理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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その身に宿る牙を突き立てろ


六十九話 鮫の牙

 鮫島刃牙はジョジョの奇妙な冒険Part5に登場する、スクアーロの能力をもらった転生者である。スタンドのクラッシュを能力として操り、大河内アキラの兄貴分として生きてきた転生者だ。

 

 すでに太陽は落ち、月明かりが照らす時間となっていた。そんな時間帯に刃牙は、ある場所へとやって来ていた。そこは噴水公園だった。

 

 なぜ刃牙がここへと足を運んだかと言うと、あのアキラから天銀神威とデートをすると言う話を聞いたからである。それを聞いた刃牙は、全身を震わせて暴れそうになったほどだった。だが、暴れたところで無意味だと感じた刃牙は、神威を倒すチャンスだと考え、噴水公園で待ち伏せをしていたのだ。

 

 

「野郎は必ずアキラより先に来るはずだ……。その時がヤツを倒す絶好の機会だ……」

 

 

 噴水公園の草むらの影に隠れ、神威がやってくるのをひたすら待つ刃牙。そこへあの神威が、影の転移魔法(ゲート)を使って現れたのである。そのおぞましい内面からは想像できないほど、月明かりに照らされた神威は美しくたたずんでいた。また、カギとの戦いでボロボロとなった服ではなく、黒を標準としたカジュアルなファッションに身を包んでいたのである。そんな噴水の前で立ち尽くす神威を、刃牙は目で殺せるほど睨んでいたのだ。

 

 

「待っていたぜ……。この”瞬間(とき)”をよお……!」

 

「何……?」

 

 

 そして刃牙は神威を発見したところで、すぐに攻撃へ移ったのだ。噴水の手前に立つ銀髪へ、スタンドのクラッシュを襲わせたのである。

 

 

「クラッシュ!!」

 

 

 噴水の池から大きな水しぶきと共に、古代魚のようなスタンドが姿を現した。さらにその水源の大きさにより、クラッシュは人よりも一回り大きな姿となっていたのだ。また、刃牙はあえて神威へと姿を見せ、その視線を逸らさせていたのである。

 

 

「なんだ、あの時の醜いヤツか……」

 

 

 だが、その刃牙の攻撃は神威へは届かなかった。突如神威が刃牙に対峙したままの体勢で裏拳をすると、そこにはクラッシュが居たのである。それを受けたクラッシュは、ものすごい速度で吹き飛ばされたのだ。その光景を見た刃牙は驚き、目を見開いていた。なぜならスタンドを素手で攻撃したからだ。さらに、その攻撃で刃牙も数メートル後方へと吹き飛ばされ、口から血を流していたのだ。

 

 

「がっ!? な、なぜスタンドを攻撃できるんだ……!?」

 

「さあ、それは私もはかりしれないことだよ……」

 

 

 この神威の特典はジャック・ラカンの能力だ。そのジャック・ラカンは雷化したネギを平気で殴るバグである。そのせいなのかわからないが、神威はスタンドを攻撃できたのである。また、今の攻撃で刃牙は胸に手傷を負っており、足をふらつかせながら立っていた。

 

 

「……ああ、確か君はアキラを私から守ろうと、必死だったね」

 

「……それが……どうした……?」

 

 

 さらに、一撃でボロボロになった刃牙へと微笑みながら、神威はなにやら語り始めた。それは刃牙が、アキラを守ろうと必死に奮闘していたことだった。刃牙は神威が何を言いたいのかわからないようで、睨みつけながらそれを聞いたのだ。すると神威は刃牙の真横まで移動し、首や視線は前を向けたまま、ぽつりぽつりと言葉を述べたのだ。しかし、それは驚愕の真実だったのである。

 

 

「最初にアキラに会った時、すでに彼女は私のものになっていたのさ……」

 

「な、な……に……?」

 

 

 なんとその言葉は、アキラが最初からニコぽの罠に嵌っていたというものだった。それを聞いた刃牙は、目を見開き神威の方を向いていた。加えて全身から力が抜けるような、そんな感覚を味わっていたのだ。まさか、まさか最初からアキラは、この神威の呪いにかかっていたのだ。

 

 

「そして君へ私のことを教えないように、頼んでおいたんだよ」

 

「ど、どうしてだ……?」

 

「ここぞという時に話してもらって、君がいかに醜いかを認識してもらおうとおもったからさ」

 

 

 さらに悲惨なことが発覚した。この神威は刃牙の気持ちを弄び、掌で躍らせていたのだ。その神威の言葉に刃牙は、戦意喪失するほどにショックを受け、膝を突いていた。最初から全て計画されたことだったとわかり、もはや何をすればよいのかわからなくなってしまったのだ。そんな失意の底へと叩き落された刃牙を見て、神威は心底喜びほくそ笑んでいた。これが見たかったと、心の奥底から思っていたのだ。

 

 

「ああ、そうだ。アキラにはまだ手は出してないよ」

 

「……何が言いたい……」

 

 

 そこで神威は挑発的な口調で、アキラには何もしていないと刃牙へと話し出した。しかし、先ほどのことがあったため、刃牙はまた神威が何か企んでいると考えたのだ。そしてそれは正解だった。その刃牙の質問に、醜悪な笑みを浮かべ答えたのである。

 

 

「つまり、今日にでもいただこうと思ってね」

 

「て、テメェ……!!」

 

 

 それは今日、アキラとデートした後に、事を起こすと言うことだった。さらにそれは、キスなどといったロマンチックなものではなく、それ以上の行為のことだと、刃牙は察したのだ。また、刃牙はそれを聞いて、自分の唇を噛み千切り、かなりの血がそこから流れ出ていた。神威はそこで嘲笑いながら、刃牙から離れ自ら距離を置いた。別に怒りに燃える刃牙に恐れを抱いた訳ではない。多少離れていても、即座に近づけると言う余裕の表れなのだ。

 

 

「ハハハ、私は優しくないから、もしかしたら泣いちゃうかもね」

 

「……く……くッ……クッ! クラッシュウウゥゥゥッ!!!」

 

 

 今の言葉に刃牙は全身を震わせながら、喉がはち切れんほどの叫びを上げ、手に持っていたペットボトルを握りつぶした。そしてその中の水を、神威へ向けてぶちまけたのだ。するとその水からクラッシュが出現し、神威を噛み千切らんと襲い掛かったのである。ああしかし、スタンドが見えぬのにも関わらず、そのクラッシュを掴んだのだ。

 

 

「ハハハハハ、魚風情が……」

 

「ウッグガァッ!?」

 

 

 神威はそのままクラッシュの掴んだ手に力を入れると、刃牙も体を握り潰されそうになっていた。さらに刃牙は血反吐を吐き、全身からきしむ音が鳴り響く。それを冷徹に眺め、このまま潰そうか考えている神威が居たのだ。

 

 

「死なれてもつまらないからね。半殺しにとどめてやるよ」

 

「グッグググッ!!」

 

 

 だが刃牙は諦めていなかった。クラッシュをその場で解除し、なんと自ら捨て身の特攻を仕掛けたのだ。その行動を見た神威は薄ら笑いを浮かべ、なんと醜いことかと思っていたのだ。また、刃牙がスタンドを掴まれても解除出来たのは、相手がスタンドで押さえつけた訳ではなかったからである。神威はスタンドを掴むと言うバグぶりを見せたが、スタンド使いではないのでスタンドの出し入れまでは押さえられなかったのだ。

 

 

「ウオオォォォォォォォオオオオッ!!!」

 

「これだから醜いヤツはイヤなんだ……」

 

 

 その特攻してくる刃牙へ、神威は神蛇の毒牙で打ち抜く。刃牙はそれを受け、左肩を貫通されたのだ。そしてその傷口からは、おびただしい量の赤い液体が噴出し、神威の上半身を真っ赤に染め上げたのである。

 

 

「ウグアッ!!?」

 

「……汚らしい体液で汚れてしまったじゃないか。まったく、デート前だというのに……」

 

 

 刃牙はその攻撃でグラりと後ろへ倒れこみ、もはや意識を失いかけていた。また、神威は汚れたことをかなり気にしているようで、刃牙の血がついた部分を眺めていた。だがその刃牙が流した血の部分を、クラッシュが泳いでいたのである。そこで再び体勢を整え、肩で息をしながらも立ち上がった刃牙が、魂の叫びを上げたのだ。

 

 

「”クラッシュ”! 食いやぶれェェェェェ喉をヲヲヲヲヲォォォオオオオオオッ!!」

 

「何!?」

 

 

 なんとそのままクラッシュは、神威の肩付近に出来た血の池から飛び出し、神威の喉元へと噛み付いたのだ。そのまますさまじいパワーで、クラッシュが神威の皮膚を食いちぎらんと襲い掛かる。しかし、神威の皮膚が異常に硬く、なかなかクラッシュの牙が立たなかったのだ。

 

 

「グッ……!?」

 

「気での防御だよ。その程度の攻撃など、効く筈ないだろう?」

 

 

 なんということだ。刃牙の渾身の攻撃すらも、神威には通らない。もはや諦めるしかない状況の中、刃牙は諦めてなどいなかった。むしろさらに鋭い視線で神威を睨み、おびただしい血と共に、さらなる叫びを吐き出したのだ。

 

 

「食いやぶれエエエェェェェェェェェェェッ!!」

 

 

 刃牙が発したその喉を潰すほどの叫びの直後、なんと神威の喉から血が溢れ始めていた。それはクラッシュが神威の喉に傷をつけたことに他ならなかった。刃牙をつまらなそうに眺めていた神威も、その痛みで自分の喉の方へ視線を送り、手をそこへと当てていた。すると、その手には真っ赤な水が付着していたではないか。

 

 

「ば、馬鹿な……!?」

 

 

 自分の手についた自分の血を見た神威は、驚愕した声をもらした。そこでさらに、クラッシュの牙が神威の皮膚へと深く突き刺さり、その流れ出る血を増やしていったのだ。

 

 しかし、なぜクラッシュの牙が、最初に食い込まなかった神威の皮膚を傷つけれたのか。それはスタンドが精神力により、パワーなどが左右されるからだ。ジョジョPart3にて、シルバーチャリオッツが怒りで射程距離が伸びたように、今の刃牙のクラッシュも破壊力が増したのである。加えてスタンドパワーを全開にし、刃牙はほとんどのエネルギーをスタンド操作に使ったのだ。だからこそ、神威の皮膚を突き破ることに成功したのだ。

 

 

「……フン、醜い君が私に手傷を負わせるとは……」

 

「……そのまま……、食いちぎってやる……」

 

 

 だが、傷を負ったはずの神威は、それでも余裕の態度を取っていた。また、そこで神威はその手傷を負わせた刃牙に賞賛の言葉に近いものを送っていたのだ。そして刃牙は、さらに神威を攻撃すべく、クラッシュを神威の喉へと食い込ませていったのである。これで形勢は逆転したかに見えたが、まったくそうではなかった。神威は別の方向をチラリと見ると、表情を凶悪な笑みへと変え、刃牙を再び見たのだ。

 

 

「しかし残念、タイムアウトだね」

 

「何が……!?」

 

 

 そう神威が一言溢すと、そこへ一人の娘がやって来た。それはまさかのアキラだった。いや、アキラと神威はここで約束していたので、来るのは当然のことだった。だから神威は刃牙へと、タイムアウトと言ったのである。それに気がついた刃牙は、しまったと思い愕然といていた。

 

 

「おまたせ……、こ、これは……!?」

 

「やあ、アキラ。こんばんわ」

 

 

 アキラが目にしたのは血塗れの二人の男だった。片方は自分の兄貴分である刃牙、そしてもう一方は惚れた相手の神威だ。神威は返り血で両肩や胸付近を赤くしていたが、服装が黒だった上に日も落ちていたので目立ってはいなかった。しかし、クラッシュによる攻撃で、首元からは血が吹き出ていたのだ。だが、アキラはクラッシュを見ることが出来ないので、怪我による出血として認識したようである。

 

 

「い、一体何があったんだ!?」

 

「いえ、アキラの知り合いに絡まれてしまったみていでね……」

 

「な……!!?」

 

 

 すると神威はアキラへ、刃牙に喧嘩を吹っかけられたと言ったのだ。その神威の言葉に刃牙は、息が詰まる思いを感じていた。まさか、自分を悪者にする気か、そう刃牙は考えたのだ。それはまさしく正解であり、神威は一瞬だったが刃牙の方を邪悪に笑いを向けていたのである。

 

 

「何だって!? じゃあこの傷も刃牙が……!?」

 

「ええ、彼って結構力が強かったみたいで……」

 

「お、おい……」

 

 

 さらに神威はそこで明らかなウソを、アキラへと吹き込んでいた。確かに戦いを始めたのは刃牙だが、力関係は完全に神威の方が上回っていたはずである。それを聞いた刃牙は、クラッシュを解除して神威へ話しかけようとしていたのだ。だが、そこへアキラは神威の前へ立ち、まるで神威を守るかのように刃牙の前に立ちふさがったのだ。

 

 

「刃牙! 一体どういうことか説明してくれ!」

 

「そ、それは……」

 

「どうしてこんなひどいことが出来るんだよ!!」

 

 

 お前を神威のニコぽから開放してやるなんて、言える訳が無いじゃないか。そう刃牙は思っていた。そして黙ってしまった刃牙を、最低だと睨みつけるアキラが居た。さらにアキラは刃牙を攻め立て、その刃牙の精神を削っていくのである。それを眺め、最高の気分だと考えている神威は、笑いをこらえるのに必死になっていた。

 

 また、神威よりも重症に見える刃牙を見ても、アキラはなんとも思っていないようだった。普通に考えれば、神威よりも深い傷を負っている刃牙を心配するのが当たり前なはずだ。しかしアキラがそうしないのは、やはりニコぽの力の影響なのである。

 

 

「最低だよ! そんなヤツだとは思ってなかった!!」

 

「……」

 

「まあまあ、アキラ。私はたいした怪我をしてないから、彼を許してやってほしい」

 

 

 神威に怪我を負わしたことを怒るアキラに、刃牙はもはや何も言えなかった。ただ悲しみと無力感を感じた視線を、アキラへ送ることしか出来なかったのだ。だがそこで、神威は刃牙の助け舟を出していた。心にも思っていないことを、アキラへ話し出したのである。

 

 

「でもこんな怪我を……」

 

「この程度、なんてことないからね?」

 

 

 そこでアキラは神威へと向き、その首の怪我を見ていた。何かに噛まれたような傷だったので、アキラは刃牙が噛み付いたのだと考えていた。そんなアキラへ神威は微笑みながら、この怪我をたいしたこと無いと言ったのだ。しかし、そこそこ深い傷のようで、アキラにはそうは見えなかったのである。だからアキラは刃牙の前にやってきて対峙し、許せないと叫んだのだ。

 

 

「刃牙! 理由はわからないけどこんなことをするんなら、もう知らない! 顔も見たくない!!」

 

「……!!」

 

 

 アキラの怒りの台詞は絶交の言葉だった。アキラとしては好きになった相手に、ちょっかいを出す駄目な男と刃牙を認識したのだ。だが実際は間違えで、クズ男に騙されたアキラを助けようと、刃牙は必死に戦っていたというものなのだが。それでもアキラはそれを知らないので、そう考えてしまうのだ。なんと悲しいすれ違い。また、そんな刃牙の考えや心情すらも、神威は打ち砕こうとしているようだった。

 

 

 刃牙はそう言われ、全身に力が入らなくなり、出血もひどかったので倒れそうになっていた。もはやこれまでなのか。もうアキラを助けられないのか。そう言った無力感と後悔が、刃牙を押しつぶしていった。そう自らの悔いで苦しむ刃牙だったが、ふと過去を思い出していた。それはまだ、アキラも刃牙も幼いころのことだった。

 

 

 アキラと刃牙の出会いは、まだアキラが小学生になる前のことだった。刃牙は麻帆良へ引っ越してきて、その家の隣がアキラの家だったのである。そこで刃牙は、初めてこの世界がネギまの世界だと知ったのだ。しかしそんなことは刃牙には関係の無いことであった。そして、隣同士の付き合いと言うことで、気がつけばアキラは刃牙を兄のように慕うようになっていた。だから刃牙も、そんなアキラを可愛く思い、妹のように接するようになっていったのだ。

 

 そう、刃牙にとって今も昔も、アキラは大切な妹分で家族同然の存在なのだ。ゆえにあの銀髪から遠ざけたかった。銀髪の悪夢から、目を覚まさせよう必死でもがいた。だが、それはかなわなかった。むしろ逆に銀髪に遊ばれていたという体たらくだった。そこで刃牙は心の中で何度もアキラへと謝っていた。すまない、悪かった、許してくれ。何も出来ない駄目な兄貴分で、申し訳ないと。

 

 

 そこで刃牙は、感極まってアキラに抱きついてしまったのである。随分血塗れになった刃牙が抱きつけば、アキラも血で汚れてしまだろう。だが、刃牙はそれを考えるほど、余裕が無かった。

 

 またアキラはその突然の刃牙の行動に、訳がわからなくなって驚いていた。一体どうしたのだろうか。刃牙はなぜ抱きついたのだろうか。しかしアキラはそれを考えても、まったく答えが出てこなかった。またそこで、刃牙はアキラの耳元で、静かに何度も謝っていた。

 

 

「……許せなんて言わない……。ただ謝らせてほしい……すまない……。俺が悪かった……」

 

「何を言ってるんだ……!? それは私にではなく……」

 

 

 アキラは謝るなら、まず神威の方だと思った。そのことを刃牙へと言いつけようとしたその時、何かふと感じるものがあったのだ。この刃牙がここまで悲しそうに謝ることなど、あっただろうか。いや、今までそんなことは一度も無かった。ではなぜ、刃牙は自分に何度も謝っているのだろうか。アキラの頭の中に、そんな疑問がいくつも浮かび上がってきていた。

 

 また、その光景をずっと見ていた神威も、流石に業を煮やしたのかアキラへ声をかけたのだ。その声は本当に甘くやさしいもので、神威の表情も柔らかいさわやかな笑顔であった。

 

 

「……アキラ? そろそろ、いいかな?」

 

 

 それを聞いたアキラは、ふと神威の顔を見た。この神威が好きになったのはいつだったか。確か2年前、刃牙と街で買い物をした時だ。神威が不良を撃退してくれたことに感謝したし、そこで彼の笑顔に触れて好きになったのだった。だけど、そこで刃牙が神威と自分の間に割り込んで、さらに神威に飲み物をこぼしていた。そういう風にアキラは、神威との出会いを懐かしく思い出していた。

 

 しかし、アキラはそこでさらなる疑問を感じ始めていた。その後神威と刃牙は、なにやら不仲のような感じだった。むしろ刃牙が神威を一方的に嫌っている形のように見えた。そして刃牙は神威の胸倉をつかんで叫んでいた。それを思い抱いたアキラは、ふと違和感を感じたのだ。そういった違和感は小さなものだったが、考えれば考えるほど大きくなっていった。

 

 あまり深く考えなかったが、刃牙はそもそもそんなヤツだったろうか。確かにヤンチャな性格をしていたが、突然人を突っぱねるような男ではなかったはずだ。それに刃牙は理由も無く人を怪我させるような人間じゃなかった。何か大きな理由があるはずだ。そう考えてアキラは再び刃牙を見ると、そこには左肩に穴を開け、血に染まっているではないか。

 

 そこでさらに違和感を感じた。なぜこんな怪我をした刃牙を、自分はまったく心配しなかったのだろうかと。どうして刃牙は神威と喧嘩なんかしていたのだろうか。さらに自分はなぜ、その喧嘩の理由も知らないまま、刃牙が悪いと決め付けてしまったのだろうかと。アキラは考えれば考えるほど、わからないことが増え続けてきたのである。

 

 

 だが、まずそこでやることがある。目の前の刃牙は、明らかに重症で顔も青くなっていた。早く手当てをしないといけない。また、何度も謝っている理由が知りたい。どうしてそんなに謝らなければならないのか、その理由を知りたい。そうアキラは思考し、その抱きつく刃牙へとやさしく話しかけたのだ。

 

 

「刃牙……、その怪我は……?」

 

「……! アキラ……!?」

 

 

 アキラのその一言で、刃牙はそのアキラの変化に気がついた。先ほどまでの、理不尽な怒りの声ではなく、やさしい声だったからだ。そこで刃牙は、アキラの名を驚きながら呼んでいた。その呼びかけを聞いたアキラは、何か大きな衝撃を受けたかのような、強烈な何かが頭によぎったのだ。

 

 

「わ、私、なんて、ひどいことをしてきたんだ……」

 

「ど、どうしたアキラ!?」

 

「なんで、どうして……」

 

 

 その衝撃で、アキラは刃牙へ行った仕打ちを思い出していた。あのオープンカフェで刃牙と神威が喧嘩した時、自分は神威の言葉だけを信じて刃牙を責め立てた。刃牙の言葉を信用せず、刃牙を悪者にしてしまっていた。

 

 そして今、刃牙へしたことをも、アキラは後悔し始めていた。刃牙がこれほどの怪我をしてるのに、それを無視してしまっていた。さらに神威の怪我ばかり気にして、一方的に刃牙を悪いと怒ってしまった。そして最もひどいことを、刃牙に言ってしまった。

 

 何で気がつかなかったんだろうか。どうしてわからなかったんだろうか。そんな疑問と後悔が、一気にアキラへと押し寄せてきていた。また、それを考えれば考えるほど、涙が溢れて止まらなくなっていたのである。

 

 

「ゴメン、刃牙。ゴメン……」

 

「ま、まさかアキラ、お前!?」

 

 

 そしてアキラは刃牙へと、何度もゴメンと謝っていた。今までの仕打ちや信用しなかったことへの謝罪だった。今度は刃牙ではなく、アキラの方が何度も謝る形になっていた。そのアキラの謝罪を刃牙は、もしやニコぽの呪いが解けたか緩和されたのかと考えていた。さらに、それを見た神威も驚きの表情をしていたのだ。

 

 

「ば、馬鹿な……。ニコぽの効果が解けるはずが……」

 

 

 ニコぽは最強の呪いであり、微笑んだ相手を強制的に惚れさせる力だ。それは絶対であり、かかったら最後、二度と解けないものなはずだった。だが、アキラのニコぽは解け始めていた。それを見た神威は、どういうことなのかわからず驚愕していたのだ。

 

 

 なぜ、ニコぽが解けてしまったのだろうか。なぜ神威はニコぽが解けることを知らなかったのだろうか。それは転生神はニコぽのすべてを、神威に話していなかったからだ。また、ニコぽを解く方法が無い訳ではなかったのだ。

 

 その方法とは、ニコぽで惚れたことに、惚れた本人が疑問を感じることだった。本来ならばそれを疑問に感じることなどありえないことであり、解けることは無いと言ってもよいだろう。それなのにアキラは、刃牙への思いからそれを断ち切ったのである。まあ、アキラが刃牙のことを思っているのは、本気で兄のような存在としてと言う意味だが。

 

 

「……ゴメン……」

 

「……もういいさ。お前が正気に戻ったんなら、俺は別に気にしねえよ」

 

「刃牙……」

 

 

 そこでずっと謝っていたアキラへ、刃牙は柔らかな声で話しかけた。そして、まったく気にしていないと、アキラへと言ったのだ。その刃牙の言葉に、感極まったアキラは、今度は逆に刃牙へと抱きついていた。刃牙は左肩の怪我で随分血で汚れているにもかかわらず、それを気にせずアキラは抱きついたのだ。神威とのデートと言うことで、かわいらしく着飾っていたはずなのだ。しかし、アキラはその服が刃牙の血で赤く染まっても気にしていなかったのである。

 

 

「だが、今はそーいう場面じゃなさそうだな……」

 

「……天銀……君……」

 

「あ、アキラ……」

 

 

 刃牙は神威の方を睨むと、もはや怒りで別人のような表情をする神威がそこに立っていたのだ。もはや何をしでかすかわからないような、恐ろしい怒気を放っていたのである。それを見たアキラも驚きながらも、怒りの表情を見せていた。刃牙にこれほどの怪我をさせたのが神威なら、許せないと思っていたのである。

 

 

「天銀君、何をしたかわからないけど、ここまでするなんてヒドイよ!」

 

「ふ、ふふ、ふふふふふふ、ふふフフフフフフ……」

 

「な、何がおかしいんだ!?」

 

 

 そこでアキラは神威へとその刃牙の怪我のことを責めたのだ。すると突然刃牙は壊れたように笑い出したのである。その笑いを聞いたアキラは、笑う場面ではないと怒気を含んだ叫びを上げていたのだ。

 

 

「フハハハハハハハ! アハハハハハハハハ! ヒヒヒハハハハハハハ!!!」

 

「あ、天銀君……!?」

 

「アキラ、俺の後ろに下がれ……。何かヤバい……」

 

 

 完全にイカれたかのように狂って笑う神威に、アキラも刃牙も驚いていた。また、アキラはその変貌した神威を見て、薄ら寒さを感じていた。そして刃牙は、この神威の状態はかなり危険だと判断し、アキラを自分の背中へとまわしたのだ。

 

 

「もういいや。アキラはもういらない。二人仲良く、キエテシマエ」

 

「や、野郎!? アキラ、すまん!」

 

「え!?」

 

 

 神威は完全にキレたのか、右腕に気を集中し始めていた。それを見た刃牙は相当やばいと判断し、アキラを動く右腕で抱きかかえ、そのまま噴水まで走り出した。そこでアキラも刃牙に抱えられ、何がどうなっているのかわからず、少し呆けていた。だが、逃がすまいと、神威はそのたまった右腕の気を、その二人へと解き放ったのだ。

 

 

「私のモノニなれなイのナら、不幸にナレバいイ!」

 

「こ、こいつ……!!!」

 

 

 その気の攻撃は巨大なレーザー砲のように、神威の右腕から放出されていた。あまりにも巨大な気の塊だったため、刃牙は避けることが出来なくなっていたのだ。だから刃牙は、アキラを突き飛ばして、その射程の外へと移動させたのである。

 

 

「刃牙!?」

 

「アキラ、お前は逃げな……」

 

 

 そしてその気の砲撃が刃牙を飲み込もうと、一直線に飛んできていた。もはや助からないと悟った刃牙は、最後の最後にアキラへと微笑んでいたのだ。それを見たアキラは、いつの間にか涙を流していた。この攻撃の意味がわからないアキラだったが、刃牙が死ぬかもしれないと、直感で理解したのだ。

 

 

「じ、刃牙!?」

 

 

 アキラは刃牙の名を叫び、目から大粒の雫をこぼしていた。また、刃牙は死を覚悟し、目を瞑っていたのだ。だが、その攻撃は突然の轟音と共に降って来た、すさまじい雷によってかき消されたのである。その雷の光により、一瞬だったが辺りは昼のように明るく染まり、そこにいた三人を白く照らしたのである。

 

 

「……一体何……!?」

 

「雷……!?」

 

 

 刃牙はその気の砲撃が、雷の力により消え去ったことに驚き、アキラは謎の現象が消失したことに驚いていた。そしてアキラはすかさず刃牙の横に移動し、あたりを見回していた。だが、その現象の意味がわかったものが居た。それはあの神威だったのだ。

 

 

「ま、まさか……片割れ!?」

 

「テメー、また俺の生徒に手を出しやがって……」

 

 

 なんと空から杖に立ち、降りてくる少年が一人やってきた。赤い髪を逆立て、怒りに満ちた表情をした少年だった。体には黄金の鎧を装着し、少年とは思えぬ神々しさをかもし出していたのである。その少年はまさしくカギだったのだ。カギはまたしても自分の生徒を攻撃した神威に、苛立ちを募らせていた。また、カギは今の神威の攻撃を、千の雷で打ち消したのである。そこでそれを見た神威は、カギが追ってきたことに驚きと怒りを感じていた。

 

 

「カギ君!?」

 

「……誰!?」

 

 

 突然杖の上に立ち、宙を浮くカギを見たアキラは、驚きながらカギの名を呼んでいた。その横で刃牙は、カギのことを知らないので一体誰なのかと疑問に思ったようだ。そしてカギと神威の第二ラウンドが、この噴水公園で始まろうとしていたのである。

 

 




暴走した銀髪

麻帆良祭二日目の夜は、いよいよ大詰め

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