理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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テンプレ96:転生者同士の試合


五十三話 喧嘩

 あの後手当てを受けた古菲は、救護室のベッドで寝かされていた。また、そこで古菲の意識が覚醒したようで、目をゆっくりと開いたのだ。そして自分の状態を確認するため、周りと自分の怪我した肩へと目をやった。すると両肩にはしっかりと包帯が巻かれており、治療は終わっていたようだ。だが、その怪我のせいで両腕が動かない状態だった。

 

 そんな状態の古菲の様子を、楓は先ほどから付き添い、心配そうに見守ってたのだ。また、真名は神社に常備してある薬を取りに行ったようである。

 

 

「おお、気がついたか古よ」

 

「……楓アルか。ここは……?」

 

「救護室でござるよ。あの後真名と拙者とで古をここへ運んだでござる」

 

 

 古菲はそこで看病してくれていた楓に、自分の居る場所を尋ねた。そこで楓は試合の後のことを古菲へと説明したのだ。そして、古菲は上半身をなんとか起こし、ベッドに座る形で楓に話しかけていた。

 

 

「そうだたアルか。助かたアルヨ、楓」

 

「気にする必要はないでござるよ。困った時はお互い様でござる」

 

 

 そして、その説明を聞いた古菲は、素直に楓へと礼を述べていた。そこで楓は普段通りの糸目の表情で、気にしなくても良いという意図の言葉を発していた。それを聞いた古菲は、ベッドの方へと視線を移し、楓へと話出した。しかし、その古菲の表情は、敗北したと言うのにどこか嬉しそうであった。

 

 

「世界は広かったアルネ……。あんなに強い人とは初めて戦たアルヨ……」

 

「そうでござるな。拙者も自分の試合で、それを実感したでござるよ」

 

 

 二人とも一回戦目で敗退してしまった。しかし、強いものが多く居ることを知れたことに、逆に喜びを感じていたのである。だからこそ、世界は広かったと言っているのだ。

 

 

「楓、私はもっと強くなりたいアル……。いや、強くなるアル!」

 

「うむ、拙者も同じことを言おうと思ったところでござる」

 

 

 世界は広かった。まだ知らぬ強者が居ることが今回の大会で、よくわかった。だからこそ、二人はさらに強くなり、強者に追いつきたいと考えてた。

 

 そこで古菲がそれを言うと、楓はそれを先に言われたと言葉にしていた。どちらも強くなりたいという意思は同じようだ。それを言い終えた古菲は、再び楓へと視線を戻した。その古菲の表情は、熱意と決意に溢れた笑みを浮かべていたのだ。と、そこに薬を持ってきた真名が戻ってきた。

 

 

「む、目が覚めたのか、古」

 

「真名アルか。真名にも礼を言うヨ、ありがとう」

 

「気にするな。それよりこれを飲んでおくといい。痛みが少しは引くはずだ」

 

 

 真名は普段と変わらぬ表情であったが、内心では古菲を心配しているのである。そこで古菲は戻ってきた真名へと視線を移すと、先ほどの礼を言った。しかし、真名はそれを気にするなと言い、持ってきた薬を手伝いながら、古菲へ飲ませた。その薬はちょっとした魔法薬で、軽くではあるが回復を促進させるものである。それを古菲は顔を上へと向け、その場で一気に飲み干したのである。しかし、なんだか不思議な味に、少し渋い顔をしていた。

 

 

「いやー、こんなものまで貰ってすまないアル」

 

「何、それの代金は出世払いで支払って貰うから問題ないさ」

 

「え!? これただじゃないアルか!?」

 

 

 そして、古菲は先ほど助けてくれたというのに、さらに薬まで貰って申し訳ないと言っていた。だが、そこでなんと真名は今の薬の代金は出世払いで貰うと言っていた。流石としか言いようがない。また、古菲は今の薬が有料だったことに驚き、慌てふためいていた。そんな二人を眺めながら、相変わらずお金にはうるさい真名だと、楓は思っていたのだった。その後試合を見物していた、他のクラスメイトたちも見舞いにやって来て、そのたびに古菲は大丈夫といい続けたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 さて、まほら武道会、注目の第五試合。その対戦する出場者は、あの転生者の流法と一元カズヤであった。彼らは昨日の揉め事を引きずっており、その喧嘩の決着をつけるべく、この大会に参加したと言っても過言ではないだろう。なんて迷惑なやつらなんだ。そして、選手入場の合図と共に、二人がリングへやってきたのだ。

 

 

「貴様、今日こそは断罪してやるぞ」

 

「いいねぇ、そういうの! んじゃ派手にやろうぜ! 喧嘩をよぉ!!」

 

 

 すでに両者とも臨戦態勢であった。もはや試合開始の合図を待つばかりだ。そこで試合が叫ぶように、両者の名前を読み上げた。

 

 

「では第五試合、一元カズヤ選手VS流法選手の試合を行うぜ――――ッ!!」

 

 

 そして司会は盛り上げるために色々と彼らのことを、会場の見物客に説明していた。だがカズヤも法もさっさとそれを終わらせて戦いたいのか、とてもイライラした表情をしていた。それを司会が悟ったのか、説明を切り上げ、開始の合図を高らかに宣言したのだ。

 

 

「ま、まあとりあえず始めるぜ!! レディ――――……、ファイッ!!!」

 

 

 これでようやく、二人が待ち望んだ瞬間が訪れたようだ。カズヤはその宣言を聞いて、ノシノシと法の下へ歩き出していた。そして法はそんなカズヤを挑発していたのだった。

 

 

「んじゃ、行くぜ!」

 

「こい、カズヤ!」

 

 

 流石にこの大会でアルターを使うのはまずいと思ったのか、両者ただの殴り合いを始めたのだ。そこでカズヤは法へ右腕で殴りかかると、その拳を交わし手刀をカズヤの胸元へと突き立てた。その法の手刀が命中すると、カズヤは一瞬目を開き痛みに苦しんだ。しかし、その痛みを無視するように、左腕で法の顔面を殴り飛ばしていた。

 

 

「チッ、やるな貴様……」

 

「はっ! テメェもな! だが、まだまだ喧嘩はこれからだ!」

 

 

 両者とも距離を開けず、そのまま殴り合いを始めていた。カズヤは勢いを増して右拳を法へと突き出すと、法は膝と肘でそれを受け止め、逆にカズヤの首へ手刀を打ち込んだ。しかしカズヤもその攻撃を受けると、すかさず右足で法の腹部を蹴り上げた。なんという泥臭い試合。先ほどの試合とはうって変わって、本当にただの喧嘩となっていたのである。

 

 

「クックックッ、いいねぇ。こういうのいいねぇ!」

 

「それは貴様だけだ! 俺は貴様を裁くためにここで戦って居るのだ!」

 

「ハッ! そうかい。じゃあ俺は俺のために喧嘩するぜ!」

 

 

 カズヤはそう言うとさらに拳を加速させる。右、左、右、そして右足。その連打を両腕で受け流す法。そこで法はカズヤの隙をついて、腕を掴んで投げ飛ばす。だが、カズヤは投げ飛ばされた先でしっかりと受身を取り、即座に法へと距離をつめる。

 

 そこで構えていた法が、右腕を手刀の形にさせ、カズヤへと突き立てた。しかし、その攻撃をカズヤは姿勢をさらに下げて避けたのだ。さらに、その隙をつきカズヤは法の腹部へと拳を突き刺した。

 

 

「グッ、貴様!!」

 

「どうした? さっきから動きがトロくせぇぞ!」

 

「それは貴様も同じことだ!」

 

 

 そう法が言うと姿勢を下げたカズヤの背中へと肘を突き刺した。そして法は、その攻撃により姿勢を崩し、倒れ掛かるカズヤへ今度は右足膝をカズヤの腹部へとめり込ませたのだ。流石に今の攻撃は効いたようで、苦悶の表情をカズヤは見せていた。

 

 だが、そのままカズヤが倒れることはない。すかさずその蹴られた勢いを生かし、右足を高く掲げ法の顎を蹴り上げたのだ。そこで両者とも数メートル距離が開き、その場で睨みあっていたのである。

 

 

「クッしぶといヤツだ。今ので終わっていればよいものを……」

 

「こんな楽しい喧嘩、すぐに終わらせる訳ねぇだろ! 次へ行こうぜ? 次へよおー!!」

 

「カズヤ、貴様まさか!?」

 

 

 そうカズヤは叫ぶと、アルターを使い出したのだ。周りの物質を抉り取り、虹色の粒子がカズヤの右腕へと集中していく。そして、黄金に輝く篭手の右腕を発生させたのである。さらに、その右肩の背後へと三つの赤き羽根が生えたのだ。そうだ、これがカズヤの特典(アルター)、シェルブリットだ!また、アルターが発動したためか、カズヤの髪の毛が逆立っていた。そこで、カズヤは法を挑発し、お前もアルターを出せと言い出したのである。

 

 

「へっ、出せよ、あんたも! いつものアレをよぉ!」

 

「……”絶影”」

 

 

 そこでカズヤの挑発にあえて乗り、法もアルターを生み出したのだ。拘束衣を着た少年のような人形、これが法の特典(アルター)、絶影である。なんと彼ら、喧嘩がヒートアップしすぎて普段隠していたアルターをここで使ったのである。バカだと思っていたが、ここまで大バカだったとは。だが、もうこの二人の喧嘩を止めることは出来なくなったのだ。

 

 その現象に観客はどよめき始め、どんなトリックだと騒ぎ始めていた。だが、それを見ていた千雨は、またやってるとしか思っていなかった。というのもこの現象、千雨はよく見ていたからだ。このバカどもが喧嘩しているのを、随分と眺めてきたからだ。そのため、こういったことへの耐性がついてしまっていたようである。そこで、その絶影を見たカズヤは、口を吊り上げて笑い、最初の一撃の咆哮を叫んだ。

 

 

「なら一発目ぇ! ”衝撃のぉ、ファーストブリット”オオォォ!!」

 

「”絶影”!!」

 

 

 カズヤはそう叫ぶと背中にあった三つの羽根のうち、一番下の一つを砕き使用した。するとそこから膨大な粒子が吹き上げ、カズヤを爆発的に加速させたのだ。さらにカズヤは自らを回転させながら法へと突き進む。そこで法は、絶影から二つの鞭状の剣を伸ばし、カズヤを追撃した。だが、それが垂直にシェルブリットの拳により破壊されたのだ。

 

 だが、法は今の攻撃で、加速するカズヤの勢いを殺すことはできなかった。そのままその剣を破壊しながらも、シェルブリットと共にカズヤはぐんぐんと絶影へと距離をつめたのだ。そしてシェルブリットは絶影の頭部を捉え、カズヤはその拳を打ちつけたのだ。

 

 そのシェルブリットの衝撃により、数メートル滑るように絶影と法は後ろへ吹き飛ばされていた。また、カズヤは今ので満足できなかったのか、さらに法を挑発していた。

 

 

「おい、次のを出せよ、次のをよ! こんなんじゃ、ものたりねぇだろうが!」

 

 

 そのカズヤの挑発と、今の攻撃に怒りを感じたのか、法は今まで以上にカズヤへと鋭く睨みつけていた。そして、怒気の篭った一言を、そこで発したのだ。

 

 

「……”絶影”」

 

 

 すると絶影は銀色に輝き、拘束が解かれていった。開放された絶影は、蛇のような下半身となり、上半身と下半身が二つに分かれた姿となった。そして、両腕の下から新たに、ドリル状の剣のような拳が追加されていた。これこそが、絶影の真の姿である。また、これこそが法の本気なのだ。

 

 また、法はこの能力を解き放ったためか、髪が多少持ち上がったようになり、左側へと尖りだした。さらに、色は濃い緑色から変色し、薄く発光するかのような明るい緑色となっていたのだ。

 

 

「この俺を本気にさせたことを後悔させてやる。いや、後悔する暇さえ与えん! ”絶影”ィッ!」

 

「はっ、言うねぇ! ”撃滅のセカンドブリット”オオォッ!!」

 

 

 カズヤは絶影を追撃せんと、次の攻撃へと移っていた。だが、法が絶影と叫んだ瞬間、絶影は銀色の分身を残し、瞬時に加速したのだ。そして気がつけばカズヤの目の前まで来ており、その巨大な下半身をシェルブリットに打ちつけたのだ。

 

 

「ぐうぅおぉ、だがまだだ!!」

 

 

 今の攻撃でシェルブリットにヒビが入り、カズヤは吹き飛ばされてリングの床に転がった。それを見たカズヤも痛みで顔がゆがんだ。しかし、すぐさま絶影を視界に捕え、体制を整えて迫り来る絶影を撃退する用意に出ていた。

 

 

「”抹殺のォォ! ラストブリット”オオオオォォォオォッ!!」

 

 

 しかし、その程度では絶影を捕えることは出来ない。シェルブリットが絶影へと命中する瞬間、絶影はカズヤの右へと移動していた。カズヤはそれに反応したが、動くことが出来なかった。そこで絶影が長く伸びた下半身を振り回し、カズヤの体にたたきつけたのだ。

 

 その攻撃をなんとかシェルブリットで防御したカズヤだったが、衝撃だけは抑えきれずに吹き飛ばされていた。だがさらに、そこへ絶影の追撃が襲い掛かった。間髪いれずに6発の先ほどと同じ攻撃がカズヤを襲い、最後はリングの床へとたたきつけられたのである。

 

 

「グゥッ!」

 

 

 だが、カズヤは床に衝突する直前に、今の攻撃でボロボロとなったシェルブリットを使い、勢いを殺したのだ。しかし、完全に勢いは殺せず、そのままリングの床に倒れていた。また、カズヤが床に倒れたことで、カウントが始まっていた。

 

 その今のすさまじい謎の猛攻に、先ほどまで騒いでいた観客が静かとなっていた。もはや一般人では、何が起こったかさえわからないのである。だが、それを分析するものが居た。あのエヴァンジェリンである。エヴァンジェリンは大会にこそ出場しなかったものの、興味本位でこの試合を見に来ていたのだ。

 

 

「いつ見ても面白い能力だ。他の物質を変質させ、自らの武器とするか」

 

 

 エヴァンジェリンはこの二人と同じく夜の警備に参加していた。だから、たまにだが彼らの能力を見たことがあるのだ。そして、戦闘している二人の能力を大体把握していたのである。まさにアルターという名こそ知らないが、大体の効果を予測していた。

 

 そうエヴァンジェリンが分析している中、絶影は法の前へ降りてきて、待機状態となっていた。また、それを見ていた千雨も、頭を抱えて黙っていた。これほど二人がバカだったとは、思っていなかったようである。だが、これで戦いが終わるわけがない。法もそれを知っていた。そうだ、この程度で、戦いが終わるはずがないのだ。

 

 

「フ、クックックッ、痛ぇなあ。だが終わらねぇ、この程度じゃ終われねぇよなぁ!! なあ、おい!!」

 

 

 カズヤはカウント10手前で立ち上がり、右腕を天高く掲げたのだ。するとカズヤの右腕がさらに変化したのである。周りの物質と自らの腕をさらに分解し、アルターを構築させていく。そしてさらに、巨大化した右腕と共に、背中には巨大なプロペラのようなものが形成されていった。また、額の右側には、獅子のたてがみのような物体が装着されたのである。それこそが、シェルブリット第二形態。カズヤの次のステージだった。

 

 

「シェルブリットオオオォォォォオオォォォッ!!!」

 

 

 地面を揺らすほどのカズヤの叫び。そして右腕を見せびらかすように構えると、その右腕が開かれた。その直後、すさまじい気流の渦が右手の甲に発生し、カズヤが徐々に浮かび始めていた。それを法は一片の隙も無く、ただただ静かに睨んでいた。そこでさらに、カズヤの背中のプロペラが回転し、粒子を噴出すると爆発的な加速を生み出し、法の元へと飛んだのである。

 

 

「さあ、行くぜぇ!!」

 

「そいつとやるのは久々だな、だからこそ容赦はしない! ”絶影”!!」

 

 

 その直後、絶影とシェルブリットが激しく衝突した。すさまじい衝撃は地面を揺らし、リング周りの池に波が発生していた。そして絶影の膂力によりカズヤは吹き飛ばされ、その池へと墜落したのだ。だがカズヤは、すぐさまそこから飛び出し、絶影を攻撃すべく拳を構え突撃したのである。しかし、そこで法は絶影へと命令を下す。

 

 

「剛なる左拳”臥龍(がりゅう)”!」

 

「何!?」

 

 

 剛なる左拳、臥龍とは剣状の拳を飛ばすロケットパンチである。その臥竜をシェルブリットで受け止め、その勢いと拮抗するカズヤだった。そして臥龍にヒビが入り、破壊直前まで追い込んだのだ。だがさらに法は、次の攻撃を行ったのである。

 

 

「甘いぞ! 剛なる右拳”伏龍(ふくりゅう)”!」

 

 

 なんとその伏龍にて、破壊されかけた臥龍ごとカズヤを攻撃したのだ。その勢いでカズヤは数メートル水面へと近づいていた。しかしそれをカズヤは必死の形相で、なんとか伏竜をも破壊した。だがその直後、またしても絶影からの直接攻撃で体を吹き飛ばされたのだ。そこでさらに追撃のために絶影がカズヤへと距離をつめていた。だが、その時カズヤのシェルブリットが黄金に輝いていたのである。

 

 

「”シェルブリット・バースト”オォ!!」

 

 

 そしてカズヤのシェルブリットが絶影の右肩に命中し、破壊したのだ。その攻撃で絶影は左肩から下を砕かれ、失ったことになる。また、その絶影のダメージがフィードバックしたのか、法も左肩を押さえ苦痛に耐えていた。これでまたもや勝負がわからなくなって来ていた。

 

 

 と、ここで刃物禁止だった気がするこの大会。こんなアルターで戦ってルール違反にならないのだろうか。だが、あの絶影などを刃物と断定するには難しい。さらに、司会はこの戦いに熱中しているので、その辺りは投げ捨ててしまったらしい。

 

 そこにようやく覇王がやって来たようで、まずは近くに居たエヴァンジェリンへ話しかけていた。

 

 

「やあ、エヴァ。なにやら面白い試合になっているようだね」

 

「覇王か、久しぶりだな。見ろ、あいつらまたやっているぞ?」

 

「あの二人、本当に懲りないねえ……」

 

 

 エヴァンジェリンがまたやってると言った。つまりこんな戦いを何度か二人でやっているのである。覇王もそれを知っているので、心底あきれた表情で法とカズヤの戦いを眺めていた。

 

 まさにその戦いは、すさまじい力と力のぶつかり合いだった。もはや両者ともボロボロとなっていた。そのカズヤのシェルブリットはヒビだらけとなっていた。また、同じく法の絶影もかなり体を砕かれていたのである。しかし、まだ両者とも一歩も退かないのだ。なんという信念だろうか。

 

 

「うおおおおおお!! 砕け散れ! ハカルゥゥゥッ!!」

 

「舞い散れカズヤアアアァァァァッ!」

 

 

 両者ともそう叫ぶと、絶影の右拳とシェルブリットが衝突したのだ。さらにその衝突の影響で、周囲に膨大なエネルギーが発生し、リング周辺を揺らしたのだ。また、リング周りの池にも大きな波が発生しており、その衝撃の強さを物語っていた。

 

 そして、そのエネルギーが爆発すると、絶影とカズヤは間逆の方向へと吹き飛ばされた。そこで法も絶影のダメージのフィードバックにより、絶影と共に吹き飛ばされたのだ。吹き飛ばされた両者は観客席となっている廊下を飛び越え、その先にある塔に衝突し、完全に停止したようだった。

 

 カズヤは空中から吹き飛び塔の頂上に衝突し、法は水面をきって塔の根元に衝突していたのだ。その衝突により塔は破壊され、無残な状態となってしまったのである。

 

 

「あれ、いいのかなあ」

 

「知らん」

 

 

 そんな状況にもかかわらず、涼しい顔をする覇王とエヴァンジェリン。覇王は塔が壊れたことで、直すの大変だなあ、と考えた。その覇王の言葉を聞いたエヴァンジェリンも、あきれた顔で一言つぶやいていた。これはひどいとしか言いようの無い状況だった。そして、両者とも場外にて気を失い動かなくなってしまっていた。そこでカウントが10が超え、両者敗北となったのである。

 

 

「また決着つかなかったんだ」

 

「困ったことに、どちらも同格だからな……」

 

 

 覇王はまた決着がつかず、似たようなことが再び起こるだろうと考えていた。エヴァンジェリンも同じ考えのようで、二人ともため息をついていた。いや、彼らを知るものなら、この行動は仕方の無いことである。

 

 そして法とカズヤは砕け散った塔から回収され、救護室へと運ばれたようだ。また、千雨もそのバカどもを追って救護室へと移動したようだ。流石に千雨もバカ二人に文句の一つでも言わないと、収まらないのだろう。そんな形で第五試合は終了したのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 バカが暴れた第五試合は終了した。そして、バカのせいで破壊されたリングは現在必死に修復作業が行われていたのだ。これも麻帆良大土木建築研のなせる業と言うわけだ。

 

 リング修復中、千雨はカズヤと法が運ばれた救護室へとやってきていた。吹っ飛んで塔に突っ込んだというのに、すでに二人は意識を取り戻し、いがみ合っていたのである。なんとあきれたことか。千雨もその姿に怒りをあらわにしていた。

 

 

「このバカども! 何を考えてんだ!」

 

「喧嘩であいつをぶっ飛ばす、ただそれだけだ!」

 

「貴様に学校の秩序を守らせるという、確固たる信念があるだけだ!」

 

 

 なんと、まさに反省すらしていないこの二人。このバカ二人を見て、千雨は怒り以上にあきれてきていた。むしろ千雨はそんな答えを求めていなかった。あのバカな試合のことを聞きたかったのだ。そこで額に手を当て、ダメだこいつらと千雨は嘆き始めていたのだ。また、そんな二人は手当てが終わったのか、立ち上がりつかみかかる勢いで睨み合っていた。

 

 

「あんなんじゃたりねぇな! 続きをやろうぜ、続きをよぉ!」

 

「望むところだ! この場で貴様を倒してやる!」

 

 

 なんとこのバカ、救護室で喧嘩を始めようとしていた。普段は冷静な法だが、ヒートアップするとこうなってしまうのである。いやはやこれでは、カズヤと同じレベルのバカでしかないようだ。そんなバカどもを見て、流石の千雨もキレたらしい。当然である。

 

 

「いい加減にしろバカども!!」

 

 

 この喧嘩しそうなバカ二人へ、千雨は震えながら怒りの叫びを発した。千雨のこの鶴の一声に、流石の二人も千雨のほうを向いてポカンとしていた。そして、千雨はこのバカ二人に叫びながら文句を言った。

 

 

「どうしたらあんなバカな試合ができんだ! バカも極まればああなんのかよ!?」

 

「知らねぇよ。俺はただこいつを……」

 

「こ、このバカズヤ! テメェが一番バカだってことはよくわかった!」

 

「なんだとこのアマぁ!? 今バカっつったなぁ!?」

 

 

 千雨は先ほどの試合がバカの喧嘩の延長戦でしかないことに頭を悩ませたのだ。何せあれほど派手な喧嘩をしたのだから当然だ。特に二人は大衆の目がある場所でアルターまで使ったのだ。このバカ二人が、普段はある程度アルターを隠していることを、知っている千雨が悩まない訳が無かったのである。そこで千雨にバカと呼ばれたカズヤが、バカと言われたことで叫んでいた。だが、それを眺めて法がほくそ笑んでいた。

 

 

「そうだ、貴様はバカだということだ」

 

「何だとテ」

 

「何言ってやがんだ! テメェもバカだろうが!」

 

 

 そこで千雨に便乗してカズヤをバカ呼ばわりした法。だが、カズヤがそれに文句を言う前に、千雨が先にカズヤの言いたいことを言ったのである。この法もカズヤの挑発に乗り暴れたのだから同罪なのだ。

 

 

「テメェがついていながら、こんなお粗末なことしやがって! ルールはどうしたルールは!」

 

「グッ、そ、それはだな……」

 

 

 今度は法が千雨に怒鳴られていた。普段はルールを尊重する法だが、頭に血が上るとすぐ力任せに走る傾向がある。そして、本来カズヤを抑える役目なはずの法が、カズヤと一緒になって派手な喧嘩をしてしまったのだ。千雨はこいつも同様バカだったと、いまさらながらそれを思い知らされたようだ。そこで千雨に怒鳴られ、言い訳も出来ずにうろたえる法を、カズヤは面白おかしく見ていた。

 

 

「怒られてますよー、ハカルさんよぉー?」

 

「き、貴様ぁ!」

 

 

 さらにカズヤは法を煽る。法はそのカズヤのふざけた態度に叫びを上げそうになっていた。だが、そんなバカどもに千雨は、さらに怒りの言葉を発したのだ。また、そこで千雨はカズヤと法の顔面を一発ずつ殴り飛ばしていた。

 

 

「ぐえっ!?」

 

「なっぐ!!」

 

 

 今の千雨の一撃で、流石に黙る二人。ようやく黙ったバカ二人を、千雨はさらに鋭い視線を向けながらも、もう一度感情を爆発させた叫びを発したのだ。

 

 

「テメェら少しはおとなしくしろ! 喧嘩してんじゃねーぞ!」

 

「お、おう……」

 

「クッ、すまない……」

 

 

 今の千雨の叫びに、流石に驚いたのかおとなしくなったバカ二人。とりあえずこの場は収まったようで、千雨も少しは溜飲が下がったようだった。そこで三人はなんだかんだ言いながら、観客席へと戻っていくのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 いまだリングを修復しているさなか。覇王はエヴァンジェリンと別れ、木乃香のところへやって来ていた。木乃香は覇王を見つけると、手を振りながら笑顔で覇王の下へと走ってきたのだ。

 

 

「はお! 来てくれたんやな!」

 

「まあね。木乃香が成長を見せてくれると言うだから、来るのは当然さ」

 

 

 木乃香がこのまほら武道会に参加した理由は覇王にシャーマンとしての成長を見てほしいからである。つまり覇王がここに来なければ、木乃香が参加した意味が無いのだ。だが、それがわかっている覇王は、当然のように大会を見に来たのだ。また、木乃香は覇王が絶対に来ると思っていた。しかし、こうして来てくれると嬉しいものであった。

 

 

「はおから貰ーた媒介で、新型を開発したんやえ!」

 

「木乃香の新型O.S(オーバーソウル)か、それは楽しみになってきた」

 

「そうやよ! あの後ずっと頑張ってきたんやから!」

 

 

 あの後とは木乃香が覇王から扇子の媒介を貰い、銀髪が襲ってきた後のことだ。木乃香はあの出来事を少し引きずっていた。なんせ覇王の足手まといになってしまったからである。覇王と並びたいと言うのに、足を引っ張ってしまっては元も子もないのだ。だから二度と、あのようなことにならないためにも、木乃香はO.S(オーバーソウル)開発などシャーマンとしての技量を磨いてきたのだ。

 

 

「そうか、なら期待していよう」

 

「そや、期待しといてなー!」

 

 

 覇王は木乃香の新型O.S(オーバーソウル)とやらに期待したようだ。そして木乃香も覇王に対して自信満々に答えていた。どうやらなかなかの出来らしい。また、そこで覇王は木乃香の対戦相手が、シャーマンだということを話したのだ。

 

 

「そういえば、木乃香の対戦相手もシャーマンだよ」

 

「ほえ、そうなん?」

 

「ああ、しかもかなりの相手さ」

 

 

 木乃香の対戦相手、それはあの錬であった。あの錬は甲縛式O.S(オーバーソウル)の使い手であり、自然現象の一つである雷を操れるのだ。それは巫力無効化では打ち消すことの出来ない力であり、それをどう対処するかが試合の焦点となるだろう。だが、覇王はあえてその情報を木乃香には話さず、強力なシャーマンとだけ伝えたのだ。また、あの覇王をして、そう言わしめる対戦相手に、木乃香は少し戦慄していた。

 

 

「はおがそう言うんなら、熟練したシャーマンなんやな」

 

「ああ、だから十分気をつけたほうがいい」

 

 

 これは一応試合であり、死人はでないだろう。だが、あの錬は相当な手馴れで強力なシャーマン。今の木乃香が勝てるか、わからないほどの相手である。しかし、あの錬を倒せなければ覇王と並ぶことなど出来るはずが無いのだ。

 

 

「わかっとるえ。そんで絶対に勝って見せる!」

 

「ふふ、頑張ってくれよ? 彼に勝てれば僕に並ぶのも夢じゃないからね」

 

 

 しかしあの錬に勝利できれば、覇王に一歩近づいたということになる。だからこそ、木乃香は錬との試合に勝利しなければと意気込むのである。また、そこで木乃香は、だからこそ覇王に応援してくれるように言っていた。

 

 

「うん、せやから応援してくれなーあかんよ?」

 

「そのぐらいならお安い御用さ」

 

「覇王に応援されるんなら、ウチの力は100人力やえ!」

 

 

 木乃香は覇王に応援されるなら、さらに力が出ると思ったのだ。覇王も弟子である木乃香を応援するのは当然だと考えており、気にせず応援すると言っていた。だが、そこで木乃香はクラスメイトの古菲が、先ほどの試合でひどい怪我をしているのを覇王に話した。

 

 

「そや、はお。ウチのクラスメイトの子が、試合で大怪我したんや。少し見てあげてほしいんやけど……」

 

「おや、その子はその試合で負けたのかい?」

 

 

 自分の力で治療したい木乃香だったが、試合前で巫力を消費するのはつらかったのだ。また、古菲もそういうことはさせたいと思う人間ではないので、木乃香は古菲の治療を我慢していたのだ。だから覇王に、古菲の治療を頼もうと考えたのだ。

 

 また、それを聞いた覇王は、その子が負けたかを聞いていた。この試合はトーナメント制であり、勝者を治療すればフェアではなくなってしまうからだ。しかし、その古菲は負けているので、木乃香はそう答えたのだ。

 

 

「うん、負けてしもーたんよ……。せやからはおに怪我を治療してもらいたいんよ」

 

「いいけど、その子はどこに居るのかな?」

 

「あそこで試合を見てる子や。あの両腕を包帯で釣った状態の子やえ」

 

 

 覇王は気にしない感じで、治療すると言った。しかし、その子が誰だか覇王にはわからない。だから木乃香に、どこの子なのか聞いたのだ。そこで木乃香は、指を指して古菲の位置を覇王に教えたのだ。しかし、古菲に金髪の少女が近寄っていくのを覇王は目にした。ゆえに治療の必要はないと考えたようだ。

 

 

「木乃香、もう大丈夫みたいだ。僕以外にも治療できる人が、その子を治療しに行ったみたいだからね」

 

「そうなん? それならええけど……」

 

 

 木乃香は覇王の言葉を信用することにした。なぜなら覇王が適当な理由をつけて、治療をしないという選択を選ばないと思ったからだ。そこで覇王と木乃香は、次の試合の開始を待つことにしたようだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 エヴァンジェリンは教授という立場であり、偉大なる治癒師である。いかなる治療魔法も習得し、治せない怪我など存在しないと言われるほどの存在だ。そんなエヴァンジェリンの目の前で、かなりの手傷を負ったものがいた。それが古菲だったのだ。

 

 そこでエヴァンジェリンは、手当てを終えて試合を見物する古菲に、話しかけようと思ったのだ。だが、試合を熱心に見る古菲を見て、すぐに声をかけるのを止めたのだ。あんだけ熱心に試合を見る古菲に、声をかけては邪魔することになると思ったからだ。だからエヴァンジェリンは、第五試合が終わった直後に、再び古菲へと話しかけたのだ。

 

 

「そこの、そこのチャイナの娘」

 

「ん? 私のことアルか?」

 

「そうだよ、貴様のことだよ」

 

 

 ここのエヴァンジェリンは3-Aに在籍する生徒ではない。だから古菲と会うのははじめてなのだ。だから、名前も知らぬ古菲をチャイナの娘と言ったのだ。そこでそれが自分のことだとわかった古菲は、エヴァンジェリンの方を向き、対応していたのだ。そして、エヴァンジェリンはさっさと本題に入っていった。

 

 

「私は医者みたいないものでな、貴様の怪我を治療しようと考えたものでな」

 

「お医者さんアルか? カッコは確かにそうっぽいアルけど、なんか小さい医者アルなあー」

 

「背の高さは気にするな……。まあ、とりあえず怪我の方を見せておくれ」

 

 

 古菲は言われたとおり、包帯を取りエヴァンジェリンへとその両肩の怪我を見せた。それはとても痛々しい怪我で、大きく腫れ上がっており、明らかに骨に異常があるのがわかるものだった。そこでエヴァンジェリンは、認識阻害をその場にかけ、幻術を用いて怪我をごまかし、即座に治療魔法を古菲へと使ったのだ。そして、元通りに包帯を巻きなおし、これでよしとつぶやいていた。

 

 すると古菲の両腕が動くようになり、肩も上がるようになったのである。さらに痛みも完全に無くなっており、見た目はまだ少し痛々しいと言うのに、完治したような状態となっていたのだ。そのことに古菲は驚き、両腕をぶんぶんと回しながら、笑顔でエヴァンジェリンにお礼を言っていた。

 

 

「いやあ、助かったアル! ありがとうアル!」

 

「腕が動かせるようになってよかったな。だが、まだ包帯は取るなよ?」

 

 

 エヴァンジェリンは完治した怪我を幻術でごまかしているので、とりあえずは包帯を取らないように言ったのだ。そこで古菲は、怪我を見てくれた恩人であるエヴァンジェリンに、自己紹介をしたのだ。

 

 

「わかったアル! そうだ、私は古菲と言うアルネ。そちらの名前は何と言うアルか?」

 

「私はエヴァンジェリン。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと言う。以後お見知りおきを」

 

「エヴァンジェリンアルか。覚えたアルよ!」

 

 

 古菲から名を尋ねられたので、エヴァンジェリンもそこで名を名乗った。そして、エヴァンジェリンは元気にはしゃぐ古菲を笑みを浮かべながら眺めた後、その場を立ち去ったのである。それを古菲は、元気よく動くようになった右腕を振りながら、ありがとうを叫んでいたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そして数多ご一行も、第五試合が終わった直後に会場の観客席に到着したようだった。また、観客の多さに驚きながらも、見物できそうな場所を探しながら、ゆっくりと歩いていたのだ。

 

 

「第五試合まで終わっちまってら!」

 

「ふむ、だが試合はこれからだ」

 

 

 数多は第五試合まで終わってしまっていたことにがっかりしていた。だが、メトゥーナトは、試合は始まったばかりだと考えているようだ。

 

 

「次の試合は彼らの戦いか……」

 

「どっちもおっちゃんの知り合いだっけっか?」

 

「片方は友人だ。だがもう片方はこちらが一方的に知っているだけさ」

 

 

 メトゥーナトは次の試合の参加者を見てそうごちった。次の試合はあのネギとタカミチの戦いだからだ。

そこで数多はどちらもメトゥーナトの知り合いだったかと思い出していた。だが、メトゥーナトはネギにはまだ会っていないので、ネギのことは知っているだけだと述べたのだ。また、焔は担任と元担任の試合だと思ったようである。

 

 

「現担任と元担任の試合か……」

 

「そーいや焔は二人の生徒だったっけっか」

 

「そうだ、なかなか感慨深いというものだ」

 

 

 そう言葉にする焔は、腕を組んでうんうんとうなっていた。まさか自分の教師同士が戦うなど、焔は考えもしなかったようだ。さらに言えば、あのネギが戦うような人間には見えなかったので、そういう意味でも驚いていた。そこで数多は、この試合がどうなるかをメトゥーナトに尋ねていた。

 

 

「そうだよなー。で、おっちゃんとしては次の試合、どう見てるんだ?」

 

「厳しいだろうな。あのメガネの男は無音拳の使い手だ。魔法使いタイプの少年では勝ち目はないだろう」

 

「はあー!? 相性最悪じゃねーかよ! 厳しすぎるぜ! 逆境すぎるぜ!!」

 

 

 するとメトゥーナトは厳しい、厳しすぎるという答えたのだ。また、その説明を聞いた数多は、逆境すぎると言っていた。なにせここのネギは魔法使いタイプである。接近戦を捨てて、魔法使いとして後衛特化なのだ。つまり近・中距離が得意なタカミチ相手に不利なのである。だが、数多はその逆境こそが強くなる場面でもあることを知っているので、ある意味チャンスだとも考えていた。

 

 

「だがよー、逆境を乗り越えられれば、さらに一段強くなるかもしれねぇなー」

 

「そうだな。そういう意味では彼らの試合、見逃せないだろう」

 

 

 そう二人が会話しているところで、ようやくリングの修理が終わったようだ。そしてそれは試合再開の合図でもあった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギはタカミチとの戦いの前と言うこともあり、随分と緊張していた。そんなネギを励ましに、アスナと刹那、それと小太郎がネギの下へとやってきたのだ。

 

 

「ガチガチやなあ、ネギ」

 

「こ、コタロー君?!」

 

 

 小太郎は緊張するネギに話しかけていた。というのも、ネギが緊張しない訳が無い。なにせあのタカミチとやりあうのだ、とても厳しい戦いになるのは目に見えているのである。何より自分は魔法使いタイプで、戦士タイプだと思われるタカミチとは相性が悪いこともわかっているからだ。

 

 だが、緊張ばかりしていては実力を発揮しきれないだろう。だから小太郎たちは、ネギの緊張を少しでもほぐしてやろうとやってきたのである。

 

 

「どうせ高畑先生には勝てっこないんだから、当たって砕ければいいんじゃない?」

 

「そりゃあかんやろ! 砕ける前に砕くんやで!」

 

 

 アスナはタカミチが強いことを知っている。全てを知っている訳ではないが、それでも強いと考えている。だからこそ、ネギにはまだ早い相手だと、勝てるはずがないと思っているのである。しかし、それでも勝ってこそ男だと、小太郎はネギを檄を飛ばすのだった。

 

 

「ネギ先生、とりあえず自分が出来ることを全てぶつけてくればよいと思いますよ」

 

「砕けるなら、盛大な方がいいわね」

 

 

 そこで刹那も、アドバイスとして今の力を出し切ることが大切だとネギへと語った。刹那もまた、バーサーカーや覇王といったバグとよく模擬戦をしてきた。その二人にいまだ届かないが、それでもいつだって全力だった。全てを出し切ればたとえ負けても、悔いは残らないと考えているのだ。そこでやはり負け確定だと考えるアスナは、砕けるなら爆発するべきだと言っていた。地味にひどい。

 

 

「そうですね。負けて当然だとしても、あがいて見せます。もしかしたらそれで勝てるかもしれないし」

 

「もしかしたらやないで! 絶対に勝つっつー意思を持たんか!!」

 

 

 ネギはその二人の言葉に、とりあえず食らいつくという意思を見せていた。だがやはり小太郎にはその言葉は甘いと感じるのだ。だから勝ちに行くぐらいの根性を見せろと叫んでいた。たしかにその通りである。勝利を渇望せずして勝利は無いのだから。

 

 

「そうだね、コタロー君の言うとおりだった。僕はタカミチさんに勝ちに行くよ!」

 

「おう、その意気やで!でなけりゃ勝てるもんも勝てへんわ!」

 

 

 その小太郎の言葉に、ネギは本格的に勝利を求めることにしたようだ。また小太郎も、ネギの今の言葉に満足したのか、嬉しそうな表情をしていた。そこでようやく試合が開始されるようで、そろそろネギはリングへと移動しなければならないようだ。

 

 

「まあ、がんばってきなさい」

 

「応援していますよ、ネギ先生」

 

「そうや!勝って俺と決勝で戦うんやで!」

 

「ありがとう、みんな!行ってくるよ!」

 

 

 ネギは三人の応援を聞いて、微笑みながらリングへと歩いていった。そこにはタカミチもやってきており、並んでリングに移動したのだ。そのさなか、ネギはやはり緊張で硬くなりながらも、しっかりと足を踏みしめて歩いていた。さて、この試合どうなるのだろうか。それは誰にも予想がつかなかったのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 そんな白熱している中、認識阻害を使い変装してまで、この大会へ進入したものが居た。あの超とエリックである。まあ、認識阻害と言う名の光学迷彩なのではあるが。そしてやはり、マフィアっぽい黒いスーツと丸いサングラスという格好で、二人はこの会場にやって来ていたのである。

 

 そこでエリックは適当な撮影機材を多く持ち込み、撮影が出来るか試していた。また超もノートパソコンを使い、インターネットでこの大会の情報を見ていた。

 

 

「やはりどの機材でも撮影は不可能のようだ」

 

「フム、ならこの映像はどういうことヨ!?」

 

「んん?どうした超! 何かあったのか!?」

 

 

 すると超はエリックにノートパソコンを見せた。なんとそこにはこの大会の映像がインターネット上に出回っており、掲示板などで炎上していた。それを見たエリックは頭を抱えて驚いていたのだ。

 

 

「なんてことだ! 我々が撮影出来ないというのに、こんな映像が残せるはずがない!!」

 

「つまり主催者側が意図的に流してるはずネ……」

 

「これも魔法をバラす一手と言う訳か! まずいぞ超よ!!」

 

 

 この大会の映像を流出させることで、超常現象を一般人にも認識させようとしているようだ。だからこそエリックは頭を抱えて焦っているのだ。だが超はすでに手を打っているようで、インターネット上の火消しに回っていたのだ。

 

 

「すでに手を打ているヨ! アジトのメインコンピュータにアクセスして、火消しに回っているネ」

 

「流石超だ! でかしたぞ!!」

 

「しかしそれだけで精一杯ヨ。この先さらに派手な試合が起こったら大変ネ!」

 

 

 バカ二人がアルターなんて使ったため、かなりネット上では荒れていた。それを何とか止めようと、超は四苦八苦しているのだ。本当にバカどもはこれだから困る。だが、次の試合を考えて、さらに超は青ざめた。なんということだ、次の試合はネギとタカミチの試合だったのだ。

 

 

「アー!? 次の試合はネギ坊主と高畑先生の試合ネ!!? また派手にやらかすヨ!!」

 

「何てことだ!!? このままではまずいことになる!!」

 

 

 タカミチとネギじゃどの道派手になるだろう。そして試合を止めることは出来ない。つまり、今の最善の手は、インターネット上の炎上を消すことでしかないのである。もはやいたちごっこを興じるしかない超も、頭を抱えてしまっていた。どうしようもない状況だった。

 

 

「ネギ坊主ー! 頼むから派手な試合にしないでくれヨ!?」

 

「超! ネギ少年を仲間にしたのなら、最初にそう言って置けばよかったではないか!!」

 

「そ、そうだったネ!? ウッカリしてたヨ……」

 

 

 仲間にしたなら、こっそり会ってしめやかな試合にしてくれと頼めばよかったのだ。だが、超もこのインターネット上の火消しに忙しいので、うっかり忘れていたのだ。そこで超はまたしてもやっちまったと思い、元気を失ってしまったようだ。

 

 

「落ち込んでいる暇なんてないぞ! こうなっては仕方がないのでとにかく火消しをするんだ!」

 

「わ、わかってるヨ……。これからが本番ネ……」

 

 

 そう言うと超は忙しそうにノートパソコンのキーボードを叩いていた。それをエリックは見ながら、他の撮影機材も試し始めていた。いやはや、この作業で何とか抑えているが、この先どうなるかはまったく予想が出来ないのであった。

 




そのクズ、そのバカ、他にはいない

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