理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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ヤツが来る


六十七話 意地があんだろ男の子には

 まほロック2003は平和に終わった。三郎と状助はそれを見物し、そのレベルの高さに感服するばかりだったのだ。

 

 しかし、このライブ、明らかに転生者だとわかる連中もちらほら参加していた。あの音岩昭夫を筆頭に、デスメタルを支配するメタルモンスターっぽいやつや、ファイアーでボンバーなやつまで居たのである。それを見た状助は、やはり頭を抱えていたのだ。また、ネギもやって来ており、自分のクラスメイトの四人を褒め称えていた。

 

 

 そして、ライブが終わった亜子は、普段着に着替えて三郎の下へとやってきていた。その仲むつまじそうな二人を見た状助は、クールに去るぜと言って、どこかへ消えていったのだ。そこで三郎と亜子は、二人で夕方の麻帆良を歩くことにしたようだ。

 

 

「改めて言うけど、かなりうまく演奏出来ていたよ」

 

「そ、そう?それならええんやけど」

 

 

 さて、ここでなぜ、この二人がこのような関係になったのか。亜子はサッカー部の先輩に惚れ、サッカー部のマネージャーとなった。そして、その後その先輩にフられてしまうというものだ。

 

 しかし、この亜子という少女は惚れやすい。あの大人の姿になったネギに、一目ぼれしてしまうほどなのだ。そんな先輩にフられたところに、声をかけたのがあの三郎だったのである。だからこそ、三郎に惹かれたのということだった。

 

 だが、すぐに付き合った訳ではない。ある程度時間を置いて、ゆっくりと二人は互いのことを知って行った。そうやって、少しずつだがそういう関係になっていったのだ。

 

 

 ……転生者というのは、大体そういう場面を狙ってやってくるものだ。”原作キャラ”を手篭めにしようと、こういう時を見計らうのは当然だ。虎視眈々とタイミングを狙い、ここぞという時に姿を現す。何せ一番心の隙をつきやすい場面だからだ。

 

 亜子の失恋というイベントは、転生者にとっては嬉しいイベントでもあるという訳だ。いやはや、中々ゲスいといわざるを得ない。

 

 また、三郎も確かに転生者の一人である。その三郎は、そんなゲスな転生者の一人だったのだろうか。否、そうではない。

 

 この三郎は”原作知識”がない、何も知らない系転生者と言うものだ。基本的に状助が語る原作知識を聞いてはいるが、あの状助も次のイベントの重要な部分しか話さない。よって、亜子が失恋することや、そのタイミングまではわからないのである。

 

 つまり、この三郎が亜子の状況などを知る由も無かったのである。そう、これは偶然の出会いとも呼べるものなのだ。偶然二人は出会い、惹かれあった。ただ、それだけだ。健全な男女関係というものだ。

 

 

 とまあ、こうして恋人のような関係となった二人。麻帆良祭の夕方を、のんびりと周りを見渡しながら、歩いていたのだった。

 

 

「あの、三郎さん」

 

「ん? 何だい?」

 

 

 そんなところで、突然亜子が三郎の名を呼んでいた。

また、その表情は悩ましげで、何やら不安を感じている様子であった。そして三郎は、呼ばれたことで、どうしたのかと思いながら顔を亜子へと向けていた。

 

 

「ウチが三郎さんの彼女とか、ホンマにええんかなって……」

 

「どうしてそんなことを?」

 

 

 そして亜子は静かに三郎へ話し出した。その内容は自分が三郎と付き合っていても良いのだろか、と言うことだった。と言うのも、この三郎なかなか高スペックである。特典ではあるが運動神経抜群で料理も出来る。

 

 さらに頭も悪くは無いと言う、まさに容姿・才能・性格が全て高水準な超優等生と呼べる存在なのだ。それゆえ亜子は、そんな三郎の彼女としての自信が持てなかったらしい。

 

 そこで三郎はその話に、なぜそう思うのかと疑問に思い、それを亜子へと質問していた。

 

 

「ウチ、メッチャ地味やし、明らかに脇役って感じやし……」

 

「脇役?」

 

 

 亜子は自分が地味で脇役だと三郎に語っていた。

そもこの亜子は、絶対に自分が主役になれない、脇役な存在だと卑下しているのである。そのためなのか、才能溢れる三郎と付き合っているのが、本当に自分でよいのかと考えていたのだ。

 

 さらに、三郎には自分以上に似合った女性がいるのではないかと、亜子は恐縮してしまっているのである。

 

 そんな三郎は、亜子が脇役と言ったことに、どういうことなのかと表情を変えずに思考していた。

 

 

「うん、脇役。決して主役なんかになれへん、地味な存在やねん」

 

「うーん? そんなに脇役って悪いことなのかな?」

 

「……え?」

 

 

 しかし、この三郎もまた自分を地味だと思う男だった。と言うのもこの三郎、才能レベルの特典しか選ばなかった、所謂一般人系転生者である。そして同じ転生者で友人の二人が、とんでもない能力持ちだったと言うのも理由にあったりもする。

 

 片やチート筆頭麻倉ハオの特典を持つ赤蔵覇王、片や回復特化でスタンド使いの東状助の二人だ。そんな二人から見れば、自分は本当に脇役的で地味オブザ地味だと、普段から思っていたのだ。そんな三郎は、脇役と言うものが悪いことなのだろうかと、亜子へと話し始めたのである。

 

 

「だってさ、物語ってものは少数の主役に大多数の脇役で出来てるじゃないか」

 

 

 それは三郎の持論だった。物語の中で、主役は数人しか存在しないものである。だが、脇役はその倍以上存在する。つまり、物語を形成するのは一握りの主役と、大多数の脇役だと言うことだった。そして三郎は、その話の続きを、少しずつ語りだした。

 

 

「脇役は縁の下の力持ち、主役をより引き立てるための存在だと、俺は思ってる」

 

「三郎さん……?」

 

 

 また、物語は主役だけでは動かない。主役は主役だけでは輝くことが出来ないと。脇役と言う存在が居てこそ、はじめて主役がスポットライトを浴びるのだと、そう三郎は言っていた。

 

 主役が悩んだ時にそれを励ます脇役、師匠として主役を育てる脇役。脇役と一区切りに言っても、その役割はさまざまでもあるのだと、そう三郎は考えているのである。

 

 

「主役だけでは物語は完成しえない。絶対に脇役が必要になる。つまり、脇役も主役なみに重要だって、言いんだよ」

 

「……三郎さんは、そう考えてはったんやな……」

 

 

 そう、主役だけの物語などありえない。そこには必ず脇役がいる。そして、脇役が居てこそ主役があるなら、脇役も主役と同じぐらい重要な存在だと、三郎は亜子へと語ったのだ。

 

 それを聞いた亜子も、その三郎の持論に関心していた。そういう考えもあるのかと、しみじみと思っていたのだ。

 

 

「いやね、俺の友人二人が、それっぽいからさ。その中で、一番ジミーなの俺だしね」

 

「そ、そんなことない! 全然ないねん!」

 

 

 そこで三郎は自らも地味だと述べ、笑みを浮かべていた。しかし、その笑みは自虐的なものではなかった。あの二人は主役にふさわしい。ならそれでよいだろうと、三郎はいつも思っている。

 

 それなら自分はその二人に何が出来るだろうか。なんてこと無い、自分は状助に料理を教えている。さらにその技術はしっかりとした形となって、覇王へと振舞われている。つまり自分は縁の下の力持ちで、あの二人の力となっていると言う自信が三郎にはあるのだ。

 

 だが、三郎が自らを地味とする言葉を亜子は否定していた。決して地味ではない、そんなことはないと。まあ、学生レベルで見れば、確かに三郎でも十分主役と呼べるスペックなので、間違ってはいないのだが。

 

 

「そうかな? でも俺は主役になる気はないかな。気苦労が多そうだしね」

 

「三郎さん……」

 

 

 しかし、三郎は主役になる気はまったくなかった。別に必要が無いからである。この第二の人生を、ある程度快適に過ごせればよいと考えているのが三郎だった。だからこそ、主役となって注目を浴びる気はないのだ。

 

 まあ、それ以外にも三郎には頭のネジが外れた転生者ほど、自分を世界での”主役”だと思い込む傾向があると言う偏見もある。

 

 この世界が漫画で、その中で主人公となりたいとほざく転生者が数多く存在すると、覇王に教えられていた。だから主役だなんだ叫ぶのは、みっともないことだと考えているのである。

 

 

 そこで亜子も、そんな風に言う三郎に何もいえなくなっていた。また、三郎がそう考えるなら、それでいいかと亜子も思ったようで、少し頬を緩ませていた。

 

 

 だが、そんなところに第三者が突如として現れた。その歩く二人の前方に立ちふさがるように、しかし自然体な姿勢でその場に立っていたのだ。それはあの銀髪イケメンオッドアイ、天銀神威であった。

 

 夜の月が神威の銀髪を照らし、夜の冷たい風がそれをなびかせていた。されどそのような恰好のよいものではなく、むしろ卑劣で残虐的な立ち振る舞いだった。その態度は表情によく現れ、憎悪と嘲笑に彩られていた。そして神威は、お決まりのような台詞を吐いたのだ。

 

 

「君、私の女に何をしている?」

 

「な……!?」

 

「え……!?」

 

 

 その神威を二人が認識した時には、すでに攻撃が始まっていた。それはただの光属性の魔法の射手だった。しかし、それは一般人にならば十分脅威となるものである。そんな凶弾が三郎に右太ももを貫通し、おびただしい血が噴出したのだ。

 

 

「グッ……うう!?」

 

「さ、三郎さ……う……!?」

 

 

 その魔法の射手で負傷した三郎は、激痛で苦悶の声を上げていた。そして三郎は、右太ももを怪我したことで、膝を突いてしまっていたのだ。また、それを見た亜子は、かなり気分が悪そうにしていた。

 

 さらに今の時間帯はパレードが開かれていた。誰もがそれに釘付けとなっており、この辺り一体には人影見当たらなかったのである。

 

 いや、だからこそ神威は、このタイミングで二人を狙ってやってきたのだ。そこで神威は、苦痛に顔をゆがめながら膝を突く三郎を、生ゴミを見る目で眺めていた。

 

 また、亜子には今の現象がまったく理解出来ないでいた。何せただの一般人、魔法などわかるはずもないのだ。しかし今の謎の現象で、三郎が怪我をしたと言うことはわかったようである。

 

 

「醜い君には、そのような姿がお似合いだよ」

 

「……アンタが……そうかアンタが……!」

 

 

 神威は跪く三郎に、ほくそ笑みながらそう言った。それを聞いた三郎は、この男こそ覇王が言っていたあの銀髪だとわかったのである。そんな三郎の怪我を見た亜子は、気を失いかねないほど顔を青くしていた。

 

 

「血、血が……」

 

「おっと、君は血が苦手だったね。いやはや汚らしい体液だから仕方の無いことかな」

 

「亜子さん、落ち着いて……」

 

 

 亜子は血を見ただけで気を失うほど苦手だった。ゆえに三郎から流れ出す血を見て、目を回していたのだ。

 

 またそれを見た神威は、それを汚らしい体液だからと結論付けていたのである。もはや三郎を人としては見ていないと言う証拠だ。いや、神威は自分以外の男を、転生者を、基本的に人として扱ってはいないのである。

 

 だが三郎は、自分の血を見て気分を悪くする亜子を気遣い、落ち着くように言っていたのである。

 

 

「うっ……」

 

「おや?気を失わないんだね。てっきりすぐにでも寝てしまうかと思ったんだが……」

 

 

 その三郎の言葉で、何とか亜子は気を失わずに済んだようであった。しかし、やはり気分が良くなる訳ではないので、顔は真っ青のままだった。

 

 そんな亜子を神威眺めながら、気を失わなかったことに多少驚いていた。何せ神威は、亜子が自分の血を見ても簡単に気を失うことを”原作知識”で知っていたからだ。

 

 

「アンタはどうしてこんなことをするんだ……!?」

 

「最初に言ったはずだよ? 私の女に手を出すな……とね」

 

 

 三郎は痛みを我慢しながらも、神威を睨みつけた。そして神威へと、こんな真似をする理由を聞いていたのだ。

 

 だが、その三郎の質問に、亜子が自分の女だからだと、平然と答えていたのだ。なんという男だろうか。もはや道理や理屈などは通用しないようである。

 

 

「……そ、その女って、まさかウチのこと?」

 

「フフフ、そのとおりだよ。和泉亜子さん?」

 

 

 そこで亜子は、その神威が言う女とは、もしや自分なのではと察したようだ。それに神威は不気味に笑いながら、そうだと亜子へと言葉にしていたのだ。

 

 

「い、意味がわからへん……。どないしてこんなことをするんや!?」

 

「君は私の女になる。そして背中の傷のことも全て受け入れ、幸せになれるんだよ」

 

 

 その答えを聞いた亜子は、それがまったく理解できなかった。また、亜子はこの銀髪の少年が、クラスで話題の人物だとわかったようだ。そんな人間が、まさかこんなことをするなど、わかりたくもないことだろう。

 

 さらに、亜子の言葉に神威は、彼女の背中の傷のことを引き合いにし、幸せに出来るとほざきだしたのだ。

 

 

「……!? なしてそのことを……?」

 

「何を言ってるんだ、アンタは……!?」

 

「おや? 君は彼女の秘密を知らないのかな?」

 

 

 亜子は神威が背中の傷を知っていることに驚き、目を見開いていた。それは絶対に知りえないことであり、知られたくもないことだからだ。そして、最も知られたくない三郎に、それが知られるのが怖いのである。

 

 そこで三郎は、神威が何を言っているかわからなかったようで、そのことについて質問していたのだ。

 

 だが神威は、三郎が亜子の傷のことを知らなかったことに、少し面白おかしく思いながらそれを話そうとしていた。

 

 

「……何のことだ……?」

 

「さ、三郎さん、なんでもない! 気にせんでええねん!」

 

 

 亜子の秘密と神威から言われた三郎は、一体どういうことなのだろうかと疑問に感じていた。実際誰もが秘密を抱えているし、亜子にも秘密の一つや二つはあるだろう。

 

 しかし、疑問に感じている三郎に、亜子は必死で気にしないでほしいと涙を目に浮かべながら叫んでいた。それを知られたら、きっと三郎に嫌われてしまうと、そう思っているからだ。

 

 

「ハハハ、傑作だなあ。彼女の隣にいながら、それすら知らぬとは愚か過ぎるね」

 

「何だと……?」

 

「や、やめて……。そのことを話さんといて……!」

 

 

 そこで神威は、本当にそのことを知らなそうな三郎をあざ笑っていた。そして知らぬとは愚かだと、三郎を貶していたのである。

 

 また、三郎もその神威の言葉に苛立ちを覚え、さらに鋭く睨みつけていた。

 

 確かに亜子と付き合って、多少は経っている。それでも彼女が秘密にしていることを、無理に暴こうなど思ったこともないし、実行したこともない。それを知らないからと言って、目の前の銀髪に言われる筋合いはないのだ。

 

 だが亜子は、傷のことを三郎に話さないでほしいと、半分泣きながら神威に叫んで頼んでいたのだ。自分の傷は大きく醜いから。見られたら嫌われるから。知ってほしくない、そう思ったから。

 

 

「ああ、亜子さんの背中にはねえ……」

 

「や、やめて! 言わんといて!」

 

「あんた! 彼女がいやがってるだろう!? もういいだろ!」

 

 

 しかし、そこで神威は、ゆっくりとそのことを話し始めたのである。まるで焦らすように、叫びながら涙で顔をぬらす亜子を見て楽しむように、傷のことを三郎へと語りだしたのだ。

 

 それを聞いた亜子は、もはや気が動転してしまい、泣き叫ぶことしか出来なくなっていたのだ。言わないで、教えないで。そう必死に神威へと叫んでいた。

 

 そんな亜子を見た三郎も、神威の言葉を止めようと叫んだ。

三郎は亜子の秘密を知らない。知ろうとも思わなかった。また、それを知られたくないと、彼女は必死に叫んでいる。知られたらいやだと涙している。ならば、あの男の口を止めなければ、そう思ったのだ。

 

 

「肩から腰にかけて、大きな傷があるのさ」

 

「あ……」

 

 

 そして、まるで死刑を宣告するように、神威はそれを三郎へと教えたのだ。

その表情は、まるで嘲笑うかのような、そんなゲスな笑みだった。

 

 それを聞いた亜子は、世界の終わりのような、そんな心境となっていた。もう駄目だ、三郎に嫌われた、そう亜子は思ったのだ。また亜子は、今のショックで体から力が抜け、ひざを突いて呆然としていたのだ。

 

 

「そんなデタラメを……」

 

「フフフ……。ウソだと思うなら、本人に聞けばいいんだよ」

 

「亜子さん、アイツの話……は……」

 

 

 だが三郎は、神威を睨みつけていたので、亜子の状況を見ていなかった。だから神威の今の言葉に、何を言っているか理解出来ていなかったのだ。さらに、そんなウソをついてまで、彼女に何がしたいのかと、本気で思っていたのである。

 

 そこで神威は、やはり醜悪な笑みを浮かべながら、それを本人に聞けばわかると三郎へと告げたのだ。

 

 その神威の言葉を否定したいがために、三郎は亜子へと振り向くと、膝を地面について泣きじゃくる亜子がいたのである。

 

 

「う、ウソやないねん……。あの人の言ってることは本当のことなんや……」

 

「……な、何だって……!?」

 

 

 亜子は、もう観念してしまったのか、それが本当のことだと、沈痛な表情で三郎へと話したのだ。

 

 それを聞いた三郎は、かなり驚いた表情で、悲痛に涙する亜子を見ていた。まさか銀髪の言葉が本当だとは、夢にも思わなかったのだ。

 

 

「……ごめんなさい……。今まで、ずっと黙ってて……」

 

「……そうか……」

 

 

 また亜子は、ずっとそれを黙っていたことを、うつむきながら三郎に謝っていた。さらにその声は弱弱しく、震えていたのである。それは傷のことを黙っていたのと、傷のある女だということの両方で、三郎から嫌われたと考えていたからだった。

 

 そんな二人を見て銀髪は、愉快そうに笑っていた。面白い茶番を見ているように、盛大に笑っていたのだ。しかし、三郎はその笑いを無視しながら、悲痛な表情をする亜子を、苦しそうに見ていたのである。

 

 

「ハハハハハ、だが私は痛くもかゆくも無いのさ。さてさて、その真実を知った彼などほっといて、私の女になってもらうよ」

 

 

 そしてニコぽで洗脳するのだから関係ないと。その傷を知った三郎など捨ててこっちに来いと、そう神威は亜子へと勧誘していたのだ。なんという非道な男だろうか。三郎に傷を知られ、悲痛にむせび泣く亜子を笑いながら見ていたというに、どの口がほざくというのか。

 

 

「……人には言えない隠し事なら、俺にだってある……」

 

「……え?」

 

 

 だが三郎は、そんな神威などを無視し、亜子へと微笑みながら語りかけていた。それは自分にも話していなかった秘密があるというものだった。

 

 つまり、それは自分が転生者という存在であり、前世の知識を引き継いで生まれた人間だということに他ならなかった。そんな三郎の優しい声に、ふと涙を止めた亜子は、その声の方へと顔を向けたのだ。

 

 

「亜子さんがそれを隠してきたってことは、きっと誰にも知られたくないようなものなんだろう……」

 

「……うん……」

 

「だけど、俺にも知られたくない秘密を持っている」

 

 

 三郎は亜子をなだめるように、静かに話していた。

黙っていたことなんて気にしていない。それは誰にもいえない秘密だったのだろうと、そう話していたのだ。

 

 それを亜子は、うなずきならが静かに聞いていた。嫌われていないのかと不安になりながらも、静かに三郎の言葉に耳を傾けていた。

 

 そこで三郎も、自分に秘密があることを、亜子へと告げたのだ。いや、告げようとしたところで、神威の言葉がそれを妨げた。

 

 

「それは君が私と同じ”転生者”という存在のことかな?」

 

 

 だが、それを神威がそのことを、邪悪に笑いながら話し出したのだ。自分と同じ転生者だということが、最も秘密にしてきたことなのだろうと、そう言葉にしたのである。

 

 

「……!!」

 

 

 その神威の突然のカミングアウトを聞いた三郎は、再び神威力を睨みつけていた。そして、この神威の狙いや醜悪な本性を見抜いたのである。

 

 

「……アンタ、アンタは!!」

 

 

 さらに神威のしようとしていることもわかった三郎は、さらに怒気を高めて歯を食いしばっていた。なんという非道で下劣な存在なのだろうか。このようなことをして、笑っているなど許せないと、怒りを感じていたのだ。

 

 そんな三郎をつまらないものを見る目で、神威は上から目線で眺めていた。本当にこういう醜い生物は、存在自体が愚かだと考えていたのだ。

 

 

「亜子さん、彼は私と同じ世界の異物、危険分子、神から恩恵を預かりし存在なんだよ」

 

「……ゆ、言ーている意味がわからへん……」

 

「アンタはそうやって!!」

 

 

 そして神威は、自分と三郎の正体を、亜子へと告げていた。自分たちは神から力を与えられた転生者であり、世界の異物だと教えたのだ。

 

 だが、亜子はその言葉を聞いても理解出来ていなかった。突然神だの異物だの言われても、わかる訳がないからである。

 

 また、それを聞いた三郎は、この神威が何をしたいかを確信し、さらに怒りを増していたのだ。

 

 

「ハハハハ、茶番すぎるねえ。そこの彼は私と同じだと言いたいのさ!」

 

「ど、どういうことなん……!?」

 

 

 しかし、そんな怒りに燃える三郎を、冷ややかに眺め笑い飛ばしていた。さらに亜子へ、三郎も自分と同じ存在、同じようなものであると話し出したのだ。

 

 そこで亜子も、それがどういうことなのかと、戸惑いながらに神威へと聞いたのである。

 

 

「何、彼もきっと、私のように君を狙ってきた存在なんだろうと思ってね……」

 

「ふざけるな! そんな訳があるか!!」

 

 

 その亜子の質問に、神威はほくそ笑みながら答えていた。そこの三郎とか言うやつは、自分と同じように君を狙ってやってきたと。つまり三郎も自分と同じように、”原作キャラ”を手篭めにしようと近寄ったと、そう神威は言っていたのだ。

 

 だが、その言葉に三郎は本気で怒りをあらわにしていた。そんなことなどしてはいない。それはお前の勝手な言い草だと、そう叫んだのだ。

 

 

「さ、三郎さん……」

 

「……アンタはそうやって、そうやって人を弄んできたんだな!?」

 

「失礼な、人ではないと思ったが?」

 

 

 亜子は怒りで叫ぶ三郎に、驚きを隠せなかった。なぜなら三郎が怒った姿を一度も見たことがなかったからだ。普段から温厚な三郎は、ここまで怒るなど思っても見なかったからだ。

 

 そして三郎は、神威がこれと似たようなことを何度も行い、人の心を弄んで来たのかと問いただしていた。そこで神威はその三郎の問いに、人だと思ったことはないと発言したのだ。

 

 

「こ、こいつ……」

 

「まあいいや、君は邪魔だから少しの間、寝ていてくれ」

 

 

 その神威の言葉に、三郎はもはや怒りすらも通り越すほどの感情を味わっていた。ああそうか。この感情は覇王も味わっていたのか。そう考えながら。これほど人を許せないと思ったことは、一度もない。そう考えながら。

 

 

 だがそこで、神威はさらに三郎へと攻撃を開始したのだ。このままでは時間の無駄だと思った神威は、三郎に光属性の魔法の射手を発射したのである。

 

 

「グッあ……!?」

 

「さ、三郎さん!? な、なしてこんなことするん!?」

 

 

 それが三郎の左肩を貫き、さらに出血量が増していた。そして三郎は、今の攻撃でさらに苦悶の表情をしていたのだった。

 

 その三郎から流れ出る血は、夜の月と照明に照らされ、地面を赤く染めていた。また、三郎は先ほどの攻撃と今の攻撃で血を流しすぎたのか、顔を青くして冷や汗を欠き始めていたのである。

 

 それを見た亜子は、どうしてこのようなひどい仕打ちをするのかと、神威へと叫んでいた。

 

 

「何でって? 先ほど言ったはずだが? まあ、亜子さんが私のものになれば、彼を助けてやってもいいんだよ?」

 

「ほ、ホンマに……?」

 

「亜子さん、俺のことは気にせず逃げて……」

 

 

 その亜子の質問にしれっとした態度で、最初に言ったはずだと答える神威だった。さらに、三郎を助けたければ自分のものになれと、亜子へ取引を持ち駆け出したのである。

 

 そんな神威の話を聞いた三郎は、それを許さず亜子へと逃げるように進言していたのだ。

 

 

「で、でもそれじゃ三郎さんが……」

 

「逃げて……」

 

「そのままでは彼は死ぬかもしれないよ? どうするんだい?」

 

 

 三郎から逃げろと言われた亜子だったが、このままでは三郎が危ないと考え、どうするか迷っていた。

 

 だが、それでも三郎は、亜子に逃げてほしいと頼んでいたのだ。このままでは亜子が、あの神威に洗脳されてしまうからだ。そんなことになったら、亜子があのゲスな神威に、何をされるかわかったものではないからだ。

 

 そんな二人のやり取りを、つまらないものを見る目で眺めながら、三郎が死ぬかもしれないと亜子を脅し始めていた。

 

 しかし、その神威の言葉を否定しながら、ゆっくりと立ち上がり亜子の前に立つ三郎が、そこにいたのである。

 

 

「……何を言ってるんだ……。死ぬ訳ないだろう……」

 

「さ、三郎さん!?」

 

「亜子さん、逃げてほしい……」

 

 

 その三郎の姿を見た亜子は、驚きの声を上げていた。

なんと足を貫通されたというのに、自分の前に立ちふさがってくれたからだ。そしてさらに三郎は、亜子の方に顔を向けて逃げてほしいと言っていたのだ。

 

 

「力も無い醜い君に何が出来る?」

 

「ああ、そうさ。俺には覇王君のようなチートも無ければ、状助君のようなスタンドもない……」

 

 

 そこで神威は、新しい玩具を見る目で三郎を見ながら、力もないくせに何をするのかと笑っていたのだ。

 

 そんな神威へ怒りのまなざしを向けながら、三郎は静かに言葉をこぼしていた。そうだ、自分は確かに強い力なんて持っていない。あの覇王のような最強の能力なんてない。あの状助のような特異能力も持っていない。だが、それでも心に秘めた思いだけはある。そう三郎は自分を奮い立たせていたのだ。

 

 

「……だけどね、そんな俺にも男としての意地がある……! 惚れた女一人守れないようじゃ、男として廃るってもんだろう……!」

 

「さ、さぶろーさん……」

 

 

 そして三郎は神威の前に立ちふさがる。勝てるはずがないというのに、亜子を守るために必死に立ち上がり、強気の態度を見せていた。また、自分が惚れた女すら守れぬ男など男ではないと、三郎はそう言って不敵に笑っていたのだ。

 

 そうだ、状助は昔、アスナを助けたと言っていた。覇王もまた、この銀髪と戦い木乃香を守ったと話していた。ならば、自分も彼女一人守れなくて、あいつらの友人でいられるものか。亜子の彼氏でいられるものか。

 

 そう三郎は強く思い、男としての意地を見せていた。こんな銀髪に彼女を自由にしてなるものか、そう怒りに燃え苦痛を我慢し立ち上がったのだ。

 

 その三郎の姿を見た亜子は、不謹慎だと感じたが頬を赤く染め、三郎を惚れ直していた。やはり三郎は主役だと、そこで亜子は感じていたのだった。

 

 

「三文芝居すぎて笑えてくる。なら、ここで消えてもらうよ」

 

「……やってみろ……」

 

 

 だが神威は、そんな三郎の態度も茶番と切り捨て笑っていた。さらにそこで、今度は二発の魔法の射手を操り始めていたのだ。しかし、それを見ても三郎は一歩も退かず、むしろ神威を挑発していたのである。

 

 

「アディオス!」

 

「や、やめて!! やめてー!!!」

 

 

 そこで神威は別れの言葉を三郎に継げ、魔法の射手を三郎に向けて発射したのだ。それを見た亜子は、泣き叫ぶ声で攻撃の静止を訴えていた。

 

 しかしもう遅い、発射された魔法の射手は、勢いよく飛びながら、三郎へと近づいていったのだ。だが、三郎へと命中する前に、その魔法の射手が別の魔法の射手により打ち消されたのである。

 

 

「……!?」

 

「こ、これは……!?」

 

 

 その打ち消された魔法の射手を見た二人は、驚いた様子で一瞬固まっていた。一体何が起こったのか、わからなかったからだ。

 

 

「おや……?」

 

 

 また、それを見た神威も多少驚いたようだった。そして神威は、その魔法の射手が飛んできた方向を見ると、そこにはあのカギが立っていたのだ。魔法使いのような白いローブを身にまとい、堂々とその場に仁王立ちしていたのである。

 

 

「テメー、俺の生徒に何してやがんだ?」

 

「か、カギ君……!?」

 

 

 カギは亜子が狙われていたのを目撃し、神威へと怒りをぶつけていた。さらにカギは、すぐさま亜子と三郎の下へと移動し、三郎の傷を見ていたのだ。

 

 というのもカギはずっと神威を追跡していた。あの神威は自分の従者たる夕映を手篭めにしていたからだ。

 

 しかし、一度カギは神威を見失ってしまったのである。なぜなら神威は尾行されていることに気がついたらしく、影の転移魔法(ゲート)で消えたからだ。また、カギは転移魔法(ゲート)を追跡する魔法を知らなかったからだ。

 

 そしてようやく神威を見つけた時には、すでに魔法の射手が打ち出された後だったのだ。だからすぐさまカギも魔法の射手を出し、それを打ち消したということだった。

 

 

「あなたが子供先生の双子の兄……」

 

「ああ? すげー痛そうだなそれ」

 

 

 そこで三郎も、カギが子供先生の兄であることがわかったようであった。何せ三郎は覇王から、子供先生の兄は転生者だと言うことだけは聞いていたからである。

 

 またカギも、その三郎の怪我の具合を見て、痛そうだと感想を述べていた。そんなのんきなことを言うカギだったが、すかさず王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から黄金の瓶を取り出していた。その黄金の瓶は大体魔法瓶程度の大きさで、その中には液体が充満していたのである。

 

 

「どれ、これをくれてやろう。傷に流し込めば治んだろ」

 

「こ、これは……」

 

「い、一体どういうことなんです? カギ君……」

 

 

 その黄金の瓶の中身は、傷を癒す秘薬だった。それを傷に流せばたちまち癒されると、カギはそこで三郎へと説明していた。

 

 しかし三郎はその黄金の瓶と王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)に驚き戸惑い、亜子も何が起こっているかわからないようであった。

 

 

「ハハハハハ、醜い片割れがノコノコと。馬鹿なヤツだね君は」

 

「あぁ? ナメてんなよ?」

 

 

 そこへ神威がカギへと挑発し、またやられに来たのかと思っていた。それを見た三郎は、神威がカギに視線を移している間に、その秘薬を右太ももへと流してみたのだ。

 

 すると煙を噴出しながら、みるみる傷がふさがっていくではないか。さらに、それに伴う痛みも無く、気がつけば右太ももの怪我は完全にふさがっていたのだ。その光景を見た亜子も驚愕しており、一体何が起こったのかわからず混乱していたのである。

 

 またカギは、神威の挑発を聞いてそちらを一瞬睨んだ後、再び三郎たちの方を向いていた。そして三郎たちにここから離れるよう、話しかけていたのだ。

 

 

「とりあえずお前たち、あっちに行ってろ」

 

「た、助かります……」

 

「ありがとうございます、カギ君」

 

 

 そこで三郎はその秘薬で右肩の怪我も治療したようで、助けてくれたカギへ礼を言っていた。さらに亜子も同じく礼を言っており、カギへと頭を下げていたのだ。

 

 

「っと、その前に」

 

 

 だが三郎と亜子がそこから立ち去る前に、カギが亜子の頭に指を置いたのだ。すると亜子はふらりと体を揺らし、突如として倒れこんだのである。

 

 

「あ……」

 

「亜子さん!?」

 

 

 その倒れた亜子を三郎が優しく抱きかかていた。そして、一体どうしたのかと焦り、亜子へと呼びかけていたのだ。また、そこへカギがそのことについて、三郎へと説明を始めたのである。

 

 

「眠らせただけさ。起きたら今のは夢だと思うだろうぜ」

 

「そうですか……すいません」

 

「気にすんな。生徒を気遣うのも教師の務めさ」

 

 

 カギが今使ったのは意識を失わせる魔法だった。一種の催眠魔法に近いもので、目覚める数分前のことを、おぼろげにしか思い出せなくなるというものだ。

 

 三郎はその説明を聞くと、安堵をして再び礼を述べていた。今の光景を忘れてくれるなら。一夜の悪夢で済むならそれその方がいいと思ったのである。

 

 そこでカギは、お決まりの台詞を三郎へと発していたのである。それを聞き終えた三郎はカギへ頭を下げ、亜子を抱えてその場を立ち去っていったのだ。そして三郎が立ち去ったのを確認したカギは、その周囲に人払いの結界を張ったのである。

 

 

「醜い片割れ、君ごときが私にはむかうなど、愚かだとは思わないのかな?」

 

「愚かかどうか、やってみなくちゃわからんぜ?」

 

 

 そんなカギと三郎のやり取りを見終わった神威は、再び立ちふさがるカギを挑発してきたのである。神威はカギがいまだに自分に勝てると思っていることを、とても愉快に感じていたのだ。

 

 また神威に対峙したカギは、そんな神威の挑発を受け流しながら、次こそは負けぬと言う意思を見せていたのだ。

 

 

「ああ、そうだ。ここで言わせて貰うぜ」

 

 

 そこでカギは、ふと何かを思い出したかのように、神威へと一言断りを入れていた。そしてカギは地面を踏みしめ、神威へと右手を伸ばし、人差し指を向けたのだ。さらに高らかに宣戦布告の言葉を、神威へと向けて叫んだのである。

 

 

「テメーを倒すために、地獄の底から這い戻ったぜ……!」

 

「ハハハハハ! 馬鹿か君は。ならば、もう一度地獄へ落としてやろう。君には永遠に私を越えることはできない!」

 

 

 あの敗北の屈辱から、そして地獄の修行から戻ってきたと、カギは神威に宣言したのである。それを聞いた神威はバカにした笑いを発しながら、もう一度地獄へと落してやるとカギへと宣言したのである。また、自分には一生勝つことは出来ないと、カギを再び挑発したのだった。

 

 




銀髪とカギの戦いへ……

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