テンプレ53:フェイト仲間入り
ここはウェールズの奥地にある魔法使いの小さな町。
”原作”でいう、主人公のネギが、メルディアナ魔法学校を卒業する一週間前のこと。その地下で、ある儀式が執り行われていた。
その儀式とは永久石化の解除である。ネギが住んでいた村人は、四人を残して全員石化してしまったままなのだ。石化を免れた四人とは、ネギ、アーニャ、ネカネ、そしてスタンだ。アーニャはメルディアナ魔法学校の寮に住んでおり、この事件を免れていた。その他の三人は、アルカディア帝国の皇帝直属の部下、ギガントによって救出されたのだ。
そして今、その四人はメルディアナ魔法学校の校長とギガントとともに、永久石化された人々を保管している、地下の大広間へと来ていたのだった。ちなみに、ネギの兄のカギは、この場にはいないようであった。
「さて、用意はできたな。心の準備はよいかね?」
「はい、お師匠さま」
「お師様、いつでも準備できてます」
その部屋全体に、巨大な魔方陣が描かれていた。この魔方陣を利用して、解呪をするのだ。ギガントと、その弟子であるネギとアーニャは、数年かけてようやく永久石化を解く術を完成させたのだ。
基本的にギガントが編み出した術だが、二人の子供ならではの鋭い目線からの意見により、改良に改良を加えてきた。実験として使ったものは、永久石化された道具などだ。それらに魔法を当てて実験していたのだ。
何せ永久石化は別に生物だけがかかっている訳ではない。生物でなくても石化するから服なども石化される。そして、完成した術をこの魔方陣に上乗せし、効果と範囲を最大限に引き出すのだ。
校長、スタン、ネカネは、その場面をただ静かに見ていた。二人の意思を聞き終えたギガントは、その完成した術の詠唱を唱え始めた。無論、ネギとアーニャも一緒である。
「クーラティオー」
「テネリタース・セクティオー・サルース」
「コクトゥーラ!」
すさまじい緑の光、浄解の光と名付けられたものだ。大地の精霊だけではない、全ての精霊の力を借りて、浄解させる魔法なのだ。
浄解を選んだ理由は、悪魔の永久石化が通常の魔法としての永久石化とは、微妙に違ったからだ。だからギガントも研究には苦労した。
だが、ネギたちは魔法というよりも、呪いの分類としての視点から考えたらよいのでは、という意見をギガントに話したのだ。悪魔の口から出す光線での石化と、魔法での煙や目ビームでの石化とは、微妙に違うかもしれないと思ったらしい。
ギガントは魔法ではなくに呪いの類ならば、治療よりも浄解に近いほうがよいことに気がついた。
石化を得意とする生物は、この世の中には数多く存在する。バジリスクという魔物もそうだ。それらは魔法の力以上に、呪いに近い効果で石化を行うようだった。悪魔もそれに近い力で石化させているならば、浄解による解呪こそが、安全で確実なことだと発見できたのだ。
「こ、ここは?」
「村ではないようだが……」
「確か、悪魔の口が光ったとたんに……」
そして、その浄解の光が収まると、永久石化していた人々は元の姿へと戻っていた。その誰もが、突然の場所の移動に驚いたり、安全であるかを確認した後、安堵の表情を浮かべたりしていた。
「おとーさん! おかーさん!」
「アンナ!」
「いつの間にか、ずいぶん大きくなったな……!」
アーニャは石化から開放された両親に抱きつき、うれしさと寂しさで泣いていた。普段は、何があっても泣くことなどなかったアーニャだが、この時ばかりは声を上げて泣いたのだ。それほどまでに、両親との再会は、感極まるものだったのだろう。
スタンもネカネも校長も、静かに涙を流し、村の人々の復活を心から喜んでいた。ネギも、ネカネのそばで、同じように泣いて喜んでいた。ネギもまた、石化した人々の姿はトラウマだったからだ。ギガントはそれを見て、本当によかったと思い、微笑んでいた。
「どうだね?ネギ君。これが”人を助ける”ということだよ」
「これが、”人を助ける”……。とても、心がぽかぽかします」
「うむ、この光景を忘れずに人のために生きれば、おのずと”立派な人”になれるはずだよ」
「はい! お師匠さま。僕も父さんのような、多くの人を救える”立派な人”にきっとなってみせます!」
ネギの心は晴れ晴れとしていた。人を助けるとうことは、こんなに気持ちのいいものかと。それは表情にも表れており、すがすがしい笑顔を見せていた。
そう、今のネギには、さわやかな風が吹いていた。ネギは父親のような強い力や、称号としての立派な魔法使いよりも、”人を助けられる立派な人”に憧れるようになったのだ。そしてギガントは、今だからこそ、あることを教えようと思った。
「そうだ。君の父親、ナギの強さの秘密を教えよう」
「お師匠さま、それは何ですか?」
「ネギ君、君の父親が本当に強かったのは、力だけじゃない、心だよ。だから、強く挫けない心を持ちなさい」
「強い、心……?」
「彼はとても強かった。だが、それ以上に”心”が強かった。決して諦めない、不屈の精神を持っておったのだよ」
「決して諦めない、不屈の精神ですか?」
「そう、彼はどんな絶望的状況も、その心の強さで乗り越えてきた」
ギガントは、ナギの本当の強い部分を、ネギに教えた。今ならわかるはずだと思ったからだ。一つの大仕事を終え、完走したからこそ、わかると思ったのだ。この永久石化の解呪は、何度も挫けそうになった。
だが、決してギガントも、ネギも、アーニャも、諦めることなく頑張ってきたからだ。だからこそこのタイミングでギガントは、ナギの持っていた本当の強さをネギに継承するべく、やさしく教えたのだ。
「どんな困難も、諦めない。簡単なようで、難しいことだよ」
「それが、父さんの強さ……」
「うむ、だが君はまだ若い。だから、本当に大きな壁に当たった時は、人を頼りなさい」
「……それは、どういうことなんですか?」
「君はまだ子供だ。独りでできることには限界がある。だから、人を頼ることは決して恥ずかしいことではない」
「僕が今、お師匠さまを頼っているのと同じように、別の人を頼るということですか?」
ギガントは、さらに人を頼れとネギに助言した。一人で抱え込んでいては、いずれ折れるかもしれないからだ。無理をしてはいけないというのが、ギガントの信条。一人で無理をするなら、人を頼るべきだと論しているのだ。
「そういうことだよ。知っている人や、大人の人に頼るのは、決して悪いことじゃない」
「はい! でも、僕もいつかみんなに頼られるような人になりたいです」
「それでいいんだよ。無理はしないで、ゆっくりと大きくなればいい。君は彼とは、違うのだからね」
父親のナギは、10歳という若さでも十分強かった。頭は悪かったが、力をもてあましていた。しかしそのナギも、仲間をしっかり頼っていた。すべて一人で背負ってはいなかった。
そしてネギはナギとは正反対の人間だった。理性的であり、理論的なネギは、力任せでゴリ押しばかりのナギには、絶対になれないのだ。
だからギガントは、父親のようには絶対になれないと教えつつ、父親のような立派な人にはなれると教えたのだ。
「そうですね。僕はきっと、父さんのようにはなれません。だけど、同じぐらい立派な人にはなれると、僕は信じています」
「うむ、その心意気を忘れることなかれ。さすれば、道は開かれよう」
「はい! この今の気持ちを、大事にしていきます!」
今のネギにはもう闇はなかった。村の人々を救い、さわやかな気持ちになったからだ。これから”原作”が始まる。ネギにはいくつもの苦難が待ち受けているだろう。だが、ネギはギガントが教えた”不屈”を胸に秘めて、前へ進むことを誓ったのだった。
その後、村の人の復活祝いが行われ、久々に騒がしくも、楽しい日をネギたちは過ごしたのだ。もう二度と、あのようなことが無い様に願い、これからの輝かしい未来を信じながら。
…… …… ……
アルカディア帝国、アルカディア城。その玉座の間である。
ライトニング皇帝は、そろそろ原作開始だということを思い出したのだ。
しかしもう半分以上、どうでもよさそうだと考えていた。それよりも、最近よく居座っている、目の前で珈琲を飲むこのフェイト少年を、どういじってやろうか考えていた。まあ、竜の騎士が完全なる世界の仲間なので、帰るに帰れないのだが。
……ちなみに今ここに、フェイトの従者たちはいない。皇帝が遊んで来いと行って、三人に帝都アルカドゥスを探索させているのだ。そこでチラリと栞の姉を見る。だが、そこで見たものは驚愕の事実だった。
「フフフ~~~」
「な、なんだそりゃ……」
「こ、皇帝陛下!? あ、これは、その……。も、申し訳ございません!!」
皇帝が見たものは、カードだった。しかもただのカードではない。仮契約カードだ。先ほどまで栞の姉が、か細い指でカードをクルクルまわして、嬉しそうにそれを眺めて笑っていたのだ。
誰が主なのか、この時点で考えなくてもわかるというものである。皇帝は驚きの表情で、目の前のフェイトへと顔を向ける。フェイトは皇帝が変な顔で自分を見ているのに気がつき、珈琲を飲むのをやめ、皇帝に向かい合った。
「何か?」
「や、やりやがった!」
「何を?」
わかっているくせに、やはり白を切るフェイト。皇帝はとうとうやっちまったか、と思い顔に手をかぶせる。そして椅子にもたれかかり、もう一度栞の姉のほうを向くと、なんとも綺麗にお辞儀しているではないか。
「皇帝陛下の知らぬ間に、勝手な真似をしてしまいました……。どうか何なりと……」
「え、え~? ちょっと待てよ!? 俺が悪者みてぇじゃねーか……」
「で、ですが……、私は皇帝陛下の秘書ですし……」
「おいおい! 待て待て! 俺そんな独占欲あると思ってんの!? 顔が怖いからって、変に勘違いしねぇーでくれよ! そんなん気にするほど小さい男じゃねぇーよ!」
皇帝は顔が怖い。これは誰もが多少なりに思うことである。そして栞の姉は皇帝陛下の秘書たる存在。そのような立ち位置にいながら勝手に他者と仮契約を結んだことで、皇帝に何か言われるのではないかと思ったのだ。
しかし皇帝はぶっちゃけどうでもよいのだ。どうせ目の前のやつが犯人なのがわかっているからだ。まあ、罰というほどでもないが、少しばかりいじってやろうと思うのが皇帝なのである。
「まぁいいや。じゃあよぉー罰として、誰と仮契約したか言ってみぃー?」
「そ、それは……ふぇ、ふぇ、フェイト……さん……と……」
「あー、で?どう仮契約したの? いろいろやり方ぁーあるけど、どれでやったん?」
「そ、そ、そ、それは……あう……」
この栞の姉の態度で皇帝はもうわかった。接吻だわ、チューだわ、キスだわ。だが栞の姉は、それが言えずに顔を赤く染め、あわあわと慌てていた。
また、皇帝は栞の姉だけをいじるわけが無い。目の前にいるフェイトに顔を向きなおし、すさまじいほどに悪役顔で、ニタニタと笑いながら質問するのだった。
「フェイトくーん、どういう方法でやったんかね? おめぇ血の契約できるわけぇ~?」
「あなたには関係の無いことだよ……」
「あるだろ? 彼女一応俺の秘書だからなあ? そういうことも、報告してもらわんとねぇ~!」
「……ふぅ、この珈琲は、やはり旨い」
突然話を逸らし始めたこのフェイト。だからそういう態度でバレバレだということに、なぜ気づかないのか。皇帝はクツクツ笑い、バレバレだぜバーカ、と内心思っていた。
だが、それを言葉で聞きたいのが皇帝だ。栞の姉は、顔や耳まで真っ赤にして、キャーキャーと悶絶していた。だからやはり、フェイトに質問するのだ。
「もしかして、ぶっちゅーってヤっちゃった!? おせーてよー! おせーよくれよー!」
「……ふぅ……わかった……、教えるよ」
するとフェイトは皇帝のうるささに耐えかねたのか、しかたなくそれを教えることにした。しかし、しかしだ。そのことを教えようと選んだ言葉が悪かった。かなり悪かった。
「……君の秘書の初めては、僕が頂いた」
「お、ま……」
「ふぇ、ふぇ、ふぇいとさん!? い、言い方というものが……!?!」
初めてのチューのことを言っているのだろう。初仮契約のことを指しているのだろう。だが言い方というものがあろう。これではナニをしたのかまで、想像させるような言い方ではないか。
皇帝は本気で驚いた。
マジかよ、そ、そこまでヤル男だったなんて思ってなかった、すごい漢だ……。と一瞬考えてしまったのだ。
栞の姉も、言い方が言い方だったため、勘違いされてしまってはいないか、気が気ではない様子だった。そのフェイトの言葉を聞いて、首まで赤く染めながら、首を左右にいやいやと振る栞の姉は、なんとも初々しいものであった。
フェイトはこの発言に、何の罪悪感もないようで、珈琲を飲みながら、特に気にしていなかった。流石である。
「えー、マジー!? もうそんな関係になっちゃったのー!? うっそー? ありえなーい!」
「ち、違います皇帝陛下!? さ、ささ、さすがに皇帝陛下が考えているようなことは……?!」
「俺がナニ考えてるって? 言ってみぃー!?」
「そ、そ、そんなこと言えるわけ……うぅぅー……」
読心力を持つ栞の姉に、そのようなことを質問するこの皇帝。まったく持って大人気ない。その質問を聞いた栞の姉は完全にショートしてしまい、ソファーにもたれかかってしまっていた。仕方ないことだ。
だがしかし、その半分はフェイトのせいでもある。そこですかさずフェイトは、もたれかかった栞の姉に隣に座るよう言うのである。この男できる……。その一連の行動を見ていたフェイトは、皇帝のほうを向いた。
「やはり下品だ、皇帝」
「下品で失礼」
「……わかっているんだろうけど、仮契約として、……申し訳なかったけど、初めてである彼女の唇を使わせてもらった……」
「いや、それ最初にそう言えよ……」
それ最初に言えばここまで問題大きくならんだろうが!と皇帝は思った。そして栞の姉のほうを見ると、まだ顔を赤くしながら、フェイトの横に座っていた。その表情は困った感じだったが、やはりニコニコと笑っていた。
「……フェイトさん、それでも恥ずかしいんですけど、最初からそう言ってください……」
「それは悪いことをしたかな、でも、ウソは言っていないよ」
「ふぇ、フェイトさん! そういうことではありません!」
なんか勝手に夫婦漫才始め出したこの二人。皇帝は自分が邪魔になっているのではと考えながら、天井を向くのだった。だがそこで皇帝は、フェイトへ質問しようと思ったことを思い出した。皇帝は姿勢を戻し、フェイトを向いて質問した。
「おーい、フェイト、俺がここで、突然”魔法世界の未来を救う一手”があるっつったら、どうする?」
「本当に突然だね、しかし、そのようなことができるのかい?」
「できなくは無いぜ?」
「……あなたほどの人が、嘘や冗談でそのようなことを言うはずがない……か……。……本当におかしな人だよ、皇帝は」
「それ、褒めてねぇーよな!?」
皇帝の質問を聞いて、フェイトは珈琲を飲むのをやめ、皇帝へと振り向いた。栞の姉の前なので少し言葉を選んでいるが、突然この皇帝は、未来で確実に起こるであろう魔法世界崩壊を、何とかできると言ったのだ。
普通に考えれば絵空事、現実的ではない。本来ならフェイトも、戯言を、失望したよ、と言い出しかねないことであった。
しかし、フェイトは冗談には聞こえなかった。それを言ったのは、あのバグりにバグった皇帝だったからだ。あの皇帝がくだらない冗談のために、それを言うとは思えなかったのだ。そしてフェイトはそれを聞くと、質問を答えた。
「……ならば、僕はあなたに付こう。どの道、あの男が完全なる世界にいる時点で、もう帰れそうに無いしね、それに……」
「それに?」
「僕はこの珈琲と、それを淹れてくれる彼女を、失いたくは無い」
「……な、ん……、だ、と……」
「ふぇ、フェイトさん!? あわわ……」
このフェイト、隣にその彼女、栞の姉が座っているというのに、そのようなことを言い出した。本気で天然なのか、告白しているのかまったくわからない。皇帝はこの言動に、完全に吹っ切れすぎだろと考えた。
栞の姉は、やっと落ち着いてきたのに、またしても顔を真っ赤にしてあわあわ慌てだしてしまった。だが、それを言った本人は、当然とばかりに、珈琲を飲み始めていた。
「あーあー、おめぇよお……。ハァ……、まあいいか。よろしく頼むぜ」
「よろしく頼んだよ、ライトニング皇帝」
そう言うと皇帝は、玉座から立ち上がり、フェイトの横へ来て手を伸ばす。フェイトも意図を察して手を伸ばす。そして誓いの握手が交わされた。契約完了の証であった。
「いろんなパターンを用意してあるぜ。豪華客船に乗った気でいてくれや」
「……本当にわけがわからない人だ」
握手する男二人。だがその横で栞の姉は、やはり赤面しながら混乱していたのであった。どういう光景なんだこれは。誰かが見ていれば、栞の姉に変な属性があるように見えなくも無い。
この面子意外、誰もいなくて正解だった。皇帝は握手を終えると、すぐさま玉座へとドカリと座り、フェイトと栞の姉の仲むつまじい姿を眺めることにしたのだ。
「フェイトさんにそう言って貰えるなんて……。で、でも少しは場所を選んでくださいね!」
「僕の本心を言っただけだよ。君を失うのは辛い」
「はうう……」
なにこれー、二人の世界じゃねーかー!皇帝は心の中で叫んだ。完全に自分の玉座に居づらい皇帝は、もういいやと思い、玉座の間から出て外へ散歩しに行った。まさか吹っ切れたフェイトがこうなるとは、皇帝も予想していなかった。
いや、栞の姉ですら予想できなかっただろう。玉座の間で、甘い空間を作り出す二人。それを放置して皇帝は原作とかどうなんかなー、でももうこんな光景見たら、やっぱどうでもいいかなー、と歩きながら考えていた。
だが、そんなフェイトと栞の姉の小さな幸せを願い、この小さな幸せを失わないために、戦うことを新たに決意した。皇帝は諦めない。この世界がなんであれ、感情があるから生きているのだと、確信しているからだ。
故に今日もまた、魔法世界の小さな幸せを救うべく、皇帝は世界を駆けるのだった。