ!」

 

 

 タカミチは無音拳を、アルスは雷の斧でビフォアを同時に攻撃した。しかし、アルスの攻撃はあらぬ方向へと飛び、タカミチの攻撃は数歩左に移動しただけで簡単にかわされてしまったのだ。そして、ビフォアは今の攻撃を涼しい風のように感じずつ、無駄なあがきだと二人を見下し笑っていた。

 

 

「チィ!! ”雷の投擲”!」

 

「クッ!!」

 

「ハッハッハッハッハッ!!」

 

「うひぃっ!!?」

 

 

 だが、それで止まってなどいられない。アルスは次に雷の投擲を10つも呼び出し、ビフォア目掛けて飛ばした。同じくタカミチも無音拳を連打で飛ばす。それでもビフォアには届かない、まったく届かないのだ。アルスとタカミチの攻撃は屋上を揺るがし、床を抉り始めていた。そのすさまじい衝撃に耐えかねた美空は、変な悲鳴を上げて退避していった。

 

 それでも、それでもビフォアには攻撃が当たらない。当たらないのだ。ビフォアは高笑いしながら、二人の攻撃を意図も容易く回避していく。いや、アルスの攻撃は回避すら必要としていなかった。何せ攻撃が勝手にそれて当たらないのだ。回避する必要がどこにも無いのである。そうこうしているうちにアルスやタカミチとビフォアの距離はどんどん近づいていく。ビフォアは魔法による身体能力向上とパワードスーツによる肉体的サポートが存在した。そのため普通の人間よりも高い能力を持って居ることになる。その迸るパワーを使い、突如としてビフォアは二人の目の前から姿を消したのだ。

 

 

「甘かったな、ジ・エンド!」

 

「や、野郎……!!」

 

 

 ビフォアが姿を見せたのは、なんとアルスの背後だった。今のビフォア行動は時間停止や空間転移などでは決してなかった。単純な虚空瞬動での加速により、消えたように見えたのだ。加えてその超スピードを用いて、アルスの背後へと瞬時に移動して見せたのである。

 

 本来ならばアルスやタカミチほどのレベルの二人が見切ないほどのスピードなど、まずないだろう。しかし、ビフォアは魔力での強化とパワードスーツによる強化の二つの強化がなされていた。この超強化により、二人が見切れぬほどの速度を出すことが可能となっていたのだった。いや、それ以上にビフォアの特典(のうりょく)が深くかかわっていたのである。

 

 もはや何が起こったのかさえも理解できないタカミチ。アルスも一体どうしたら、このような力が発揮できるのか、考えが追いつかないで居た。さらにビフォアの右腕を背中に突き立てられ、アルスは完全に詰みに嵌ってしまっていた。また、ビフォアがアルスに尽きて立て拳で握っているのは強制時間跳躍弾だった。そして、その弾丸がはじけると、アルスは黒い渦に飲み込まれてしまったのである。なんということだ、アルスはビフォアに敗退してしまったのだった。

 

 

「すまん……」

 

「アルス……!!」

 

 

 アルスはタカミチへ、申し訳なさそうな表情で謝っていた。こうも簡単に敗北してしまったことに、申し訳なさと悔しさを感じていたのだ。タカミチも消え行くアルスを見つめながら、驚きと戸惑いが混じった表情で、悔しさをかみ締めていた。まさかアルスほどの男が、ここまであっけなく敗北するなど、タカミチも思っていなかったからだ。

 

 

「次はお前の番だな?」

 

「クッ……!」

 

 

 ビフォアはアルスが消えたのを確認すると、余裕の笑みでタカミチの方へと向きなおしていた。そして、タカミチをもアルスのように、時間転移させんと構えていたのだ。タカミチはアルスが消えたことに動揺を隠せない様子を見せており、このままでは自分も危険だと感じ始めていた。

 

 

「高畑先生!!」

 

「あれはビフォア……!!」

 

「明日菜君に刹那君……!」

 

 

 だが、そこへアスナと刹那がやってきたのだ。タカミチは二人の登場に驚きつつ、ならば自分はどうすればよいかを考えた。また、アスナや刹那も目の前のビフォアに驚きながらも、鋭くにらみつけて戦闘態勢をとっていた。

 

 

「むっ……、あの罠を抜け出してきただと……?」

 

「一時はどうなるかと思ったけど、ご覧のとおり帰ってきたわ!」

 

 

 そして、ビフォアはアスナや刹那を見て、多少驚いた表情を見せた。あのカシオペアを使った罠で、確実に未来に飛ばしたと思ったからだ。さらに”原作”よりも一週間も先に飛ばしたので、こうも簡単に戻ってくるはずがないとビフォアは思っていたのである。しかし、アスナたちは超の助けでこの時間に戻ってくることに成功した。だからアスナは皮肉たっぷりに、帰ってきたことをアピールして見せたのだ。

 

 

「まぁいいか。どうせお前たちは何も出来んのだからな!」

 

「何……!」

 

 

 それでもビフォアの余裕は崩れない。戻ってきたからといって、どうにでもなることはないからだ。ビフォアがネギたちを未来に飛ばしたのは、敵対者の数を削るためだった。ビフォアは自分の特典(のうりょく)は完璧であり、無敵であることに自信を持っている。

 

 それでも多勢に無勢で攻撃されれば、少し面倒だと考えた。ならばネギたちだけでも未来に飛ばし、邪魔者を少しでも減らそうと考えたのだ。ゆえに、ビフォアが少し驚いた後、つまらないものを見る目でアスナと刹那を眺めていた。戻ってきたことには驚いたが、ビフォアにとってアスナや刹那が居ても居なくて大きな差が無いのだ。

 

 そんな態度を見せながら、何も出来ないと言うビフォアに、刹那が少し反応を見せていた。ただ、それでもアスナから聞いたビフォアの異常性や、覇王から聞いた特典(のうりょく)を考え、自分でもビフォアを倒すことは出来ないと、悔しさを感じていたのである。

 

 

「……ここは一旦引き下がりましょう……」

 

「明日菜君……?!」

 

「……悔しいですが、私も同じ意見です……」

 

 

 だからこそ、アスナはこの場は逃げるのが得策だと考え、タカミチへそれを話していた。どの道自分たちではビフォアを倒すことなど不可能に近い。ならば、ここは戦力を温存するという意味で、逃亡以外ないだろう。はっきり言えばアスナも逃げるなど、悔しくてしたくないことだ。それでもここは我慢して、逃げるしかないと考えていたのだ。

 

 タカミチはアスナから引くように言われたことに、少し驚いていた。ビフォアは今は一人、こちらは三人となった。数だけならば、圧倒的に自分たち側が有利になったと思っていたからだ。しかし、ビフォアに数など関係ない。刹那もアスナと同じ意見であり、ここは逃げるべきだとタカミチへと進言していたのだ。

 

 

「はっ、逃がすと思うか?」

 

「クッ!」

 

 

 しかし、ビフォアはそう簡単に逃がしてはくれない。当然だがここでビフォアが逃がすなど、絶対にありえないのだ。だからビフォアは三人を逃がすまいと、すぐさま攻撃を仕掛けたのである。地面が爆発したかのような衝撃とともに、ビフォアは三人の下へと瞬間的に近づいた。

 

 

「ハァっ!!」

 

「ハッハッハッハッ! 無駄無駄!!」

 

「こいつ……!!」

 

 

 刹那はとっさに刀で攻撃し、アスナも同じくハマノツルギで応戦していた。タカミチも二人をサポートすべく、無音拳を何度もビフォアに撃ちはなっていたのだった。だが、それでもビフォアはその三人の猛攻を軽々とかわし、高笑いしながら攻撃してきていたのである。こうなることはわかっていたアスナと刹那だったが、こうも簡単に自分たちの攻撃を避けられる光景を見せられて、多少ショックを受けていたのだった。

 

 

「は、早い……!? アグッ!?」

 

「アスナさん……!?」

 

 

 三人の猛攻もむなしく、アスナはビフォアの拳を腹部に受けてしまった。また、その拳から膨大な電気が発せられ、アスナは感電して動けなくなってしまったのである。加えて殴られた衝撃で、アスナは数メートル吹き飛ばされ、地面に転がるしか出来なくなってしまったのだった。

 

 なんということだろうか。たった数秒でアスナが潰されてしまったのだ。これには刹那も驚き、目を見開いていた。アスナと戦ったことがある刹那だからこそ、アスナがいかに強いかをよく知っていた。そんなアスナがこんなに早く、しかも簡単に倒されるなど、刹那は考えられないと思ったのだ。確かにビフォアと戦ったことをアスナから聞かされていた。それでも、こうもあっけなくアスナが負けるなど、刹那は思っても見なかったのである。

 

 そして吹き飛ばされて地面をバウンドするアスナを見て、刹那はとっさに心配の声を出していた。今のビフォアの攻撃は、かなりのものだった。心配をしない方がおかしいだろう。だが、それが大きな隙となってしまったのだった。

 

 

「他人を心配出来る状況か?」

 

「何!? くあっ!!?」

 

 

 その隙は本当に一瞬だった。一瞬、アスナが吹き飛ばされた方向を向いただけだった。しかし、その一瞬の内に、ビフォアは刹那の真横へと移動してきていたのだ。はっとした刹那がビフォアの方を向いたが、すでに遅かった。パワードスーツと魔力により強化されたビフォアの拳を、刹那は脇腹で受けてしまったのだ。流石の刹那もこれにはたまらず苦痛の声を漏らし、電撃のショックと痛みを受けながら後方へと吹き飛ばされたのだった。

 

 

「明日菜君!? 刹那君!? クッ!」

 

 

 アスナや刹那がこうも簡単に倒されたのを見て、タカミチは大いに焦った。アルスだけではなく、アスナや刹那すらもビフォアはたやすく倒して見せたのだ。

 

 また、元々は魔法先生だったビフォアが、こうも簡単に女子生徒である二人に手を上げたことに、タカミチは怒りを感じていた。タカミチもアスナとまほら武道会で戦いかなりの怪我を負わせた。それでもタカミチはそのことに、後ろめたさを感じていた。だからこそ、本気の一撃をアスナに向けた時、自己満足であったが謝罪の言葉をこぼしたのである。

 

 しかし、このビフォアにはそのような感情は決して存在しない。自分の邪魔をするならば、誰であろうと叩きのめすスタイルだ。そんなヤツにタカミチが怒りを感じないはずがない。当然、今のビフォアの行動を許せないと思っていたのだった。

 

 そして、元生徒である二人をこれ以上危険な目にあわせるわけには行かないと、タカミチはビフォアへと最大の無音拳を放つ。元生徒を傷つけたビフォアを、打ちのめさんと放ったのだ。ああ、それでも悲しいかな。その攻撃は空を舞い、虚空のかなたへ消えていった。

 

 

「何かしたか?」

 

「な……!?」

 

 

 ビフォアは涼しい顔でタカミチの攻撃をかわし、逆にタカミチの懐へと入ってきたのだ。今の一撃はタカミチにとって本気だった。元同僚であるビフォアに、情け無用の攻撃をしたはずだったのである。それをたやすく回避し、懐へ入ってきたビフォアにタカミチは驚き、一瞬の隙が生まれてしまったのだった。

 

 

「しまった!?」

 

「うっ……、高畑先生……!!」

 

 

 その隙をつき、ビフォアはタカミチにも強制時間跳躍弾を使ったのだ。はじけた弾丸から黒い渦が発生し、タカミチは飲み込まれて消えていってしまったのである。その光景を倒れ伏せながら、苦しそうに眺めるアスナが消えていったタカミチへと叫んでいた。

 

 

「これで大きな駒はひとつ消えたことになる。っと、そういえばもう一人居たんだったな!」

 

「うわっ!!」

 

 

 また、そこでこっそりとアスナと刹那を救出しようとしていた美空も、ビフォアの蹴りを受けて倒れてしまった。ビフォアは転生者であり、原作知識を持つ。こうなることをあらかじめ知っていたので、美空の行動を阻止することが出来た。加えてこれもビフォアの()()が大きく関わっていた。

 

 そして美空はビフォアの蹴りで吹き飛ばされ、アスナの近くで寝転がることになってしまった。ただ、ビフォアの攻撃は本気ではなかったようで、美空は地面で倒れこみながらも、さほど痛そうにはしていなかった。

 

 

「いてて……」

 

「美空ちゃん……!」

 

「これでお前たちもチェックメイトという訳だ! では今度はすばらしき世界で会おう……!」

 

 

 しかし、ビフォアは美空を本気で攻撃する必要などない。一瞬でも動けなくすればよいからだ。ビフォアは脅すようにゆっくりと歩きながら、不気味な笑みを見せながらアスナと美空へ近づいていった。右手の拳には強制時間跳躍弾を握り締め、二人を未来に消し去るために。

 

 また、刹那は動かぬ体をどうにか動かそうともがくも、ビフォアの一撃が強烈だったらしく、麻痺のみではなくダメージで体が動かない状況だった。美空も近づくビフォアに妙な恐怖を覚えたのか、ただただあわあわと慌てることしか出来なくなっていた。これまでなのか、誰もがそう思った時、一人の男が空から落ちてきた。

 

 

「”衝撃のぉ! ファーストブリットォー”!!」

 

「む!?」

 

 

 猫山直一。アルター能力”ラディカル・グッドスピード”を特典に持つ転生者。直一はスナイパーを撃破した時、ビフォアとアルスたちの戦闘で発せられた音を感知していた。そして、すぐさまここへ駆けつけてみれば、なんと三人の少女が地面に寝かしつけられているではないか。さらに目の前にはあの憎たらしきビフォアが、少女たちにトドメをささんと近づいていた。そんなことを許す直一ではない。直一は即座に上空からの落下を利用し、蹴りをビフォアへと浴びせたのだ。

 

 その直一の蹴りを、ビフォアは一歩下がるだけで回避して見せた。だが、直一も今の攻撃がビフォアに通用するなど思っていなかった。だからビフォアの回避行動に無反応で着地し、勢いを殺すように後方へと弧を描くようにすべり、アスナと美空の前に立ちふさがったのである。

 

 

「大丈夫か、お前たち!?」

 

「猫山さん!」

 

 

 直一はビフォアを睨みながらも、後ろに居るアスナと美空へ声をかけた。また、直一の登場に、助かったと喜ぶ美空だった。直一も一応麻帆良の防衛を行っているので、美空とは顔なじみであった。それ以外にも美空のアーティファクトの効果が直一の能力に少しだけ似ていたので、多少なりに会話する仲だったのである。そんな直一を前にしても、つまらない様子で笑いを浮かべて、特に構えもせずに立ち尽くすビフォアがそこに居た。

 

 

「おやおや、これまたハエが一匹混じってきたか」

 

「言ってくれるじゃねぇか! この狂犬野郎が!」

 

「……今なんと?」

 

 

 ビフォアにとって直一ですら、ハエのようにうっとうしく飛び回るだけの存在。取るに足らない相手である。しかし、直一はハエと言われて黙ってなどいるはずもなく、逆に狂犬だとビフォアへ罵倒を浴びせていた。その言葉に、ビフォアの笑みが消え、表情こそ無表情だが内心では煮えくり返る怒りを感じていたのだった。

 

 

「おい美空、まだ動けるか?」

 

「うっ……まあ、何とか動けるかなぁ……?」

 

「ならばそいつら連れてさっさと逃げな……!」

 

 

 無表情となり睨むビフォアを直一は放置し、美空へと話しかけた。動けるならば動けなくなった二人を連れて、ここから離れろと指示を出したのだ。美空はただの蹴りを一撃受けただけだったので、さほど大きなダメージではなかった。そのため問題なく体を動かすことが出来た。ただ、まだ少し痛みを感じるので、痛がりつつ曖昧な返事をしていた。

 

 

「……いいんスか!?」

 

「いいにきまっている! 俺は誰よりも早く走れる男だぜ?」

 

「……そ、そんじゃよろしくお願いします!」

 

 

 だが、直一の指示を聞いた美空はすぐさま元気を取り戻していた。美空はあまり前に出たがらない面倒ごとは嫌いな性格である。出来ることならこの場をさっさと立ち去りたいのだ。そこへ直一の逃げろという言葉に、元気と喜びが沸いてきたのである。

 

 ただ美空も、直一を一人残し、さっさと逃げてしまうのには少しだけひっかかるものがあった。だからなのか、それでよいのか本当に良いのか直一に尋ねたのだ。

 

 しかし、そんな質問は愚問とばかりに、直一は問題ないと大きく返事をしていた。そして美空からは直一の表情が見えなかったが、この状況でも直一がニヒルな笑みを浮かべているように見えたのだ。さらに直一の返事に、美空は確かにそうだと感じていた。この直一に速さで勝てるものなど存在しない。速さだけなら無敵の男こそ、この直一だと、そう思い出したのだ。

 

 ならばこの場は倒れている二人を抱え、この場から脱出するのが先決だろう。そう直一に言われたし、どの道自分にはどうすることも出来ないのだと、美空は考え行動に移った。

 

 美空のアーティファクトは単純に早く走れる靴である。ただそれだけの能力だ。それでも相手に気が付かれない程度には早く動ける。その能力を生かし、美空は倒れているアスナと刹那を拾い上げようと、すばやく移動を開始した。

 

 ビフォアはそれを眺めながら、逃がすわけには行かぬと行動しようとしていた。そこで直一は、そうはさせまいと阻むのだった。

 

 

「ハッハッハッ、逃がすとでも?」

 

「おいおい、こいつらは中学生だぜ? 大人げないと思わねぇのか? それともロリコンかぁ?」

 

「フン、減らず口ばかりたたく。勝てないことなどわかっているだろうに……」

 

 

 ビフォアはアスナを拾い上げる美空を見ながら、あの程度問題なく対処できると考えていた。そんな余裕な態度のビフォアへと、直一はさらに挑発を繰り返す。大の大人が情けない、中学生に本気を出すなど恥ずかしいやつだと、直一は皮肉ったらしく言ったのだ。だが、今度の挑発にビフォアはあまり反応を見せなかった。どの道直一では、自分に勝つことなど出来ないと、高をくくっているからだ。

 

 

「確かに勝つのは無理だなぁ。だが、こいつらを逃がすだけならなぁ、勝つ必要なんかどこにもないのさ!」

 

「はっ! 言ってくれ……、何!?」

 

 

 しかし、直一はビフォアに勝つ気などさらさらなかった。どうせ自分の()()は全て外れてあたらないのだ。だったら美空が逃げるための時間稼ぎをするだけで十分だと、直一は行動した。その行動とは、ただビフォアの体をつかみかかる。それだけだった。だが、その行動に、ビフォアは目を見開き驚いていた。

 

 

「やはりな! つかむだけなら、()()がはたらかねぇようだな!」

 

「ムグッ!!」

 

 

 ビフォアが驚いたのも当然だった。何せつかむという行為だけならば、ビフォアの特典が働かないからである。ビフォアの特典は無敵だが、穴が無いわけではなかったのだ。そして直一は捕まえたビフォアとともに、そのまま高くジャンプ。上空まで飛び上がったのだった。

 

 

「……今の内に逃げるっスよ!?」

 

「助かるわ……」

 

「申し訳ありません……」

 

 

 美空は両腕にうなだれるアスナと刹那を抱え上げ、その場を飛び去った。その行為にアスナも刹那も感謝し、申し訳なさそうな表情をしていた。いやはやまったく、どうしてみんなここまで本気なのかと、美空は多少疲れた気持ちを感じていた。だが、それ以上に上空へと飛び上がった直一を、心配していたのであった。

 

 

「ぐっ! 貴様ぁ!」

 

「はっはっはっ! これでアイツには追いつけなくなったなぁ!」

 

 

 高く高く飛び上がった直一。気を使わず立った一蹴りだけで、これほど高く飛び上がれる。直一の能力(アルター)があるからこそ出来ることだった。また、つかまれたビフォアは直一の行動に驚きながらも、怒りの表情で離すようもがいていたのだった。

 

 

「この! 食らえ!!」

 

「ウオッ!? この程度で離すかよ!」

 

 

 さらにビフォアはつかんだ腕を離さぬ直一へ、蹴りと肘打ちを食らわせた。だが、直一は今の攻撃の痛みに耐えながらも、ビフォアを離さんとさらに力を強めていった。

 

 しかし、ここで直一の飛躍が停止し、重力に逆らわずに落下を始めたのだ。そのことに気がついたビフォアは、直一が何をしようとしているのかを悟ったのである。

 

 

「貴様!? ()()()!!?」

 

「そうさ! その()()()ってやつだ!!」

 

 

 ビフォアはここにきてさらに焦った。直一がやろうとしていること、それはこのまま急降下し、地面に衝突するというものだったからだ。このまま地面にぶつかれば、ビフォアとて無事では済まされない。直一も手痛いダメージを受けるが、ビフォアへダメージを与えるにはこれしかないと考えたのだ。

 

 

「うおおおおおおおお!!?」

 

 

 重力に従い、徐々に加速がついてゆく。その勢いに恐怖を感じたのか、ビフォアは叫びを上げていた。そして、その落下速度を用いて直一とビフォアは地面へと衝突したのである。すさまじい衝撃、地面は破壊されクレータが出来ていた。周囲には土ぼこりが立ちこめ、その衝突の激しさを物語っていた。ああ、それでもビフォアは倒せない。この程度では倒せないのだ。

 

 

「チッ……。やっぱこうなっちまうか」

 

「クックックッ、甘かったな」

 

 

 ビフォアは地面に衝突する瞬間、直一のつかんだ腕からすり抜けた。さらにそこから地面に衝突し、膝を突く直一の背後へと移動してのである。また、直一もこうなることを予想していたのか、地面へ衝突する瞬間、しっかりと着地をしていたのだった。ただ、衝撃だけは殺すことが出来なかったため、派手な着地となってしまったようであった。

 

 

「お前にも消えてもらうぞ。さらばだ」

 

「ハッ! そうは行くかよ!!」

 

 

 そこで直一の背後から、ビフォアは強制時間跳躍弾を破裂させようとしていた。それを受ければ直一とて3時間後へと飛ばされてしまう。だが、直一はその攻撃を受ける気などまったくない。直一は踵の部分を地面に衝突させ、爆発的な推進力を発生させ飛び上がった。

 

 

「何!? コイツ!?」

 

「あいつらが無事逃げれたのなら、俺もテメェを相手にする必要なんざねぇのさ!」

 

 

 直一はそのまま高く飛び上がり、ビフォアの射程から脱出したのだ。ビフォアもまさか、このようなことが出来るとは思ってなかったらしく、またしても驚き表情をゆがませていた。直一は三人が無事に逃げたなら役目を果たしたとし、その場を逃げ去ったのである。ただ、直一とて逃げることに怒りと悔しさを感じていた。しかし、ここでビフォアに負けてしまっては意味が無い。だから直一は、苦心しながらもこの場は逃亡するしかなかったのだ。

 

 

「ふん……。逃げたところで無駄なことを……」

 

 

 そんな直一が飛び去るのを眺め、機嫌が悪そうな表情をするビフォア。それでもビフォアは直一程度の存在が逃げたところで、どうにでもなるわけがないと考えた。ゆえにビフォアの表情は普段どおりの余裕の表情へと戻り、静かにこの場から去っていった。そして次の作戦を決行すべく、ビフォアは身を隠すのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 麻帆良学園女子中等部、その屋根の上にて一人の老人が立っていた。それこそこの学園の学園長、近衛近右衛門である。この戦いがどのようなことになっているのか、自らの目で確かめるべくその場へとやってきていたのだった。

 

 

「むぅ、一般人に大きな被害はなさそうだが……さて……」

 

 

 現在ロボ軍団によるすさまじい攻撃を受け、一般人たちが押され始めていた。それはあの強制時間跳躍弾によるものであり、怪我などを負わすことなく3時間先に転移させるものだった。一般人はそれを知らぬがゆえに恐れをなしていたが、学園長はそれを承知だったため、被害がないと思っているのだ。

 

 

「高みの見物とは随分といいご身分じゃないか? え?」

 

「ほ? おぬしか……」

 

 と、そこに一人の少女が現れた。金髪のロングヘアーをなびかせながら、従者の殺人人形とともにその屋根へと静かに下りてきた。真祖の吸血鬼にて魔法研究家。治癒師としても有名なこの少女。エヴァンジェリンだ。エヴァンジェリンはゆっくりと静かに学園長の横へと移動してきたのだ。そして、この戦いを空から眺めつつ、どうなることかと考えていたのである。

 

 

「まったく難儀なものだな。変なヤツ一人の為に、この有様とはな」

 

「……こうなったのもすべてワシの責任じゃ……」

 

「だろうな。どこの馬の骨とも知らぬヤツを雇ったのは貴様だ」

 

 

 まったくもってこの戦い、呆れるぐらい面白くない。エヴァンジェリンはそう思っていた。何せ世界樹の魔力で動くロボと、同じく世界樹で動く魔法具を持つ一般人の戦い。これほど面白みの無いものはないだろう。これが訓練された兵士となれば、また少し違ってきただろう。まあ、それでも転生者らしき存在が、不思議な力を使っているのを見れるのはありがたいと思ってはいるのだが。

 

 そして学園長は、この惨状を見ながら自らの失態を悔い改めていた。何せあのビフォアを雇ったのは学園長本人。あの時ビフォアを雇っていなければと、そう思わずには居られなかったのだ。そのことをエヴァンジェリンは、面白おかしく攻め立てていた。いやはや滑稽だと笑っていたのだ。

 

 しかし、なぜ学園長はこうやって転生者を雇って居るのか。それは転生者の相手が出来るのは転生者のみだと考えていたからだ。転生者は強力な能力を持っている。すなわち高い実力の魔法使いですら、転生者を倒すことは困難だったのだ。

 

 さらに転生者は魔法世界で大暴れし、とてつもない被害を出してきた歴史がある。それがこの麻帆良でおきれば大惨事となってしまう。だからこそ転生者のカウンターとして転生者が必要だった。ある程度危険は承知で、真っ当だと思われる転生者を雇わざるを得なかったのである。

 

 

「……だが、あのビフォアなる男を雇わなくとも、こうなった可能性は否定できんぞ?」

 

「……む? どういうことじゃ?」

 

「あの男はこの麻帆良を支配しようと目論んでいる。ならば魔法先生などをやる必要は、まったくないんじゃないか? と思っただけだ」

 

 

 ただ、エヴァンジェリンは学園長を攻めるだけではなかった。ビフォアという男の目的は、この麻帆良を自らの手中に収めること。つまり、魔法先生などする必要はあまり無いとエヴァンジェリンは考えていた。実際ビフォアが魔法先生などということをしていたのは、この麻帆良の魔法使いを騙すためであり、そこに大きな理由などなかったのである。そうやってエヴァンジェリンは、自らの責任で重力にも逆らえそうに無い老人を、フォローしたのだった。

 

 

「……かもしれんが、たらればを言えばきりが無いじゃろう。それに、そうだったとしてもワシの失態は変わらんよ……」

 

「辛気臭いジジイだな。この現状は貴様の責任もあるだろうが、基本的にあのビフォアが行ってることだろうが。ハッキリ言えばヤツが諸悪の根源だろう?!」

 

 

 とは言うものの、あのビフォアを雇った責任は変わらない。学園長はそれをはっきり認識していた。ゆえにこの現状に大きな負い目を感じていたのである。しかし、ビフォアがやっていることはそんなことなど関係ない。元々麻帆良を乗っ取ろうと企み、暴れているのはビフォアだ。学園長が雇ったのは確かに失態だったが、それ以前にビフォア自身が悪であり、学園はとばっちりを受けている現状だと、エヴァンジェリンは言っているのだ。

 

 

「なんじゃ、おぬし。老人をイジメに来たと思えば励そうとしておる。一体何しに来たんじゃ!?」

 

「はっ、イジメに来たんだよ。ただ、今にも死にそうな老人が落ち込んでるのは、気持ち悪いと思っただけさ」

 

 

 そこで学園長は、エヴァンジェリンの最初の言葉と、今の言葉が微妙にズレていることに気がついた。何せ最初はお前が悪いと言いつつも、今はビフォアが悪いと言っているのだ。そこをエヴァンジェリンに尋ねれば、腕を組みつつ笑みを浮かべ、学園長が落ち込んでる姿はキモいと言い出したのである。

 

 

「そうかそうか。ならワシも元気を出して、責任を取らんとならんな~」

 

「……何を勘違いしてるか知らんが、私は貴様の折れそうな腰を折ってやろうと思っただけだからな……」

 

「ふむふむ、そういうことにしておこうかの」

 

 

 学園長はエヴァンジェリンが元気つけようとしているのだろうと思い、長く伸びが顎ヒゲをなでながら笑みを浮かべていた。そんな学園長が気に入らなかったのか、エヴァンジェリンは腕を組み、細くした目で少し睨むように学園長を横に見て、フンと鼻を鳴らしていた。そんな姿のエヴァンジェリンを見て、学園長ははほっこりしたようで、確かに元気を出していたのだった。

 

 

「チッ……まあいい。だが責任を取るためにビフォアと戦うというならやめておけ」

 

「フォ? なぜじゃ……?」

 

「胸糞悪いことだが、ヤツにはこの私ですら勝てん……。本当に忌々しいことだがな」

 

 

 しかし、そこで突如としてマジメな表情となったエヴァンジェリンは、学園長にビフォアと戦うのを止めろと言ったのだ。学園長はそれがどうしてなのかさっぱりわからなかった。また、エヴァンジェリンも自分ですらビフォアに勝てないと悔しそうに語っていたのだ。

 

 

「なんと!? 馬鹿な!? エヴァンジェリン殿ほどのものですら、ビフォアには勝てぬと……!?」

 

「ああそうだよ。ジジイも知ってるんだろう? 例の存在を……」

 

 

 学園長はそれを聞いて、目玉が飛び出す勢いで驚いていた。600年生き続けた真祖の吸血鬼であり、魔法世界でも有名人であるエヴァンジェリンが、自ら勝てないと言ったのだ。普通に考えれば驚かない方が無理だろう。だが、それには大きな訳があった。そう、ビフォアの特典である。エヴァンジェリンも転生者のことを知っていたので、ビフォアの能力がそういう存在が保有するものだとすぐにわかった。そして、それがあるからこそ、ビフォアには勝てないと悟ったのである。

 

 

「大体は把握しとる。して、ビフォアがそう言う存在の可能性も考慮しとった」

 

「なら説明などいらんな。ヤツの能力(とくてん)とやらが、私たちと有利に立ち回れるようにしているらしい……」

 

「ぬ……!? どういうことじゃ……!?」

 

 

 学園長もエヴァンジェリンから話を振られ、転生者の存在を知っていることを話していた。また、ビフォアという男がそういう存在の可能性があることもうすうす感づいていたのだ。それならば話は早いと、エヴァンジェリンは転生者の説明を省き、その核心であるビフォアが持つという”特典”について語りだした。

 

 ビフォアの特典、それはエヴァンジェリンや学園長などを相手にした場合、ビフォアが有利に立つことが出来るというものだった。それを聞いた学園長は、一体どういうことなのか一瞬理解出来ないでいた。それは当たり前のことであり、普通の人間が聞いたらまったく理解できない内容であろう。

 

 

「そのまんまの意味だ。ヤツは私たちと戦った時、絶対的な有利となるらしい……。だから私でもヤツには勝てんという訳さ」

 

「むむ……。ならばせめて、敵を減らすぐらいはせんとならんの……」

 

 

 つまり、ビフォアの特典の一つは”原作キャラよりも有利に動ける”というものだったのである。だからこそアスナや刹那を一撃で倒し、タカミチすらも簡単に翻弄したのだ。その汚く卑怯な特典があるからこそ、エヴァンジェリンですら勝てないと話したのだ。そして学園長はその話を信用し、完全に理解した様子を見せていた。加えて先ほどとはうって変わって非常に険しい表情となり、ならばロボ軍団を倒して回った方がよいだろうと考え始めていた。

 

 

「いや……、そうも言ってられないようだぞ?」

 

「むっ!?」

 

 

 しかし、それをまたしてもエヴァンジェリンが阻むように声をかけた。学園長は一体どうしたのだろうかと思ったが、その答えはすぐに現れた。

 

 

「ハハハハハッ。流石は600年も生きる吸血鬼。私が来るのを感知しましたか」

 

「ふん、来ると思ったよ。坂越とやら?」

 

「こやつが坂越上人……!?」

 

 

 エヴァンジェリンと学園長の背後へと突如として現れた男。オールバックにした紫がかった黒の髪、大きめのサングラス、黒のスーツに白の手袋。それは超能力を操る坂越上人だった。その上人の出現を知っていたかのように、エヴァンジェリンは体勢を変えずに、後方へ視線を移していた。ただ、その涼しい顔とは裏腹に内心焦りを感じながらも、上人がどう動いても問題ないよう常に感覚を研ぎ澄ませていた。学園長もその声のした方向へと向きを変え、突然の珍客に驚きの表情を見せていた。この男こそ、報告に聞いていた危険人物、その張本人なのだから。

 

 

「あぁ、挨拶がまだでしたね。はじめまして。私、坂越上人と申します」

 

「いちいち癪に障る話し方だな。さっさと用件を言ったらどうだ?」

 

「ハハハハッ、せっかちな方ですね。いいでしょう、この場で私の話し相手になってもらいたい。ただそれだけですよ」

 

 

 上人は学園長とエヴァンジェリンの二人を前にしても、余裕の表情と態度を崩さなかった。さらにゆっくりと丁寧に、しかし相手を見下すように自己紹介を始めたのだ。それを見たエヴァンジェリンは、体の向きを上人へと向け、本気で対峙する姿勢を見せ始めた。

 

 ただ、この上人が何を考えて居るのかまったくつかめない現状、ここで挑発に乗るのは愚かなことだと、エヴァンジェリンは冷静に考えていた。だからこそ、ここは相手に焦りを悟られぬよう態度を変えず、上人に何が目的なのかを問いただすことにしたのである。しかし、そんなエヴァンジェリンからの質問に、やはり見下したかのような言い草で、ただ話し相手がほしいとだけ要求してきたのだ。

 

 

「話し相手じゃと……!?」

 

「なんだ、てっきり私とジジイを両方相手にしにきたと思ったが、随分と弱腰じゃないか?」

 

「ハハハハハッ、あなた方を相手にするには問題などありませんが、それで発生しうる被害を考えれば当然のことでしょう?」

 

 

 その上人の答えに、さらに驚く学園長。はっきり言えば学園長は、上人が自分やエヴァンジェリンを倒しに来たのだと考えていた。だが、上人はそうは答えず、ただ話し相手になれと言って来たのだ。そのことを信用など出来るはずもなく、学園長は驚きの表情から再び際しい表情へと変えていた。

 

 加えてエヴァンジェリンも、上人は自分たちを倒しに来たと考えていた。ゆえに上人が話しに来ただけなどおかしいと考えたのだ。それを上人へと皮肉交じりに言葉にすると、上人は面白おかしく笑いながら、ここで戦わない理由を話し出したのだ。

 

 それは学園長とエヴァンジェリンが自分と戦えば、この麻帆良に大きな被害が出るということだった。しかし、それでも上人は二人を相手にすること自体は問題にしていない様子だったのである。

 

 

「つまり、私とジジイを相手にすることは問題ではなく、その戦いで麻帆良が破壊されることが問題だと?」

 

「勘が鈍いですねぇ~。そう言ってるじゃありませんか」

 

 

 そんな様子を見せる上人に、エヴァンジェリンは怒りを感じていた。何せ自分よりも強いと考え、下に見てきているのだ。このエヴァンジェリンでさえも、そんな態度に頭に来たのである。だからエヴァンジェリンは、上人が自分と学園長を相手にすることではなく、麻帆良が破壊されることを問題視しているのかと上人へと質問したのだ。すると上人は余裕たっぷりの態度で、さらに挑発するかのようにYESと言葉にしてたのである。

 

 

「舐められたものだ……と言いたいが……、確かに貴様の言うとおりだ」

 

「わかっていただけて光栄です。で、そちらもよろしいので?」

 

「む、むぅ……。わかった、おぬしの用件を飲もう」

 

「ハハハハハハッ、物分りがよくて助かります」

 

 

 だが、エヴァンジェリンも上人の言うことが間違えないと考えた。この上人と戦えば、麻帆良が無事である保障がどこにも無いからだ。ならば上人の言うとおり、話し相手をしているだけにしたほうがよいと、エヴァンジェリンは思ったのだ。

 

 先ほどの話に承諾の様子を見せるエヴァンジェリンを見た上人は、理解がよくて助かるという表情で、今度は学園長へと話しかけた。学園長もエヴァンジェリンと同様、戦わずして済むのなら越したことは無いと、上人の言葉を容認する形とした。

 

 しかし、学園長とて上人を信用した訳ではない。それでも、避けれる戦いは避けるべきだと考えたのだ。そんな学園長に上人は、物分りが良いと高笑いをするのであった。

 

 

「あぁ~、最初に言っておきましょう。私の目的は麻帆良などどうでもよいのですよ」

 

「何と……!?」

 

 

 そこで上人は突如、自分の目的が麻帆良それ自体ではないことを語り始めた。学園長は突然の上人の言葉に、あまり声が出ずにいた。ならば一体どんな目的があるというのか。学園長は驚きながらも、静かに上人の言葉に耳を貸すのであった。

 

 

「何か勘違いをなされているかもしれませんが、私はただビフォアに雇われただけの存在。そして今ここでお二人方を相手している行為こそ、私の()()()()()なのですよ」

 

「……何が言いたい?」

 

 

 上人は単純にビフォアに雇われた存在。つまりビフォアと契約を結んだだけの関係だと強調していた。加えてここでエヴァンジェリンと学園長との会話こそが最後の任務だと言い出したのだ。そんなことを言い出す上人に、エヴァンジェリンは一体何が言いたいのかと考えた。ならばなぜ、ここで自分たちと対峙する必要があるのか、わからなくなったからだ。

 

 

「こうしてあなた方と対話しているのは私の慈悲であり、ビフォアや麻帆良は何の関係もないということです」

 

 

 すると上人は笑いを浮かべながら、ここで会話していることそれ自体が慈悲だと言い出したのだ。ハッキリ言ってここで戦えば、麻帆良などどうとでもなるということだった。また、上人の任務はエヴァンジェリンと学園長を押さえ込むこみ、あわよくば倒せというものだ。ゆえに、麻帆良を破壊するのはしのび無いと思い、二人と戦うことをやめただけだったのだ。

 

 しかし、その言葉に学園長もエヴァンジェリンも反応し、さらに険しい表情となっていた。そんな二人を嘲笑うかのように、上人はさらに話を進めていった。

 

 

「それに、もうじき見れるかもしれませんよ? あなた方も是非、ご覧になっていただきたい。私の目的とやらをねぇ~!」

 

「なっ、何を考えておるんじゃ……!?」

 

「ハハハハハッ、別に私は何もしませんよ。ただ、この麻帆良に存在するとある二人が、特定の現象を起こす可能性があると言うだけです」

 

 

 上人の目的、それは誰かが起こす現象を確認することだった。また、それは学園長もエヴァンジェリンも見ることが出来るだろうと、好奇心を募らせながら語っていたのだ。学園長もエヴァンジェリンも、その何者かが起こす現象とは一体何なのだろうかと、疑問に感じていた。だが、それが何なのか、誰が起こすのかがわからないため、どうにもピンとこないのである。

 

 

「とある二人が特定の現象だと……!?」

 

「はぁい、そうです。ですからおとなしくしていただきたい。でなければ、この麻帆良が地図上からなくなってしまうかもしれませんよ? ハハハハハッ!」

 

「チッ、いちいち腹の立つ男だ……」

 

 

 そう、それを見るためだけに上人は、学園長とエヴァンジェリンに話しかけてきたのだ。そして上人は、ここでおとなしくしなければ麻帆良が消し飛ぶ可能性があると、脅しをかけてきたのである。実際上人の能力は未知数、何が出来るかわからないこの現状では、上人の言葉を嘘と捉えることは出来なかった。だからエヴァンジェリンも学園長も、上人の言うことを聞くしかなかったのである。ただ、エヴァンジェリンは一言、その怒りを吐き出すように悪態をつくのであった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。