理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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テンプレ90:真名の契約主の生存

テンプレ91:裕奈の母親の生存

テンプレ92:原作キャラと結ばれている転生者


四十九話 カギと傭兵 無詠唱の転生者

 *カギと傭兵*

 

 

 カギは随分と活躍していた。これこそ執念であった。世界樹パトロールにて、とてつもない成果を出しているのだ。嫉妬の炎に身を焦がし、告白しそうな人々を魔法で眠らせたり意識を逸らしたりしていたのだ。

 

 

「消え去れー! 俺の目の前から消え去れー! リア充どもめー!!」

 

「やっちまえ兄貴ー!」

 

 

 やはり哀れにも非モテなカギは、カップルを襲撃する。だがこれは迷惑行為ではない。学園長公認の活動だ。許可が下りればどうということはない。悔しさと悲しみを表した表情をしながら、カギは幾多のカップルを襲撃するのだ。

 

 

「ぐぎー!! リア充ども! テメーらぁぁぁ!!」

 

「ペースが速すぎだぜ!? もう少し抑えないと疲れちまうよー!?」

 

「俺の誰だと思ってやがる!! 最強にして無敵の英雄の力を持つ、カギ様だぜー!?」

 

「なんてこったー! 今の兄貴はまさに修羅だぜ……」

 

 

 告白しそうな人に魔法を使いまくるカギ。このペースでは体力が持たないとカモミールは考えた。だが、このカギの特典から見ればそうそう疲れることは無いとカギ自身考えていた。

 

 

「ヒャーッハッハッハ! ヒャーッハッハ、ヒャァ!?」

 

「ど、どうしたってんだい兄貴!?」

 

 

 突然壊れたように高笑いをしていたカギだが、何かが起こったらしく変な声を出して笑うのを急にやめたのだ。カモミールもその突然のカギの行動に驚いて質問していた。するとカギの目の前に居たカップルの片方がぶっ飛んだのである。こ、これはいったい……!

 

 

 

「ペロ、これは銃撃!」

 

「ペロって舐めてねーし!?」

 

「ば、バカここは雰囲気を出すためにあえて言葉にするんだよ!!」

 

 

 ペロと突然言い出すカギに、すかさずツッコむカモミール。そのツッコミに対応するカギであった。というか銃撃は舐めれないだろう。カギはその銃撃を見て、もしやと思った。こんなことが出来るやつは、数人もいないのだから。

 

 

「おや、カギ先生も世界樹パトロールかい?」

 

「ぐ、軍曹!! 龍宮軍曹じゃないか!!」

 

「一体いつ軍曹になったんだ?」

 

 

 そこに居たのは同じく世界樹パトロールをしている龍宮真名であった。カギは軍曹と突然呼んだが、真名は謎の軍曹呼ばわりをあまり理解できないでいた。

 

 

「今の銃撃で軍曹です、マム! そして俺もまた、同じくパトロールですぁー!」

 

「その軍曹は置いておくとして、随分と仕事熱心じゃないか」

 

「違ぇー! 俺はやつら憎きリア充を絶滅させているだけだー!!」

 

「そ、そうなのか……?」

 

 

 今のでカギは真名に軍曹と言うあだ名をつけたようだった。そして仕事としてではなく、ただの逆恨みでカギは行動していたようだ。その答えを聞いて流石に引く真名。仕事をしていると思ったら、ただの八つ当たりだったのだ。

 

 

「俺の目の前で、イチャコラする連中なんぞ、消えてしまえばよい!」

 

「可愛そうに兄貴ぃ、10歳だというのにここまで老いさらばえてよ……」

 

「動機が不純すぎるが、まあ人のことは言えないか」

 

 

 もはやぶっ壊れているほどカップルを妬み涙を流すカギ。その哀れな姿を見て同じく涙をするカモミールだった。そこでカギの説明を聞いて不純な動機だと考える真名が居た。

 

 しかし真名も金のために働いているので、自分も似たようなものかと考えたのだ。だがそこに大量の告白しそうな人たちが発生したようだ。すぐさま拳銃を取り出しそれらを打ち抜く姿勢を真名は見せた。

 

 

「む、このままではまずいな」

 

「俺に任せろ!! ”超広範囲の眠りの息吹”だバッキャロー!!」

 

「兄貴ー、その魔法見た目がきたねぇー!!」

 

 

 この超広範囲眠りの息吹とは、催眠魔法の煙を風に乗せてぶっぱするだけの簡単な魔法らしい。さらに風をコントロールすることで、決まった対象に魔法を命中させれるのだ。執念から来るすばらしいコントロールで、告白しそうな人のみを眠らせていく恐るべきカギ。

 

 だが、この魔法の欠点は、カギが爆発するような屁をこいているように、煙が拡散するというものだ。だからこそ、カモミールが見た目が汚いと叫んでいたのだ。

 

 

「背に腹は変えられぬぅ! どーせ俺などゴミクズ同然よぉー!」

 

「あまりの嫉妬心に兄貴が自虐を始めちまったぁぁあーー!?」

 

 

 とうとうぶっ壊れたカギに、同情の言葉を叫ぶカモミールであった。しかし、その魔法のおかげで告白を未遂に済ませることが出来たようだ。身を挺して人々を守るこのカギの姿は、なんとまあ立派な魔法使いなことか。その行動に、真名も驚きを隠せなかった。

 

 

「先生は本当にあのカギ先生なのか?」

 

「俺以外誰が居るってんだ! こんなモテねぇゴミ人間が!?」

 

「人間なんてモテるかモテないかじゃないぜー!?」

 

 

 もはや乱心しきっており、カギはモテない自分こそゴミ同然と言い出した。そんな自虐に走り壊れきったカギを、やはり涙を流しモテるだけが人間ではないとカモミールは語っていた。そこでとりあえず会話が長引きそうなので、カギも真名も階段にでも座ることにしたようだ。

 

 

「まさかカギ先生がここまでやるとはね。立派な魔法使いでも目指しているのかい?」

 

「立派な魔法使いなんてクソ食らえですハイ。そんなことよりも従者がほしいぜ!」

 

「ほう、従者か」

 

 

 このカギの行動に、立派な魔法使いでも目指しているのかと思った真名だったが、どうやら違うらしい。というのもこのカギ、多少アンチ気質なので立派な魔法使いが嫌いなのだ。特に理由は無いがとりあえずそういう感情を持っている。

 

 とはいえ別に立派な魔法使いを否定するほどではない。だが、そんなことより従者がほしいのだ。従者に比べたら立派な魔法使いなどカギの前ではチンケなものであった。そのカギの発言に、従者がほしいのかと真名は尋ねた。

 

 

「あったりめーよ! 従者がいねぇーとカッコつかねぇ! とにかく従者がほしいんだ! つーか従者が出来ねぇのにハーレムなんて出来るかボケェ!」

 

「ふーむ、そんなものなのか」

 

「兄貴にはきっとお似合いの従者が現れらー! それまで我慢しましょーぜー!?」

 

「我慢できるか! 今すぐほしいんだよー!!」

 

 

 このカギは、ハーレム以前に従者が居ないと意味がないと、考えるようになったらしい。あまり目的意識に差は無いが。まあ、確かに従者が居ないと格好が付かないのも事実である。実際、魔法使いには従者が居ないと格好がつかないと言われるほどである。だが、今すぐほしいと豪語するのも、どうかと言うものである。そこで従者の話題がでたので、カギは”原作知識”を思い出して真名に質問してみた。

 

 

「そういやよー軍曹、軍曹は立派な魔法使いの従者とかしてたわけ?」

 

「おや、気になるのかい? むしろどうしてそう思ったんだ?」

 

 

 真名は原作だと立派な魔法使いの従者であった。だが本来なら2年前、その主は死んでしまっているようだった。この世界が原作と違うなら、どうなんだろうという考えがカギによぎり、質問したのである。

 

 

「こんな仕事してりゃ魔法使いにかかわっている証拠、なしてこんなことしてんのかねーと思いましてなぁー?」

 

「確かに兄貴の言うとおりだぜ! あの銃捌きはとんでもねぇもんだったしな!」

 

 

 

 しかしこの真名、自分語りは好きではない。どうしてそう考えたかを、逆にカギへと質問していた。本当に質問に質問を返すことが多い、悲しい時代だ。そこで適当な理由をでっちあげ、その質問に答えるカギであった。カモミールもあの銃の腕なら只者ではないと考えたようだ。そこで、まあいいだろうと考えた真名は、その話をカギへと語りだした。

 

 

「あまり自分のことは話したくないが、そうだな。カギ先生の言うとおり、マギステル・マギのパートナーをしているよ」

 

「何ぃぃ?! ()()()()だと!? ()()だとおお!?」

 

「姉御はパートナーだったのか、って兄貴驚きすぎじゃねーですか!?」

 

「驚くのはわかるが、オコジョ君の言うとおり驚きすぎではないか?」

 

 

 カギが驚くのも当然だ。原作だと過去形だったものが、現在進行形なのだから。いまだに立派な魔法使いのパートナーということに、カギは驚いているのだ。というよりも、それが知りたくて質問したのだから、やはり驚きすぎであるが。カモミールはそのカギの驚きように、むしろ驚いていた。真名も確かに驚くべき事実だが、そこまで騒ぐほどではないだろうと感じていた。

 

 

「つまり、軍曹の契約主は健在!? ピンピンしてんのぉー!?」

 

「生きていることを驚かれるのは変な感じだが、そのとおりさ」

 

「い、一体どういうことなんだ!? ま、まさかまたしても……!」

 

 

 真名は死んでしまったことに驚かれるならまだしも、生きていることに驚かれるのは心外であった。普通逆なのだから当然である。また、その生きているという言葉を聞いたカギは、やはり転生者が何かやったのかと思った。いや、転生者が契約主の可能性も考慮していた。テンプレでは真名を拾うのも転生者が行うからだ。

 

 

「カギ先生が何を言っているかはわからないが、私の主はこの人だよ。今も多くの人を助けるため、活動を続けているよ」

 

「こ、これは……、普通だった……」

 

「普通? いや普通どころか、なかなかのイケメンじゃねーか!!」

 

 

 真名は一つのペンダントを取り出し、その蓋を開けて契約主たるマギステル・マギの写真を見せた。カギはそれが原作どおりの男の人だったことに安堵していた。KOUKI・Tである。また、カモミールもカギの普通と聞いて覗いて見たが、普通どころかイケメンすぎることに少し驚いていた。

 

 だがそカギにこで新たな疑問が浮かんだ。なぜ死んでいないのかという疑問だ。やはり転生者が近くに居て、助けたのだろうとかと考えたのだ。

 

 

「まあ確かに2年前、彼は死にかけたことがあった。だが私の相棒、彼のもう一人のパートナーによって命を救われたという訳さ」

 

「なん……だと……」

 

 

 さらに新事実が発覚した。そのKOUKIなる人物に、もう一人パートナーが存在したということだ。真名は2年前、やはり原作どおり主が死に掛けたと言った。だがそのもう一人のおかげで死ななかったと言う。その話でカギはそいつこそが転生者だと確信した。だから、そのもう一人のことを、知りたくなったのだ。

 

 

「そいつは一体どんなやつだったんだ!? 軍曹の相棒と呼ぶそいつは……!!?」

 

「突然慌てだしてどうしたんだ?まあ知りたいなら教えるさ。そうだな、あいつは私よりも長く彼のパートナーをしていたよ」

 

「だにぃー!? 軍曹よりも古くから!?」

 

「兄貴、驚きすぎですぜ……!?」

 

 

 その人物は真名がパートナーになる以前から、真名のパートナーとパートナーをしていたらしい。カギはその情報に仰天し、目玉が飛び出しかけていた。どういうことなんだ、どういうことなのか、カギは頭を抱え始めていた。そんな変な行動をするカギを、カモミールはまた変なスイッチでも入ったのだろうかと考えて、少し引きながら眺めていた。また、その光景を見ている真名は、このカギにやはり少し引いていた。当たり前だろう。

 

 

「私が彼のパートナーになったとき、あいつとコンビを組むようになった。そして相棒と呼ぶほどの仲になった」

 

「う、うむうむ、そりゃ仲間としての相棒なんですかい?」

 

「そうだ、仲間としての相棒。背中を任せられるのは、彼とあいつぐらいだったよ」

 

「渋すぎるなあ。無二の相棒ってやつかー?」

 

 

 話を聞けば聞くほど本気で信頼していた相棒らしい。だが仲間としての信頼で、恋愛感情はなさそうだった。まあ多分、この真名が最もそういう感情を覚えているのは契約主たる写真の男性なのだろう。原作でも死んだパートナーの言葉を、生涯かけて守り通すことを決めていたほどである。ここでもそうなのだろうとカギは結論付けた。

 

 カモミールもその話を聞いて、これこそ最高の相棒、無二の仲だなと思っていた。しかし真名は少し、本当に少しだがさびしそうな表情をした。カギが気付かないほどだったが、そういう目をしたのだ。

 

 

「だがな、あいつは2年前、彼を助けた後に姿を消してしまった……」

 

「姿を消した……!? ど、どういうことだ!?」

 

「どういうことっスかそれ!?」

 

「消息不明ってやつさ。あいつは死ぬようなやつではないが、私たちの目の前から居なくなってしまったのさ」

 

 

 なんということだ。カギは今の話にとても大きな衝撃を受けた。その人物は2年前消息を絶ったと言うではないか。本来転生者ならそんなことはしない、というかこの麻帆良についてくるのが定石だ。だがしかし、その人物はそうではなかったらしい。カモミールも消えたという言葉に驚き、飛び跳ねていた。突然消えるなど、明らかに何かあったとしか思えないからだ。だからこそ、少しだけだが真名はさびしく感じていたのだろう。なんせ背中を任せるほどの相棒だったのだから。

 

 

「どこへ行ったかわからないが、あいつにはあいつの考えがあるんだろう。そう考えて元気にやっていることを祈っている」

 

「一体どうして消えたのか、わからんのかね?」

 

「そうだぜ、消えたなら理由があるはずだもんな」

 

 

 真名はその人物の実力を知っているので、まあ死んでないだろうと考えている。それを踏まえて、どこかで元気にしていることを、願うしかないと思っているようだ。そこでカギは、その人物が消えた理由の心当たりを真名に聞いてみたのだ。またカモミールも、消えるからには理由があると考えていた。

 

 

「ふむ、あいつは色々勝手に背負いすぎるやつだった。それのせいかもしれないな」

 

「背負いすぎるぅ? 世界でもしょっちまったんかいな!?」

 

「どうだか。まあ、あいつならそう言われても違和感ないよ」

 

 

 色々勝手に背負うやつ。真名はその人物をそう評価していた。基本的に紛争地帯で活動してきた真名は、その人物がその戦場での光景を見て嘆いていたことを知っていた。だからそういう評価を下していたのだ。

 

 そこでそれを聞いたカギは世界でも背中に乗っけたのかと冗談を言ったのだ。だが、その冗談ですら、冗談になればよいと真名が言ってのけた。しかし、そんな会話をしている時に、一人の男の声を真名は耳にした。2年ぶりの懐かしい声だった。

 

 

『よう、相棒。元気でやってるのか?』

 

 

 真名はその声にハッとし、声がした方向を向いた。すると、一人の男性が立ってた。人ごみの中心に立ち尽くし、真名を見ていた。その人物を発見した真名は、目を開いて驚いていた。まさか、そんなバカな。そう考えて驚いていた。

 

 

「お、お前は……」

 

 

 そこで真名は立ち上がり、その男性に声をかけようとしたが、多くの人の声にそれがかき消されてしまった。そして、男性は人ごみの中に消え、真名はその姿を見失ってしまったのだ。また、真名はその男性が人ごみに消えたのを見て、そのまま固まってしまっていた。その真名の横に居たカギは、一体何があったのかまったく理解できておらず、ポカンとしていた。

 

 

「おい、一体何してんだ?」

 

「どうしたんですかい姉御!?」

 

「……居たんだ」

 

「いた? 板がどうしたんか?」

 

 

 カギはポカンとしたままどうしたのかと真名に質問した。カモミールも同じく疑問に思ったようで、それが口に出ていた。すると居たという答えが返って来た。やはりカギはよくわかっていないので、板のことだと考えた。ボケすぎである。

 

 

「あいつがあの場所に居たんだ。今話していた、あいつが……」

 

「は!? 何だと!?」

 

「な、何だってぇ!?」

 

 

 ようやくはっきりと真名がカギの質問に答えた。先ほど話していた消えた人物が、近くの人ごみの中に居た。そうカギに言ったのだ。カギも驚き立ち上がり、どこだどこだと辺りを見回していた。カモミールも同じようにきょろきょろしていた。

 

 

「……いや、多分私の幻覚だよ。久々にあいつの話をしたから、そう見えただけさ」

 

「な、何言ってやがる! 居たと思ったんなら探せよ!!」

 

「そうだぜ姉御! 見たっつーんなら探したほうがいいぜー!?」

 

「いや、いいんだ。それに私には仕事がある。依頼を受け持った以上、ここから動くことは出来ない」

 

 

 真名はそれを幻覚や幻聴の類として処理してしまった。だがカギは間違えでも居たと思うなら探せと叫んでいた。探さなければ後悔するかもしれないと思ったからだ。カモミールも同じ気持ちのようで、その人物を探すように勧めていた。しかし、真名はそれでも探すことを拒んだ。この場所で世界樹パトロールの任務があるからだ。

 

 

「だけどそれで本当にいいのかよ!? 仕事なら俺に任せてきゃいいじゃねーか!」

 

「兄貴の言うとおりだぜ姉御! ここは兄貴に任せて探しに行くべきじゃねーのか!?」

 

「いいんだよ、たとえ幻覚だとしても、あいつの姿を見れただけで。幻覚でないのなら生きているとわかったんだし、それだけでいいんだ」

 

 

 カギがこの場所を受け持てば問題ないと思った。そして真名はその人物を探せばよいと考えたのだ。カモミールもカギの言うとおりにすれば丸く収まると言っていた。

 

 だが、だがあえてそれでも探さぬと真名ははっきり言ってのけた。幻覚だとしても、その姿を見れたからよいと。また、幻覚ではないなら、生きていたことによいと考えたのだ。そこで流石に、そんな言葉を聴いてしまったカギもカモミールも、何も言えなくなってしまったようだ。

 

 

「……まあ軍曹がそう言うなら……」

 

「そうだなあ、姉御がそこまで言うなら、無理強いはしねぇや」

 

「それでいい。さて、また告白しそうな人が現れたようだぞ? 現場へ急行するか」

 

「おう、イエス、マム!」

 

 

 そして任務を全うすべく、告白しそうな人を打ち落とす真名。その横で同じく魔法で眠らせるカギが居た。だが、あの人物は本当に幻覚だったのだろうか。実際居たとしても、どうして姿を現したのだろうか。謎は深まるばかりであった。そんな霧のかかった気分を晴らそうと、ひたすら仕事に力を注ぐ真名だった。

 

 

――― ――― ――― ――― ―――

 

 

 *無詠唱の転生者*

 

 

 ここで突然だが、明石裕奈の話をしよう。この明石裕奈は魔法生徒である。何かおかしい。いや、何もおかしくはない。事実である。だがしかし、一体どういうことなのだろうか。

 

 答えは簡単である。裕奈の母、明石夕子が生きているからだ。さて、なぜ生きているのだろうか。それはやはり転生者が居たからだ。だがこの転生者が意図して助けた訳ではない。本来死亡してしまうはずの任務で、この転生者と明石夕子がチームを組んでいたのだ。そして、その明石夕子が死亡してしまうはずだった任務から、生きて帰ってきのである。だが、その転生者とは一体何者なのだろうか。

 

 

…… …… ……

 

 

 その転生者の名はアルス・ホールド。全ての魔法を無詠唱で操る特典と、全ての魔法を完全にコントロールできる特典を貰った魔法チーターだ。そのため立っているだけで、いかなる魔法を放つことが出来る魔法使いであった。

 

 このアルスの実力は非常に高く、魔法世界でもそこそこ有名なほどなのだ。そんなチート転生者とチームを組んだからこそ、原作で死亡してしまった明石夕子は存命したのである。そして、このアルス、さらにふざけたことになっている。その明石夕子の友人であり、メルディアナ魔法学校の校長のパートナーでもある、あのドネット・マクギネスの夫でもあるのだ。一体どうしてこうなった、と言う状況にまで上り詰めたこのアルスという男は、はっきり言えばめんどくさがりであった。

 

 

「めんどくせぇ。何が世界樹伝説だバカヤロー! お前のせいで仕事が増えただろーが! ファッキュー!」

 

 

 なんとも大人気なく叫ぶ金髪碧眼のイケメン。この見た目30代半ばの男性こそ、アルスであった。

このアルスは麻帆良で2年ほど魔法先生として仕事をしている。本当ならば妻のドネットと同じ職場がよいと思っている。しかし、上の命令でそうなっているようだ。というのも、この麻帆良に転生者が増え始めたのも2年前なので、その対策としてアルスが呼ばれてしまったのだ。哀れなり。

 

 そんなことになって、やる気がダウンしている中、この世界樹伝説である。いや、やる気がダウンしているのはいつものことだが。そのためアルスは本気でやる気が無くなってきていた。しかし、元々やる気などないのである。

 

 

「けっ、愛だの恋だの見る方向を変えれば全部呪いだっつーんだよ」

 

 

 なんという言い草か。見る方向を変えれば愛など呪いだと言い張るアルス。そう言うアルスはダルそうな表情で、本当にやる気がないのが一目でわかるような姿だった。しかし、面倒だが任務は任務。仕事をせねばならんのだ。

 

 

「だりぃ、ダルすぎる。適当にやりますかなあ」

 

 

 適当、適当と言った。大丈夫なのだろうか。だがこのアルス、やる気がないが重い腰を上げれば動くタイプの人間だった。視界に入る全ての告白しそうな人々に、この魔力溜まりから抜け出すよう、意識誘導の魔法を使ったのだ。無詠唱、無行動。ただ立ちながらそれらを見ているだけで、その魔法を使うことができる。これこそ彼の選んだ特典の能力なのである。

 

 また、実際戦闘となれば、無敵時間中爆弾を出しまくり、出したとたんに爆発させるゴリ押し爆弾男とかするのだが。まあ、そんな感じで適当にやっているアルスであった。

 

 

「クソ青春ご苦労様だぜ。オメーらの告白なんざ、どうせすぐに覚めちまうのさ」

 

 

 とんでもない告白への偏見。という割りに、別に彼の夫婦仲が冷めている訳でもない。多分前世での持論なのだろう。そんな暴言を吐いているアルスのところへ誰かがやって来た。メガネをかけた黒髪の男性、あの明石教授である。悲しいことに妻に名前があるのに、この教授名前がないのだ。僕の名前は……、と言うと邪魔されるタイプのキャラである。

 

 

「やあ、アルス。張り切っているじゃないか」

 

「張り切ってる? どこが? だらけてるの間違えだろう?」

 

 

 このアルス、無詠唱、コントロールを特典に選んだ理由が、魔法唱えて操るのがかったるそうだったからだ。そういう意味では努力を投げ捨てる人間なのである。だが重い腰を上げて、ある程度必死に魔法を習得したのも、このアルスなのだ。実際本気でやる気が無いなら、そもそももっと便利な特典を選ぶだろう。アルスは単純に魔法への憧れを捨て切れなかっただけである。

 

 そして、この明石教授とアルスは十年来の友人なのだ。アルスは明石教授と向かい合う形を取りながらも、下の広場をチラチラ眺めて魔法を使っていた。本当に器用なやつである。

 

 

「これでだらけているのなら、他の人たちは寝込んでるってレベルじゃないか」

 

「俺以上にやる気がねぇやつなんかいねぇってー! 居たら驚く……、居たわ……」

 

 

 これほどまでに卓越した魔法で、人々を翻弄するアルスがだらけているというなら、他の魔法使いは何をしているのかという話になる。明石教授はそうアルスに言っているのだが、アルスは自分以上は居ないと豪語した。いや、しそうになって途中でやめたのだ。なぜならアルスの目に、世界樹で寝ている少年を発見したからだ。

 

 

「あれ一元じゃんかよ! ずりぃーなー、ああやって寝てんの」

 

「本当だ。まあ彼は殴るしことしか出来ないから、やることがないんだろう」

 

「じゃあ、だらけることしか出来ねぇ俺は、寝てていいな!」

 

 

 なんと一元カズヤは世界樹の枝で寝ているではないか。これを見たアルスは、うらやましそうにカズヤを見ていた。サボれてずりぃと思ったのだ。また明石教授も、カズヤは殴るしか能が無いとフォローになっていないフォローをしていた。しかし、間違っていないので仕方の無いことだ。そこで完全にやる気をなくしたアルスは、サボりたくてしかたがなくなったようである。

 

 

「今の魔法が使えるだろう? 頑張ってくれよ」

 

「だりー。ケッ、オメーはいいよな、妻も娘も一緒だからよ。俺なんて単身赴任だぜ? そんなんでやる気がでるかバカヤロー!」

 

「そういえばアルスは、単身赴任で麻帆良に来ていたんだったね」

 

「そーなんですー! うらやましいなあ、教授さんよー?」

 

 

 かわいそうに、このアルスは単身赴任の身であった。かれこれ2年もこの麻帆良で単身赴任をさせられており、ひどくやる気が無いのだ。だからこそ、妻も娘も一緒の明石教授がとてもうらやましいのである。まさに嫉妬、SHITであった。そんな明石教授も、そんなアルスをかわいそうだと感じてはいたが。そこで明石教授はアルスの家族が元気なのかと、そのアルスへ質問したのである。

 

 

「そう言うわないでくれよ。それで、アルス。君の家族は元気かい?」

 

「たまにしか会わねーのに、そんなん聞くかフツーよお? まあ、連絡は取ってるから元気みてーだし、心配はないがな」

 

「そうだけど、君の家族のことは君ぐらいしか聞けないからね」

 

 

 いやはや2年もこっちで生活するアルスには酷な質問である。だがこのアルス、面倒といいつつもマメに家族と連絡を取っているようだった。しかし、アルスは家族の健康以上に別のことが気がかりだった。

 

 

「まあなあ。だが家族の健康以上に、俺は心配していることがあるんだよ!」

 

「家族の健康以上に、心配することがあるのかい!?」

 

「このままじゃ、娘にパパじゃなくておじさんって呼ばれるかもしれねーだろーが!!」

 

「そ、それはまた……」

 

 

 一応アルスは連休には帰国してはいるが、2年も家を空けているのはつらい。このままでは娘に父親だと思われなくなってしまう。それがアルスの最大の心配事だった。そう、このまま放置すればあの赤蔵の親父みたいに名前呼びになる可能性があった。それが心配で仕方が無いアルスなのである。そう言うとアルスは頭を抱えはじめてしまった。仕方ないことだ。

 

 というか、このアルスは娘まで居たのか。他の転生者が見たらリア充すぎて殴りに来るレベルである。また、同じ父親として、それは確かに心配だと同情する明石教授であった。

 

 

「実の娘におじさんなんて呼ばれたら、首吊って死ぬレベルだ! さらに名前で呼び捨てにされたら倍ドンだぞ!!」

 

「そ、そうだね。でもそうならないために、連絡はしているんだろう?」

 

「あたりめーだろ!? そのぐらいしねぇと、クズ親父だと思われるだろうが!!」

 

 

 オーバーに言っているが、間違ってはいないだろう。そうなったら死ぬしかないと叫ぶアルスに、明石教授も少し哀れみを感じたようだ。クソーチクショーと叫ぶアルス。もはや魔法世界である程度有名な魔法使いとは思えぬ姿であった。そういう意味では転生者の中でも不幸な分類かもしれない。この姿に明石教授はアルスの肩に手を置き、気持ちを察していた。

 

 

「大丈夫さ、きっと家族もわかってくれているよ」

 

「ケー、教授様に言われると皮肉に聞こえるぜチクショー! 妻にも娘にも愛されやがって、オメーが受けてる愛をよこせ!」

 

 

 妻との関係は良好、さらに娘も父親っこである明石教授。そんな彼にそう言われても皮肉にしか聞こえないアルスであった。

 

 

「それは出来ないな。僕の家族愛は僕だけのものだからね」

 

「ウオーン! そりゃそうだ。あー家に帰りてーや……」

 

 

 暴言に近いアルスの愛をよこせの発言に、誰がやるかボケと返す明石教授だった。アルスもそれはわかると思っていたので、半分は冗談ではあった。そこでアルスもはや完全にホームシックとなっていた。家に帰る!と言い出して、歩き出しそうなほどであった。そんな中、もう一人誰かがやって来た。明石教授の娘、裕奈だった。

 

 

「ちょっと、おとーさん! サボってないで動いた動いた!」

 

「おお、ゆーなか。いや、サボってた訳じゃないよ? アルスと話していただけさ」

 

「いや教授さんよー、それをサボってるって言うんだぜ?」

 

 

 そのとおりである。明石教授はサボっていないと思っていたが、はたから見ればサボっているのと同じだ。裕奈はそんな父親を叱咤しにやってきたようだ。アルスもまた、ずりーなお前と思っていた。

 

 

「そうだよー! ほら、あっちにもいっぱい告白しそーな人がいるんだからさー!」

 

「ハハハ、そうだね、ゴメンゴメン」

 

「そーだねじゃねーよ、はよ行けって」

 

 

 裕奈の示した方向には多くの人が告白しそうになっていた。それを見て明石教授は謝りながらそちらへと移動していった。アルスは明石教授が向かった方向を向き、告白しそうな人々へこっそりと誘導の魔法を使っていたりした。これで明石教授は行き損になるという訳だ。アルスは魔力消費以外痛みなど無い。ちょっとした嫌がらせ(親切心)である。と、ここで裕奈はアルスに挨拶がてら話しかけた。

 

 

「ハロー、アルスさん。元気してた?」

 

「元気な訳ないだろ、俺は堕落を愛する男なんだからな」

 

「えー? 元気こそが最強だよ?」

 

「俺にとっては怠惰こそ最強なんだよ」

 

 

 随分とアルスに親しく話す裕奈。かれこれ10年以上も長く家族ぐるみの付き合いをしていたからである。その裕奈は、そんなやる気のなさそうなアルスに元気かと質問した。だが普段通り、NOと答えが返ってきた。このアルス、堕落こそが最高なのである。そこで裕奈は母親からよく言われている、元気が最強だとアルスに言ったのだ。しかしアルスは、怠惰が最強だと言ってのけてたのだ。本当にやる気のないやつである。

 

 

「そんなんじゃ、奥さんに嫌われちゃうよ~?」

 

「ハッ、んなこたねーさ。なんたってあいつぁ、このやる気がないのも含めて、俺だっつって付き合ったんだからな」

 

「へえー、つーか何でアルスさんの、のろけ話になってんの?!」

 

「知るかよ!」

 

 

 裕奈はちょっとした脅しでアルスのやる気を出させようとしたのだ。が、しかしアルスはそうはならないと説明したのだ。だがそれを聞いた裕奈は、ただののろけ話だこれーとツッコんでいた。この作戦は失敗したが、これならどうだと裕奈は口を開いた。

 

 

「んじゃさ、アネットに嫌われるよ~?」

 

「な、何ぃ!?」

 

「あ、やっぱこっちは効果あるんだ」

 

 

 アネットとはアルスの娘である。裕奈よりも四つほど年下の娘がこのアルスにいたのである。そんなアネットと裕奈は親友で、昔から連休などによく会って遊ぶような仲だったのである。その大切な娘に嫌われるぞと裕奈はアルスに言うと、アルスは驚いて膝を突いて嘆き始めていた。

 

 

「すまん、こんなクソでダメな親父で、スマン……」

 

「あちゃー、元気にしようと思ったら、逆に凹んじゃった」

 

 

 ん~?間違えたかな?元気出さないと娘に嫌われるぞと言ったのに、さらに元気を無くされてしまった。その跪くアルスをやっちゃったーと、思って裕奈は眺めていた。だが、突如アルスはスッと立ち上がった。

 

 

「……と言うのは冗談だ!」

 

「なーんだ、ジョーダンか~」

 

「驚けよ……」

 

「えー? それ何度目? もう見飽きちゃったよ~?」

 

 

 あの凹みようは冗談だったらしい。このアルス、やる気の無い程度で娘に嫌われるはずがないと、本気で思っているのだ。そんな冗談を裕奈はもろともせずに完璧に受け流す。と言うのも何度もこれを、アルスは行っていたらしい。完全にパターン化されたこの冗談らしく、裕奈にとっては見飽きるほどのものだったようだ。

 

 

「はぁー、ゆーなが小さい頃は、これに驚いて涙目ながらに慰めてくれたのに、今じゃこの有様か」

 

「勝手に記憶を捏造しない! 私はそんなこと一度もした覚えは無いよ!!」

 

「はぁー、ゆーなは最初から薄情だったかー」

 

「このやり取りも何度やったと思ってんの!?」

 

 

 アルスはわざとらしいため息と共に、小さい頃の裕奈を懐かしむようなことを言い出した。だが、それはアルスの妄想だった。裕奈はそんなことを一度もしたことがないとはっきりと断言したのだ。その言葉に昔から薄情な娘だったと、アルスは裕奈に言ってのけた。ひどいやつだ。しかし、裕奈が言うにはここまでがアルスの冗談のデフォルトらしい。

 

 

「つーかゆーな、ミイラ取りがミイラになってるぞ? ゆーなも暇してていいなー?」

 

「そ、そういえばそうだった! いやアルスさんだって、私とずっと話してたじゃん!」

 

 

 裕奈も父親のようにアルスとの会話に夢中となってしまい、任務がおろそかになっていた。それをアルスはミイラ取りがミイラになると言ったのだ。アルスにそう言われた裕奈は、ヤバいと思った。しかし同時にアルスもずっと会話していたことに文句を言ったのだ。だが、アルスは別に問題なさそうな表情をしていた。

 

 

「あ? 俺は話しながらでも魔法が使える、チートオブチートだぜ? 周りをよく見ろぉ」

 

「うわ~、でましたよーそれ~。本当にズルいんだからもー!」

 

 

 このアルス、さっきの明石教授や裕奈との会話の最中でも、目で告白しそうな人を追って魔法を使っていた。詠唱いらずのアルスだからこそできる、会話しながらの魔法使役である。それを裕奈は純粋にずるいと言った。半分はそれいいなーとも思っているのだが。

 

 

「そうだよな、やっぱズルいよな。ま、ゆーなも他のところへ行った行った!」

 

「はーい、んじゃそっちも頑張ってね!」

 

「頑張らねーよ、そっちが頑張りな」

 

 

 裕奈にずるいと言われて、アルスは少し表情を曇らせていた。そして、その後すぐに裕奈に別の場所へと移動するように進言したのだ。そのアルスの言葉を聞いて、仕事しなきゃとお思い、移動を開始した裕奈は、最後にアルスへ頑張るように伝えていた。だがこのアルス、頑張らないとはっきり言った。むしろそっちが頑張れとまで言ってのけた。このアルスが努力の次に嫌いな言葉はがんばるなのである。

 

 

「やっぱずりーよなあ、この神様チートってやつぁーよ……」

 

 

 裕奈が遠くへ飛び去り見えなくなったところで、アルスはそうポツリとつぶやいた。転生神からの特典を卑怯とアルスは考えていたのである。だが、貰った力はどんな理由があれ使わせてもらう。それもまたアルスの考えであった。しかし、そのアルスの表情は、少しだけだが渋い顔つきだった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:アルス・ホールド

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:30代タクシー運転手

能力:無詠唱での魔法

特典:全ての魔法を無詠唱で使える

   全ての魔法を完全にコントロールできる

 




カギ君は完全にバカキャラになってしまわれた

そして、魔法系チート転生者登場

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