精神の死は、肉体の死よりも重い
最近最も出番の少ない転生者、その名は
「急な誘いでゴメン!」
「気にするなよ。で、突然どうしたんだよ?」
普段どおりアキラは刃牙を誘ったようだ。だが突然の呼び出しだったことをアキラは刃牙へ謝罪していた。だが刃牙はその程度のことを気にするほど、小さい男ではない。何か理由があるのかと思い、それをアキラへ聞いていた。
「いや、実は相談があるんだ」
「相談? なんだ、麻帆良祭のことか?」
アキラは刃牙へ相談があると言っていた。その相談とは一体何なのか刃牙は考え、麻帆良祭のことだろうと予想した。しかし、その相談とは刃牙が想像するものと程遠いものであった。
「じ、実はね……、えっと……」
「なんだよ? らしくねぇな。はっきり言えって」
そこでアキラは両手を握りもじもじとして、照れくさそうにしていた。普段の行動とは明らかに違っていたので、刃牙は少し変だと思ったようだ。刃牙はそんなアキラに、普段どおりはっきりと物事を言うように言葉にしていた。その刃牙の言葉に、アキラは覚悟を決めたようである。そして、そのアキラから放たれた言葉は、刃牙を仰天させるものであった。
「実は好きな人が出来たんだ」
「……何ぃ!?」
「だから、それで相談したいかな、と」
何ィィィ――――――ッ!?刃牙はその言葉に驚き後ろへ数歩下がっていた。一体どうしたというのだ。そんな刃牙を変だと思いながらも、照れているアキラだった。そこで刃牙はどんな奴が好きになったかをアキラへ聞いたのだ。
「お、おい。好きなヤツってのはいいが、そいつぁどんなヤツなんだ?」
「ほら、中学一年の頃に私がナンパされた時、助けてくれた人だよ。覚えてるかな?」
「……何……!?」
な、なんということだ。まさかあの銀髪野郎にアキラは惚れたと言ってきた。その言葉に刃牙は本気でどうにかなりそうだった。一瞬だが意識が飛びそうになったのだ。ゆえに、表情では何とか笑ってごまかしている刃牙だが、内心なんでこうなったんだと本気で嘆いていたのである。そんな刃牙をよそに、アキラは相談事を話し始めていた。
「それで麻帆良祭を一緒に回ってくれるように頼みたいんだけど、どうしたらうまく頼めるかわからなくて」
「……つまり、俺で練習したいのか?」
「そうしてくれると助かるよ」
クソォ!あのクソ銀髪野郎ゥゥ!刃牙は本気でそう考えていた。だがやはり表に出さず、冷静を取り繕っていた。そう必死に自分を抑えて居る刃牙の目の前で、アキラは麻帆良祭であの銀髪を誘ってデートしたいと言い出していた。そこで、どう頼めばいいかわからないアキラは、この刃牙で練習しようと言い出したのだ。あの銀髪との最初の出会いの時に、刃牙が言った相談に乗るという言葉を覚えていたアキラは、このことで相談しようと思ったのだ。なんと言う皮肉、なんと言う運命。その刃牙の心境やいなや、もはや暴れでもしなければ収まらないほど、荒れていたのである。
「いいけどよ……。参考になるかなんてわからんぜ?」
「それでもかまわないよ。あくまで練習なんだから」
「あ、あぁ……」
刃牙は本気で断りたかった。だがそんなことは出来るはずもない。そう考える刃牙へ、普段と同じようにアキラは微笑んでいた。それを見るたびに、刃牙は胸が押し付けられる思いであった。本気でこうなったことを後悔していたのである。しかし、そこへ一人の少年がやってきた。そう、あの銀髪イケメンオッドアイの天銀神威であった。
「やあアキラ、こんにちわ」
「え?神威!? こ、こんにちわ……」
なんと狙い済ましたかのような登場だろうか。待ち構えていたのではないかと勘ぐるほどである。刃牙は挨拶する二人を見て、さらに複雑な心境となっていた。だが、これはあの銀髪を調べるチャンスでもある。まともな銀髪であるならば、と考えたのだ。しかしまあ、ニコぽを持っている時点でお察しなので、正直言えばまったく信用していないである。そこで神威は刃牙からの視線を感じたようで、そちらに目を向けたのだ。
「おや、君は確か。私の名は天銀神威と言います。よろしく」
「……ああ、俺は鮫島刃牙だ、よろしく……」
神威は特に気にすることなく刃牙へと自己紹介をしていた。それを聞いてしかたなく、本当はしたくはないが刃牙も神威へ自己紹介したのだ。本当に不本意である。
「しかしアキラ、私は邪魔をしてしまったかな?」
「ち、違うよ! 刃牙とはそんなんじゃないからね!?」
そこで神威は、少しふざけた態度でアキラへ冗談を言っていた。その言葉にアキラは頬を染めて焦り、刃牙との関係が彼氏彼女ではないことを必死に否定していた。その様子を見ていた刃牙は、本気で冗談ではないと考えているのだが。
「フフフ、そうかな?」
「本当だよ!刃牙からも何か言ってくれ!」
アキラは刃牙が彼氏だと神威に思われたかもしれないと考え、刃牙に否定の意見を求めていた。だが、この事態に完全にどうしていいかわからなくなっていた刃牙。そのアキラの言葉すらも耳に入らず、腕を組んで考え事をしていた。そんな刃牙にアキラは、ひじでこついてもう一度同じ事を言っていた。
「刃牙! 聞いてなかったのか?! 私と刃牙は別に彼氏とか彼女とかそういう関係じゃないよね!?」
「……あ? あ、ああ……」
「そ、そういうことだから、別に気にすることなんかないよ!?」
「ふむふむ、そうなのか」
もはや何を言っても無意味だろう、それが今の刃牙の考えであった。ニコぽで惚れさせられたのなら、自分の言葉ですら耳を貸さなくなる。それがニコぽの
「そうだ、神威は今暇かい?」
「今のところ予定はないよ」
「なら、神威も一緒にどうだい? 今刃牙と街を歩こうと思っていたんだ」
なんとアキラはこの神威を誘うようであった。なんだ、普通に誘えるじゃん。普通ならそう考えるだろう。しかし刃牙の心境は穏やかではなかった。そんなことすら考えられないほどに、焦りと怒りで荒れていたのだ。
「いいのかい? 彼に失礼ではないかな?」
「刃牙、別にいいよね?」
「あ、ああ……」
もはや言葉すら出ぬこの刃牙。本当にどうしてこうなったのか。だがアキラはその言葉を肯定と取ったようである。そんな刃牙など気にせず、アキラは神威を嬉しそうに誘っていた。その光景を見るだけで、刃牙は精神的に追い詰められていくのだ。
「ほら、刃牙もいいって言ってるし、大丈夫だよ」
「ふむ、それならいいけどね」
「よかった。じゃあ神威も一緒に行こうか」
そして神威を加えて三人で麻帆良の繁華街を歩くことになったのだ。しかしもはや刃牙は、ほとんどどこを歩いたかさえ、覚えていないほど深刻に悩んでいたのである。だが、それを一切表に出さなかった刃牙は、とても強い精神力を持っているのだろう。その後、適当な店を回りながら仲良く話す神威とアキラを、刃牙は後ろから苦しい気持ちで見ていることしかできなかった。
…… …… ……
それから色々と街を回り、とりあえず休憩しようと言う話となった。そして、あの因縁のオープンカフェにて休憩することにしたようだ。アキラは今回は自分が飲み物を買ってくると言って、店内へと入っていった。というのも、前は刃牙が飲み物を神威にこぼしたことを覚えており、そうならないためにアキラは率先して行動したのである。そこに取り残された神威と刃牙。と、アキラが見えなくなった辺りで、神威は突然視線を鋭くさせ刃牙を睨みつけたのだ。
「君、転生者だよね? 前はよくもまあやってくれたよ」
「やっぱり猫かぶってたのか、テメェ……」
「それはお互い様だろう?」
そこで神威は刃牙に転生者だと聞いてきた。そして昔飲み物をぶっ掛けてきたことに根を持っていたようである。また、その神威の豹変振りから、刃牙は猫かぶりだと言葉にした。しかし、その神威も刃牙の態度を見て、お互い様だと言い出したのだ。
「何が目的だ、テメェ」
「目的? ああ、アキラのことか。大丈夫さ、私が彼女を幸せにしてやるんだからね」
この神威、目的を聞かれて平然とこんなことを言ってのけていた。その言葉にさらに怒りを増す刃牙。だが、そんな刃牙など興味がなさそうに眺めていた。
「テメェがアキラを幸せにだと? 出来る訳ねぇだろ!」
「はは、じゃあ君が出来ると?私と同じ転生者の端くれの癖に」
「ぐっ! だ、だがテメェよりは100倍マシだ!!」
そのとおりである。この神威と同じ扱いにされては、まともな他の転生者が可愛そうだ。それをはっきりと刃牙は神威へと言ってのけたのだ。しかし、その言葉を聞いた神威は、刃牙の顔面に拳を打ち付けて来たのである。
「ぐが!? て、テメェ!!?」
「くっはっはっ。醜い君が私に勝てる訳がないだろう? おとなしくしていれば痛い目は見ずにすむよ」
刃牙は神威に殴られ、数歩下がっていた。だが刃牙は、殴られた痛みなどを無視し、怒りの表情で神威を睨んでいた。また、神威は刃牙を力で押さえつけようとしているのだ。そして今の攻撃は、過去の醜態への復讐の一撃だった。そんな邪悪に笑う神威を、怒りの表情で刃牙は睨みつけていた。そこで刃牙は怒りに身を任せ、神威の胸倉を掴んだのである。
「ざけんな! アイツから手を引け!」
「あーあー、そんなことしちゃってていいのかな?」
「何……?」
こんな腐り果てた根性の神威に、刃牙はアキラから手を引くように叫んでいた。だが、その刃牙の行動すらどうでも、神威はよさそうな表情をしながら受け流していた。そして神威は少し視線を別の場所へ移し、すぐさま刃牙へと戻した。そこで一言刃牙へ残すと、そこへアキラが戻ってきていたのだ。
「な、何しているんだ! どうしてこんなコトを!!」
「あ、いや、これは……」
なんということだ。刃牙が神威の胸倉をつかんでいるところをアキラが目撃してしまったのだ。その光景を見たアキラは、神威をかばうように怒り出したのである。さらにそこで、刃牙が何かやらかしたのではないかと考え、アキラは刃牙を攻め立てた。
「神威を離して! 何でこんなコトをした!?」
「お、俺はこいつに殴られたんだよ……」
「そんなウソをつくなんて最低だよ! 神威がそんなことするはずないだろう!?」
これぞニコぽのなせる業。完全にアキラは神威を信用しきってしまっているのだ。そして刃牙もはっきり言えば、この言い訳が通用するとは思っていなかった。こうなることがわかっていたからだ。そんなアキラを、刃牙は悲しそうに見つめるしかなかったのである。だが、その二人のやり取りを下衆な微笑みを浮かべながら、神威は眺めていた。
「なに、私なら大丈夫だよ。彼も色々あって疲れているのさ」
「だ、だが、これはあまりにも……」
「私は気にしていない、彼も反省しているみたいだし、許してやってほしいな」
「う、神威がそう言うなら……」
そこでなんと、神威はその二人の仲を取り持ったのである。しかし、これは神威がアキラに対するポイント稼ぎに過ぎない。こうやってアキラから見た刃牙への印象を最低まで叩き落し、自分を持ち上げようとしているのである。さらに、この行為によって、刃牙の精神を削り取るという二重の攻撃であった。だが、神威にそう言われたアキラだが、今回ばかりは流石に刃牙を許す気はないようだ。
「もう刃牙はもう、ついて来なくていい! 私は神威と遊ぶから!」
「う、あ……ああ、わかった……」
「気にしていないと言ったんだけど、仕方ないかな」
アキラからそう言われ、刃牙は立ち去るしかなくなっていた。だが普段のアキラなら、絶対に出ないような言葉である。これもまたニコぽのなせる業なのだ。だからこそ恐ろしい。それゆえ刃牙はこれをずっと警戒してきた。しかし、こうなってしまっては後の祭りである。その哀愁漂う背中を見せながら、刃牙は静かにその場から立ち去っていった。そんな刃牙を勝利と復讐を遂げた達成感で、最高に醜悪な笑みを浮かべる神威であった。そこで今の刃牙の行動をアキラは神威に謝罪していた。
「ゴメン、なんだかうちの知り合いが、失礼なコトをしたみたいで」
「大丈夫だよ。別に怪我はしてないし、さっきも言ったけど気にしてないからさ」
その謝罪を神威受け取ると、神威はアキラへと静かに答えた。そして神威は、ゆっくりとアキラの頭に手を乗せてなでたのである。そんな神威の突然の行動に、アキラは頬を紅く染めて照れていた。
「あ、やだ、神威ったら……」
「フフフ、いや、ついね。怒った君も美しいけど、やはり笑っていた方が一番だよ」
そうやってしれっと歯が浮く言葉を述べる神威力。どの口がそれを言うか。すでにニコぽで洗脳しているというのに、完全な茶番である。しかし、アキラにはそれがわからない。だからアキラは神威が自分のことに気があると感じ、恥ずかしがるしかないのだ。そのアキラの照れる姿を見て、神威は最高の愉悦を感じ、まだ得ていない3-Aのクラスの娘を手篭めにしようと企むのであった。
…… …… ……
刃牙は先ほどのことで、逃げ帰るしかなかった。そして誰も居ない路上を歩いていた。その表情は悔しさや後悔、悲しみ、色々なものが混ざり合った複雑なものであった。そして、拳からは血が滴っていた。強く握りすぎて爪が食い込んで怪我をしていたのである。
「クソッ……こうなることは予想していたっつうのに、なんてザマだ……」
あのクソッたれな神威からいいようにされた悔しさもある。だが刃牙は、それ以上にアキラを守りきれなかったことが悔しいのだ。先ほどと同じ喫茶店で、二年前に決意したはずだった。銀髪からアキラを守ると誓ったはずだった。だが、それがかなわなかった。守りきれなかった。それがどれだけ刃牙へ重くのしかかっているのか、それは刃牙にしかわからないことだろう。
「もっとアイツのそばにいてやればよかった。なんでそれが出来なかったんだ……!」
刃牙とて何もしてこなかった訳ではない。暇さえあればアキラといつものように出かけたりした。しつこくない程度に連絡を取っていた。あの銀髪に出会ってないか、確認してきた。だが、その苦労も水の泡となってしまった。だからこそ、だからこそ刃牙は苦しいのだ。あの銀髪に惚れるアキラを見るのが辛いのだ。だがもう、後戻りは出来ない。誰かがあの銀髪、神威を倒してくれることを願うしかないのだ。
「誰か、誰かやつを……」
いや、そうではない。知らぬ誰かに頼るなら、いっそう自分の手で決着をつけてもよいはずだ。刃牙はそう考えた。あの赤蔵覇王なるものが倒してくれるかもしれない。だが、そんな悠長なことは言っていられない。はっきり言えば一刻を争う事態だと刃牙は考えていたからだ。あのクソな銀髪ごときに、アキラを好きにさせたくないのだ。だから、誰かに頼るなどということは出来ない。自分にこの能力があるなら、それを利用すればよいのだ。
「……誰かだと……? ……それは俺でも、俺でもいいはずだ……」
また、あの銀髪の特典は赤蔵覇王から知らされていた。その特典の恐ろしさもわかっているのだ。しかし、しかしだ、ここで戦いを放棄するなど、この刃牙にはありえないことだった。守りきれなかったのなら、助ければいい。刃牙は、銀髪を倒す決意をここに固めたのである。
「あの銀髪の野郎ォ、絶対に許さねぇ……。俺を殴ったことはどうでもいい……だがアキラに手を出したんなら、絶対にぶっ潰してやるッ!」
ああそうだ。今日、あの銀髪に殴られた顔面の痛みは、アキラを守りきれなかった贖罪として受けてやろう。あんな人のクズに惚れさせられたアキラのほうが、もっと心を痛めるかもしれないからな。ただし、次はないと思え。次にあったなら、それは銀髪の最後だ。そう刃牙は怒りと共に考え、自宅へと帰っていくのであった。